犬山さんちのハゴロモギツネ   作:ちゅーに菌

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1ヶ月振りに連日投稿です(ホモは白痴)






縊り狐 (上)

 

 

 

 

「クソッ……クソッ……! 私はただ……私は……」

 

 

 貴族階級の吸血鬼たちが去り、私は全身の痛みに悶え、それ以上に怒り、嫉妬、羨望といった様々な感情に身を震わせながら悔しさとも無念ともわからぬ涙を流していた。

 

 私は所詮、美女の血を吸い続けて進化した吸血鬼の下僕コウモリの一匹に過ぎず、認められることなどある筈もないことはわかっていた。しかし、心の片隅の何処かで微かな期待を抱いていたのも確かだった。

 

 だが、結局私は奴らにとって……ゴミ以下の何かでしかない……誰も私を……私は――。

 

 

 

『ほう? 見たところコウモリ上がりの吸血鬼か』

 

 

 

 首を動かして声の方を見ると、そこにいたのは過去に私を卑しいケダモノと呼んだ貴族階級の吸血鬼の女だった。片手には"美しい白銀の弓琴"が握られており、月夜の彼女は1枚の絵画のようにさえ思えてしまう。

 

 だが、明らかに妖気の質が私の知る吸血鬼とは異なることが見て取れる。それはもっとずっと暗く、陰湿で、誰からも疎まれるような邪悪で寒気を覚えるものだ。

 

 そして、私は感じた。"ああ、なんと心地よいのだろう"と。

 

 

 

『このようなところで寝ては風邪を引くぞ?』

 

 

 

 そして、容姿に優れた訳でもなく傷だらけで小汚ない私に何の躊躇もなく手を差し伸べて来る。

 

 その容姿は私が憧れ、絶望した吸血鬼の女の一人そのものであり、 それはこれまで私が生きた中で、見たことがないほど妖艶で柔和な笑みを浮かべていた。

 

 

 

『ところでモノは相談なのじゃが……』

 

 

 

 私の目の前に現れた余りに闇色で暖かい彼女に、唖然としていると、手を差し伸べたまま彼女は更に口を開く。

 

 そして彼女の顔は、私がよく知りながら私以外に向けられたものは初めて見た顔――憎悪と侮蔑に歪んだ。

 

 

 

『フランス旅行気分と、妾の前の体をぶち壊しおった鼻持ちならない吸血鬼どもを一掃するのを手伝う気はないか……?』

 

 

 

 私は笑って彼女の手を取った。その手は吸血鬼らしく冷たかったが、私には酷く暖かく覚えた。

 

 

 

 

 

 それが私の生涯の友人との出会いの話。そして、やがて世界各地の大妖怪を殲滅する彼女の旅の最初の始まりは――そんな何気ない悪辣な憎悪による動機だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ……はっ……」

 

 ある日。夜の街を学生服のままの犬山まなは駆けていた。その様子には一切の余裕がなく、何かを恐れ、周りを見渡しながら逃げているように思えた。そして、彼女は街中を駆けているにも関わらず、不気味なほどの闇と静寂が辺りを包み込んで居ることも不自然であろう。

 

 少し前。学生らしい人間関係のいざこざがあった折、まなの友人のみやびがまなのスマートフォンにアプリを入れた。

 

 それは黒い星を逆さにしたような形のアイコンの呪いのアプリだった。

 

 何気なく、相手の名をまなが書くと、アプリは名前を入力した直後、すぐに消えたため、雰囲気を楽しむだけのものかと笑いの種に変わる。

 

 しかし、全てはそこから始まった。

 

 それから暫くし、呪った相手も友人のみやびも怪我を負ったことをまなが知ったすぐ後。まなのスマートフォンに3時間以内に名前を書かなければ呪いが跳ね返るという内容のあのアプリが戻って来たのだ。

 

 それとほぼ同時に、まなは居間で"あるもの"を目にし、それから逃げるように家を飛び出して現在に至る。

 

 

「スーマホばっかり見ていると」

 

「いーまに呪いがついてくる」

 

 

 まなの周囲には明らかに様子のおかしい人間が、幽鬼のように集まってくる。しかし、まなが恐れているのは、そちらではない。

 

