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羽衣狐(へべれけリターンズ)
脳みそを溶かしながら見る回でございます……。
突然だが、美とはなんであろうか?
この場合の美とは美術品や景色などで覚えることではなく、人間を見たときに感じる感覚のことである。
美とは古今東西ありとあらゆる場所と時代において常に評価され続けてきたことであり、人間の歴史のひとつと言っても過言ではないであろう。
人は顔で決まるなどとも言われ、その重要性は計り知れないところだ。
しかし、私としては美とは顔だけで決まるものでは決してない。美とは顔に加えて、頭髪、肌の質、歯並びに色、体格のバランス、立ち振舞い、音質、声の抑揚、何気ない動作等々上げれば切りがない程の観点から総合的に認識出来た範囲で決まるのである。
そして、昔の依り代で傾国の美女と呼ばれたこともある経験は伊達ではなく、私ほど美に精通した妖怪もそうはいないだろう。
故に
そういう意味では私は美という呪いに囚われているのかもしれない。
まあ、顔なんて80点(10人中8人に美人といわれる)ぐらいあればいいのだ。そうすれば残りのあらゆるところを磨いて150点(10人中10人に美人といわれ、内5人に求婚される)ぐらいにすれば傾国の美女になれる。もちろん、経験談である。例えば笑顔を絶やさずにボディタッチをほんの少し増やせば、大多数の男なんてコロリである。悲しいかな恐るべきほど単純な生き物なのだ。
そんな美のスペシャリストな私であるが、最近スゴいことがあった。というかスゴい娘を見掛けた。
名前は"房野きらら"という。少し調べればまなのクラスメイトだというから驚きというか世界は狭いものである。学校に花子さんいるしな。
彼女は凄まじかった。何せ、顔というただの一点以外のあらゆる観点は私が評価しても120点(10人中10人に美人といわれれ、2人に求婚される)ぐらいは固いと思うほどよく出来ていた。
しかし、顔というただの一点があまりにも悪い方向性に突き抜けており、その他の観点を全て破壊していたのである。いや、破壊するだけならまだいい……。
例えば仮に顔が10点(遮光式土偶の方が見ていて和む)だとしよう。他の観点がどこかしら高くとも60点止まりぐらいならば一般的なブスぐらいに見られるのが精々であろう。
しかし、彼女の場合、他の観点が磨かれ過ぎているため、最早顔面ブラックホールと化しているのだ。
例えば先に彼女の顔を見ずに彼女の後ろ姿を見て、綺麗だと思い声を掛けて振り返られるとしよう。そして、顔を見る。
ミミックじゃねーか。
若しくは先に顔を見てから、顔から意識を反らして他のところを見てみる。
え……? なんなのコイツ……。
そんな感じで逆に嫌悪感を抱かれてしまうのである。悲しいかな彼女が努力すればするほど、そんな他の人間との溝は深まるばかりだ。寧ろ、彼女のためを思うならば止めさせるべきなのは彼女の不要な努力そのものなのだ。
「そこんとこどう思う"ずんちゃん"よ?」
「また、唐突だねぇ……」
私と机を挟んでいる彼女は友人のずんべら。ずんべらぼうともいい、のっぺらぼうの亜種のような妖怪であり、元人間の彼女の性質を表すならば妖怪らしい妖怪といったところである。
「それでだったらその娘にあなたはどうしたいの?」
ははは、そんなもの決まっている。
「顔にかまけた高飛車な美女より、努力し続ける醜女を妾は愛でたい!」
容姿のコンプレックスのせいで性格がひねていてもそれはそれでよし!
「だったらそのようにすればいいさ」
そうだねー! イッタルデー!
