Fate/Grand Order IF 星詠みの皇女   作:ていえむ

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神聖■■■■エルサレム 第10節

お互いの状況を確認し合ったカドックと立香は、すぐにアグラヴェインに呼びかけて緊急の会議を開いた。

議題は聖都攻略における各軍の動きについて。

現状、山の民、エジプト領、はぐれ騎士団の三勢力はそれぞれが個別に動いており横の連携が取れていない。

まずは早急にこれらをまとめ上げて聖都攻略に備えなければならないのだ。

 

「最初に言っておくぞ、天文台(カルデア)よ。我が王は聖策による人類選別を諦めたわけではない。お前達の目論見――人理修復が不可能と判断された時、アーサー王は躊躇なく聖策を実行するであろう」

 

開口一番、アグラヴェインはこちらを威嚇するかのように言い放つ。

カルデアとの共闘はあくまで十字軍と獅子心王討伐までであり、こちらが魔術王の企みを阻止できなかった時は予定通り聖策を下すと言うのだ。

マシュの話によると当初は聞く耳すら持たなかったそうなので、それでも十分な譲歩と言える。

要は自分達が失敗しなければ良いだけの話だ。

 

「今、必要なのは各勢力の連携だ。既に藤太には一足早く出立してもらい、ハサン達にこちらの状況を伝えるよう頼んでいる」

 

「なら、俺達は――」

 

「我らは早急に太陽王と謁見し、同盟を組む必要があるということか。既に先遣隊を組織済みだ。いつでもこちらは出られる」

 

「お、俺の台詞……」

 

言いたかったことを全て、アグラヴェインに取られてしまい、立香は机の上に顎を乗せて不服そうに頬を膨らませる。

相変わらず緊張感の欠片もない言動にカドックは久しく感じていなかった苛立ちを覚えたが、今は急を要する事態なので構っている余裕はない。

ニトクリスが言うにはアグラヴェインの騎士団は身を守るためとはいえオジマンディアスの神獣を傷つけることもあったため、形の上では太陽王と敵対の関係にあるらしいので、アグラヴェインが言う通り、まずは太陽王の神殿に戻って和解することが先決だ。

 

「道中は私がいますので、砂嵐や神獣に襲われることはないでしょう」

 

「これでサーヴァントが十騎。“山の翁”を入れれば十一騎か。残る円卓――」

 

「――――!」

 

円卓と口にした途端、アグラヴェインが物凄い形相でこちらを睨んできた。

視線だけで焼き殺されそうな圧迫感がある。どうやら、不覚にも獅子心王の術中に嵌った不甲斐ない騎士は円卓に非ずと言いたいらしい。その迫力に圧されたカドックは、声を窄めながら先ほどの言葉を撤回した。

 

「――元円卓はガウェインとトリスタン。モードレッドが生きていたとしても三騎。ガウェイン卿は“山の翁”が押さえてくれるとして……」

 

「あの大百足もどうにかしないといけないね」

 

「あれに関しては藤太が何とかするらしい。生前に因縁があると言っていた」

 

俵藤太が竜神の加護を得るに至った大百足退治の逸話。

彼の言を信じるなら、あの大百足はフランスにいたファヴニールと同じように聖杯の力でこの時代に召喚された化生の類ということだろう。

それが存在したのならば、藤太がこの時代に召喚されたのも必然と言える。

 

「そちらの戦力は凡そ把握した。俵藤太(アーチャー)が戻り次第、本隊は荒野の隠れ里に移動させる。後のことは太陽王次第だ」

 

だいたいの方針が決まり、会議は終了となった。

後は各々の準備ができ次第、太陽王の神殿へと出発することとなる。

だが、マシュだけは席から立ち上がらずに、机の下で指を重ねながら何かを言いたそうに俯いている。

迷いを見せる視線の先には、仏頂面で椅子を片付けているアグラヴェインの姿があった。

 

「藤丸、主治医としてお前を診察してやる」

 

