Fate/Grand Order IF 星詠みの皇女   作:ていえむ

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神聖第三帝国エルサレム 最終節

「あなたがカルデアのマスターですね。初めまして、私はべディヴィエール」

 

アグラヴェインと共に現れた銀色の甲冑の騎士は、そう名乗った。

どうやら、彼がアグラヴェインの言っていた十字軍に捕らわれていた円卓の騎士のようだ。

 

「べディヴィエール。アーサー王の最期を看取った騎士ですね。王に命じられた聖剣の返却を成したことでアーサー王は理想郷(アヴァロン)へと誘われ、アーサー王伝説は幕を閉じることとなります」

 

「はは、面目ないことに十字軍に後れを取りまして。私はこれといった武勇には恵まれない騎士でしたので」

 

「はい。ですが、それでもべディヴィエール卿は立派な円卓の騎士です」

 

パッと見では女性と見間違うほどの優男。加えて隻腕でありながら通常の騎士の三倍の実力を誇ったらしい。

円卓という人外染みた実力の騎士達が集う集団の中ではさすがに下から数えた方が早いと本人は自嘲するが、それでもフューラーを一撃で仕留めたあの宝具の凄まじさは円卓に連なる騎士として十分な強さであると言えるだろう。

人は見かけによらないとはこのことを言うのだろうか。

 

(あれ、隻腕って片腕ってことだよな。けど、この人には両方とも腕が…………)

 

特に不自由にしている様子はないので、義手と呼ぶには些か違和感がある。

サーヴァントは全盛期の姿で召喚されるので、隻腕になる前の姿で呼ばれたのだろうか。

気になって立香は問い質そうとしたが、階下から誰かが近づいてくる気配を感じて思考を切り替える。

既に十字軍は無力化している。その上でここに来る者がいるとしたら、彼らしかいないだろう。

 

「もう終わったのか?」

 

「カドック! 皇女様も! 2人とも無事で良かった!」

 

「当たり前だ。ほら、僕の勲章だ」

 

疲れているのか、カドックはほんの少し目の焦点が合っていない。

だが、その手に握られている成果を見れば些細な違和感も吹き飛んでしまう。

カドックが掲げて見せたのは、アナスタシアの魔力で凍り付いた聖杯であった。

 

「とりあえず、彼女の力で封印処理は施したが、こいつはかなりまずい。中身がどろどろに汚染されている」

 

人理定礎破壊のために多くの魂を生贄に捧げられたことで、本来ならば無色であるはずの聖杯の魔力が負の力に染まってしまったらしい。

こうなってしまうと浄化も難しく、回収したところで再利用もできそうにないということだ。

できることなら一刻も早く破壊する必要があるが、下手な壊し方では中身がぶちまけられて地上に大きな被害が出てしまうかもしれない。

そうならないためには聖剣のような極大の威力を誇る宝具で消し飛ばすのが一番だが、生憎とそれだけの力を持つ英霊はここにはいなかった。

 

『うーん、持ち帰ると非情にまずいし、かといって厄ネタをこのまま放置する訳にもいかないし…………』

 

「ならば、それは余が預かろう」

 

不意に空に影が差したかと思うと、ロマニの言葉を何者かが遮った。

見上げると巨大な船が宙に浮かんでいた。まるで太陽と見紛うほどの輝きを秘めた古代エジプト調の造形。

船体全体から溢れんばかりの神威を放つそれは、正しく神を運ぶ船だ。

こんな大層な宝具を持つ英霊は、この時代に1人しかいない。

 

「この感じは……ファラオ・オジマンディアス?」

 

「然様。まずはよくやったと褒めてやろう、異邦の勇者達よ。お前達は余が手を貸さずとも見事、この時代を屠らんとする敵を葬り去った。言っておくが間に合わなかったのは余が遅かった訳ではない。お前達が余の想像以上に勇ましかっただけだ。とくと喜ぶがいい」

 

舩から降り立ったオジマンディアスは、口を開くなりそうまくし立てた。

物凄く迂遠で仰々しい言い方だが、ようするに『間に合わなくてごめんね。けど、お前達はよくやったよ』と言いたいらしい。

ニトクリスといい、どうして古代のファラオは自分の言葉を素直に口にできないのだろうかという疑問が立香の胸中を過ぎる。

もちろん、後が怖いので口に出すことはないのだが。

 

