Fate/Grand Order IF 星詠みの皇女   作:ていえむ

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神聖■■■■エルサレム 第12節

かつてエルサレムと呼ばれた地に聖都は築かれていた。

周囲を巨大な壁で覆い、連日に渡って拉致してきた人々を連れ込む魔境。

果たして如何ほどの地獄が広がっているのかと警戒していたが、そこは意外にもかつての街並みをそのまま残していた。

石造りの居宅に古びた井戸、歴史ある神殿もそのまま残されており、このような状況でなければ人の賑わいで溢れる街並みだったであろう。

無論、まったくの手つかずという訳ではなく、この時代には似つかわしくない舗装された広い道路や黒煙をまき散らす工場などが幾つか見て取れる。

非常事態故か、通りのあちこちには輸送中であったであろう資材が放置されたままになっている。

 

「意外だ。もっとこう、おどろおどろしいものを想像していたけど――」

 

「少しずつ工事を進めていくつもりだったんだろうな。見ろ、メインストリートは見る影もない」

 

使い魔から受信した映像を見て、カドックは深々と嘆息する。

正門からまっすぐ街の中央に向けて伸びる道は大型車両が走行できるほど広く、途中で凱旋門を経て球状の屋根を持つ建物まで続いている。

ロクな工業機械もないこの時代でよくぞここまで大がかりな工事を行えたものだ。ひょっとしたら連行された人々は強制労働にも駆り出されていたのかもしれない。

 

『うん、やっぱり中央の丸い屋根の建物だ。そこから強力な魔力の反応が確認できる。恐らく、聖杯だろう。ほぼ同じ座標に強力なサーヴァントの気配もある』

 

恐らくそれは獅子心王の気配だろう。

聖杯爆弾を守っているのかはわからないが、戦いはどうやっても避けられないはずだ。

 

「キャスター、敵は?」

 

「……シャドウサーヴァントが十数騎。それと……モードレッド……」

 

その名を聞き、カドックは思わず唇を噛み締める。

西の村での戦いの際、モードレッドさえいなければアーラシュはトリスタンに専念することができた。

どのみち裁きの光はアーラシュでなければ防げなかったとはいえ、もしもモードレッドがいなければ違った結果で終わっていたのではないかとつい考えてしまう。

それに、モードレッドにはロンドンで協力してもらったことへの借りもある。

自分はともかく、立香達が対峙した際に動揺で戦意が鈍る恐れもある。

 

「2人とも、モードレッドは――」

 

「大丈夫、4人でやるんだろ」

 

「ご心配ありがとうございます。ですが、わたし達は大丈夫です」

 

例えかつての仲間であっても、戦うことはできる。

既に自分達はクー・フーリンという偉大な英霊を押し退けた上でここにいるのだ。

戸惑いがないといえば嘘になるが、こういう事態が起きうるのも聖杯戦争であるなら、その覚悟はとっくにできていると2人は言う。

 

「心配無用みたいね、マスター?」

 

「ああ。そうみたいだ」

 

頷き、改めて状況を確認する。

既に連合軍は聖都内に進軍を始めているが、大部隊故に十字軍の足止めを受けている。

アグラヴェイン率いる騎兵隊が矢面に立って要所を制圧しながら進んでいるため、自分達に追いつくには小一時間ほどはかかるだろう。

小回りが利くこちらはその隙に中心部に向かい、獅子心王の打倒と聖杯爆弾の無力化を図る。

全ては時間との勝負だ。

 

『待った、計測器の針が物凄い勢いで振り切れている! 聖都中心地より後方の塔からだ! この波形は、西の村に向けられた獅子心王の裁きと同じだ!』

 

「まさか……ここで使うつもりか!?」

 

街一つを容易く消滅させられる閃光。まだ外縁部とはいえ連合軍の本体に向けて放てば自分達への被害も免れない。

だというのに獅子心王は自軍や領地ごと敵を葬り去るつもりだ。

それは明らかに悪手。羽虫を殺すのにダイナマイトを使うようなものだ。

仮に使うのだとしたらもっと以前、こちらが大百足相手に苦戦していた時を狙えばより自陣への被害は軽微であったはず。懐に入られた時点で大量破壊兵器は意味を成さないのである。

そんな狂気の沙汰を実行させる訳にはいかないが、残念ながらあれを止めるためにはアーラシュの宝具に匹敵する力が必要だ。

ここにはそれだけの力を持つ者はおらず、今から塔に走っても発射まで間に合わない。万事休すだ。

 

「アアアァァァァァァサアァァァァァッ!!!」

 

更に間が悪いことに、こちらの存在を感知したモードレッドが稲光を纏いながら大通りを疾駆してくる。

獅子心王の洗脳によって見えるもの全てが怨敵たるアーサー王に見えているという狂気。

抜き身のナイフのような凶暴さを発揮し、運悪く視界に映り込んだ仲間すら切り捨てながら叛逆の騎士は手にした魔剣を振り上げる。

その憎しみの刃は最も先頭に立っていたマシュに向けられていた。

息つく暇もないとは正にこの事。

4人の中にかつてない焦りが生まれていた。

 

 

 

 

 

 

その頃、エジプト領。

自らの玉座で事の成り行きを見守っていたオジマンディアスは、聖都からの暴力的なまでの魔力の反応を感じ取り、この時を待っていたとばかりに号令をかける。

 

