Fate/Grand Order IF 星詠みの皇女   作:ていえむ

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幕間の物語 -王の妃と不倫した最強の騎士が破滅の未来を救うために現代に召喚されたら、仲が悪かった息子が娘になっていた件について-

それは、あの地獄のようなハロウィンを乗り切ってからひと月ほど過ぎた頃だった。

視力のこともあり、第六特異点攻略後はしばらく養生していたカドックではあったが、現在はダ・ヴィンチ作の視力強化礼装「叡智の結晶(偽)」のおかげで普段の日常生活を取り戻していた。

さすがに、完全に元通りとはいかず、以前よりも格段に視力は落ちてしまったが、それでも見えなかった頃に比べれば生活の快適さが段違いだ。

ダ・ヴィンチ曰く、外部からもっと質の良い素材さえ手に入ればより高性能なものが作れるらしいので、多少の不憫も人理焼却を乗り切るまでの辛抱と思えばいい。

そんなこんなでここ数ヵ月は、無人島開拓やら魔法少女のひと騒動やら色々とあったのだが、それはそれ。

ハロウィン以後は微小特異点も観測されず、第七特異点へのレイシフトも未だ準備不足ということでマスター及びサーヴァントは時間を持て余し気味であった。

 

「では、そこで判定をお願いするでござる」

 

「うむ、圧制! 出目は17で成功である」

 

「なら、スパルタクス氏は気づいたでござる。その何だかよくわからない存在は氏の背中に言い表しようのない寒気を呼び起こし、見えない手のようなものが全身を撫で触る。その存在に気づいてしまった氏は更に判定を。正気を保てるかどうかのチェックでござる」

 

「圧制!? うむ、混乱してしまったか。だが、この逆境を乗り越えてこそ真なる叛逆! しばし待たれよマスター!」

 

「あー、でも、もうすぐ理性が消えちゃうね」

 

「無視すりゃいいのに自分から藪を突きに行くからな、スパルタクスは」

 

「ははは! 主催者が用意した罠なのだ。真正面から破らねば失礼であろう!」

 

「このゲームでそういうプレイするか、普通? やっぱり迷宮探索の方が良かったんじゃないか?」

 

「俺も今更だけど、そう思ってきた」

 

何をしているのかというと、たまたま手が空いていたメンバーでティーチ主催のゲームパーティをしていたのである。

参加メンバーはカドックと立香。そして、何故か名乗りを上げたスパルタクス。彼は一見、無軌道な性格に見えるが意外にも几帳面でルールはきちんと遵守するタイプであった。

最低限のマナーはきちんと弁え、無理難題を言ってゲームを台無しにしたりはしない。あくまでルールに則って叛逆するのが彼の流儀らしい。

だからといって耐久力全振りのキャラクターで罠の類を漢探知しながら突き進むのはどうかと思うが。

 

「あ、出目が大きい?」

 

「おお、残念ながら我が写し身は恐怖の余り発狂してしまったようだ!」

 

キャラクターロスト。いわゆる、ゲームオーバーというやつである。

 

「別のゲームに変えようか? こっちのディストピアなのも興味あるんだけど」

 

「それは明らかにスパルタクスと相性が悪い。こいつが模範的な市民を演じられると思うか?」

 

「ははは! 無論、叛逆である!」

 

「幸福は義務でござるよ、スパルタクス氏」

 

苦笑しつつ、ティーチは次のゲームを取り出そうと鞄の中を物色する。

その間、スパルタクスは先ほど再起不能になった自分の操作キャラクターに黙とうを捧げ、立香は机に置かれた皿から菓子を摘まんで口に運ぶ。

人類の存続がかかったグランドオーダーの真っ最中とは思えないだらけっぷりに、カドックはもうかける言葉を持たなかった。

そもそも、自分もその中の1人となってこうしてゲームに興じているのだから。

 

「失礼します、マスター」

 

不意に背後の扉が開き、甲冑姿の青年が部屋に入ってくる。

短く刈り揃えられた髪に紫の甲冑。円卓の騎士が1人、ランスロットだ。

 

「あれ、ここに来るなんて珍しいね?」

 

「お取込み中でしたか?」

 

「いいよいいよ、丁度手が空いたところだし。何の用?」

 

「すみません、マスター・藤丸、マスター・カドック。実はご相談がありまして」

 

そう言ったランスロットの表情は深刻で、まるでこの世の終わりか何かのように思い詰めていた。

元々、憂いを帯びて影のある顔立ちなので、そんな顔をされるとこちらもつい身構えてしまう。

 

