Fate/Grand Order IF 星詠みの皇女   作:ていえむ

83 / 122
絶対魔獣戦線バビロニア 第6節

ニップル市はウルク市と同等規模の城塞都市である。

ただ、魔獣達が住処としているであろう北方の杉の森に近いこともあり、魔獣の襲撃を受ける頻度はウルク市の比ではなく、ギルガメッシュ王が北壁の建設、魔獣戦線の構築を行う頃には既に街は魔獣達に包囲されてしまっており、ニップル市は陸の孤島と化していた。

それでも隙を見つけては北壁の兵士が市民を救出していたが、ここに至ってとうとう街の備蓄が底を尽き、これ以上の籠城は不可能となってしまったのだ。

 

『魔獣達の襲撃には一定の周期がある。本来ならば種族によって狩りの形態まで違う魔獣達を何者かが束ね攻勢に出るのが七日に一度。この間隙を以てニップルの民を救出する!』

 

それを成し遂げた暁には、人理を修復するに足る者と認め、王の名代として扱おうと言ってギルガメッシュ王はカルデアを送り出した。

あの唯我独尊の英雄王より協力を取り付ける旨を引き出した。

この時代にレイシフトしてからここに至るまで実に20日以上も時間を有してしまったが、やっと本当の意味でスタートラインに立ったと言えるだろう。

 

「シドゥリさん、とても喜んでくれていましたね」

 

「ここに来てからずっと、気にかけてくださっていたものね。本当、優しい人」

 

道すがらマシュとアナスタシアは、今日までに起きた様々な出来事を話し合ってはウルクの思い出を回想する。

羊の毛刈りから始まり、浮気調査や喧嘩の仲裁、果ては地下空洞の探索とカルデア大使館の業務は実に多岐に渡る。

そんな多忙な毎日を無事に過ごすことができたのは、世話役となってくれたシドゥリのおかげであった。

彼女に送り出してもらうことでその日の仕事が始まり、仕事が終われば労いの言葉をもらう。

カルデア大使館のウルクでの生活はシドゥリとの二人三脚であったと言っても過言ではないだろう。

 

「帰ったらまた、みんなでお祝いをしましょうね」

 

「はい、是非に」

 

アナスタシアの提案に、マシュが屈託のない笑みで返す。

ふと視線をずらすと、アナスタシアの右耳から下がるピアスがいつもと違う事に気づく。

紫色の輝きが埋め込まれた拙い工芸細工。先日、カドックが彼女にプレゼントしたものだ。

改めて見てみると民生品にも劣る出来で、こうして日の目を浴びていると中々にくるものがある。

恥ずかしいから人前では止めて欲しいと言えば外してくれるだろうか。いや、絶対にそれはないだろう。

そんな悶々とした思いを抱きながら歩く事半日。カドック達は遂に魔獣戦線の最前線である北壁へと到着した。

 

「すごい、見てください先輩! カドックさん! ウルクと変わらない賑わいです!」

 

「砦と聞いていたけれど、商人や職人もいるのね」

 

2人の驚きも無理はない。魔獣達の侵攻を食い止める最前線。さぞや殺伐とした城塞を想像していたのだが、実際の北壁は規模こそ小さいが砦の中に丸まる一つの街が形成されていた。

炊き場では煙が上がり、工房では職人が槌を打ち、生活必需品を売る露店も並んでいる。休息中の兵士が英気を養うための娯楽の店もあった。

 

「そりゃ、この規模の防衛を半年間も維持するには、これくらいしないとね」

 

どこか自慢げにマーリンは説明する。

確かにインフラが脆弱で移動手段も人力である以上、ウルクからの補給が滞れば戦線の維持に支障が出てしまう。

なので街そのものを作り、最低限に必要な物は現地で作らせる。また、防衛戦は兵士の士気が挫けば戦力で勝っていてもそこが付け入る隙とななってしまう。

必需品を扱う露店や娯楽の店に関しても兵士の士気を高めるためには重要な要素だ。

これならば北壁が孤立する状況に陥ってもしばらくは保たせることも可能だろう。

 

「みなさん、よくぞ北壁においでになられた!」

 