「やはりな! 追い詰められれば形振り構わぬとはとんだ暴君よ! 異邦の勇者達がさぞや目障りと見える! 無論、あの少年めが参加しているのだから、そうでなくては困る!」

 

神であるファラオに対して力を貸せと言い放った魔術師の顔を思い出し、オジマンディアスは愉快そうにほくそ笑む。

未だ大成ならぬ未完の器。溢れんばかりの大望を必死で受け止める様は滑稽にも見えるが、その眼差しには誰もが幼き日に抱いた夢物語が宿っていた。

あの年頃で、再びその夢を取り戻すに至るにはさぞや多くの出来事を経験したのだろう。

その尊さをファラオは買った。

勇者とは逆境を跳ね除ける完全無欠なる者と、貶められてもなお輝かんとする者を言う。

カルデアの者達は正しく後者だ。

 

「故に余はここにいる! あの忌々しい害虫めが消え去ったのなら、遮るものは何もない! ニトクリス! 大神殿の目を開けよ! デンデラ大電球、起動!」

 

「はっ、デンデラ大電球、起動致します!」

 

「うむ。これより我が大神殿の全貯蓄を用い、聖都に超遠距離大神罰を与えるものとする!」

 

宣告と共に神殿内に魔力が満ちていく。

産声を上げたのは複合神殿としてオジマンディアスの宝具に取り込まれたデンデラ神殿。

そこに描かれている壁画は、恐らくは世界最古と思われる電球である。科学的には実用不可能であると結論付けられているその電球は、太陽王の号令とともに白熱し、汲み上げられた魔力を電力へと変換していく。

これこそが大神罰。太古の神々の神威すら想起させる大灼熱の太陽光である。

いわば対十字軍としての切り札であるが、オジマンディアスは今まで大神罰を行う事はなかった。

一つは獅子心王の裁きを警戒したこと。不用意に使用すれば報復がくるのは必至であり、そうなれば不毛な消耗戦は避けられない。

そしてもう一つの理由が聖都を覆っていた大百足。奴の存在が聖都の内部を隠匿すると同時に聖都そのものを守る壁と化していたため、例え先手を取ろうとも十字軍は確実に報復が行える。

最も、それはこちらも同じであり、複合神殿を覆う粛清防御がある限り獅子心王が先んじて裁きの光を放とうとも反撃に出ることができる。

結果として互いの最大火力が決定打にならず、双方はこの半年間、悪戯に小競り合いを続ける羽目に陥っていたのだ。

だが、その守りは最早ない。こちらも粛清防御を解除しなければならないが、聖都を守る壁がなくなった以上は遠慮はいらない。

例えこの距離でも裁きの光を放つ聖都の塔をピンポイントで砲撃が可能なのだ。

 

「ピラミッド複合装甲解除。大電球、魔力圧縮儀式完了! 出力、メセケテット級まで安定しました!」

 

「さあ、獅子心王よ! その裁きはどこに落とす!? 足下に気を取られていては頭上ががら空きだぞ!」

 

カルデア率いる連合軍による電撃作戦。この作戦の最大の盲点は敵が自爆を覚悟で裁きの光を落とすことを度外視している点にある。

無論、そのような常識外れの兵法は通常の戦であれば如何ほどの暗君・暴君の類であろうとまず行わない。

例え救いようのない狂信者であろうとも人の上に立つからにはどうしても合理性を重んじなければならないからだ。

だが、聖都に巣くう獅子心王は違う。奴に常識は通用せず、また如何なる倫理・道徳も欠落している。

半年もの間、顔を合わせずとも戦い続けてきたからこそわかる。

獅子心王の思考は狂っているという言葉だけでは説明がつかない。

必要とあらば躊躇なく自らの手足を千切ることすら厭わない理性の化け物だ。

 

「ファラオは大電球の操縦に専念を! 仮に裁きの光がくれば私が防ぎます!」

 

「言われずともそのつもりよ。お前はそこで扇でも煽っておけ」

 

献身的な先達のファラオに一喝すると、オジマンディアスは彼方で光り輝く石造りの塔を見やる。

方位良し、風向き良し、この神罰に遮るものなし。

後は号令を下すだけである。

 

「あらゆる裁きはファラオが下すもの! 神ならざる人の王如きが、年季の違いを知るがいい! 大電球アモン・ラー、開眼! 見るがいい――アメンの愛よ(メェリィアメン)よ!!」

 

複合神殿の頂上、地上に顕現した疑似的な太陽ともいうべき光球が爆ぜ、極太の大電熱砲となって遥か彼方の聖都へと迫る。

大気中の濃厚な魔力残滓も相まって、その一撃は神代のそれと比べてもまるで遜色ない。

加えてその狙いは正確無比。神の光は違う事無く裁きの光の発射口たる塔のみを破壊するであろう。

だが、敵も見事なもの。こちらが大威力砲撃を行ったと知るやいなや、眼下の敵兵目がけて放たれるはずであった裁きの光を迎撃へと宛がい、その威力を相殺する。

 

「大神罰、着弾! ですが、効果なし! 向こうの砲撃で威力を削がれた模様!」

 

「よい、手応えで分かる! 小癪な真似をしてくれる!」

 

