Fate/Grand Order IF 星詠みの皇女 作:ていえむ
地下に潜ってからどれくらいが過ぎただろうか。
入り組んだ構造。いくつもの行き止まり。降りているはずなのに昇っている階段。そして立ち塞がる防衛装置。
それらを力尽くでねじ伏せながら、カドックとアナスタシアは地下へ地下へと潜っていた。
目的は一つ。聖杯爆弾だ。
メインストリートを抜け、街の中心部に当たる建物に辿り着いた際に魔力を辿った結果、聖杯らしき反応は地下三百メートルに、サーヴァントの反応は建物の上部に分かれていることが判明したのだ。
そのため、カドック達は手筈通り別行動を取る事になった。
幸いにもシャドウサーヴァント以上の戦力は配置されておらず、入り組んだ構造以外に罠らしい罠はない。カルデアの解析とアナスタシアの魔眼で奥へ進むことだけは容易であった。
「マスター、角を曲がるとゴーレムが二体」
「やれるか?」
「大きいし距離も近いから凍らせるのは無理ね」
「わかった、不意を突く」
聖都突入の前に予め捕まえておいたネズミをケージから取り出し、小石程の大きさの礼装を括りつけて通路に放つ。
使い魔と化したネズミは溝を流れる水のように惑う事なくまっすぐに通路を曲がると、その先の部屋を守護するゴーレムの足下を潜り抜ける。
共有したネズミの視界から見たゴーレムはまるで巨人のようで、自分は安全だと分かっていても踏み潰されやしないかと心が逸る。
(まだ……まだ……今!)
きっかり時間にして15秒。
ゴーレムの足下を通り過ぎたネズミの背中が破裂し小さな爆発音が木霊する。
まき散らされた魔力残滓を侵入者の気配と誤認したゴーレムは逃げるネズミを追おうと視線を逸らし、その大きな巨体を緩慢に揺らしながら扉から離れていった。
直後、音もなく背後から忍び寄った黒い影がゴーレムの一体を殴り壊す。
魔獣にも匹敵する強烈な殴打はヴィイによるものだ。ゴーレムの気が逸れた隙を突いてアナスタシアが解き放ったのである。
異常に気付いたもう一体のゴーレムはより脅威度が高いと思われるヴィイに向き直り、未だ手の中でゴーレムの核を弄んでいるヴィイを葬らんと巨体を震わせる。
ヴィイの力は強力だがそれ程素早くはない。このままでは先に拳を叩きつけるのはゴーレムとなるだろう。
その隙の大きさを知らぬカドックではない。
立て続けに放った束縛の魔術の三連発。一発が硬直を生み、二発目が態勢を揺らし、三発目で完全に動きが止まりかける。
その僅かに稼いだ時間でヴィイは手にしていたゴーレムの核をボールのように投げつけると、残る一体に凍結の視線を巡らした。
動きが止まったゴーレムにそれを避けることは適わず、瞬く間の内に氷の像と化して動かなくなった。
「こうしてみると便利だな」
戦闘に用いる魔力の大半はヴィイ自身が賄い、ある程度の接近戦もこなすことができる。
マスターである自分が担うのは存在維持と宝具使用の際の魔力供給くらいでいいので、燃費も非常にいい。
聖杯戦争ではキャスターは不利なクラスとされているが、その中ではアナスタシアはかなり当たりのサーヴァントではないだろうか。
いや、当たりどころか間違いなく最優で最強のサーヴァントだと自負しているつもりではあるが、それはそれとしてだ。
「そうでもないのよ。集中しなくちゃ動かせないし、その間は私の方が眼を使えないから」
あくまでアナスタシアとヴィイ、2つが揃ってこそのキャスターのサーヴァントなのだ。
ヴィイ自身も怪力なので不意を突ければ三騎士クラスに一矢報いるくらいはできるだろうが、真正面からやり合うとなるとアサシン相手でも辛いらしい。
とはいえ便利なことには違いないので、今後も大いに活躍してもらおう。
そう思いながらカドックはゴーレムが守っていた扉を開ける。罠がないことは既にアナスタシアが魔眼で確認済みだ。
「これが……聖杯爆弾……」
目の前に飛び込んできたのは、壁一面を埋め尽くす巨大な機械であった。
広さは下手な体育館くらいあるだろうか。天井も高く煌々と証明が焚かれている。
松明のようには見えない。あれは恐らく電灯だ。どこから電力を用意したのかはわからないが、時代にそぐわぬ重火器を大量生産しているくらいだ。今更驚くことでもない。
