天空のジークフリート   作:三段腹肉之介

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第一話<魂魄流転>

 

 

 

 何に対しても何でもできる、そういう確信が常にあった。

 国を守る高名な将軍、その一人息子という肩書に誰も彼もが期待を寄せる。その感情は何となくだが理解できる。多くの人間は、鷹の子供も鷹であってほしいのだろう。将軍という国家を守る要職に付いている人物の子供ならなおさらに。

そうすれば安心感を抱けるから。そうであれば寄り掛かれるから。そうであれば国家の行く末などに心を砕くことなく、日々を安穏にすごせるから。

だからこそ俺は何でもやって見せた。

軍人として、騎士として、必要なことを必要以上に、それなりに手を抜くことなく成し遂げてみせれば、瞬く間に賞賛の嵐が積み上がっていく。

俺の人生に齟齬があったとするならばそこだろう、懸命に修練を積み重ね、賞賛に見合うだけの代価があったならば、その賞賛を誇りにして、それで終わりになる話だ。

けれども俺には、それが無かった。捧げたと実感できる代価など何一つとして。

順当に学び、順当に修め、順当に成果を叩きだす。まるで流れ作業の様な、何の情動の齎さない

 

――だから、飽きてしまう。

 

 何でもできるのに、全てに飽きて何もしようとしない。アイツは俺にそう吐き捨てた。

 全く以ってその通り。

 だからガキだと、アイツは続けてそう吐き捨てた。

 あぁ、全く以ってその通りだ。

 情熱を傾けるものが何もなく、流れるままに任せて漂うような生き方しか、俺にはできなかった。

 本当に、こんな糞ガキなんて親不孝者でしかない。

 世捨て人同然の息子を良しとする親なんてのは、それこそ子供に愛情を傾けられない親の資格の無い者だけで、残念なことというべきか、俺の親は立場からくるしがらみはあっても、実に真っ当な父親であろうと苦心していたのが、子供ながらにも手に取るように理解できてしまっていた。

 

――そんな停滞に塗れた己の短い一生が、アルバムの様に流れては消えていく。

 

 本来ならば一瞬である筈の、頭蓋をブレスガンで撃ち抜かれ、地面に崩折れ、真っ赤な液体をまき散らしながら死に向かう僅かな時間。

 その刹那に繰り広げられる人生の回想。

 けして良い、などとはいえぬ己の生を顧みながら、不思議なことにそれほど後悔は湧いてこなかった。

 どうせこれからも、ガキのように相手何もしない、植物の様な人生を送るに違いなかった。

 ならば、それなら、もしかしたら友と呼べたかもしれない馬鹿野郎のために命を使いつぶした方が、まだしも有意義だと言えるだろう。

 誓って後悔は無い、その筈なのに、

 

――俺が勝ったら、

 

――将軍になれっ!!! 親父を超える!!

 

 あの大馬鹿者に頭突きと共に喰らったあの言葉が、いつまでも脳裏に張り付いている。

 だから薄れゆく意識の中で、こう思ってしまったのだ。

 もし仮に、死にゆく俺に次、というものがあるならば、少しばかり能動的に生きてみよう。

 何か打ち込めるものがあるならば、少しぐらい情熱というモノを注いでみよう、と。

 

――そうして、そんな遂行できそうもない幻想の決意を抱きながら、俺の意識は闇へと落ちていった。

 

――よもやそれを果たせるかもしれない機会を得るとは、夢にも思いもせずに。

 

 

                    ■■

 

 

「――――逃げずによく来ましたわね、その点だけは褒めて差し上げますわ」

 

 空の彼方に、蒼き雫が佇んでいる。

 IS学園のアリーナの中、その中心の空中に、まるで女王の様な佇まいで。

 イギリス代表候補生、セシリア・オルコット。今こうして専用機である<ブルー・ティアーズ>を纏う彼女の、その言葉の端々には傲慢が満ち満ちていた。己が勝利を疑わない、仮初の優位性のために。