街の様子を眺めていると、聞き覚えのある大声が街路に響き渡る。

振り向くと兜を被った半裸の男がこちらに駆けてきていた。

深紅のマントと盾。平時であったも油断を許さぬぎらついた双眸。

かつて第二特異点で立香達と矛を交えたというスパルタの英雄、レオニダス一世だ。

此度はギルガメッシュ王のサーヴァントとして召喚され、北壁の指揮を任されている。

敗れこそしたものの、ペルシャ軍からスパルタを三日間も守り抜いた末に後続の仲間へと希望を託した炎門の守護者。

適材適所とは正にこのことだろう。実際、力ではどうしても魔獣に劣る兵士達をよく鍛え、よく使うことで彼はこの北壁の戦力と士気を今日まで維持し続けていた。

 

「レオニダスさん!」

 

「よくぞ来られましたな、マシュ殿! それにカルデアのマスター! 積もる話もありますが、まずは状況を説明しましょう。天草殿達も既に到着されています」

 

「あいつらも来ているのか?」

 

「ニップル市は予断を許さぬ状況でして、ギルガメッシュ王も持てる戦力の全てをぶつけるつもりなのです」

 

そう言ってレオニダスは、城塞の屋根へとカドック達を案内する。

南西から北東に向けて緩やかに弧を描く形となっている北壁の城塞。その上部には幾つもの射撃台が設置されていた。

この時代、投石機は既に実用化されているが、よく見ると装填されているのはただの石ではない。

煌びやかな宝剣もあれば無骨な意匠の槌があり、複雑極まりない造りの杖や儀礼用の槍、果ては盾や装具の類までもが添えられていた。

そこに込められている魔力は普通の武具の比ではなく、どれもが一級品の宝具の現物だ。

仮にこれを撃ち出したとするならば、地形を変えるほどの恐ろしい破壊をまき散らすであろう。

直撃すれば大型魔獣でも一たまりもなく、仮に外れても十分な牽制になる。

 

「この印象……ディンギルか」

 

「おお、さすがカドック殿は学が高い。ご存知の通りこれらは神権印象(ディンギル)と呼ばれています」

 

ディンギル。即ちシュメール語で神を表す言葉である。

シュメールでは何であれその功績によって人々から神格化され、ディンギルの名を与えられる。

神格嫌いのギルガメッシュ王が敢えてその名をこの兵器に名付けたのは、神に寄らず人の手で時代を守るという決意の表れなのだろう。

自らの一部ともいうべき財宝を矢として装填していることからも、その思いの強さが汲み取れる。

 

「ギルガメッシュ王は数多くの力ある武具を有しており、これはそれらを手動で打ち出す大型の投石機です。台座に埋め込まれたラピスラズリをハンマーで打ち砕くと蓄積した魔力が解放され、財宝を標的目がけて打ち出す仕組みです」

 

『ウルク風……いや、ギルガメッシュ王風のバリスタみたいなものなんだろうね。自分の財宝を兵士達にも使い捨てにさせるなんて、普段の彼なら絶対に有り得ない状況だ……』

 

神権印象(ディンギル)の仕組みを聞いたロマニが、通信の向こうでしみじみと感想を漏らす。

さらりと聞き流してしまったが、ギルガメッシュのことをよく知っているかのような口振りにカドックは引っかかりを覚える。

うまく言い表せないが、気安さのようなものを感じ取ったのだ。とはいえ、聞き返すほどのことでもないだろうと思い、説明を続けるレオニダスの話の方に集中する。

 

「今回の作戦では、神権印象(ディンギル)を使う予定はありません。財宝には限りがあることに加え、狙いも甘く精密な狙撃は不可能。味方への被害も考慮しなければなりませんので」

 

それでも神権印象(ディンギル)を用いねば凌げなかった窮地は何度かあったらしい。

自分達がウルク市で平和に過ごしている間、北壁の兵士は常に死と隣り合わせの戦いを繰り広げていたのだ。

今更ながらここが戦場であることを思い出す。

 

「お気に召されるな、カルデアのマスター。その為の我らサーヴァントです」

 

「……すまない。それで、ニップル市の解放手順は? 僕達は何をすればいい?」

 

こちらの戦力はアナスタシアにマシュ、マーリンとアナ、何故かついてきたジャガーマン。そこにレオニダスと四郎、小太郎が加わることになる。

これだけの戦力が揃ったのなら、大抵の無理は利くはずだ。

 

「……それが、やや言いづらいのですが、少しばかり状況が変わりました」

 