「――――!?」

 

 そして、遂にまなは居間で見たあるものを見つけてしまう。前方に現れたため、思わず足を止めて眺めた。

 

 それは不自然に宙に浮く、小さな鳥居だった。

 

 それから逃げようとするまなだったが、それよりも先に、鳥居が巨大化し、ずるりと音を立てて鳥居から妖怪が降ってくる。

 

 

『みぃつけた』

 

 

 それは阿修羅像のようにひとつの頭に三面も顔が付き、胴体からはまるで千手観音像のように大量の腕が伸び、様々な武器を持つ人型の異形の妖怪だった。

 

 

『私は、自分は、ボクは、拙者は――調布(この地)に招かれた京妖怪……"二十七面千手百足"』

 

 

 妖怪――二十七面千手百足はゆっくりと歩きながらまなとの距離を詰める。その際に手や耳ついた装飾や、携えた槍や短剣がぶつかり、渇いた金属音だけが響き渡る。

 

「あ、あなたが……あの呪いのアプリを作ったの!?」

 

 恐れる気持ちを抑え、二十七面千手百足に声を掛けたまなだったが、二十七面千手百足はその問いには答えない。

 

 

『まずは君、貴様、お前、そなたから』

 

 

 二十七面千手百足は笑う代わりのように口を開く。そこにはびっしりと生えた鮫のような歯が並んでおり、更に口の中から黒々とした百足が大量に生える。

 

 その姿はあらゆる意味で余りに恐ろしく、到底ただの女子中学生であるまなが耐えられるようなものではなかった。

 

『殺す』

 

「ひっ……!?」

 

 その瞬間、二十七面千手百足の形が変わる。

 

 二十七面千手百足は膨れ上がるように数倍の体躯になると共に、下半身は縦に連なる鳥居となり、胴が伸びると共に、頭部が背中と腹を覆う程びっしりと生え、脇に連なるように大量の腕が生え、剣を中心とした様々な武具をそれぞれ携えている。

 

 その様は既に人型ですらなく、異形の百足のようであった。

 

 そして、二十七面千手百足は腕に持つ、巨大な矛をまなに向けて振るう。たまたま尻餅をつき、それを避けたまなだったが、現状は絶望的である。

 

「あ……」

 

 そして、二十七面千手百足は再び矛を振りかぶり、まなを見据えた。避けられない一撃に思わず声を漏らしたが、攻撃は止まらず――。

 

 

「ちぇすとー!」

 

『――――!?』

 

 

 その巨体に小さな黒い少女の蹴りが突き刺さり、大きく体勢を崩した事で攻撃が逸れて、矛はアスファルトを抉るに留まった。

 

 まなは自身の前に躍り出たその人物に目を向ける。

 

「ママさんからのお使いの途中に何事ですか!?」

 

「ベア子ちゃん!」

 

 それは犬山家に居候している正体不明の妖怪――ベア子であった。片手に醤油の入った手提げ袋を持っている事から、帰宅したまなの母親にお使いを頼まれたらしい。

 

 少なくとも中々強い妖怪であるということはまなも認識しているため、ベア子の登場によって少しだけ安堵し、表情が和らぐ。

 

 するとその瞬間、何故かビシリと二十七面千手百足の身体と顔の一部に亀裂が入り、それによって身震いした。

 

『――――ギィギィ!? 忌々しい……口惜しい……狂おしい!』

 

「ひっ……!?」

 

 そのまま、二十七面千手百足はまなを異様な視線で睨み付け、牙を剥き出しにしながら吠え――ベア子の片眼が輝き始めた事でそちらに視線が向く。

 

「悪いことしちゃダメです!」

 

 明らかに大妖怪クラスの妖気を放つベア子の片方の瞳が虹色に輝くだけではなく、妖力が収束するのが見て取れるだろう。

 

 そして、あるときに輝きが収まり、燻る火のような赤みを帯び、ベア子は一度だけ瞳を閉じるとカッと見開いた。

 

「お仕置きですよ!」

 

「――――――!!!?」

 

 その刹那、ベア子の片眼から赤黒い極光が放たれ、巨大化した二十七面千手百足の身体に人が通れる程の大穴を空ける。

 

