犬山さんちのハゴロモギツネ   作:ちゅーに菌

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どうもちゅーに菌or病魔です。

・前回の後書き
短めですけど後編はもう1話あります
・結果
 約9300字

こういうところで手を抜かないから他の小説の投稿が遅くなってるんだよなぁ……(自覚)


犬山さんちのハゴロモギツネ

 

 

 

 妖怪城の事件が終わった日の夜中。私は携帯電話を握り締めながら何をするわけでもなくお姉ちゃんの部屋で窓から覗く夜空を眺めていた。お父さんもお母さんも今日はいないからお姉ちゃんの帰りを待っているのは私しかいない。

 

 私の携帯電話は羽衣狐さん……ううん、お姉ちゃんに渡しちゃったからこれは私のじゃなくてお姉ちゃんが家に置いていた携帯電話。

 

 おっきーさんは羽衣狐という妖怪のことを妖怪にとってとっても怖い妖怪で、転生という形で人間を乗っ取って生きているとも言っていた。

 

 だったら私の今のお姉ちゃんは羽衣狐さんに身体を乗っ取られているんじゃないかとあの時、考えた。でもすぐにそれは違うと思った。

 

 だって私が妖怪が見えるようになってからお姉ちゃんはいつも、私が帰ってきたのを出迎えたり、ご飯を美味しいって言ったり、夜に部屋に遊びに行って手を握ったりすると必ず一瞬だけ黒い耳をぴこぴこ揺らして嬉しそうにしてるんだもの。というか、そうだったからお姉ちゃんは狐の妖怪なのかなー?とか最近思ってたし……。

 

 本当のこというと羽衣狐っていう名前を最初に聞いた時、まさかお姉ちゃんなんじゃないかと心の片隅で思っていたからね。

 

 でも昔からのお姉ちゃんと今のお姉ちゃんは何も変わっていない。少なくとも私が知っているお姉ちゃんはずっと今のままのお姉ちゃんだった。だから、お姉ちゃんは乗っ取られているんじゃなくて私が産まれた頃からずっと羽衣狐さんだったんじゃないかと思うのが自然だよね。

 

 髪も含めて全身をスッポリ覆う真っ黒の格好に、顔を隠す黒い狐のお面、声もいつもの優しげな抑揚や高さとは違って綺麗というかえーと……そう妖艶な感じだったから最初見た時はお姉ちゃんだなんて全然わからなかった。声優でもやったらいいんじゃないかなお姉ちゃんは。

 

 それでもお姉ちゃんだとすぐに気がついたのはその"手"だった。

 

 私、お姉ちゃんはミスコンで世界一になれるぐらい綺麗だと思ってるけど、ぶっちゃけ私はお姉ちゃんの遺伝子を欠片も受けてないと思う。だから私なりにお姉ちゃんに綺麗さで勝てそうなものがあるんじゃないかなーと調べたことがあったの。

 

 それで見つけたのがパーツモデル。手とか足とか腰のくびれとか身体の一部分だけを映している職業のこと。私、手の綺麗さだけは結構自信あったんだよね。お姉ちゃんのお陰で日頃からバランスよく良いもの食べてるしさ。

 

 まあ、結局わかったのはお姉ちゃんはパーツモデルとしても世界一狙えそうなぐらい余すことなく綺麗な身体をしているってことだけだったんだけどね! ちくしょう! お母さんの中にあった綺麗さはお姉ちゃんに全部持っていかれた!

 

 お姉ちゃんは"まなは私なんかよりずっと瞳がきれいだわ"とか言ってくれたけど、それもお姉ちゃんの怖いぐらい真っ黒の瞳には敵わないと思うしなぁ……。

 

 それでパーツモデルについて調べたりしていたうちに気づいたの。人間の手って顔や身長みたいにそれぞれ全然違う形をしているんだなって。いやー、手の綺麗な人ってなんか憧れちゃうよねー。

 

 それで綺麗な人の手は気づいたら意識しなくても自然に覚えられるようになっちゃったんだよね。むふふ、最近だと猫姉さんの手はもう覚えたよ。猫姉さんもスッゴい綺麗な手だったなぁ……。

 

 ちなみにこの趣味はお姉ちゃんにはナイショにしてた。なんか恥ずかしいもの。

 

 だから、私は手を見ただけで羽衣狐さんはお姉ちゃんなんだって気づけたんだ。形だって覚えてたし、あんなに真っ白で綺麗な手は他にいないもの。

 

