ヒーローと黒猫のウィズ   作:ロック・ハーベリオン

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第10話:夢見ざる者たち(メアレス)

日が沈み、夜になった

あちこちの街灯が自動的に点灯し、真昼のような明るさで通りを照らし出す

しかし、リフィルたちが案内してくれたのは、街灯などない路地裏だった

 

「こことは違う世界から来た……?」

 

「タブロイド紙にも載りそうにない与太ね」

 

「まあ、そうなるよな。どちらにしろ、色々と情報が知りたい。この都市についてもな」

 

「この都市のことも知らないなんてね。となると、やっぱり、あの人と話すのがいいかしら」

 

ふたりは見るからに半信半疑ながらも、情報を持っている最適な人物を紹介してくれるそうなのだが、

 

「本当にこっちにゃ?いかにも怪しい連中がたむろしてそうな場所にゃ」

 

「うーん、言い返しようもない。実際、誰より怪しいっちゃ怪しい人だからねぇ」

 

ロウソク入りのランタンを手に路地裏を進みつつ、ルリアゲハは苦笑した

 

「さてさて……このへんに来れば、だいたい会えるはずなんだけど。アフリト翁!聞こえていて?」

 

「もちろんさ。ご活躍だね、ご両人。それと、黒猫の魔法使い殿も」

 

低い笑い声が響いたかと思うと、路地裏の物陰から、奇妙な風体の男が現れた

翁と呼ばれるには年若く見えるが、その口調や物腰には、底知れぬ老練の風情がある

まるで気配を感じさせなかったことといい、こちらをすでに知っていることといい、どうやら、ただ者ではなさそうだ

 

「そういう人なの。アフリト翁。メアレスについて、1番詳しい人よ。この魔法使いさんについて、何か知らない?よその世界から来たって言うんだけど」

 

「なら、そうなのだろうよ」

 

「んなら適当な……。こちとら、色々と疑いがかかってる身なんだが…」

 

「適当で言っておるわけではないさ。失われた魔法を使い、夢を持ちながらにしてロストメアと渡り合う……。この世界とは違う理、異なる法則の下に生まれた身であるなら、納得がゆかぬこともあるまい」

 

「……信じがたくはあるけど、確かにそうね。猫がしゃべるなんて、この世界ではありえないし」

 

「いや、俺の世界でも喋る猫は珍し…くもないか…」

 

俺は異形型の個性の人々を思い返す

猫に限らず、犬、馬、トカゲなど様々な奴らが脳裏に浮かんでいった

 

「問題は、元の世界に帰る方法がわからない、ってことにゃ」

 

「ふうむ。ならば、帰る方法が見つかるまで、都市のため、メアレスにご助力願えぬかな。メアレスとともにロストメアと戦ってくれるなら、おまえさんたちの生活費はわしがまかなおう」

 

にこにこ、と言うには不気味な微笑

リフィルと俺は、いぶかしげに眉をひそめた

 

「ずいぶん買うのね、アフリト翁」

 

「てめぇ、何を企んでやがる…」

 

「なに、魔法の使い手は貴重きわまる。おまえさんのようにな。是が非でも、確保しておきたいところだよ」

 

そう答えるアフリト翁に対して、俺は視線を強くする

しかし、この世界で生活するのにも色々と問題がある

だが、それを解決する唯一の手段が目の前にある

 

「…仕方が無いか。アフリト翁、あんたの口車に乗ってやるよ。その代わり、生活費とかはケチるなよ」

 

「分かっておるよ。これは言わば、ビジネスであるからな。それよりも魔法使い、そちらの名前は?」

 

「そう言えば、私達も聞いてなかったわね。改めて、私はルリアゲハよ。よろしくね!」

 

「…リフィルよ」

 

「魔借、黒猫魔借だ。こっちは師匠のウィズ」

 

「改めて、よろしくにゃ」

 

「さてと、そういうことなら、あたしたちと組まない、魔借?これも何かの縁ってことで」

 

「ちょっと、ルリアゲハ」

 

「いいじゃない。戦力が増えれば、勝算も増える。それに、取り分が減らないときた」

 

「取り分?どういうことだ?」

 

俺の疑問にアフリト翁が答える

 

「ロストメアを倒した者には報奨金が出るのさ」

 

「それと、連中の魔力を奪う権利もね。あいつら、どうも身体が魔力でできてるみたいなのよ」

 