 攻撃を受けて怯みつつも二十七面千手百足は矛を振るってベア子を突き穿つが、その切っ先を彼女は両掌で挟み込んで止めた。所謂、真剣白刃取りであった。

 

『――――!?』

 

「ぐぬぬ……。結構力ありますね……!」

 

 一見するとまなよりも小さな少女が、巨大な異形の怪物を押さえ込めている光景は異様を通り越して、最早滑稽の域であろう。

 

 これも単にただベア子が動体視力、反射神経、筋力、妖力などあらゆる素養が生まれついて大妖怪クラスのために行えている事に他ならない。

 

 矛を無理矢理止めたまま、再びベア子の瞳が妖しく輝き始めた――刹那、彼女は不可視の何かを横腹に受けて地面を転がされる。

 

「――っ!? なんですか!」

 

 しかし、転がる最中に体勢を立て直して跳ねるように立ち上がったベア子には、薄く肌を裂かれた程度のことであり、致命傷どころかダメージにも程遠く、すぐに傷口は再生を終えた。

 

 その間に少しだけ退いた二十七面千手百足は身体に空いた穴を瞬く間に塞ぎつつこちらを全ての面でじっと見ている。また、そのとき既にベア子はビルとビルの隙間にある夜闇の一点を見つめ続けていることに気づく。

 

「まなさん! 行ってください! これぐらいの相手なら2体でも私の優位は欠片も揺るぎません!」

 

「でも……ベア子ちゃんが――」

 

「私は……! 解呪はできません! 元より呪いとはろくでもない外法を用いなければ、術式に則るか、術者か、被術者にしか解けないもの! まなさんに掛かった呪いを解くことはできないのです! だから諦めずにまなさんに呪いを掛けている何かを探してください!」

 

「う、うん……わかった! ありがとうベア子ちゃん!」

 

『――――――――――』

 

 その瞬間、再び二十七面千手百足の身体が軋むと、幾つかの腕が取れて一回り小さくなる。

 

 去っていくまなと仁王立ちをしているベア子に目をやり、迷うように視線を蠢かせている二十七面千手百足を余所に、彼女が見ていた暗闇から拍手と共に心地よい靴音を響かせてそれは現れた。

 

 

「おお、素晴らしい……! 流石はバックベアードの娘といったところですか」

 

 

 その者は背丈の低いスーツ姿の男で、ギターを持っていた。男性妖怪だった。鮫のようなギザギザの歯と青白い肌が特徴的である。

 

「行け、百足。コイツは私が足止めをする」

 

『アレは格上だ。あなた、貴公、ヌシでも勝てる相手ではない』

 

「ああ、そうだ。生まれつきの天才の天才だ……私が勝算もなく来ると思うかね? それに足止めだ。深入りはしないさ」

 

『………………かたじけない』

 

 それだけ言うと二十七面千手百足はその場から煙のように消える。

 

「ま、待ちなさい! まなの所には行かせ――ぐっ!?」

 

「私を無視しないで頂きたい」

 

 ベア子が二十七面千手百足を追おうとすると、男性妖怪がギターの弦を引く。すると、ベア子の目の前を鋭く飛行するコウモリが通り過ぎたことで、ベア子の行動を止めた。

 

「邪魔です! 下がりなさい!」

 

「おっと、こわいこわい」

 

 ベア子が目から細い光線を放って男性妖怪を攻撃したが、男性妖怪は全身をコウモリに変えて避け、すぐにコウモリが集まり、元の姿に戻る。

 

 明らかに日本妖怪の動きではないその様子にベア子は驚いた目で見つめていた。

 

「吸血鬼!? お父様の配下の西洋妖怪がどうして――」

 

「バックベアードの配下に間違われるのは心外ですね。私はただ、古い友人の頼みに協力しているだけですよ」

 

 そう言って男性妖怪は恭しくベア子に頭を下げ、手元にあるギターを少しだけ鳴らして見せる。

 

「私は"吸血鬼エリート"……いえ貴女様の前では卑しいケダモノの"ジョニー"に過ぎませんね。まあ、間違われ続けるのも不本意なので、強いて言えば"羽衣狐"の配下と受け取ってくれて結構ですよ」

 

「そう……なんでもいいです……消えて!」

 