 そんな私のお姉ちゃんはまだ帰ってこない。ひょっとしたらもう帰ってこないんじゃないかと考えると途端に怖くなる。

 

 そんな気持ちを隠すように、ふとお姉ちゃんの携帯電話を開いてみると、私が使ったことのないSNSアプリに通知が入っていることに気が付いた。

 

 あ、おっきーさんからだ。

 

 本当はよくないけど勝手に開いてみる。するとまず、お姉ちゃんのこのアプリでの名前が"ハゴロモ"になっていることに気がついた。お姉ちゃん……もっとちゃんと隠そうよ……ああ見えてものすごい天然だからなぁ。

 

おっきー《折ってみた(ハナカマキリ)》

 

「スゴっ!?」

 

 そこにはこちらを威嚇して今にも飛び掛かりそうなハナカマキリが折り紙で折られていた。ハナカマキリが乗っている大きな花もセットで折り紙で折られている。

 

 驚いているとすぐにおっきーさんから新しいメッセージが届いた。

 

おっきー《あれ? 随分既読早いわね。もう寝てると思ったんだけど》

 

 そこで私はおっきーさんについて思い返した。おっきーさんが妖怪だということは知っていたけどアプリのお姉ちゃんの名前を見る限り、どうやら知っていて付き合っていたみたい。

 

(……!? だったらお姉ちゃんが今どこにいるのか知っているかもしれない!)

 

 そう考えた私の行動は最早無意識レベルで早かった。

 

ハゴロモ《あのおっきーさんちょっといいですか?》

 

おっきー《え……? なにそれ新しいキャラ付け? それとも私が何かした? 私ギルティ?》

 

ハゴロモ《私です。妹のまなです》

 

 そう送るとおっきーさんは少しの間、時間が空き、返信が返ってきた。

 

おっきー《うん、そう。マナマナちゃんそうなの。そのハロハロちゃんに名前は渡しが前に羽衣狐のお離しをした時にハロハロちゃんが木に入ってから塚井始めた生江で―――》

 

 流石にそれは苦し過ぎるんじゃないかな……? というかこれおっきーさん滅茶苦茶焦ってるよ、変換の誤字がスゴいことになってる。

 

 うん、これは私から切り出すべきだね。

 

ハゴロモ《今日、お姉ちゃんが羽衣狐だと知ってしまいました》

 

おっきー《ウゾダドンドコドーン!》

 

 相変わらず変な反応だなぁ……おっきーさん。

 

おっきー《私……? 私のせい……? ひえっ!? 思い当たる節がありすぎる!? あわわわわ……!? ま、また天守閣爆破されるよぉ!? い、いや今度という今度はたぶんそれじゃぜったいすまねぇ!?》

 

 天守閣っておっきーさんが住んでる姫路城にある天守閣のお部屋のことかな? 少なくとも一回は爆破したことがあるのねお姉ちゃん……。

 

 うーん、なんだかおっきーさんにとってのお姉ちゃんっておっきーさんが言ってた羽衣狐さんの話と少し違う気がするなぁ。

 

ハゴロモ《あの、私の話聞いてくれませんか?》

 

おっきー《アッハイ》

 

 私は今日あって私が感じたことを全部おっきーさんに話すことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おっきー《ほわんほわんほわんおさかべ~》

 

 時々おっきーさんが何をいっているかわからなくなることがある。本人に聞いたら発作みたいなものなんだって。妖怪って大変だね。

 

おっきー《そっか、まなちゃんは自分で気づいたんだ。うん、それで羽衣ちゃんのことはまなちゃんはどうする気なの? 羽衣狐は教えた通りの妖怪だよ、それは間違いない。まなちゃんはいつか後悔するかもしれないよ?》

 

 急におっきーさんの文から愛称がなくなった。真面目に聞いてきているのだろう。だったら私も思いの丈を打ち明けるしかない。

 

ハゴロモ《私はお姉ちゃんに帰ってきて欲しいです》

 

おっきー《それは犬山乙女に? それとも羽衣狐に?》

 

 もちろん、その答えはとうに私の中で出ていた。

 

ハゴロモ《私のたった一人のお姉ちゃんにです。それにきっとお姉ちゃんはおっきーさんの言うような怖い妖怪じゃないから》

 

おっきー《それはどうして?》

 

ハゴロモ《だって、おっきーさんみたいな思いやりのあって優しい妖怪が、本当に怖い妖怪と友達なはずないと思うから》

 

 そう返すとおっきーさんからの返信に再び間が空く。その時間はこれまでのおっきーさんとのやり取りでおっきーさんからの返信時間で一番長かったと思う。そしてついに返信が来た。

 

おっきー《それならもう私が言えることは何もないわね》

 

 文だけ見たらひょっとしたらおっきーさんに嫌われてしまったのかもしれないと思った。けれど直ぐに来たもうひとつのメッセージでそれは違うとわかった。

 

おっきー《ちょっと覚悟完了してから行くから待ってて》

 

(覚悟? 行く? どういう意味だろう?)