 代表候補生というからには相応の力量があるのだから、確かな下地もあるのだろうが、これでは期待が薄れてしまう。

この形に持っていくには、都合の良過ぎる性格であったのだが、これではその肩書に相応しき実力を発揮してくれない恐れがある。

 対する試合相手――世界唯一の男性操縦者である織斑一夏は、彼我の力量差を鑑みたうえで、セシリアの様子にそのような感想を抱いていた。

 明らかにおかしい、前述したように彼我の力量差を、代表候補生であるセシリアと、初心者に過ぎない己を見れば、ISというモノにおいてどちらが格下であるのかは語るまでもない筈だ。

 だというのに、一夏の内心に渦巻くのはセシリアに勝るとも劣らない傲慢、且つ上から目線の物言いだった。

 そして、その内心は小さな嗤いとなって、外界に漏れだしていた。

 

「……何がおかしいんですの?」

「いや、失敬失敬――」

 

 当然、それを見逃すセシリアではない。

 そもそもこの決闘の発端はセシリアの傲慢な物言いであるのだが、そこに至るまでに一夏はセシリアがそういう行動に出てしまう様に、態と愚かに振舞ったのだから。

 大体どこの世界に代表候補生という肩書の意味も知らず、決闘を取り決める段になってハンデをくれてやる、などとぬかす男がいるのか。

 少々雑な演技が過ぎたか、と一夏は軽く後悔しているのだが、どうやら当のセシリアはそうした意味に気付かず更に激昂してしまっていた。

 さっさとISというモノを体験したい一夏にとっては好都合なのだが、それゆえに一夏の内心での、セシリアへの評価は辛口にならざるを得なかったのだ。

 それが苦笑へとつながり、

 

「何、やる気になり過ぎてくれるのは結構だが、それで仮に油断をされては困ると思ってね」

 

 この状況まで持ってくるために張り付けていた愚者の仮面を取り外し、一夏は嘲笑に満ちた素の表情を浮かべる。

 それはセシリアに勝る傲慢さで満ちていた。

 言葉にはせずとも雄弁に視線が訴えている。

 せいぜい楽しませてくれ、と。

 

「――――!!」

 

 言葉にならぬ激昂。暴発する戦意。

 試合開始の合図を待たないうちに、横向きに構えられていた<ブルー・ティアーズ>専用のレーザーライフル<スターライトMk-Ⅲ>の銃身がはね上げられ、寸分の狂いなくその銃口の延長線上に一夏を収めていた。

 一秒に満たぬ高速のロックオン。怒りと戦意が全てを支配するセシリアに、その引き金を引かないなどという選択肢は無く、直後、迸った閃光が開戦を告げる。

 

「いい射撃だ。敵の中心を正確に狙い、何より照準が素早い」

 

 航空から叩きつけられるような正確無比な射撃。セシリアの眼下に位置していた一夏はそれに対し大袈裟な回避行動をとることなく、空中で右足を支点にするように体を回転させて避けていた。

 加えてセシリアを更に挑発するように、言葉を重ねている。

 

「男風情がっ……!!」

 

 その光景、セシリアの眼にはどう映ったのだろうか。

 初心者という言葉もおこがましい、ほとんど未経験者と言える男が、挑発の言葉を垂れ流した上で、必要最低限の挙動で己が一撃を回避したのだ。

 屈辱、であった。

 だが、しかし、そこで手を止めるほどセシリア・オルコットという少女は未熟ではない。

 <ブルー・ティアーズ>を急速上昇させ、同時に第二射、続けて第三射、と射撃を重ねる。

 

「成程、二次元ではなく三次元方向、ISという兵器を知悉した手堅い選択だ。悪くない。評価を上方修正しよう」

 

 左右では目で追いかけやすいし、何より普通の人間であっても慣れている視線の動きだ。しかし上下に揺さぶる軌道であれば、それこそ経験からくる感覚の慣れが必要となってくる。