更に続けて二撃、三撃と雷光が撃ち込まれるが、その全てが聖都の裁きの光によって撃ち落とされる。

太陽王による大神罰。太古の神威に匹敵する雷鳴を聞きながらあの憎き塔は未だ健在であるという事実がオジマンディアスを苛立たせる。

あの塔はなんだ。

あれだけの力、一介のサーヴァントが操るには余りに強大過ぎる。

これではまるで彼の勇者のようではないか。

オジマンディアスは知っている。自らの力に匹敵する輝きを放つ2人の男を。

いつかの聖杯戦争で相対した勇敢なる者達を。

先ほどから伝わってくる手応えが、正にその片方の勇者が放つ輝きに酷似しているのだ。

それを錯覚と切って捨てることは簡単だったが、オジマンディアスの直感はそれを否定した。

十字軍――否、獅子心王が利用しているのは、自分がよく知るあの力だ。あの聖剣の輝きだ。

 

「そうか、あの者を貶めるか獅子心王よ。なるほど、「偽り」の冠は正にその通りの意味だったか。彼の王ならばそのような事、天地が引っくり返ってもせぬだろうからな!」

 

そうと分かれば遠慮はいらない。否、既に全力であるがそれはそれ。

二撃で足らぬと言うのなら十撃。自身の霊基を削って魔力へと変換し、大神殿を加速させる。

あの聖剣の輝きを愚弄する偽りの獅子心王の愚昧、何としてでもへし折ってやらねば気が済まないのだ。

 

「王よ、このままでは御身が! 裁きの光はこのニトクリスめが防ぎますので、どうか塔への神罰を――!」

 

「否! ここで退く訳にはいかぬ! これはあの夜の再来! 此度に大英雄はおらず、聖剣使いすらいないのならば余が下る道理なし! それよりもニトクリス、船を用意しろ!」

 

「船!? 御身は何を――!?」

 

「戯けたか! この撃ち合いはファラオの名に賭けて制す! 傲慢にもあの男を侮辱した偽りの獅子心王めは余が直々に裁きを下さねば我慢ならぬ!」

 

指先が僅かに塵となって消える。

既に大部分の霊基は魔力へと変換され、これ以上の消耗は存在の維持にも関わる。

あの時は全力ではなかったとはいえ、それでも大英雄と共に自身を打ち破った光なのだ。

よもやその全力がこれほどまでとは思わなかったが、それでもオジマンディアスは己の意地に賭けて引き下がるつもりはなかった。

何故なら、あそこにいるのはあの聖剣使いではない。ならば、負ける道理はなく、ファラオの勝利は揺るぎない。

認めよう。その威力、その輝きは確かに神威へと迫るであろう。

だが――――。

 

「――だからこそ、担い手なき力では本物に敵わぬと知れ、偽物がぁっ!!」

 

そして、輝きが中東の空を覆いつくした。

 

 

 

 

 

 

同時刻、聖都メインストリート。

一際眩い輝きが空を覆いつくし、聖都全体を揺るがすほどの強大な魔力のうねりが空間を走る。

太陽王と獅子心王、両者の裁きがぶつかり合い、遂に光を放つ主砲たる塔が瓦解したのだ。

空を焼き尽くすほどの宝具の撃ち合いは、太陽王に軍配が上がったのである。

一方、カドック達とモードレッドの死闘は熾烈の一途を辿っていた。

味方である時は決して向けられることがなかった敵意、殺意。

際限なく汲み上げられる怒りと憎悪、その全ては等しく自分を認めぬ父親に向けられたもの。

叛逆の騎士モードレッド。その威力はこの僅かな打ち合いの中で加速度的に上昇していき、最早手が付けられない化け物の領域に踏み込みつつあった。

 

「どうした!? あんたの力はそんなもんじゃねぇだろ! 聖槍を出したらどうだ!? あの槍を潰さなきゃオレの気は治まらねぇ!」

 

無秩序にばら撒かれる雷撃と共に魔剣が振るわれる。

繰り出される一撃はマシュの防御を容易く打ち抜き、アナスタシアの眼でも捉えることができない。

怒りと憎しみがモードレッドの潜在能力を引き出し、霊基が砕け散るのも構わずに限界を超えた一撃を放ってくるのだ。

最早、一挙一足が死への行軍であった。

モードレッドは今、死を厭わずに持てる力の全てを出し尽くしている。

 

(ああ、知っていたさ。その力の出どころを僕は……よく知っている)

 

まるで少し前の自分を見ているような感覚だった。

カドックにはモードレッドの気持ちがよくわかる。

認められたい、自分を証明したい。そのためならば自分などどうなっても良いと、破滅的な思考で突き進む様は正しくかつての自分自身だ。

モードレッドの胸中にあるのは父親であるアーサー王に認められたいという一心であろう。

生前に否定されたその願いを獅子心王によって増幅され、やり場のない怒りと憎しみを呼び起こしているのだ。

だから、彼は自分の命が燃え尽きるまで戦うことを止めない。その願いが果たされることは決してないのだから。

 

「駄目だ、回復がっ――マシュ!?」

 

「くそっ、キャスター! 令呪を――!!」

 

何度目かの殴打を受けてマシュの態勢が崩れる。

次の攻撃は受け止めきれないと立香が悲鳴を上げ、マシュを助けんとカドックは令呪の使用を決断する。

何でもいい。とにかく動きを止めなければマシュを救えない。

焦りながらも冷徹に思考を走らせ、アナスタシアに対して命令を下さんとカドックは右手に魔力を込め――ようとしてそれを中断した。

 

「――――!?」

 

突如として、モードレッドの動きが止まったのだ。

手にした魔剣は正にマシュの脳天に振り下ろされようとする寸前で停止しており、叛逆の騎士は目の前の敵など見えていないかのようにここではない彼方へと視線を這わせている。

市街を抜け、城壁を越え、未だ神獣達と十字軍が戦いを繰り広げている聖都外縁部。

その彼方を見据えたモードレッドは、まるで獲物を見つけて歓喜した肉食獣のように獰猛な笑みを浮かべていた。

 

「そこか! そこにいたか、アーサー王!!」

 

言うなり、モードレッドは石畳を蹴ってその場を離脱した。

その行く先は聖都の外だ。敵も味方もお構いなしに蹴散らしながら、赤い雷光は一直線に正門へ向けて駆けていく。

いったい、何が起こったのだろうか?