 

 そう思って返信してみるけど今度は返信が返ってこない。不思議に思って暫く待っていると、突然お姉ちゃんの机の上が輝き出す。

 

「な、なに!?」

 

 よく見ると輝いていたのは机ではなくて、机に置いてある"折り紙"だった。折り紙は意思を持ったかのように宙を舞うと、竜巻のように部屋の中心で回転し始める。その光景に驚き戸惑っていると、竜巻の中から女性の声が聞こえ出した。

 

「姫路城中、四方を護りし清浄結界」

 

「え……?」

 

 私が疑問を浮かべてもその声はそのまま続けられる。

 

「こちら幽世醒める高津鳥、八天堂様の仕業なり」

 

 よく見れば折り紙の竜巻の中に人影がいるのが見える。何ができるわけでもなく私は一部始終を見届けた。

 

「すなわち、白鷺城の百鬼八天堂様」

 

 輪郭からその人影は女性だという確信を持った。声からして若い女性に思える。

 

「ここに罷り通ります!」

 

 その言葉の直後、折り紙の竜巻は一気に消えて辺りに折り紙が散らばった。 それに思わず私は目を閉じた。

 

 そして、恐る恐る目を開けると、赤茶けた黒髪をして、現代風に改造された着物のような服を着ている、お姉ちゃんに迫りそうなぐらい美人の女性がそこに立っていた。女性の周囲にはパタパタと数匹のコウモリが飛んでいる。

 

 女性は私に近づくと、私の手を取って笑顔になった。

 

「ふふっ、私が"刑部姫"だよ。まなちゃん、よろしくね?」

 

(あ、この人の手とってもきれいですべすべ……刑部姫? え? 刑部姫って……)

 

「お、おっきーさん!?」

 

 私の更なる驚きの叫び声は夜中の部屋に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わぁ! スゴい! 高い!」

 

私は住宅街の遥か彼方を大きな折り鶴の背に乗って飛んでいた。こんな風にこんな場所を飛んだことなんてあるハズもないからとても新鮮。

 

「落ちないようにね」

 

 この折り鶴を飛ばしているのはおっきーさん。私が落ちないように私の後ろに座ってくれている。今はおっきーさんに連れられてお姉ちゃんのいるところに向かっていた。

 

「はい。それでお姉ちゃんはどこにいるんですか?」

 

「んー、もう位置はコウモリで大方つかんだけどとりあえず高いところだね」

 

「高いところ……?」

 

「うん、昔っからハロハロちゃんは嫌なことがあったとか、ショックなことがあったり、ぼーっとしていたい時は高い場所にいるんだよね。ああ、後人気のないところって条件もあるね」

 

「そうなんですか」

 

「人間で生活しているときに親しかった人間が死んだときは半日ぐらいだいたいそうして黄昏ているよ」

 

 おっきーさんの口から直接語られたお姉ちゃんの話は、インターネット上で教えられた羽衣狐の話とは掛け離れていた。

 

「ねえ、おっきーさん」

 

「なにまなちゃん?」

 

「お姉ちゃんって本当はどんな妖怪なんですか?」

 

「それはもちろん……」

 

 おっきーさんは更に言葉を続けようとしたように見えたが、言葉を止めた。やがて、少しだけ難しそうな顔になった後にまた口を開いた。

 

「んー、やっぱり止めた。それは私の口から語ることじゃないわ」

 

 そう言ってからおっきーさんはカラカラと笑う。そして、私の頭に手を置くとそっと優しく撫でる。その撫で方がどこかお姉ちゃんに似ているように思えてなんとなく気恥ずかしく感じた。

 

「あなたたち姉妹なんだから、お姉ちゃんにちゃんと聞いてきなさい。私が言えることはそれだけよ」

 

 そのことを聞いて私は気を引き締めた。

 

(そうだね、お姉ちゃんはお姉ちゃんなんだから……私がお姉ちゃんに聞かなきゃ!)

