犬山さんちのハゴロモギツネ   作:ちゅーに菌

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どうもちゅーに菌or病魔です。

何度か書いて書き直してを繰り返して、本当にこれでいいかと何度も考えたのですが、作者のカニミソではこれ以上絞り出せなかったので投稿しました(カニミソは脳ではない)。


羽衣狐(狸) 後半

 全ての窓ガラスの割れた高い高層ビルのみが建ち並び、最早、廃墟街といっても過言ではない海に面した街。

 

 そこで現在、毛むくじゃらの巨大な化け物と、生きた影のような怪物が激闘を繰り広げていた。互いに攻撃を繰り返しながらも両者全くの無傷で喰らい合うように幾度となくぶつかり合っている。

 

 しかし、その様子には差異があった。

 

 毛むくじゃらの化け物――妖怪獣の方は人間の兵器で攻撃した時と同じように攻撃自体が何か薄く七色に輝く膜のようなものに阻まれ、攻撃が届いていないように見受けられる。

 

 それに対して生きた影のような怪物――鵺は妖怪獣の光線や腕による攻撃の一切が、雲を掴むかの如く身体をすり抜けている。鵺の怪しく輝く赤い瞳に光線が直撃しても全く同じことが起こり、まるで妖怪獣が影を踏む子供のようであった。

 

 互いはまるでダメージを負っていないが、二体の妖怪の光景を目と記録に焼き付けるしかない人間には、鵺が妖怪獣を終始手玉に取り、遊んでいるようにさえ見え、鵺の得体の知れぬ闇そのものに恐怖を覚える程であった。

 

『どうやら貴様の要はその身にないようだな。中々に強固な術とも見える』

 

 鵺は妖怪獣の攻撃を涼しい顔で耐え、両腕をよく咬んだガムのように奇っ怪に伸ばし、妖怪獣をフォークで突き刺すかの如く不定形の腕の先端で幾度となく突き刺し続けていた。

 

 最も妖怪獣の表面の虹色の膜に弾かれ、それ以上刺さることもないようであるが、衝撃だけは与えられているようであり、妖怪獣は徐々に街から海岸線に向かって押され続けている。

 

 そんな最中、鵺は再び口を開き、子供にも青年にも壮年にも聞こえ、男性のようにも女性のようにも聞こえ、その全てが答えであるような奇妙な声を上げた。

 

『じゃが――』

 

 その直後、鵺は海岸の寸前で腕を更に伸ばし、妖怪獣の両腕と両足を黒い手袋を履いているかのように薄く覆った。

 

 そして、次の瞬間、鵺の両腕に覆われた妖怪獣の両腕が、大木がへし折れ、粉々に砕け散るような音と共に、生物ならば決して曲がってはいけない方向にひしゃげた。

 

「――――――!?」

 

 妖怪獣から明らかな痛みによると思われる悲鳴が上がった。更に両腕はまるでゴムのようにグネグネと波打っており、正常な人間ならば目を覆いたくなるような光景である。

 

『堅いだけで全てが防げるなど愚の骨頂よ』

 

 鵺は妖怪獣から手を放すと、怯んだ隙をついて、二本にも数十本にも見える鵺の触手のような両足が夕陽で影が延びるように地面を這い、妖怪獣の胴体を蹴り飛ばした。

 

 妖怪獣に蹴りによるダメージは無いが、怯んでいたため、踏ん張りが利かず、妖怪獣は己が産まれ落ちた付近の地点まで蹴り飛ばされ、海上へと落ち、巨大な水柱を立てた。

 

『くだらん……余が出るほどでもなかったではないか……』

 

 鵺は肩を竦めて、呆れるような動作を取った。溜め息の代わりに鵺の身体の一部だと思われる黒い霧が、人でいえば口のある位置から吐き出される。

 

「おお、我が主よ……ッ!」

 

 そうして、妖怪獣が立ち上がるまで頭のような部位を作り、首を鳴らす動作を始めた鵺の肩程の位置にカソック姿の男が現れた。

 

 その男は十字架状の剣を持っており、何が嬉しいのか感涙を流しながら鵺を讃えるように手を掲げていた。

 