「なるほどにゃ。メアレスは、対ロストメアの傭兵兼狩人ってところなんだにゃ」

 

「さっきの奴はリフィルだけがロストメアの魔力を手に入れていたようだったが……?」

 

「私が魔力を、ルリアゲハが報奨金を受け取る。その契約で、私たちはコンビをやってる」

 

「そのせいで、リフィルはいっつも極貧生活なの。報奨金の一部ぐらい、あげてもいいんだけどねぇ」

 

「前から言ってるでしょ。それはフェアじゃないって」

 

「この都市では、魔力とて金になる。そう溜め込まず、もっと換金してもよいのではないかね?」

 

「魔法を使うには魔力がいる。備蓄は、多ければ多いほどいい」

 

「あ、そうだ。魔法使いさんの場合はどうなの? やっぱり、魔力の補充が必要かしら?」

 

「俺の場合、魔力を消費しても、時間経過で自動回復する。最も、外部から受け取って強制的に回復するという手も無くはないけどな」

 

「……便利なものね。魔力を失っていない世界の魔道士というのは」

 

ぽつりとつぶやき、リフィルは、軽く吐息した

 

「いや、俺の世界の魔道士は俺しかいないぞ。最も、魔法に近いものを使う奴らであふれかえっているがな」

 

「…どういうこと?」

 

「俺の世界には『個性』という力を個人個人が持って生まれる。言わば、一人一人の固有魔法だ。でも、魔法とは違う。実際、俺の魔法も個性によるものだしな。他の世界との精霊と契約し、その力に魔力を込め、魔法を放つ。それが俺の個性だ。まさか、俺の魔力が、他の世界での魔力と同等のものだとは思っても見なかったけどな」

 

「…まあ、いいわ。実力が確かなのはわかったし……。その個性とやらも参考になるかもしれない。決まりね」

 

「じゃ、とりあえず、あたしたちが住んでる借家に、ご招待するとしましょうか!」

 

そう言って、俺達はアフリト翁と別れ、ルリアゲハに案内され、道を進んでいった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンサー!」ピンポーン

 

カードに魔力を込め、炎球を放つ

それは目の前にいる悪夢の欠片を蹴散らした

道中、何度か遭遇したことで、リフィルたちは表情に緊迫の色を宿していた

 

「悪夢のかけらがいるってことは、この近くにロストメアがいる……ってことにゃ?」

 

「そのとおり。飲み込みが早いわね、ウィズちゃん」

 

その時、剣戟の響きが聞こえた

 

「戦闘中か?」

 

路地裏を疾走すること暫し、やがて、俺たちは戦いの場に遭遇した

そこでは男と少女のふたり連れが、ロストメアと対峙している

 

「コピシュ!ブロードソードとカットラスだ!」

 

「アイアイ!」

 

大量の剣を背負った少女が片手剣と都単曲刀を投げ、男の双手が、それらを鮮やかにつかみ取る

 

「はあッ!!」

 

異形の腕を単曲刀で受け流しざま踏み込み、真っ向一閃、片手剣で強烈な斬り下げを見舞う

さらに肉薄し、両の剣をロストメアに深々と突き立てるや、それを踏み台に跳び上がった

 

「クレイモアッ!ダブルだッ!」

 

「アイアイ!!」

 

背から独りでに鞘走る2振りの大剣を、少女は小石のように軽々と投じてみせた

男は宙で大剣2振りを受け取り、そのまま落下

ロストメアの頭上から全体重を乗せて貫く!

 

「とっくり味わえッ!!」

 

串刺しにされたロストメアが、痛ましい絶叫を上げた

 

「『徹剣(エッジワース)』ゼラードに、『剣倉(アーセナル)』コピシュ……」

 

戦闘している2人の名前をルリアゲハが言う

名前からして、男がゼラード、少女がコピシュなのだろう

 

「先にロストメアを見つけて、交戦していたというところね」

 

ゼラードの果敢な剣撃を受けてなお、ロストメアは動きを止めず、反撃を繰り出す

流れるような動作でそれをかわし、後退しつつ、ゼラードは不敵な笑みを浮かべた

 

「あきれた野郎だ。もっとご馳走してほしいってのか? ええ?」

 

「あんまり奮発しちゃだめですよ、お父さん。後で研がなきゃいけないんですから。」

 

「わかってる。そろそろシメのデザートだ!」

 

4本の剣を突き刺されたロストメアは、怒りに猛り、ゼラードに向かっていく

 