「おや、色男が台無しでござるよ、ランスロット氏」

 

「塞ぎ込むのは良くない。常に顔を上げ、高らかに叛逆を叫ぶのだ。さすれば胸の内の重みも雲か霞の如し」

 

「いえ、その……そうですね。この際、知恵は多いにこしたことはない」

 

彼らなりに仲間を心配している2人に対して、ランスロットはどこかズレた言葉で返す。

どことなく心ここにあらずといった雰囲気に、カドックと立香は顔を見合わせる。

これは、なかなかに面倒くさくなるタイプの相談だと。

 

「実は、マシュ・キリエライト嬢のことなのですが」

 

「あー、なるほど」

 

その名を聞くなり立香はランスロットが何を言いたいのか察し、苦笑いを浮かべながら頬を掻く。

マシュはランスロットの息子であるギャラハッドの霊基と融合している。

血縁関係はないが、ランスロットにとってはある意味では我が子同然の存在なのだ。

だが、ギャラハッド本人かといえばそういう訳ではなく、マシュはマシュとしての人格をハッキリと持っている。

なので、カルデアに召喚されてから未だ、ランスロットはマシュとの距離を測りかねていた。

 

「それでも、挨拶や最低限の会話はあったのですが、最近はそれもなく、顔を見ると逃げられることもありまして」

 

何となく、避けられているような気がするとランスロットは感じているらしい。

彼としては今まで、息子を蔑ろにしてしまった分の罪滅ぼしとして、できることならマシュの力になりたいと思っているだけに、距離を置かれてしまったことに酷く傷ついているようだった。

 

「うーん、何か気に障るようなことした?」

 

「いえ、心当たりは…………あるような、ないような」

 

「また女性職員でも口説いたのか?」

 

「とんでもない。彼女は仕事に悩んでいるようでしたので、相談に乗ってあげただけです」

 

「それだけじゃないだろ?」

 

「……リラックスしてもらうために、お酒を提供しました。いえ、本当にそれだけです」

 

それは周りから見れば女を口説いているようにしか見えないだろう。

このランスロットという男、生真面目な癖に根っこはフェミニストで女性に弱い。

困っている女性がいれば親身に接するし、そうでなくても挨拶代わりに気障な台詞や情熱的な言葉を投げかける癖がある。

悲しいことにマシュにだけはそれがうまくできず、年頃の娘を前にした父親のように固くなってしまうのだが。

 

「うーん、でもマシュだって物分かりの良い子だから、そんな誤解はすぐに解けると思うけどなぁ?」

 

「まさか!?」

 

「まだあるの?」

 

「先日のハロウィン、エリザベート嬢のライブの後の記憶が何故か欠落しており、気が付くとカエサル殿と一緒に酒場におりまして…………」

 

そのままカエサルに勧められるまま飲み明かしている内に気が大きくなってしまい、従業員の女性(未亡人、最近は新人に指名を取られがちで生活が苦しい)に甘い言葉を囁いてあわや一夜の過ちをというところで駆け付けたマシュに耳を引っ張られて連れ帰られたらしい。

ランスロットとしては醜態を晒してしまった上に、こっそり円卓からチェイテピラミッド城に転職していたことがバレて非常に気まずい事態であった。

ちなみにカエサルもクレオパトラが怒髪天を突く勢いで連れ戻しに来たのだが、言葉巧みに追及を躱した上に支払いをランスロットのツケにするという相変わらずのやり手っぷりを発揮してその場を収めていた。

 

「いや、それともあの時の? まさか、以前のあれが………」

 

(この円卓最強、どれだけ厄介事に首を突っ込んでいるんだ?)

 

そんなんだから自分の主君をやむを得ず裏切ったり慕ってくれていた同胞をうっかり切り殺してしまったりするんだぞと、言ってやりたい欲求がムクムクと湧いてきた。

確かにこれではマシュが距離を置きたくなるのもわかるというもの。彼女自身もランスロットのことは家族のように近しい存在として捉えているようだが、その当人がこんな体たらくでは素直に慕う事もできないだろう。

 

「なるほど。湖の騎士よ、それくらいの年頃の婦女子にはよくあることだ。親への叛逆、反抗期というものである」

 

「ぐはっ!?」

 

「麻疹のようなものと思うのだ。何、匂いを嫌がられたり視線を気味悪がられたり、しばらく軽蔑されたりするで済む。貴君がその節操のない生活態度に叛逆できればの話だが」

 