『…………"しょうけら"か』

 

「はい! 私は貴女の忠実なる永遠の僕! しょうけらめでございます!」

 

『随分、早いのう。よもやここまで早く余の配下が駆け付けると思わなかったぞ?』

 

「ええ、マリア様の奇跡があってこそのものです」

 

 しょうけらと話す鵺の口調は、それまでとはうって変わり、古風で女性的なものへと変わったように思える。

 

『ああ、"妖怪城(アレ)"か……母上らしいのもつくづく』

 

 "何百年経っても趣味は変わらんのう……"と呟きながら、鵺の赤い双貌はどこか遠いところを見て擦れているように思えた。

 

「私以外の主様の配下も続々とここに向かっていることで――」

 

『止めよ』

 

 鵺はポツリと呟き、しょうけらの言葉を止め、自らが言葉を紡いだ。

 

『いらぬわ。そこな獣一匹風情、余だけで十分というものじゃ』

 

「し、しかし……」

 

 次の瞬間、しょうけらは途方もなく莫大な妖気の奔流に押し潰されたかのような錯覚を覚えた。

 

『逆に聞く、余が妖怪獣(あんなもの)に遅れを取ると思うてか?』

 

 呼吸すらままならない程の妖気に当てられたしょうけらは、息を切らすと共に、これこそが主の威光と歓喜に震えながら鵺を見上げていた。その表情は恍惚にさえ思える。

 

『それより、救助じゃ。この街に避難が遅れた生き残りが居ぬとも限らぬ。それと周囲の街の人間へ避難誘導でもしておれ。そちらの方がずっと建設的じゃろうて』

 

「ハッ! ではそのように通達します!」

 

 それだけいうとしょうけらは何処かへ消えていき、鵺は大きな溜め息を吐いた。

 

『まったく……ままならんものじゃな』

 鵺が視線を海上へと戻すと、既に腕を修復し、これまでで最大の光線を放とうとしている妖怪獣の姿があった。

 

 次の瞬間、放たれた妖怪獣の光線は鵺の頭部を貫いたが、相変わらず鵺の身体は煙のように散り、元に戻る。

 

『そう思うじゃろう? "母上"も』

 

 鵺はそう呟き、何故か何もない筈の虚空を見上げ、笑い声を漏らした。

 

 少しそうした後、鵺は空中に浮き上がり、その影のような巨体にも関わらず空に浮いたまま海上にいる妖怪獣の背後へと瞬間移動し、妖怪獣の後頭部を掴んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「妖怪獣の方は特に問題ないようじゃな」

 

 妖怪獣の方が気になり、覗いたら何故かきぬと妖怪獣が戦っており、そのままこっそり覗いていたらきぬにはバレていた。相変わらず、清明同様私の子供はよくできた子達だ。最初の私は妖狐としての才能はからっきしであったが、子を産む才能とかはあったのかも知れない。

 

 しかし、きぬは大丈夫なのだろうか。確か地獄の役人が、現世に出てくるにはかなり面倒な手続きが必要だと前に愚痴っていた気がするのだが……まあ、その辺りは清明にでも丸投げしているのだろう。あの兄妹は性質や性格が真逆だが、それがかえってバランスが取れているのである。

 

「あの妖怪は……」

 

 片手間に見るためにスクリーンに映し出すように宙に投影していたため、妖怪獣ときぬのバトルは鬼太郎も見ていた。音声は私だけに聞こえるようにして幸いだったといえる。流石にきぬの母だと今バレるのは少々マズい。

 

 しかし、鬼太郎はきぬを見たことがないようだ。まあ、地獄は無茶苦茶広いし、それにきぬは罪人の前にしか姿を現さないからな。

 

「"鵺"という伝説の京妖怪の名前ぐらいは知っておろう? それじゃ」

 

「鵺だって!?」

 

 鵺といえば1000年程前に京妖怪を統べ、悪逆無道の限りを尽くした正体不明の大妖怪ということで人間にも妖怪にも周知されている。活動期間こそ妖怪にしては短めであったが、未だに語り継がれる辺りどれほど強大な妖怪であったかはわかるだろう。

