天空のジークフリート   作:三段腹肉之介

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第二話<雲散霧消>

 

 

 

 

 少女にとって、少年は特別な存在であった。

 特筆して語る様な、仰々しい何かがあったというわけではない。

 家族同士の付き合いがあり、子供のころから見知った間柄で、同じ小学校に入学して、同じように剣道を学んでいた。

 血湧き肉躍るような冒険譚や、万雷の拍手で迎えられそうなほどの至高の恋物語があったわけでもない。

 ただ、積み重ねた日常の中で、静かにグラスに注がれ続ける水のように、少年への思いの丈がゆっくりとせり上がり続けていった。

 だから少女にとって、少年のどこに惹かれたのか? などと質問されても答えようがなかった。

 

――好きだから、好きになった。

 

 そうとしか言いようがなかった。

 矛盾した言葉だと思うが、likeとloveの境目など、当の少女自身にも認識できていなかった。

 ただ、自分の内にある想いが恋心なのだと理解した、その最初の時だけは覚えていた。

 

 

「白騎士事件」

 

 

 ISが初めて表舞台に登場した事件。

 突如として日本にいくつもの、核すら含んだ長距離ミサイルが飛来し、その直後に軍事的リアクションを起こした世界各国の艦隊・航空部隊を含めた、世界そのものといっても過言ではない戦力全てを、――――ただ一機のISが打ち破った衝撃的な事件。

 即座に全ての放送局が、この未曽有の事件に対して特番を組み、日本を含めた世界各国の政府が蜂の巣をつついたような大騒ぎを起こした。

 当時、まだ幼い少女だった彼女にとっても、その無秩序な混乱は印象に残っていた。

 

「何かが大きく変わっていく」

 

けれど、印象に残っているとは言ってもその程度。モニターの向こう、頭上で交わされる大人たちの会話。何がしかを隔てた先で起こっている対岸の火事。飛び火することは無く、ただ熱だけがあやふやに伝わってくる様なものだった。

 しかし、篠ノ之という名前が、その火事を対岸だけではすませなかった。

 あのISは姉である篠ノ之束博士が作り上げた。

 あのISという物の技術を求めて、君にまで危険が及ぶかもしれない。

 

 

――だから、君は名前を変えて、住む場所も変えなければいけない。

 

 

 日本政府の役人が、幼い少女にもわかるよう噛み砕いて説く現状の危険性。

 無論少女に、だからと言って現状の危険性を理解できる筈もなく、わかるのはただ、姉の作り上げたISというわけのわからないもののために、わけのわからぬまま日常が破壊されていくという理不尽に対しての、単純な怒りと悲しみ。

 何故、どうして、自分がこんな目にあわなければいけないのか。現状を理解して無理矢理納得できる筈もなく、ただただ嘆き悲しみ、それでも状況は止まることなく変わっていく。

 転校の日取りが決まり、住み慣れた家は家財道具が全て運び出され、少女がそこにいたという痕跡など、洗い流される様にして消えていく。

 ようやく底で少女は、現状を受け入れた。受け入れざるを得なかった。

 世界には自分を否応もなく突き動かす力があって、自分にはどうすることもできない流れがあると。

 それはまだ、世界が希望に満ち溢れていると無意識に信じ込んでいる、無知で無垢な子供にとっては辛い現実。

 

 

――――心配するなよ、いつかまたきっと逢えるさ。

 

 

 それでも、心折らずにいれたのは、その言葉があったからだった。

 何の根拠もない、けれど、その言葉には不思議な安心感に満ちていて、現実に打ち砕かれた希望を、その言葉が繋ぎとめてくれていた。

 未知の場所へ行く不安も、激変するであろう日常への不安も、その言葉があれば耐えることができるように思えたのだ。

 だから、その言葉と、その時の笑顔は少女にとって最大の宝物だった。

 

 

                    ■■

 

 

 その言葉が果たされたのは、少女――篠ノ之箒が高校へと入学する年齢になってからだった。

 姉である篠ノ之束が失踪し、ISコアの供給が止められ、以前よりも増して篠ノ之という名前が持つ価値と危険性のために、通常の高校ではなく、ISの操縦者育成のために作られた国際機関であるIS学園への入学を強制的に決められた時、世界中を一つのニュースが駆け巡った。

 

 

――世界初、男性のIS操縦者を発見。

 