「まあ、見過ごすわけにもいかないか!」

 

俺はカードに魔力を込めながら、ロストメアに向かって駆け出した

 

「あっ、ちょっと!」

 

「『神槍龍牙爆炎衝』!」

 

ゼラードがロストメアの攻撃を回避した直後、イグニスのSSを放つ

巨大な炎の槍が現れ、炸裂

ロストメアを吹き飛ばした

 

「あ?なんだ?横取りしようってのか!?」

 

「はぁ?横取り?」

 

「お父さん、前!」

 

ロストメアがゼラードに迫っていた

 

「いい加減、食い足りろッ!イルウーン!」

 

「アイアイ!」

 

切っ先が平たく広がった剣を受け取っての一撃

弧月もかくやという鮮鋭なる斬閃が、敵を断つ

それが致命傷となったのか、ロストメアは痛ましい声を発しながら溶け消えていった

 

「お疲れさまでした、お父さん!魔力、こっちで回収しときますね」

 

「ああ、任せた。で、」

 

ゼラードは、不機嫌そうに俺の方を見た

 

「『黄昏(サンセット)』に『堕ち星(ガンダウナー)』。そいつぁ、いったいどこのどいつだ?」

 

「悪いわね、『徹剣(エッジワース)』。この子、まだこの世界の常識を知らないの」

 

「ああ?なんだそりゃ?」

 

コピシュがロストメアの魔力を吸収し、剣を回収するのを待ってから、ルリアゲハが俺とウィズの素性を説明してくれた

 

「はー……別の世界から来た、なんて……。そんなこともあるんですねぇ……」

 

「正直、信じる気にゃなれんが……、そいつが事情を知らなかった、ってことは納得しとくよ」

 

「どういうことだ?」

 

「原則、倒したロストメアの魔力と報奨金は、とどめを刺した者が得ることになってる。だから、同業者が先に戦ってて、かつ勝てそうなら、手出ししないのが暗黙の了解なのよね」

 

「なるほどな。つまりは、余計なお節介だった訳だ」

 

「申し訳ないことをしたにゃ。私の弟子が…」

 

「おい…」

 

「いえいえ、どうぞお気になさらず……。というか、猫さん、ホントにしゃべるんですねえ……」

 

興味津々という様子でウィズを眺めるコピシュ

 

「お前もメアレスなのか?」

 

そう俺が尋ねると、コピシュはうなずき、はきはき答えた

 

「はい。ロストメアから手に入れた魔力で、剣を運んだり、投げたりしてるんです」

 

「コピシュは魔力の扱いがう上手ぇのさ」

 

「加えて言えば、彼女はまだ夢らしい夢を持たぬ。ゆえにメアレスの条件を満たしているのさ」

 

「うぉ!」「どっから出たよ、アフリト翁……」

 

「ゼラードの方は、剣以外はからっきしでな。女房に逃げられたのが、夢をなくした原因だ」

 

「えー、女房に逃げられたとかマジかよ…」

 

「ちょ、引くなよ!アフリト翁!さらっと言うかね、そういうことを!」

 

「言われたくなきゃ、いい加減、貸した金を返してくれんかね」

 

「こンの、ジジむせぇ性悪野郎……」

 

「さらに借金まであるのかにゃ…」

 

「まあまあ、いいじゃないですか、お父さん。さっきの報奨金で、お釣りが来ますよ」

 

コピシュは俺とウィズに向き直り、ぴょこん、と深く頭を下げた

 

「改めまして、どうもありがとうございました。ほら、お父さんも」

 

「あー、助かった。まぁ、手ェ借りなくてもなんとかなったんだが」

 

「もー、なにすねてるんですか」

 

「まあ、こちらも事情を知らなかったとはいえ、余計なことをした。すまんな」

 

そんなことを言っていると、リフィルが、じっとこちらを見つめているのに気づいた

 

「なんだよ…」

 

見つめ返すと、少女はわずかに眉をひそめる

 

「魔法を使って誰かを助ける……ということに、ためらいがないのね。あなたは。それが、あなたの世界の魔道士、と言うよりも個性を持つものの流儀……ということ?」

 

「一部はな。誰もが力を持てる世界だ。強大すぎる力を持てば、悪の道に行くものも出てくる。そういうものを止め、誰かを助けるものも現れる。俺の世界では彼らをヒーローというんだよ。最も、職業だがな」

 

