犬山さんちのハゴロモギツネ   作:ちゅーに菌

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どうもちゅーに菌or病魔です。

アニメ三話後編となります。


羽衣狐(乙女)

「急げ鬼太郎! まなちゃんが危ない!」

 

 目玉のおやじに急かされながら鬼太郎、猫娘、一反木綿、子泣き爺、砂かけ婆、ぬりかべらの妖怪は突如現れた妖怪城を目指していた。

 

 それというのも猫娘の携帯電話に妖怪城の人柱と、妖怪城の妖怪であるたんたん坊・かまいたち・二口女らが映った写真が添付されたメッセージが届いたからである。

 

 その届け主は犬山まな。のびあがりと見上げ入道の事件の解決に一役かった人間の少女だ。

 

 また、彼女のメッセージは自身が人柱にされるまでの間に書かれたというのにも関わらず、終始自身が関わったことへの謝罪が書かれているだけだった。それだけまなが真っ直ぐで心の強い人間だということだろう。そんな人間を放っておけるほど彼らは人でなしではないのである。

 

「あれは……?」

 

 妖怪城に近付くと城内で白髪の女妖怪と、全身を黒い装束で隠して扇子のようなものを持った妖怪が抱き合っているのが見えた。

 

「何あれ? どういう状況?」

 

 それを見た猫娘は疑問符を浮かべたが、何かに気が付いた目玉のおやじは言葉を吐く。

 

「――ッ!? 皆よ! 羽衣狐じゃ!」

 

「あれが羽衣狐!?」

 

「彼奴の手にあるのは"二尾の鉄扇"じゃ。羽衣狐で間違いない。そして、羽衣狐に抱き着かれているのは妖怪城の主のひとりの二口女じゃな」

 

「姿を見たのは何百年振りかのう……」

 

「ワシは初めて見たぞ」

 

「じゃあ、羽衣狐はいったい何をして――」

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」

 

 鬼太郎の仲間達が思い思いの言葉を呟き、鬼太郎が疑問を上げたところで、鬼太郎の仲間達以外からの悲鳴によりそちらに意識が向けられた。悲鳴を上げた者は羽衣狐に抱き着かれている二口女であった。

 

 見れば二口女の首筋に羽衣狐の頭があり、二口女の首筋からは血飛沫のように激しく妖気が漏れ出していた。見た者が妖怪ならば二口女が何をされているのかは一目瞭然だろう。

 

「羽衣狐が二口女の首筋に噛み付いておる……」

 

「妖怪を食べてるの……?」

 

「他の妖怪の姿が見えないところを見ると羽衣狐に喰われたのじゃろうな」

 

「そこは自業自得ですね。同情の余地もない」

 

 鬼太郎らの言葉の最中にも行為は進んで行き、二口女の首筋から顔を上げた羽衣狐は二口女の唇に自身のそれを重ねた。

 

「―――!? ァ―――!!」

 

 その直後、口づけをされた二口女はまるで若さを羽衣狐に吸い取られるように急速に老化していく。

 

 その果てに骨と皮だけのような姿になって地面に倒れ伏した。その後、二口女だったものは砂へと変わり、そこに妖怪がいたという証は完全に消え去った。

 

「あぁ……あぁぁ……」

 

 羽衣狐は艶のある声を上げながら身体を抱き締めて月を仰いだ。その動作は酷く緩慢であり、漏れ出したような声でありながら、男女問わず見るもの全てを魅力するような艶かしさに溢れていた。

 

 現に一時的に鬼太郎らは羽衣狐に意識が向き、彼女の動作が終わるまで誰も声を出さずにただ、彼女を見つめるだけであった。

 

「やはり口に合わぬな妖怪(あやかしもの)は……」

 

 やがて永遠のような時間も終わり、黒い狐の面に覆われた羽衣狐の顔で、面のない唇からポツリと言葉が絞り出される。

 

 それにより水面に一石が投じられたかのように鬼太郎らは思考を再開し、羽衣狐に対しての己の行動を思索する。

 

「さて……次は童じゃのう」

 

