突然ですが俺、八尾になりました。
まあ、なれると思って簡単になれるものではないし、急に言われたとしても困惑しかないので信じられないと思うが、なってしまったものは仕方がない。ついでに言えば一尾の頃から約1000年程経過しており、既に人間が高度な文明と社会を築き、妖怪のことは伝承として語られるだけで恐怖を忘れて久しい時代でもある。
八尾になっている理由は俺の子の晴明が関係する。
晴明は彼が小さい頃に俺が一尾なことを愚痴っていたのをずっと覚えていたらしく、陰陽師の仕事の傍らで俺を九尾にしてやれないかと研究していたらしい。控えめに言ってアホだろコイツと思ったが、そもそも俺から出た子なのでそれも致し方無しだろう。アホだもんな俺。
ちなみに晴明は俺の信条を受け継いでおり、人間のための陰陽師であるそうだ。後、俺より多分優しい子に育ったと思う。たまに帰ってきては遊んでくれるなどと妹の面倒見もよかったしな。暗黒系イケモンセイメイとかにはならなかったな。
ただ、晴明は才能というものが俺とは違ってかなりあったらしく、その方法を完成させて俺に施したいとのことだった。
その方法というのが他者の身体を依り代に転生を繰り返すことで、徐々に種族としてのからをやぶり、自身の妖力を引き上げる術という外法中の外法である。チートな積み技だなオイ。
流石に肉体を乗っ取るのは信条に反するので断ろうと思ったが、その辺りも配慮してくれており、精神が壊れた者や、死に立てホヤホヤの者や、死んでもいいなと思うような奴でも特に問題はないらしい。それならばと晴明の術を受けることにしたのだった。まあ、受けた後に晴明の拘りで女性にしか転生出来ないようにしてあったということを知り、既に二児の母であり未練はあまり無いのだが、何とも言えない気分になったがそこは仕方なかろう。
そして、約1000年掛けて他者を依り代に転生を繰り返して現代に至るのである。まあ、現在は魂だけの存在で転生先の依り代を探している状態なので既に8.5尾ぐらいの状態なのだがな。
まあ、晴明にも娘のきぬにも先立たれてしまったので寂しくないと言えば嘘になる。晴明は元々人間の方の血を色濃く継いでいたので人間よりは長く生きたが死んでしまい、妹のきぬは妖怪の方の血を色濃く継いでいたのだが、夫婦になった人間と共に死にたいという意思によりそのようになった。泣いたなぁ、二人が死んだときは。
そんなこんなで妖怪ではそこまで長生きでもないが、人間的には10倍以上の長生きをして今に至る。まあ、今の俺は魂というか幽霊のような状態なので生きているかと言えば微妙だが、それは置いておこう。
まあ、九尾になったのはついこの間のことであり、八体目の依り代からかれこれギリギリ400年行かない程の期間が空いたのだがな。
というのも晴明によればこの術は俺が九尾になることで打ち止めになるように作ったらしい。すなわち、身姿及び魂の形そのものが最後の九体目の依り代に羽衣という妖狐の妖怪が固定されてしまうのである。
まあ、九尾以上になってしまうと妖怪で無くなってしまうから妖怪のままでいたい。という俺の要望を聞いてそうしてもらったのでコレは俺が選んだことなのだがな。
とは言え、やはりそれならば一切の妥協を許さずに決めたいところ。理想の姿の依り代を見つけると決意したのがつい400年前の話である。
しかし、だからと言って別に400年間ただの一人を吟味していたわけでは全くない。
どうしてそんなに長引いているかと言えば単純な話。これだっ!と思う理想の依り代は何度か見掛けたが、全く若くして死なない上に揃いも揃って良き人だからである。未だに人間を助けることを信条にしている俺は、善人の依り代を殺してまで転生しようとはしないからな。
まあ……更に言えば理想の依り代が事故とかで死なないかな?と考えながら、ふよふよ依り代の周りにいるのだが、依り代が死にそうになる展開になると最早、反射的に助けてしまうのである。そのため、まるで依り代の守護霊のように何人もの理想の依り代を転々として400年も過ごしてしまったのだ。
アホだということはわかっているが、目の前で良き人間に死なれるのは非常に寝覚めが悪いため、仕方がない。 晴明が知ったら絶対苦笑されるな……。
『はぁ……』
当時はいつも溜め息を溢していた。パッと殺ってサクッと入ってしまえばそれで済む。だが、どうしても俺にはそれが出来なかった。そんなことをすればそれこそ心無い化け物だ。俺は身体は変わり果てたが、せめて心だけは良き人間でありたいのだ。
再び自分を奮い立たせて依り代を探す。
現在いる場所はそこそこ大きな病院だ。流石に探す場所ぐらいは絞ることにしたのである。こういった場所ならば俺としてもあまり気負わないで済むかもしれないからな。少なくとも俺が殺してしまうわけではないと自分に言い聞かせられる。
