Fate/Grand Order IF 星詠みの皇女   作:ていえむ

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炎上汚染都市冬木 第6節

「フッ、知らず私も力が緩んでいたようだ。最後の最後で手を緩め、予想外の一撃で膝を着くとは。聖杯を守り通す気でいたが、己が執着に傾いたあげく敗北してしまった。結局、どう運命が変わろうと私ひとりでは同じ末路を迎えるということか」

 

指先から光の粒子へと解けていき、黒い聖剣が乾いた音を立てて地面に転がる。

敗北を受け入れたセイバーの顔は悲しく憂いていた。だが、その瞳には何かを納得したかのように力強い輝きが秘められている。

まっすぐに見下ろされた視線の先にいるのはマシュだ。

何かを言いたげに、だが今は語るべきではないと。

そんな逡巡を感じ取れる。

 

「あ? どういう意味だそれは。テメェ何を知ってやがる」

 

「いずれ貴方も知る、アイルランドの光の御子よ。グランドオーダー―――聖杯を巡る戦いはまだ始まったばかりだという事をな」

 

意味深な言葉を残し、セイバーの肉体は消滅した。

そして、飛び散っていく光の粒子から手に平に収まる程の水晶体が転がり落ちてくる。

 

「オイ待て、それはどういう――おぉお!? やべぇ、ここで強制送還かよ」

 

セイバーの後を追うようにクー・フーリンの肉体も消滅が始まった。

セイバーを倒し、聖杯戦争の勝者が確定した事で大聖杯からの魔力の供給が止まったのだろう。

現世への楔であるマスターがいないクー・フーリンではそれに抗う事ができない。

 

「チッ、納得いかねぇがしょうがねぇ。坊主、お嬢ちゃん、後は任せたぜ! 次があるんなら、そん時はランサーとして呼んでくれ!」

 

そう言って、クー・フーリンは英霊の座へと還っていた。

急な状況の変化についていけず、残されたカドック達は呆けたように互いの顔を見あうばかりだった。

ただ一つ言える事は、自分達は勝ったという事。

不気味な沈黙が戻った大空洞で、僅かの間、実感のない勝利に酔い痴れた。

カルデアにいるロマニからも祝福の通信が届き、通信機越しに騒いでいる他の職員の声も聞こえる。

ただ1人、オルガマリーだけは沈鬱な表情を崩さなかった。

 

「・・・冠位指定(グランドオーダー)、あのサーヴァントがどうしてその呼称を・・・?」

 

「所長? 何か気になることでも?」

 

「え? そ、そうね。よくやったわ、マシュ、カドック。不明な点は多いですが、ここでミッションは終了とします」

 

マシュの問いかけに我を取り戻し、オルガマリーは指示を下す。

セイバーが所持していた水晶体の回収し、カルデアへと持ち帰る。

冬木の街が特異点と化した原因を、彼女はあの水晶体にあると考えたようだ。

 

「では、わたしが回収に・・・・なっ!?」

 

立ち上がって盾を持ち直したマシュの表情が驚愕の色で染まる。

開いた唇がわなわなと震え、信じられないものを見てしまったかのように後退る。

いったい何がと振り返ると、そこによく知った人物が立っていた。

時代遅れのシルクハットとタキシード、赤みがかったボサボサの長髪、どこか遠くを見ているかのような細い目つき。

自分は彼を知っている。

この1年、カルデアで嫌でも顔を合わせてきた。

友好的ながらもどこか作り物めいた優しさが堪らなく不気味だった。

 

「レフ・ライノール」

 

カルデアの技術顧問、近未来観測レンズ「シバ」を開発した掛け値なしの天才。

レフ・ライノールがそこに立っていた。

 

「いや、まさか君達がここまでやるとはね。計画の想定外にして私の寛容さの許容外だ」

 

『レフだって? レフ教授がそこにいるのか?』

 

通信の向こうからロマニの混乱が伝わってくる。

それもそのはず。

レフ・ライノールは冬木へのレイシフト―――ファーストオーダーを実施するにあたってオルガマリーと共に管制室に詰めていた。

だから、あの爆発で誰もがレフは死んだものだと思い込んでいた。

もちろん、自分達のようにレイシフトしている可能性もあったが、それならばどうして今になって現れたのかという疑問が残る。

 

「その声はロマニか。君も生き残ってしまったのか。すぐに管制室に来て欲しいと言ったのに。

君といい、時間通りにコフィンに入らなかったそこの犬っころの魔術師といい、どいつもこいつも統率の取れていないクズばかりで吐き気が止まらないな」

 

見開いた眼からは侮蔑の感情が伝わってくる。

背筋がごわつき、怖気が全身を駆け巡る。

何かが違う。

あれは人の姿をしているが、自分達とは根本的に何かが違う。

 

「みなさん、下がってください。あの人は危険です。アレはわたしたちの知っているレフ教授ではありません」

 