 

 まあ、ついさっきまでそちらの名前を私は忘れていたがな。私的にはきぬはきぬなのである。そして、悪逆無道な妖怪だったかといえばそんなこともない。誰に似たんだか、私と同じような妖怪である。

 

「悪党には悪党の矜持がある。無差別な侵略などというものは誰の逆鱗に触れるかわからぬというものじゃ」

 

 私は小さく笑い声を漏らしながら八百八狸達に守られている刑部狸に目を向けた。

 

「高い授業料になったのう。刑部狸よ?」

 

「貴様ァ……!」

 

 二百四十三体。約10分程で私が十字槍で貫いた八百八狸の数である。多少考える頭はあるのか、意外と一気に襲い掛かって来たりはしなかったため、控え目だな。

 

「おい鬼太郎。お主は何頭殺った?」

 

「丁度、五十体だ……」

 

「そうか、私は全部合わせて二百四十八体じゃな」

 

「…………そうか」

 

 なんだか鬼太郎はちょっと悔しそうであるが、私は孤立無援で大集団を相手にすることに慣れ過ぎているため、仕方あるまい。どちらかといえばタイマン勝負の方が苦手である。

 

「とすると貴様らは今、五百十狸か」

 

 私は地を蹴り跳ぶと、空中で十字槍を構えて狸の集団に飛び込むと同時に横一文字に狸を5匹同時に斬った。

 

「――!?」

 

 十字槍の一閃は、2匹の狸は胴が真っ二つに別れ、1匹の小さな狸の首を刎ね、2匹の狸は十字槍で身体の何処かしらを失った。

 

 次に私は来た方向へ走り、その間に届く距離にいた狸を突く。

 

 1匹は右目から入った穂先が後頭部を突き破り、1匹は正面から首を穂先が貫き、1匹は振るってきた腕を打ち払ってから心臓を突き、1匹はこちらを見ていなかったため横から喉を貫き、1匹は私を見て逃げようとして向けた背中を穂先が貫いた。

 

「さて、これで五百狸じゃな。有り難く思え、随分数え易くなったではないか」

 

 そういいながら笑ってやるが、狸たちは私に反抗的な目を向けながらも口を噤んで、恐れるばかりだ。私の小粋なジョークもスルーされ、傷が浅く死に損なった狸が、十字槍の猛毒にも似た獣殺しの力により絶叫しながら衰弱している声ぐらいしか聞こえない。

 

「はぁ……余興もわからぬのでは貴様ら風情が天下を取るなど夢のまた夢よのう。これぐらい笑って返す気骨はないのか?」

 

 呆れて溜め息を吐きながら歩いて鬼太郎のところへと戻った。

 

「着いてこい」

 

 それだけ言って駆け出すと鬼太郎は私に着いてきた。刑部姫が太鼓判を押す妖怪なだけはあり、走る速度は中々のものである。

 

 鬼太郎が私と並走し始めたことを確認し、鬼太郎に話し掛けた。

 

「余興は終いじゃ鬼太郎よ。いい加減、引導を渡すぞ。よもや八百八狸全てを葬る気だった訳ではあるまい?」

 

「え……?」

 

「ほぁ?」

 

「…………ああ! そうだな」

 

 なんだろうか今の微妙な間は? まあ、いいか。そんなところに突っ込みを入れる程、お姉ちゃんは野暮でもない。

 

「要石を壊すぞ。どうせまたある」

 

「要石……?」

 

「妖怪獣と八百八狸の核じゃ。潰せば皆死ぬ」

 

「なっ!? そんなものがあるならなんでいままで……」

 

「鬼太郎よ。妾はのう。結果よりも過程を大切にしておる。じゃから――」

 

 私は言葉を区切り、鬼太郎へ笑みを浮かべてから言葉を続けた。

 

「無礼な妖怪は散々足蹴にし、心を折ってから殺す、それが妾のやり方じゃ」

 

 いつの間にか本心から沸いた笑い声を上げていると、鬼太郎は何とも言えない目で私を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれじゃな」