「え? ちょっと、俺はもう大丈夫だって。カドック? ねえ、マシュ助け……」

 

訳が分からず混乱している立香の首根っこを引っ張り、マシュを残してテントを後にする。

理由はわからないが彼女はアグラヴェインに何か話したいことがあるのだろう。

その辺に気づいていない立香が何とか逃れようともがいているが、察したアナスタシアが手足に氷の枷をはめたのでどうすることもできなかった。

 

 

 

 

 

 

静まりかえったテントの中でアグラヴェインと2人っきりになったマシュは、今にもテントから出ようとしているアグラヴェインにおずおずと話しかけた。

 

「あ、あの……ありがとうございます。わたし達に、協力してくれて……」

 

振り返ったアグラヴェインは、眉間に皺を寄せたままこちらを睨みつけてくる。

両の瞳に宿っているのは殺意にも似た衝動と憤怒の情。嫌悪する対象であったランスロットの懇願を聞き入れる形になった以上、無理もない。

だからなのか、アグラヴェインは自分に言い聞かせるように言葉を吐いた。

 

「お前達に協力するのではない。我が王の憂いを払うのに都合がいいから利用させてもらうだけよ」

 

「それでも、力を貸して頂けるのはありがたいです。ありがとうございます」

 

「ふん。面影以外は親子どちらにも似ていない娘だ」

 

吐き捨てるようにアグラヴェインは呟くと、それ以上は我慢がならないとばかりにマシュから背を向けてしまう。

 

「借り受けた霊基に感謝するがいい、マシュ・キリエライト(ギャラハッド)

 

「はい、その通り……ですね」

 

確かに自分の力は借り物。結局、真名がわかっても宝具の力を引き出せていない。

あの時、ランスロット()を止めることができたのも彼が度重なる戦闘と宝具の解放で魔力を使い果たしたからだ。

もしも宝具を使わずに攻められていては、押し留めることができずに倒れていたのは自分の方だったかもしれない。

すると、意外にもアグラヴェインは弱気な発言に対して怒りを露にし、苛立ち紛れに机を叩いた。

 

「何を勘違いしている。貴公の盾はそのような幼稚な考えで振るうものではない」

 

「えっ、あ、はい」

 

「自らの力が足らぬなどと浅はかな考えは寄せ。白亜の城はその心の形を反映し、持ち主に汚れや曇りがなければ決して崩れることはない。わかるか、足りていないのは力ではない。ランスロット(父親)と相対した時の感情を研ぎ澄ませ。あの時に何を守りたいと、誰を救いたいと願ったか。その思いだけを強く持て」

 

「アグラヴェイン卿……あなたは……」

 

「私は女が嫌いだ。我が母は醜く淫蕩で、清らかさを謳ったギネヴィアは貴様の父(ランスロット)との愛に落ちた。私にとって女とは……人間とはそういう軽蔑の対象だ。貴公がそのような者であるのならその盾は相応しくない。無論、私など以ての外だ。であるならば、その盾の本来の持ち主はどのような人物だったか。それを受け継いだ貴公が何を尊ぶべきかはわかるだろう」

 

澄み切った清らかな心。

守りたいという強い願い。

その気持ちに波風が立たぬ限り、ギャラハッドの盾は陰ることはないとアグラヴェインは言う。

彼が嫌うような人間ではこの盾は震えない。その真価を発揮しない。

例え自分が持とうとも、マシュ・キリエライト以上に振るうことなどできはしないと彼は言ったのだ。

 

「はい、ありがとうございます」

 

「……奴もそれくらい殊勝ならばな――――」

 

胸に手を当て、遠い過去を思い返す様にアグラヴェインは呟いた。

ハッキリと言葉にはならなかったが、マシュは不思議と彼が何と言ったのかを理解できていた。

もしも、不義を暴かれた場で剣を向けられなければ。或いは違った結末が自分達には訪れていたのではないのかと。

最もそれは、あの場で逆上したランスロットの気持ちを微塵も理解できない者が言う資格はないと、彼自身が誰よりも痛感していた。

 