それよりも問題は聖杯爆弾だ。壁を埋め尽くす様々なボタンやメーターが何を意味しているものなかは皆目見当もつかないが、でかでかと中央に取り付けられている電光板の意味だけは容易に想像がつく。
あれはタイマーだ。まだ起動していないようだが、スイッチが入ればあそこにカウントダウンが刻まれるだろう。
「ダ・ヴィンチ、見えるか?」
『ああ、感度は良好だ。ふむ、聖杯が火薬代わりなこと以外はありふれた爆弾だ。製作者は魔術に関する知識に乏しかったのだろうね。必要な要素を科学技術で代替している』
「解体は可能か?」
『少し時間はかかるが、君の魔術と道具で十分に何とかなるだろう。ただし、こちらの指示はちゃんと聞いてくれたまえ。間違った配線を切ればみんなまとめてお陀仏だ』
「そうならないよう祈るよ。神なんて信じてないが」
アナスタシアに見張りを任せ、カドックは鞄からナイフや工具を取り出し作業に入る。
機械については北米で何度か触れていたが、自分で組み立てたり分解したことはなかった。
工具自体もほとんど触れたことがないものばかりで、うまく扱えるかもわからない。
それでもやるしかない。今頃、立香とマシュは偽りの獅子心王と対峙している頃だろう。
2人が頑張っているのなら、自分はまだ諦める訳にはいかない。
こここそがカドック・ゼムルプスの戦場、証明の場だ。
カドックは一度だけ深呼吸をして意を決すると、ダ・ヴィンチの指示に従って聖杯爆弾の解体に取り掛かった。
□
聖都での戦いが佳境に至った頃、アルトリアは遠く離れた山岳地帯を走っていた。
多くの命が今も燃え尽き悲鳴が上がっているというのに、ブリテンの守護者はこんなところで何をしているのか。
その答えは明白。この戦は彼女にとって関係がないことだからだ。
聖槍ロンゴミニアドの影響で彼女の精神は既に人のそれとは乖離しており、人類の闘争に何ら感慨も抱かない。
人の営みは美しく素晴らしいが、同時に醜い争いを止められぬ生き物でもある。
かつての自分ならばそれに介入したのだろうが、今のアルトリアの精神はそれを是としない。
それもまた人の営みである以上、その範疇を超えた存在である自分が介入してはならないのだ。
それに元よりこの戦はカルデアのマスターのものであり、協力を申し出たのはアグラヴェインだ。自分はあくまでそれを許し見守るだけである。
だが、円卓の騎士だけは別だ。
ランスロットは眼前で朽ち、トリスタンもまた戦いの中で命を散らした。ガウェインも先刻、この聖槍で裁きを下した。
残る騎士は1人。彼らを使役し悪逆を行ったのは偽りの獅子心王ではあるが、彼ら自身を召喚したのはこのアルトリアだ。
故に、敵の手中に落ちた彼らだけはこの手で裁かなければならない。その責任が自分にはある。
そして、最後の1人である叛逆の騎士は今、頂きの上からこちらを見下ろしていた。
「どうした? 地の利はこちらにあるぞ!? それで終わりかアーサー王!!」
放出された魔力が雷光となって地を走る。
不安定な傾斜では馬を走らせることができず、アルトリアは飛来する雷の全てを槍で払う事を余儀なくされた。
受け止めた雷撃は槍越しでも分かるほど重く、モードレッド自身が抱く強烈な殺意が込められていると実感する。
打ち合いで腕が痺れるなどということはいつ以来であっただろうか。
ここまでの戦いもそうだ。
聖都から山岳地帯に至るまでの間、モードレッドは何度もこちらに切りかかってきた。
馬上と徒歩という圧倒的に不利な状況を覆し、魔力の放出で足らぬ速度を補い、こちらの呼吸の間すら把握して不意を突かんとする。
そしてここに至ってとうとう、叛逆の騎士は我が身を追い抜き頂きに立った。
上と下、切り結ぶにあたって高度の差は非常に大きい。
実力差を埋めるだけの利点がここにはある。
惜しい。
実に惜しい。
今も油断なくこちらを見据え、隙あらば切りかからんとしている叛逆の騎士が実に惜しい。
言葉で怒りをまき散らしながら、冷静に戦局を観察するこの者が実に惜しい。
それだけの力を持ちながら、何故王などに固執するのか。
あのカムランの丘から幾星霜、今の自分はかつてよりも成長したと思っていたが、それだけは終ぞ理解できなかった。
「答えぬかアーサー王! ならばこれを見ろ! この焼け爛れた荒野を! あなたの国はこれで終わりだ! これが私に王位を譲らなかった報いだ!」