 

 羽衣狐に先導されるまま鬼太郎が着いた場所は、崖の先端に鎮座する口のない壺のような形をした石が置いてある場所であった。

 

 羽衣狐が指差す方向にはやはり、この場で一際異彩を放っている妖気を放つ奇妙な石がある。

 

「アレか」

 

 要石を確認した鬼太郎は片手にちゃんちゃんこを巻き、破壊しようと要石に迫った。

 

「まあ、待て」

 

 しかし、他ならぬ羽衣狐に止められた。共闘しているとはいえ、信用はしていない彼女に対し、鬼太郎は怪訝な顔をした。

 

「見たところかなり高度な術が掛けられておる。無闇に触れるでない」

 

「術……?」

 

「ふむ、見せた方が早いな」

 

 そういうと羽衣狐は要石に近づき、十字槍を地面に置いてから片手で触れる。すると羽衣狐の白い手は瞬く間に石化していった。

 

「な……!?」

 

 鬼太郎が驚く間にも、既に羽衣狐の石化は肘辺りまで差し掛っていた。すると羽衣狐はもう片方の手で肘から先を引き千切り、無造作に地面に放り捨てた。

 

「ほれ、こうなる。危ない故、触れるでないぞ?」

 

 羽衣狐は振り向くと、涼しい顔で子に語り掛ける親のように鬼太郎へ警告した。その様子には鬼太郎も羽衣狐を心配する。

 

「大丈夫なのか……?」

 

「これは妖怪が触れると石化するような術じゃな。んー……そうさな。この術式相当な手練れが組んだと見えるこれを解除するには1時間か2時間は掛かるやも――」

 

「そうじゃないお前の腕だ!」

 

 自身の腕を全く気にすることなくそんなことを言った羽衣狐に対し、鬼太郎は声を張り上げた。それを聞いた羽衣狐は狐に摘ままれたような表情をしている。

 

「ククッ……やはりお主は優しいのう」

 

 そういうと羽衣狐はその場で屈み、石化した腕に触れた。すると腕は色を取り戻す。

 

「対抗術式さえ組んでしまえば石化の解除もほれこの通りじゃ」

 

 更に腕を持ち上げると、腕の切断面と肘の切断面をそのまま繋げた。まるで折れたフィギュアの断面を合わせるかのような行動である。

 

 しかし、羽衣狐の腕はそれだけでくっついたようで、指が動き出し、動作を確認するためか、グーとパーを交互に繰り返している。

 

「腐っても妾は大妖怪じゃ。腕が千切れた程度でどうこうなるものではないわ」

 

「…………心配して損したな」

 

「じゃがその心意気はよし。ひとついいことを教えてやろうぞ」

 

 羽衣狐は何処か嬉しそうに口を開いた。

 

「大妖怪を相手にする場合はな。人間やただの妖怪のように思うでない。頭を潰し、心臓を潰し、肢体を潰し、それでも動くような奴もおる。それどころか魂だけになろうともまだ喰らいつく者もおるのじゃ。大妖怪を倒したくば、魂が潰える瞬間まで決して気を緩めるでないぞ」

 

「………………」

 

 鬼太郎は大妖怪から大妖怪と戦う心得をレクチャーされるとは思ってもおらず、何とも言えない気分になった。ひょっとしたら羽衣狐もそうなのではないかと考え、頭がなくとも襲い掛かってくる羽衣狐を想像し、鬼太郎はゾッとした。

 

「さて……」

 

 羽衣狐は要石に向き合うように正座すると両手を掲げた。

 

「少々骨が折れるが、これよりこの術式を(ほど)く。その間、妾を守れ」

 

「は……?」

 

 鬼太郎が疑問符をあげると羽衣狐から尾が一本生えた。それは地面に転がる十字槍を掴むと、鬼太郎に投げ渡してきた。

 

「使いたければ使え。獣特攻じゃぞ」

 

 後ろも見ずにそれだけ言うと羽衣狐は尾を引っ込め、術式の解除に取り掛かった。

 