 

 

 

 

 

その頃、立香を伴ってテントの外に出たカドックは懐かしい顔と再会していた。

 

「よお、元気そうじゃないか」

 

「お前は……確か、聖都の前で別れた……」

 

この特異点に訪れたばかりの頃、聖都を目指すために道案内をさせた盗賊だ。

どうやら地元民との伝手を買われてアグラヴェインに匿われていたらしい。

 

「あの時はそんな暇なかったんで、改めて名乗らせてもらうぜ。オレはセルハン。まあ、ここじゃしがない商人崩れの盗賊さ」

 

「いやいや、この人の情報網はすごいよ。カドック達が十字軍の砦攻めしたこととか、みんな教えてもらったから」

 

「追いかけときゃ何かに使えるかと思ってね。実際、その目利きのおかげでグラヴェインの旦那の世話になっているんだ」

 

他にも行く当てのない難民をまだ無事な集落に先導したり、この騎士団に勧誘したりしているらしい。

ただの野盗と侮っていたが、実際は相当に強かな人物のようだ。今日まで生き残れたことにも納得である。

 

「情報網……広告か……」

 

ふとカドックの脳裏に一つの策が思い浮かぶ。

目立つことは苦手なのであまり気乗りしない作戦だが、現状の彼我戦力が圧倒的に不利なことに変わりはない。

ならば、打てる手は一つでも多く打っておいた方がいいかもしれない。それに、この作戦は尊敬するエジソンが最も得意としていた事だ。

それを思えば少しだけだが罪悪感も薄れてくる。

 

「セルハン、僕に雇われる気はないか? 頼みたいことがある」

 

手持ちの触媒から換金しやすそうなものを選んでセルハンに見せ、思いついた内容を説明する。

上手くいくかは博打であり、徒労に終わるどころか最悪の場合は命の危険すらある。だが、セルハンは二つ返事で引き受けてくれた。

もちろん、善意からではなくきっちりと報酬を頂いてだが。

 

「厄介な演説になりそうだが、あんたらをダシにして良いなら半々だろうな」

 

ひょうきんに笑って駆け出したセルハンは、騎士の1人を丸め込んで馬を調達すると、そのままそれに飛び乗って荒野に向けて疾駆する。

その後ろ姿はあっという間に見えなくなった。

それと入れ替わるように、背後のテントからアグラヴェインを伴ったマシュが姿を現した。

 

「あれ? 先輩の診察をするのではなかったのですか?」

 

この短い間にどのようなやり取りがあったのかはわからないが、胸の痞えが取れたのか彼女の顔つきはとても逞しく、瞳には強い意志が宿っている。

その視線は自然とマスターである立香に注がれており、カドックは彼女の胸の内に何らかの心境の変化があったのではないのかと推測した。

アナスタシアもそれを察したのか、まるで姉が妹を褒めるかのように彼女の柔らかい髪を優しく撫でる。

 

「しばらく見ない内に大きくなったわね。友達として鼻が高いわ」

 

「はい、わたしはまだまだ成長期ですから」

 

「いや、彼女はそんなつもりで言ったんじゃないぞ」

 

「私も負けません。再臨で背が縮む英霊がいるのだから、逆に大きくなることだって――」

 

「君も調子を合わせるんじゃない!」

 

「はは、変わらないな、2人とも」

 

今までに何度も繰り返した他愛のないやり取りが酷く懐かしい。

またこうして出会えるとは思っていなかったからだ。

カドックも立香も、自然と口の端から笑みが零れていく。

唯一人、事情を知らないアグラヴェインだけがその様子を見て眉間の皺を益々深く刻んでいた。

彼は半ば呆れながらマスター2人をけん引すると、出立のための最後の準備を進めるのだった。

 

 

 

 

 

 

太陽神殿に帰還したカドック達は、早速オジマンディアスに事の詳細を報告した。

アトラス院でわかった十字軍の目的、そしてアグラヴェイン率いる騎士団との共闘である。

それを聞いたオジマンディアスは、値千金の働きをしたと言わんばかりに手を叩くと、愉快そうな笑みを零した。

 