「……オジマンディアス?」

 

「カドック、こっち」

 

「……ああ。それで、この汚染された聖杯を任せても良いのか?」

 

アナスタシアに促されてオジマンディアスに向き直ったカドックが聞くと、オジマンディアスは一瞬、眉をひそめた。

 

「貴様…………そうか、さすがは噂に高き大英雄。貴様を認めた千里眼に狂いなしか。ならば、後は余に任せるがいい」

 

『そうか。太陽王の神罰なら中の汚染物をまき散らす事なく聖杯を破壊でき……』

 

「戯け! その程度の些事に余の神罰を下すものか! そう気軽に落としては神罰のありがたみが薄れるではないか!」

 

オジマンディアスの一喝に、ロマニは通信の向こうで押し黙る。

 

「お前達、これがそもそもこの時代にあったものであるということを忘れてはいないか? 例え表舞台に出ることはなくとも、その時代にあるという事実が時には重要な時もある。故にこの聖杯は破壊せぬ」

 

「では、どうするつもりなんだ、ファラオ・オジマンディアス?」

 

「忘れたか? 余の神殿は民を守る避難地となる。壁を閉ざせば例え人理が燃え尽きようとも神殿は残り続け、誰も中のものに触れることはできん」

 

「位相がズレた異次元に聖杯を隠すと言うのか?」

 

『いやいや、特異点の修正が成ったのならファラオも座に帰還することになるよ。そうなると宝具も消えてしまうんじゃ?』

 

「地上にあってファラオに不可能なし! 神殿というものは例え製作者が没しても後世に残るもの。故に我が神殿は余が消えようともその力を失うことはない」

 

未来永劫、誰の手にも触れられない場所に汚染された聖杯を隔離する。

位相がズレた時の挟間。そこならば万が一、中身が溢れだしたりしたとしてもこの時代そのものには影響が出ることはないだろう。

 

「頼めるか、ファラオ・オジマンディアス」

 

「誰にものを言っているつもりだ? 任せるがいい、星詠み(カルデア)の勇者よ」

 

傲岸不遜に笑って見せると、オジマンディアスはカドックから聖杯を受け取った。

それをしばし興味深げに見回していると、やがてオジマンディアスの体は少しずつ宙に浮いていった。

上空の船から注がれた光が彼の体を引っ張り上げたのだ。

 

「では、さらば勇者達よ! 次なる特異点には気を付けるがいい! 余より遥かに気難しい王が待ち構えているぞ! ハーハッハッハッ――――」

 

そうして、高笑いを残しながらオジマンディアスの姿は船の中へと消えていき、西の砂漠に向けて飛び去っていった。

恐らく、自らの領土である神殿に戻ったのだろう。これで正真正銘、任務完了だ。

 

「あれ? 先輩、わたし達の体、段々と透けてきています! カルデアへの強制帰還が始まりました!」

 

「どうして急に!? ドクター、何かあったの!?」

 

『多分、聖杯を既に回収しているからだ! 汚染された聖杯は太陽王が隠し、魔術王の聖杯はこちらにある。人理定礎を乱す原因が失われたことで修復が急速に始まったんだ!』

 

加えて、聖都そのものがその時代には有り得ないものなので、時代の修復力も今までの何倍も早いらしい。

そのため、この時代には本来、存在しない者達が急速に弾かれつつあるのだという。

 

「そうか、もう終わりか」

 

「アグラヴェイン卿? あなたはどうして、消えないのですか?」

 

指先から塵へと変わっていくこちらと違い、アグラヴェインとべディヴィエールには消滅の兆しはない。

 

「さて、召喚方式の違いか。はたまた我らが与り知らぬ理由か。何れにしろ、騎士王が健在ならばまだ私はこの時代に留まらねばならない」

 

「やはり、聖策をまだ……」

 

「無論だ」

 

人理焼却から逃れるべく、騎士王が辿り着いた人類救済――いや、人類保護のための聖策。

王に選ばれた善き人々を情報単位に分解して保存し、人理焼却後も永劫に人間の情報を残そうという企てを彼らはまだ諦めていない。

魔術王という強大な敵を前にして、それは無理からぬことだろう。むしろ、未だに抗い続けているカルデアの方が異常なのかもしれない。

ならば自分は何なのかと立香は考える。

世界を救うなどというご大層なお題目を掲げているが、実際のところは人理焼却に納得できないという個人的な感情によるものだ。

死にたくない、生きていたい。ただそれだけの気持ちで戦うことは、ひょっとしたらおかしなことなのではないだろうか。

答えはきっと、誰も出すことができないだろう。

 