 セシリアの軌道は、きちんとそれを加味したものであった。

 一夏を中心とした円弧の上昇軌道を描き、ある程度照準を散らしたレーザーの連射は、直撃よりも命中によるダメージの積み重ねを意識したものだった。

 激昂し、見下していても、一夏が見せた回避能力による戦術の修正を加えている、ということだろう。

 加えて、連射によって先ほどの様な体捌きのみの回避行動、という選択を潰している。よしんば一射目をそれで回避したとしても、それだけでは続く連射に回避行動が追い付かなくなり、やがては致命的な直撃を喰らってしまう。

 つまりは、回避行動ではなく、大きい移動を伴った回避機動が必要となってくる。

 それはISに搭載されたスラスターによる推進であり、PICによる慣性制御である。

 必然、それに伴う挙動の起こりをセシリアは見逃す筈は無い。見慣れているからだ。

 見慣れていればそれによって照準に修正を加えることも容易であり、ここからはどう転ぼうがセシリアに優位な流れになる。

 高性能な情報処理機関でもあるISと接続されているセシリアの思考は、上昇し数度の連射を叩きこんでいるその瞬間に、そこまでの筋道を組み立てていた。

 機動も淀みなく、撃ち放たれる射撃の精度も際立っている。その点だけをとってみても、彼女のとった行動と選択には何一つとしてミスは無かった。

 

 

「本当に手堅い。模範的だ。――――虫唾が走るほどにね」

 

 

 セシリアの攻撃、そして応ずるようなその呟きと同時、一夏は回避するための行動を回避していた。

 しかし、背部非固定部位のスラスターは吹かさない。PICによる慣性制御も富裕のためにしか使用していない。

 使用したのは、脚部、そしてシールドバリアーだ。

 まずはシールドバリアーの構成を脚部裏面に限定して展開。それは本来ならば全方位に対して防御効果を得るシールドバリアーの性能を無視した使い方である。

 しかし一夏は、シールドバリアーの防御効果など初めから期待してはいなかった。

 そもそも一夏はISの操縦においては初心者で、飛行、という行為には全く以って経験を積んでいない。

 故にシールドバリアーに求めるのは防御ではない、足場であった。

 脚部のパワーアシスト機構の出力を最大域に持っていき、膝関節をたわませ、右足を蹴り足にして、降り注ぐレーザーの雨に対して左斜め前に体を突き動ごかす。

 限定的に展開されたシールドバリアーは一夏の想定通り足場としての役目を果たし、展開位置と機体との距離が開いたために、目に見えぬままにその構成を霧散させる。

 そしてレーザーの雨を掻い潜り、続いて左足を蹴り抜く。斜め方向に加えられていた推進力は、それによって前方へと進む力へと塗り替えられる。

 言ってみればそれは、シールドバリアーを足場にした空中での三角飛びである。

 そこでようやく一夏は背部のスラスターを全力で吹かし、一気に彼我の距離を詰める。そして、身に纏う己に与えられた専用機である<白式>の唯一の武装である、近接戦闘用のブレードを抜き放った。

 抜き放ったブレードは反りの入った片刃の、刀を模したものであった。

 しかし一夏の抱いた感触は違う。

 握る手応え、重心の位置、それらと形状が与える情報から導き出される最適な使用方法は、彼がかつての人生で幾度となく振るった人型兵器――ゴゥレム用の武装、イーストシミターそのものであった。

 そして、ISでは本来あり得ない跳躍という空戦機動を選択したことも相まって、まるでかつての愛機であったゴゥレム、エルテーミスを操縦しているような感覚に囚われる。

 

「ハハハッ、悪いね。飛行は不慣れなんだ。跳躍で行かせてもらうっ!!」

 

 哄笑を上げる。

 不可思議な移動を行い、困惑を浮かべたセシリアの間近に迫り、軽口を纏わせながらブレードを、その顔面へと突きだした。

 