 

「ああ、でもひとつだけ……お耳を拝借」

 

 おっきーさんは途端に悪巧みをしているような顔になると、口に手を当てながらもう片方の手で手招きをした。なんだか急におっきーさんが胡散臭く感じるようになった気がするけど、とりあえず耳を傾けた。

 

「―――って呼んであげて」

 

「え……? それだけですか?」

 

「うん、それだけ。でもハロハロちゃんは一番喜ぶと思うよ。おっと、そろそろ見えて来たね」

 

 そこはずっと昔に使われなくなった高い電波塔だった。黒の塗装が所々剥げて、銀色の金属が見えていたり、また剥き出しの金属が錆びていてどこか寂しげな雰囲気を受ける。上部が三層の足場になっていて、何故か地上から一番高い所の足場に青白い灯りが灯っているのが見えた。

 

「はい、到着。降りた降りた」

 

 私とおっきーさんの乗った大きな折り鶴は二層目に乗り寄せ、おっきーさんに促されるままに足場に降りた。

 

「ハロハロちゃんのことだからぼけーっとしてて気づいていないだろうからね。後ろから驚かしてやりなよ」

 

「はい! ありがとうございました。おっきーさん」

 

「いいっていいって別に。それより前から言おうと思ってたんだけどさ……」

 

「はい?」

 

「私に敬語はナシナシ! ハロハロちゃんの妹に言われるなんてなんだかムズ痒いわ!」

 

 それだけ言い残すとおっきーさんは逃げるように折り鶴に乗って去っていった。私はそれを見えなくなるまで見送った。

 

(さてと……行きますか!)

 

 私は心の中で気を引きしめると、お姉ちゃんのいる上の足場に繋がる梯子を登った。

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 電波塔最上部、円形の足場を囲むように青白い人魂のようなものがいくつか浮いているのでここはとても明るい。

 

(いた……)

 

 そして、足場の外側にある手すりにもたれ掛かりながら私の携帯電話を眺めている学生服姿のお姉ちゃんがいた。

 

 でもお姉ちゃんにいつもの優しげな表情はなく、代わりにどこか悲しげな顔をしていて、見ているこっちが辛くなってくるようだった。

 

 もうひとつ私が知っているお姉ちゃんと違うところは、お姉ちゃんの後ろに三本の尻尾があり、制服越しにどのように生えているのかよくわからないけど、お姉ちゃんをふんわりと囲んでいる。

 

「お姉ちゃん」

 

「………………」

 

 私は意を決して話し掛けた。距離はまだ少しあるけど声の届く距離だし、お姉ちゃんはこちら側に半分ぐらい顔を向けているので気がついてくれるハズ。

 

「お姉ちゃん?」

 

「………………」

 

 だというのにお姉ちゃんからの反応はなく、私の携帯電話を見つめているばかり。不思議に思って眺めていると、私から見えない方の手をたまに口元に持ってきては戻す動作を繰り返していた。

 

(あれ……? いやいやいや、あれってまさか……煙管タバコ!?)

 

 私は愕然とした。"若い頃から健康が一番よ"とか、"タバコなんて百害あって一利なしだから絶対に吸っちゃダメよ"とか、"酒は百薬の長だなんてただの酒問屋のキャッチコピーよ"とか口を酸っぱくして私に日頃から言ってくるお姉ちゃんがタバコを吸っていたからだ。

 

(そ、そんな……なんで? 心の中で健康オバサンみたいとかたまに思っていたのが悪かったの!?)

 

 正直、羽衣狐だとわかったときよりショックかもしれない……いや、それは言い過ぎかなうん。

 

 でもこれはガツンと一発言わないと!

 

「お――」

 

 物申そうと一歩踏み出した瞬間、強い風を感じて思わず目を瞑る。また開いてお姉ちゃんを視界に戻すと、お姉ちゃんの後ろから生える尻尾の三本のうちひとつが伸びていて、私の足元に突き刺さっているのがわかった。全然見えなかっただけで風の正体かな。

 

「ま……な……?」

 

 聞き慣れた声でそんな呟きが聞こえ、私はお姉ちゃんに視線を向けた。

 

 そこには驚きの表情と共に目に見えて戸惑い、怖がるようにも、怯えたようにも見える目をした私のお姉ちゃんがいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は煙管を吹かしながらまなの携帯電話のアルバムを眺めていた。

 

 まなのアルバムには家族と撮った写真が沢山入っていた。いや、学校のものを除けば、ほとんどそれで埋められていたといってもいい。

 