怒りの余りに錯乱が進んだのだろう。口調すらかつての円卓時代に戻り、モードレッドはかつての戦いを再現する。
あの者の心は既にここにはない。偽りの獅子心王によって心を壊され、際限なく怒りと憎しみを増幅されたことで時が逆行している。
自分が何のためにこの地に召喚されたのか、ここで何を成してきたのかさえ覚えていないだろう。
「憎いか、そんなに私が憎いか! 魔女の子であるオレが憎かったのか!? 答えろ、アーサーッ!!」
裂ぱくの踏み込み。
音速すら越えた深紅の斬撃が眼前に迫る。
繰り出される必死の一撃を、アルトリアは寸で聖槍を振るっていなし、操る馬のバランスを取りながら後方へ大きく後退する。
やはり、この高低差はまずい。馬上の有利もリーチの差も埋められてしまい、打ち合いにおける不利を補っている。
互いの得物を振るい合うだけならば永遠に決着はつかないだろう。
ならば聖槍を解放するまで。
ここは人気のない山岳地帯。加えて自分の位置からなら頭上のモードレッドを撃ち抜く形となるため麓への被害を心配する必要はない。
ただ一つの懸念は、今のモードレッドが聖槍を使うに値しない存在であるという一点だけだ。
「私は貴公を憎んだことなど一度もない」
心はどこまでも澄み切っていた。
これから口にする言葉は偽らざる本心だ。
真実を知ったあの時も、カムランの丘で対峙した時も、そして成長した今ですら変わらぬ思い。
あの時と同じように、今度もまたそれをぶつけねばならぬとは、皮肉なものだ。
「貴公に王位を譲らなかったのは、貴公にも王としての器がないからだ」
「ア――アァァサァァッ!!」
モードレッドを中心に空間が深紅に染まる。
雷を伴う魔力放出。だが、怒りの余り魔力の変換がうまくいっていない。
派手な光に反して足下の地面を焼くの精々の篝火だ。
そう、怒りに狂えば狂う程、激情に身を任せるほどに、この者の剣気は鈍っていく。
大地を割り、空を裂く膂力と魔力を代償に、かつて自分が尊敬を抱いた誉れ高き騎士としての尊厳が落ちていく。
それはモードレッドが真に憎き相手を捉えられていないからだ。唯一人に注がれるべき感情は拡散し、散漫に当たり散らされるのでは剣気が鈍るのも無理はない。
鋭く研ぎ澄まされた感情の刃。それこそがこの騎士の唯一の美点。偽りの獅子心王の呪いはそれを見るも無残な鈍らへと変えてしまう。
かつての王として、それだけは我慢がならないとアルトリアは煮え滾るモードレッドの激情を静かに見つめていた。
「問い返そう、我が騎士モードレッド。貴公の怒りはその程度か?」
「っ――――!?」
「偽りの主に翻弄され、植え付けられた感情に何の意味がある? 憎いのだろう? ならばその憎悪を研ぎ澄ませ! 貴公が呪うべき相手は誰か、それを思い出せ!」
「アーサー……アァァサァァ……」
「私が憎ければ私だけを呪え! 貴公にはその権利がある! それすらわからぬというなら、貴公は王どころか騎士を名乗ることすら恥と知れ!」
そう、この者はいつだって選択を誤った。
ただひたすらに、認めてもらおうと必死で足掻き、そのために国をも巻き込んだ戦を起こした。
その原因は自分にもあるのだろうが、王として判断に後悔はない。人としての判断は――既に欠落してしまったので何を思っていたのかわからない。
結果としてその選択はブリテンにとどめを刺した。
我が子を名乗る騎士に下した言葉が破滅の弓を引いた。
その時、王だけを憎めばよかったものを、この者は王が持つもの全てを滅ぼさねば気が済まなかったのだ。
そうではない。そうであるから、自分はお前を認めることができないのだ。
「違えるなモードレッド! 貴公の望みは王の首であろう! それとも、誰かに命じられねば殺せぬか!? 我が姉か!? 偽りの王か!? その者達なくして剣を振るえぬか、モードレッド!! 貴公にとって王とは傀儡か!」
「だまれぇぇぇっ!!」
叫び、魔剣が翻される。
突き破られたのは叛逆の騎士。モードレッドは錯乱の余りとうとう我が身を自身の剣で傷つけたのだ。
あふれ出る鮮血は鎧を赤く染め、力の抜けた体が僅かに揺らぐ。傷は深く霊核にまで達していた。
ここまでの戦いで魔力を使い過ぎていたこともあり、モードレッドの体から急速に生気が抜けていく。
壮絶なその姿は見る者に戦慄すら呼び起こすだろう。