 しかし、それも続けて羽衣狐の口から吐かれた言葉により中断される。羽衣狐は童――すなわち妖怪城に人柱にされた子供たちのことを呟いたのである。

 

 それは今の羽衣狐の行動を見ていた者ならば、誰であろうと自ずと答えが出よう。

 

「猫娘……父さんを頼む」

 

 鬼太郎らの中で鬼太郎が最も行動を起こすのが早かった。

 

「……鬼太郎はどうするの?」

 

「僕が羽衣狐を足止めする。皆はそのうちにまなと人柱の子達を助け出してくれ」

 

「ま、待て鬼太郎!」

 

 そう言って鬼太郎は目玉のおやじの静止を無視して猫娘に目玉のおやじを任せると、乗ってきたものから飛び降りる。その間、鬼太郎を止めた者は目玉のおやじ以外にはいなかった。

 

 この中で唯一羽衣狐と対抗できる者を皆わかっているのだろう。それの隣にこの場で立つのは邪魔にしかならないことも。目玉のおやじもそれを誰よりもわかってはいたが、親心が先行して止めたのだ。

 

 知識人である目玉のおやじは、羽衣狐に勝てる者など居はしないことを誰よりも知っていたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鬼太郎は20m程距離を開けて羽衣狐の背後に着地した。

 

「随分遅いご到着じゃな鬼太郎よ」

 

 羽衣狐は落ちてきた鬼太郎に振り向き、身体を向ける。

 

 その姿は全身を黒いローブとブーツで覆い、顔は口の空いた狐の面で隠していた。唯一、覗く死人のように白い手と口元がより一層、羽衣狐の妖艶さを引き立て、更に対峙した相手へ人ではない化け物だという威圧とまで言い切れる印象を刻み込んでいた。

 

「僕を知っているのか……?」

 

 内心は計れないが、鬼太郎は羽衣狐に臆することなく対峙した。最もこれまで鬼太郎が相手をして来た如何なる妖怪よりも一筋縄ではいかないことは鬼太郎本人が誰よりも理解しているだろう。

 

「お互い様じゃろう。まあ、どう妾を思っておるかは預かり知らぬがな」

 

 そう言って羽衣狐は少し呆れた様子で大袈裟に鉄扇で口元を隠す。その動作のひとつひとつが妖艶であり、また対峙している者を下に見ているようにも鬼太郎は感じた。

 

「……子供たちをどうするつもりだ?」

 

「言わずともわかろう。いったい今の今まで妾がここで何をしていたと思っておる?」

 

 答えはいらない。羽衣狐はそう答えた。それによって鬼太郎は、最早羽衣狐を野放しにするという選択はどこにもなくなっていた。

 

「そうか……」

 

 鬼太郎は霊毛ちゃんちゃんこを片腕に巻くと拳を握り締め、羽衣狐に言い放った。

 

「だったらお前を止める! 羽衣狐!」

 

「ほぁ?」

 

 鬼太郎は大地を踏み締め、羽衣狐の眼前に迫った。その刹那、羽衣狐が何か声を上げたが、既に攻撃体制に入っている鬼太郎の耳には入らない。

 

 鬼太郎の拳は羽衣狐の胴体目掛けて放たれ、彼女の眼前まで迫った。

 

 羽衣狐に突き刺さった鬼太郎の拳は激しく轟音を上げ、二人が踏み締める大地にまで響き、あまりもの力は鬼太郎の足に沿うように亀裂を刻んだ。

 

「ぐッ!? なんて力だ……!」

 

「おお、こわいこわい……こわくて止めてしもうたわ」

 

 しかし、羽衣狐は直立不動のまま拳を正面から片手で掴み取ることで止めていた。鬼太郎は羽衣狐の手からちゃんちゃんこで覆われた拳を引き抜こうとするが、全く抜け出せる様子がない。

 

「腐っても妾は九尾の妖狐よ。腕っぷしだけなら鬼より上じゃ」

 

「髪の毛針!」

 

 鬼太郎の髪が不自然に逆立ったと思えば、そこから針状で鋭利となった毛が、羽衣狐の顔面に向けて多数発射された。

 

