犬山さんちのハゴロモギツネ   作:ちゅーに菌

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他のサブタイトル
羽衣狐(へべれけ)

皆! 温泉回だよ!

当初はアニメ通り、鏡爺編をお送りする予定でしたが、私のスマホが荒ぶり、鏡爺のお話の書き溜め(約7500字)だけを消し去るという暴挙に出たので、予定を変更して先に七不思議のお話をやることにしました。そのせいでモチベーションが爆破されて遅れたりもしました。超許して!(喀血) そのため、今回はプチ増量で12000文字程です。


羽衣狐(温泉)

 突然だが美味しいと思ってもらえる料理をする上で大切なことは何であろうか?

 

 良い食材? 正しい工程? 高価な調理道具? 本格シェフの隠し味?

 

 色々あるが、よく言われるのはやはり愛情であろう。新婚ホヤホヤのカップルが"この料理にはいーっぱい愛情がつまってるんだよぉ♪"等というアレである。

 

「愛だねぇ、幸せだねぇ」

 

 ハッキリ言うが、そんなものはない。萌え萌えキュンキュンしたところでオムライスの味は変わらないのである。変わってたまるか。

 

「現実を叩きつけないでよぉ……いや、そうじゃなくてちょっと待ってよ」

 

 そもそも30分以内で料理を作れるのが望ましいとも言われるが、それは主婦目線の楽的なお話でありそんなことはない。仮にその辺のラーメン屋にある一杯650円のラーメンを作るとしよう。だし汁だけですらいったい何時間掛かっていると思っているのか。食べるのは10分掛からずとも作るのはそんなものだ。

 

「なにこの娘、昨日の夜に突然私のお部屋に来るなりカレー作り出して、奈落の底みたいな瞳をしながら無言で数時間煮込んでると思ったら急に語り出してこわい」

 

 とはいえ、愛情というものは大いに必要だと私は考える。まあ、愛情という名の"手間"のことであるがな。手間を掛ければそれだけ料理は美味しくなり、そして誰のために手間を掛けるかといえば食べてくれる人のことを考えているからこそだ。

 

「ねぇ……ハロハロちゃん?」

 

 うふふ……材料はありふれた物を使ったが、ひとつひとつの工程や下味、煮込み時間etc。細か過ぎるまでの拘りを経て完成したこのカレー。手間を惜しむことなく作った私の渾身のカレーである。

 

 ちょっと味見……よし! とってもいい味! 更に翌日は倍美味しくなる魔法のカレーだ!

 

 まあ、私としては何故か寝かせたカレーよりも作りたてのカレーの方がなんとなく美味しく感じるんだが、それはそれだろう。

 

「現実逃避は済んだ?」

 

「………………うん……」

 

 現在、私はおっきーのいる姫路城の天守閣に転がり込んでいた。

 

 何故天守閣に電気ガス水道が普通に通っているのかは永遠の謎であるが、キッチンがあるので夕方から今までずっとカレーを煮ていたのである。

 

「それでどうしてこうなったのさ? こんなハロハロちゃん見たことないよ?」

 

「うん、実はね……」

 

 私は震える手と心を抑えながら精一杯の言葉を絞り出した。

 

「まなに嫌われたの……」

 

「へ……?」

 

 では説明しよう――。

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

『まなー、まなー』

 

 あれは忘れもしない昨日の夕食後。

 

 私はすっかり最近の日課になった通りまなの部屋に行っていた。お姉ちゃんはまな分を定期的に摂取しなければ死んでしまう身体にされたのです。朝、夕、夜の三回は必要なのです。

 

「拗らせてるなぁ……」

 

 なんと言われようと知らないったら知らない。そうしてお前のような奴らが、ガリレオ・ガリレイに石を投げたのだ。

 

『まな!』

 

 お風呂上がりでベッドに寝転びながら携帯電話を弄っていたまなを見つけた私は、まなを尻尾でくるんで持ち上げて抱き寄せた。

 

「………まなちゃんが男の子だったらタマモッチみたいになってたんだろうなぁ……」

 

 タマモッチが誰だかはよく知らないが、きっと愛に生きた素敵な方だろうと好意的に解釈しておこう。

 

 そうして、ほかほかなまなを胸で抱えて尻尾でうりうりしていたらちょっと嫌そうな目になったまなはこう呟いたのだ。

 

『お姉ちゃん……暑苦しい!』

 