だが、モードレッドは倒れなかった。
揺れる体を両の足でしっかりと支え、胴体から剣を引き抜いて再び構えを取る。
そして、被っていた兜が外れ素顔が露となった。
その時、アルトリアは初めて思った。
かつてこの騎士の死に際に自分と同じ顔を垣間見たが、改めて見てみると意外と似ていないものだと。
「やっと会えたな、アーサー王!」
獰猛に、凄惨に、獣の如き凶暴な笑みがモードレッドに浮かび上がる。
そこに生前の面影はない。先ほどまでの迷える騎士でもない。
叛逆の騎士。英雄モードレッドとしての素顔がそこにはあった。
アルトリアにとっては、恐らく初めて垣間見る彼の素顔であった。
正しく獣の形相。ただし気高き獣だ。
孤高の王としての風格がそこにはあった。
「ああ、やっと会えたな、モードレッド」
錯乱の余り我が身を傷つけたと思ったが、この様子では違うのだろう。
恐らく、霊基を傷つけることで偽りの獅子心王の「
本質としては狂化スキルに近いものなのだろう。霊核が砕け、消滅が始まったことでモードレッドは正気を取り戻したのだ。
「さあ、あの時の続きだ。あんたを超えてオレは王になる!」
「……いいだろう」
それ以上の言葉は必要がなかった。
自分達が交わることは決してない。
アルトリアはモードレッドを我が子と認められず、その血筋への誇り故にモードレッドはそれを許すことができない。
ガウェインはその忠誠心故に裁かれることを是とし、モードレッドは自らの宿命故に戦うことを選んだ。
その身に刻まれた因果、血の宿命。王を終わらせる者。それこそが英雄モードレッドの逃れ得ぬ在り方だ。
故に自分達が敵対した時から、この結末は必然であった。
奇しくもここは平原を見渡せる高所。自分達が最後に戦ったあのカムランの丘の再現だ。
「これこそは、我が父を滅ぼす邪剣――――」
構えた魔剣が展開し、深紅の雷が凝縮される。
どこまでもまっすぐに研ぎ澄まされた怒り、憎しみ。
偽りの獅子心王に植え付けられたものではない。モードレッド自身から芽生え育まれた偽らざる感情。
それこそが彼を高みへと引き上げる。
重ね、束ね、その身の内で鍛え抜かれた激情は、正に終演の一撃に相応しい。
「聖槍よ、果てを語れ――」
受け応えるは最果ての槍。かつてモードレッドの命を奪った聖槍は今、アルトリアの宣言と共に脈動を開始。
穂先が纏う魔力が螺旋状に渦を巻き、周囲の大気すら巻き込んで巨大な竜巻となる。
常人ならば――否、トップサーヴァントですら扱いに難儀するであろう荒れ狂う嵐の顕現を、アルトリアは静かな面持ちで構え直す。
あの時と変わらない。
我が子を名乗る叛逆の騎士。その激情をぶつけられてもこの心は何の感慨も抱かない。
或いはもっと深い絶望を抱いていたのかもしれないが、それはとうに忘れ去ってしまった。
ひょっとしたら今の自分は目の前の騎士と相対したことなどなかったか、あってもこれほどの憎悪をぶつけられなかったのかもしれない。
そう、彼と自分では見てきたものが違う。
目の前の騎士を殺めた騎士王は、自分のことではないのだから。
それでもアルトリアは槍を振るう。
終わりの騎士を終わらせる。それこそが我が身に課せられた責任であるが故に。
「『
「『
魔剣と聖槍。深紅と白亜の光がぶつかり合う。
渾身の愛憎と、王としての矜持が激しく火花を散らす。
それは一瞬とはいえ拮抗した輝きとなり、音すらもかき消すほどの重力場を作り出す。だが、忽ちの内に深紅の雷光は飲み込まれ、視界の全てを白亜の光が覆った。
そも『
その威力たるや偽りの獅子心王の裁きの光を遥かに上回り、太陽王の宝具とすら真っ向から撃ち合っても競り勝てるだろう。
如何にモードレッドが憎悪を滾らせ、怒りを研ぎ澄ましたとしても敵うはずがなかった。
恐らくは痛みすら感じる間もなく消滅したはずだ。勝敗の有無など以ての外だ。
ならば、所詮はその程度の騎士。重ね束ねた激情すら我が身には届かない。
この差を埋め合わせる何かがなければ、モードレッドは永遠に王とはなり得ないだろう。
「――ッ!」
刹那、光の向こうで魔力が爆発した。
深紅の稲妻が、まるで地を這う蛇のように坂道を転がりながらこちらに向かってきている。
モードレッドだ。鎧を脱ぎ去り、軽装となったモードレッドが『