 

 女性しか起動できない。安定かつ大量の供給ができないことと並ぶISの根本的欠陥。

 世界を変えたISが内包する歪み。

 そのうちの一つを是正できるかもしれないそれは、まさに世界を揺るがすに足るニュースだった。

 そして、その操縦者の名前が箒が恋心を抱いていた少年――織斑一夏であったことは、箒にとってもっと大きなニュースだった。

 幼いころ、ISによって切り裂かれた絆は、もしかしたらISによって再び繋がるかもしれない。

 そうすれば、あの時の約束も果たせるかもしれない。再会を誓った幼い時の約束を。

 箒の中でいつしか色褪せていた小さな希望が、再びを輝きを取り戻した瞬間だった。

 

 

 

 

「えー……えっと、織斑一夏です。よろしくお願いします」

 

 

 

 

 緊張でがちがちに固まったぎこちない自己紹介。言葉数は少なく、唯一の男性のクラスメイトということで色々な期待を抱いていた周囲のクラスメイト達が、その様子に呆れやらおかしみやらを抱く中、箒はじっと射抜くような視線を一夏に向けていた。

 単純で、思慮が浅く、だからこそ好感が持てた少年の人格そのものの、その青年の姿をじっと見つめる。

 それは記憶の中の少年と、何ら差異は無い筈の姿で、あの時の少年が真っ直ぐに成長すれば、きっとこうなるだろうという予想と寸分違わなかった。

 喜ぶべき事だった筈だ。引き裂かれた日常の欠片は、あの時と同じ輝きをしていて、これでようやく失った物を取り戻せると、胸の内が歓喜に満ち溢れていてもいい筈だ。

 

「……一夏」

 

 周囲からの好奇の視線と、その直後にやってきた彼女の姉――世界最強の名を冠する女性――織斑千冬との、馬鹿馬鹿しくくだらないやり取りを見ていた箒の口から、青年の名を呼ぶ呟きが漏れた。

 それは周囲のクラスメイトに聞こえないほどの小声で、果たして箒自身も自覚していたかどうかわからないほどの声だった。

 箒の胸の内を、言い知れぬ違和感が占拠していった。

 少年と別れてから、辛いことが沢山あった。

 慣れ親しんだ環境から引きはがされ、色々な土地を転々とする日々。挙句の果てには、両親とも離れ離れになってしまった。

 もとより人付き合いの上手いほうではなかった。

 新しい環境、新しい人間関係に踏み込む勇気などそうそう持てなくて、仮に踏み込めたとしても、その時には既に別離が待ち受けていた。

 そんな小学生事態が過ぎて、中学に進学した時には既にもう、箒の環境は孤独の一言でしか表現できなかった。喪失ばかりを味わい過ぎて、その事実からくる恐怖が箒の足を竦ませていた。

 孤独に耐えれていたわけではない。一歩を踏み出したとて、孤独と同じぐらい心を苛む痛みが待ち受けているから、足を踏み出せずにいただけだった。

 そんな中で唯一捨てずにいられたモノ、剣の道は、胸の内の痛みに歪んでいってしまって、父親から教えられた正道からは遠くかけ離れていった。

 単なる暴力装置でしかなくなった己の剣を見るたびに、単に相手を打ち倒して悦に入る剣筋を見るたびに、胸の内を喪失の痛みが貫いていく。

 そんな様で剣道の全国優勝を果たしたとしても、できの悪い皮肉にしか思えなかった。

 その全ての痛みに耐えれたのは、少年との再会を夢見ていたからだ。あやふやな希望、不確かな約束、そう言った物を夢見ている間は、自分に嘘を付けるからだ。

 

 

――自分はまだ大丈夫、一夏とまた出会うまで自分は折れない、と。

 

 

 だというのに、一夏と再会できた筈の箒の内に去来するのは、再会の喜びに打ち震える歓喜の波ではなく、錆ついた様に鈍磨した感情だった。

 出会えたはずなのに、胸の内が再開に打ち震えない。

 HRが終わり、休憩時間になっても箒の足はピクリとも動かず、再会を言祝ぐ言葉すら脳裏に浮かんでこない。

 言い知れぬ違和感が、箒の体を縫い止めている。

 昼休みも、授業が終わり放課後になっても、箒は一夏に対するリアクションが起こせずにいた。

 果たして自分はどうしてしまったんだろうか、待ち望んだ状況に対して一歩も踏み出せずにいる自分が恨めしかった。

 