マシュも同じことを考えたのか、盾を構えたまま警戒する。

だが、オルガマリーはそんな彼女を無視してレフのもとへと駆け出した。

 

「レフ・・・ああ、レフ、レフ、生きていたのねレフ! よかった、あなたがいなくなったらわたし、どうやってカルデアを守ればいいかわからなかった」

 

こちらの静止を利かず、オルガマリーは走る。

限界だったのだろう。

爆発事故で多くの死傷者を出し、カルデアの設備と人材にも多くの被害が出た。

ファーストオーダーこそ一応の成功をみせたが、人類滅亡の原因が未だにわからないまま。

度重なる不幸と冬木での戦いで追い詰められていたオルガマリーの精神は、まるで親を見つけたひな鳥のように、信頼できる大人を求めているのだ。

 

「ああ、オルガ、元気そうでなによりだ。君も大変だったようだね」

 

「ええ、そうなのよレフ! 予想外のことばかりで頭がどうにかなりそうだった。でも、貴方がいればどうにかなるわよね!」

 

「ああ、本当に予想外のことばかりで頭にくる。爆弾は君の足下に設置したのにまさか生きているなんて」

 

ぴたりと、オルガマリーの足が止まった。

 

「レ、レフ・・・何を・・・」

 

「いや、生きているというのは違うな。君の肉体はもう死んでいる。だが、トリスメギストスはご丁寧にも君の残留思念をここに転移させてしまった。ここに君がいるということ自体がその証左だ。レイシフト適性を持たず、マスターにもなれなかったオルガマリー。肉体という枷を失ったことで、君は初めて切望していた適性を手に入れたんだ」

 

鋭いナイフのように絶望が突き付けられる。

そう、オルガマリーがマシュ・キリエライトというデミサーヴァントと契約しなかった理由がそれだ。

契約しなかったのではなくできなかった。

彼女には生まれつき、その適性がなかったのだから。

 

「君はもうどこにも行けない、カルデアにも戻れない。肉体を持たない残留思念である君は戻れば完全に消滅してしまう」

 

嘲りの笑みを顔に張り付けたまま、レフ・ラーノールは指を鳴らす。

すると、地面に転がっていた水晶体が彼の手元へと収まり、同時に頭上の空間が歪んでここではない別の場所の映像を映し出す。

カルデアスだ。

巨大な地球儀。

惑星の魂の複写。

本来ならば蒼く、そして半年前には黒く染まったカルデアスが今は深紅に燃えている。

この世の終わりを示すような紅蓮の炎に焼かれている。

 

「見たまえ。人類の生存を示す青色はどこにもない。あるのは燃え盛る赤色だけだ。これが今回のミッションの結果だよ。よかったねえ、今回もまた君の至らなさが悲劇を起こしたわけだ」

 

不可視の力がオルガマリーの体を宙に持ち上げ、ゆっくりとカルデアスに招き寄せる。

途端に彼女の表情が醜く歪んだ。

これから何をされるのか、自分がどうなるのかを悟って悲鳴を上げた。

 

「君のために空間を繋げてあげたんだ。君たちはセイバーを下し、聖杯戦争に勝利した。なら最後に君の望みを叶えてあげよう。君の宝物に触れると良い」

 

「やめて・・・あれはカルデアスなのよ。高密度の情報体、次元の異なる領域なのよ!」

 

「そう、ブラックホールか太陽か。いずれにしろ、人が触れれば忽ち分子レベルにまで分解される。生きたまま無限に死に続けるようなものだ」

 

「いや――いや、いや、助けて、誰か助けて!」

 

助けを求めるオルガマリーと視線が重なる。

無意識に伸ばした手は遠すぎて、追いかけるには体が重すぎた。

疲弊が限界に達し、ただ黙って彼女が消えていく光景を見ていることしかできない。

オルガマリー・アニムスフィアの慟哭が、まるで呪いのように耳朶の奥底へと刻み付けられていく。

 

「改めて自己紹介をしよう。私はレフ・ライノール・フラウロス。貴様たち人類を処理するために遣わされた2015年担当者だ」

 

上司であり、友人だったものを跡形もなく消滅させた後、眉一つ動かす事なくレフは続ける。

紳士的で慇懃で、侮蔑に満ちた傲慢な眼差し。

人ではない何かが人の言葉で不快に囀る。

 

「聞いているなドクター・ロマニ。共に魔道を研究した学友として忠告してやろう。カルデアは用済みになった。お前達人類はこの時点で滅んでいる。未来が観測できなくなり、貴様達は未来が消失したなどとほざいていたが、それは希望的観測だ。カルデアスが深紅に染まった時点で未来は焼却されたのだ。結末は確定し、貴様達の時代はもう存在しない」

 

カルデアスの磁場で守られているカルデア以外の全ては、最早存在しないとレフは言う。

そして、カルデア自身も2016年が過ぎ去れば同じ末路を辿ることになるのだ。

何故なら、それより先の未来は燃え尽きてしまったのだから。

結末が決まっているのなら、現在をどう生きようと何も変えられないのだから。

 