「ぐっ、うっ!?」

 

真正面から投げつけられたスパルタクスの強烈な一撃がランスロットを撃沈させる。

さすがは生涯の全てが反抗期の男。叛逆に費やした人生は一家言ありということだろうか。だが、できればもう少し言葉を濁して欲しい。彼は意外と傷つきやすいのだ。

 

「船長、少し彼を静かにさせてもらえないか?」

 

「えー、一つ貸しでござるよ。次に戦う時はちっちゃな子と同じ編成に入れて欲しいんだけどなぁ」

 

「わかった、小さい奴だな」

 

「さすがカドック氏、話がわかる。では、まずは逃げ道を確保して…………海賊の王様に、拙者はなる!!」

 

「圧制!? 叛逆(ボンジョルノ)!」

 

一目散に逃げ出したティーチの後を追い、スパルタクスが嬉々とした笑顔を浮かべて部屋を飛び出していく。

まるで嵐が過ぎ去ったかのように本やお菓子が部屋中に散らばってしまったが、ティーチの尊い犠牲のおかげで落ち着いてランスロットの相談に乗れるというものだ。

約束通り、次にメンバーを編成する時は彼のリクエストに応えよう。アンデルセンと子ギルで良いだろうか。

 

「ま、まあ、マシュの様子がおかしいのは本当だよ。今日だって用事があるとかでここにいないだろ」

 

「アナスタシアの女子会に誘われたんじゃなくてか? 彼女、マリーやジャンヌとお茶をするって言っていたぞ」

 

「いや、そこには行ってないはずだよ。誰かに会うみたいだったけど」

 

「誰かに? まさか、彼女に男の影が!?」

 

「それはない……はず……」

 

「そこで何故、語尾を濁すんだ、恋愛下手(ど素人)?」

 

どうやら、好いている相手にきちんと気持ちを伝えられない面倒くさい男がもう1人いたようだ。

これは思いの外、ややこしい話になりそうだとカドックは大きくため息を吐くのであった。

 

 

 

 

 

 

「で、どうしてこうなるんだ?」

 

場所を変えてカルデアの通路。

カドック達は今、数メートル先を歩くマシュの後ろ姿を物陰に隠れながら追跡しているところであった。

あれから立香とランスロットの妄想は走りに走り、ランスロットやマスターと距離を置いているのは密かに誰かと交際しているのではないか、純朴な彼女のことだから悪い男に騙されているのではないかと根拠もない話で2人は盛り上がり、もしも彼女に悪い虫が付いたのなら何とかしなければならないと奮起したのである。

正直な話、それなら直接会って問い質せばいいのに、それができない辺りがこの2人の不器用さというか性格的に鈍感な部分なのだろう。

 

「だって、心配じゃないか」

 

「お前の頭の方が心配だよ。聖マルタ(風紀委員)呼ぶぞ」

 

こんなふざけたことに付き合っている自分も随分とお人よしだなと思いながら、カドックは先行する2人の後に続く。

先ほどまで資料室で何かを調べていたマシュは、今は居住スペースの方に向かって歩いていた。

手には資料室から借りたと思われる本。それとは別に可愛らしいトートバックを提げている。あれはバーサーカーの方のヴラド三世が作ったものだ。

 

「む、部屋に入りますね」

 

「あれは…………アストルフォの部屋だね」

 

「シャルルマーニュ十二勇士のアストルフォですか」

 

「そうそう。アストルフォか……うん、それなら安心だ。よかったね、ランスロット」

 

「ええ。ガウェイン辺りの部屋に入ったらどうしたものかとも思いましたが、彼女なら安心です」

 

「いやいや、待て待て。暢気しているがあいつ一応、男だからな」

 

「え、まさか?」

 

「あんなに可愛らしいのにですか?」

 

「脳がスポンジか2人とも?」

 

英霊の中には後世に伝わっているものと性別が異なる者もいるので勘違いするのも無理ないが、アストルフォは立派な男性である。

声も高めで小顔気味だが鎧を脱げば肩幅も張っており、小柄ではあるがきちんと男性の体格をしている。

彼は発狂した同僚のローランを慰めるために女性の装束を纏ったという逸話があるが、普段の格好はその時のものらしいのだ。

 

「え、てことはマシュとアストルフォが…………」

 

「それは何と倒錯的な……いえ、破廉恥な。今すぐ斬りましょう」

 

(ギネヴィアってこの男のどこに惚れたんだろうな?)