 私の心に杭を突き立てられたような衝撃を受けたのである。

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

「そうして、その衝撃に耐えきれず、もうおっきーみたいに引きこもりたいと思っておったら、自然と足がお主の元へと向かっておったのじゃ」

 

(話聞くの止めようかな……というかそれだけかい……)

 

 この娘、話を聞いて欲しいのか、喧嘩を売りたいのか、私をいじめたいのかどれなのよ……。いや、たぶんどっちもなんだよね……うん。ちなみに喧嘩を売りたいのはハロハロちゃんの標準装備だね。

 

 いったいどうしたものかと考えていると、ハロハロちゃんはいそいそと尻尾からバスタオルと、ハンドタオルと、石鹸、アヒルの浮かぶ玩具を取り出し、最後に取り出した風呂桶に全部入れた。

 

 よく見たら石鹸には超自然的!生分解性石鹸!と銘打たれているみたいだね。

 

「カレー臭くなったから風呂入ってくる」

 

「え、うん……」

 

 どんだけ自由人なのこの娘……いや、知ってるけどさ。けどさ……。

 

「案ずるな。鬼太郎らに会うかもしれんから近場は使わん。妖怪城を使ってそこそこの秘湯まで行くとする」

 

 そういう心配してるんじゃないんだよなぁ……まあ、いいけどさ。そういう自由さがハロハロちゃんのいいところでもあるし。

 

 更にハロハロちゃんは尻尾に手を突っ込むと、どう見ても仮装ではなくて本物のカラスの嘴が付いたような真っ黒い仮面(ペストマスク)を取り出して顔に被り、この前に妖怪城の騒動の時に着ていたシスの暗黒卿みたいな服装になった。更に今度は確りと黒い手袋もしている。

 

「羽衣狐ばーじょんつーじゃ」

 

「いや……悪化してね? なんで露出度下がってるのさ?」

 

 私の呟きを無視してハロハロちゃんは、天守閣の窓に足を掛けて大きく伸びをしていた。

 

「カレーは置いていく。呪術で傷むことのないようにもしておいたからのう。全部食べるのじゃぞ」

 

 あ、うん。ハロハロちゃんのご飯は星持ってる店の料理よりも美味しいから別に――。

 

 私はキッチンに置いてあるラーメン屋にあるような巨大な鍋に目が向き、現実を受け入れることを拒否した。

 

「やばたにえん」

 

………………………………。

…………………………。

……………………。

………………。

…………。

……はっ!

 

「って、そんなこと言ってる場合じゃないし!? え? ちょっと待って……? ひょっとしたらそれこの40Lの寸胴鍋いっぱいのカレーのこといってないよね? ね? ねえ!?」

 

(このままじゃ、カレーライスをおかずにカレーうどんとカレーピラフを食べる人みたいになっちゃう!?)

 

 私の悲痛な叫びと思いを蹴って、ハロハロちゃんは温泉に向かって既に飛んで行っていた。

 

 チクショウ……あいつ本当にカレーおいていきやがった!? ひとでなしー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 私は妖怪向けの混浴温泉に浸かりながら何を考えるわけでもなく星を眺めていた。流石に奥山にある妖怪の温泉施設ということもあり、中々綺麗な星空が見える。

 

「お星さまになりたい……」

 

 大きな星がついたり消えたりしている……あっはは。あぁ、大きい! 彗星かなぁ? いや、違う。違うな。彗星はもっとこう……バァーッて動くもんな! 暑っ苦しいなぁ。あ、温泉だったわここ。後、まなに暑苦しいって言われたんだったわ、つらい。

 

 あー……まなになんて言えばいいのかなぁ……。

 

「あの……隣いいですか?」

 

 そんなことを考えていると声を掛けられたので、そちらへ向くと烏の羽根のようにしっとりとした肩に掛かるぐらいの黒髪に、睫毛がパッチリとした紫色の瞳をした大層美人な少女がいた。

 

 妖怪だということは一目見ればわかるが、それにしても美人だ。見たところ、亡霊の妖怪故にこれ以上成長しないことが、悔やまれるといったところだろうか。

 

「真面目じゃな。わざわざ声を掛けんでもいいというのにのう。もちろん、よいぞ」

 

「し、失礼します……」

 

 私は返答しつつ彼女に手招きをした。

 

