マルシルを取り押さえたアセビが、ファリン達に指示を出す。
「武器を置いて。五歩下がって這いつくばれ。少しでも動けば、こいつを殺す。」
そしてその言葉に従い、武器を置いて、五歩下がり、床に這いつくばった。
「あいつ…、確かシュローの取り巻きのひとりじゃなかったか?」
「ずっと私達を追ってきたのね。」
「おい。」
「な、なに?」
アセビがマルシルを見おろして言った。
「この術を解け。」
「えっ?」
「私にかかっている術だよ! 早くしろ!」
「ひいっ! な、なんの魔術をかけられているの?」
「見て分からないのか!? お前黒魔術師だろ!」
「………せめて、どこにかかっているのか、どんな魔術か、教えて…。」
「…チッ。」
舌打ちしたアセビは、頭巾を外し、シュルシュルと首に巻いている布を取り去った。
「私にかかっている術は、二種類。ひとつは首に。もうひとつは……。」
「あっ…。」
「全身にだ。」
アセビは、耳と、尻尾を出した。
それは、毛で覆われており、猫のようなものだった。そして目もよく見ると縦筋が入っている。
「獣人? なのかな…?」
「ははあ。昔一度見たことがある。人工的に作られた獣人だ。黒魔術で人と獣の魂を混ぜて作るんだとか…。」
「あ……。」
それを聞いたファリンの脳裏に、キメラと化したライオスの姿が過ぎった。
顔を青くしながら起き上がったマルシルが、恐る恐るアセビの首を見た。
「わ、分かった。できるだけやってみる。首元の…、これは…、東方の言語で書かれてるみたい。どんな術なの?」
「見て分からないのか? 一定時間術者が触れないと、作動する呪術だ。」
「……その術者は、マイヅルって人? 猶予はどのくらいあるの? 期限が来ると何が起こるの?」
「さあ? 急いだ方が良いかもな。私と一緒に死にたくはないだろ。解除したら解放してやる。変な真似はするなよ。お前なんかいつでも殺せる。」
「分かったから…。」
マルシルが、アセビの首に輪っかのように書かれた文字を調べた。
文字は東方の言語なのだが、中身はノーム魔術の流用だろうと判断した。これならば、自分でも解除できる。
解除するまでの間、静寂が流れた。
やがて、アセビが動いた。
「おい、そこのガキ。なんか食い物を持ってこい。」
言われて渋々起き上がったチルチャックが食料袋を持って行った。
ゴロンゴロンと食材が転がり出る。しかしすぐに食べられそうな物は少ない。
その中から、兵糧丸(ひょうりょうがん)を見つけ出したアセビは、それをむさぼり食べた。
あまりにも勢いよく、そして下品に食べる。
「おぬし…、最後に食事をしたのはいつだ? そんなに慌てて食べると喉が詰まるぞ。」
「うっせ!」
「何か温かい物を作ってやろう。」
「おい、勝手に動くな! 私を舐め…、ゴホッ!」
「むせて当然だ。粉の塊のような物を一気食いして。喉を潤す物が必要だ。用意するだけだから。」
「魔物を食わせようとしたら、殺すからな。」
「……分かった。」
そして調理が始まった。
まずドライアドの実を収穫した場所の近くに生えていたキノコ…。
よく見ると、足のような物が生え始めていた。
センシは、気のせいだと思いつつキノコを刻んだ。
火は、先ほどマルシルが料理をするのに使っていた火の魔法陣を使った。
小鍋に米とバター、ニンニクを炒める。
その中に刻んだキノコと、調味料。
水を加えて、しばらく煮込む。
魔物を使ってはいけないという条件なので味気ないものになってしまうなっと思ったセンシは、せめてチーズを入れることにした。
「完成じゃ!」
墓地でとったキノコとオークからもらったチーズのリゾットの完成。
「ここに置く。」
「誰がそんなもん……。」
しかし風下で匂いが鼻をくすぐった。
「ふん…。」
そしてアセビは、リゾットが入った食器をとった。
スンスンと匂い…、そして…。
「えっ…。」
スプーンを逆手で持ち。
クチャクチャと口を開けて食べ。
床で膝を立てて座り込み。
スプーンについた米を舐め。
しまいには、皿の底を猫のように舐め始めた。
「この子……。」
食事のマナーが悪い!!