「昨夜から魔獣群の動きが変化し、ニップル市の周囲を巡回しているのです」

 

斥候は彼の務めなのか、控えていた小太郎が説明を引き継ぐ。

どうやら魔獣達の襲撃の隙を見てニップルの人々を夜毎に避難させていたらしいのだが、昨夜から魔獣達は街を守るかのように周囲の警戒を始めたらしいのだ。

普通ならば絶対に足並みが揃う事のない魔獣達が連携を取り出したため、彼らは指揮官に当たる何者かがやって来たのではないかと考えているようだ。

 

「以前の指揮官、ギルタブリルは巴殿と相打ちになられました。そのおかげで北壁は今日まで持ち堪えることができたのですが、新たな指揮官が来たとなるとこちらの動きを予測されている可能性が高い」

 

場合によっては七日間の周期までもがあてにならない可能性すらある。

それでも彼らは作戦を中止する訳にはいかなかった。既にニップル市では餓死者が出ており、これ以上の時間をかければ街の全滅すら有り得るのだ。

 

「救援を先延ばしにできない以上、陽動作戦を取ります。天草殿と小太郎殿が指揮する部隊が東からニップル市を目指し、魔獣達を引き付けている間にカドック殿達カルデアのみなさんとマーリン殿、アナ殿が西からニップル市に入場。生き残った市民をこの北壁へ誘導して頂きたい」

 

救出対象に被害が及ぶ可能性も高く、場合によっては救出を断念してニップルを見捨てねばならないかもしれない。

それでも魔獣達に周囲を警戒されている現状では、それが最善な策であろう。

 

「救出作戦ね。よぉし、燃えてきたぁ!」

 

「あ、ジャガーマン殿は天草殿と一緒に行動してください」

 

「えぇっ!? どうしてぇっ!?」

 

(いや、どう考えても適任だろう)

 

密林ならいざ知らず、平地ではただうるさいだけの虎。いや、ジャガー。

彼女に隠密行動など期待できないし、能力も白兵戦闘に特化しているので戦場で力いっぱい暴れてもらって敵を引き付けてもらった方がいい。

きっと殺しても死なないだろうからいい囮になるだろう。寧ろ、一緒に行動する四郎や小太郎の方が心配なくらいだ。

 

「まあ、僕は忍びですからね。殴り合うのは不得手ですが、場をかき乱すのなら我ら風魔が独壇場。天草殿もいることですし、何とかなるでしょう」

 

「……そうですね。恐らく……大丈夫でしょう」

 

冷静に戦力を分析する小太郎に対して、四郎の方は歯切れが悪い。

彼は未来視ができる。精度こそ不安定だが垣間見た未来は必ず現実となるのだ。

ひょっとして、何か不安な未来でも視てしまったのだろうか?

 

「いえ、お気になさらずに。彼女と一緒だと思うと、少し気が滅入っただけでして」

 

「……ああ」

 

確かに、無理もないと納得せざる得ない。

視線の先ではジャガーマンが早くも作戦会議に飽きて神権印象(ディンギル)を弄ろうとしており、それを止めるために立香と数人の兵士が彼女を取り押さえている姿があった。

 

 

 

 

 

 

作戦の決行は明日。魔獣の群れの動きが最も鈍く、最も空腹に飢えた刻限に合わせることとなった。

今日までずっと戦線の維持に務めてきた北壁が初めて、攻める側に回るということで北壁の兵士の士気は申し分ない。

そんな中で戦力の要となる英霊達は明日に備えて思い思いの夜を過ごしていた。

体力を消耗せぬよう早々に就寝する者、ギリギリまで戦術を練り直す者、武具の整備に余念がない者、普段通りに体を鍛える者、大切な人と共に過ごす者。

誰もが明日の戦いは、この魔獣戦線の行く末を左右する一大事であると理解していた。明日を乗り越えられなければ三女神同盟との戦いに勝ち目はない。

明日こそがこの時代の分水嶺だ。

 

「おや、眠れないのですか?」

 

カドックが城塞の屋上に座っていると、不意に誰かが声をかけてくる。

明かりが少ないので気づくのに少し時間がかかったが、振り向いた先にいたのは四郎だった。

略装ではなくいつもの僧服だ。既に遅い時間だが、まだ起きていたのだろう。

 

「少し、夜風に当たっていた」

 

「根を詰めるのはよくありませんよ」

 