「全く……女子(おなご)に手を上げるとは褒められぬぞ。ましてや顔など以ての外じゃ」

 

 だが、羽衣狐は片手に持つ鉄扇を広げ、容易に鬼太郎の髪の毛針を防ぎきった。面と鉄扇により羽衣狐の表情は見えないが、その態度はどこか呆れを含んでいるように鬼太郎は感じた。

 

「止めておけ。お主とは戦う意味がない。戦おうとも思わん」

 

「減らず口を……体内電気!」

 

「おおぉ!?」

 

 鬼太郎の全身から蒼い電撃が放たれた。鬼太郎の拳を掴んでいる羽衣狐はそれを真っ先に直撃する。これまでとは違い、体内電気を受けた羽衣狐は強張り、鬼太郎の拳を掴む力が緩んだ。

 

(今だ……!)

 

 鬼太郎はその瞬間を逃さず、羽衣狐の腕を振り払うと、髪の毛を一本引き抜く。それに鬼太郎が霊力を込めると巨大化し、鬼太郎の手に馴染み槍と化した。

 

(髪の毛槍!)

 

 鬼太郎の槍は未だ体内電気で痺れている羽衣狐の喉笛目掛けて放たれた。

 

 だが、次に鬼太郎が感じたのは肉を穿つ感触ではなく、重く硬い感触と、金属と金属が激しくぶつかり合う異音である。

 

「今のは少し腹が立ったぞ……?」

 

 未だ多少痺れている様子ながら羽衣狐はいつの間にか鉄扇とは逆の手に持った太刀により、髪の毛槍を防いでいた。

 

 "三尾の太刀"

 

 羽衣狐は柄に細い鎖の付いた太刀を横に薙ぐ。鬼太郎は地面を蹴り、後ろに飛ぶことでそれを回避した。

 

 その結果、両者は10m程空けて睨み合う形となる。

 

 鬼太郎はようやく羽衣狐の鬼太郎に対する意識が、少しだけ敵意を持ったものになったことを感じた。 

 

「退け、悪いようにはせん」

 

 羽衣狐は鉄扇と太刀を構えずに持ちながら、髪の毛槍を構える鬼太郎にそう言葉を投げ掛ける。

 

 両者動かない静寂の中で、羽衣狐の太刀の柄に付いた装飾が地面に当たり擦れる金属音だけが響いた。

 

「退かない!」

 

 無論、鬼太郎に羽衣狐から退くなどという選択はない。せめて人柱が全て助け出されるまではこの場に羽衣狐を縛り付ける。それが今の鬼太郎の意思であった。

 

 それを聞いた羽衣狐は鉄扇で顔を覆う。そして、口から大きな溜め息を吐くと鉄扇を閉じてその唇から言葉を溢した。

 

「仕方がない。そこまで妾を求めるのなら……」

 

「――っ!?」

 

 鬼太郎は羽衣狐の妖力の激しい高まりを感じると共に、羽衣狐の濃厚で莫大な妖気により噎せかえりそうな程に大気は塗り潰され、空は黒に染まる。

 

(いや……高まってるんじゃない!)

 

 羽衣狐の背から大蛇がのたうつように生えた"一本の尾"を見た鬼太郎は確信する。

 

(羽衣狐が妖力を抑えていただけでこれが本来の妖力か……!)

 

 転生を繰り返し、数多の妖怪を喰らう大妖怪の妖気。それは当てられているだけで肌に突き刺さるような感覚と、恐怖とも寒気ともつかない悪寒を与える邪悪に満ちたものであった。

 

 その上、羽衣狐は九尾の妖狐。つまり今の羽衣狐は実力の九分の一程度かそれ以下しか出してはいないということだろう。

 

「ひとつ戯れといこうか?」

 

 羽衣狐はそう告げると鬼太郎へ一本の尾を伸ばす。その尾は羽衣狐の思い通りに質量を無視して伸縮し、鬼太郎を薙いだ。

 

「うっ……!?」

 

 咄嗟に髪の毛槍で尾を受け流そうとした鬼太郎であったが、その薙ぎ払いは人型の身で受けうる限界を遥かに越えた一撃であった。

 