「はははは。それなりに見所のある連中だと思ってはいたが、こちらが命ずるまでもなく後顧の憂いを断つとはな。それも討伐ではなく懐柔と来たか。つくづく厚顔よの」

 

「ファ、ファラオ・オジマンディアス?」

 

「なに、ファラオとて笑いたくなる日もある。とく許すがよい」

 

どうやら、砂漠を隠れ蓑にして拠点を築くアグラヴェイン達の動きをオジマンディアスは早くから見つけていたようだ。

だが、討伐しようにもアーサー王が睨みを利かせていたために不用意に手出しをすることができず、十字軍との戦線膠着もあってそのまま放置せざるを得なかったらしい。

態度では無関心を装いつつも、彼女も自分の為に働く騎士達を蔑ろにするつもりはなかったようだ。

 

「ああ、それと共闘だったな。その者達は賊軍故に後ほど、然るべき処罰は与えるものとするが、今はお前達に処遇を預ける。好きに使うがいい」

 

「感謝する、太陽王。では、後ほど必要な戦力を提示させて頂く故に」

 

「うむ、必ずや期日までに納品しよう。ファラオに二言はない。そちらも獣使いとは密に打ち合わせておけ。くれぐれもしくじるなよ」

 

王として傲岸に接するオジマンディアスに対し、アグラヴェインは淡々と事務的な対応で応える。

ドライスティックなやり取りはオアシスであるはずの太陽神殿に荒涼とした渇きを呼び起こす。

あくまで十字軍を討伐するまでの共闘。アグラヴェイン達はそれまでの間、形式上ではあるがカルデア預かりということになるらしい。

円卓の騎士としては屈辱以外の何物でもないが、アグラヴェインの表情から感情は読み取れず、その声音は恐ろしいほど静かで凪いでいる。

鉄面皮というものはこういうことを言うのだろう。彼の腹の内では事が済み次第、太陽王を相手に戦争を吹っ掛けることも辞さないという強硬な姿勢と、目的を果たすまではそれを悟らせてはいけないという強かな考えが同居している。

とても和解したとは言えない状況だが、とりあえずやらなければならないことは全て終わった。

後は、ハサン達と合流して十字軍との決戦を待つばかりだ。

 

「さて、働きに対しては報酬で報いねばならん。勇者ならば酒の一つも窘めねばならんぞ」

 

そう言ってオジマンディアスは、どこからか杯を取り出してカドックに差し出した。

見覚えのある形と零れんばかりの魔力。受け取ったそれをまじまじと見つめた一同は、驚愕の余り言葉を失った。

間違いない、これは聖杯だ。

魔術王が歴史を歪めるためにバラまいた偽りの聖杯。各特異点での騒動の要因となった禁断の杯だ。

それをどうして、太陽王が所持しているというのだろうか。

 

「ちょ、ちょっと待って。カドックの推理じゃ、聖杯は十字軍が爆弾に改造したんだろ?」

 

「はい。ですので、ここに聖杯がある訳が――」

 

「けど、これは間違いなく聖杯よ。ねえ、カドック?」

 

「あ、ああ。ファラオ、これはいったい……?」

 

トリスタンが偽りの獅子心王の呪いに抗いながらも残してくれたメッセージを、自分は読み間違えていたのだろうか。

それではアトラス院での調べものが完全な徒労と化してしまう。

すると、こちらの動揺を察したのか、オジマンディアスは不思議そうに首を傾げながら説明する。

 

「ああ、言っていなかったか? これなるは紛うことなき魔術王の聖杯。余がこの地に召喚された際、十字軍から奪ったものよ」

 

「で、では、十字軍は聖杯を持っていない?」

 

「いいや、奴らは持っている。どこから見つけ出したのかはわからぬが、この時代に元々から存在していた本物の聖杯をな」

 

「それって、ドレイク船長と同じ!?」

 