 

もっと真面目で高潔な性格を予想していただけに、この残念な空回りっぷりは見ているととても痛ましい。

或いはこれが年頃の娘を持つ父親というものなのだろうか。

 

「とりあえず落ち着け、2人とも。キリエライトが部屋に入る時、使い魔の蠅をくっつけておいた。音までは聞こえないが、中の様子はわかる」

 

「おお、さすがはマスター・カドック。して、2人は何を?」

 

「机に座って話をしているな。キリエライトが何かを聞き取りしている…………あっ!?」

 

「どうしたの?」

 

「蠅を潰された」

 

うっかり、マシュの前を横切ってしまったのがまずかった。悲鳴を上げたマシュが本を投げつけ、それが当たってしまったのである。

こうなってしまうと中の様子を探る手段は他になく、マシュが部屋から出てくるのを静かに待つしかない。

 

「とりあえず、キリエライトが一方的に質問をしているだけだった」

 

「アストルフォはシロと」

 

「む、出てきました。移動するようです」

 

再び、どこかへと向かうマシュを追うこと数分。途中、サンソンの部屋をノックしたが不在であったようで、部屋の主を探すかのように首を巡らしながらマシュは長い廊下を歩いていた。

程なくして、通路の一画に設けられた小さめの談話スペースで小休止をしている黒衣の青年を見つけ、マシュは顔を綻ばせながら駆け寄っていく。

 

「ムッシュ・ド・パリ……ですか。誠実な方ですが、職業が職業だけに手放しでは喜べませんね」

 

「ままま待って、ままままだ2人がそそそそういう関係とはききき決まってないし…………」

 

「落ち着け、動揺がボイルの灰汁みたいに滲み出ているぞ」

 

生まれたての小鹿みたいに震える立香を宥めつつ、マシュとサンソンの会話に耳をすませるが、残念ながら距離が空いているためここからではよく聞き取れない。

こちらが隠れている鉢植えから談話スペースまで十五メートルほどだろうか。これ以上は隠れる場所がなく、近づくことはできそうになかった。

マシュはメモを片手に何かを問いかけていて、サンソンが困惑したりすまなそうな表情で言葉を返しているらしいことだけはわかるのだが。

 

「……私に良い考えがあります」

 

意を決したランスロットは鉢植えの影から一歩踏み出し、話し込んでいる2人のもとへと歩き出す。

慌てて立香は引き留めようとしたが、伸ばした手をするりと躱したランスロットの体は黒い靄に覆われたかと思うと一瞬の内に騎士服を纏った麗しい竜騎兵へと転じていた。

ランスロットの宝具の一つ、正体を隠蔽し他者への変装を可能とする『己が栄光の為でなく(フォー・サムワンズ・グロウリー)』だ。

彼はその効果でシュバリエ・デオンに変装し、2人に近づいたのである。

 

「こんなことに宝具を使うのか、あのダメ親父」

 

「デオンってところがポイントだね。アマデウスじゃ話が抉れるし、マリーじゃサンソンは絶対に気づく」

 

デオンに変装したランスロットは偶然を装って近づき、2人が話していることに探りを入れているようだ。

正直に言うと不安しかないが、今更後には退けないので彼が首尾よく戻ってくることを祈ることしかできない。

そう思った直後、背後から最も来てはいけない者の声が発せられた。

 

「こんなところで何をしているんだい、マスター?」

 

「えっ!?」

 

「デ、デオン? どうして!?」

 

「マリー達のお茶請けがなくなってね、食堂に貰いに行こうかと」

 

どうやらデオンもマリーの女子会に参加していたらしい。

それは幸いだったが、今の状況は非常にまずい。このままデオンを通せばランスロットが変装していることがバレてしまう。

そうなると、マシュの中でただでさえ下降気味なランスロットの評価は修正不可能なまま墜落事故を起こしてしまうかもしれない。

そんなことになれば彼はたちまちバーサーカーと化すだろう。その方が却って扱いやすいんじゃないかという疑念もあるが、ともかく狂ったランスロットは1人で十分だ。

2人も来られたら何人のアルトリアが顔を曇らせるかわからない。

 

「そこをどいてもらえないかな? 食堂にはここを通るのが一番早いんだ」

 

「や、やあ、そうだね。あー、でも今はちょっと……ねえ、カドック?」

 

「僕に振るか!? そ、そうだな……よし、特別にこれをやる!」

 

そう言ってカドックは、鞄の中から手の平より少し大き目の包み紙を取り出してデオンに差し出した。

ほんの僅かに漂うの蜂蜜の香りが鼻孔をくすぐり、立香の腹から小さな音が鳴る。

 