「ああ。ただ、あれがちょっと興味深くてね」

 

指差した先では、フォウと戯れるマーリンの姿があった。いや、戯れているというより、飛びかかってくるフォウをマーリンが必死で牽制していると見た方がいいかもしれない。

端から見ているとまるで仲の良い兄弟か何かのようだ。

 

「おや、小動物と戯れるとは、意外なところもあったものです」

 

「ああ。ただの面倒くさがりな魔術師だと思っていたが、なかなかに愛嬌のあるところもあるみたいだな」

 

実はそうではないのだが、残念ながら彼らはそれを知る由もなかった。

本人たちが聞けば間違いなく憤慨ものの話である。

 

「丁度良かった。あなたには少し、話しておきたいことがありまして」

 

失礼しますと断りを入れ、四郎はカドックの隣に腰かける。

そうしてしばらくの間、無言のまま2人は夜空を見上げていたが、やがて四郎は意を決したのか厳かに唇を開く。

 

「明日、誰かが亡くなります」

 

「……何人だ?」

 

「一人、或いは二人…………」

 

「そうか」

 

驚きがなかったと言えば嘘になる。ここに集ったのは人類史に名を残した層々たる顔ぶれだ。

魔獣達の戦力が如何に強大といえど後れを取ることなどないだろうと思っていた。だが、現実は非情であるらしい。

 

「誰が、というのは視えませんでした。それに私の啓示は道を示すスキル。これに反するということは…………」

 

「よくないことが起こる、か」

 

果たしてそれはどれほどの苦悩を呼ぶのかとカドックは考える。

未来が視える。ただし、その未来は自身にとって最も適した道筋を示すものであり、そのためならばあらゆる犠牲が許容される。

仮にそれに反すれば待っているのは望まぬ結末。最悪の展開なのだ。

愛する人を救うために大切な仲間を見捨てねばならないかもしれない。

国を守る為に敢えて民の犠牲を見過ごさなければならないかもしれない。

そして、犠牲を出さぬために、屈辱的な敗北を受け入れねばならないこともある。

 

「お前の経歴、カルデアに調べてもらったよ」

 

「私の生前ですか?」

 

「ああ」

 

俗に島原の乱と呼ばれるそれは、極東の島国である日本で起きた最大の内戦だ。

時の領主に課せられた税はその土地の生産量の約二倍。加えて新たな税の導入や死人が出るほどの過酷極まりない取り立てによって農民達は日々の生活すらままならず、そこに宗教的な弾圧まで加わったことで遂に怒りが爆発した領民は、奇跡の子と讃えられた天草四郎時貞を旗頭に反乱を起こした。

彼らの士気は高く正規軍を撃退することには成功したが、それが却って時の政府を刺激する結果に繋がり、最終的に反乱軍は皆殺しにされてしまった。

それが史実における島原の乱だが、四郎の事情を知る今となっては違う見え方が出てくる。

彼は最初から、その結末を知っていたのではないのかと。

 

「少し違います。私には確かに視えていた。あの戦いは勝ってはならないもの。敗北しこの首を差し出すことで多くの命が守られる。ですが、私は彼らを守るために啓示に反する行いを許容した」

 

そこから先は歴史の通り、政府軍は籠城する四郎達の備蓄が底を尽くまで包囲し、女子どもに至るまで悉くを殺し尽くすことで反乱を鎮圧した。

一応、重税を課していた領主は政府によって処断されたらしいが、そのために多くの領民が命を落としたのであっては彼らも報われない。

もしも四郎が反乱軍をきちんと御することができ、戦いに敗北していれば自身と一部の者達の首を差し出すことで同じ結果に至れた可能性もあったかもしれないのだ。

 

「後悔しているのか?」

 

「……そうですね、色んなものを捨ててきましたが、その気持ちだけはまだ残っている。私の願いの発端でもあります。大局を見誤り、拾えたはずの命を取りこぼしてしまった。我が身を犠牲とする覚悟など、天命の前では無力なのです」

 

「すまない」

 

「謝らなくて結構。心の整理をつける時間は十分に頂きましたので。ですが、覚えておいてください。決断というものは多くの人間の運命を左右する。ましてやあなたは人類史を背負って立つ最後のマスターだ。きっと過酷な決断を迫られる時がくるでしょう」

 

「新しい啓示か?」

 