「そういう顔をするな、カルデアのマスター。貴公が曇ると喜ばぬ者がいる」

 

「えっ?」

 

ほんの一瞬、アグラヴェインの顔から笑みのようなものが零れたと、立香は錯覚する。

だが、見直しても彼はいつもの鉄面皮のままであった。笑みはおろか顔色一つ変えることなく、眉間に皺を寄せた仏頂面のままこちらを見下ろしている。

 

「戯言ついでだ。これは独り言故に聞き流せ。魔術王――彼奴の居城となる神殿は、正しい時間には存在しない」

 

それはいつだったか、騎士王がアグラヴェインに伝えた人理焼却の真実の一端らしい。

アーサー王はその眼で魔術王の企みの真意を見抜き、彼を打倒するためには七番目の聖杯を手に入れねばならないことに気づいたというのだ。

それこそがかつて、ロンドンの地で魔術王が言っていたことの真の理由であった。

七つの聖杯の全てを集めた時、魔術王は初めて自分達を相対すべき敵であると認識すると言っていた。

七番目の聖杯こそ、魔術王が絶対の自信を持って送り出した真打。

それを手に入れぬ限り、自分達は魔術王の喉元どころか指先にすら触れることができず、ここまでの旅が全て無駄になってしまう。

 

「第七の聖杯は後の世に遺したのではなく、魔術王自らが過去へと送り込んだ」

 

『七つ目の特異点は、ソロモン王の時代よりも過去にあるということか!』

 

今までの特異点、6つの聖杯は魔術王の使者やその子孫である魔術師が、過去の時代より送られてきた偽りの聖杯を用いて人理定礎の破壊を成そうとしてきた。

だが、七つ目の聖杯だけはそれよりも過去の時代に送られている。

魔術王――ソロモンが生まれるよりも遥か前の神代の時代。

それこそが始まりの一手。全てを燃やし尽くす人理焼却の第一手となる始まりの火種だ。

 

『そこまでの情報があれば、特異点の洗い出しができるぞ!』

 

「ありがとうございます、アグラヴェイン卿!」

 

「……さて、何の事だ? 私は独り言を言っていただけだ、サー・キリエライト」

 

「はい。そうでした…………あれ? そういえば、わたしの名前――」

 

マシュが何かを言いかけた瞬間、視界が明滅する。

直後、立香達は時代から完全に弾き出され、強い力に引き上げられるかのような錯覚と共にカルデアへと帰還する。

堅い手のアグラヴェイン。

マシュと融合した英霊、ギャラハッドの父であるランスロットとは同胞にして憎み合う関係であるこの騎士が、如何なる覚悟を以て自分達に協力してくれたのか。

最後の最後に見せた笑みと、言葉の真意は何なのか。

それを知る術は、永久に失われてしまった。

 

 

 

 

 

 

外は絶対零度の世界。猛烈な吹雪が吹き荒れているというのに、カルデアの施設内はそれが嘘のように静まり返っていた。

ここに来たばかりの頃は、閉塞した空間での生活が生前の監禁生活を思い起こしていたが、今はもう暗い気持ちに引きずられることはない。

カドックがいて、マシュと立香がいる。減っていくばかりだった生前と違い、ここでは新しい出会いをたくさん経験できた。

カルデアに来れて良かったと、アナスタシアは改めて実感していた。

だから、新しい友達であるマシュが苦しんでいると自分も堪らなく胸が締め付けられる。

第六特異点からの帰還後、彼女は再び倒れたのだ。

長時間、フューラーと1人で戦い続けたこと。強力な宝具を使用したことが彼女の体力を大きく奪ったのだろう。

ロマニの診察によれば、以前ほどの衰弱は見られないので、栄養剤の点滴と十分な睡眠ですぐに退院できるだろうとのことだった。

 

「あれ? アナスタシア?」

 

「起きたのね。もう少し、そのままにしていて」

 

「はい……あの、みなさんは?」

 

「マスター達なら外でヴィイに見張らせています」

 