「くぅっ……!?」

「へぇ、いい反応だ。ディフェンスは60点以上80点未満ってとこかな」

 

 勿論その程度で直撃を喰らう様なセシリア・オルコットではない。

 顔面へと突きだされた刃の切っ先を首の傾けだけで避ける。切っ先に巻き込まれた長い金色の長髪が数本巻き込まれ、刺突が起こす気流に吹かれて散った。

 そして回避を成功させたセシリアは、首の傾きの勢いのままに、続けて体を捻り込んだ。

 それは更なる回避のためではない。

 刃を付きだした一夏と、至近距離まで踏み込まれた自分との間に強制的に空間を作り出し、長大な<スターライトMk-Ⅲ>の銃口を一夏へと向けるためだ。

 体の捻りと腕の折り畳みが連動し、銃口が一夏の体の中心へと突き刺さる。

 そして引金が引かれるその瞬間、一夏は刺突を繰り出したためにセシリアに対して水平近くまで倒れ込んだ体を、足と背中の振りを連動させて真上に跳ね上げさせた。

 その動きによって銃口は虚空だけを射抜き、発射されたレーザーは大気を焼くだけに留まった。

 更にその勢いを利用し、突き出していたブレードを真下に振り下ろす。

 セシリアがその振り下ろしの一撃を回避できたのは、偶然だった。反撃のために無理矢理に捻っていた体の為に、体勢を横に流しやすかったのだ。

 それでも完全には避け切れず、振り下ろされた刃の切っ先がシールドバリアーと脚部装甲を僅かに引き裂き、火花を噴き散らさせた。

 

「いい加減に……しなさいっ!!」

 

 火花の閾の向こう側で、セシリアが吠えた。

 代表候補生としてのプライドが、積み重ねた修練が、捧げてきた時間が、それら全てが一つとなって形作るセシリア・オルコットという存在全てが、嘲笑しながら迫りくる織斑一夏という敵に対して吠えた。

 そう、敵だ。

 この時初めてセシリア・オルコットは織斑一夏が確かな力を持つ、尋常ならざる存在であると認め、故に打倒する敵として認めた。

 だからこそ吠えた。自身に中にうっすらと残る最後の油断、傲慢、そのような物の一切合財を吐き出す様に。

 そして無理矢理と偶然によってとった回避行動の勢いのままに、<ブルー・ティアーズ>のスラスターを最大出力にまでもっていく。

 瞬間的に安全領域を超える勢いでスラスターにエネルギーが貯め込まれ、爆発的に解放された。

 もしもその推進力を十全に御していたならば、それはIS特有の空戦機動の中でも高難易度の<瞬時加速>と呼ばれるものになっていたのだが、セシリアには未だそこまでの技量は無く、体勢を大きく崩しながらも大きく一夏との距離を引き離すことに成功する。

 

「へぇ、よく避けた。ディフェンスの評価を修正しよう。70点以上150点未満だ」

 

 無論一夏がその引き離しを黙ってみている筈もない。

 先ほどセシリアとの距離を詰めた時と同じように、シールドバリアーを蹴り抜く跳躍とスラスターを同調させる彼なりの加速方法をもう一度行使しようとして、

 

 

 

 

「――――お往きなさいっ!! <ブルー・ティアーズ>!!」

 

 

 

 

 セシリアの鋭い声と同時に、<ブルー・ティアーズ>の背部非固定部位から切り離された四つの鋭角を持った部品――ビットが、それぞれ自律的に行動を開始する。

 セシリアへと迫る一夏の視界には、それらが紡ぎ出す蒼き軌跡が自らを取り囲むようにして描かれる。

 それこそが<ブルー・ティアーズ>の最大の特徴にして最強の兵装。イメージ・インターフェース制御による独立稼働兵装の複数運用――それこそが<ブルー・ティアーズ>の名が指し示すもの。