ここに来て高低差がまたしてもこちらの不利に働いたとアルトリアは理解した。直上から剣を振る降ろすだけで良い向こうと違い、こちらは頭上のモードレッドを撃ち抜くために上に向けて宝具を解放した。
馬上であったこともあり、その砲撃はほんの僅かではあるが地上との間に隙間ができていた。モードレッドはその隙間を、魔力放出による超加速で駆け降りてきているのだ。
最初から彼は宝具の撃ち合いでは自分が敗北することを悟っていた。故に魔剣を手放し、無手での決着を図ったのだ。奴らしい乱暴なやり方だ。
「騎士王、取ったぁぁっ!!」
宝具の真名解放による硬直もあり、アルトリアは動くことができない。
水平に落下するという矛盾すら孕んだモードレッドの拳は、そんなアルトリアの無防備な頬に吸い込まれていく。
痛みはなかった。「
拳が届くまでよくぞ霊基が保ったと感心すらしてしまう。最早、モードレッドには拳一つ満足に握るだけの力も残されていなかったのだ。
それでも、この者は騎士王を相手に一矢報いて見せた。
例えそれが同じ名を持つ別人に対してであったとしても、叛逆の騎士は誇れるだけの戦果を上げて逝ったのだ。
「何度でも挑んでくるがいい、モードレッド。それは貴公にのみ許された特権だ。私はいつまでも、貴公にとっての最果てとなろう」
奇しくも腕の中で消えたかつての騎士への思いを述懐し、アルトリアは遥か彼方の聖都へと視線を巡らす。
既に街を覆っていた砂嵐も消え、戦いも少しずつ沈静化しつつある。少なくとも戦争は連合軍の勝利で終わるだろう。
ならば後は、カルデアと偽りの獅子心王による人理を巡る戦いだ。
その行く末がどちらに傾くのか、今の彼女にはわからなかった。
□
どれくらい昇っただろうか。
目的地である球状屋根の建物は外から見るよりも遥かに内部は複雑で迷宮の体を成していた。
何度も行き止まりにぶつかり、階段を上り下り、バリケードを迂回して上へ上へと進んでいく。
意外にも警備の兵士やゴーレムはおらず、罠の類も仕掛けられていない。ただ純粋に複雑な構造だけが立香とマシュから体力を奪っていく。
そして、何度目かの階段を昇りきったところで、とうとう目的の部屋の入口へと辿り着いた。
『何て建物だ。五階建ての建築物に十階分の階層をねじ込むなんて!』
カルデアからの音響測定がなければまず辿り着くことができなかったであろう。
この建物からは設計者の熱意と意地の悪さが至る所から感じ取ることができる。
これも獅子心王が造ったのだとしたら、やはり自分が思っていた通りの恐ろしい男なのだろう。
「マスター、お疲れだとは思いますが、よろしいですか?」
「ああ、大丈夫だよ」
こちらの言葉にマシュは小さく頷き、目の前の扉をゆっくりと押し開ける。
そこは円形のホールのようであった。本来は会議場か何かなのだろうが、今は椅子や机の類は片づけられており、円錐状に空間が広がっているだけであった。
その中央に立つのは黄土色の軍服に身を包んだ1人の男。年はまだ若く十代か二十代ほどで、まず目につくのは鮮やかな金色の髪の毛だ。
古い貴族か王族を思わせる佇まいもあり、正に絵に描いたような王子様といったところだろうか。
だが、既に正体を見抜いている立香にはその違和感にすぐ気づくことができた。
淀んでいる。
両の瞳が、身に纏う王気が、まるで泥のように淀んでいる。
高貴さなどというものは欠片も感じられなかった。この男は、もっとどす黒く邪悪なものだ。
見る者が見ればこの男からは幽鬼か亡霊のような不気味さすら感じ取れるだろう。
「やあ、やって来たのは君達だけか」
男は拍手を以て自分達を迎え入れる。
やや低めだがよく通る声だ。見た目の割には少し老いた声音で、早口なのに不思議と発音は聞き取りやすい。
「安心したまえ、ここには私しかいない。司令本部は反乱軍によって制圧され、配下の十字軍も沈黙した。残念ながら良い奴はみんな死んでしまったがね。生き残ったのはクズばかりだ」
爽やかな表情に似つかわしくない口汚い言葉ではあるが、彼が口にすると不思議と強い説得力があった。
王としてのカリスマとでも言うのだろうか。戦争での生き死に貴賤を問うつもりはないが、彼が言うと本当はそうなのかもしれないと思わず納得しかけてしまう。
それほどまでに力強い言葉の魔力が彼の声音には込められていた。一切の魔術を使わず、何気なく言葉を漏らしているだけで洗脳染みた弁舌となる。