 

                    ■■

 

 

 そんな心持ちのまま、衝撃的な事実が自分を待ち受けていた。

 放課後になり、自分の内を占める疑念と困惑を、剣道部の活動の疲労で無理矢理誤魔化しながら自分の部屋でシャワーを浴びる。

 けれど、体の奥底に溜まった疲労の熱も、それを冷やすシャワーの冷たい雫も、説明のつかない自分の心を洗い流してはくれなかった。

 

「一夏」

 

 思い人の名前を、今一度口にする。

 自分は彼のことを好いていた筈だ。

 恋心を抱いていた筈だ。

 離れ離れになってしまったあの時、一夏が交わしてくれた再開の約束を胸に刻んだときに、自分は幼いながらもその思いを自覚した筈だ。

 だから、今一度出会えることがあったら、その思いを必ず伝えようと決意していた筈だ。

 過去の決意を反芻しても、何かが噛み合わない感覚が胸の内に残る。

 まるでそれは自分が自分でなくなったような感覚で、怖気が走るほどに私の心胆を凍えさせる。

 

「……頭を冷やしすぎたかな、これは」

 

 浴室でそう一人呟きながら、私はシャワーの温度を上げ、冷やし過ぎた頭と心を温める。

 冷たい雫に代わって、湯気を立ち上らせながら流れるお湯の温かさは、ほんのわずかだが私の心に安堵を齎してくれた。

 

 

 

 

「…………」

「…………よ、よぅ。六年ぶりだな箒、ハ、ハハ……」

 

 

 

 

 だというのに、そんな少しばかりの心の平穏は、浴室から出た先に待ち受けていた衝撃的な光景に、木っ端微塵に粉砕されてしまった。

 視線の先には、キョトンとした表情を浮かべる一夏が、対して私の格好はと言えばシャワーを浴びたばかりだから当然一糸まとわぬ裸体を晒している。不幸中の幸いと言えばバスタオルを手にしていたために、辛うじて裸体を隠すことができるぐらいだ。

 

「……とりあえず、いったん外に出ておこうか?」

「そ、そうしてくれると助かる」

 

 あまりに突然の状況に、こちらの理解が追い付いてこなかったが、どうやら一夏の奴は私より少しだけ冷静だったようで、困惑を浮かべたままに踵を返して一旦部屋から出ていった。

 そうして、一夏が部屋を出て扉を閉める音と同時、私の思考を先ほどのシャワーの熱とは違う高温が占拠していく。

 

「……い、一夏に見られてしまった!?」

 

 いや、あの状況、がっちりと噛み合った視線、視界を遮る物など何も無いのに見られていない筈がない。

 一夏をこのまま放置するわけにはいかないから、早く濡れた体を拭いて服を着なければいけないと理解しているにもかかわらず、一夏に自分の体を見られてしまったことを認識した思考は、その命令を発してはくれない。

 そうして、私は普段の倍以上の動作で風呂上がりの行動を済ませたのだった。

 

 

                    ■■

 

 

しばらくして、私と一夏は部屋の中で向かい合っていた。

だからと言って会話ができているわけでもなく、沈黙だけが流れ続けていた。

言いたい事、聞きたい事、そもそも自分は一夏とどう向き合いたいのかすら定まっていなかったのに、そこに羞恥と驚愕のダブルパンチだ。曲がりなりにも表面上は落ち着いている自分を褒めてやりたいぐらいだ。

 

「とりあえず、ごめん」

 

 口火を切ったのは一夏だった。

 心底すまなさそうに謝罪を口にする一夏を前にして、とりあえず裸を見られたことに関しては水に流そうと決めた。

 

「……もういい、気にしてないから」

「いや、そんなに顔を真っ赤にして言われてもな」

 

 事実、未だに私の火照りはとれていない。確実に顔が真っ赤になっているだろうとわかるほどの熱を感じている。

 だからと言ってその火照りを怒りとしてみられるのは心外だ。果たして自分はそこまで怒りっぽい性格だっただろうか――そこまで考えて小学生だった頃の私の癇癪持ちな性格と、現在だって押し込めた鬱屈とした感情を剣道で無理矢理発散していることを思い出して、気分が沈んだ。

 