「あらあら……」
ずんべらは少しやってしまったといった様子で机の隣に散乱しているものを眺めた。
「家では妹に止められてて飲めないっていうからお酌したけど、やり過ぎたかね……?」
そこには1ダースほど開けられた一升瓶が転がっていた。
◇◆◇◆◇◆
「だーれだ?」
家から飛び出し、夜道を歩いていた少女――房野きららは突然、目を覆われて背後から掛けられた声に困惑した。
しかし、彼女が振りほどかなかったのはその声がとても綺麗で凛としていながら愛嬌のある女性のものであり、彼女の目を覆う手と思われるものの手つきが異様なほどに優しかったからだ。
彼女はされるがままくるりと身体を半回転させられ、女性に向き合うような形にされると、手が退けられた。
「うふふ、こんばんわ。"房野きらら"さん」
彼女はその女性を目にして驚きと共に放心した。
その女性はこの街に知らない者はほとんどいないほど有名な"犬山乙女"という名の高校生だったからである。
その理由はまずその容姿だ。新雪のように白く曇りひとつ無い肌に、艶やかで流れるようなしっとりとした長い黒髪が生える。さながら生きた日本人形のようでありながら全体的なバランスは破綻しておらず、寧ろ一度見れば忘れられないほど人間離れした美しさという印象を他者に懐かせ、絶世の美女という言葉がここまで似合う人間もそういないと思わせるほどであった。
次に犬山乙女の人間性だが、一言でいえば大和撫子のそれであるという。常に笑顔を絶やさず、誰にでも人当たりがよくありながら、相手を立てる奥ゆかしさを持ち、学校の人間からも乙女の住む周囲の人間からも極めて評価が高い。
ならば学業成績はといえばこちらの方が非の打ち所がない。座学に関しては常に全国模試の最上位に名を連ねるほどであり、身体能力は陸上部の男子全国レベルという度肝を抜く程にあらゆる能力が極めて高い。また、部活動は演劇部の副部長を務めると共に幾つかの同好会規模の文化部に名前を貸して席を置くこともしており、特に演劇部での彼女の演技は圧巻の一言である。
ちなみに学校では黒が似合い私服まで黒い様子から"黒先輩"や、常に笑顔なのだが目を細めて笑っている様子から"狐先輩"など呼ばれ、先輩付けの由来は間違っても同年代とは思えない雰囲気からのため、同学年や先輩にまでそう呼ばれたりもしている。
そして、SNSで何気ない1日の写真や新しい服を着た写真を上げている内に、凄まじいフォロワー数を誇るようになり、ネットで有名人だったりする。後、容姿に似合わぬ、やたらガチな対人ゲーム実況動画も上げており、キレると言葉使いがやたら古風になることで有名である。
「あ……ぁ……」
彼女は乙女に嫉妬心を持ったことはないかと問われれば嘘になるが、それ以上に憧れを懐いていたのである。そんな、突然の有名人の来訪どころか襲撃に、きららの頭はパンクしかける。
すると乙女はきららの手を自身の手で優しく包み、少し申し訳なさそうな表情で唇を震わせて言葉を紡いだ。
「突然で悪いけれど、もしよければこれからお姉さんとデートしないかしら?」
男女問わず魅了する魔性の女。それが犬山乙女という女である。
◆◇◆◇◆◇
「~♪」
現在、きららと乙女はカラオケ屋の一室にいた。そして、マイクを握り締めた乙女が歌っていた。
控えめに言っても美声である。ちなみに歌っている曲は"漆黒の羽根"という曲である。きららにはその曲が何故かまるで乙女のためにある曲なように感じる程に合っていると思った。
「ふぅ……たまにまなと行くけれど、やっぱり思いっきり歌うのは楽しいわね」
そんなことをいいながら乙女はマイクを置き、きららの隣にそっと座り、肩に手を回して抱き寄せた。
「きららさんは何か入れないの? 私、あなたの声、可愛らしくて好きよ?」
「か、可愛い……私が……?」
きららは驚く。何せ声といえどもきららが家族以外の誰かから褒められることなどほとんどなかったからだ。その上、彼女を褒めた人間は夢のような美女である犬山乙女。感無量だったのだ。
乙女はきららの手をそっと持ち上げて更に言葉を吐く。