汗を拭いたり服を着替えさせたりするのに、男衆がいられては困るので追い出したのだ。

この部屋の本来の主であるロマニも、容態に変化があれば通信で呼んで欲しいと言い残して管制室に行ってしまった。

中東より持ち帰った六番目の聖杯の封印処理や第七特異点の捜索など、現在のカルデアは事後処理でてんてこ舞いの有り様だ。

指揮官であるロマニに休む暇はない。

 

「本当に、無理をして」

 

「はい……でも、今回はそうしなくちゃいけないと思って……」

 

「そんなにも辛い相手だったの、あのサーヴァントは?」

 

「はい」

 

偽りの獅子心王。フューラーと名乗るサーヴァントをアナスタシアはよく知らない。

ただ、立香から聞いた話によれば、その生き様はある意味ではマシュと鏡合わせであり、人類存続を望むカルデアそのものに対するアンチテーゼのような存在であったらしい。

人が人としてある限りなくならない終末思想。生きるのが辛い、死んで楽になりたいという終わりの願望に従う狂った願望器。

アナスタシアからすれば、その生き様は嫌悪し侮蔑するに十分な在り方だった。

そんな余計なお節介は止めて欲しい。勘違いも甚だしい。

例え万人億人の人間が死を望もうとも自分は違う。あのイパチェフ館(辺獄)で明日も生きていたいと叫び続けながら過ごした日々を自分は忘れない。

その願いを否定するかのようなフューラーの在り方を自分は認めない。

以前の自分であれば、彼の考えにも一定の理解を示したかもしれない。

生きたいという願望すら枯れ果て、己の生死にも無頓着であったかつての自分ならば違っていたかもしれない。

けれど、今の自分は違う。

カドックと出会い、彼の生き方に触れた。

どうしようもないことに対しても諦めきれず、自分を卑下しながらも前へと進む気高い少年。

止まることなく前へ前へと進む彼の生き方は何れ自分を追い抜き頂きに至るだろう。

それについて行くためには今のままではいけない。

彼のサーヴァントでいるためには、自分もまた生きたいと願わねばならない。

ずっと彼の側にいると、そう誓ったのだから。

 

「アナスタシア? 何だか、怖い顔をしていますよ」

 

「あら、ごめんなさい。ちょっと考え事をしていて」

 

「カドックさんのことですね」

 

「わかるの?」

 

「同じですから」

 

「そうね。私達、同じですもの」

 

どちらもマスターの役に立ちたくて彼らのサーヴァントになった。

それは自分達の心の底から生まれた、自分達だけの感情だ。

自分達2人は彼らと共に生き、彼らと一緒にこの旅を終え、そして――――そこから先は、今はまだ考えない方がいいだろう。

とにかく、今はマシュの回復が先決だ。それとカドックの目のこともある。

七番目の特異点でも辛い戦いが待ち受けていることだろう。

問題はまだまだ山積みで、一つ一つ解決していくしかない。

だから、今は休もう。

次の戦いに備えて、今はただ休もう。

 

 

 

 

 

 

黒い影のような生き物が、ジッとこちらを睨みつけているらしい。

 

「ねえ、怖い」

 

「そうか、僕には見えない」

 

立香の怯える声に対して、カドックはどうでもいいとばかりに切って捨てる。

マシュを着替えさせるからと追い出されて小一時間くらいだろうか。ロマニは管制室に戻ってしまい、お見舞いに来ていた他のサーヴァント達もいなくなったので、医務室前は閑散としていた。

ちなみに本来ならば真っ先に詰め掛けてくるであろうナイチンゲールに関してはラーマ以下インド勢が必死に食い止めてくれている。彼女がマシュの容態を知ろうものなら即刻入院と面会謝絶、グランドオーダーへの参加禁止を言い出しかねないからだ。

それだけマシュの容態はデリケートな問題なのだが、規格外のインド勢3人が束になってようやく食い止められる近代英霊というのもどうなのだろうか。

 

「ねえ、さっきからカドックのことジッと見てるよ」

 

「構って欲しいんだろう。悪いが首を掻いてやってくれ。喜ぶから」

 

「え? 首ってどこ?」

 

「腕と瞼の間くらい」

 

灰色の視界の向こうで大きな塊が何かとじゃれ合う様が映る。

音から察するに、うっかり瞼の上を擦ってしまって機嫌を損ねたのかもしれない。

人間だって瞼を上から押さえつけられれば痛がるし嫌がる。精霊も同じだ。

 