余りに急な事態に仲間の心配よりも先に疑問が湧いてくる。

 

「ドクター、何かわかるか?」

 

『いや、どうも計器の調子がよくなくて城壁周辺を観測できない。これも初代様の力なのかな?』

 

確かに“山の翁”はカルデアの通信を妨害する謎の力を持っていた。

だが、彼が担うと言ったのはガウェインの足止めだけだ。

如何にも生真面目そうな物言いから察するに、彼がモードレッドまで引き受けてくれるほどのお人よしとは思えない。

ならば、別の理由があるのではないだろうか。それこそ、モードレッドが目の前の戦いを放棄してでも執着する何かが。

 

「無事か、マシュ・キリエライト(ギャラハッド)!?」

 

「アグラヴェイン卿? はい、そちらは?」

 

「工場や指揮所の制圧は一通り完了した。今は山の民を中心に捕虜の解放を行っているところだ」

 

そう言うアグラヴェインの鎧は至る所が返り血で汚れており、戦いの激しさを物語っている。

だが、さすがは名うての円卓の騎士が1人。凄惨な装いに反してその身には傷一つついていない。

 

「そうだ、モードレッドを追わないと! ここで逃がしたらみんなが――」

 

「己が目的を履き違えるな、カルデアのマスター。貴公らは獅子心王を倒しこの特異点を修正するのだろう!? モードレッドのことは捨てておけ。奴は恐らく……もう我らに刃を向けることはない」

 

モードレッドを追わんと駆け出そうとした立香をアグラヴェインは一喝する。

彼が言う通り、モードレッドを追いかけている時間はない。既に獅子心王は目と鼻の先におり、聖杯爆弾もいつ爆発してもおかしくない状況だ。

そして、アグラヴェインはモードレッドの変調に何か心当たりがあるようだ。

それについては気になるが、今は問い質している時間はない。モードレッドがいなくなったことでメインストリートはもぬけの殻だ。

このまま一気に中央の建物に向かい、獅子心王に肉薄する。

 

「手筈通り、僕とアナスタシアは聖杯爆弾を探す。獅子心王は任せたぞ」

 

「最悪、2人が戻ってくるまで持ち堪えてみせるよ」

 

「はい。この身に賭けて、先輩はお守りします」

 

仮に獅子心王を倒せても、聖杯爆弾が爆発してしまえば意味がない。

追い詰められた獅子心王が自棄を起こして起爆してしまう恐れもあるため、聖杯爆弾の無力化は何よりも最優先だ。

もしも存在を秘匿されているのだとしたら、ここからは別行動を取る事も想定している。

守りに特化した立香とマシュが獅子心王と対峙し、その間に自分とアナスタシア、カルデアのダ・ヴィンチで聖杯爆弾を解体するのだ。

どんな代物なのかは見てみないことにはわからないが、魔術的なものなら魔術師である自分でしか触れることができないため、このような人選となった。

 

「アグラヴェイン卿、あんたには2人の護衛を頼みたい」

 

「――――ああ、承知した」

 

「アグラヴェイン卿? 何かありましたか?」

 

何かに注意を削がれたのか、反応が遅れたアグラヴェインにマシュは問いかける。

アグラヴェインは一瞬、答えるべきか迷いを見せるが、やがて意を決して静かに口を開く。

 

「……あの塔が倒壊した際に覚えのある気配を感じ取った。私の直感だが、あそこに円卓の騎士が捕らえられている」

 

裁きの光を放った塔は地上部分を残して完全に崩れてしまっている。

中の構造がどうなっているのかはわからないが、彼に誰かが中にいたのだとすればまず助からないだろう。

生き残りの可能性があるとすれば、地下だろうか。

その辺りに関してはアグラヴェインも曖昧で確信が持てなかったため、言い淀んだのだそうだ。

 

「円卓の騎士が? けど、もう生き残っている騎士は……」

 

マシュの疑問ももっともだ。

アルトリアに召喚された10人の騎士の内、生き残っているのはアグラヴェインとガウェイン、モードレッドとトリスタンの4人だけ。

ガウェインとモードレッドは既に居所を確認済み。トリスタンも先ほど、ハサン達との戦闘に突入した。

その全員の所在が判明している以上、円卓の騎士が塔に囚われているのはおかしいのである。或いは、彼らとは別口で召喚された騎士が捕らえられているのだとしたら、どうしてガウェイン達のように操って戦わせないのだろうか。

 

「それについてはわからぬ。だが、確かに感じ取ったのだ。それも非常に弱々しく今にも消えそうな気配だ」

 

「なら、アグラヴェインはすぐにそっちへ行って欲しい。そうだよね、マシュ?」

 