「おお――!?」

 

 ベア子が叫んだ次の瞬間、ベア子の影が不自然に地を覆い、ジョニーの足を飲み込んだ。当然、遥か格上の大妖怪であるベア子の拘束をジョニーが解けるハズもなく、そのまま縫い付けられる。

 

「さよなら」

 

「かはっ……」

 

 再びベア子の目から光線が放たれ、今度はジョニーの胸を貫いた。魂を穿たれたジョニーはそのまま消え失せ――。

 

「ひひひひ……! やはり彼女は凄い……正直眉唾物でしたが、ここまで不死身になるとは……! 妖怪城というものは彼女のような者にこそ相応しい」

 

「嘘……」

 

 そこには次の瞬間に何事もなかったかのように胸の穴が塞がったジョニーがいた。確実に殺した筈の相手が不自然に生き残ったことにベア子は驚く。

 

「バックベアードの技も使えるのですね……貴女こそエリートだ」

 

 その間にジョニーは背中からコウモリの翼を生やして空へと飛翔し、ギターをベア子へと向けた。

 

「しかし、彼女と出会い1000年。私もただ生きていただけではありませんよ。彼女の"五尾"……それを私は能力としてモノにしました」

 

「なっ――!?」

 

 そして、弦を1度弾いた次の瞬間、ベア子の体に"真空の刃"による斬撃が刻み込まれ、その体を大きく吹き飛ばす。

 

 ベア子は直ぐに空中で反転して着地し、受けた斬撃による傷痕は日本刀で斬り付けられたようなものに見える。それはついさっき彼女が受けた傷と同じものであった。

 

 しかし、ただ生まれ持った再生力のみでベア子の傷痕はすぐに塞がった。しかし、痛みは感じているようで、彼女の表情は歪む。

 

 それを見たジョニーは歯を見せて笑みを強める。

 

「今や射程距離と切れ味、そして同時発射数は私の方が上です。さあ、心行くまで私の調べをご堪能あれ!」

 

「うう゛っ!? めっ、面倒な……!」

 

 ジョニーの奏でるギターソロに合わせ、放たれる横殴りの豪雨のような斬撃にベア子は防戦を強いられるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ! はっ! はっ……ここなら!」

 

 既に陽が沈み切った夜の学校にまなは来ていた。開けている上に校舎内は自身の庭のようなもののため、幾らか逃げやすいと踏んだのである。また、逃げ切れたようで彼女の後をゾンビのように追って来ていた人間の姿がないため、幾ばくかの休息も取れるであろう。

 

「えっ……なにあれ……?」

 

 そんな彼女の目論みは、校庭に佇む木に吊るされた輪の付いたロープを目にしたことで止まる。それは雰囲気も合わさり、まるで既に幾人もの人間を殺めた絞首台のようにさえ映ったのだ。

 

「う……ぁ……」

 

 更にそれを見つめたまなの目から光が消え、電灯に吸い寄せられる蛾のようにふらふらとしたおぼつかない足取りで絞首台へと向かっていく。明らかに何らかの妖力が働いていることは明白であろう。

 

「まな!」

 

「あっ……猫姉さん」

 

 しかし、彼女には数多の妖怪の友人がいる。その1人の猫娘が、首縄を首に掛けようという直前のタイミングで滑り込み、その爪で首縄を引き裂くと彼女を抱き抱えた。

 

 更に鬼太郎と目玉のオヤジも現れ、無事な様子のまなを見て互いに安堵の表情を見せる。

 

「ギィッ――!」

 

「あやつは……縊鬼(くびれおに)!」

 

 すると絞首台から鬼というよりも亡霊のような姿をした妖怪が現れ、鬼太郎達から距離を取ろうと、体育館の方へと逃げ込んでいく。

 

 それを鬼太郎と猫娘が追おうとした――その直後、縊鬼に真横から飛び出した巨大な矛の切っ先がその体を刺し貫いたことで二人は唖然としつつ足を止める。

 

 

「――――――!!!?」

 

『笑止』

 

 

 それはまなを追っていた妖怪――二十七面千手百足の矛によるものであり、その尖端は縊鬼の胸を背中から容易く刺し貫いてグラウンドの固い地面に縫い止めていた。

 