正に時代が生んだ怪物に相応しい力だ。
「あなたの企みももうお終いです」
「ああ、確かにそうかもしれない。だが、私が私である以上、諦める訳にはいかないのだよ。民衆がそれを望んでいる。全てを終わらせろと皆が願う。指導者とはそれを担う者なのだ」
男の姿が掻き消える。
直後、目の前で火花が散った。
男が抜刀した剣をマシュが盾で受け止めたのだ。
すかさず立香は後方に跳び、彼女が全力を出せるよう礼装の機能を発動する。
術式の援護を受けたマシュの連撃は、まるで星を生み出しているかのようだ。
立て続けに叩き込まれる大質量の塊を男は何とか剣でいなすものの、その動きは決して機敏とは言えない。
全くの素人という訳ではないのだろうが、立香の目から見ても分かるほど緩慢で動きに切れがない。
剣を振るう膂力ですらマシュにも劣るようだ。
「さすがに五つの特異点を乗り越えてきただけのことはある。我がエクスカリバーをこうも容易く打ち払うとは――――」
「エクスカリバー!?」
「マシュ、惑わされちゃダメだ! そいつが騎士王の聖剣を持っている訳がない!」
あれはアーサー王だけが持つ唯一無二の剣。
何かの間違いがあろうとも、この男が持つことは決して有り得ない。
「そう思うかねマスターくん? なら、これならばどうだ!?」
言うなり、男は剣を捨ててどこからともなく新たな武器を取り出した。
立香にも見覚えのある赤い槍。海獣の骨でできた刺々しい穂先。アルスターの英雄クー・フーリンが振るう因果逆転の魔槍ゲイ・ボルクだ。
「なっ!?」
「ふん!!」
繰り出されたのは凡庸の一撃。しかし、先ほどまでとはリーチが違い、咄嗟の防御が間に合わない。
何とか身を捩って回避を試みるが、それでも僅かに二の腕を削られてしまう。
「マシュ!」
腕をやられては盾を振るえない。
半ば反射的に立香は礼装に秘められた回復の術式を起動するが、直後にそれが無意味であると歯噛みする。
ゲイ・ボルクには回復阻害の呪いが込められているのだ。その穂先で傷つけられれば余程の幸運がなければ傷が癒えることはなく、自分の力ではどうすることもできないことを思い出す。
「……っ? 先輩、わたしは大丈夫です! 援護、感謝します!」
腕の違和感に気づいたマシュが、こちらを心配させまいと声を張り上げる。
どういう訳か、先ほどの礼装の効果は問題なく機能していた。ゲイ・ボルクによって傷つけられた二の腕は既に傷が塞がっており、盾を振るうには何の支障もないようだ。
「あれは……本物じゃないのか?」
それからも男は次々と武器を持ち換えながらマシュを攻め立てていく。
初撃必中の宝剣クロケアモース。
魔術殺しの魔槍ゲイ・ジャルグ。
竜殺しの魔剣バルムンク。
炎の神アグニが授けし弓アグニ・ガーンディーヴァ。
数多の英雄が持つ宝具を彼は湯水のように使い捨てていく。その中には神性や血筋などの資格を要する物も含まれていたが、彼はそんなこともお構いなしで剣を抜き、槍を振るい、矢を放つ。
型も何もない出鱈目な戦い方だが、次に何が出てくるのかわからない読みにくさがマシュを追い込んでいた。
「どうしたね? 仲間を呼んだらどうだい? ああ、聖杯爆弾の解体で忙しいのか」
自身の優勢を悟ってか、男は笑いながら手にしている槍を弄ぶ。
あれも名立たる宝具の一つなのだろう。いったいこの男は、どれだけの武器を隠し持っているのか。
そもそも、そのような逸話があの男にあったのだろうかと立香は訝しむ。
こんな時、カドックがいてくれれば頼まなくても解説してくれるのだが、それはできない相談だ。
彼は今、三百メートル地下で聖杯爆弾の解体に臨んでいる。
彼が安心して作業に集中できるように、自分達だけでこの男の相手をしなければならない。
「先輩、やはりあの槍も偽物です。彼が持つ宝具には一つとして本物はありません」
「然様。我が宝具に真作なし。生前はこういった物の収集に躍起になっていてね。それが第一宝具として昇華されたという訳だ」
古今東西の伝説に名を連ねる聖剣や魔剣。
怪しい呪具や不思議な力を秘めた石。
それら聖遺物を片っ端から集めたことで、この宝具は誕生した。
男はその第一宝具の名を『偉大なりし民族遺産』と呼んでいた。
「マシュ」