 故に鬼太郎は防ぐことには成功したが、勢いを殺し切るには至らず、そのまま妖怪城の石垣まで飛ばされ、背中から打ち付けられる。

 

(なんて馬鹿力だ……)

 

 衝撃と石垣に身体が埋まったことで強制的に羽衣狐を視界から外された鬼太郎。それも一瞬の出来事であり、鬼太郎は再び羽衣狐に視線を戻す。

 

 すると鬼太郎の視界いっぱいに青い炎の塊が揺らめいていた。

 

「―――――!?」

 

 直後、鬼太郎が感じたのは焼き付くような激し過ぎる光と、上げた声すら掻き消える程の爆音。如何に幽霊族の鬼太郎といえど至近距離からこれ程のモノを受ければ暫くはただではすまないだろう。

 

「――――――――」

 

 羽衣狐が何か呟いたが、今の鬼太郎の耳には言葉としては聞こえない。

 

 しかし、並の妖怪を遥かに超えた速度で鬼太郎の耳は回復していき、次に羽衣狐から紡がれた言葉をハッキリ聞き取ることが出来た。

 

「"虎退治"」

 

「うぁぁぁ――!?」

 

 その言葉と共に鬼太郎は肩に何かが突き刺さる感触と、そこを中心に異様な衝撃を受け、更に深く石垣に埋められる。

 

「これは……?」

 

 視力が回復した鬼太郎が自身の肩に目をやると、肩を容易く貫通している"槍"がそこにあった。

 

 鬼太郎は身動きをとろうとするが、槍は石垣に縫い付けるように深く突き刺さっている上、槍自体に対象を縛り付ける効果があるのか、全く身体を動かすことが叶わない。

 

 万事休す。鬼太郎は次に羽衣狐が取る行動をただ眺めた。最早何をしようと間に合うことはないだろう。

 

 すると何故か羽衣狐は尻尾を引っ込め、鉄扇と太刀を消した。そしてまた大きな溜め息を吐くと口を開いた。

 

「遊びは終いじゃ、お主はそこにおれ」

 

 それだけ言って羽衣狐は妖術による移動を使い、霧を散らすようにその場から跡形もなく消え去った。

 

 そして、その場には鬼太郎だけが残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここか」

 

 私は妖怪城の下にある空間にいた。そこには12本の石柱が聳え立っており、その前に私がいる。

 

 鬼太郎と戦いながらまなの位置を探っていたので簡単に来ることが出来たのである。まながいるのは……これか。

 

 私は12本のうちまなが囚われている中央の石柱を殴りつけた。

 

石柱はいとも容易く砕け散り、その中からまなが私目掛けて降って来たので、尻尾を一本伸ばして空中でまなを受け止める。

 

「あっ……もふもふ」

 

 我が妹ながら今その反応はどうなのだろうか……? まあ、私の尻尾は最高級のミンクやキツネよりも上の自信があるので鼻が高いといえばそうなのだがな。 

 

「……ひょっとしてあなたが羽衣狐さん?」

 

 まなは尻尾に胴をくるまれたままそんなことを聞いてくる。小首を傾げながら聞く動作がなんとも可愛らしい。

 

「如何にも妾が羽衣狐じゃ」

 

 どうしてまなが羽衣狐を知っているのだろうか? 私のことは妖怪しか知り得ないことだ。まあ、鬼太郎らが教えたのだろう。

 

 私はまなを地面にそっと下ろして尻尾を戻した。その時、まながちょっとだけ残念そうな表情を浮かべていたのが若干後ろ髪引かれたが、今の私は羽衣狐なので心を鬼にして無視する。

 

「娘っ子よ。何処へでも行け、ここにいられては敵わぬ」

 

 私はジェスチャーでまなに離れたところにいるように指示した。単純に他の石柱を壊したときに破片が当たったりしたら危ないからである。

 

「………………え?」

 

 だが、何故かまなは私をじっと見ており、話を聞いていないように見えた。いや、どちらかといえば私の"手"を見ているように見えた。

 