「友人としてのアドバイスですよ、カドック。どうか、その時は選ぶべきものを誤らぬよう、きちんと大局を視てください」

 

四郎の言葉にカドックはそれ以上、言葉を返せなかった。

同じようなことを第六特異点でも言われたはずだ。

呪腕のハサンから、人生を後悔したくなければとことんまで悩み続けた方がいいと。

ここまでカドックはずっと、敢えて選択することを避けてきた。

視野を狭め、苦難を前にしても諦めようとせず、課せられた使命であるグランドオーダーを完遂するという決意だけを貫いてきた。

そんな自分の背中を多くの英霊達が押してくれたことが誇らしくもあった。

スパルタクスが、黒髭ティーチが、発明王エジソンが、諦めぬこと、我を通すことの大切さを教えてくれた。

あのメフィスト・フェレスですら嘲りながらも少しだけ背中を押してくれた。

しかし、ハサンや四郎は迷わぬことを是としない。その決断を後悔せぬよう、考え抜くことが大切だと言う。

そういえば、アマデウスも似たようなことを言っていた気がする。

自分は生き方を選べる人間であると。

彼は才能に縛られたが故に音楽と向き合うしかなかった。そこにどれだけの後悔と挫折があろうともその道に生きるしかなかった。

だが、自分は違うと彼は言ってくれた。後悔をしない生き方を選べるはずだと彼は言いたかったのだろうか。

あの時に言葉を交わしたアマデウスとはもう出会えない。彼の真意がどこにあったのか、今となってはそれを知る術がない。

英雄は道を示してくれる。だが、その道を選びどう進むかは今を生きる当人にしかできないことなのだから。

 

(英雄……か……)

 

四郎と別れた後も、カドックはしばらくの間、宛がわれた自室に戻らず夜空を見上げていた。

その在り方を誇らしく思い、憧れすらあった英雄達を思うと、今は堪らなく胸が痛い。

愛しき人、恋しいあの娘、かけがえのないパートナー。

アナスタシアもまた人類史に名を刻まれた英霊だ。何の偉業も成し得ず、ただ死の直前に精霊と契約したというだけの、(から)の英霊。

本来ならば出会う事もなく、その本質に触れることすらできなかった天上の人。時代の先駆者。

彼女から受け取ったものに対して、自分は何を返せるだろうか。

何も成せずに終わった彼女の無念を、自分はどうやって後の世に繋げることができるのか。

どれほど悩んだところで答えは出ない。

結局、そのまま彼が部屋に戻ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

空を逝く太陽が七分に差し掛かった。

あらゆる生命が空腹を覚える時間帯。魔獣とて例外でなく、動くものが目につけば他の何を置いても一目散に食らいつく。

四郎達が動き出せば、奴らは間違いなくニップルの周辺を離れるだろう。仮に群れの先頭が陽動に気づいたところで、群れの総意は止まらない。

その隙にカドック達が西側から回り込み、同行している案内役の説得で市民を連れ出すのが作戦の第一段階だ。

 

『ニップル市とは伝書で連絡を取り合っていましたが、ここ数日は内部からの返信はありません。危険を感じたら……いえ、もう手遅れと思ったなら即時撤退を。あなた方にはより大きな使命が与えられるのだと私は感じています』

 

そう言ってレオニダスはカドック達を送り出してくれた。

彼の中では既に最悪の展開すら予想できているのであろう。合理的に考えるならばそもそもニップル市の救出自体、こちらの戦力を切り崩すだけの愚策で終わる可能性もゼロではない。

だが、ここにいる誰もがそれを承知でこの作戦に臨んでいた。

生き残るために命を賭けようとも、他者を見捨てて逃げる臆病者はここにいない。

故に兵の士気は高く、今日は一段と素早かった。

作戦は順調に進み、後はカドック達がニップル市に無事に到着すれば作戦の第一段階は終了。

そう思った矢先の出来事だった。

 

「まずい、魔獣の数が想定よりも多い!」

 

目視で二百程度しかいなかったはずの魔獣達が、開戦と共に倍々に数を増やしていったのだ。

狩りのために待ち伏せを行う生き物は多いが、これだけの規模が組織立って隠密行動を取るのは至難の技。

とても本能だけでできるものではなく、何者かによって使役されていることが容易に読み取れた。

 

「こっちの作戦、やっぱりバレてたの!?」

 