「ロシアの伝統的なお菓子プリャーニクだ。貰いものだが食べきれない分をやるよ。ほら、アナスタシアもいるしきっと喜ぶぞ」

 

「それは多分、彼女が君に食べて欲しくて作ったものじゃないのかい?」

 

(さすがスパイ、鋭い)

 

デオンの推測通り、これはアナスタシアが今日はお茶の時間を一緒に過ごせないから、せめてお茶菓子だけは手作りを用意しておくと言ってわざわざ作ってくれたものだ。

立香達とゲームをするということで、口寂しさを紛らわすのに丁度良いと持参していたのだが、他の面々もそれぞれ菓子やツマミを用意していたので結構、残ってしまったのだ。

 

「……はあ、何か理由があるんだね。君達のことだからおかしなことはしないだろうし、ここはその焼き菓子で手を打とう」

 

ため息を吐き、プリャーニクの包みを受け取ったデオンは踵を返して通路を戻っていく。

その後ろ姿が見えなくなると、カドックと立香はお互いに顔を見合わせて大きく息を吐いた。

ランスロットが戻ってきたのは、丁度その時であった。

 

「戻りました」

 

「はあ……どうだった?」

 

「料理の相談をしていたようです。スパイスの類を持っていないか確認していたようですが、目当てのものはなかったようです」

 

マシュはサンソンと別れ、再び通路を歩き始めている。今度はそれほど進まずに誰かの部屋の前で足を止めた。

ノックをすると音もなく扉が開き、黒いインナー姿の褐色の青年がマシュを出迎える。

カルデアの食堂を守る永遠のチーフコック。ブラウニーことアーチャーのエミヤだ。

 

「っ!」

 

エミヤの姿を見た途端、ランスロットは『無毀なる湖光(アロンダイト)』を抜き放って突撃しようとする。

慌てて立香が令呪で制止しなければ、そのままエミヤに切りかかっていたかもしれない。

 

(こんな事のために令呪を使うのか!?)

 

余りに馬鹿馬鹿しい事態に段々、頭痛がしてきた。

だが、ここまで来たのだからせめてランスロットが満足するまでは付き合おうと思い、萎えかけている気持ちを奮い立たせる。

とにかく今は彼を落ち着かせるのが先決だ。痴情の縺れで殺サーヴァント事件なんて起こされたら堪ったものじゃない。

 

「放してください! 彼だけはダメです!」

 

「何故? 気が利くし家事も万能。優良物件だろ?」

 

「何と言いますか、彼は私と同じ匂いがします。ええ、女性関係の方で特に!」

 

そういえば、エミヤもどちらかというと女性にはフレンドリーに接する方だった。

手が回らない管制室の女性スタッフの手伝いをしている姿も何度か見たことがある。

料理上手ということもあってかブーディカやタマモキャットとは特に仲がいいし、どこかで縁でもあるのかネロと玉藻の前にはいつも振り回されている。

アルトリア達も彼に対しては他の英霊達に対してよりもややフランクで遠慮なく接しているし、最近はそこに魔法少女の小学生まで加わったらしい。

 

(あれ、ひょっとしなくても女の敵じゃないか?)

 

全方面に笑顔を向ける典型的な八方美人。確かにランスロットと同じ匂いがする。

生前からあんな感じなのだとしたら、さぞや女性関係で苦労を背負いこんだことだろう。

それで我が身を省みない辺り、筋金入りのようではあるが。

 

「でも、さすがに宝具を振り回すのはまずいって」

 

「では素手で! せめて一発殴らせてください! 娘の婿をせめて、一発!」

 

「落ち着け、早まるんじゃない!」

 

そもそもまだ、マシュとエミヤがそういう関係であるという確証がある訳ではない。

あくまで彼女がエミヤを訪ねただけなのだ。

 

「やれやれ、人の部屋の前で何をしているんだ、君達は?」

 

騒ぎが大きすぎたのか、エミヤが呆れた表情を浮かべながら顔を出す。

瞬間、3人は互いの顔を見合わせて言葉を失った。

扉が開いたということは、必然的にマシュに姿を見られたことになる。そうでなくともエミヤに知られた以上、彼から自分達の存在がいたことを知るだろう。

同じカルデアの仲間といってもプライベートは尊重されるべきである。なのに自分達は彼女の後をつけ回してあれこれと詮索をしてしまった。

ランスロットはこの世の終わりのように顔を曇らせた。もう二度とマシュに口を聞いてもらえないのかと目の前が真っ暗になった。

立香は混乱が頂点に達してその場で犬のようにぐるぐると回っていた。もしもマシュに嫌われたらどうしようという不安で胸がいっぱいなのだ。

カドックは冷静になった。よく考えたら彼女に嫌われるデメリットが特にないなと。いや、アナスタシアが機嫌を損ねるかもしれないのでフォローは必要だろうが。

 