「何を呆けておる?」

 

「いえその……」

 

 まなは言葉につまりながらも笑顔になると更に言葉を紡いだ。

 

「とっても素敵な手ですね!」

 

 まなはそんなことを言った。私は自分の死人のような白い手を見つめるが、まなの言うように素敵な手には思えなかった。世辞が下手だなまなも―――。

 

 すると突然、まなの携帯電話が鳴り響き、思考が中断された。更にその直後、強烈な破砕音が後方から響く。

 

「羽衣狐ぇぇぇぇ!!」

 

 聞き覚えのある声を耳にし、振り向いて後ろを見れば天井に当たる地面を破壊して降ってくる鬼太郎が空中にいた。

 

 更に鬼太郎が身に付けていたちゃんちゃんこが、手に握られている棒状の何かに巻かれているのが見え、それを鬼太郎が凄まじい力でもって投擲した姿が見える。

 

 ちゃんちゃんこに包まれた棒状の何かは恐らくさっきの髪の毛槍とやらであろう。それが私に向かってくる。私は刹那の内に思考した。

 

 真っ先に避けることを考え、身体もそう動こうとした。だが、私の背後には残り11本の石柱に埋められた人柱の子供達がおり、まなもいる。避けてどれかに当たり、偶々そこに子供がいれば死は避けられないだろう。

 

 ならば逸らすか? 弾くか? いや、それもダメだ。逸らせば避けるのと大差ない。弾いても前方に弾けるとは限らない。

 

 ならば受け止めるしかない。

 

 私は尻尾を一本出し、ちゃんちゃんこに包まれた髪の毛槍に巻き付けるようにして縛った。激しい衝撃の反動で地面を踏み締めた身体ごと後ろに少しだけ下げられたが、どうにか受け止めることが出来た。

 

 眼前で私に矛先を向けながら止まっているそれをよく見て気がつく。

 

「妾の"四尾の槍"か……」

 

 ちゃんちゃんこで覆われた物体は髪の毛槍ではなく、私の四尾の槍であった。尻尾で勢いを殺し切れて止めたから良いものをこれが刺さったらかなり危なかった。四尾の槍は獣を殺すという願いを受けて作られた退魔の槍なのである。無論、獣の妖怪の私にも非常に効果がある。

 

「んぅ?」

 

 そこまで考えたところで、ちゃんちゃんこに変化が起こる。ブルブルとちゃんちゃんこが私の尻尾の中で震え始めたのである。

 

 そして次の瞬間、ちゃんちゃんこはまるで意思を持つかのように私が尻尾で押さえている四尾の槍を射出したとしか言い様のない現象が起こった。

 

 私が驚く暇もなく超至近距離から凄まじい勢いで私の心臓目掛けて飛び出した四尾の槍。尻尾の中から発射されたそれを止める方法は無かった。

 

 せめてダメージを少しでも抑えるために胸に飛び込む四尾の槍の刃を握り、無理矢理軌道を変える。

 

「くぅぅ……!?」

 

 結果として四尾の槍は私の手を傷付け、脇腹に突き刺さることで止まった。脇腹を貫通こそしてはいないが、久々にここまでの手傷を負ったものだ。

 

 私は脇腹に刺さった四尾の槍を引き抜き尻尾に戻した。脇腹と槍を掴んだ手からは止めどなく血が滲み、妖気が漏れる。

 

「やってくれたな……鬼太郎よ」

 

 私は口の端から流れ出た一筋の血を手で拭った。四尾の槍をまともに受けたのだ。本質的に獣である私にとっては猛毒を受けたに等しい。今は痩せ我慢でなんとでもなるが、早く治療をしなければ命に関わる。

 

 槍には相手を拘束しておく機能もあるのでそちらを使っていたことが仇になるとはな。何故鬼太郎が抜け出せたのか疑問でならないが、完全に後の祭りというものだ。

 

「血が……」

 

「余所の獣を心配なぞしておる場合か」

 

 まなのあまりに気の抜けた心配に顔が綻びそうになったが、激痛に意識を向けてどうにか耐える。まあ、何はどうあれまなが無事だったのならお姉ちゃんはいい。

 