「ヒーロー…ね…」

 

「最も、ウィズのいる魔法が廃れていない世界には困っている人を助ける魔道士ギルドってのがあるみたいだけどな」

 

「ウィズの世界?」

 

「にゃ。私は魔借と契約してる精霊の1人にゃ。普段からこうして魔借と一緒にいるけど、呼ばれてない時は自分の世界で過ごしているにゃ」

 

「魔道士ギルド……。そうか。魔力が失われていない世界なら、そういうものもあるのね……」

 

複雑な表情でつぶやき、きびすを返すリフィル

その姿に、俺は気になっていたことを思い出す

魔道の廃れたこの世界で、どうしてリフィルは、いや、彼女の人形は魔法を使えるのか

彼女はどうして、夢見ざる者となったのか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

陰深き、路地の奥

その闇のなかに、ふと半月が咲いた

 

「撒かれた種が、まずひとつ……。実験は成功と見てよさそうね」

 

闇と一体化するように、じっとしていた少女が、ニィ、と唇を歪めたのだった

雲の衣をまとって朧にかすむ月を見上げ、少女は満足げなつぶやきをこぼす

 

「なら、いよいよ本番といきましょうか……」

 

振り向く少女の、視線の先で、1体のロストメアが、ぎぃ、と鳴いた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この都市に来て、数日

リフィル、ルリアゲハとの何度かの共闘を経て、ロストメア相手の戦いにも慣れてきた

最も、元の世界だと(ヴィラン)とは戦えないため、戦闘経験は呼び出した精霊との訓練しかやったことがなかったが…

そんなある日、君はルリアゲハに誘われ、昼食を共にすることとなった

多くの市民や馬車の交通を潜り抜け、おいしそうなにおいがする方へ歩いていく

 

「今日はメアレスの仕事はないのかにゃ?」

 

「毎日毎日ロストメアとやり合ってたら、疲れちゃうからね。今日はオフってトコ。リフィルも連れて市内観光……と思ったんだけど。あの子、どこに行っちゃったのかしら」

 

「まあ、用事があったんだろ。それにしても、メアレスのいい所は休みが自由なところだな。自営業みたいなもんだし」

 

「悪いところは?」

 

「収入がロストメアだよりなとこ」

 

「まあ、そればかりは仕方ないわよねぇ。それがメアレスだし」

 

「でもな、メアレスの強さによっては全く収入を得れないやつとかいるんじゃないか?」

 

「まあ、そこん所は同行者が減るってことで」

 

「ちゃっかりしてるにゃ…」

 

そんな話をしながら、俺はルリアゲハについていき、行きつけの定食屋とやらに案内された

その中に足を踏み入れると、

 

「らっしゃーせー」

 

リフィルが、淡々と注文を取りに来た

 

「……………………いや。あのちょっと。なにやってんの、リフィルさん」

 

「バイトよ」

 

…メアレスの強さ=収入の良さという訳ではないんだな、と思った瞬間であった

 

「そこまでお金に困ってるんだったら、さすがにちょっとは融通するわよ!?」

 

「じゃなくて、この店、安いし早いし、その上、おいしいでしょ?だから、その調理技術を体得するために、こうして弟子入りしているのよ」

 

「……さようで」

 

なんと言っていいやらわからないという顔をするルリアゲハの後ろから、大柄な体躯の男、ゼラードが店に入ってくる

 

「あー、ハラ減った。メシ、メシ……」

 

「らっしゃーせー」

 

「……待て。いったい……何が、起こっている……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

せっかくなので、ゼラード、コピシュと同じ卓につき、適当に注文を頼んだ

 

「リフィルさん、お料理が趣味なんですか?」

 

「趣味っていうか……、ロストメア退治の報奨金、全部あたしがもらってるからねぇ……。それで、生活費を切り詰めに切り詰めた結果、安い食材で料理を作るのにハマっちゃって……」

 

「…大丈夫なのか、それ」

 

「しかし、切り詰めるって言ってもよ、それじゃいつか金も底をつくんじゃねえのか?」

 

「アフリト翁に頼んで、魔力の一部を換金してるの。ぎりぎり食べていけるくらいの量だけどね」

 

「魔力はなるべく売りたくないの。はい、ローストマトンのカレー和えとボイルドライス、お待ちどう」

 

リフィルが料理を運んでくる

ゼラードは、置かれた皿にナイフを伸ばしながら、あきれたようにリフィルを見上げた

 