「それに爪もお手入れされてて、肌艶もとってもいい、髪もサラサラで毛先もきちんと揃ってる。きららさんは努力家ね、こんなに自分を磨く女性なんてそうそういないわよ?」
「あ……ぅ……」
ベタ褒めであった。きららの瞳を見つめながらそう言う乙女の姿は一切嫌味がなく、まるで自分のことのように嬉しげであり、きららは嬉しさと気恥ずかしさによって萎縮してしまう。
「うーん、ちょっと私とお話しましょうか? 何か聞きたいことはあるかしら?」
抱き寄せていたきららを解放し、肩に回していた手を戻すと、パチンと手を叩き、乙女はきららにそう言った。
「あ……あの……それなら――」
するときららは恐る恐るといった様子だが、確りと乙女を見据えて口を開いた。
「あのことって本当なんですか? どんなスカウトの方でも全部断ってるって……?」
「ふふっ、あれね」
乙女は相変わらず笑顔を崩さないままクスリと笑う。それさえ絵になるのだから最早反則である。
犬山乙女の美貌についてのエピソードは筆舌に尽くしがたい。
というのも、星の数程のファッション関係やモデル関係からのスカウトは当たり前として、海外からの映画関係のスカウト、果ては流行に少し明るければ誰でも知っているような海外の有名デザイナーが直接出向いて来たことすらあるといい、最早、逸話や伝説の類いなのである。
そして何よりも凄まじいことは――。
「全部本当よ。だって家族と一緒にお夕飯食べれなくなっちゃうじゃない?」
これまで乙女は全てのスカウトをそんな取るに足らないような理由で断っているということである。彼女にとっては人々の憧れや、注目の的になることなど所詮価値のないものなのだろう。
その様子に勿体ない、羨ましいといった視線を向けるきららに、乙女はまるで母親のような口調と声の暖かさで呟いた。
「案外、幸せっていうのはね。本当にどうでもよくて、気づかないぐらい近くにあったものだったりするのよ」
そのときの乙女の表情はどこか寂しげであり、どこか遠くを見ているようにきららは感じた。
「誰かに評価されたいとか、よく見られたいとか、そう思い続けると自然と上ばかり見てしまう。いえ、それ自体は仕方のないことよ、人間って善悪に関わらずとっても傲慢だもの。けれど、ずっとそうしているとね、いつか足元すら見えなくなってしまう。だから、最初にそうだったらいいなって願ったことはずっと覚えておきなさい」
「え……」
きららには乙女の言うことの真意はわからなかった。けれどその言葉は確かにきららだけのために言われているということはわかる。
「それでね――」
乙女は笑顔を止め、目を見開いた。乙女の瞳は深い漆黒に染まっており、喜を失った彼女の表情は美しさと共に恐怖を覚えた。
「ふふっ」
その様子を見た乙女はそのまま口だけで笑いながら言葉を止めると、また話し始める。
「私の顔、笑ってないと結構怖いでしょう? それで私は人前ではずっと笑っているの。だから私が笑っているときは決して気を許してなんていないのよ」
「そうなんですか……?」
あまりにも意外だった。きららにとって非の打ち所なんてどこにもない人間だったため、自身の顔をそのように思い、そんな感覚で人と接しているなどと思いもしなかったからだ。
「どんなに綺麗になってもね。人間が傲慢である限り、美しさに果てなんてないの。どんなに上に立っても、どんなに美しくなっても更にその上が見える、見えてしまう。それに気付くときは大概はもう何もかも手遅れなのよ。それを知っているからずんちゃんだって世捨て人のような生活をしているしね」
ずんちゃんというものが何かはわからないが、その話の内容と悲しげな乙女の様子からきららは言葉を失った。
「あなたがどんな人生を歩んできたかは知っています。あなたがどんな羨望、絶望、希望、そして劣等感を懐いたかも知っています。その上で言うわ――」
乙女は真剣な眼差しできららを見据え、これまでで一番透き通った声を出しながらきららに問い掛けた。
「私のやり方はずんちゃんよりも遥かに取り返しがつかない。一度してしまえば後戻りは出来ないわ。それでも―― 私のように美しくなりたい?」
それはきららにとってあまりにも意地の悪い問いであった。本当かどうかはわからないが、乙女がきららの苦悩を知っているというならば答えなど決まっているというのに。
