カーテンの隙間から春の陽射しが溢れる朝。階下からは忙しそうに動く足音と美味しそうな匂いがする。目が覚めたあかりはボーッとしながら壁に掛けられている時計に目線を移す。朝8時前。ついでに視界の隅にはまだ寝ているゆかりも写った。改めて姉弟と同棲していることを実感した。
やがて、階段を上がる足音が聞こえ、それはゆかりとあかりがいる部屋の前で止まった。
「おい起きろ。朝だぞ」
「ふぁ~い……」
「起きてるなら早く着替えてこい。朝食冷めるぞ。あとゆかりを叩き起こしといてくれ」
それだけ言うと、しおんの足音は部屋前から遠ざかっていった。
さて、叩き起こせと言われたが、これが中々の難題だった。ドア越しでは分からないだろう、今あかりはゆかりに抱き枕にされているのだ。あかりの銀髪の中に顔を埋め、首筋にかかる寝息がくすぐったい。正直ずっとこのままでいてほしくもあるが、お腹も空いてるし何よりのんびりしてるとしおんの機嫌も悪くなりそうだから何とかしなければ。
とはいえ、結構な力で背中側から抱き枕にされてはろくに体を動かせず、唯一可能な声出しも効果はなかった。これではもうお手上げである。結局痺れを切らしたしおんが再度部屋に来るまで為す術無しであった。ただ、密着されてたお陰で目は覚めた。すっごいドキドキした。
ゆかりは朝に弱い。小さい頃から髪を結わえてやるのはしおんの役目である。その光景をちょっと羨ましく思っていたら心を読まれたのか、お前の髪も結ってやるから来いと手招きされた。嬉しい反面いつも自分でやるより綺麗に速く終わって少しショック……。
「お兄ちゃん、かなり女子力高くない?」
「そりゃ俺が毎日の家事担当だしな。髪を結わえるのだって毎朝自分とゆかりの二人分やってるんだし、嫌でも高くなるだろうよ」
テキパキと朝食の片付けや掃除をこなす様はまるで主夫。ああ、このまま一生養ってもらいたい。
「ああそうだ。昨日聞き忘れてたんだが、あかりの洗濯物は俺のと分けた方が良いか?」
「ううん、一緒で良いよ。分けるの面倒そうだし私も特に気にしないから」
「年頃の女の子なんだから少しは気にした方が良いと思うんだがな。了解」
普通の一般的な男子学生ならあまり考えられないこと、かもしれない。しおんは中学生まで姉と同じ部屋で暮らしていたからか、女性の下着を見て興奮するということはない。ちなみにベッドもゆかりと同じだったから体に触れることにも多少慣れている。
「し~お~ん~!そっちはもう準備終わってる?」
もうすっかり目の覚めたらしいゆかりが2階から大きな声で聞いてきた。今していることは片付けに掃除。出掛ける準備自体はゆかりたちが起きる前から既に終わっている。
「こっちは終わってるぞ」
「じゃあちょっと手伝ってちょうだい」
「はあ?何をだよ」
「服が見付かんなくて。一緒に探してほしいの」
男の俺が手伝うような内容ではない気がするが、ご指名を受けてしまったし放っておく訳にもいかないか。
「だから昨日のうちに荷物まとめろって言ったのによ。あかり、悪いんだがこれ片付けといてくれ」
「はーい」
手に持っていたちり取りをあかりに手渡すと2階へ行ってしまった。なんだかんだ言いつつも姉を手伝う良い弟だ。時々どっちがお姉ちゃんなんだか分からないな、などと思いながら背を見送った。
受け取ったごみを捨てた後のあかりは何もやることがなくて、見たいわけでもないが朝のニュース番組をただ眺めていると、やがて足音と声が降りてきた。
「お待たせ~あかりちゃん。行こっか」
テレビを消して振り返ると、ニコニコしているゆかりと、帽子を深くかぶって不機嫌な顔をしたゆかり……もといゆかりの服を着ているしおんが降りてきた。
「あれ、お兄ちゃん着替えたんだね。可愛いし凄い似合ってるよ!」
「好き好んで自分から着るわけないだろ。ゆかりに無理矢理着させられたんだよ。服探してるって、俺に着させる服のことだったし、まんまと釣られたよ」
「だって~?きりたんちゃんがしおんの女の子の姿が見たいって言ってたんだも~ん」
「本人の意思はスルーかい」
「別に嫌がったりしなかったじゃない。つまりは良いってことでしょ」
「そうだな。抵抗しても無駄ってことは昔散々教わったからな。それにわざわざロングスカートを持ち出す辺り昔と違って他人を思いやる心も持ち合わせてるようだし」