 今私が一人で入っている温泉は、少々狭めな二人掛けであり、底からガスが沸く温泉だから彼女は声を掛けてきたのだろう。多少鼻につく独特な匂いを気にしなければ天然のジャグジーのように思えなくもない。

 

 ちなみに今の私はペストマスクだけを着けてバスタオルを纏っただけである。着込んできたはいいが、温泉に入るには全くの無駄であったことに気がついたのは脱衣スペースに来てからであった。私って、ほんとバカ。

 

 まあ、髪はお団子にしてあるので万が一顔見知り程度が見ても気づかないだろう。意外と顔がわからないだけでも本人だとは断定しにくいものである。知り合い程度の浅い関係ならば尚更だ。

 

 彼女は私の隣に座った。

 

「………………」

 

「………………」

 

 ゴポゴポゴポ

 

「………………」

 

「………………」

 

 ごぽごぽごぽ

 

「………………」

 

「………………」

 

 き、気まずい……なんだこれ。その上、彼女の様子がなんというか大分暗く感じたのである。何か悩みを抱えているのは一目瞭然と言えるだろう。

 

 ちなみに夏目友人帳程ではないが、被り物をしている妖怪は結構いるため、特に怪しがられることもない。

 

「のう、童っ子よ? 何か煩いがあると見えるのう」

 

「え……?」

 

「よければ妾に話すがよい。こう見えても1000年以上生きておるし、子供を産み育てたこともある」

 

「そっ……そうなんですか!?」

 

 何やらとても驚かれた。まあ、見た目は高校生から20代前半ぐらいにしか見えないので仕方あるまい。実際肉体年齢はその通りだしな。

 

「ほっほっほ、お主からすれば母親……いや、老婆のようなものじゃろう。人生経験だけは無駄に豊富じゃ」

 

「じゃ、じゃあよろしくお願いします……」

 

 彼女はペコリと頭を下げた。うむ、いい娘だということが滲み出ている。

 

「妾は"葛の葉"というしがない妖狐じゃ。お主は?」

 

 羽衣と名乗るのもアレなので、専ら妖怪に大っぴらに善行をする時はコチラの方の名を使っているのである。

 

「"花子"と申します……」

 

 花子……? トイレの花子さん……?

 

 マジかよ。こんな娘がトイレの花子さんなら私、週5でトイレに籠るわ。

 

 それにしても、一番気になったことなのだけど……。

 

 私は花子さんが湯船に持ち込んでいる携帯端末もといスマートフォンと呼ばれている物体をちらりと眺めた。

 

 今はトイレの花子さんすらスマホを持つ時代なのか……。

 

 なんだか、カルチャーショックを受けたような気分になりながら私は花子さんの話を聞くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 花子さんの悩みを聞いたところ、ヨースケくんとかいう男子トイレの妖怪にストーカーされていることであった。しかも話を聞く限り、かなりディープなストーカーらしい。

 

 元男性であった私としては非常に頭の痛い話である。

 

「違うのよ花子ちゃん……いや、違わないけど……男っていう生き物は好みの女にちょっと優しくされると、もしかしたら気があるのかなとか、彼女になってくれるかも知れないとか思っちゃったりして、頑張って告白したら"そもそも誰?"とか言われながらものの見事に玉砕した挙げ句、クラスメイトに暫く弄られ続け、告白した娘との関係もギクシャクし続けて、結局卒業するまで何とも言えない状況が続いて――」

 

「く、葛の葉さん……?」

 

 いかん……ちょっと前世のトラウマが刺激されてトリップしてしまった……。こんなときは中学生の制服姿のまなでも思い浮かべよう………………よし、和んだ。

 

 人間、恩や約束は直ぐに忘れるクセに、苦痛や辱しめられたことはいつまでも覚えているものである。精神までほぼ女になった上、1000年以上経っても忘れられないのだからな……。

 

 まあ、私が言い掛けたことは、男子が女子に告白する場合、出来るだけ卒業間近とかにした方がいい。学業中に告白するなんて拒否られればその先は地獄だぞ。といった厭離穢土であるが、花子さんには何も関係がないことなので飲み込んだ。

 

「おほん。それはヨースケくんがほぼ悪いが、お主にも問題はあろう」

 

「え……?」

 

 "無論、九割九分九厘はヨースケくんが悪いがな"と付け加えつつ更に言葉を続けた。

 

「その様子だと、ヨースケくんを避けるばかりで、面と向かって振ったり、止めて欲しいと言ったことはないか、言っていたとしても注意程度じゃろう?」

 