「おまえさんねぇ……。夢を持たねぇって言っても、そこまでストイックじゃなくてもいいだろうよ」

 

「お父さん、ナイフで直接お肉食べない!」

 

「苦手なんだよ……フォークとか」

 

「自分の子供に怒られる時点でダメじゃね?」

 

「フォークが嫌いってどういうことにゃ?」

 

そうウィズが尋ねると、ゼラードは苦笑した

 

「生まれてこの方、剣術一筋でな。剣の類なら、なんでも扱えるんだが……」

 

「剣以外は、ぜんぶダメなんです」

 

「……そこまで言う?」

 

「剣だけのダメ親父ってことにゃ?」

 

「そうです」

 

「ごはぁッ!」

 

「…………」

 

ウィズとコピシュに責められ、悶絶しているゼラードを、リフィルが無言で見つめた。

その視線に気づいたゼラードは、すねたように唇を尖らせた

 

「なんだよ、黄昏の。魔術バカのおまえさんだって似たようなもんだろ」

 

「……そうね。似てるわ。確かに」

 

リフィルが真剣な声音で答えた

それに対し、ゼラードは怪訝げに眉を寄せた

 

「すみませーん!おー、みんないるいるいる!」

 

そこに、見知らぬ少女が元気よく割って入った

 

「ミリィ?何かあったの?」

 

「いやそれが、めっちゃでかいロストメアが出てまして!ラギトさんが食い止めてんです!でも、ひとりじゃ無理だったんで、あたしがみなさんを呼びに来たんですよ!」

 

「なるほど。この子も〈メアレス〉なんだにゃ」

 

「はいはいそうですええええ猫しゃべったー!?」

 

仰天するミリィをよそに、メアレスたちが食事を置いて立ち上がる

 

「人が食ってる最中に来るたぁ、気の利かねえロストメアだぜ」

 

「行くぞ、ルリアゲハ、魔法使い!」

 

「バイトは?」「今日はオフじゃなかったにゃ?」

 

「相手の方から来るなら別!店長も私の事情は知っている!『戦小鳥(ウォーブリンガー)』、案内を!」

 

異名で呼ばれたミリィは、あわててこくこくうなずいた

 

「うすうす! こっちっす!」

 

 

 

 

 

 

 

 

都市を貫く川にかかった、巨大な橋

ミリィの案内で、俺たちはその中央を目指す

案の定、悪夢の欠片が道を阻んだが、

 

「とぅあっ!せいっ!!」

 

ミリィは軽快な動きで欠片どもを翻弄し、手にした巨大な杭打機を叩き込んで、着実に仕留めていった

 

「やるな…」

 

俺がその鮮やかな手並みを称賛すると、ミリィは走りながら照れ笑いする

 

「やー、あたし、これしか能がないんすよー。夢はファッションデザイナー!だったんすけど、芸術のセンス?みたいのがぜんぜんなくって。なのに、なんでかこういう才能はあったもんで、傭兵とかやってるうちに、流れ流れてこの都市へ。とまあ、そんな感じでメアレスやってんです。夢がない奴、大歓迎!って話だったんで」

 

「…数奇な人生を送ってんな、あんた」

 

あはは、と笑うミリィの姿に、俺は複雑な思いを抱いた

メアレス、夢見ざる者

夢を持たぬがゆえに、ロストメアを叩き潰せる戦士たち

あまりに突飛な話だったから、そういうものだと言われて、そういうものかと納得してい

だが、考えてみれば、夢を持たぬ者というのは、こういうことなのだ

望んだ未来を、描いた希望を、心の底から欲した願いを、手に入れ損なって…

だからと言って、新たに別の夢を見るなんて、そんな器用なこともできぬまま痛みを抱えて、生きていく

リフィルやルリアゲハも、ミリィのように夢破れ、それでメアレスとして戦っているのだろうか

そんな自分をいかなる夢も見ることなく生き、戦う道を受け入れているのだろうか……

 

(なんで、こんなことすら忘れていたんだろうな、俺は。そして、未だ全てを思い出せないでいる…)

 

「いたわ!確かに大きい……!」

 

リフィルの声が、俺を我に返らせた

 

(考えるのは後だ。どうせ、思い出せなくても話は進んでいく。迷うのは止めだ。俺は俺の成すべき事をやる!)