ちょっとしたこだわり、しおんは人前に出るときは夏でも長ズボンを履くようにしている。何か嫌な思い出があるわけでもないが、あまり自分の足を誰かに見られたくないのだとか。ちなみに、去年とある事情でメイド服を着ていたのだが、あの時はスカートが短くて顔が真っ赤だったっけ。
「はあ。まあこれから学校の連中に会いに行くわけでもないしもうこれで良いよ。ほらさっさと行くぞ」
まとめた荷物を持って玄関へ行ってしまった。その間にゆかりはあかりに耳打ち。
「ああは言ってるけどね、最近は満更でもなさそうなのよね。可愛い可愛いって何度も言ってあげると照れるからね。相変わらず表情は分かりづらいけど」
「ほぇ~、そうなの?じゃああれは照れ隠し的な?」
「はーやく来い。何コソコソやってんだ、置いてくぞ」
「今行くってばー。……照れ隠しと言うよりは、昔ほど抵抗感が無くなった、かな?ほら、小学生の時のしおんは凄い嫌がってたじゃい?今は文句を言いつつも割りとすんなり着てくれるもの」
そこで一旦言葉を止め、ばつが悪そうな表情を浮かべ先を続けた。
「毎日毎日あんなことやって、あの頃は当たり前のように感じてたけど、男の子にとってあんな生活は本来ありえないのよね。今更感もするけど今後しおんが変な道に進まないかちょっと心配ね。……さ、行きましょ。ずんちゃんたちが待ってるわよ。あかりちゃんはそっちの荷物をお願い」
任された荷物を持って一緒にしおんの待つ玄関へ行く。ドアノブに手を置いて待っているしおんの目は早くしろと言いたげだった。
「ねえねえ、何でお兄ちゃんは外に行くときいつも帽子かぶるの?」
自宅から最寄りの駅まで向かっている途中、あかりは常に疑問に思っていたことを聞いてみた。
「ん、顔隠すためだ」
「顔を?」
「何もしないで外歩いてるといつもゆかりに間違えられるんだよ。いちいち訂正するのも面倒だから誰だか気付かれないように帽子をかぶるようになった、ってだけだ」
「あら、そうだったの?別にそのまま私のふりしてても良いのに」
「ほう?ありもしないことをさも事実のように言いふらしまくるかもしれんぞ?」
「へーきへーき。しおんならそんなことしないってちゃんと分かってるから」
「…………そう、かい」
言いふらしまくるぞ、と言ったときに見せた悪い笑みから一変、一瞬の沈黙の後、目をそらしながら答えた。その時に口角が若干上がっていたのをあかりは見逃さなかった。
「それで、帽子をかぶってからはもう平気なの?」
「いや、正直言って効果は微々たるものだな。顔を見られてる訳ではなさそうなんだが何故か声を掛けられる」
そのよ~く目立つ色をした長くて綺麗な髪を隠そうともしないからでは?とあかりは思ったが指摘はしない。
「いっそのことバッサリ髪切ろうかね。イメチェンでさ……」
「「それはダメ」」
しおんの言葉を遮って同時に却下。女性顔負けのサラサラでツヤツヤなその髪を切るなんてとんでもない。
「そんな即答するほどか?」
「当然でしょ。その髪がなかったらもうしおんじゃないわよ」
「いやどういうことだよ……」
そう返しながらも、見慣れている姿からべつの姿に突然変わったら違和感しかないからだろうなと頭で理解はしていた。しおんにしても、今さら髪を短くしたところで普段と違う感覚に戸惑うに決まっている。そもそもさっきのイメチェンの話は冗談で言ったものだ。本気で切ろうなどとは考えていない。
通学の時に使うことはない、自宅からの最寄り駅まではもうすぐそこだ。
「何駅だっけ?」
「7駅。大体30分ぐらいよ。向こうに着いたら後はずんちゃんが案内してくれるって」
土日のこの時間の電車は混んでるものだと思っていたが、運良くボックス席を確保できた。窓側に荷物とあかりを置いて姉弟は通路側に。
「それじゃあ俺は少し休むか。着いたら起こしてくれ」
「はいはーい。お休み」
帽子を目深にかぶり直し腕組みして座椅子に深く腰掛けると、すぐに微かな寝息をたてて眠ってしまった。
「お兄ちゃんって結構疲れてるんだね」
「まあ祝日でも朝6時には起きてるからね。今は寝かせてあげましょ。あかりちゃんも寝てて良いよ」
「ううん、平気。私は別に疲れてないしお兄ちゃんの寝顔を観察したいから」
