我輩は囚人であった。こうして、久々に自分の世界へと帰ってくるまで、実は少し忘れかけておったが。
だがそういえば。囚人だというのに、番号で呼ばれていた覚えは無いな。
囚人と言えば、番号で呼ばれ、俺を番号で呼ぶな! と返すのがお約束ではなかっただろうか。
他にも、ムショの臭いメシとやらも、一度くらいは食べてみたかった。
この身体は、飲み食いが不自由なのが最大の欠点であるな。
だが。もうそれも終わりである。
懐かしい、声がしたのだ。
ようやく帰ってこれたこの世界から、しばらく出て行く気がしなかった。そういうわけで、退屈に耐えながら日々を過ごしておった我輩の耳に、懐かしい声が聞こえたのだ。
「ああ、やっとクリアか。―――似合わないマネをするんじゃねえよ。ここまで来るのに、どれだけ面倒だったと思ってる? なんだよ、このダンジョンは。宝箱もないし、トラップは凶悪だしさ」
個性で扉を粉々にして、我輩のボスが。死柄木 弔と名乗っている、とある精神の病気をこじらせたヴィランが、そこにいた。
「刑務所に何を求めているんですか、弔。さあ、早く帰りますよ」
黒いモヤで顔が見えない、ヴィラン連合の常識と苦労を一手に担う黒い人。黒霧もいた。
「まさか、僕の体を取られるとは思ってもいなかったよ。存外、悪くはなかったがね。さあ、返してもらうよ。もうキミのフリをして生活するのは真っ平だ」
以前は、鏡やテレビでよく見ておった姿の。つまりは我輩の身体も、そこにあった。
その身体は、我輩が先生に。オール・フォー・ワンにあげてしまったものだ。
ということは。どうやら先生も、迎えに来てくれたらしい。
この先生の身体は、壊れかけていて不自由だ。
長年その不自由な身体で過ごした先生に、健康な身体を渡したならば。おそらく、返ってくることは無いだろう。そう思っていた。
それでも良いと、我輩は渡した。
だがどうやら、先生は返してくれるらしい。
今は、逃げる時だ。時間が無い。だが、聞かねばならぬ。
ひとこと。「良いのですか」と我輩は聞き、先生は「かまわないさ」と答えてくれた。
ならば良し。では、ここから出るとしますか。黒い人、お願いします。
もはや懐かしい、黒い影のようなものに覆われて、どこかへと跳ばされていく。
どの経験からかはわからぬが、今はそれが理解できる。
別にマネが出来るわけではない。風を感じるように、温度を感じるように、空間を移動しているのが感じ取れるだけである。
その感覚で、出口だとわかった。
新しいアジトはどんな場所かと、あたりを見渡す。
だがしかし。そこにはなにも無かった。
ただの薄暗い倉庫であり、錆びついた機械や、ほこりの積もった台があるくらいの、がらんとした空間だ。
我輩が不審に思っておると、先生も我輩の様子に不審を持ったようだった。
「周りが見えているのかい? 赤外線感知は、使いこなすのにコツがいるはずだけど。それともなにか別の個性かな?」
幽霊やらスタンドやらの、物の見方なのであるが。
さて。どう説明したものか。
え~… これは個性ではないであります。たぶん、霊視というやつです。文字も読めます。
「お前はなにを言っているんだ」
そんな視線が三つ、我輩を刺した。ボスと黒い人と先生の視線である。
うむ。この感覚である。実に懐かしいな。
本当に見えておるのか、スマホの画面を利用したり、地面に字を書き確認する。
うむ。この横道にそれてゆくユルイ感じ。我輩は、確かに帰ってきたのだなと実感するぞ。
「オマエは、本当によく分からない成長するよな。マジでレアモノだわ」
ボスがほめているのか、あきれているのか、どちらとも取れる口調でそう言った。
というか。我輩、レアモノ扱いされておったのか。初めて知ったのである。
まあ。これまであちこち出歩いてきて、いまだに同類に出会わないあたり。転生者という珍しい生き物であるのは認めるが。
ところで、なぜにこんな場所に? 我輩がそう聞くと、黒い人が教えてくれた。
発信機やら、盗聴器が身体に埋め込まれていると思うので、いきなりアジトへは連れて行けないからだそうな。
「だから、始末をつけないとね」
我輩の身体の中の人である、先生はそう言って右手を振るった。
すると、我輩の両足が消えた。
えっ?
「先生!?」「オールフォーワン!?」
ボスと、黒い人も驚いている。
先生はワラッて、こう答えた。
「ハハッ。安心しなさい。これで終わりじゃあないからさ」
うわあ。こういう時の我輩の笑顔って、こう見えていたのかあ。
そんなヤクタイもない考えが思い浮かんだ。そして、我輩ごと分解されて、消えた。
そして再構築された、若いイケメンになった我輩が、ここにいるじゃろ?