「はい。お願いします、アグラヴェイン卿」

 

躊躇も迷いもなく言い切る立香の言葉にマシュも同意する。

確証もないただの胸騒ぎ。いるかどうかもわからない同胞を探している余裕など、今の自分達にはないはずだ。

それでも2人は最善を尊ぶ。

心の惑いを否とし、いつかの先に後悔など抱かないように。

あの時にああしていればよかったと、己を呪わぬために、2人はどこまでもまっすぐに自分を貫くのだ。

 

「だが、貴公のことはランスロット(貴公の父)より――」

 

「構いません。助けられる可能性があるのなら実行するべきです。行ってください、サー・アグラヴェイン!」

 

マシュ・キリエライト(ギャラハッド)…………わかった。月並みだが、武運を祈ろう」

 

そう言って、アグラヴェインは倒壊した塔へと馬を走らせる。

残された面々は、再び湧き出したシャドウサーヴァント達を見据えながら静かに闘志を募らせる。

敵は強大でその力は未だに謎が多い。

ハッキリしているのはその正体と、言い表しようのない恐ろしい狂気のみ。

世界の全てを飲み込んで、塵一つ残さず平らげようというほどの悍ましく破綻した狂気。

だが、負けるつもりはなかった。

アメリカと違い、今回は孤立無援。他のサーヴァント達の援護は受けられない。

それでも自分達はきっと勝利する。

立香達と別れてからずっと、心のどこかで感じていた焦燥感が今はない。

寂寥感にも似た欠落が今はどこにもない。

何故なら、ここには自分達と、立香達がいる。

この4人ならば、必ず勝てる。

その確信がカドックにはあった。

 

「マシュ・キリエライト、いつでもいけます! マスター、ご指示を!」

 

盾を構え直し、マシュは最前列に立つ。

誰よりも前に。マスターを、仲間を、背負った命と全ての歴史を守るために、彼女は震える心のまま火の粉を払う。

 

「これが最後の戦い。マスター、回路を回しなさい! 全力よ!」

 

一度閉じた瞼を開き直し、アナスタシアが一歩下がる。

全てを俯瞰し、凍てつかせる。マスターを、友人を、自分が愛おしいと思った全てを守るため、彼女の眼差しは悪意が咲くことすら許さない。

 

「藤丸、やれるか?」

 

「もちろん」

 

差し出された左拳に自身の右拳を突き合わせる。

それが合図。

どちらからというでなく、2人は戦いの狼煙を上げる。

 

「僕達ならできる」/「俺達ならできる」

 

 

 

 

 

 

開戦から一時間。

正門前における“山の翁”とガウェインの戦いは未だに続いていた。

目を血走らせ、音の体を成していない咆哮を上げながら振るわれる太陽の騎士の剛剣は掠めただけでも剣圧で肉を抉り打ち砕く威力を秘めている。

それ自体が魔獣の顎ともいえる剣閃を、しかし“山の翁”は静かな佇まいを崩すことなくいなしていた。

音速を越える剣戟、強化に狂化を重ねたガウェインの膂力を真っ向から受け止め無力化する剣腕。

余人の立ち入れぬ剣戟の結界の中で、髑髏の剣士は粛々と己が得物を振るっている。

その剣舞はまるで儀式のように厳かであった。

 

「――――ここまでだ。晩鐘は過ぎ去った」

 

青白い眼光と共に剣が振るわれる。

光芒一閃。

炎を纏った剣筋は受けようとしたガウェインの剣を容易く弾き、その胸元に輝く偽りの太陽を切り裂く。

痛みと呼べるものはなかった。そんなものはとっくに塗り潰されていたからだ。

ただ、驚愕があった。

放たれたのは一撃。ただの凡庸な一振りが聖剣を弾き、胸元を切り裂き、あまつさえ背後で渦巻く砂嵐さえ断ち切り天上の光帯を露にする。

それが合図となったのか、聖都全体を取り巻いていた砂嵐も急速に鎮火していった。

 

「――――っ!? はぁ、はぁ……わたしは、何を……」

 

体内で渦巻いていた熱が急速に冷えていく。

喪失感があった。

体中から夥しい量の血と魔力が失われていることにガウェインはすぐに思い至った。

生きていることが不思議なくらい、自分の霊基はズタズタに引き裂かれている。

獅子心王の「呪詛(ギフト)」では自分は傷つくことはない。これはその結果として酷使されてきたツケだ。

埋め込まれていた疑似・太陽を破壊されたからだろうか。今まで、無視できていたダメージが瞬く間の内に体全体に広がっていく。

それと同時にガウェインはかつての理性を取り戻しつつあった。

ほとんどの記憶は痛みに焼かれていて擦り切れているが、それでも自分が仕出かした悪行と円卓に泥を塗るような不覚を彼は心の底から恥じる。

 

「あなたが……私を……?」

 

「然様」

 

「救ってくださったことに感謝致します。ですが、あのまま殺すこともできたはず?」

 

最早、この体では獅子心王はおろか十字軍と戦うことすらできない。

ただ生き恥を晒すだけなどガウェインには到底、耐えられなかった。

だからこそ、目の前の御仁に訴えずにはいられない。

どうして、一太刀の下に殺してくれなかったのかと。

それだけの技量がこの髑髏の剣士にはあるはずだと、太陽の騎士は卑しくも訴える。

 