とはいってもやはり理想の依り代はそうそうあるものではなく、死ぬとも限らない。既に1週間で十以上の病院を梯子しているところだ。ここも無駄足かも知れないな。
『なんじゃ?』
ふと、個室の病室を通り掛かった時に何か違和感を感じたため、その病院に入ることにした。まあ、入るといっても壁をすり抜けるのだがな。
『失礼するぞ』
無論、霊体である俺の声は中の者には届かないが、マナーとして声は掛けておく。挨拶は大事だ。
『これは……』
するとそこはやや窶れた様子だが、まだ若い女性がいた。女性の身体的な様子からどうやら出産を終えてそう日が経っていないようだ。
俺が気になったのはそこではない。女性は人間にも関わらず、暗く濃い妖気が下腹部を中心に巻き付けられたように纏っていたのだ。明らかに普通ではない。
『魅入られたか』
こんなものを見せられた俺の取る行動はひとつである。
『えんがちょ、じゃ』
俺は尻尾を一本出して女性が纏う妖気に更に巻き付けてから、女性に当たらないように俺の妖気を放出した。すると妖気は煙を散らすように霧散して消え去る。
俺はこんなんだが、既に大妖怪と呼ばれるぐらいの妖気をしているのでこの通りである。ついでにちょっとマーキングしておけばこれを憑けた妖怪も諦めるだろう。
3分程でマーキングも終え、良いことをしたと思っていると、病室に血相を変えた様子の女性が駆け込んで来た。見た目と年齢からして若い女性の母親だろうか。
話を聞くとやはり母親らしい。母親が新生児室で若い女性の赤ん坊を見ていると、健康体だったにも関わらず、容態が急変したとのことである。
残念だがそういうこともあると思い、病室から去ろうとしたのだが、何か引っ掛かりを覚えて立ち止まる。そして、ふとあることが浮かんだ。
『下腹部……?』
女性は妖気を下腹部を中心に巻き付けられているように見えた。だが、それが下腹部でも子宮だとしたのなら……。
『まさか!?』
俺は女性の赤ん坊がいる場所へと向かった。
◆◇◆◇◆◇
嫌な予感程よく当たるとは誰が言ったか。俺はまさにその状況に陥っていた。
『なんと…まあ……』
あの女性は妖怪に魅入られたわけでも妖気に当てられたわけでもなく、妖怪に"孕まされていた"のだ。
すなわち、俺の目の前にいる赤ん坊は人間と妖怪の半妖だったのだ。妖怪の比率がかなり多めで人間2割妖怪8割といったところだろうか。
だとすれば何故、今赤ん坊が死にかけているのか、その理由が理解出来る。
母親に憑いていた妖気は、母親から赤子に対して妖怪部分の生命の源である妖気を送るへその緒も兼ねていたのだろう。それが突然断ち切られたのだからショック状態になってしまった。こうなった半妖の末路など決まっている。
最早、どうすることも出来ないだろう。俺の妖気では妖力が強過ぎて死を早めるだけだ。
『俺が……やった……?』
この赤ん坊が良き人間として成長するのかそうでないのかは最早わからない。しかし、半妖ではあり、望まれたかどうかも定かではないが、この子は確かに人間だ。こうしてそこにいる。
吐き気がした。
目眩がした。
身体が震えた。
全身の毛が逆立った。
そして、思い出したのは晴明ときぬを産んで初めて抱いた時の感覚だった。
『女の子か…』
転生だけでは足りない。それではこの子を殺してしまう。それはダメだ、それだけはダメだ、それだけはしてはいけない。
だとしたら……。
『いいだろう…』
"俺の全部"と"君の全部"。一切合切全て溶かし合わせてしまおうじゃないか。
俺は最後の転生の術を発動した。
◆◇◆◇◆◇
九尾に至ってから十数年が経過したのでそろそろ"私"の近況を整理してみようと思う。
まず、あの赤ん坊に転生した私は突然非常に不便になった身体をどうにか受け入れながらあの女性―――お母様の娘として育てられた。少なくとも歩けるようになるまでの記憶はこれまで生きて転生してきた記憶の中である意味一番壮絶な記憶だったと思う。晴明……母さん1000歳越えてるけど赤ちゃんプレイがんばったよ……褒めて……。
ああ、ちなみにこの"私"という一人称だが、それはこの身体の持ち主を依り代にするだけではなく、魂レベルで同化したからそうなった。要は今の私は羽衣狐という存在と半妖の娘を合わせた存在になっているのだ。お陰で趣向が変わったり、今の親のことは本当の親として愛せているなどと色々変化した。無論、それに関しては全面的に受け入れている。
まずは私の容姿のことを話そう。私の最後の身体は膝まで掛かる程の艶やかな黒髪をして、華奢ながら出るところはしっかりと出たかなり上質な姿をしている。これまでの依り代の中でもぶっちぎりの美人だと豪語できる程だ。
ただ、半妖だからなのか、私と魂ごと合わさったからなのかはわからないが、雪……いや死人のように白い肌に、光のない黒々とした瞳が相手に不気味という印象を抱かせるだろう。そこはとても申し訳なく思う。