「酷い目にあった。目だけに」

 

「大目に見てやるからその口閉じてろ」

 

「うん、ごめん…………ねえ、本当にまだ続けるつもりなの?」

 

後半の心配そうな声音は、こちらの目に対してのものなのだろう。

別に気にする必要はないというのに、お人よしな奴だ。

 

「もちろんだ。この目だって見えない訳じゃない。光と影くらいはわかる。ダ・ヴィンチが視力強化の礼装を作ってくれているから、それがあれば今まで通りの活動が可能だ」

 

聖杯爆弾を止めるために行った決死の策。サーヴァントとの視界共有はカドックの視神経に重篤な負傷を残していった。

あの瞬間。眼球がレッドアウトを起こし、鼻やら耳やらから夥しい出血を起こしながらもカドックはアナスタシアと同じものを見た。

とても言葉では言い表せない高次元の視界。今まで見ていたものが点や線の塊でしかなく、その奥にあるものまで鮮やかに捉えることができた神の領域。

その代償は視力の低下。光や影は辛うじてわかるが、カドックの視界は完全に灰色の世界へと転じてしまった。

目の前にいる立香の顔もわからず、座っているソファから医務室の扉までの距離もわからない。

感覚の接続がほんの一瞬だったのと、長期間の契約により互いの魔術回路に親和性が出ていたことが幸いしてこの程度で済んだとのことらしい。

でなければ、脳性麻痺や五感の喪失。魂そのものが喪失する可能性すらあったとのことだ。

 

「藤丸、同情だったら止めて欲しい。僕だって後悔はしている。けど、それを認めてしまったらあの時の決断を侮辱することになる。苦しんで結果を出した奴に『よく頑張った』なんて言うことだけは止めて欲しい」

 

「なら、何て言えば良いんだよ?」

 

「わからないか? 『よくやった』って言えば良いのさ」

 

自分のような捻くれた人間は、その些細な違いが重要だ。

苦しんで、苦しんで、それでも努力を続けてきたことを褒められたってちっとも嬉しくはない。

必要な称賛は過程ではなく結果に。成し遂げた偉業こそ褒め称えられる価値がある。

その一言さえあれば、ここまでの苦労も報われる。

 

「……うん、よくやったよ、カドックは」

 

「ああ――――」

 

これでやっと、前に進むことができる。

本当に本当に、何て遠い回り道だったのだろう。

出会ってから既に一年近いというのに、自分達はまだ友達ですらなかったのだ。

それを今、やっと始めることができる。この手を差し出すことに、今は何の躊躇もない。

 

「これは?」

 

「握手だ。これは、お前が僕の友達だっていう証明だ」

 

「いきなりなんだよ。いらないよ、今更そんなの」

 

「僕にとっては、今からなんだ。今からやっと、始められるんだ。頼むよ、藤丸」

 

ここまでの旅を経て、やっと自分の気持ちに整理がついた。

彼への嫉妬も劣等感も、今はもうどこにもない。

何でこんな些末なことに拘っていたのか、今となっては不思議でならない。

それだけの誇れる成果をこの旅で得ることができたのだ。

 

「……本当は、こういうのはいらないんだけどね」

 

「ありがとう」

 

右手を力強く握られ、その感覚をしっかりと覚えていられるように握り返す。

ここからが本当の始まり。カドック・ゼムルプスのグランドオーダーは、ここから始まるのだ。

アナスタシアと、立香とマシュ。4人で必ず終局へ辿り着く。

今はただ、それだけが願いであった。

 

 

 

 

 

 

そして、一匹の白い獣は2人の少年を見上げていた。

固く、強く、互いの手を握り合う少年達の眩しい輝きを彼は愛おし気に見上げていた。

いつまでも、いつまでも物陰から、ジッと見上げていた。

 

 

 

 

 

 

胸元を切り裂かれた痛みを、どこか他人事のように捉えながらアグラヴェインはその場に倒れ込んだ。

眼前にはたった今、自分を切り伏せた銀色の騎士べディヴィエール。彼は衰弱著しい顔色で、呼吸を乱しながらも申し訳なさそうにこちらを見下ろしている。

 

「すみません、サー・アグラヴェイン」

 

「謝罪するくらいなら、初めから不忠など企てるな、サー・べディヴィエール」

 