 瞬く間に増えるセシリアの手数。未だ戦闘機動を行いながらのビットの運用ができないセシリアではあるが、それでも砲口の数を比べただけでも一門から四門へと増えている。

 更にはそのどれもが有機的な連携を持って一夏へと狙いを定めている。最早それは一対一の戦いから、一対四の戦いへと変化した様なものだった。

 

「へぇ、これが君の本気ってわけだ」

「その減らず口、すぐにでも消して差し上げますわっ!!」

 

 されど一夏から嘲笑の笑みが消えることは無かった。まるで手の中で弄んでいた玩具に、予想外のギミックがあったことに喜ぶように、自身の周囲を飛翔するビットを見定めている。

 瞬間、四つの閃光が一夏を中心とした格子を描きだす。ビットにそれぞれ搭載されているレーザー砲が火を噴いたのだ。

 

「成程、実に面白い武装だ。手間暇の程はともかく効果はある」

 

 一夏はその光の網目の中を、跳ぶ。跳ぶ。跳んで、跳び続けた。

 もとより前世においては、一対多数のゴゥレム戦においてすら脅威的な回避能力を発揮していた一夏である。

 地面や岩場だけではない、周囲の空間全てが足場となるISの機能を生かし、上下左右前後、とにかく出鱈目な方向に飛びまわり続け、全方位から突き刺さる閃光を回避し続ける。

 

――チッ、とはいえこれではじり貧かな。

 

 内心で毒づく。

 確かに一夏は、セシリアが全力で行使する四つのビットの全方位からの射撃の、その悉くを独自の三次元軌道で避け続けていた。

 しかし、それだけだ。

 いくら一夏といえども、何一つとして飛び道具の無いこの状況では、回避しか行えない。

 無理に状況を好転させようとしてセシリアとの距離を詰めようとすれば、それこそ四つのビットの餌食となるだろう。そんな無様は晒せる筈もない。

 

――けどまぁ、面白くはある。

 

 一夏の脳裏に、久方ぶりの歓喜が湧きあがる。

 地を駆けるゴゥレムとは違う、空を往く感触。

 武器一つとってもそう、格闘兵装とブレスガンしかなかったかつてとは違い、こんな奇妙な代物まである。

 次があるならば、少しは情熱を傾けられる何かを見つけようと決めていて、そして今この瞬間があるのだ。

 もしかしたらこのISという奴もまた、すぐに飽きてしまうのかもしれない。

 それでも、飽きるまでは真摯に取り組んでみようかと決意して、

 

 

「――――ハハハハッ!! あまり調子に乗ってくれるなよ!!」

 

 

 一夏は哄笑を上げ、己を嬲る閃光の網目から、いとも無造作にセシリアへと加速した。

 回避のための出鱈目な三次元軌道などではなく、単純極まる真っ直ぐな加速。

 傍目からは一か八か、破れかぶれの特攻じみたそれは、セシリアの目から見ても焦りからくる特攻に見えた。

 ならばこそ逃がさない。ここを千載一遇の好機として四つのビットに一斉射撃を命じるセシリア。

 その狙いは精確そのもの。好機を逃がさないとこれまでにないほどに昂りながらも集中するセシリアは、当人も気づかぬままにビットとの同調律・稼働効率の最高値を叩き出していた。

 瞬間、弾きだされる閃光に確かな手ごたえを感じていた。

 その確かな手応えが本物である証として、見紛うことなく一夏の体に突き刺さる閃光。

 一夏の体の中心を本命の一射こそはぎりぎり回避されたものの、逃げ道を塞ぐようにして放たれた三つの射線は確実に<白式>のシールドバリアーを穿ち、各部の装甲を抉り取っていた。

 命中個所の装甲はレーザーの熱エネルギーによって急速に加熱され耐熱限界を突破し、爆発を伴いながら一夏の体勢を大きく崩していた。

 必然、その衝撃は一夏の足を止め、ここに至るまで飛び道具の一つも出さずにいることを鑑みても、そう言った兵装は使えない、もしくは搭載されていないとセシリアは判断した。

