それは、自らが偽物のぬくもりを求めたが故に犯した罪。
それは、夢を見ていたが故に作り上げた妄想の産物。
自らが持てるありとあらゆる手段を用いて、少女は【
全てが人工の化学物質で出来ていて、そして外見はいかにも人のようなものだった。
「ああ、私がずっと、夢見ていた人。ずっと画面から見ていたステファノが、今……」
黒髪の少女は感嘆を吐いて、ただ自分が作り上げたものが、きちんとプログラム通りに動いている光景を目の当たりにして、静かに涙を流した。
そして、ステファノと呼ばれたモノは、静かにゆっくりと目を開き、そして機械音声で言葉を紡ぐ。
「ステファノ・アルカディア・サニーサイド。ここに参上した」
ゆっくりと、壮年の声が響く。19世紀ヴィクトリア朝の装いに、歯車等いわゆる「スチームパンク」の要素を入れた身なり。生きていた人生を示すように刻まれた小さなしわ。長く、まるで月を体現したかのように輝く銀髪。そして今まで心から笑ったことがないような、厳つい風貌。
「さて、まずは君の名前を聞こう。話はそれからだ」
「はい、私の名前は──」
それは、少女が犯した罪。其れ即ち、神の真似事である。なぜなら、彼女は人であって人でないものを作ったのだから。
──これは、孤独な創造者の氷室 昴をよく知る者による記録。ヴィクター・フランケンシュタインとは反対に彼女は自分の作ったものを見捨てはしなかったが、自分の作り出したもので、彼女は苦悩し、いばらの道を歩んだということを記録しておく。
Note:1 箱庭
世界は小さな異変くらいなら何事もなく時を刻む。そして日常は人それぞれ違うものになる。
太陽は高く、容赦なく東京の街を照らしつけている。反射する熱は人から活動する気力を奪っていった。そしてそれは、高校も例外ではなかった。
「熱い、オーバーヒートしそう……」
夏にも関わらず、氷室は黒い髪をまとめずにただ自然のままにおろしている。集団より一歩遅れて次の授業をやる教室へと移動する。他の生徒は、親友同士と何もとりとめのない会話をしながら移動していたが、彼女はいつも一人だ。傍には誰もいない。だが、彼女はそれを【日常】と定義付けた。
「ああ、まだ二限目か……。今日は帰ったら録画したアニメを見ようかな」
まだ完全に取れていない眠気を放置しつつ、彼女は教科書を抱えて歩き始めた。が、ふいに後ろから人にしてはずいぶんと硬い感触が背中に当たった気がした。気を取られたころには既に遅く、彼女の手からは教科書が勢いよく飛び出してしまう。
「あぁっ!」
素っ頓狂な声とともに、氷室は勢いよく頭から転倒してしまった。筆箱は辛うじて無事だったことが幸いだた。彼女がすぐに拾い始めたとき、おそらく硬い感触の主が後ろから彼女を追い抜いていった。何も声をかけず、まるで最初から人はいなかったかのように。
「なあ、何か俺、当たった?」
「いや、気の性だって、なんか黒いのがいた気がするけど」
わざと転倒した女子高生に聞こえるように会話する。散乱した教科書を披露少女の手は、少しだけ震えていた。
「まあ、いいか。俺らには関係ないしな」
一人残された女子高生は全ての教科書を拾い上げ、髪の毛で外部からの視覚情報を遮断して、教室に移動した。
「ところで、氷室さん。修学旅行の班、どこに入るか決めましたか?」
昼休み、秋に行われる予定の修学旅行に向けての準備で、クラスの半分はそれに全力を注いでいた。恐らく全員の関心事であろう行動班の編成は、友人と一緒の班になれるか、という事で昼食中に盛り上がっていた。今回は、好きな人と組んでいい、ということもありすぐに大部分は決まったが、存在を認識されなかった氷室は、ただ一人で彷徨っていた。
「いえ、皆決まっちゃって……」
「でも、誰か一人友達はいるでしょう?」
「それは……」
自分で声をかけても無視されて、そしてこの有様ということを言おうとすれど、言葉がのど元に突っかかり、口に出すことができない。
「氷室さん、お願いだからちゃっちゃと決めて頂戴な。修学旅行委員として色々報告しなきゃいけないのよ」
「はい……」
不可能なことを普通の人から突き付けられる。誰かに「一緒の班に入ってもいい?」と聞いて、許可を得ればそれでいいのであろうが、頑張ってそれを言っても認識されたことは一度もなかった。
そして、どうしようもないまま、氷室は一人の昼食を始めた。
一人で黙々と食べるお弁当。彼女は心に孔が空いている感じはすれど、不思議と寂しさというものを感じることはなかった。氷室は、自分の傍には誰もいない、ということを日常と定義付けていた。そしてそれで不便と感じることはなく、淡々と機械仕掛けの人形のように一日を消費した。