「大丈夫です。全てが偽物だと言うのなら、それは真作に劣るということ。真作への追従も理念の追求もない、ただの偽物には負けません」
真作を凌駕せんと迫る贋作ではなく、ただ偽物を揃えただけであるならば後れを取る事はないとマシュは息巻く。
確かに彼女の言う通りだ。武器は豊富に持っているが、この男はそれをまるで使いこなせていない。
トリッキーな戦い方こそ厄介だが、落ち着いて対処すれば自分達だけで充分に相手取れるはずだ。
「言うじゃないか、同じ偽物のくせに」
「わたしが……あなたと同じ?」
「いや、偽物というよりは人形かな。私も君も誰かに命じられてここにいる。君は人理を救うと息巻いているが、それは君が所属するカルデアの意思だろう。君自身から溢れ出てきた君の理念ではあるまい?」
「いいえ、わたしは自分の意思でここにいます。人理の礎を守ると、心に決めたからここにいます!」
「では、何故そんなにも怯えているのかね? 戦うことが怖いのだろう? 人を傷つけるのが嫌なのだろう? それなのに君はこの場にいる。自分の意思で選んだのなら、断ることもできたはずだ。さて、君は果たして断ることができたかな? この戦いから逃げることを、君は選ぶことができたかな?」
「それは……」
「マシュ、聞いちゃダメだ!」
男の揺さぶりに動揺するマシュを守らんと立香は声を張り上げる。
彼が言わんとしていることもわかる。
マシュは生まれてからずっとカルデアで過ごしてきた。
彼女にとってカルデアの理念が全てであり、それ以外の価値観を持たずに育ったのである。
人理を救うことも、そのために危険な戦いに身を投じることもマシュにとっては当たり前のこと。
だが、それはあくまでカルデアがそうするようにと命じたからでしかない。
確かに拒否権はあった。カドックとアナスタシアというもう一組のコンビがいる以上、必ずしもマシュが戦う必要はない。
なのに彼女は逃げなかった。否、逃げるという選択肢が思いつかなかった。
他者から与えられた価値観しか持たず、自分の意思を持たない傀儡。
借り物の正義。
マシュ・キリエライトをこの男はそう貶めんとしているのだ。
「お前とマシュが同じなものか! 人を助けたいと思う事の何が悪い!?」
「同じだとも! 私もそうだった。民衆に、大衆に導かれるまま指導者となり、祖国を牽引した。そう皆が望んだからだ。女性は弱い異性を支配するよりも強い異性に支配されたがる。同じように大衆は指導者を求めたのだよ。自らが国を動かすのではなく、自らを支配し導いてくれる指導者を!」
「そんな戯言――」
「君だってそうだろう? 本当はマスターなんて荷が重い。もう1人に全て投げ出したいと思っている! いや、思っているから君は彼を尊敬している振りをしているのだ! 強い者に従っていれば責任逃れも楽だからだ!」
「っ――たあぁっ!」
男の言葉に激昂したのは立香ではなくマシュであった。
弾けるように床を蹴ったマシュは回転の勢いを利用して男を殴り飛ばし、大きく肩で息をする。
「その言葉、取り消してください。先輩のことも、カドックさんのことも…………あなたがとやかく言う資格はない!」
「――初めて素顔を垣間見た気がしたよ、
男の顔にヒビが入ったかと思うと、瞬く間に顔全体に広がって乾いた糊のように剥がれ落ちていく。
その下から現れたのは先ほどまでとは似ても似つかない、黒髪の中年の素顔であった。
「何故、このような姿を取っていたのか。何故、獅子心王などと名乗っていたのか。理由は単純、それが一番手っ取り早かったからだ。円卓の騎士と十字軍。我が宝具で支配下に置けるのはどちらか一方のみ。円卓に第二宝具を用いた以上、十字軍の兵力は私自身で手中に収めなければならなかった。そして、私自身が弁を振るうよりも、偉大な祖の言葉の方がよく浸透する。彼らの信仰心は実に素晴らしい。見たこともない兵器も残虐極まりない作戦を前にしても迷うことがない。大衆が無知である事は支配者にとって実に都合が良かった」
「十字軍の信仰心を利用したと……」
「敵を用意してやれば大衆はそちらに向く。後は煽るだけで良い。言葉で、張り紙で、ショービジネスで、人々を熱狂させるのだ。熱狂する大衆こそが御しやすい」
「やっぱり、教科書通りの人間なんだね」
