Fate/Grand Order IF 星詠みの皇女 作:ていえむ
それはアナスタシアと再会してからしばらくしたある日の事。
最初の特異点へのレイシフトの準備が整い、カドックはブリーフィングのために管制室へと呼び出された。
待機している間、することがないから魔術の訓練をして欲しいという素人に付き合わされ、その自分以上の才能のなさにいい加減疲れ果てていたところであったため、今のカドックは普段の何割か増しでやる気に満ちていた。
あのド素人の面倒をみるくらいなら、きっと竜種とタップダンスを踊っていた方が何倍も気楽だろう。
そんな楽観が後悔に変わるなど露知らず、カドックは部屋で待っているであろうアナスタシアを呼びに廊下を駆けた。
ちなみにその三流魔術師はというと、付け焼刃は戦場では却って危険なのでダ・ヴィンチが作成した魔術礼装でサーヴァントのサポートをする事に落ち着いた。
本人的にはかなり落ち込んでいたが、あれはカドックの眼から見てもどうしようもなく才能がない。レイシフト適性を持ち、サーヴァントと契約して干乾びない程度の潜在魔力量を持っているだけでも奇跡の産物だ。
「ん?」
ふと足下を白い物体が駆け抜け、踏み潰さぬよう足を止める。
毛むくじゃらで犬なのか猫なのかわからない謎の生き物。
マシュ―――と最近はあのへっぽこマスターにも懐きだしたフォウという生き物だ。
2人以外には一切懐かないはずのその生き物が、不思議そうにこちらを見上げている。
(そういえば、こんなに近くで見た事なかったな)
いつもは近づけば逃げるし、足下や背後を駆け抜ける事はあっても向こうから寄ってくる事はなかった。
こんなにも近くで見つめあっているのは、意外にもカルデアに来て初めての事だ。
動物はそこまで好きというわけではないが、それでもその愛らしさに今なら頭を撫でられるだろうかと、邪な気持ちが芽生えてくる。
「カドック」
不意に横から声が聞こえ、フォウは驚いたように逃げ出した。
「アナスタシア?」
「何をしているの、呼び出しよ。人理を救うのでしょう? 貴方の足はお飾りかしら」
辛辣ながらも期待に満ちたアナスタシアの言葉を受け、促されるままに管制室へ向かう。
一度だけ振り返ったが、あの白い毛並みはもうどこにもいなかった。
フォウが何故、今日に限って向こうから近づいてきたのか。
どうして、今までは避けられていたのか。
彼がその真意を知る事はない。
そして、そんな事があったのだと思い出す暇もないほど、新たな特異点は波乱に満ちていた。