 まなと私が写った写真。そこに写るまなは本当に良い笑顔をしていた。隣に写る私は心の底からの笑顔など浮かべていないというのに。

 

 私がまなを愛しているようにまなも私を愛してくれている。見ているだけで、その事実を突き付けられ、胸が締め付けられるようだ。

 

 でも私は見ることを止めることが出来なかった。だって見ているだけでまなと犬山乙女として過ごしていた日々を思い出せるから……。

 

 写真を見ながら私はある決意に至っていた。しかし、未だ踏ん切りがつかないからこうしてなにをするわけでもなく時間を過ごしていた。

 

「んぅ?」

 

 かれこれ数時間、思い出に浸っていると、私の尻尾が動いたことに気づく。私の尻尾は自分の意思で動かすだけでなく、勝手に近付いた相手を攻撃したりも出来る。今は後者にしているので何かが私に近付いたのだろう。でも、まあ手応えがなかったから外し……た……。

 

「ま……な……?」

 

 そこにいたのまなだった。

 

 どうして? なぜここに? いったいなにが? そんな疑問がふき出しながら最後に私はある答えに辿り着く。

 

 私は……まなを攻撃したの……?

 

 尻尾は当たってはいなかった。だが、もう少し強くまなが私へ踏み込んでいればまなの首は飛んでいたことだろう。

 

 その事実に私は愕然とし、そしてそれは私の決意に最後のひと押しをすることとなった。

 

「お姉ちゃ――」

 

「まな」

 

 私はまなの言葉を遮る。そして、恐らく最後になる犬山乙女という少女の仮面を張り付けた。

 

「聞いて。私は消えた方がいいのよ」

 

「え……?」

 

「色々考えたわ、そして考えついた。私がいたらまなを……いいえ、お母様やお父様をいつか必ず危険に晒すことになるわ」

 

 羽衣狐はとんでもない数の妖怪から恨みを買って生きている。これまで封印した妖怪や喰らった妖怪以外にも、どちらもせずにただ倒した妖怪や、手傷を負わせてそのまま逃がした妖怪が幾らでもいる。封印するのは多少手間が掛かり、妖怪は味がよくないため食べるのもあまり気が進まないからだ。

 

 私に恨みを持った妖怪が復讐しに来たとしたら完膚なきまで叩き潰した後に喰らって解決していた。 だが、それは羽衣狐として名が知れてからは基本的にひとりか、死んでもある程度割り切れる者としてしか人間には接していなかったためだ。

 

 誰かを守り続けながらそのような生き方が出来るなどと、夢を見れるほど若くはない。

 

 さっきだって偶々まなに尻尾が当たらなかっただけ。もし掠りでもしていたら今頃まなは死んでいただろう。

 

私はその事実から転生して今までずっと目を背けていた。犬山家はあまりに私にとって居心地がよかったから……離れたくなかった。

 

 何よりも私は……だからこそ私は……まなを、家族を、自らのせいで危険に晒すことになるかもしれないことが我慢ならない。だって大好きだから、愛しているから……そのためなら私は犬山乙女()でいない方がいい。

 

 そして、そのチャンスは恐らく今が最後。私が羽衣狐としてまなと接していれば遅かれ早かれ他の妖怪に知れ渡ることだろう。いや、彼らのことはよく知らないが、鬼太郎らがこの街に羽衣狐がいることを既に広め始めているかもしれない。

 

 なにより私はきっと……羽衣狐としてまでまなと接してしまえば、2度と離れられないと思うぐらいまなを愛してしまうから……。

 

 私は中心に水晶玉が浮いたような狐火を正面に作る。その水晶玉はこれまで見てきたアルバムのいくつもの情景がホームビデオのように写し出されている。そして、それを一本の尻尾でそっと撫でた。

 

「何をやっているの……お姉ちゃん?」

 

「大丈夫……鬼太郎達の記憶は消えないわ。あなたとお父様とお母様……そして私を少しでも知る全ての人間から私との記憶とあらゆる記録を消し去る呪術よ」

 

 私が街から街へと10年置きに移り住んでいた頃や、妖怪を退治した時にそれに関わったり目撃した人間などに対して使っていた術だ。

 

 これによって私は如何なる時代においても違和感無く人間社会に溶け込むことが出来たと同時に、羽衣狐の名を悪の権化へと押し上げた最大の要因だろう。

 

 だが、それでいい。妖怪とは人間の理解の及ばぬ闇であり恐怖、すなわち唯一無二の悪だ。だから羽衣()は絶対悪でいい。私は人間の為ならば喜んで青鬼になろう。赤鬼すらいない青鬼になろう。