そして、こんな私をこれまで嫌な顔ひとつせずに育ててくれたお母様には感謝しかない。
そうだ、お母様のことを話そう。
私を産んだ時にお母様には男は居なかった。それは逃げたなどではなく文字通りの意味でだ。妊娠が発覚する1ヶ月と少し前に1週間ほど行方不明になって帰って来たことがあったらしい。行方不明の間の記憶は一切なかったそうだ。
間違いなく、その期間に妖怪に孕まされたのでしょう。ちなみにお母様を孕ませた妖怪は高慢にもお母様と私を拐いに再び姿を現したので、地獄すら生温い苦しみを与えてから黄泉に葬ったので悪しからず。うふふ……。
次は……私の名のことを話そう。私の名前は"犬山乙女"という。昔は"山吹乙女"という名だったのだが、母様が今の父様と結婚したのでそうなった。
そして、お母様が結婚したお父様。こちらもお母様に引けを取らずとても良い人間だった。何せこんな私を血の繋がりもないのに娘だと認めて日頃からよくして貰っている。それだけで私には身に余る幸福だ。
お母様とお父様にはちゃんと孫の顔まで見せてあげたいものだ。 まあ、相手がいないけれど。
そして、一番重要なことなのだが――
"妹"が出来たのである。
名前は"犬山まな"といって種違いの妹に当たる。
いやー、もう可愛いのなんのって……うふふ。今も昔も一人っ子だった私としてはもう感無量というもの。"乙女姉~"と言いながら抱き付いて来たまなが小さい頃なんて幸せで愛おしくていっぱい抱き締め返していたぐらいだ。
まあ、小学校高学年になった頃からパッタリされなくなってお姉ちゃんとても寂しいんですけどね……お父様に言ったらものすごく共感されたりもしたなあ。人間の父親なんてそんなものじゃろう。
とはいえ、抱き付いてはくれなくなったけどお姉ちゃんはまなに嫌われないように"良いお姉さん"を演じきっているので多分、まなには嫌われてないと思う。というか思いたい。
そんな感じで順風満帆なのが今の私だ。後、私は高校生でまなは中学一年生だ。まなのランドセル姿が見納めなのは大変残念に思ったが、まなの制服姿は控え目に言っても素晴らしかったのでそれはそれで良い。
「う…………ん……」
私は自分の部屋でベッドから起き上がると伸びをした。さてそろそろ家族が起き出す時間だ。日頃の感謝を込めて誰よりも早く起きて朝食を作るのを私は日課にしている。
とりあえずタンスの前に移動してから黒一色の下着を身に纏い、学校指定の黒一色に白いラインが多少入り、白のスカーフが付いた制服を身に纏った。
「うふふ……いつ見ても惚れ惚れする姿じゃ」
姿鏡に映した私の姿は、女性にしては高めの身長と黒髪や黒い瞳に制服が映え、白過ぎる肌を引き立てている。不気味な見た目だからこそ引き立てられる美しさもある。素材が良いのだから着飾らないのは失礼というものだ。
ちなみに寝るとき全裸なのは元々獣の羽衣としての趣味。元々はむしろ白系を好んで着ていたので、黒が異様に好きなのは乙女の趣味だと思われる。勿論、高校の決め手も真っ黒の制服を見てこれだっ!と思ったからなのは家族には言えない秘密。まあ、そこそこの進学校だったから言い訳は他に幾らでも用意出来たからよかったけど。
「さて……」
高さを少し上げてやや明るめな声にする。そして、瞳を隠すように笑顔を作って目を細めれば犬山乙女という少女の完成だ。
「寝坊助なまなちゃんを起こさなきゃいけませんね」
誰に言うわけでもなくそう呟いて気合いを入れる。それから自室を後にして隣のまなの部屋の前に立った。
「入りますよ」
一応ノックをしてからまなの部屋に入る。そこにはベッドで眠りこけているクセっ毛の少女――私の妹のまながいた。私とは違って可愛さを体現したような容姿をしている。
私ももっとこう可愛さというものを……いやそういう考えは止めよう。お母様から貰ったこの身体はこれで十分に気に入っている。
「まな、朝よ起きなさい」
「んみゅう……後5分だけ……」
ああもう! んみゅうだってんみゅう! 私の妹可愛い! これで夏に薄い本が出る!
はっ! いけないいけない……姉像が崩れる。それに起こさないと学校に間に合わなくなるし、起きているとまなが朝食作りを手伝ってくれたりもするから起こさないと。
「うふふ、ダメよ寝坊助さん。ほらもう朝陽がこんなにきれ……」
陽射しを入れるためにカーテンを開けた瞬間、私は固まった。
なんと家の庭に血のように赤々とした樹が一本聳え立っていたのである。
え? なにこれ? どういうこと?
原作に入らないと作者中々投稿しなくなる気があるのでさっさと入らせました(クソ作者の鏡)
ちなみにこの作品の晴明くんはきれいな晴明なので大丈夫です。
ちなみにTS羽衣狐さんは小説は昔書こうとも思いまして。他者に憑依して転生を繰り返す念能力を持った暗黒大陸の化け狐という設定でHUNTER×HUNTERで書く予定でしたが、ハクアさんに負けました。