 ならば、足の止めた近接戦闘しかできない存在など、最早的に等しい。このままビットによる攻撃を続けていれば、自分の勝利は確実であると判断して、未だ爆炎によって起こった噴煙に包まれている一夏に視線をやる。

 そして、止めを刺すべくビットのレーザーを放とうとして、

 

 

 

 

「いやはや正確な射撃だ。そして、――――わざわざ弾丸を作ってくれてありがとう」

 

 

 

 

 先手を取る様な形で、噴煙を突き破る何かがあった。

 それは精々ナイフ程度の大きさの、歪な金属片であった。

 しかし、それに与えられた初速は、サイズの関係上シールドバリアー機構を搭載できないサイズのビットに対しては、致命的な威力を与えるには十分。

 そして射線は勿論、一夏を取り囲むようにして配置されている四つのビットである。

 

――回避が、……間に合わないっ!!

 

 そこまでを判断するのに、セシリアの思考が有した時間はコンマ一秒に満たない。

 しかし、あまりに遅きに失していた。

 後悔と同時にセシリアの眼に映るのは、ビットの薄い装甲を飛翔する金属片が穿つ瞬間であった。

 直後、空に四つの爆炎が描かれ、セシリアは全てを理解した。

 

――弾丸となった金属片は、<白式>から剥落した表面装甲。

 

――剥落した原因は、ビットの一斉射撃。

 

――先ほどの無謀で、直線的な加速は、都合よく射撃を自分に当てるためッ!!

 

――自分は狙いを付けたのではない。付けさせられたのだ。

 

――あの物言いは、今になるまで掌の上で弄ばれていることに気付かぬ、愚鈍な私を嘲笑っていたから。

 

 眼前にあったと思っていた勝利への未来は、その実馬の目の前にぶら下げられた人参に等しく、今この戦いの場にいるのは、装甲を傷つけられてはいても、刃も翼も何もかもが健在な織斑一夏と、最大の武装であるビットを全て撃破されてしまったセシリア・オルコット。

 その現状を正しく認識している一夏の瞳が、興味深くセシリアを射抜く。

 

 

 

 

――――さぁ、お次はどんなものを見せてくれるんだ?

 

 

 

 

 見せてくれなければ貴様の負けだ、と言外に言い放つその視線。

 その視線が何よりもセシリアの心を圧し折った。

 武装はまだある。

 主兵装である<スターライトMk-Ⅲ>も、いざという時のための武装としてとっておいた二基のミサイルもある。だが、こうまで自分の上をいくこの存在に、それが通じるのかという疑念がわいてしまった。

 そう思うと、まるで自分を射抜くその視線が、まるで獲物を前にした蜘蛛のように感じる。

 

「何だ、もう終わりか。――なら潰れろ」

 

 純白の蜘蛛が、弱り切った獲物に牙を突き立てんと、再び跳躍を開始した。

 

「……!? ……こないでっ!!」

 

 セシリアの口から漏れたのは、決闘開始前の傲慢と、そして自信に満ち溢れたものとは違う、まるでただのか弱い少女の様な苦悶と恐怖の声だ。

 迫りくる恐怖に怯え、<スターライトMk-Ⅲ>の銃口から、幾度となく閃光が迸る。

 それでも、蜘蛛には当たらない。

 未知の機動を存分に生かし、空を跳ねまわる蜘蛛が、セシリアとの距離を再び詰めてくる。

 既に彼我の距離は重火器の距離ではなく刃の射程圏内。

 銀閃が空に円弧を描く。

 その軌跡が、セシリアにはやけにスローモーションに映る。

 それは極限の集中が成した物ではない。

 それは恐怖。

 セシリアの中に積み重ねられたあらゆることの埒外にいる、織斑一夏という未知に対する限りない恐怖だ。

 