「無駄口を叩くな、藤丸! とにかく走れ! 殿は僕達が務める! 今は一刻も早くニップルに辿り着くのが先決だ!」

 

このままのペースで魔獣が増え続ければ、そう長くない内に陽動部隊は瓦解するだろう。

彼らが持ち堪えている間に何人の市民を救い出せるのか。時間との勝負だ。

 

 

 

 

 

 

その陽動部隊はというと、無数の魔獣達に囲まれて既に壊滅寸前の状態であった。

彼らも歴戦の戦士であり、レオニダス直々に仕込まれたこともあって数人がかりでなら魔獣を押し込めることもできる逸材だ。

しかし、倍以上の数が相手ではその程度の力量などないに等しい。次々と食い殺されていく兵士達の姿を見て、四郎は既に作戦の正否が絶望的であることを感じ取っていた。

 

「みな、個々の戦いはするな! 方陣を組み守りを固めよ! 数の不利をこちらで覆す! 小太郎!」

 

「応ッ! 地獄を呼べ! 『不滅の混沌旅団(イモータル・カオス・ブリゲイド)』!!」

 

四郎の指示で印を結んだ小太郎が真名を解放すると、周囲が昼間にも関わらず夜の帳に包まれる。

その暗闇の向こうから這い出してきたのは魑魅魍魎。形亡き亡霊達は四方に分かれるやいなや、近づく魔獣達を次々と血祭りに上げていった。

刀や苦無で切り殺し、癇癪玉を投げつけ、やがて亡霊達は鬨の声を上げながら炎となって魔獣の群れを包み込む。

これこそが風魔。風魔小太郎が誇る風魔忍軍としての宝具『不滅の混沌旅団(イモータル・カオス・ブリゲイド)』。

呼び出された乱破二百人の亡霊達は一瞬の内に数の不利を覆し、追い込まれていくだけであった陽動部隊に態勢を立て直す時間を作り出す。

だが、それも一瞬のこと。呼び出した亡霊一体一体は他の兵士よりも多少強い程度であり、奇襲を躱されれば返り討ちにあう者もいる。

事実、二度目、三度目の発動に際しては魔獣達も学習したのかその動きや音に惑わされることなく、連携を取って迎え撃とうとしていた。

 

「レオニダス王の予感が的中したか。小太郎、宝具は後、何度使える!?」

 

「二度が限度です。これ以上は……」

 

「なら、その二度で彼らを北壁に戻らせる。ジャガーマン!」

 

「おう、任せろぉっ! どっせーいっ!!」

 

カギ爪付こん棒を振り回しながらジャガーマンは突貫し、包囲網の一画を突き崩す。

ふざけてはいても彼女は神性を持つ神霊サーヴァントだ。この中では最も強靭な体を持っている。

後は彼女が抉じ開けた穴を兵士が逃げ切るまで死守するだけだ。

だが、そこに予想だにしない一撃が舞い込んできた。

撤退を始めた兵士達が突然、空から降り注いだ槍の雨で串刺しにされたのだ。

 

「ぎゃあぁぁっ!!」

 

断末魔の悲鳴を上げながら次々と倒れていく兵士達。

殺気を感じ取ったジャガーマンは咄嗟に武器を振り回して身を守る事に成功したが、他の者達は悉く串刺しにされて息絶えていた。

 

「どこへ行こうというんだい? 行くならばそちらではないだろう」

 

白装束を纏った、男とも女とも取れる人間がそこに降り立った。恐らく、兵士達を串刺しにしたのはこの人物の仕業だろう。

緑色の髪と端正な顔立ち。だが、どことなく機械的な雰囲気を醸し出しているその人物の存在を、四郎はマーリンから聞かされていた。

 

「お前が……エルキドゥか……」

 

呟いたのは既にこの世にはいないはずの人物の名。

ギルガメッシュ王のかつての親友であり、神によって土塊から生み出された生きた宝具。その名はエルキドゥ。

元々はギルガメッシュを諫めるために送り出された神造兵装であるエルキドゥは、ギルガメッシュと意気投合して様々な冒険を経た後に神の怒りに触れてしまい、その短い生涯を終える事になった。

この時代では既に彼は故人であり、本来ならば存在しえないはずの人物なのである。

だが、マーリンからの報告によるとメソポタミアの各地でエルキドゥと名乗る人物が暗躍していたらしく、カルデアの立香達も何度か襲撃を受けたらしい。

その人物こそが、目の前に立っている者なのだろう。新しく作り出されたのか、或いは死者の蘇生か。何れにしろ、強大な敵であることに違いはない。

 