喉の奥から血が逆流し、大きく咽ながらアグラヴェインは動けなくなる。

自分の戦いはここまでだと、彼は悔しさで奥歯を噛み締めた。

生前に成せなかった、アーサー王が望む理想の国を作り上げる。そのために彼の王の側に仕え、偽りの獅子心王の洗脳すら跳ね除けた。

だが、結果としては今度も自分は志半ばで舞台から降りる事になってしまった。

もっと早くにべディヴィエールの存在に気づいていれば、また違った結果になっていたのだろうかと思うわずにはいられない。

 

(だが、幾星霜も生きたまま彷徨うとは……私の知る貴公では、そのようなことはできなかったぞ、我が知らぬ円卓の騎士よ)

 

十字軍に捕らえられていたべディヴィエールは自分が知るべディヴィエールではなかった。

本来のべディヴィエールはアーサー王を思う余り、不死の加護を持つ聖剣を湖の乙女に返却することを二度戸惑い、三度目で遂に成し遂げて騎士王を理想郷(アヴァロン)へと送り出すのだ。

だが、目の前にいるこの騎士は違う。そして、自分を召喚した騎士王もまた、自分がよく知るアーサー王ではなかった。

騎士王自身が巧妙に立ち回ったこと、べディヴィエールにかけられたのであろう幻術の作用によってカルデアの者達は終ぞ気づくことはなかったが、この2人はサーヴァントではなくあのブリテン崩壊からこの時代まで生き残った生者なのだ。

聖剣を返却できなかったアーサー王は所持していた聖槍の力で神霊となり、べディヴィエールは三度目の返却すら成せずに聖剣を所持したまま不老となった。

やがて2人は導かれるかのようにこの特異点へと訪れ、片や人類保護のための聖策を打ち出し、片や十字軍に捕らえられて聖剣の力を獅子心王の裁きの光へと利用されてしまった。

そう、本来ならば隻腕であるはずの彼の右腕こそ、彼が返却できなかった聖剣エクスカリバーそのものなのだ。

 

「我が王、我が主よ。今こそ――――今度こそ、この剣をお返しします」

 

「……見事だ。我が最後にして最高の、忠節の騎士よ。聖剣は確かに還された。誇るがいい、べディヴィエール。貴卿は確かに、王命を果たしたのだ」

 

そうして、アグラヴェインの知らぬ円卓の騎士は王の眼前で臣下の礼を取ったまま塵となって消えていった。

後に残されたのは白亜の王と漆黒の騎士。空は憎らしいまでに澄み切っており、乾いた風が容赦なく頬を撫でた。

こんなにも空は青く遠かったのかとアグラヴェインは思う。

自分がよく知るブリテンの空はもっと暗く、風は湿気を帯びていた。

故郷から遠く離れた地で果てることになるとは、まるで十字軍のようではないかと自嘲してしまう。

 

「アグラヴェイン、その傷では気休めにもならないだろうが、手を。いくばくかの痛み止めにはなるぞ」

 

「……いえ、畏れ多い。それに私は、此度も貴方に理想の国を献上できなかった。真にお恥ずかしい――此度の召喚、私は貴方のために何一つとしてできなかった」

 

「そうだな。だが、罪には問わぬ。もう休むがよいアグラヴェイン。働き過ぎなのが、貴公の唯一の欠点だ」

 

「まさか――貴方に比べれば、私など」

 

静かにアグラヴェインは瞼を閉じる。

二度目もあったのなら、三度目もあるだろう。

ならば、次こそは必ず、我が王が何の苦悩も抱かず、静かに輝ける理想の国を献上しよう。

国を活かすために民を犠牲とせず、争う必要がない国を今度こそ。

王の陰りを今度こそ消し去ってみせようと、アグラヴェインは消えゆく意識の中で思い続けていた。

 

 

 

A.D.1273 神聖第三帝国エルサレム

人理定礎値:A+++

定礎復元(Order Complete)




というわけで、オリジナルな敵を添えての第六章でした。

オリ敵入れた理由としては、元々の話はマシュとベティに比重が寄っていてカドックの出番がない。無理やり入れ込んでもマシュのお株を奪うだけという感じになりそうだったからです。ちなみに最初は大百足の代わりに東京の守護神というあのお方と藤太の戦いをマッチングしていましたが、お参りに行く時間と予算がなく断念しました。

七章は大筋は変わりないと思います。
結末だけは決まっているので、そこまでどう持っていくかですね。

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