「もっと寄越せ!」
「…東方のマナーって、こっちとは真逆なのかな?」
「いや、シュローがあんな風に食べてるのを見たことないだろ? 単純に育ちが悪いの。お前には珍しいか。」
そして、センシがリゾットのおかわりをついだ。
すると……。
アセビは、スプーンでキノコをすくい、床に捨てた。
「いま…なにを?」
「キノコ、嫌い。」
「スプーンを……。」
センシの声が低くなる。
「スプーンを正しく持ちなさい。」
「は? おい、それ以上近づいたらぶっ殺す!」
「スプーンを正しく持ち、いま床に捨てた物を拾いなさい。」
「んだ、てめえ。あ!!」
「ちょ、ちょっと! ダメ! 解除中に動くと危な…。」
その時、アセビの首にある呪術が動き出した。
凄まじい勢いで首の呪術から現れたのは、マイヅルのそれと同じ衣装をまとった、鬼だった。
鬼は、手にしている包丁をアセビに振り下ろそうとした。
センシが体当たりし、アセビと共に床を転がり、包丁を避けた。
目を回すアセビ。その下敷きになるマルシル。
そんなアセビの手を握り、センシは、スプーンを正しく握らせた。
「スプーンは、こう握る。」
「人の勝手だろ、そんなの! 私はコレが一番やりやすいんだ!」
「そうだろうな。慣れぬ持ち方を強要されても、煩わしかろう。だが……。」
センシの背後に鬼が迫る。
ファリンが剣を抜いて、鬼を後ろから切った。
だが手応えがない。
「何コレ……紙? センシ! 気をつけて!」
鬼は、上半身を浮かせたまま、下半身を残して前進した。
「……見ろ。」
センシが後ろを向いて指さした。
「あれは、筋引(すじびき)という包丁の一種だ。肉を切り分ける際に使う。刃渡りは長く、いかにも恐ろしげだが、薄く繊細だ。それをあんな握り方で振り回せばどうなるか。」
「センシ!」
ファリンがセンシの鍋を床の上を滑らせるように投げた。
受け取ったセンシは、鬼が包丁を振り下ろす直後に鍋で頭をガードした。
次の瞬間、包丁は真ん中から折れた。
「…このように、道具の能力を引き出しきれず不利益を被る、可能性がある。」
折れた包丁は、センシの鍋の上を滑り、センシは、鍋を使って鬼の上半身を壁に押しつけて押さえつけた。
残る下半身は、ファリンが引っ張る。すると鬼の足が、マルシルの魔法陣に触れて、燃えた。
「あ…! センシ!」
「いまだ、ファリン!」
「チルチャック!」
「おう!」
ファリンは、チルチャックと協力して燃える鬼の下半身を持ち上げ、センシが押さえつけている上半身の方にぶつけた。
すると鬼は断末魔の声を上げながら燃えた。
***
鬼が燃える。紙製である鬼は、瞬く間に形を失って灰になっていった。
「怪我は無いか、猫の娘。驚かせるような真似をして悪かった。だが……。」
センシは、再び、アセビの手にスプーンを握らせた。正しい形で。
「道具の持ち方に良い・悪いがあるというのはなぜか? 一度考えてみて欲しい。」
「魔術の解除中に動かないこともね。もっと厄介な魔術だったら、どうなってたか……。」
「料理が冷めてしまったな。」
そしてリゾットを温め直した。
「それで…、どうして私達を追ってきたの?」
「私は…、ずっと身体にかかったこの呪いを解く方法を探してた。黒魔術による呪いだということまでは分かったが、黒魔術を扱える人間は見つからなかった。……そこの耳長に……、出会うまでは。」
「黒…、古代魔術といっても、いろいろで、私の研究は主に異次元からエネルギーを…。」
「誤魔化すな! お前ならできるはずだ! だって……。」
現にやったではないかと。
人間と魔物の異形を黒魔術で作ったと、アセビは言った。
ライオス・ドラゴンキメラのことを指して言っているのだと、すぐに分かる。
「で、お前達は、あの男の呪いを解くために迷宮を進んでいるんだろ? それって、つまり、呪いを解く方法を知ってるんだろ!? だったら私の呪いも解けるだろ!! 私に取り憑いたこの獣の魂を取り除いてくれ!」
しかし場が静まった。
「ごめんなさい。」
マルシルが口を開いた。
「それは、私にはどうすることもできない……。」
「えっ?」
マルシルは、語り出した。
魂にはまだよく分かっていないことが多く、よく卵に例えられると。
普段は肉体という殻の中にある魂は、肉体が壊れると中身は漏れて、二度と元には戻らない。
この迷宮では、殻の内側に頑丈な膜を作る術がかかっていて、だから肉体が多少傷ついても魂が離れない。
「今のあなたとライオスは、ひとつの殻に二つの中身が入ってる状態。……一度混ざった魂は、二度と元には戻らない。」
そうはっきりと言ったマルシルの言葉を聞きつつ、チルチャックは、ファリンを見た。
ファリンは、俯いている。同じ魔法学校に通っていた級友同士である彼女がそのことを知らぬはずがない。
「……え? えっ? じゃ、なんであんた達は、旅を続けてるんだ?」
呆然としたアセビが焦りながら言った。
「えっと…、ひとつは…、兄さんをあの状態のまま放っておけないこと。次に出会った冒険者を殺すかもしれないし、殺されるかもしれないから。その前に私達でなんとかしたい。あと、…単純に今地上に戻ると黒魔術の使用で捕まっちゃうから。シュローは、今回のことを島主に報告するだろうし…。」
「そんな……、じゃあ…、私は、ずっと……。」
「でもあなたのおかげで、希望が見えた。」
「は?」
「だって、あなたは、どんな魔物と混ざっているのか分からないけど…、でもあなたの言動は人間そのものにしか見えないし、殺人衝動もない!」
ファリンがアセビの手を握った。
「裏を返せば…、兄さんだって、迷宮の支配を受けなければ、元の人格を取り戻せるかもしれない。それが分かっただけで…私…嬉しい。」
「……はあ。」
「ほれ。」
そこへセンシがリゾットが入った器をアセビに渡した。
「お前の期待とは少し違ったかもしれないが。これも何かの縁と前向きに考えてみてはどうかのう?」
「この迷宮の主は、私よりずっと古代魔術の扱いに優れてる。彼なら……、ひょっとしたら魂の分離に関することも何か知ってるかも。」
「何? ……まさか勧誘してるのか?」
「どのみち一人で地上には戻れないだろ? おまえ、名前はアセビとか言ったか?」
「それは通名だ。」
「それじゃあ…。」
「イヅツミ。私の名前は、イヅツミ。覚えておけ。」
アセビ…、改め、イヅツミは言った。
獣人には、ライオスほど興味関心はないけど、イヅツミから希望を見いだすファリンです。
次回は、夢魔。