「へえ、誰に聞いたんだい? カルデアのマスター? それともマーリン? まあ、どちらでもいいけどね。君達はここで死ぬんだから!」

 

エルキドゥが腕を振るうと、無数の鎖付きの槍が飛び出してくる。

隠し武器ではない、腕そのものが武器に変化しているのだ。

これこそが生きた宝具と呼ばれる所以。エルキドゥは自らの組成を組み替えることで様々な武器を形作ることができ、膨大な魔力を用いて雨霰の如く苛烈な攻めを行うのだ。

その質量を伴った弾幕ともいうべき攻撃は、精強とはいえ普通の人間が耐えられる代物ではない。

 

「小太郎、みなを守れ!」

 

「くっ……『不滅の混沌旅団(イモータル・カオス・ブリゲイド)』!」

 

「うおぉぉっ! ジャガー・パンチは破壊力!」

 

再び呼び出された風魔忍軍の亡霊が生き残っている兵士を庇い、ジャガーマンは降り注ぐ槍の雨を巧みに躱してエルキドゥに迫る。

しかし、全ての攻撃を捌き切ることはできず、後一歩というところでジャガーマンの身を包むぬいぐるみ(?)がズタズタに引き裂かれ、力尽きたジャガーマンはその場に倒れ込んだ。

 

「セット!」

 

今度は背後から四郎が投擲した黒鍵が襲いかかるが、それすらもエルキドゥは読んでいたのか足の一部を鎖に変えて絡め取り、逆に投げ返してくる始末だ。

 

(嫌な予感がする……ニップル市、やはりもう……)

 

「そう、君の予感は正しい」

 

こちらの心を見透かしたのか、エルキドゥは酷薄な笑みを浮かべながら口を開く。

 

「既にニップルはもぬけの殻さ。魔獣達の為に全て平らげさせてもらった。人間という栄養は貴重なのでね。巣に持ち帰って、子ども達にも食べさせなくてはいけないでしょう?」

 

つまり、ニップル市の生き残りは全て魔獣達の腹の中ということだ。

この魔獣戦線において最も多い兵士の死因は未帰還であった。

そして、魔獣達は北壁を越えてウルクへの侵攻を試みることはあっても北壁そのものを破壊することはなかった。

兵士の誰もが気づきながらも口にしなかったことだが、それは魔獣達が北壁に人が集まる事を是としていたからだ。

あそこは防衛線ではなく魔獣達にとっての狩場に過ぎなかったのだ。

 

「まずい、ニップルに生存者がいないのなら、あそこは既に奴らの罠だ!」

 

「ええ、何とかしてコイツを退けて、カドック達に追いつかねば……」

 

その時、四郎の脳裏にぼんやりとしたビジョンが浮かび上がる。

昨日も垣間見た啓示。この戦場で命を落とす者の姿だ。

 

(そんな……ッ!?)

 

突き付けられた二者択一に四郎は歯噛みする。

どちらに転んでも誰かが犠牲となる。カルデアのマスターか、二騎の英霊のどちらかが命を落とすこととなるのだ。

 

「どうしたんだい? ニップルに行かないのか? それなら、ここで死ぬといい!」

 

「天草殿!」

 

「くっ!!」

 

いつの間にかエルキドゥの槍がすぐそこまで迫っていた。

啓示に気を取られていたこともあり、四郎の回避は間に合わない。

あの槍の弾幕は刀や黒鍵で防ぎきれるものではないのだ。

宝具を使うにしても自分のソレはバックアップがなければ一度限りの自爆技。周囲を巻き込む恐れもあるのでここでは使えない。

最早、避けられぬ死の刃を前にして、四郎はここで自分が終わってしまうことを覚悟した。

だが、振り抜かれた槍の雨は、目の前に立ち塞がった守護者の盾によってその悉くを受け止められ、槍の一閃で以て振り払われる。

深紅のマントを翻し、颯爽と現れたその男は、兜の奥から双眸をぎらつかせながら、言い放った。

 

「そうはさせませんぞ、エルキドゥ! ここで終わるのはあなたの方だ!」

 

「レオニダス……北壁の警備は!?」

 