 投げ渡された四尾の槍を見て唖然とする鬼太郎。それもそのはず、羽衣狐ですらこの十字槍による傷を負えばただでは済まない。その上、この槍は過去に鬼太郎が投げつけて羽衣狐を傷つけたものである。

 

「お前……何で?」

 

「お主は妾とは違う。例え妾とて無抵抗の妖怪を背中から突き刺せるような外道ではあるまい?」

 

 その言葉には鬼太郎への賞賛と、自身を卑下するふたつの意味が含まれていた。

 

「それに妾は最初に(まみ)えた時に伝えたつもりじゃ。"お主とは戦う意味がない。戦おうとも思わん"とな」

 

 思えば羽衣狐は鬼太郎を自分から傷つけるような行動を取ることは極めて少なかった。十字槍ですらあれだけの達人である。本気だったのならば鬼太郎を赤子の手を捻るように倒せてしまっていただろう。

 

「わかった……」

 

 鬼太郎は十字槍を持ち、羽衣狐に背を向けると来た道の穴を見た。丁度、そこから鬼太郎と羽衣狐を追ってきた八百八狸がちらほらと姿を見せ始めていた。

 

 少し十字槍を振るってみるが、羽衣狐が振るった時のように美しくも強靭な槍捌きでは到底ない。やはり十字槍が特殊なわけでなく、羽衣狐が正しく槍術を学び、卓越した技量を持っていたということだろう。

 

 羽衣狐を全て信じることは難しく、彼女自身もそれを望んでいない言動が目立つが、彼女の信念と意志は信じれると鬼太郎は考え、八百八狸と対峙した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在、まなを含む鬼太郎の仲間たちは住宅街の一角に集まっていた。脱出したまなと猫娘は仲間を連れて鬼太郎の元に戻ろうとしたのである。

 

「な、なんで塞がっているの!?」

 

 そこではついさっきまなと猫娘が通ってきた筈の洞窟の入り口が潰れて塞がっていたのである。これでは行きようがない。

 

「どこか別の道が――」

 

 まなの肩に乗っている目玉のおやじがそう呟いた時、それは現れた。

 

 

『縺セ縺」縺ヲ縺』

 

 

 突如としてまなの背後に現れた者は、いつか見た手足が長くスーツを着た妖怪であった。

 

 鬼太郎の仲間たちは一瞬身構えたが、前と違って自然な様子であり、こちらに敵意を向けている様子もないため、警戒を解除した。

 

「前の妖怪さん……」

 

 まなが語り掛けるとスーツを着た妖怪は懐からメモとペンを取り出し、何かを書くとこちらに見せてきた。

 

『Hello, my name is』

『わたし』

『バラバ』

『名前』

 

 それは子供が書いたような拙い日本語であったが、最初に書いて止めたように見える英語はかなり綺麗に書いていたため、英語圏の妖怪だということはなんとなく伝わる。

 

「バラバさんっていうんだ。あ、私は犬山まなっていいます」

 

 まなが行儀よくお辞儀をすると、バラバもきちんとお辞儀を返す。その光景は微笑ましくすらある。

 

 皆が突然の来訪者に不思議に思っていると、バラバは更に文字を書いた。

 

『なか』

『入れる』

 

 メモを見せながら指で埋まっている洞窟を指差した。

 

「本当か!?」

「本当なの!?」

「本当!?」

 

 バラバは一気に詰め寄られ、少し引いたが、背中から触手を数本出して、それぞれに一本ずつ向けながら再びメモを見せる。

 

『触れて』

 

「うん!」

 

 その触手をまなは即座に握った。残る鬼太郎の仲間たちは顔を見合わせたが、ひとりが触手を掴むと、続くように全員が触手に触れた。

 

 その瞬間――。

 

 景色は洞窟の中へと切り替わっていた。湿った岩と狸の何とも言えない臭いが充満しており、ここはかつてまなと猫娘と目玉のおやじがいた洞窟だということが三人には即座に理解できた。

 

「なんと面妖な……彼奴は他人も飛ばすことが出来るのか」

 

「わぁ、バラバさんスッゴい!」

 

「ぬ? バラバが居らんぞ?」

 