 まなから逃げて、おっきーのところに上がり込んで、温泉に来ている私が何をいっているんだと思わなくもないが、今は気にしないでおこう。

 

「だ、だって気持ち悪いし……」

 

 ……ひょっとしたら前世の私もナチュラルにそのように思われていたのだろうか? そう考えると夜も眠れなくなりそうなので考えるのを止めた。

 

「それではいかん。ヨースケくんは妖怪としては日も浅い新米の妖怪じゃ。ならば誰かに恋をしたのも初めてかもしれぬ。ならば強引にでもそれを終わらせてやらねば酷というものじゃ」

 

 そう、告白して酷い振られ方をしてもそれは社会勉強だったといえるんだ。いえる……いえ……いえるんだよ! そう思わなきゃやってられねーよ"俺"だってなぁ!? 俺だってなぁ!?

 

 ………………ふぅ。ランドセル姿のまなを思い出して落ち着いた。どうやらこの話題を思い返すことは私にとってあまりよろしくないらしい。

 

 なんだか、一瞬、乙女になる前に戻ったような気がしますけど、気のせいでしょう。私は犬山乙女。犬山まなの姉。俺とかいわないのよ。

 

「蒔いた種は刈らねばならぬ。善意とはいえ、お主が切っ掛けじゃ。少なくとも狂う前のヨースケくんはそこまでのことをするような者ではなかったのじゃからな。醒めない夢を見続けさせることがお主の本意ではなかろうて?」

 

「それは……そうですけど……」

 

 だからこんなこと言い出しているのは、決して前世のトラウマを想起させた花子さんへの当て付けではありません。ええ、ありませんとも。

 

………………ふぅ。スモック姿のまなを思い出して落ち着いた。私が聞き出したからには真面目に対応しなければならないな。次に思い出すのはまなの産着になってしまいそうだし。

 

「心配だというのなら……ほれ」

 

「え……?」

 

 私は自分の携帯電話をペストマスクの嘴の部分から取り出した。む? よく見たら私の機種より花子さんの機種の方が新しい奴じゃないか。進んでいるなぁ……。

 

「妾と連絡先を交換せぬか? 直ぐに答えが出る話でもなかろうて。相談相手ぐらいにはなってやれるぞよ」

 

 そういうと花子さんは、少しだけ悩む素振りの後、お願いしますという言葉と共に私とSNSアプリで連絡先を交換した。こんな時のためにだいたいのSNSでクズノハという名のIDも持っているので安心である。

 

「まあ、安心せい。消えて欲しい程ヨースケくんがウザいと思うのならば、その時は妾が少し懲らしめてやろうぞ」

 

「葛の葉さん……どうしてそこまで初対面の私に良くしてくれるんですか?」

 

「なに、袖振り合うも他生の縁じゃ。ふむ、それでも理由が欲しいというのならそうさな。お主が烏の濡れ羽色で器量のよい娘だったからじゃ。ということにしておけ。妾は(おのこ)よりも女子(おなご)の方を好いておるからのう」

 

「ふふっ、なんですかそれ」

 

 割りと本気だったりするが、それを本気だと思わせないのが、大事なのである。

 

 そんなこんなで、その後は花子さんがこの風呂から上がるまでの間、他愛もない話や、最近の人間の流行等の話をして過ごした。

 

 その結果、花子さんはまなの中学校に住んでいることがわかった。世界って狭いなオイ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 花子さんがいなくなってからまだ私は同じ風呂に入って星を眺めていた。

 

 さながら私は星をみるひとだ……この話題をしているとふっかつしゃにエンカウントしそうなので止めよう。いや、ここは妖怪だらけなので、似たようなのは一杯いるけど。

 

「隣いいですか?」

 

「どうぞどうぞ!」

 

 また、声を掛けてきた者がいたので返事をした。おっきーの声真似で返事をしたのだが、それが似ているかどうかをわかる者は、天のみぞ知るといったところだろう。

 

「お前……」

 

「んぅ?」

 

 私は突然のお前呼びによって顔をそちらに向けた。いや、それ以前になんかこの声に聞き覚えがあるよう……な……。

 

 そこにいたのは目が半分髪で隠れた少年――鬼太郎と、それに付随している目玉のおやじであった。

 

「羽衣狐……か?」

 

「な、なんと……このようなところに……」

 

「やばたにえん」

 