「伝令からの知らせで駆け付けたのです。このような策に出た以上、奴らも北壁を攻め落とすほどの兵力は割けぬでしょう。できればカルデアの皆さまにも作戦の中止を伝えたかったのですが、そちらは行き違いになりました故、こうして駆け付けた次第です!」

 

「感謝します、レオニダス王! では、ご免!」

 

言うなり、小太郎が大地を蹴る。

カルデアのマスター達を救うためにニップル市へと向かったのだ。

この面々の中では彼が最も足が速い。救援としては適任だろう。

だが、四郎だけは気が気でなかった。先ほどの啓示が現実のものとなれば、小太郎は――――。

 

(いや、今は彼を信じろ。彼とて忍びの頭領、ただでは転ばぬ)

 

頭を振り、今は目の前の敵に集中する。

敵はエルキドゥと無数の魔獣の群れ。これらを退けて残る兵士達を北壁まで撤退させなければならない。

 

「まったく、どこまでも度し難い。彼一人が行ったところで何になるというんだ」

 

「ほう……含みのある物言いですな」

 

「さて、何のことかな」

 

レオニダスの問いかけを、エルキドゥははぐらかす様に笑って地面に転がるジャガーマンを蹴っ飛ばす。

まるで毬か何かのように転がったジャガーマンの体は何度か跳ねた後にレオニダスの足下まで転がると、その衝撃で覚醒したのか頭を押さえながら立ち上がった。

 

「うぅ、何だかお星さまが回るぅ……」

 

「天草殿、彼女の治療を。しばし私が時間を稼ぎましょう」

 

「へえ、言うじゃないかレオニダス。いいね、なら取引といかないかい?」

 

「ほう、取引とは?」

 

「そこの人間達の首を寄越すなら、君達は見逃そう。カルデアのマスターを助けるもよし、戻ってギルガメッシュ王に事の成り行きを報告するもよし。好きにするといい」

 

エルキドゥの言葉に四郎は驚愕する。

彼らにとって人間はあくまで食糧でしかないのだろう。故にエーテル体であるサーヴァントに興味はないのである。

無論、障害として認識はしているのでいずれは排除しなければならないとも思っているようだが、それは今ではないようだ。

確信は持てないが、エルキドゥは何かを待ち侘びているようで、それまでカルデアのマスターには生きていてもらわなければならないと考えているのではないだろうか。

先ほどから仕切りにニップル市を気にかけるよう不安を煽るのもそれが理由な気がするのだ。

こちらとしてもカルデアは貴重な戦力だ。今、失う訳にもいかない。ここの兵士達とは比べることもできない大きな力であり、大局を見るならば彼らの救援を優先するべきだ。

レオニダスに進言すべきだろうかと四郎は悩む。合理的な思考はカルデアを優先すべきと結論付けているが、四郎にも情がない訳ではない。何より、その一言がレオニダスとの間に決定的な溝を生むことになることを彼は理解していた。

 

「……っ」

 

「構いませんよ、天草殿。私の心は決まっています」

 

ここが戦場であるということを忘れてしまうほど、その言葉は穏やかで優しさに満ちていた。

王は槍を構えたまま、その背に守るべきものを置いてまっすぐに敵を見据えている。

その姿を垣間見た四郎は、最初から迷う必要などなかったことを、彼の中で答えが決まっていたことを理解した。

そう、彼は炎門の守護者(レオニダス一世)。例え死地を前にしても臆することなく守るために命を投げ出せる英雄なのだ。

 

「彼らの首を差し出せと言ったな、エルキドゥ。ならばこう答えよう……来りて取れ(Μολών λαβέ)!」

 

灼熱の戦いが、今ここに切って落とされた。




明日からサンバですね。
クリスマスにサンバでサンタってもう訳わかんねぇな。
星5はいったい誰になるのか。サンバ・サンタの後ろ姿がすごく気になる今日この頃。
サンタは章ボスの女性キャラがなるものだと思ってたから、てっきりメディアかなと思ってたんですけどね。でもって一緒にイアソン参戦。

この辺りからエリドゥでのククルん戦まではネタが頭の中で溢れ返っているので早いとこ文章に起こしたいところです。


追記
ブラダマンテでしたね。そしてアナスタシアとワルキューレの礼装……よし、コンビニ行こう。

追記2
クリスマスはなかった。イイネ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。