「さて、自分でも自分のことがわからないのでね。生前はもう少し違っていたと思うが、結局はやるべきことは変わらない。民衆を、同胞を、国を導き全てを調停する。人々が願うのだ。全てを終わらせろと! 争い、屈辱、不平等から解放しろと! 故に私は宣言しよう。私こそが総統、この神聖第三帝国エルサレムの
第三帝国の総統。
自らをフューラーと名乗るこの男こそ、西暦における史上最大の戦争を引き起こした張本人。
欧州の一国家における弱小政党を率いる一介の政治家でしかなかったこの男は、やがては祖国をまとめ上げ、世界を二分する大戦を引き起こした。
恐らくは世界中の人間が彼を嫌悪し、憎悪している独裁者。
誰も知っていながら触れる事をタブーとされている矛盾した存在。
それこそがこの男の本質。それこそがこのフューラーだ。
『何だ……まさか……そんな……』
通信越しにロマニの声が聞こえる。
いったい何があったのか、彼の言葉は恐怖で震えていた。
目の前の事実がありえないと、壊れた機械のように何度も同じ言葉を繰り返している。
『ありえない。これは何かの間違いだ。そんなはずはないんだ。それだけは絶対にありえないんだ…………』
「ドクター、どうしたんだドクター!?」
『藤丸くん、マシュ、落ち着いて聞いて欲しい。今、彼の解析結果が出た。彼は間違いなくサーヴァントだ。クラスは……彼の霊基パターンは……ルーラーだ……』
近代以降の、それも世界最大の独裁者がルーラー。
それはいったい何を意味しているのか。
唯一人答えを知っているのは、目の前で能面のように張り付いた笑みを浮かべている男だけであった。
いよいよ黒幕の登場です。設定年齢19歳、蟹座のB型ッ(嘘)。
大方の予想の通りこのお方です。
ミスリードとかは特にしてませんでしたしね。
設定には一ひねりというか当方なりの解釈を入れてますが。
ちなみに実名と宝具のルビを出すつもりはありません。
フューラーで通します。
国名とか政党名もね。
マテリアルは話が終わってから出すとして、宝具だけは以下の通り。
『偉大なりし民族遺産』
ランク:E~A 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:1個以上(一度に取り出せる数)
第一宝具。生前に発足した公的研究機関。そこには世界中から掻き集めた武具・呪具・魔具・宝具・聖遺物の数々が保管されている。
しかし、神秘が著しく失われた近代になってから収集したため、収められているのはオリジナルの廉価版や模造品、偽物である。
そのため、本来の能力から劣化していたり効果自体が変わっている物、何の効果もないガラクタまでもが保管されている。
偽物故に同名の遺物が複数保管されているため、破損しても即座に新しいものを取り出すことができる。所有権が移っていることもあり、仮想宝具としての真名解放も可能。
ただし、保管している収集品は自身の手で取り出さねばならないため、一度に使用できる遺物は数個が限界。収集品自体を射出したりその場で保持したりすることもできない。
『彼方より来たれ我が大隊』
ランク:C 種別:対軍宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:1000人
第二宝具。フューラー自身が演説の中で口にした、遥か未来に現れ世界を支配する「最後の大隊」の逸話の具現化。
形を持たない亡霊の集団を兵力として召喚する。亡霊の形は召喚の際に任意で決めることができ、吸血種や狼男などの化生、近未来の装備に身を包んだ軍隊、果ては神話に語られるエインヘリャルやワイルドハントの具現すら可能。
これは最後の大隊の姿を誰一人として知らず、後世における様々な憶測や創作の逸話を取り込んだからである。
副次的な効果として、「最後の大隊」という集団の概念を殻として被せる事で、その者達を「最後の大隊」として洗脳下に置くことも可能。
「信仰の加護」や「精神汚染」などの精神操作を阻害するスキルがあれば判定次第で無効化できる。
また特定集団に対する支配であるため相手が単独である場合、対象が複数でも単なる寄り合いでしかない場合にはこの効果は発動しない。
逆境を覆すために現れる最後の戦力であり、それを以て勝利を得る逸話の具現であるため、この宝具は一度の召喚につき一度までしか真名解放を行えない。