第1話
我輩は戸惑っているのである。なにせ、気付けば弱くてデスゲームであったのだ。
普通は、強くてニューゲームではなかろうか? トムは訝しんだ。
ただ、ニューゲームはニューゲームであるらしい。
ただし、間違いなく、デスゲームであるがな!
目の前に、ばかでっかい塔が建っておる。まわりにいる人々が、みな鎧を着て武器を持っておる。
そしてログアウトできないと騒いでおって、さきほど「これはゲームであって、遊びではない」などと、どこかで見た顔が、ドヤ顔で言い捨てて消えた。
どう見てもソードアートオンラインです。本当にありがとうございました。
この状況に、無論のこと混乱はしている。しかしだ。今、困っておるのは、それだけではない。
体がね。ろくに動かないのである。
身動きひとつ取れない、というわけではないが、ひどくゆっくりだ。一歩歩くだけでも、秒ではすまぬ。分の単位が必要だ。
どうしたものかと困っていると、話しかけてくる人がいた。
「あの、NPCですか? それともプレイヤーの方ですか?」
さいわい、しゃべることは出来たのでプレイヤーだと返事をすると、少し驚かれた。
変わった外装ですね。ネコの被り物なんてどこで? 私もほしい、そう顔に書いてある少女は、続けてそう尋ねた。
うむ? これは素顔であるが…… うん? 素顔?
ああ、そういえば。今はプレイヤー全員が、アバターとして作った顔ではなく、素顔にされているのであったな。
ネカマが開幕爆死する、ひどいワナであった。ネカマでなくとも、ラインハルトと名乗ってしまった三十代後半やら、クラインと名乗ってしまった、黒髪アゴヒゲやら。
うむ。ネカマに比べれば、傷は浅いぞ、しっかりしろ。
で。このネコの顔が、我輩の素顔なのであるが。え。まさかこれが動きが遅い理由であるか? というか、バグったであるか?
失敗しちゃった? 世界を越えたのはいいけど、変換というか定着というか、とにかく何か失敗しちゃったであるか?
わたわたしようとして、体がついてこずにゆらりゆらりと、ゆっくり揺れるておる我輩に。質問した彼女は、何を思ったのか、手鏡を見せてきた。
あれ? 顔が違う?
少女が、これがあなたの今の顔なんですけど、心当たりはないんですか? と聞いておるが、それどころではない。
ネコはネコであるが、この顔は、我輩の顔ではない。
我輩はミケネコ系の顔立ちであった。しかしこれは、色からして違うのだが。猫の種類には詳しくないが、品種も違うと思う。模様はネズミと仲良く追いかけっこをする、かのネコに似ているな。
そういえば。あのネコの名は、我輩のヒーローネームと同じであったな。今となっては、どうでも良いが。
さて。現実逃避も、ここまでにしよう。
さあ。現実と向き合おう。現実と信じがたいが、無視していても何もならない。
では、せーの。
にゃん太だ、これ。
ゲームが違う。
剣士だけども。確かに剣士であるけれども。
これ、別のゲームのキャラクターだ。
ヴァーチャルMMOというジャンルは一致するけれども。
違うから。この人、ここにいる人じゃないから。
ソードアートじゃなくて、ログ・ホライズンの方だから。
ああ、もう。そらバグの一つや二つ、起きるはずである。というか、よく存在できたな。
はっ。そうだ。個性。個性が使えるなら、ワンチャン行ける。
デジタルな世界のここで、使えるかどうかはわからぬが、試してみるだけならば問題ない、はず。
まずは我輩自身の個性で、鬼火を――――――
SPARK! SPARK! ビリビリビリ!
「グハッ!」
とたんに体に電流が流され、我輩は闇の中へと放り出された。
何だ? 何があった?
把握するよりも先に、言葉が振ってくる。
「炎なぞ出して、なんのつもりだ? とうとう脱獄する気にでもなったのか? オールフォーワン」
オールフォーワン…… そうだ。我輩は。いや、僕はオールフォーワンだ。
あのオールマイトとの一騎打ちの後に、隠しておいた個性、肉体交換を発動して入れ替わったんだった。
「少し寝ぼけただけだよ。この程度はユーモアだと思って、見逃して欲しいね」
見えない目。身動きが取れぬよう、拘束された身体。口を覆う呼吸器。
ああ、思い出した。ここはタルタロス。先生の代わりに、我輩の入った刑務所だ。
と、するとだ。先ほどのあれは、夢であったのだろう。
寝ぼけた、というのは口からデマカセであったのだが、案外当たっていたようだ。
いやはや。夢の中でくらいは、自由に動きたかったものであるな。
ふむ。ならばもう一度眠ろうか。続きが見れるかも知れぬし、今度はうまく動けるかも知れぬ。
もちろん、まったく別の夢を見るかも知れぬし、何の夢も見ないかも知れぬ。
久々に、未来が楽しい。気分良く、眠りにつけそうだ。
では諸君。おやすみなさい。