 なんということでしょう。わざわざ鬼太郎らに会わないようにと、遠くの温泉施設を選んだにも関わらず、何故かエンカウントしてしまいました。これには私も思わず、匠の遊び心(神の悪戯)を感じずにはいられません。

 

 ちょっとのぼせてきたのか思考がおかしくなっている気がしないでもないが、仕方なかろう。緊急事態である。

 

「まあ、待てお主ら」

 

 とりあえず、即臨戦態勢になりそうな鬼太郎を止めるために言葉を掛けることにした。私は基本的には非暴力なのである。ことなかれ主義なのである。

 

「話せばわかる」

 

 いやこれ、ダメだった人の台詞じゃないか。私は直ぐに次の言葉を吐き出した。

 

「妾は見ての通りじゃ。娯楽施設でまで荒事を持ち込もうとは思わんさ。それとも何か? お主は白い鳩のように無力で無抵抗な妾に乱暴を働く気かえ?」

 

 薄い本(ソリッドブック)みたいに! 薄い本(ソリッドブック)みたいに! と、おっきーに対してならば続けて言っていたが、鬼太郎なので流石に止めておいた。代わりによよよ……と声に出しながら泣き崩れておく。一昔前ならば傾国の美人と謳われた妾の演技力は伊達ではない。まあ、マスクのせいで顔はアレだが、体つきは我ながら極上モノである。

 

「コイツ……減らず口をッ!」

 

「ま、待つんじゃ鬼太郎! 羽衣狐の言わんとしていることはわからんでもない! 言っていることは正論じゃ!」

 

「それが返って癪に触るんですよ父さん!」

 

 うーわ、多分これ目玉のおやじいなかったら私、指鉄砲とやらの的にされていたかも知れないな。

 

 少し戦々恐々としながら暫く二人を眺めていると、何やらこそこそと私に聞こえないように話始めた。

 

 ふむ、私のこの地獄耳(ハゴロモイヤー)を舐めないで貰いたい。私は耳をぴょこんと出した。みこーんでも、みこーんっ!でもなくぴょこんと貞淑かつ静かに出すのがポイントである。

 

 

(鬼太郎よ。これはまたとないチャンスじゃ。見たところ本気で羽衣狐が悪事を働く様子はない。あの羽衣狐から何らかの情報を聞き出せるやも知れぬぞ?)

 

(しかし、父さん。相手はあの羽衣狐ですよ。戦ったからわかります。アイツは他者を見下して嘲笑うような奴ですよ。言葉を鵜呑みにするのはあまりに危険なのでは?)

 

(だからこそじゃ。言葉すら聞かぬのでは奴のことは何もわからん。疑うだけでは何も生まれず、かといって信ずるだけでも何も見えぬ)

 

(それはそうですけど……)

 

 

 妖怪に対して私がどう思われているかはよく知っているが、私はアレか。悪魔か何かなのだろうか。そういえばおっきーがライブの時に私を悪魔と言っていた件についてお仕置きがまだだったことを思い出した。後でシメておくとしよう。

 

 ああ、持って来たアヒルさんをまだ浮かべていなかったな。

 

 私はペストマスクの嘴から黒いアヒル隊長を取り出すと、一度鳴らしてから湯槽に浮かべた。うん、かわいい。

 

「………………」

 

「………………」

 

 いつの間にか話し合いが終わっていたのでそちらに向くと、鬼太郎と目玉のおやじが何とも言えない目で私を見ていた。

 

「なんじゃお主ら。見世物ではないぞ」

 

「いや……本当にあの時の羽衣狐なのかと」

 

「失礼じゃな」

 

 まだまだ私はシラフだぞ失礼な。

 

 私はペストマスクの嘴から瓶のスタウトビールを取り出して、それを煽った。私が持つ全ての変装用のマスクには妖術が掛けられており、何らかの効果と共にマスクを外さずとも、飲み食いが出来るようになっているのである。

 

 ん? タバコはまなに止められているのに酒は飲むのか? はんっ! お酒はまなに止められてないもーんねー!