 

橋の中央を見ると、ひとりの少年が、家ほどもあろうかというロストメアの進撃を食い止めていた

 

「はぁあぁあああぁあぁぁああッ!」

 

彼は影めいた禍々しい魔力を全身にまとい、正面から敵とぶつかり合っていた

煙突ほどもある拳を強烈に打ち返したところで、凛然たる美貌がこちらを向く

 

「来たか。悪いが、力を貸してくれ。このロストメア、ずいぶんと手に余る」

 

「最強のメアレスと名高い『夢魔装(ダイトメア)』が、泣き言か」

 

「最強云々の方は前から返上を検討しているんだが、申請先がわからなくてな」

 

リフィルの皮肉に、ラギトは鷹揚な笑みを返した

 

「さておき、ひとつ共闘と洒落込みたい。報酬は、とどめを刺した者の総取りということで、どうだ?」

 

「首を落とした者勝ちね」

 

「面白いじゃない」

 

「あたしはぜんぜんオッケっす!」

 

「妨害はアリか?」

 

「お父さん!」

 

「まあ、俺には余り関係ないけどな」

 

全員が了承するのを見て、ラギトは静かに敵へと向き直った

 

「噂の魔法使いもいるなら、心強い。これ以上の被害が出る前に、ここで叩く!!」

 

「その噂がどんなものか、気になるけどな!『憑依召喚(インストール)【アーサー・キャメロット】』、『武装召喚(サモン・ウェポンズ)【アーサー・キャメロット】』」

 

俺は黄金に輝く鎧と剣を手にし、ロストメアに切りかかる

 

「くらえ!」

 

しかし、それはロストメアの外殻を傷つけるだけだった

 

「硬い!」

 

「クレイモア!」「アイアイ!」

 

俺が切りかかったのを見て、ゼラードもコピシュから剣を受け取り、切りかかるが意味をなさない

 

「相性が悪すぎるだろ、これ!」

 

「お父さん!魔借さん!」

 

「っ!」「っぶね!」

 

近づいた俺とゼラードを潰そうとロストメアが動いた

俺たちはそれを避け、そして、そのできた隙を、

 

「横槍を叩き込ませてもらう!」「くらうっス!」

 

ラギトとミリィが攻撃する

しかし、その攻撃もロストメアを後ろに動かすだけで、まともなダメージはなかった

ロストメアは2人に対して触手を振るう

 

「させないっての!」「『修羅なる下天の暴雷よ、千々の槍以て振り荒べ』!」

 

しかし、それはルリアゲハの弾丸と、リフィルの魔法で迎撃される

リフィルの魔法の一部がロストメアに直撃し、ロストメアは低く唸り、動きを鈍くした

 

「『武装召喚(サモン・ウェポンズ)【ルフ・ファルネーゼ】』!」

 

俺はその隙に、体ほどある巨大な弓を呼び出し、魔力を込めた

 

「『ネビュラエクスキューション』!!」

 

そして、巨大な雷の矢を3発放ち、それはロストメアを捉えた

それにより、ロストメアは初めてまともなダメージがあったかのように悶えたが、動きを止めず、暴れ回った

 

「外殻が硬すぎる……。斬った張ったは通じないか!」

 

「銃もダメね。でも、リフィルと魔借の攻撃は、通っているように見えない!?」

 

「物理的な攻撃には強くても、魔法には耐性がないのかも!」

 

「なら、攻撃はふたりに任せよう。俺たちは援護を!」

 

「ラジャーっす! かき回すのは十八番なんで!」

 

「癪は癪だが、倒せねえよりはな!」

 

「任せるわよ、魔道士のおふたりさん!」

 

「わかった!」

 

「『魔法解除(リセット)』。魔法ならこっちだな。『憑依召喚(インストール)【エステル・モカ】』」

 

メアレスたちが一斉攻撃を開始する

俺とリフィルの詠唱の時間を稼ぐために

代わる代わる攻撃し、注意を引くゼラードたち

即席とは思えぬ連携でロストメアを翻弄する

 

(いいチームワークだな。互いの実力を信頼し合っていなければ、こうも背中を預け合うことはできないだろうに。基本的には商売敵とはいえ、共通の敵と戦う者同士だからか、彼らにしかわからない絆というものが、あるのかもしれないな)

 

「おい!早くしろ!魔法使いッ!」

 

「わかってる!『天元魔導をここに示す!』」

 

「『目覚めよ神雷!空の静寂打ち砕き、』」

 