「そう?間違ってしおんを起こさないでね」
それから目的地に着くまであかりは飽きることなくしおんの寝顔観察を続けていた。一方、ゆかりは手帳を取り出して、恐らく仕事に関する何かについて黙々と作業するのみで、時々会話はするものの30分のうちほとんどは静寂の間だった。
あかりの携帯のフォルダにしおんの写真がいくらか追加された頃、一行を乗せた電車が目的地に到着しようとしていた。
「そろそろね。起きて、しおん。もう着くわよ。あかりちゃんも準備してね」
「はーい」
「ん…………ぅん……」
準備といっても別に荷物を広げていたわけでもないから特にすることはない。携帯をポケットにしまうぐらいなものだ。しおんも姉と違い寝起きに強いタイプの人間なので手間取ることなくすんなり目覚めた。
降りた先は全員初めての土地。駅各所にある案内看板のお陰で改札までなら迷わずに辿り着けた。予定ではここから先はずん子が家まで案内してくれるはずだが、当のずん子の姿はどこにも見当たらない。
「居ないな。ずん子さん今どの辺?」
「あと……10分ぐらいだって。イタコさんのことで何かあったらしいわよ」
「ほーん。んじゃ適当に時間潰すか。そこの店で何か飲み物買ってくるよ」
「そう?じゃあいつもの水買ってきてね」
「あ、私は炭酸以外ならなんでも良いよ」
「はいよ」
改札や券売機前の人混みを避け、駅前広場の向こうにあるスーパーへ。初めてくる場所だがスーパー自体は全国に展開している大型グループのもの。店内に入ると聞き慣れた音楽がしおんを出迎えた。土地は違えど地元とこことで店内の展開図はさして変わらない。特に迷うこともなく、自分達用と土産用として大小計4本の飲み物をサクッと買って駅に戻ろうとした。が……。
「うわ……」
遠目だから確実ではないがゆかりが2人組の知らない人に絡まれている様だ。相手は女性だからナンパの類いではないだろうが、万一に備えて急いで戻った。
「俺、一般人なんだけどな……」
さっきの見知らぬ女性達を見送りながらボソリと呟いたしおん。
万一に備えたが結局杞憂で済んだ。さっきの人達はゆかりの純粋なファンであった。大事に至らなくてホッとしたのも束の間、ゆかりが丁度いいタイミングで戻ってきたしおんのことも紹介して、そうしたら何故かしおんも握手を求められた。無下にするわけにもいかないから大人しく応じたが、よくよく考えたら……いや、よく考えなくても一般人がすることではなかったな。
「ほら、お兄ちゃんは前にラジオに出てたから、もしかしたら一般人とは違うのかもね」
「コウさんのやつか?あれは1回ゲストとして呼ばれただけだろ。今の人が仮にあのラジオを聞いてたとしても、俺を有名人の様な扱いは普通はしないと思うんだがな」
「ラジオに出た時点で世間は芸能人だと認識したんじゃない?それに私似の美人顔だから余計そうなのかもね」
「そうかい。そりゃはた迷惑な話だな。男で美人顔とかツンデレ属性のオッサン並に需要ないと思うんだがね」
何か自分もバカにされた様な気がしたゆかりは反論しようと口を開いたが、それと同時にずん子が向こうからやって来たので言うのをやめた。
「おーい。ゴメンね、遅れちゃった」
「ううん、大丈夫よずんちゃん。そんなに待ってないから」
その辺のカップルが言いそうなやり取り。別にこの2人が付き合ってるとかそういうことはない。
「今日のし~くんはし~ちゃんなんだね」
「まあ……色々あってな」
「ふふ、良く似合ってるよ。それじゃあ、きりちゃんが待ちくたびれてるから行こっか」
ただ笑うだけでも、その一挙手一投足に人を魅了する何かがある。おしとやかさ、だろうか。うちの姉とは大違いだ。
しかし、ずん子はこれでも交際経験が無いというのが驚きだ。確かに彼女の姉と妹はシスコンが入っているし、ずん子に恋人なんて出来た日にはその恋人さんが大変な目に遭いそうなものだが……ああ、だからか……。
先頭で3人を先導するずん子に親近感を感じながら、初めて東北家へ向かうしおん。久々に楽しそうな1日になりそうな気がした。
作者が自分のやりたいように書き連ねているだけなので、進行が遅かったり早かったり、表現が伝わりづらかったりくどかったりするかもしれません。まあ、そんなこともあるよね?(毎度投稿するとき緊張してるのは内緒)