「誰もこの偉業を止めることはできない。何故ならこれは人類史による人類の否定だからだ。進化の行き詰まりで衰退するのでも、異種族との交戦の末に滅びるのでもない。自らの無能さに、自らの無価値故に、我が王の寵愛を失ったが故に、何の価値もない紙くずのように燃え尽きるのだ」

 

大空洞が大きく揺れる。

歴史を歪めていた原因が取り除かれた事で、世界が急速に正しい歴史に回帰しようとしているのだ。

このままでは自分達ごと、この特異点が崩壊してしまう。

 

「ここも限界のようだ。ではロマニ、マシュ、凡俗なるマスターよ。君達の末路を楽しむのはここまでにしよう。このまま時空の歪みに飲み込まれるがいい。私も鬼じゃない、最後の祈りくらいは許容しよう」

 

レフの姿が掻き消え、大空洞の揺れが一層激しくなる。

 

「洞窟が崩れます。ドクター、緊急レイシフトを実行してください!」

 

『わかっている。でもそっちの崩壊の方が早いかもだ。その時はそっちで何とかして欲しい。ほら、宇宙空間で生身でも数秒くらいは大丈夫らしいし』

 

怒りで冷静さを失ったマシュの罵倒が木霊する。

ああ、こいつはこんな風に怒る事もあるんだなと、カドックは場違いな感想を抱いた。

周囲の出来事が他人事に感じるのは、オルガマリーが死んだからだろうか。

先ほどから体が重く、意識もどんどん遠退いていく。

心なしか魔術刻印まで熱を持ち始めているようだ。

そこで初めて、カドックはキャスターとの繋がりが薄れ始めている事に気づいた。

 

「キャスター!?」

 

「ごめんなさい、私はここまでのようです」

 

苦し気に膝を着き、キャスターは言葉を漏らす。

どうして気づかなかったのだろう。

一介の魔術師が独力でサーヴァントを維持できるはずがない。

なのにキャスターがここまで現界を維持できていたのは、マスターである自分以外からも魔力の供給を受けていたからだ。

それは大聖杯だ。

自分はカルデアの英霊召喚システムを通さず、冬木の魔術基盤を用いて英霊召喚を行った。

召喚が成功したのは偶然だったのかもしれない。

だが、例え偶然でも召喚されたのならキャスターは冬木の聖杯戦争の参加者なのだ。

大聖杯からのバックアップが途絶えれば消滅し、英霊の座へと帰還する。

それでもここまで消滅を免れたのは、クー・フーリンと違い自分というマスターがいたことで現世への繋りを強く持てていたからだ。

そして、それももう限界を迎えようとしていた。

 

「馬鹿な・・・キャスター、何をしている!? もっと僕から魔力を持っていけ! このままじゃ消滅するぞ!」

 

「お馬鹿さんね。そんなことをすればあなたが死んでしまうわ」

 

「それでも・・・それでも僕は・・・」

 

仲間が大勢傷ついた。

オルガマリーも死んだ。

その上、君までいなくなればきっと耐えられない。

少しでも存在を強く感じられるように、頬に添えられた冷たいキャスターの手を握る。

見透かされているようで直視できなかった彼女の瞳が、目の前にあった。

 

「落ち着いて、私は信じています。あなたはきっと正しく為すべきことを為すと」

 

「そんなことはない! いつだって僕は、こんなはずじゃなかった、もっとうまくできたはずだって後悔してばかりだ」

 

「いいえ、あなたは強いわ。きっと世界を救えます」

 

違う、僕じゃ救えない。

アーサー王にとどめを刺したのはクー・フーリンだ。

聖剣を防いだのはマシュだ。

みんながいたからセイバーを倒せたのだ。

自分1人では―――。

 

「きっと、君を護れなかった」

 

「いいえ、勘違いしないで。私はあなたが優れていたから力を貸した訳ではありません。私を信じてくれたから、サーヴァントとして当然のことをしたのです。光栄に思ってちょうだいな・・・・カドック・ゼムルプス。わたくしの・・・・かわいい人・・・・」

 

握った手の感触が消えていく。

キャスターの眼差しが、白い髪が、鈴の音を奏でる唇が、冷たくも優しい指先が。

目の前から全て消えていく。

 

「だめだ! だめだ、だめだ! 僕はまだ何も証明しちゃいない! 君に相応しいマスターになれていない! だから消えるな、アナスタシア!」

 

二画の令呪が光となって消えていく。

直後、カドックの意識は遥か彼方へと引き戻された。




長いよレフ。
君だけ1回の台詞量倍くらいあるし。
ひたすら喋りっぱなしだし下手に削ると前後がおかしくなるし。
いっそもっと大胆に改変すべきだろうか。

次回で序章のエピローグです。

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