 

 

 

『――――勝者、セシリア・オルコット』

 

 

 

 

 故に試合の決着を告げるそのアナウンスが鳴り響いた時、セシリアは事実を認識するのに数秒の間を要した。

 

「……え?」

 

 あっけにとられたか細い声が漏れた。

 何よりも思ったのが、なぜ自分が勝者になっているのかということ。

 刃が振り下ろされんとしたその時、何よりも自分の敗北を確信していた筈だ、と疑問が渦巻く。

 

「やれやれ、そんな隠し玉があるのならもっと早くに出せばいい」

 

 その残念がる様な声に、ようやくセシリアは一夏と<白式>に視線を向ける。

 そこに映るのは、弾丸を作るためにあえて受けたビットの一斉射撃の損傷とは違う個所に大きく穿たれた、レーザーによるものと思しき着弾の痕。

 それは推進力の要となる背部のスラスターに出来上がっていて、それによって<白式>のシールドバリアーの残量が底を突いたのだろう。

 しかし何故背後なのだろうか。ビットを前期撃墜されているセシリアの射撃が命中したとしても、それは真正面に着弾する筈だ。

 何より、あの状況下で織斑一夏がまともに被弾を許す筈がない。

 

 

――<偏光射撃(フレキシブル)>、発現。

 

 

 その疑問を改修するように、セシリアの視界に<ブルー・ティアーズ>からのメッセージが投影される。

 そこに映しだされた文面は、簡潔な言葉で<ブルー・ティアーズ>という試験兵器が目指す最終到達目標を成し遂げていたと告げていた。

 精神感応による、曲射レーザーによる全包囲攻撃。回避手段として、その直線的な軌道を予測する、レーザー兵器特有の隙すら潰すその技術のきざはし。

 あの時抱いた恐怖は、セシリアの指先をそこに届かせていたらしい。

 恐怖にかられ、破れかぶれに放った閃光の、その中の一つがレーザーにはあり得ぬ軌道を描き、背後から<白式>を穿った。そういう道筋の勝利であったらしい。

 

「……こんなものを」

 

 こんな勝利を、誇れというのか。

 セシリアの眼前には未だ一夏が突きつけている刃の切っ先が光り輝いている。

 本来ならば、それこそが勝利を射抜く一撃であった筈だ。

 自分が成した実感など持てぬ勝利など、虚構の代物に過ぎない。

 

「結果はともあれ勝者は君だ。クラス代表就任おめでとう」

 

 そして、あやふやな勝利に苛まれるセシリアに更なる追い打ちをかけるように、<白式>が光に包まれる。

 包む光は、穿たれ、貫かれ、傷つけられた装甲を修復し、その形状は更に洗練された物へと作り替えられていく。

 それは専用機持ちならば見知った光景。操縦者のデータを蓄積し、機体をより操縦者に合った物へと作り替えるIS特有の機構、<一次移行(ファーストシフト)>だった。

 その光景はまるで、セシリアの力など何一つ届かなかったとでもいう様に、戦いの傷跡全てを消し去って言ったのだった。

 




 というわけで初っ端から一夏(ジルグ)無双シーンをお送りしました。しかもジルグって原作では足癖が尋常じゃない悪さで、更には近接戦闘で夢想かますくせして本職はスナイパーという奴なんですよね。……どないして苦戦させろっちゅうんじゃといいたい。
 そんなわけで基本的にこの話は主人公無双を中心にお送りしたいと思います。
 あと、ヒロイン勢は基本的にIS原作のままで行こうと思っているのですが、周囲へのコンプレックス繋がりと機体設定の変更のしやすさから、簪(中身ライガット)、打鉄弐式(という名の装甲・パワー・トップスピード重視の突撃専用機体)なんて電波が届いたりしています。……なんかそうなった場合には、簪が一夏に対してヤンデレになりそうな予感が。
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