「ぁッ……がぁ!!? ひゅ……!」

 

『浅慮にして愚劣なる者よ。その身に刻むがいい』

 

 更に既に瀕死の縊鬼に対して、二十七面千手百足は、その数多の腕に持つ数々の武器を投擲し、瞬時に縊鬼を針達磨のように変える。

 

 明らかな過剰攻撃に事切れた縊鬼の身体は、煙のように消えて、魂だけとなったそれは何処かへと消えて行った。

 

 その場には、依然として異様な様相をした二十七面千手百足だけが残され、鬼太郎と猫娘は、そちらに意識を向けて臨戦態勢になる。

 

 しかし、よく見ればいつの間にか二十七面千手百足の全身にヒビが刻まれており、今にも崩れ去りそうに思えた。

 

『下名、小職、当方、愚生はこれにて御免』

 

 更に二十七面千手百足が目的を達成したとばかりにそう呟くと、その巨体は闇夜に溶ける濃霧のように消えて行く。

 

『拙は、私は、小生は、おらは所詮歯車のひとつ。全ては我らが主、羽衣狐様の御心のままに――』

 

 そして、手にしている仏具のひとつが小さく鳴らされると、そこには既に二十七面千手百足の姿はなく、五寸の薄汚れて顔を抉り取られた木彫りの仏があるばかりであった。

 

「羽衣狐の配下か……」

 

「…………!」

 

 その事を知ったまなは、恐怖からか、ぷるぷると身を震わせており、彼女を安心させるために猫娘はより強く彼女を抱き締めつつ、彼女に二十七面千手百足を仕向けた羽衣狐に憤慨しているように鬼太郎らには思えた。

 

「何これ……ただの木彫よね?」

 

「それに宿って居たのじゃろう。役目を終えた故、ただの物に戻ったのじゃ」

 

「父さん、今の妖怪はいったい?」

 

「ふむ……あやつは二十七面千手百足。子供の心に巣食い、恐怖心を抱く限りは際限なく現れる古い京妖怪じゃ」

 

「京妖怪……」

 

 ポツリとまなが呟く。これまでずっと走って来た疲労を今更感じたのか、彼女は何処か心ここに有らずな様子で項垂れる。

 

 ダシにされる――。

 

 自分のために他のものを利用する。手段に利用する。口実に使う等の意味があると、前に引いた国語辞典の内容を彼女は思い出していた。

 

「元々、土地神や祟り神の類いではあるが、話はわかる方の妖怪じゃ。その代わり、恐怖する子供がいなければ力をほとんど発揮できん。間接的にまなちゃんに憑く事で、身体と妖力を維持していたのじゃろう」

 

 二十七面千手百足が消えたトリガーは、明らかにまなに憑いていた縊鬼を討滅したことであろう。

 

 それに以前に現れたバラバも羽衣狐の回し者であった。前回はがしゃどくろ、今回は縊鬼。何れも下手に解き放たれれば、多数の人命が失われていても何も可笑しくはなかったような邪悪な妖怪である。

 

「つまりアイツは……羽衣狐の指示でまなを脅しつつ守ってたってこと!?」

 

「どうしてアイツがそんな回りくどいことを?」

 

「わからん……じゃが、結果的に助けたのは事実じゃ――」

 

 まなは鬼太郎らの話の輪に入れない疎外感と、騙しているような申し訳なさを感じつつもそれ以上の感情により、新たな決意を抱く。

 

 

 

(お姉ちゃん今度と言う今度は絶対に許さないんだからねー!?)

 

 

 

 尚、本日から犬山乙女はまなに暫く塩対応をされると共に、2~3週間程の添い寝禁止令が言い渡され、血涙を流しながら真っ白に燃え尽きたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『人を呪わば穴ふたつ――

 みつ よつ いつつ むつ ななつ――

 ななつ 涙に泣き濡れて 呪う心は いつ尽きる――』

 

 

 縊鬼による事件があったその日の深夜。

 

 街から離れた電波塔の上にて、黒衣に全身を包んでシルクハットを被った異形の存在――"名無し"は夜闇の彼方へと言葉を吐いていた。

 

 その仮面に彩られた視線には人々の街の光があり、何に対するモノなのかは言わずともわかるであろう。

 