 砂かけ婆の呟きで辺りを見回すが、そこにいるのはまなと鬼太郎の仲間たちだけであり、あのスーツ姿の妖怪はどこにも見当たらなかった。

 

 一同は不思議に思ったが、ひとまずここまで力を貸してくれたことに感謝し、そのまま先に進むことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ……」

 

「どうした羽衣狐!?」

 

「…………なんでもない、なんでもないぞ。お主は狸に集中しておれ」

 

「ああ、なるべく早くしてくれ!」

 

 思わず声に出してしまって、耳がいい鬼太郎に聞かれてしまった。

 

 私は何とも言えない気持ちを要石にぶつけて睨み付ける。特に意味はないがな。

 

 私が解除に入ってから1時間程経ったが、術式の分解は丁度半分……いやちょっと盛ったな4割程しか終わっていない。

 

 それというのはこの要石を術施した術者が意味がわからないと言い切ってもいいレベルの奇っ怪な術が掛けられていたからである。

 

 というのも普通、術……ここでは魔術全般のことを指すので魔術でいいか。魔術というものにはそれぞれ系統が別れており、それに沿って組み立てられているものである。例えば黒魔術やルーン魔術といった風に系統そのものが確立され、それ故に系統ごとに解除方法をある程度割り出せるのだ。

 

 だが、この要石に掛けられた術は和洋折衷あらゆる術の悪い部分だけを組み合わせて生み出したいわば歪なパズルのような構成をしており、既存の知識がまるで役に立たないのである。

 

 ついでにいえば術というものは掛けるのは一瞬であるが、一から作るならば数ヵ月から年単位で時間を消費してもおかしくはないものなのだ。そんなものをぶっ壊すのではなく正面から解除するには、構造を完全に理解する必要があるため、それなりに時間を有するのも仕方のないことであろう。というか、私が解除にこれほど時間が掛かっているということは普通ならまず解けないような代物である。

 

 要石を目にした時に"あ、これダメな奴だ"と思ったが、鬼太郎に馬鹿正直に八百八狸を相手にすることはないと言ってしまった手前引き下がることも今更出来ない。

 

 さっき触れてみたのは、私の肉体は半妖なのでもしかしたら行けるのではないかと思ったが、そんなことはなかった。ちくせう。

 

 もうこうなったら戦闘での余波で崖ごと破壊して落としてしまおうかとも考えたが、この要石は空間に固定されているようで、崖を破壊しても要石だけは宙に浮いているというシュールな絵面になると思われるので却下である。

 

 助けてまな、お姉ちゃんプチピンチ。

 

 そんなことを考えていると、鬼太郎が私の十字槍を持って仁王立ちしている唯一の通路から大量の土砂……いや、砂が流れ出て来るのが見えた。

 

 自棄になって刑部狸が配下の八百八狸ごと洞窟を爆破でもしたのかと考えたが、鬼太郎の仲間の猫娘や、砂かけ婆や、子泣き爺や、ぬりかべなどが続々と現れたため、違うようだ。

 

「猫娘! 皆! 来たのか……」

 

「間に合ったみたいね鬼太――」

 

 こちらに目を向けた猫娘と目があった。

 

「にゃっ!? 羽衣狐!?」

 

 にゃってなんなの可愛いな。そんなこと言っている場合ではなく、鬼太郎の仲間たちは騒然となる。

 

 このままではマズいと考え、先に何か言っておくことにした。

 

「全く……賑やかになったのう。ならついでに人間のひとりでも連れて参れ。この要石を壊すのに必要じゃ」

 

「に、人間って……どういうことなの鬼太郎……?」

 

「あー、話せば長いんだが……とりあえず今は敵じゃないから安心してくれ」

 

 鬼太郎が仲間たちに呼び掛けると、仲間たちは次第に落ち着きを取り戻した。これも絆という奴か、私にはあまり縁の無いものだから羨ましいものだな。

 

「それって私でもいいの?」

 

 聞き慣れた声が響き、そちらに目を向けた。

 

 ぬりかべの後ろにいて見えなかったようで、そこには嬉しそうな表情をしている私の妹――犬山まなの姿があった。

 