「あれ? 先輩に……みなさん、ご一緒にどうしたのですか?」

 

「え? あ、いや…………なんだろうね、カドック?」

 

「困ったら僕に振るの止めろ! なあ、ランスロット」

 

「………………」

 

(ダメだ、ただのシカバネだ)

 

顔を曇らせたまま呆然と立ち尽くすランスロットの姿は、自業自得とはいえ見ていて痛ましい。

だが、意外にもマシュは機嫌を損ねたり嫌悪を示すようなことはなく、寧ろ好都合とばかりに手を叩いてランスロットに話しかけた。

 

「丁度良かったです。ランスロットさん、後で食堂に来てください。ご用意したものがあるんです」

 

 

 

 

 

 

三時間後。

夕食にはまだ早く、閑散とした食堂を3人は訪れていた。

別れ際にマシュに聞いてみたのだが、ランスロットのために用意したものが何なのかは教えてもらえなかった。

とにかく時間が来たら食堂に来いの一点張りで、取り付く島もなかったため、彼女がエミヤと何を話していたのか、ここ最近の余所余所しさは何なのかも分からず仕舞いだ。

そのせいか、先ほどからランスロットは落ち着きなくそわそわと体を震わせている。次に会った時、彼女が何を言い出すのか気が気でない様子だ。

 

「いや、さすがに心配し過ぎだ」

 

唯一人、カドックだけはこれから先に起こりうるであろうことに予測がついていた。

そのせいか、彼だけは非常にリラックスしており、立香に淹れてもらったやや苦めのコーヒーをしかめっ面のまますすっている。

 

「マスター、ですが…………」

 

「大事な話なら、こんな人目につく場所は選ばないだろ。ここじゃなきゃいけない理由があるってことだ」

 

「あ、なるほど」

 

こちらの言いたいことに気づいたのか、立香が手の平を叩く。

丁度、その時だろうか。奥の厨房から何とも言えない香ばしい匂いが漂ってきたのだ。

 

「お待たせしました。すみません、調理に少し手間取ってしまって」

 

カラカラと台車を押しながらエプロン姿のマシュが厨房から姿を現す。

その後ろにはエミヤとタマモキャット、ブーディカが並んでいた。

次々とテーブルの上に並べられていく皿は、どれも見たことがない料理が盛り付けられていた。

カリカリに焼かれたハムやステーキが厚めのパンに乗せられており、その上から刺激臭のするソースがかけられている。この香りはマスタードだろうか。

他にもスープやシチュー、付け合わせと思われるパン、ポリッジ()、特にこれといって手が加えられていない野菜や果物も見て取れた。

 

「マシュ、これは?」

 

「はい、できるだけランスロットさんの故郷の味に近づけるよう頑張ってみたつもりなのですが」

 

「私の……故郷の味……」

 

何が何だかわからず、ランスロットはその場で呆然と立ち尽くす。

見かねた立香が無理やり彼の手を引いて机に座らせると、どこからか持ってきたナプキンを首から下げさせた。

 

「ようするに、ランスロットの歓迎会ってこと」

 

蓋を開けてみれば微笑ましいものだ。

アストルフォは比較的ランスロットが生きていた頃と近い時代の生まれのため、当時の食事文化についてのリサーチを。

サンソンにはカルデアには常備できていない香辛料などを持っていないか聞いていた。

エミヤは単純に、レシピの考察や技術指導を行ったのだ。

それもこれも全ては自分の手料理をランスロットに味わってもらうため。

ここ最近の彼女の不審な動きは、人知れず料理の研究や練習に励んでいたからなのだ。

 

「第六特異点も無事に修正できましたし、ランスロットさんも無事にカルデアの一員となられましたので、早くここに馴染んでもらえるようにと思いまして」

 

「その……私のために、手料理を?」

 

「はい。あの、お嫌でしたか?」

 