 

「完全に出来上がっておるな……」

 

「この酔い方……鬼に通じるものがありますね」

 

 ちなみに私が飲み始めたのは、花子さんが来るより前からである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「………………」

 

 羽衣狐の隣で鬼太郎らが温泉に浸かってから数分の時間が経ったが、互いに何が話を始めることはなかった。というよりも互いに話を切り出すのを待っているように思える。

 

「……何故妾だとわかった?」

 

 先に話を始めたのは羽衣狐の方がであった。それに鬼太郎は当たり前だとでも言いたげな様子で答える。

 

「お前の妖気なんて1度見たら向こう100年は忘れられそうにない」

 

 のぼせてなのか、酒のせいか、羽衣狐からは少しだけあの黒々とした妖気が溢れていた。鬼太郎らが気がつくのも無理はないというものだ。

 

「抜かったな……」

 

 羽衣狐はポツリと呟き、ビール瓶を煽った直後、その妖気はまるで始めから何もなかったかのように霧散する。

 

 最早、鬼太郎から見ても珍妙なマスクを着けた色白の女にしか見えなくなり、そのあまりにも高度で繊細な妖狐らしい"化ける"という行為に思わず目を見開く程だった。

 

「全く……妾は傷を癒している最中だったのじゃがな」

 

(傷……湯治に来ているのか? すると……)

 

 鬼太郎は初めて羽衣狐と会った妖怪城での出来事を思い浮かべた。その時に自身が投げた四尾の槍が羽衣狐に突き刺さった光景を思い出す。

 

「そんなに深い傷だったのか?」

 

「それはもう、久々に貫かれたぞ」

 

 羽衣狐は親指と人差し指でわっかを作り、逆の手の人差し指でわっかの真ん中に出し入れした。ご丁寧にシュッ、シュッという擬音付きである。

 

 完全にセクハラオヤジのそれである羽衣狐のジェスチャーの意味は、鬼太郎にはよくわからなかったが、鬼太郎が付けた傷が今の今まで響いていると思うと、少しだけ心どこかでスッとしていた。

 

「まあ、よい。躓く石も縁の端よ。ここで出会ったのも何か意味がある。そう思う方が粋であろう?」

 

 そう呟きながら足を組みつつ短く溢すように酒気混じりの吐息を吐く羽衣狐は、これまでの様子が嘘のようにただの人間や妖怪から見れば異様な程に妖艶に見えた。

 

 それから羽衣狐は星を眺めながら時おり酒を煽りつつ何をするわけでもなく、温泉に浸かっていた。

 

(羽衣狐に聞きたいことか……)

 

 鬼太郎はそれを思い返す。悪逆無道な妖怪であることは今さら掘り返すことでもないため、妖怪城の件は特に聞くこともない。

 

 少しだけ考え込んでから鬼太郎は口を開いた。

 

「おい、羽衣狐」

 

「んぅ……なんじゃ?」

 

「どうしてお前は見上げ入道が悪さをしていた時に僕らを助けた?」

 

 その疑問をぶつけた瞬間、羽衣狐は止まったように見えた。しかし、数秒のうちに再び動き出し、やや重い口を開く。

 

「そんなもの決まっておろう? 人間を助けるためじゃ」

 

「ふざけているのか……?」

 

 しかし、今の羽衣狐にそういった素振りはない。表情は奇妙なマスクで見えないが、その雰囲気からは本気で言っているという様子が伝わり、鬼太郎の言葉は尻すぼみになった。

 

 羽衣狐は一本の尻尾を出すとそこに酒瓶を放り込むことで片付け、尻尾を引っ込めてから再び言葉を吐く。

 

「5万人。あのドームの最大収容人数じゃ。あの時はほぼ満員の客がおった。その状態で適当に見上げ入道を葬ってみよ。黄泉送りにされておった5万人近い人間が丸々戻ってこないかも知れぬ。そんなもの責任持てぬわ。だから居合わせたが、静観しておった」

 

「………………」

 

「………………」

 

 余りにも真っ当過ぎる意見に鬼太郎と目玉のおやじは顔を見合わせる。その最中にも羽衣狐は次々に言葉を紡いだ。

 

「あれは全国から来た人間じゃったが、あの街の人間は特に多く会場に集められておった。アイドルのライブということもあり、特に若年層を中心として集まる。仮に5000人の若者がひとつ街から消えてみよ」

 

「それは……」

 

 大惨事。それに尽きるだろう。羽衣狐は鬼太郎から目線を変え、目玉のおやじの方へと顔を向けた。

 

「おい、目玉のおやじ」

 

「わ、ワシか?」

 

「お主は鬼太郎が突然、行方不明になったらどう思う? 悲しいかどうか、仕事が手につくかどうかじゃ」

 