「聖杯は2つあった!?」

 

第三特異点において、フランシス・ドレイクは冒険の果てに聖杯を手中に収めたことでサーヴァントに匹敵する力を手に入れていた。

そう、過去にも同じことがあったのだから、理屈の上では有り得るのだ。聖杯そのものは世界中の逸話に様々な形で登場しているのだから、この中東の地にあってもおかしくはない。

同時に偽りの獅子心王がどうして聖杯爆弾などという恐ろしい代物を使おうとしているのかも理解できる。

要は、聖杯が持つ機能だけではこの特異点の人理定礎を破壊しきれなかったのだ。

仮に聖杯の力で特異点の崩壊を目論んでも、太陽王が偽りの聖杯を持っている限りその力は相殺されてしまう。

第三特異点の終局四海とは逆の事象がここでは起きていたのだ。

故に偽りの獅子心王は物理的に時代を壊すことを諦め、聖杯爆弾によるご破算を目論んだ。

太陽王を倒すよりもその方が手っ取り早いと考えたのだろう。

 

「聖杯爆弾なるものがある以上、これは余が持っていても仕方あるまい。好きに役立てるがよい」

 

「か、感謝します、オジマンディアス」

 

思わぬところから飛んできたジャブに思考が追い付かない。

それでもやるべきことは変わらないと自分に言い聞かせ、何とか平静を保つ。

そう、何も変わらないのだ。

十字軍と戦い、偽りの獅子心王を倒し、聖杯爆弾を止める。

その基本方針に変わりはない。

そのはずなのだが、何故か不吉な予感を拭えなかった。

 

 

 

 

 

 

そうして、全ての準備を終えたカドック達はハサン達と合流するために東の村へと帰還した。

道中、砂漠を出た時点でカルデアに報告を入れたのだが、案の定ロマニは椅子から転げ落ちるほど驚いていた。

何しろ死んだと思われていた立香とマシュが生きていたからだ。しかも、アグラヴェインという新たな戦力を引き連れて。

一方で聖杯爆弾の存在はカルデアに震撼を走らせた。もしも仕損じれば例え獅子心王を倒せても特異点は消失する。

恐らく最終決戦は時間との勝負になるだろう。

 

「あら、何だか活気があるわね」

 

村の入口へと立った三蔵は、出発前と村の雰囲気が変わっていることに気づく。

西の村の壊滅や獅子心王の裁きですっかり戦意を挫かれていた村人達に活気が戻っているだけでなく、明らかに前よりも多くの人間が村に集結している。

馬小屋には何頭もの馬が繋がれ、戦士らしき装束の男達が持ち寄った武具の手入れを入念に行っている姿が見える。

炊き出しでもしているのか、奥の広場には急ごしらえの釜土が作られていた。

たまたま通りかかった静謐のハサンに事情を聞くと、聖都攻略のために各村の代表者が集まってきているらしい。

それもハサンが集めた山の民だけでなく、彼らの蜂起に賛同してくれた聖地の民も戦いに参加してくれるとのことだ。

アグラヴェインやオジマンディアスの軍勢を合わせれば、目標としていた一万の兵力を十分に越えることができる。

 

「我々の説得には今まで、頑なに重い腰を上げなかった皆様が、連日ここへ訪れるんです。『荒野で助けてくれた人がいる』、『砂漠の入口で人間扱いしてくれた』と、みんなカドック様達を慕って来られたようでした」

 

「へえ、さすがだね」

 

「何を言っているんだ。聖都での騒ぎからこっち、そんな余裕はなかったよ。ほとんど、レイシフトしたばかりの頃にお前がやった善行じゃないか」

 

ランスロットの虐殺を放っておけなかったのも、聖都へ連行されていく難民達を助け出したのも、それ以外にも道中で行った様々な善行も、全て立香がキッカケとなって行った。自分はただそれに何となく従っただけだ。

加えて彼らがこの村に来れたのはセルハンのおかげでもある。カドックが彼に依頼した内容というのが、自分達が聖都攻略のために東の村にいることを各地に伝えてもらうことであった。