きららは目の端に薄く涙を浮かべながら、生まれて以来ずっと思い続けていることを吐き出した。
「私は……乙女先輩みたいに美しくなりたいです……」
「そう……じゃあ――」
次の瞬間、きららは突然睡魔に襲われ、目蓋が重くなる。それでも我慢してどうにか意識を保っていると、自身の首筋から真っ赤な何かが溢れ、部屋中に飛び散る様子が見えた。
「――何もかも喰ろうてやろう」
きららが意識が落ちる最後に聞いた声は底冷えするほど低い乙女の声で、最後に見たものは乙女がきららの首筋に噛み付いている様子であった。
◆◇◆◇◆◇
きららは眠りの微睡みから目が覚め、寝ぼけ眼で辺りに意識を向けると、真っ先に犬山乙女と目があった。
「おはよう、きららさん」
「ふえ……?」
今の自身の状態を認識すると、どうやらきららは乙女に膝枕をされているようであった。その現実に暫く固まり、数秒後、我に返ったきららは跳ね起きる。
冷静に辺りを見回すと何故かカラオケルームではなくきららの部屋であり、今までベッドに寝かせられて、乙女に膝枕されていたということもわかった。部屋の時間は夜の10時程を指している。
「ご、ごめんなさい! 私、いつの間にか寝ちゃってて――」
「いいのよ、違うもの。それよりごめんなさい」
乙女は申し訳なさそうに呟いた。
「
「私の肌……?」
きららが自身の手の肌を見ると、そこには犬山乙女程ではないが色白になった肌があった。更に見回すと手だけではなく全身だということもわかる。
「後、背がちょっと高くなったわね。それと胸も大きくなったみたい」
「え……? ええ……!?」
「でも顔はちゃんときららさんの要望通りよ? そこは心配しなくていいわ」
確認してみるとその通り、背が少し伸びており、ほとんど無かったきららの胸に関しては、本人は姉程ない等と言っているがクラスでもかなりある方で、きららのクラスメイトかつ乙女の妹の犬山まなぐらいはあった。
突然の豊胸に困惑する中で、乙女はベッドからきららを連れ出し、鏡に布の掛かけられたきららのドレッサーの前の椅子に座らせて向き合わせた。
「ああ、鏡割れてたから直しておいたわ」
「あ、ありがとうございます……?」
「じゃあ、いくわよ」
そう言って乙女は鏡に掛かった布を取り払い、その中に映るものをきららに見せつけた。
「どう? 自信作よ」
「え……」
きららは声が出なかった。何故なら鏡の中には自身が理想として、アプリで何度も修正し、近づけていた顔そのものがあったのだから。
「な、なんで……わ、私……え?」
きららが動くと当然ながら鏡の中の少女も動く、それがきららであるということを示していた。
するときららの背中から抱き着くように乙女が寄り添った。
「きららさんを私が産みなおしたのよ」
そう言った次の瞬間、乙女の頭から黒い耳が生え、背中から一本の長い尻尾が生えた。それを見たきららから自然に声が溢れる。
「妖怪……」
「そうよ、私は妖怪なの。でも――」
「ひゃあっ!?」
乙女がきららの首筋から背中に掛けてを少々乱暴に指でなぞったことできららは身体を反らした。しかし、それだけではなく、きららの頭から黒い狐の耳が生え、お尻から一本の狐の尻尾が飛び出す。
驚いたまま耳に触れると、触れられた感触がし、尻尾を動かすという人間にはない感覚があった。
「私みたいに美しくなりたかったんでしょう? これはその代償ね」
「代償……」
きららは改めて鏡を見た。
そこには座りながら少し不安げな表情をしている美少女と、それに後ろから寄り添う美女がいた。それだけでも絵になるようであり、以前のきららだったのならばこうなることは決してなかっただろう。
きららは首から胸に回されている乙女の腕をぎゅっと握った。
「ありがとう……ございます……」
「そう、それならよかったわ。美しくなりたくてもなれない苦しみなんて、気休めでは晴らせないものね」
そう言って乙女はひょいときららを抱え上げ、ベッドまで移動した。そして、きららをベッドの中央に寝かせると、自身もベッドに入り、きららに覆い被さるような姿勢になった。乙女の整い過ぎた顔に見つめられ、同性にも関わらず、きららは赤面した。