最大の魔術の詠唱に入る俺たち

その挙動を察したか、ロストメアが長い触手を伸ばす

 

「しゃらくせえッ!バスタード、二刀ッ!」

 

「アイアイ!」

 

両手に長剣を携え、割って入るゼラード

馳せる刃風が、無数の触手をなますに刻む

不意に、その動きが鈍った

 

「う!?」

 

瞬間の隙

薙ぎ払われた触手がゼラードを直撃

ゼラードは木端のように跳ね飛ばされ、石造りの橋の上を激しく横転する

 

「お父さん!」

 

「平気だッ……!リフィル、魔借!やっちまえっ!!」

 

 

ゼラードの声を背に受けて、君とリフィルは、ほとんど同時に魔法を放った

 

「『レジオン・ファンタズム』!」「『あえかな夢を千切り裂け!』」

 

特大の炎球と全てを滅せんとする雷の槍がロストメアを貫いた

そして、ロストメアは消滅し、それを確認したメアレスたちは安堵の息を吐いた

 

「はぁ~、勝ったぁ~……。やー、魔法使いさん、いい腕してんですね!」

 

「まったくだ。助かったよ、魔法使い。改めてあいさつをさせてくれ。ラギトという」

 

ラギトの全身にまとっていた魔力が、肌に沁みこむようにして消えていく

 

「魔借だ。こっちはウィズ。それにしても、その魔力は…」

 

俺の表情からそうと察したのか、ラギトは軽く苦笑した

 

「気づいているようだが、ロストメアだ。手違いで同居を許してしまってな。家賃代わりに、力を使わせてもらっている」

 

「よく言うわ。完全に飼いならしてるじゃない。並みの精神力じゃ意識を食い尽くされてるとこよ」

 

「図太いのが取柄でね。細かいことを気にしなければ、誰でもできる」

 

「身体に棲みつかれるってのは、〝細かいこと〟レベルじゃないと思うんですけどねえ……」

 

わいわいと盛り上がるミリィたちをよそに、俺とリフィルはゼラードのもとへ向かった

ようやっと身を起こしたゼラードを、コピシュが心配そうに支えている

俺はカードを取り出し、ゼラードに声をかける

 

「大丈夫か、ゼラード。今、治癒魔法を使う。『キュア・ノーザンライツ』」

 

「……らしくないわね、徹剣(エッジワース)。あなたが剣を使って遅れを取るなんて」

 

「メシ食ったばっかで運動したもんだから、ちょいと脇腹が痛くなっちまったのさ」

 

軽口を叩くゼラードに、リフィルは嘆息した

 

「……まったく。いちおう礼を「なあ、黄昏(サンセット)」……何かしら」

 

「いつか言ってたな。おまえさん、魔道士の家柄に生まれて、ずっと魔法ばっか習ってきたってよ」

 

リフィルは、怪訝げに眉をひそめた

 

「……そんな私が、剣ばかり習ってきたあなたと似ている、と?」

 

「ま、な」

 

「似ているから、なんだっていうの」

 

「ひとつの技だけ磨いてると、こういう不器用な人間になっちまうぞ、って話さ。だから、まあ、いいと思うぜ。バイトすんのも。なんなら、そのまま料理人になったってな。メアレスなんてなァ、別に好きでやってるもんじゃない。〝そうなっちまった〟ってだけのこった。別の夢を持てそうなら、その方がいいってもんさ。なぁ?」

 

「そうやって、同業者を減らそうって魂胆?」

 

「ま、それもある。もういいぜ、魔法使い。傷は治ったからよ」

 

「ああ」

 

「あいにく、夢は見ない。それに、そういう心配なら不要よ。私、フォークもナイフも、スプーンだって使えるもの」

 

「そういう話じゃねえっつうの」

 

「フッ」「フフッ」

 

口を”ヘ”の字にするゼラードの隣で、俺とコピシュは、くすくすと笑いあっていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「〝種〟の反応が消えた……。ふふ。リフィルがやってくれたみたいね」

 

何を照らすこともない闇のなか、少女がうそ笑む

 

「アストルムの『秘儀糸』も張りきった。あとは障害を取り除くだけ……」

 

つと、凍える瞳を真横に向けて、少女は期待に笑みを濃くした

 

「さあ、出番よ。せっかくだから、ことのついでにメアレスを1人、排除してもらおうかしら。見限られた夢として……、復讐を果たしなさい。あなたを捨てた本人に……」

 


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