マシュは丸いトレーで口元を隠し、目を潤ませながら上目遣いにランスロットを見上げる。

そんな可愛らしい仕草をされればハートを撃ち抜かれない男はいないだろう。ましてやランスロットからすれば、疎遠だった我が子がサプライズ企画を用意してくれたとあって、とても言葉では言い表せない感情が胸に込み上げているはず。わかりやすく言うと、効果は抜群だ。

 

「うぅ……そうですか、私のために……なのに私は……私は……」

 

「もう、女々しく泣かないでください、お父さん。みっともないからさっさと食べてくださいね」

 

「うぅ……うん、うん」

 

感動の余り思考が回らないのか、ランスロットは涙ぐみながら何度も頷いた。

大の大人が玩具を与えられた子どものように喜ぶ様に呆れたマシュはきつい言葉を投げかけるが、不思議とその声音に刺々しさは感じない。

そんな2人を周囲の面々は微笑まし気に見守っており、これにて一件落着という空気がどこからか漂ってきた。

そう、その存在に気づかなければ。

 

「Gala……had……」

 

いつからそこにいたのだろうか。全身から哀しみのオーラという名の黒い靄を滲ませながら、ハンカチを噛み締めている黒い騎士甲冑が物陰からこちらを見つめていた。

 

「お、お父さん!?」

 

その存在に気づいたマシュが悲鳴にも似た声を上げる。

そう、そこに隠れていたのはバーサーカーの方のランスロットだ。

ここで一同はマシュの先ほどの言葉を思い出す。これはランスロットの歓迎会。ならば、ほぼ同じタイミングで別霊基として召喚されている彼の方にもこの料理を食べる権利はあるのではないのかと。

それとも、マシュは彼のことなど綺麗さっぱり忘れていたのだろうか。

 

「いえ、そんなことはありません! すみません、ちゃんとお父さんの分も用意していますから、みんなで食べましょう」

 

「Arrrrr」

 

誘われるがまま、半べそをかくバーサーカーのランスロットがもう一人のランスロットの隣に座る。

マシュは丁度、2人のランスロットと向かい合う形だ。

そこまで見届けたカドックは、立香に呼びかけられて無言のまま食堂を後にする。

ここから先は家族水入らずの時間だ。部外者である自分達が側にいるのは余りよくないだろうということらしい。

エミヤ達も同じ考えなのか、隙を見て1人ずつ食堂から姿を消していっている。

 

「私は悲しい……」

 

どこからともなく聞こえてくる竪琴の音。

振り返ると食堂の出入口の側に円卓の騎士であるトリスタンがもたれかかっていた。

彼は愛用の竪琴を奏でながら、しきりに悲しみを歌っている。

哀愁漂うその姿は、最近のカルデアの名物詩でもある。

 

「あ、居眠り豚トリスタン」

 

立香が口にしたのは、とある騒動(イベント)で彼に付けられたあだ名である。

栄光ある円卓の騎士のあだ名とは思えない酷いものだが、本人は特に気にすることなくその呼ばれ方を受け入れていた。

更に言うとそれも既に遠い昔の話。今の彼はカルデア食堂の吟遊詩人。その新しいあだ名とは――――。

 

「今の私は流しのトリィ。それ以上でもそれ以下でもありません」

 

(言いたいだけだな)

 

表情が読み取れず、どこまで本気なのかわからない男である。

 

「ですが、ランスロット卿と比べて我が身の扱いに差があることは悲しい事実」

 

「うーん、そうかな?」

 

「わかりませんか? 第六特異点修正の後、召喚されたのはランスロット卿だけでははありません。我が王や私、べディヴィエール卿もいます。なのに、レディ・マシュはランスロット卿だけに持て成しを催しました。果たしてそれは彼女の意思か、それとも彼の意志か」

 

「さあな。そんなことはわからないし、決める必要もないだろう」

 

「ええ。だからこそ、私は悲しい」

 

再びトリスタンは竪琴を奏で、悲しみを歌う。

何れにしろ、ギャラハッドの根底には父親への憧れや家族の情があり、マシュの根底には軽薄で女に弱いランスロットへの嫌悪や拒否感はあるだろう。

とても複雑な関係だが、それでも彼女達はああして歩み寄りを見せている。今はマシュの優しい面が強く出ているだけかもしれない。明日にはギャラハッドの霊基の影響で親子喧嘩の一つでも始まるかもしれない。

それでも、彼女達はきっと家族と呼べる関係を構築できるだろう。マシュもランスロットもギャラハッドも、それだけは確かに望んでいるのだから。

 

 

 

 

 

 