「あ、あの……乙女先輩?」
「私ね、もうひとつ他の人には隠してることがあるのよ」
乙女はきららを見つめながら熟れた果実を見るように甘く舌なめずりをする。
「私ってバイなんだけど女性の方が好きなの」
「え……?」
突然の凄まじいカミングアウトにきららは停止する。そして、ネットで得た知識と現在の状況を考え、ゆでダコのように顔を赤くした。
「じゃ、
乙女はきららの髪をそっと撫で、萎縮したきららは目を瞑ってじっとしていた。
しかし、いつまで経ってもそれ以上のことはなく、恐る恐るきららは目蓋を開ける。
「ふふっ、冗談よ。中学生の娘をそれも無理矢理だなんて私のポリシーに反するわ」
悪戯に成功した子供のように乙女は笑いながらきららから退き、ベッドから離れ、身支度を整えてから再びきららに向く。
「そういうのは大人になってから。興味があるのなら私が教えてあげるわ。じゃあ、またね」
そう言って乙女は次の瞬間にはまるでその場には何も居なかったかのように消え失せ、唖然とした様子のきららだけが残された。
◇◆◇◆◇◆
きららが妖狐になってから少し経った頃。
きららは街にあるちょっと古めの外見だが、お洒落なカフェにひとりでいた。山という簡素な名前の喫茶店であり、異様に多く奇抜なメニューで有名なお店である。きららの可愛らしさが店内の客の注目を集めているが、特に気にする様子もなく、きららは何かを待つようにそわそわと指を動かしていた。
そして、入店の呼び鈴と共に入ってきた女性を目にすると、きららは立ち上がり声を上げる。
「乙女先輩! コッチです!」
その客はノースリーブのマキシ丈ワンピースを着て、中にはインナーのキャミソールワンピースを纏い、靴はモカシンを履き、つばの広い日除け帽子を被った犬山乙女その人であった。言うまでもなく、頭から爪先まで黒一色であるが、それが大人の魅力と、人間離れした妖しさを存分に引き出しているのだから反則である。
乙女は帽子を脱いでからきららの向かいに座り、口を開く。
「待たせてごめんなさい」
「いえ、そんなことないです」
店内はさっきまでとは違い、軽い騒ぎになっていた。何せ乙女はSNSなどを通じて有名な上、そのビジュアルから他人の空似とはならないため、兎に角目立つのである。
しかし、そんなことは全く歯牙にかける様子もなく、注文をしており、きららが羨ましいと思うほどであった。
「彼とは上手く行っているかしら? ま、聞くのは野暮かしらね」
注文した甘口いちごスパなるものをいつも通りニコニコしながら美味しそうに食べている乙女。きららとしては匂いだけでも胸焼けしそうであり、乙女の表情からもしかしたらと思って一口貰うと科学的な甘さの奔流により一撃でノックアウトされた。常人なら遭難必至である。
乙女がチラリときららの持つ鞄を見ると、きららはその鞄を持ち上げてテーブルに乗せた。
「えへへ……わかりますか? ユウスケくんに買って貰いました」
そう言うきららの表情は明るく、恋する乙女といった様子であった。
きららはユウスケという男性アイドルの追っかけをしており、新しい自分になったことで一悶着あったのだが、きららが思いの丈を全てぶちまけた上で、最終的にどこからか出て来た乙女が介入し、ユウスケに対する2~3時間の説得及び何かの説教の後、今のきららをユウスケが受け入れて二人は付き合うことになったのである。
乙女がキツく言ってくれなかったら彼女がいるにも関わらず、休日とかに取り巻きに囲まれて楽しそうにしてたんだろうなと、なんとなくきららは考えたが、そんなことにはならなかったので考えるのは止めた。
「ふむふむ、善きかな善きかな」
甘口いちごスパと同じく注文したガナラ青汁なる飲み物を飲んで喉を潤している乙女。彼女が当たり前のように飲んでいると、どんなものでも美味しそうに見えるから不思議である。
きららは乙女と接するようになって幾つか発見があった。まず、乙女はかなりマイペースな性格である。そして、悪戯っ娘であり、結構ドSであった。昔ならば想像だにしていなかったような事だろう。それだけでも人間像とは勝手に他人の中で出来上がり、押し付けられるものなのだなと感じた。