 

『人の世果つる末までも――

 呪う心は 尽きるまじ――

 暗い思いは 尽きるまじ――』

 

 

 その言葉は最早言葉ではなく詩であり、その詩は余りにも暗い呪詛であった。

 

 それらは吐かれ、波のように押し寄せる。そして、呪詛は形を結び、鈍い色をしたひとつの珠となり、まるで何かに吸い込まれて溶けるように何処かへと消える。

 

 それを終えた名無しは、何処と無く嬉々とした声色で調子外れに笑うように呻く。

 

 

『これで二つ目 うつろな うつわに 目が二つ目――五つ そろうは いつの日か――』

 

「貴様が潰えるより先ということはあるまい?」

 

『――――――』

 

 

 次の瞬間、名無しは女の言葉を聞くと同時に白みを帯びた巨大な触手のような何かに全身を巻き取られるように拘束される。

 

 よく見れば強靭過ぎるだけの獣の尻尾であるそれから脱出しようと名無しはもがき、幾重もの呪詛を吐き、呪術を放つがその一切を遅れて展開して見せた女の呪術が弾いた。

 

 縛られたまま、次々と呪詛と呪術を放つ名無しであったが、そのどれかひとつでさえ、女の身体を毛の1本すら脅かす事はない。

 

『――お、おぉ……ぉおぉぉぉ――?』

 

「おお、こわいこわい……。こわくて貴様の用いる呪詛と術の対抗呪術を編み出してしもうたわ」

 

 女――日本三大悪妖怪"羽衣狐"は、まるで稚児を相手にするかのように名無しの全ての術を迎え撃ち、反らし、弾き、消し去る中、狐のように目を細めて満面の笑みを浮かべている。

 

「"八百八狸"、"妖怪の学校"、それに"まなに掛けた呪詛"……この妾が気付かず、何も対策をしないと思うてか? 貴様は悠長に時間を与え過ぎたのじゃ。如何に貴様が捻れ狂った呪詛を持とうとも、この日ノ本に妾より呪術の才のあるモノは現世におらん」

 

『ぬぅ……お……おぉぉ……!』

 

 羽衣狐は更に尻尾での拘束を強め、縊り殺すように尾が締め上げられる。

 

 その力は大妖怪らしく名のある鬼すら超え、余ほどに腹に据えかねるのか、ただ陰湿で加虐的な性格なのか、少しずつ削ぎ落としているようにさえ見えた。

 

「"縊鬼"とあのアプリは大きく出過ぎたなぁ? まなで時間を稼いで引き伸ばす事で、貴様を逆探知することは余りに容易かった。不用心よのう。呪いの術は妾でも舌を巻くほど高度で捻くれておるにも関わらず、他がまるでよちよち歩きじゃ。貴様がどれだけ怨みと呪いに精通しようと、妾には決して勝てぬ。陥れた相手の数と、誅殺した者の桁が違うわ」

 

 そう言うと羽衣狐は、二尾の鉄扇で口元を覆う。

 

 そして、勢い良く鉄扇を畳むと、ドス黒く名無しと同等かそれ以上に悪意に満ちた妖気を放ち、笑みとも怒りとも取れ、何よりも憎悪に満ち溢れた表情を浮かべた。

 

 

「――妾の安寧を奪い去った貴様には、最早、死という安寧すら与えてはやらんぞ……?」

 

 

 何故か嘲笑う羽衣狐が、血のように赤々とした妖力に染まった涙をさめざめと瞳から流していた。

 

 しかし、有無を言わせぬ理不尽極まりない迫力によって、鬼か修羅のようにしか見えなかったという。

 

 

 

 

 







「まなぁ! まっなぁ! ああぁ゛ぁぁ゛ぁまなァ! まなぁああああああああああああああああああああああん!!! あぁああああ…ああ…あっあっー! あぁああああああ!!! まなまなまなまなぁわぁああああ!!! あぁクンカクンカ!クンカクンカ!スーハースーハー!スーハースーハー! いい匂いじゃなぁ……くんくん……んはぁっ!んッ――んんッ……はぁ」


2年ぐらいまなちゃんに会えなかった羽衣姉の鳴き声




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