「これだけの力を持ちながら、何故いままで沈黙していたのです……貴公ならば獅子心王など恐れるに足らず。聖地がこのような姿と成り果てる前にその行いを止められたでしょうに……」

 

それなのに、何を今更、この暗殺者は重い腰を上げたのだろうか。

こんな致命的なまでに追い込まれ、抜き差しならぬ状況に追われるまで、どうして動こうとしなかったのか。

いや、それすらも詭弁だ。ガウェインの胸中にあるのはもっと傲慢な願い。即ち、どうして自分達が獅子心王に屈した時、それを静観していたのかということだ。

もっと早くに円卓の首をどれか一つでも討ち取っていれば、十字軍に抗う者達への負担は軽くなったはず。

円卓が汚名を被ることもなかったと、ガウェインは思わずにいられない。

 

「我が剣は天命を誤つ者のみに向けられる。偽りの獅子心王の天命は我にあらず。彷徨える神霊の天命もまた然り。なれば我が剣、不要なり」

 

「ならば……ならば、我が身を斬れハサン・サッバーハ! 忠節果たせず汚濁に塗れ、栄誉も誇りも地に堕ちた! その上で何を見届けろと言う!? 一片でも慈悲があるなら我が一刀、その剣で返すがいい!」

 

残る力を振り絞り、ガウェインは聖剣を振るわんとする。

王に仕えるという願いを果たせず、人理のために戦う力も残っていない。

ならば、後は騎士らしく戦場でその命を散らすまで。その散華を以て我が身の汚名を削ぐ。

一欠けらの誇りを胸に死地へと旅立たねば、死んでも死にきれない。

だが、願い虚しく“山の翁”は剣を収めてこちらに背を向ける。

 

「勘違いするな太陽の騎士。晩鐘は既に過ぎ去った。ならばその罪、その罰、裁き下すは我が剣に非ず。最後の忠節、とく貫くがいい」

 

まるで霧散するかのように“山の翁”は消え去り、後に残されたガウェインは茫然と佇むしかなかった。

霊核と連動していた疑似・太陽が壊れたことで消滅は時間の問題。何もせずともこの身は朽ちて消え去るだろう。

彼は自分に惨たらしく絶命しろというのだろうか。否、彼は忠節を貫けと言った。

それは戦場で散るのではなく、我が身の汚名を我が身で払えという戒めなのではないだろうか。

即ち、潔く自害しろと。

できるだろうか。

聖剣を両手で保持するのもやっとの状態。この刃を我が身に突き立てることが果たして叶うだろうか。

何より、そのような結末を我が王はお許しになるだろうか。

そんな思いを抱いた刹那、懐かしい光が眼前に差し込んだ。

 

「ああ……そうですか……あの者が言っていた忠節とは――――」

 

聖剣を手放し、ガウェインは言う事を利かぬ体を何とか動かして跪く。

何とも畏れ多く、また誉れ高いことか。円卓の名を汚し、悪行を積んで落ちるところまで落ちたこの身を捧げられるなど、言葉に言い表せぬほどの感慨だ。

あのお方を前にすればどのような罰であろうとも恐れることはない。

ただ静かに終わりを待てばいいのだ。

王の裁きを受け入れる。それは不忠者に許された最後の忠節だ。

 

「申し訳ございません、我が王よ」

 

そして、聖槍の穂先が太陽の騎士の霊核を完全に突き砕く。

ガウェインが最期に垣間見た光景は、生前と変わらぬ凛々しさと女神にも似た神々しさを併せ持った、この時代における召喚者の姿であった。

 

「眠れ……我が騎士……」

 

最後の最後にかけられた言葉は、ガウェインの耳に届くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

同時刻、繁華街。

かつては人々の往来で賑わっていただろう市場の中を、無数の黒衣の群れが縦横無尽に飛び交っていた。

相対するは白衣の弓兵。音を断つという前代未聞の弓術を駆使する妖弦使いトリスタン。

黒衣の影は各々が異なる武器を持ち、物陰から物陰へと潜みながらの奇襲を仕掛けるも、彼が弦を爪弾く度に成す術なく消滅していく。

突きつけられる無数の短剣も、剛腕無双の怪力も、剣聖に匹敵する剣術も、月明かりすら不要と断ずる恐るべき弓術も、トリスタンの身に掠り傷一つ負わせることができないでいた。

 

「やはり、あなた方では無理ですか」

 

開戦の報を聞いた時、トリスタンはやっと自らの業から解放されると胸を撫で下ろしていた。

飄々と振る舞っていても彼は誉れある円卓の騎士が1人。悪逆に身を落としながらも理性を保つことは我慢がならなかった。

だからこそなのか、我が身を掠め取った偽りの獅子心王はトリスタンにのみ理性を残した。

理性がなければ弓を振るえない。弓兵はただ眼前の敵を屠るだけでなく、時には冷酷に仲間を見殺し不利ならば撤退を指示する冷静な思考を必要とするからだ。それが彼自身への何よりの拷問になると知りながら。