 

 いまさら……千年以上そうしてきた自分の生き方を後悔することも否定することも出来はしない。出来ないの……。

 

「ごめんね、最後まで身勝手なお姉ちゃんで……」

 

 後はこれを砕くだけ。そうすれば全てが消え去る。物を作ることと同じく、記憶を積み上げるのは大変で時間も掛かるが、壊すことは一瞬。そして、2度と作り直すことは出来ない。

 

 私は呪術の水晶玉をそっと尾で撫で、水晶玉を絞め付け始める。水晶玉はミシミシと音を立てた。流石に記憶とは想いそのものであるため、頑丈だが、時間の問題だろう。

 

「そっか……私勘違いしてた……」

 

 まなは下を向いた。幻滅しただろう。あのまなからどんな罵倒が飛び出すのか待ちながら、最後に姉として見るまなは笑顔でいて欲しかったと考えていた。

 

 そして、顔を上げたまなは―――。

 

「羽衣狐さんが犬山乙女よりもずっとずっと優しい人だなんて思いもしなかったんだもん」

 

 私が大好きな笑顔だった。

 

「あ……」

 

 思わず、水晶玉を絞め付ける尾が止まる。

 

「でもそれは間違ってるよお姉ちゃん」

 

 するとまなは何を思ったのか、まなは足場の外側へと駆け出す。更にそのまま柵に登り、柵の上で立ちながら私の方へと向いた。

 

「まな……?」

 

 まなの行動の意味がわからず困惑していると、まなはそのままゆっくりと後ろへと倒れた。当然、まなの背後には何もない。

 

「まな!?」

 

 真っ逆さまに落ちていくまなを見た私は即座に呪術の水晶玉を消し、お気に入りの煙管を投げ捨て、まなの携帯電話を握り締めながらまなを追って飛んだ。

 

 即座に空中のまなを見つけ、風を切りながら抱え込むように両手でまなを抱き締める。空中で止まった場所は丁度、電波塔の中央だった。

 

「なにをしておるか! 馬鹿者! 死ぬ! 死ぬぞ! 人間は簡単に死んでしまう! 死んでしまうのじゃ!」

 

 私は起きたことが衝撃的過ぎて、とっさに元の口調に戻ったことにも気がつかない程だった。

 

「えへへ、大丈夫だよ。だって、何があったって私のお姉ちゃんが必ず助けてくれるもの。ほら、今みたいにね?」

 

 まなは私に抱き締められながら心の底からの安心した様子で、花が咲くような笑顔を浮かべると、逆に強く私に抱き着いて、見上げながら口を開く。

 

 

 

「そうだよね? "羽衣姉(はごろもねえ)"」

 

 

 

 その言葉、たった一言の言葉で私の決意は決壊した。

 

「あ……ああ……あぁああ……」

 

 これはダメだ。もうダメだ。この娘から消えるなんて私には出来ない。この温もりを、笑顔を、声を感じられないなんて私には耐えられない。

 

 私は自分の目から止めどなく涙が溢れるのを感じた。頭の中でこれまで作っていた自分が滅茶苦茶になっていくのもわかった。

 

「嫌……妾は……私は……まなと離れたくない……だって……わ、妾は"犬山乙女"なのよ。まなのお姉ちゃんなのじゃ……」

 

 同時に溢れ出した感情と想いに引かれて、決意とは真逆の意思を私の唇が勝手に言葉と紡ぐ。最早、今の私に自分を偽り続けられる程の意思も決意も残ってはいない。

 

「私は……ずーっと、ここにいるよ。乙女姉」

 

 私は生まれて初めて嬉し泣きでこんな少女の胸を借りた。

 

 そして、その日からようやく犬山乙女という人間になれたような気がした。

 

 

 

 






いい最終回だった(洒落にならない)

短編ならこれにちょっと後日談とか付ければ終わられてもいいと思いますが、これは連載小説なのでまだまだ増えていきます(こうして作者の投稿小説が溜まるのであった)。

ちなみに鏡爺のまなちゃん誘拐は、無傷ならばハゴロモさんは許してくれます。セクハラしようものなら大変なことになります。いやー、明日が楽しみですねー(他人事)。

というかこの小説のおっきーの便利さとヒロイン力の地味な高さはなんなんですかね(呆れ)。

ああ、後たぶん次のお話はオリジナルを1話挟むことになると思うのでよろしくお願いします。

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