「そうだよね? 羽衣狐さん」

 

 そういいながらまなは唖然とする鬼太郎と仲間たちを過ぎ去り、私の前まで出て来る。

 

 全く、まなは心臓に悪いな……1000歳越えのおばあちゃんなんだぞ私は。

 

「ククッ……たまにいるのう。お主のようにやたらに妖怪と関わりたがる厚顔でお節介な人間がな」

 

「えへへ……よくいわれます」

 

「よい、許す。ならば要石に触れるがいい」

 

 そう言って私は立ち上がり、まなに場所を譲った。

 

 その直後――。

 

 

 

「鬼太郎ォォ! 羽衣狐ェェ!」

 

 

 

 十体の狸を引き連れた刑部狸が鬼太郎の仲間たちの背後に立っていた。

 

 見たところ残った狸も八百八狸の中でも実力者なようで、纏う気迫が違うことは一目瞭然だ。

 

「刑部狸!?」

 

「砂太鼓でも倒しきれなかったか……」

 

 猫娘と砂かけ婆が声を上げた。どうやら一戦交えていたようだ。

 

「貴様らだけは……貴様らだけは許さん!」

 

 そういいながら刑部狸は振り絞られた妖力で巨大な念力を放ち、鬼太郎を含む周囲の鬼太郎の仲間たちを吹き飛ばした。

 

 それに続けて十体の狸が私とまな目掛けて駆け出したのが見えた。

 

「鬼太郎!」

 

 私は吹き飛ばされる鬼太郎に呼び掛け、鬼太郎と視線が交差する。

 

「受け取れ羽衣狐!」

 

 次の瞬間、鬼太郎は私の十字槍を刑部狸と私の中間に投げる。私は跳び上がり、十字槍を掴むと、最も近付いている狸から刑部狸までを一本の道に見据えた。

 

 この時、この瞬間、この一瞬だけ私は人間になった。

 

「武の極地、これぞ槍の究極」

 

 私は十体の狸から繰り出されるすべてを捌き、いなし、躱した。

 

 その上で必殺の一撃へと繋げ、激流に逆らい泳ぐ魚のように突き進む。

 

 そして、十体の狸を葬りながらついに刑部狸の目の前まで到達した。

 

「死ねぇぇ!」

 

 刑部狸は最後に何かの抵抗をした。しかし、それを私は覚えていない。何が来ようと――。 

 

「朧裏月――」

 

 師の生涯無敗の十一の式は、私が磨き続ける限り、初見の相手あるいは武器、武装、術の類がどれほど奇妙なものであったとしても、初見の不利を解消し、すべてを捌き、いなし、躱した上で必殺の一撃へと繋げることが可能なのだから。

 

「がはっ……」

 

 結果として刑部狸は私に触れることすら出来ず、自身の胸を私の十字槍に貫かれていた。

 

 それの直後、私の背後で巨大な岩が地に落ち、砕け散る音が響き渡った。まながやったのだろう。これで全て終わった。

 

「羽衣狐……」

 

 糸がほどけるように妖気が失われ、消えていく中で刑部狸は最期の言葉を紡いだ。

 

「次こそは……必ずや貴様を――」

 

「いつでも来い。今度は人間ではなく妾ひとりを狙うのじゃな」

 

 刑部狸は獣のように獰猛な顔をしながら挑戦的な瞳を浮かべ、ひっそりと消えていった。

 

 残った黒紫色の妖気の帯は綺麗とは言い難いが、それでも次第に消えていく妖気には盛者必衰を現すようで少しだけ寂しく感じた。

 

「あぁ……」

 

 私は溜め息を漏らしながら自身の肩を抱き締めた。全く……狸共もやれば出来るじゃないか……少し興奮してしまった。

 

 身体の熱を抑え、十字槍を尾にしまってから鬼太郎らに向き合う。

 

「羽衣狐……」

 

 真っ先に私の前に立った鬼太郎は何とも言えぬ表情で私を見つめる。とりあえず、それには反応せず、妖術を使って外の景色を映し出した。

 