「……一夏の馬鹿な性格が羨ましい」

「どういう意味だよっ!?」

 

 皮肉とか嫌味とか一切ない、心の底からの言葉だったのだが、やはりというか当然というか一夏には邪推されてしまった。

 とはいえ現在進行形で私の感情をかき乱している原因は一夏なのだから、やっぱり少しは鬱憤晴らしが入っているかもしれない。

 

「それで、どうして私の部屋に来たんだ?」

 

 そんな子供っぽい感情を無理矢理切り替え本題を――そもそも一夏が何故ここにやってきたのかを問いただす。

 当然一夏はその切り替えに納得いっていないような表情を見せつつも、私の問いかけに答えてくれた。

 

「……それがな、俺が割り当てられた部屋もここなんだ」

 

 待て。

 少し待て。

 すんごく待て。

 今一夏は何といった?

 割り当てられた部屋もここなんだ、と、そう言った。

 確かにここの学生寮は二人で一部屋を使うことになっている。当然、私にもルームメイトができるのは当然の流れなのだが、だからと言って男子と同室だなどと誰が予想できるだろうか。

 

「ま、間違いないのか? 部屋番号を間違えてるとか……」

「ここ、1025号室だろ? ほら」

「あぁ、うん、間違いないな……」

 

 確かに一夏の言葉通り、一夏が差し出した部屋の鍵には1025号室と間違いなく刻印されている。そもそも部屋番号が間違っていれば鍵をあけて部屋に入ることなどできないだろう。

 ということはやはり、私のルームメイトは一夏ということになってしまう。

 同棲、ということだ。

 一夏と同じ部屋で、一緒に生活するということだ。

 

「…………」

「お~い箒、どうしたんだよ。顔がすごく真っ赤になってるぞ。熱でもあるのか?」

「な、なんでもないぞっ!?」

 

 その事実を認識した途端、余計に思考が熱暴走してしまう。

 いや、待て、そもそも先生方が間違って部屋の鍵を渡してしまったかも知れないじゃないか。

 そもそも年頃の男女を一つの部屋に押し込めるなんて、如何にも間違いを犯してくれと言っている様なものじゃないか。そんなことを望む者がいるわけ――――

 

「――――って、いるぅっ!?」

「うわぁっ!?」

 

 私はISの開発者、篠ノ之束の妹で、一夏は一夏で世界唯一の男性操縦者で、その身柄の希少さの所為で所属が未だに宙ぶらりんだと聞く。

 そしてこのIS学園はISの操縦者育成のための国際機関という立場だが、その設立経緯、立地の関係からどうしたって日本政府の意向が強く表れると聞き及んでいる。

 そして日本政府なら、私と一夏の交友関係とかは周知の事実の筈。

 その上でこの部屋割だ。

 ま、間違いを犯せと言わんばかりじゃないか!?

 も、もし仮にだぞ、間違いとかそういうのを犯してしまって、け、結果とかそういうのができてしまったら、一夏を日本へ正式に所属させる大義名分ができてしまう。

 「織斑一夏の希少性は重々承知しているが、だからと言って彼の基本的人権を無視する理由にはならないでしょう」、などと声高々に叫んでしまえば、それを表立って否定する耳ざわりの良い理由などそうそうない筈だ。

 それを否定したいとなると、それすなわち一夏の希少なデータを独占させたくないというぐらいしかないからな。金の生る木を手放したくない、という理由を大っぴらに口にできる所なんてそうそうないだろう。

 

「――――って、私は何を考えているんだぁっ!?」

「うわぁっ!?」

 

 思わず現状について考えこんで、斜め上の方向に突っ走って、それでひとりでに奇声を上げてしまうとか何をやってるんだ私は。

 

「ほ、本当に大丈夫なのか箒。さっきから様子がおかしいけど」

「だ、大丈夫だ……。あまりのことにちょっと気が動転してな」

「……やっぱり男と一緒の部屋って言うのはきついよな、一回織斑先生に相談してくるよ」

「――――あ、一夏っ」

 

 そういって部屋から出ようとする一夏の手を、私は思わず掴みとっていた。

 掴みとって、どうする。

 掴みとってから、そんな自問が浮かんでいる。

 掴んでしまったということは、私は、一夏がこの部屋にいてほしいと望んでいるのだろうか。

 

 

 

 

―――― 一夏にどう向き合うか、未だ決め切っていないのに?