「「「えっ」」」
我輩とボスと黒い人の声が、そろった。おそらく、思考も一致している。
なんだこれ。という、疑問が。
いや、本当に。なんぞこれ。目も鼻も、破壊されて無かった顔が再生しているのは、まだわかる。
だが髪まで生えているのはなぜだろう。
体格も変化している。肩幅が広く、体格も良かった身体が、ややスッキリとしている。長身で、ほどよく筋肉の付いたバランスのいい身体だ。足もちゃんとある。
「これでよし。なにかオカしなところはあるかな? 痛かったり、異常を感じるところは?」
混乱する我輩らの反応を無視して、そう聞いてきた。どうやら先生は、一方的にハナシを進めるつもりらしい。
我輩が「ないです」と、聞かれたことに素直に答えると、先生は満足そうにうなづいて、とんでもないことを言い出した。
「正直に言うとね。このオーバーホールっていう個性は、手に入れたばかりでね。まだ使い慣れてないんだ。うまくいって良かったよ」
ひどいハナシではあるが、この人に文句を言えるのはボスくらいのものだ。
幸いにも、うまくいったらしいし、別のことを聞くとしよう。
そういうわけで、あ~。先生? さきほどは、なぜ足を? と聞けば。ちょっとしたサプライズさ、という答えが返ってきた。
いや。まあ。確かに驚きはしましたが。
先生にとっては悪ふざけの範囲なのだろうが、こちらはそこまで常識を捨てておらぬので、正直、反応に困る。
なんとも言えぬ顔をする我輩たちをよそに、先生はおもむろに個性を発動した。
「じゃあ、返してもらうよ。肉体交換」
再び我輩の意識は薄れて、気を失った。
そして気が付けば、懐かしい感覚に包まれているのがわかる。
この感覚は、この心地よい感覚は、間違いない。
これは、愛用の寝具の感触だ。
そう気付いて、飛び起きた。
「ぁ……」
言葉が、出そうで出なかった。
我輩の部屋が、そこにあった。ウワバミさんの住むマンションの一室であり、我輩の住処が、記憶の中にしまってあった光景が、そこにあった。
涙が、出た。
ALOが終わり、この世界に戻ってこられた時も。ボスたちが迎えに来てくれた時も。
出てこなかった涙が、こぼれた。
帰ってきた――――――帰ってきた!
我輩は、帰ってきた!
自分の手を見る。手の甲まで毛でおおわれて、少し肉球を思わせる、プニプニとした肌の手だ。
我輩の、手だ。誰か他の者の手ではない。
顔も、身体も。これだ。これこそが、我輩の身体である。
どうしようもなく、走りたくなった。
立ち上がる。身体をほぐす。外は暗いが、関係無い。
扉を開けて――――――
―――ウワバミさんが、そこにいた。
不意を打たれた。
覚悟も用意も、情報収集もできていなかった。
我輩の中の人であった先生が、どうすごしていたのか。まだ聞いていない。
ウワバミさんに、どう接すればいいのか。わからない。
もともと、ヴィランであることは隠していた。ウソは今さらだ。
しかし、今は。ダマしたくも、ゴマかしたくもない。ただの気分であるが、本音でもある。
頭の中は、混乱していた。心の中は、懐かしさと喜びと戸惑いで、やはり混乱していた。
思わず、口から一つの言葉が出ていた。
「ただいま」
すとん、と。フに落ちた。
そうか。我輩は、家に帰りたかったのか。
そうか。そうだな。遊んだあとは、家に帰るものであるよな。
「いってきます」
そして。帰って寝たら、また遊びに出るものだ。
猫という生き物は、そういう気ままな生き物であるからして。
ウワバミさんの反応も見ずに、我輩は家から飛び出した。
特に行き先は決めていないが、そのうち黒い人が迎えに来るだろう。あの面々は、我輩の救出成功を口実に、飲み会をやっておるに違いないのだから。
我輩はネコである。
さまざまなところへ行き、さまざまなモノを見て、さまざまなモノを身に付け、さまざまなことをやらかした。
それでも、我輩は我輩である。きっと、これからもそうだ。
自分として生きてこそ、人生は楽しいのである。
完
誰かと人間関係を深めると、面倒だし、別れがつらいからとネコが関わろうとしないで状況を動かすことだけをやろうとするんだ……
一番仲良くなったと思われるのが、今回のシリーズ通じて少佐かもというあたりどうなんだろう。
ヴィラン連合は現在、まだ10mもない巨大なサクラという、矛盾した存在の下で飲んでるんじゃないかな。一般客がいたら面倒なんで、季節はずれのを、なにかの個性でムリヤリ咲かせて。黒い人、酔っ払いどもがどうしようもなくなる前に、理性が残っているうちに早く迎えにきてあげて。
ここまで通して読んでいただいた方も、つまみ食いで読んできた方も。
目を通していただき、ありがとうございました。