結果としてトリスタンは戦場に救いを求め続けた。

自害も封じられ、淡々と十字軍が命ずるままに異教徒を殺すだけの日々の中で、戦地に赴くことだけが唯一の救いであった。

そこならば、我が身を止めてくれる猛者がいるかもしれないと。

そして、彼は遂に巡り会ったのだ。

カルデアとそれに協力するサーヴァント達。

彼らならば自分を止めてくれるかもしれないと。

だが、その願いが叶う事はなかった。

カルデアのマスター達は既に獅子心王のもとに向かい、唯一自分に匹敵する弓術を誇るアーラシュは既にこの世にいない。

俵藤太も玄奘三蔵という女と一緒に外縁での小競り合いを続けている。

そんな中でこちらに引導を渡しに来たのが3人の暗殺者達。各々がその時代で唯一を極めた山の翁であり、その手腕は決して蔑ろにされるようなものではない。

だが、悲しいかな円卓の騎士には届かなかった。果敢な奇襲もトリスタンの前では幼子の手習いにも劣る所業。失望に似た感覚すら芽生え始めていた。

 

「最早、あなたの人格(ぶんしん)は片手で数えるほど。逃げなさい、僅かであればこの指を抑えられましょう」

 

そして、願わくばより強い猛者を連れてきて欲しい。これ以上、心を残したまま生き永らえることは耐えられないのだから。

だが、相対した百貌のハサンは怯まない。9割以上もの分身を殺され、心が千切れかけているにも等しいというのに、彼女は獲物を仕留める狩人のように一分の油断もなくこちらを見据えている。

そのような情けは無用。殺すと決めたからには何が何でも殺すという強い気概がそこにはあった。

 

「――時は来た」

 

「むっ、この霧は……」

 

いつの間にか周囲に草花は死に絶え、地に伏している兵士の死体が腐食を始めている。

これは毒か。戦いに気を取られ、周辺の大気に毒が満ちていることに気づけなかった。

 

「私は静謐のハサン。夜に咲く毒の花――――既に、この周辺は我が毒に満ちた」

 

十字軍が捕らえ、その身を調べていた静謐のハサン。その力は宝具にまで昇華された毒の肉体。

血も汗も粘液さえも生命を狩る毒液であり、花々を愛でることすらできない哀しき少女。

その彼女の毒が今、周囲一帯を包んでいるのだ。

 

「貴様は百貌殿を圧倒していたのではない。百貌殿と呪腕殿に翻弄されていたのだ。その身を蝕む毒に気づかぬよう、極限の戦いを仕掛けていた」

 

それは、何と愚かで危険な行為か。一つ間違えば自分達すら毒の大気に巻き込まれて死んでしまうかもしれないというのに。

いや、或いはそれすらも計算の内。彼らは一方的に殺されている振りをして、常に安全な風上に座していたのではないだろうか。

何よりも毒はよい。とてもよい判断だ。この身は生前、戦場で受けた毒によって潰えた。

英霊にとって生前の死因やジンクスは何よりの特攻となる。例え取るに足らない要因でも致死の意味を持つのだ。

特に静謐のハサンの毒はこの世のどんな毒にも勝る猛毒。これならば確実に、自分は死に絶えることができるだろう。

 

「ああ、これで私は――――」

 

毒の痛みに身を任せようと、トリスタンは安堵の息を漏らす。

弦が爪弾かれたのは、正にその時であった。

 

「えっ――?」

 

「っ――!!」

 

まず毒の源である静謐のハサンが千切れ飛び、次いで不穏を察知した百貌のハサンが血だまりに落ちた。

誰よりも驚愕しているのはトリスタン自身であった。

毒に蝕まれ、今にも息絶えるはずであった我が身には欠片程の痛みもなかった。それどころ、強制的に再臨が進むほどの膨大な魔力が内から溢れ返ってくる。

 

「トリスタン、まさか――!!」

 

「獅子心王め、何と悪辣な……これは、悲しい……」

 

必死で弦を弾く指に抗おうとするが無駄だった。この身が毒に侵されれば侵されるほど、却って肉体は活力を得ていく。

これこそが獅子心王がトリスタンに課した「呪詛(ギフト)」。毒を癒し魔力へと転ずる魔性の呪い。今のトリスタンはこの毒の霧の中にいるだけで限界を超えた力を発揮する。

生前の死因を突くのはサーヴァント戦の常道。他の円卓の騎士と違い死因がハッキリとしている身である以上、獅子心王は必ず毒を用いた必殺を仕掛けられると踏んでいたのだ。

 

「何という……我らの最後の秘策も徒労に終わるとは……」

 

繰り出される音の刃を躱しながら、1人残された呪腕のハサンは歯噛みする。

生前を調べ上げ、百貌のハサンを囮とした決死の策。力でも格でも劣る暗殺者が成せるであろう最高の秘策を無為にされたのだ、無理もない。

 

「くっ、早く逃げなさい……このままでは、貴公まで――――」

 

指先に痛みが走る。毒のせいではない。汲み上げられた魔力が行き場を失って体内で渦巻いているのだ。

こうなってしまえば宝具を発動して魔力を吐き出さねばこの身が崩壊する。そして、今のトリスタンに選択権はなかった。

獅子心王に埋め込まれた命令に肉体は忠実に従い、宝具を発動せんと弓に魔力を込める。

 

「翁よ!」

 

「否、我らは山の翁。殺すと決めたからには何があろうと――果たす!!」

 

呪腕のハサンが跳躍する。

音の刃の間を縫った疾走。だが、見えぬ斬撃を躱し切る術などなく、髑髏の仮面は胴体を深々と切り裂かれながら崩れ落ちていく。

夥しい量の血が地面を汚し、引き千切れた臓物が辺りにまき散らされた。誰の目から見ても致命傷。呪腕のハサンは救いを求めるように腕を伸ばし、前のめりに倒れていく。

だが、暗殺者は死んでいない。その仮面の向こうには未だ闘志潰えず。伸ばした右腕は空しく宙を切ったのではない。纏っていた黒衣を引き裂き、露になったのは見るも悍ましい奇形の腕。