 

 

 

 

 ただでさえどう転ぶかわからない異性との同棲生活だ、そんなあやふやな態度のままでは、互いにとってよくない結果になるかもしれないと、理性は囁く。

 けれど感情は、今この掌に感じる熱が、一夏がここにいるという確かな証が離れてゆくことに恐怖を感じている。

 理性と、心細さ。

 その二つが、私の心で天秤を描く。

 ゆらりゆらりと、波間に漂う木の葉の様に揺れている。

 視線を少し上に向ければ、そこには困惑を浮かべる一夏の顔があった。

 やはりその面差しは、あの時再会の約束を交わした少年の面影が残っている。

 

「……お前が、ルームメイトで構わない」

 

 噛み合わない歯車が軋む音を聞きながら、私は絞り出すようにその一言を紡いだ。

 私は、理性より心細さを優先した。

 掌の熱を失わない様に、少しだけ力を込めた。

 

「そっか……。わかったよ」

 

 一夏はそういって、笑みを浮かべてみせた。

 今はただ、それだけでいいと思った。

 

 

                    ■■

 

 

 それから、色々なことがあった。

 クラス代表を決めるときに起こったいざこざの所為で、一夏がイギリスの代表候補生と決闘することになったり、少しでも一夏の助けになればと剣の相手を務めたりした。

 そして、その決闘当日、私は織斑先生と一緒に一夏を応援するために、アリーナの管制室に来ていた。

 一夏の専用機が試合直前になるまで搬入されなかったりと、少しばかりハプニングがあったものの、ISを纏うその背中に檄を掛け、一夏は決闘の場所へと飛び立っていく。

 その堂々とした背中を誇らしく感じて、自然と頬が緩む。

 初心者と、国家の威信を背負う代表候補生。単純に考えれば一夏の負けだ。

 けれども、その背中を見ていると、根拠もないのに何かをやってくれそうな予感がした。

 だから心の中でもう一度、勝って、と願う。

 その時、だった。

 

 

――全てが壊れる音がした。

 

―― 一夏の顔をした、一夏じゃない誰かが、モニターの中で嘲笑を浮かべている。

 

 

そこから繰り広げられた戦いは、あまりに一方的な物だった。

敵の全てを何なく上回り、心すら圧し折る様な悪魔の如き戦い方。

何をやっても無駄、という諦観を植え付ける所業。

互いに切磋琢磨する、なんて言葉はお題目と言わんばかりに、初心者である筈の一夏が、代表候補生を手玉に取る悪夢のような展開。

初心者故に歯を食いしばって踏みとどまり、一瞬の勝機に全てを賭け、一矢を報いる。

自分の中に都合のいい予想として立てられた、そんなふうな甘い展開は、目の前の光景に粉砕された。

 

 

 

 

――――あれは、誰だ。

 

 

 

 

 必然の問いかけ。

 理解が追い付かない現状に、何故かカチリと噛み合う音がした。

 ひょっとして自分は、こうなることを薄々感づいていたのではないか?

 子供心に刻まれた恋心。

 けれど曲がりなりにも成長と時間を積み重ねた私の心は、どこかでそれが虚構の物だと感づき始めていたのかもしれない。

 それが胸を苛んでいた違和感と軋みの正体なのだとしたら。

 この想いなど、何処にも持って生きようがないガラクタで。

 

 

――視線の先では、一方的な戦いのあっけない幕切れが映っている。

 

――同時、私の頬を灼熱が流れ、伝っていく。

 

――それは怒りなのだろうか、それとも悲しみなのだろうか。

 

――判別など付かない。

 

――ただ一つわかっていることは、この瞬間、私の初恋は砕け散った。

 

――昔日の約束、在りし日の輝きは今はもう、見えなくなってしまった。

 

 

 

 

 




 実際子供のころから要人保護プログラムとかで転々とする日々を送っていれば、否応もなくある程度の思慮深さというか、物事の裏側を考えつくぐらいにはなってるんじゃないかということで、箒さんは微妙に性格変更しています。
 そして改めて文章に書き起こすと、この一夏(ジルグ)がひでぇ。箒さんの心をぽっきりがっつり折ってしまいおった。……勿論こいつにそういう意図はありません。そこらへんの心理描写は次回にて。

 あとやっぱり簪(中身ライガット)を出そうかな、とか思っています。
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