「うふふ、きららさんならユウスケさんなんて捨てて映画女優デビューでもしちゃうかと思ってたわ」
「あはは、まさかそんなことしませんよ」
仮に他の状態ならばそうなっていたかも知れないが、今のきららは妖狐で昔に戻ることは出来ない。
「それに――」
きららは頬を染め、少しだけ言い淀みながら身を縮め、上目遣いで乙女を見ながら言葉を溢した。
「大人になったら……乙女先輩は私に教えてくれるんでしょう……? だったらそれまでこの街にいなきゃ……」
何よりきららにとって未だに憧れで、慕い続けていたい先輩がこの街にいるのだから。
「クククッ……愛い奴よのう」
他の客に聞かれぬようにきららだけに小さく呟かれた言葉は古風であり、笑い声も底冷えするような感覚を覚えた。
乙女は自分自身のことを決して語らない。だが接している内にこのように何かの片鱗は見せてはくれるようになった。いつか彼女が全てを聞かせてくれる。そんな日をきららは夢見ていた。
だってきららは、この美しくも恐ろしい妖怪の虜になってしまったのだから。
ちなみにきららさんを妖狐にした翌日、シラフに戻ったハゴロモさんはとんでもないことをしでかしたことに気付き、壁に頭を打ち付けたりしております。日本の伝承はヤマタノオロチくんから続く酒でやらかすエピソードてんこ盛りだからね。仕方ないね。
また、きららさんはハゴロモさんに産みなおされましたが、ハゴロモさんが2~3時間でぽんっとやったので、人間よりマシ程度の一般的な妖怪ぐらいの力しかありません。
この小説では知っての通りハゴロモさんが出ると拗れるお話にはハゴロモさんが出ずに原作通りで進むことになっているので、ここいらでハゴロモさんが出ると思われる話数と、逆にハゴロモさんが出ない理由を書いておきますね(×←出ない、○←出る、-←保留中)。
第13話 欲望の金剛石!輪入道の罠(×)
→ハゴロモさん的に出ることに特に違和感はありませんが、出したら今度こそねずみ男が死ぬ。
第14話 まくら返しと幻の夢(×)
→死人等は出ておらず、あくまで自分自身の意思で大人は行ったため、ハゴロモさんが関わるか微妙なところだったため出さない(書くなら15話の方が面白そうだったとかじゃないですよ?ホントウデスヨ?)
第15話 ずんべら霊形手術(○)
→イマココ
第16話 潮の怪!海座頭(-)
→海座頭へのおじさんの伏線回収が面白過ぎたのであのままでいいと思うの。しかし、まなひとりで旅行に行かせるなんてハゴロモさんがするわけないとも思うので保留中。
第17話 蟹坊主と古の謎(-)
→ハゴロモさんが蟹坊主を初手ワンパンKOしかねない。保留中の理由は前話と時間軸が繋がっているためであり前話と同上。
第18話 かわうそのウソ(○)
→家族旅行だし、猫娘と姉として話すいい機会なのである。
第19話 復活妖怪!?おばけの学校(-)
→………………妖怪城の妖怪……食べちゃったよ……。吐き出しなさいよハゴロモさん!?(見切り発車の末路)
第20話 妖花の記憶(×)
→ハゴロモさんがいると話が拗れる。
第21話 炎上!たくろう火の孤独(×)
→ハゴロモさんがいると話が拗れ、結果としてねずみ男は死ぬ。
第22話 暴走!!最恐妖怪牛鬼(○)
→出さない理由がない、迦楼羅さんはエアーマンと化す。
第23話 妖怪アパート秘話(×)
→あかん、ヤクザがしぬぅ。
第24話 ねずみ男失踪!?石妖の罠(-)
→ものすごく悩んで保留中。どちらかというと石妖はとても妖怪的な妖怪ですし、ねずみ男のバカな男っぷりはハゴロモさんの魂を揺さぶるだろうなって……。
とまあ、こんな感じになっております。これらは目安であり実際の投稿時には変わる可能性があるのでご了承ください。また、見ての通り想像以上に少ないのでオリジナル話を何話か挟むかもしれません。それから、この小説について、~の話が見たいや、~を助けて欲しい、~は~風にするのかな?といった様々な要望や期待があることはとてつもなく嬉しいのですが、このようにこの小説でやるかやらないかは予め、作者の中でなんとなく決まっておりますので、すみませんがご理解ください。