その長腕は悪魔の羽根のように羽ばたくと、トリスタンに向けて一直線に伸びてくる。

 

「『妄想心音(ザバーニーヤ)』――!!」

 

それは対象に触れることで心臓の鏡像を作り出す宝具。故に本来は胸元に向けて放たれるのだが、此度はトリスタンを逃がすまいとその腕を鷲掴み、滑車の如き勢いで呪腕のハサンの体を引き寄せる。

剣すら抜けぬ至近距離での邂逅。まるで抱き合うように体を割り込ませたことでハサン自体の体が邪魔となり、弓を弾くことも封じられている。

 

「その腕、掴んだぞトリスタン!」

 

「貴公は何を……これは、腕がひとりでに……!?」

 

異形の長腕が脈動し、腕に食い込む力が少しずつ強くなっていく。否、これは食われているのだ。

指先から我が身を少しずつ擦り取られていっている。そして、自分と呪腕のハサン以外の第三の霊基がここに産声を上げようとしていた。

 

「……我が腕は魔神(シャイタン)から掠め取ったもの。それを呪術で御し得ていたが、その呪いを今解いた。魔神は受肉し、盗人である私と贄である貴殿を食らうだろう」

 

「なんと……おお、なんと……」

 

「言葉を借りよう、トリスタン卿。運命は貴殿に追いついた……聞こえるはずだ、あの鐘の音を――」

 

「貴公は…………そこまで…………」

 

「痩せた土地と共存し、この地に生きる同胞を護り、この地に起きた教えを全てとした! 他の国なぞ知らぬ! 理想の国なぞ知らぬ! 我らはこの土地に住む人々を愛した! 我らはその為に生き、その為に死んだのだ! それが我ら山の翁の原初の掟なれば、我が身喰われる苦痛など!!」

 

「そうですか…………最後に戦えたのが貴公でよかった。誇り高き暗殺の技、しかと刻ませて頂き感謝する。せめて、貴公だけは――」

 

魔神に肉を食われる苦痛で僅かにハサンの体が揺らぎ、その隙を突いて右手を閃かせる。

渇いた音と共に倒れ伏す呪腕のハサン。右腕を引き裂かれ、多くの出血を強いられている以上、彼も長くはないだろう。

そして、それよりも早く自身は魔神に食われて息絶える。そうなれば次なる標的は虫の息の暗殺者だ。

離れなければならない。

我が身がまだ動く限り、少しでも遠くに。

この信仰篤き暗殺者が、誇り高き山の勇士が一秒でも長く生き永らえ、仲間に救われる機会を増やすために。

 

「この地に来てから、悲しい事ばかりでしたが、最期に尊いものを見た…………私などにはなんと、勿体ない……」

 

遠くで鐘の音が聞こえる。

それは自身を迎えに来た天上の使いの調べか。

はたまた地獄へと誘う悪魔の囁きか。

考えるだけの余力すらトリスタンには残されていない。

彼はそのまま、誰に見守られることもなく、孤独なまま魔神の血肉としてその身を食われるだけであった。

 

 

 

 

 

 

どことも知れぬ闇の中で、その男は時が来るのを待っていた。

既に部下からの報告には目を通している。

山の民、砂漠の民、円卓の騎士の生き残りが結託して聖都を襲撃している。

被害は甚大。折角建設した工場には火の手が上がり、働き手である捕虜達も解放されている。

ロクな建設機械もないこの時代でメインストリートを整備するのにどれだけの労力を必要としたことか、彼らはわかっているのだろうか。

 

「畜生とでも怒鳴り散らせばいいのかね、こういう時は? いやいや、私は生前そんな風に怒ったことはあっただろうか? なかっただろうか?」

 

淀んだ瞳。そこに確かに浮かべた感情は張り付いた仮面のように作り物めいていて不気味さが漂う。

力強く放たれる言葉は妙な説得力があると同時にどこか他人事だ。まるで自分の言葉ではなく台本を読んでいるかのような白々しさすらある。

自分の言葉を自分のものとして発せれなくなったのはいつからだろうか。

自分の体を縛る見えない操り糸に気づいたのはいつからだろうか。

それは彼自身にもわからない。生前の記憶なんてものはとっくに塗り潰されていて、自己すらハッキリしないのだから。

ただ、自分が果たさねばならない使命だけは理解している。

我が身は道化であり愚者。ならば我が闘争は観衆を満足たらしめる喜劇でなければならない。

ならば終演は近い。

最大の終末装置(デウス・エクス・マキナ)の完成は目前。後は時が来るのを待つばかりなのだ。

その時を以て、()の願いは成就されるのだから。




ちなみに操られた円卓勢をシステムに起こすとこうなるんじゃないかと妄想しています。

ガウェイン:毎ターン、チャージ+2
      毎ターン、自分にダメージ。ターン毎にダメージ増加(このダメージでHPは0にならない)
      スキル使用不可
モードレッド:毎ターン、チャージMAX
       毎ターン終了時、確率で混乱
トリスタン:毒・火傷・呪い無効
      毎ターン、確率でスタン
ランスロット:毎ターン、ランダムでバフかデバフ(銃の交換や故障の演出)

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