翌日。

再び時間を持て余したカドック達は、立香の部屋に集まって再びゲーム大会を開いていた。

参加者はカドックに立香、そしてアナスタシアの3人だ。マシュは家族と親睦を深めるということで午後はセイバーの方のランスロットとお茶するらしくここにはいない。

 

「それでデオンが、私の作ったプリャーニクを持ってきたのね」

 

「君にはすまないと思っている」

 

「本当? ちゃんと感想を言ってくれるなら、許してあげます」

 

「もちろん、美味しかったさ。みんなにも好評だった」

 

「どういたしまして」

 

「はいはい、仲が良いのは結構だけど、皇女様の番だよ」

 

自分だけパートナーが不在ということで、こちらにやっかみの視線を送りながら立香はアナスタシアを促す。

今回はルーレットを回して出た目の数だけコマを進めるというボードゲームを行っている。

ゲーム終了までにどれだけの財産を築けたかを競うというモノポリーのようなゲームなのだが、モノポリーと違ってゴールが設けられていること、盤上のマスでは人生に関するイベントが起きるという特徴がある日本のゲームだ。

 

「ふふ、芸能界って儲かるのね。やっぱりこのゲーム、タレントになれるかどうかが最初の分かれ道よ」

 

「いやいや、先んじて高価な家を確保するのも重要だよ。この橋を先に渡り切れば通行料も取れるしね」

 

「お前らは良いな。僕なんてドンケツでフリーターで子どもが3人だぞ」

 

このままでは余程、ルーレットの出目が良くない限り、順位も財産もビリのまま終わりかねない。

こちらは確率計算や透視ができるので、カードゲームでは勝ち目がないと立香が言い出したので了承したのだが、まさか自分がこんなにもダイス運がないとは思わなかった。

 

「くそっ、だいたいどうして僕が回すと株価が下がるんだ。損ばかりしているじゃないか!」

 

「いるよな、そういう人」

 

「私も子宝とは無縁の人生ですし、お金だけあってもちょっと……」

 

「まあ、これゲームだからね。気楽にいこう、気楽に」

 

笑いながら立香は言うと、自分の番が来たということでルーレットに手をかける。

その瞬間、何の前触れもなく扉が開いて紫の甲冑が駆け込んできた。ランスロットだ。

 

「マスター、失礼します!」

 

「ランスロット? どうしたの? マシュと約束していたんじゃ……?」

 

息を荒げ、憔悴し切っているランスロットの姿に一抹の不安を覚える。

この様は、つい最近も見たことがある気がする。まるでこの世の終わりのように青ざめながら伏せる騎士。

ほんの二十四時間ほど前にもこんな風にゲームをしていた時に同じ光景を見た気がする。

 

「実は、マタ・ハリ女史が荷物を重そうに運んでいたので手伝っていたのですが…………」

 

マタ・ハリの部屋の前で彼女に荷物を渡した際、バランスを崩したマタ・ハリを受け止めてそのまま抱きしめてしまったらしい。

それだけならばただの事故。加えて相手はあの百戦錬磨の女スパイであるマタ・ハリ。彼女はその手のトラブルは故意も偶然も経験済みでまったく動じず、寧ろ冗談半分にからかってくる余裕すらあった。

だが、そこに運悪くマシュが通りかかってしまったのが運のツキ。はた目には仲睦まじく抱き合っているようにしか見えない姿を垣間見たマシュは、堪らずこう言い放ったらしい。

 

『お父さん、最低です!』

 

そうして、踵を返したマシュはその足でバーサーカーの方のランスロットを誘い、宝物庫の周回に出向いてしまったらしい。

レイシフトの寸前、弁明のために追いかけてきたランスロットは見てしまった。

憤慨して口も聞いてくれないマシュ(我が子)の姿と、甲冑の向こうでどこか勝ち誇ったかのように兜を震わせているバーサーカー(もう一人の自分)の姿を。

 

「マスター、私はいったいどうすればぁぁっ!!」

 

間の悪さに同情するやら呆れるやら、三者三葉の反応を返す面々に向かって、ランスロットは慟哭する。

季節は冬。

クリスマスを翌月に控えるカルデアでは、今日も今日とて賑やかな騒動が巻き起こっていた。

 

――――人理焼却完遂まで、後2ヵ月。




はい、盾親子でひとネタ一丁。
本当はもっと多くの鯖を出したかったけど、これ以上は収拾がつかなくなるのでこんな感じになりました。
食堂を舞台にするとだいたい、出てくるなエミヤは。
ぐだとゲームするカドックって、最初の頃じゃ考えられませんよね。

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