何だか途端に偽善染みた行為に思えて罪悪感が湧き出てくるが、何としてでも兵力を確保したかったカドックは一か八か立香の人徳を利用することにしたのである。

結果は上々。兵力は十二分に揃い、後は決戦を待つばかりである。

 

「じゃ、夜までは自由時間ね? マシュ、ルシュドくんを紹介するわね。とても可愛い子なのよ」

 

「はい。それでは先輩、カドックさん。後ほど」

 

「うむ、拙者は台所で一仕事するとするか。この俵がやっと役立つ時が来た」

 

「待って、あたしも行く。お弟子が勝手に行動しなーい」

 

騒々しく走り出す面々。

ある者は親しき者との交流を深めに。

ある者は戦に備えて英気を養うために。

そして、残された男達は――――。

 

「では、あちらで軍議を。太陽王より借り受けた神獣の能力は既にまとめてある」

 

「助かる。まずは西側から陽動をかけるとして……」

 

「じゃ、俺はマシュと――」

 

「お前もこっちだ。丁度いいから兵法についてみっちり教えてやる」

 

「え、嘘? 待って、待ってって!!」

 

嫌がる立香を無理やり引きずり、アグラヴェインと共に手近な小屋を借りて夜まで聖都攻略のための会議を開く。

ちなみに立香は途中までは何とかついてきていたが、小一時間ほど経った辺りでとうとう力尽きてしまい床の上でいびきをかいている。

窓から外を見ると既に月も高く昇っており、広場の方から騒々しい声が聞こえてくる。

決戦間近ということで士気高揚のために宴会の類でも開いているのかもしれない。

そういえば、藤太は無限に食べ物を取り出せる宝具を所有していると言っていた。

台所に立つと言っていたので、かなり張り切って腕を振るったのだろう。

 

「少し中断しよう。貴公はサーヴァントではなく人間だ。夜風にでも当たってこい」

 

「そうさせてもらう。何か食べるか?」

 

「いらぬ」

 

短く答え、アグラヴェインはさっさと行けとばかりに顎で小屋の出入口を指す。

その気遣いを有難く受け取ることにしたカドックは、床で寝苦しそうに顔を歪めている立香に適当な毛布を被せてから小屋を出る。

灼熱の大地とはいえ夜は幾ばくか気温も下がる、今日は特に涼しい日で、深呼吸すると脳の疲労が少しだけ取れたような気がした。

そのままどうしたものかと思案した後、敢えて騒ぎに背を向けて村の外れの方に足を向ける。

元々、人付き合いは苦手だし向こうに行って誰かに絡まれたらアグラヴェインのもとに戻れないかもしれない。

空腹に関しては、荷物の中に保存食が残っていたのでそれで済ませることにする。

 

「おや、カドック殿」

 

しばらく村の中を散歩していると、丁度、小屋から出てきた呪腕のハサンとバッタリ出くわした。

てっきり、みんな酒盛りに参加しているとばかり思っていたが、どうやら彼は違うようだ。

 

「いえ、私は酔えませんので。言ってませんでしたな」

 

とんとんと、自身の右腕を叩きながらハサンは言う。

曰く、宝具『妄想心音(ザバーニーヤ)』を習得するために魔神(シャイタン)の腕を移植した結果、人の食べ物を受け付けなくなったらしい。

サーヴァントとなってもそれは変わらないようで、酒を飲んでもロクに酔えないので村の見回りをしていたのだそうだ。

 

「丁度いい、少しよろしいですか?」

 

「ああ、そこにかけるか?」

 

手近にあった岩の一つに腰かけ、傍らにハサンが従者のように立つ。

丁度、村の入口が見渡せる見晴らしが良い場所だった。

2人はそのまま何をするでなくボーっと村の入口を見つめていたが、やがて呪腕のハサンはポツリと言葉を漏らした。

 

「先ほど、ルシュドの母が亡くなりました」

 