「……それは無論、心配になるじゃろうな。到底仕事どころではない」

 

「そうさな」

 

 すると羽衣狐は小さく溜め息を吐き、天を仰いだ。その様子は何処か遠くを見つめているように鬼太郎は感じた。

 

「人間はのう。一人身も少なくはないが、多くは家族じゃ。ましてやあの街は住宅地が多く、世帯の数は考えるまでもない。そして、その中で子が消えれば親はどうなる? 街はどうなる?」

 

 羽衣狐は水面に浮かぶ黒いアヒルを持ち上げると、軽く潰した。それによってアヒルから気の抜けた音が響く。

 

「それは良くない。妾はのう。人間の街が好きじゃ。そうでなければ好き好んで人間に隠れて生きるものか。何事にも秩序は必要じゃ」

 

「………………」

 

 鬼太郎は言葉には出さなかったが、己の羽衣狐の印象が少しだけ、良いものへと動くのを感じた。

 

 まあ、元々が血も涙もなく、無差別に妖怪を貪り喰らう怪物という印象であったため、真っ当に話し合いになるだけでもそのように思うであろう。

 

 そして、羽衣狐の意外な今の様子と発言から考え、鬼太郎は妖怪城での羽衣狐の行動を思い返し、咄嗟に口を開いた。

 

「まさか……妖怪城の時にお前は子供達を助――!?」

 

 そこまで鬼太郎が言ったところで羽衣狐から小さな何かを軽く投げられ、それを片手で受け止めたことで言葉を止められる。

 

 そして、羽衣狐の方を見ると温泉の石に肘を立てながら、いつか見たように相手を見下すような態度だった。

 

 更にどす黒く全てを塗り潰し、鉛のように重く鈍く、大蛇のように捻れうねる余りにも暗く邪悪な妖気が辺りに漂う。それは見ただけで、敵だと認識するに余りあるものだ。

 

「くくく……思い上がるなよ青二才(ひよっこ)。簡単に妾の腹芸に踊らされるようではまだまだじゃ。くれぐれも詐欺には気を付けた方がよいぞ?」

 

「お前……っ!」

 

 鬼太郎は少しだけでも羽衣狐を信じ、好意的な解釈をしようとした己を恥じ、羽衣狐へ怒気を孕んだ妖気と視線を向けた。

 

 それを受けても羽衣狐はどこ吹く風であり、何が楽しいのかか細い笑い声を漏らしている。

 

「今宵は中々の余興だった。それは妾からお主への細やかな贈り物じゃ」

 

「なに……?」

 

 鬼太郎は手の中のモノに目を向けた。

 

 そこにはカメラのフィルムケースのような形と大きさをした黒い筒があった。よく見れば筒の側面にびっしりと術式が刻まれており、術式は淡く青い光を放っている。見るものが一目で呪具か何かの類いだとわかるだろう。

 

「なんじゃこれは……?」

 

 全く見覚えのない物体に目玉のおやじも頭を捻った。

 

「ささやかに妖力を産み出す妾の尾の毛を閉じ込めて作った呪具じゃ。それの蓋の部分を押すと、丁度5秒後に中の妖力が弾け、光と音を放つ。妾の狐火と遜色ないぞ?」

 

「アレか……」

 

 鬼太郎は羽衣狐から受けた狐火を思い浮かべ、なんともいえない表情をする。

 

「再使用に1日程時間を要するのがたまに傷じゃがな。それ以上、毛を詰めると定期的に使用せねば勝手に爆裂してしまうので仕方あるまい」

 

「……返す」

 

 そういって羽衣狐に突き返そうとした鬼太郎だったが、隣を見ても羽衣狐が居ないことに気がついた。

 

「羽衣狐……?」

 

「どこにもおらんようじゃ」

 

 辺りを見渡すが、羽衣狐の姿は始めから何もなかったかのように影も形もない。湯槽に浮いていたアヒルの玩具すらいつの間にか消えていた。

 

 しかし、鬼太郎は微弱な羽衣狐の妖気がまだ残っていることに気がつき、警戒を緩めないでいた。

 

『鬼太郎よ。これだけは肝に命じておけ』

 

 すると鬼太郎の脳裏に直接言葉が思い浮かぶ。文字として浮かんだだけにも関わらず、何故か鬼太郎はそれを羽衣狐のものだと理解することが出来た。

 

 目玉のおやじにも聞こえているらしく、鬼太郎が目玉のおやじに目配せすると静かに頷いていた。

 