「潮時じゃな……」

 

 見れば空いた穴から続々と鬼太郎の仲間達が降りてくるのが見える。元々この城の妖怪を一掃して鬼太郎が来た段階で、まなを私が救出する必要は無かったのだ。これぐらいにしておいた方が身のためだろう。

 

 私は再び鬼太郎の前で使ったものと同じ妖術を使ってその場から消えようとした。

 

「待って!」

 

 だが、一番に声を上げて私に駆け寄ってきたのは鬼太郎ではなく、背後にいたまなだった。

 

 まなは何故か私に背中から抱き着く。流石にドキリとしたが、人間のまなに私を止める術はない。数秒も立たないうちに私はこの場から遠くへと消えるだろう。

 

 まなは私に抱き着いたまま呟いた。

 

「助けてくれてありがとう」

 

 全く……まなはどうして"羽衣狐"にそんなことが言えるのだろうか? そんなことを思いながら私はその場から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 町外れの廃ビルの屋上で脇腹と掌の止血を終えた私は久しぶりに愛用の煙管を吹かしていた。せめて成人するまでは控えようと考えていたが、こんな日ぐらい吸ってもバチは当たるまい。

 

「んぅ?」

 

 夜空を見上げながらさっきのまなを思い返しながらぼーっとしていると、服のポケットに何か硬い膨らみがあることに気が付き、それを取り出す。するとそれはまなの携帯電話だった。

 

 全くなんと豪胆なことだろう。まなは羽衣狐が消える寸前に自分の携帯電話を滑り込ませていたようだ。

 

「もうまなったら………………え?」

 

 携帯電話の画面ロックを解除してみるといつもまなが使っているSNSアプリが開かれていた。それだけならばよかった。しかし、その画面の宛先は犬山乙女であり、未送信の文字が打ち込まれている。

 

 そこには一言こう書かれていた。

 

 

 

 "私のお姉ちゃん"

 

 

 

 私は傷による痛みも、困惑も何もなく、ただ優しく微笑むまなを思い出し、懐かしみ、どこか遠くの夜空を眺めた。

 

 そして、最後にまなが言っていた言葉と繋げて言葉に出す。

 

「"助けてくれてありがとう、私のお姉ちゃん"かぁ……」

 

 まなが羽衣狐()に言っていた言葉を思い出した。

 

 "とっても素敵な手ですね"

 

 ああ……手か……死人のようなこの手か……あの娘は乙女()を手だけで確信したのか。羽衣狐()乙女()だと見抜いたのか。

 

 それもそうだ。何年一緒にいると思っている。姉の手をまなは覚えていただけの話だ。そして、それでもまなは私に感謝をした。騙そうとしたバカで小さな狐と暖かく優しい人間。まるで絵本のようじゃないか。

 

「何年……何年……妾はまなを騙して……」

 

 まなはいったいどんな気持ちでそれを言ったんだろう? 言えたのだろう? わからない……羽衣狐()はまなのように良い人間でも優しい人間でもない。乙女()は……どうすればいいのだろうか?

 

 私は手から溢れ落ちた煙管に構うこともなく、静かに地面に膝をついた。

 

 

 

 

 




後編と言ったなアレは嘘だ。これは中編で短めですけど後編はもう1話あります。

本当はまなちゃんにバレるのはもう少し先でいいかと思っていたのですが、予告見る限りアニメ7話にもまなちゃんが出なそうなのでまなちゃんにだけはもう先にバレることにしました。

まなちゃんがチラッとしか出ない4話、時系列の怪しい5話、不覚にもウルっときた6話、またもまなちゃんが出る気がしない7話はこの小説では書かないと思うので暫くこの小説は原作の妖怪とあまり絡まない程度のふんわりとしたオリジナル展開となります。

具体的にはまなちゃんがハゴロモさんの尻尾をモフるかモフらないかで言えばモフったり、おっきーが弄られたり、ハゴロモさんの耳をまなちゃんがモフモフしたり、おっきーが泣かされたりします(予定は未定)。

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