「っ……そうか」

 

「気に病む必要はありません。彼女は神の下へ召されただけ。それにあなた方がいなければ聖都で惨たらしく殺されていたことでしょう。我が子と共に最期を迎えられて寧ろ、幸福でした」

 

それでも、できることはあったのではないのかとカドックは自責せずにはいられない。

自分にもっと力があれば、才能があれば、例え不毛の土地でも万能の霊薬を作り出せたのではないだろうか。

結局のところ、彼女が死んだのは自分が不甲斐ない未熟者だからではないのだろうかと。

 

「自分を責めるのはお止めなさい。それにないものを強請ったところで、必ずしも求めた通りにいくとは限りません。私が、そうであったようにね」

 

「ハサン?」

 

「山の翁になるためには他に誰にも真似できない『(わざ)』が必須となる。私は万事をそつなくこなせましたが突出した才のない平凡な男でしてね。百貌のように人格を使い分けることも静謐のように毒を抱き無効にするような、そんな業を持っていなかった。若さ故の過ちか、生ある者の焦りなのか、私はそれでも山の翁の名が欲しかった。自分を偉大な者、優れた者として名を残したかった」

 

そのために自らの体を犠牲にし、魔神の腕を移植した。

自分に才能がないのなら、特別な力を持つモノを体に取り入れればいい。

それだけでなく、彼は多くのものを犠牲にした。

暗殺者となるために顔と名前を捨て、魔神の腕を移植したことで人を捨て、最後には恋しい女を捨てて山の翁となった。

その結果、彼は歴代のハサンの1人となった。

全てを捨てた結果、ハサンという殻を被った何者でもない存在に成り果ててしまったのだ。

 

「ルシュドの母……サリアとはその時に別れましてね。もう終わったことですが、それでも我が身が未熟なのか。堪えますな」

 

「そう……だな……」

 

彼の話は決して他人事ではなかった。

才能がないことを嘆き、それを覆すために死に物狂いで修練を重ねた姿が激しく自分とダブって見える。

きっと自分にも、彼のように何者でもない存在に成り果ててしまう可能性があったかもしれない。

レイシフト適性を見出されてカルデアにやってきた。だが、そこに自分以上の才能がゴロゴロといた。

それでも修練を重ねてAチームの末席に加わることができたが、所詮は大勢の中の1人に過ぎない。

Aチームが健在のままグランドオーダーに臨めば、きっとカルデアのマスターという殻を被った存在に成り果てたまま腐り果てていただろう。

それほどまでに彼らは強大で、偉大で、素晴らしい才能の持ち主だった。羨ましくて、妬ましいほどに。

その末席にいたことを誇らしい思える程、自分は人間ができていない。

呪腕のハサンも同じ気持ちだったのだろう。

自らの力を見せつけ、自分でも才能がある者と同じことができると証明したい。

暗殺者の頂点として、自らが優れた者であると歴史に名を残したい。

その願いは正に合わせ鏡のようで、カドックはこの哀れな暗殺者に対してかける言葉を持てなかった。

 

「なに、古い話です。ただ、欲することが必ずしもよい方向に働かないということだけは覚えておいてください。後悔したくなければ――大いに迷うことですな」

 

最後に人を食ったような笑い声を残し、呪腕のハサンは見回りの続きに行くと言ってその場を立ち去った。

1人残されたカドックはしばらくの間、何をするでなくその場でジッとしていたが、いつまでもここにいてはアグラヴェインに迷惑がかかると思い、小屋に戻ろうと岩から立ち上がる。

ずっと心の中で先ほどの話を反芻していたが、結局は答えが出なかった。

そうして、その日の夜は更けていった。




今回は溜めの話。
次回から聖都攻略となります。


聖杯は2つあった。
いや、最初はオジマンディアスから奪われたという設定で考えてたんですが、それならそもそもオジマン生きてないなと思ったのでこうなりました。聖杯爆弾こと対人理破壊爆弾はそこから生まれました。3章のアークと立ち位置は同じですね。

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