「終わったのう……何もかも」

 

 その映像では要石の加護を失った妖怪獣が、鵺に頭を掴まれ、脊髄ごと頭を引き抜かれている光景が広がっていた。エースか帰って来たウルトラマン並みのグロさである。私の娘、容赦なさ過ぎる。

 

 まなの教育によくないので映像を止め、鬼太郎らに向き合うと鬼太郎に並ぶように鬼太郎の仲間たちとまながいた。皆、私に対してどうすればいいのかわからないといった様子で黙っている。

 

「気にするな。今回は敵の敵は味方とでも思え。狸の世などこちらから願い下げじゃから――」

 

「そうじゃないんだ羽衣狐」

 

 適当に理由を付けて去ろうとすると、鬼太郎が私の言葉を止めた。

 

「ありがとう」

 

 そして、一言それだけ鬼太郎は言った。考えていなかった対応をされ、少しだけ私はかなり驚いた。

 

「……ああ、そうか……そうか」

 

 私は照れ臭さから返す言葉が見付からず、それだけ口にすると妖術を使って移動し、逃げるように家へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「父さん」

 

 八百八狸を羽衣狐と共に倒した帰路。鬼太郎は目玉のおやじに問い掛けていた。

 

「やっぱり羽衣狐のことはよくわかりません」

 

「そうじゃな。じゃが、今回ワシらは羽衣狐の悪いところだけでなく良いところも知ることが出来た。それだけでも収穫じゃ」

 

「羽衣狐の伝承の方が間違いだったということでしょうか?」

 

 相変わらず、羽衣狐という妖怪はどこに立っているのかすらわからない妖怪である。しかし、伝承通りの悪逆無道な妖怪では決してないと鬼太郎は考えていた。少なくとも八百八狸や見上げ入道よりもよほどに筋の通った妖怪だ。それこそ、手を上げることを憚るような。

 

「そこまでは言っておらん。じゃが、伝承というものは語り継いだ者の主観が強く、また脚色されることもある。じゃから――」

 

「自分の目と耳で確かめたことを真実だと考えた方がいい、ということですね」

 

「その通りじゃ……成長したのう鬼太郎……」

 

 鬼太郎は羽衣狐という妖怪についてきちんと知りたいと考え始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぶえくしょんっ!」

 

 うぇーい。誰かな私の噂してるのは? まあ、どうでもいいか。

 

 それより――。

 

「羽衣姉! 羽衣姉! あの槍でびゅんびゅんシュバーっていうの見せてよ!」

 

 このキラッキラッした目で見てくる我が妹をなんとかしなければな……。

 

「まなよ……妾が覚えている武術というものはおよそ殺人術ゆえおいそれと見せるものではな――」

 

「スッゴーい! カッコいい!」

 

「………………」

 

 うわ、現代っ子つよい。

 

 

 

 




~今回のまとめ~
合体などさせるものか!(狸+妖怪獣)



なんだかとても鬼太郎が好意的になったような感じですが、好感度は上がってません。

今までがアホほどマイナスだったので、0ぐらいになった状態です。

ハゴロモさんに合わせるために原作の妖怪獣との戦いは全カットしましたが、まなちゃんに要石は触れさせ、ハゴロモさんはさっさと退場したので、要石の力とか謎の"木"とかはまなちゃんに宿っております。


~文字化け翻訳~
『縺セ縺」縺ヲ縺』→待ってた




~ちょっとしたお話~
ここまで読んでくれた読者様方! ゲゲゲの鬼太郎を原作に小説を書きましょう!(奈落への誘い)
リアルな話、ゲゲゲの鬼太郎と検索すると14件とかしかヒットしないのは流石に寂しいというか……ほら、作者昔から読み専(矛盾)って公表しているので、どっちかといえば読みたい派なのですよ。なのでゲゲゲの鬼太郎の小説が投稿されるととりあえず読みに行ったりしています。なので皆さん投稿してくれませんかねぇ……(チラチラ)。
そして、投稿なさるともれなく作者が読みに行くのでなんと! 結果的にこの小説の投稿速度が落ちます!(オイ)


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