『力に善きも悪しきもなく、ただ愚直に振るわれるだけじゃ。故に何に力を使うかが善悪の分かれ目となる。単純なことじゃが、それを人も妖怪も直ぐに忘れおる。お主は賢く正しい。努々忘れぬようにな』

 

「何を言って……」

 

 その文はこれまでの羽衣狐の態度とは異なり、まるで鬼太郎のために言い聞かせている母親のような様子に感じた。疑問や現象の理由よりも先に突如、様変わりした羽衣狐の様子に鬼太郎はただ困惑する。

 

『それともうひとつ。嘘つきの大先輩からの助言じゃ。嘘を相手に信じ込ませるコツはのう。話に"(から)"と"(まこと)"を織り混ぜることじゃ。特に真に虚を絡めるとよい。ではな』

 

 まるで悪戯好きの子供のように鬼太郎は感じた文章を最後に微弱な羽衣狐の妖気さえも消える。今度こそ、羽衣狐は居なくなったのであろう。

 

 それを確認した鬼太郎はポツリと呟いた。

 

「わかりませんでした……アイツの目的も、何を考えていたのかも」

 

「そうじゃな……いったい羽衣狐は何を想い、何のために生きているのであろうな」

 

 鬼太郎は手の中にある羽衣狐の呪具を見つめたが、怪しく光るそれから答えが出ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(お姉ちゃん……帰って来てないなぁ……)

 

 図らずも猫姉さんと学校の七不思議のゴタゴタを解決してしまった日の朝。私はお姉ちゃんの部屋でお姉ちゃんの帰りを待っていた。

 

(まさか何気なく暑苦しいって言っただけで、ガラスの仮面みたいに驚いた顔になって居なくなるなんて……)

 

 我が姉ながらあんなに簡単に凹むなんて思いもしなかった。乙女姉の時はそんなことなかったから、羽衣姉の時だけあんな感じなのかもしれない。

 

(ひょっとしたらお姉ちゃんは羽衣狐として人と接したことがあんまりないのかも知れないなぁ……)

 

 でも前回とは違って、おっきーさんのところにいるって通知がおっきーさんから来たから大丈夫だと思う。朝には帰るだろうともあったし。

 

「ただいまなー!」

 

「わっぷ!?」

 

 突然、背後から衝撃と、背中に当たる2つの大きな感触を感じた。こ、この感覚と声は……。

 

「お、お姉ちゃん!?」

 

「お姉ちゃんだぞー、羽衣姉じゃぞー、乙女姉よー」

 

 そう言いながらお姉ちゃんはカラカラと笑っていた。

 

 私はお姉ちゃんが帰って来たことよりも、出て行った時とまるで様子が違うことに何よりも驚いた。それにお姉ちゃんにしては明る過ぎていたし。

 

(ん……?)

 

 そう考えながらお姉ちゃんに思考を巡らせていると、あることに気がついた。

 

「お姉ちゃん……顔赤いというか酒臭い?」

 

「さっきまで呑んでおったからのー」

 

 ブチりと私の中の何かがキレた。

 

「羽衣姉……」

 

「んぅ?」

 

「煙草と一緒に成人するまでお酒も禁止ね」

 

「ほぁ? 」

 

 それを聞いたお姉ちゃんの顔はみるみる青くなっていき、わなわなと震え始めた。

 

「待てまなよ! 話せばわかる! わかるのじゃ!」

 

「わかんないよ! うがー!」

 

(こっちはそれなりに心配してたんだからねー!)

 

 その後、お姉ちゃんは禁煙に引き続き禁酒になった。お姉ちゃんはまた真っ白になってたけど知らないったら知らない!

 

 

 

 




これを鬼太郎の七不思議のお話の回と言い張る勇気。




~Q&Aコーナー~

この場所では、友人や感想で書かれた細やかな疑問を解決します。では今日はひとつだけ。

Q:なんでぬらりひょんの孫でやらなかったの?(友人)

A:登場人物が多過ぎる上、ロシア文学やBLEACH並みに登場人物の役割を分割したり使い捨てたりしているため、ちょっと把握とか小説内でのキャラ立てが作者の力量ではインポッシブルだと考え、よって作者にぬらりひょんの孫を原作にした二次創作は不可能だと思います。
逆に鬼太郎は1話読み切りが基本なので超書きやすいです(小声)

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