コツコツ。
草履ではなく、革靴の底が地面を削る小さな音が小刻みに間隔的になる。
この時代草履以外を履くものはありえないのだが彼は違う。高速戦闘には草履は不便だと他国から流れてきたそれを履いている。
そのため、服も改造し男ながらもかなり肌色が多く見えている。
キキッ。きしんだ木の扉が奇っ怪な音を立てながら開く。自分が通れるほど開け通ると、勝手に閉まる半自動ドアとなっていた。
部屋の中には小さな灯火が微かに照らし、一人本と睨めっこしている少女の髪を赤く照らしている。
「ごめん。遅くなった」
「別にいいですよ、清明」
本に集中していたいのか簡素な返事をする。
それも仕方が無いかと苦笑いを浮かべながら近くの木の椅子に腰を下ろす。
「で、準備は終わった?」
「いえまだです。敵のあの異常さを踏まえとある武具の貸し出しを要求しました。三日後には貸し出されると推測しています」
本に栞を挟んで閉じ、灯りで赤く染まった髪を揺らして青年の方に身体を向ける。
そこで気づいたのは和服ではなく、白いボタン掛けの服を着ていた事だった。
日本人離れした長く伸びた手を全て覆う白い布地。下は布地の折り返しだけがあり、下着以外何も履いていない様子だ。
その上髪は少し水が滴っていて、風呂上がりなのが伺える。一度意識してみれば麗しい花の匂いに気づく。
「その服前持ってたのだっけ?」
「いいえ。先程京一を自称する店で買ってきました。何処と無く故郷を思い出すのでつい」
「いいんじゃない。結構似合ってるよ」
「そうですか」
青年は自分では気づいていないがかなりのイケメンの部類に入っていて、優しい笑顔は数多の女性を落としてきた。
だが、すぐに皆後悔していく。惚れるのが遅かったのだと。
「妻がいるのにいいのですか、同僚をナンパして」
「いやーそれ言われると厳しいな。ははははは」
そう彼は既に既婚者であり、妻と子供がいるのだ。彼の一番は既に決まっていて、もう一番にはなれない。
ならばと二番目三番目を目指すのだが、政府より彼の異端性を踏まえ一妻だけだと宣言したので不可能だった。
「けどまぁ彼女とは愛がないからね。浮気と呼べるのかな?それに好きな人は他にいるしね」
苦笑いを続けながら現状を語る。
安倍晴明。人間始まって以来の異常性を内包した異端児。
その力を一代だけで終わらせるべからずと、どうにか強い子孫を残そうと政府は巫女の適性が高い少女を強引にあてがわせ、子供を作らせた。
政府に頭を下げて暮らしている彼には拒否権などなく、愛もない子供を作りその後かれこれ五年以上会っていない。
妻の顔や子供の顔をすら忘れかけている。それだけどうでもいい事でもある。
「では、私を拾ったのは下心は無かったと」
「当たり前だよ。目の前で困っている人がいれば助けるのが僕だよシエル」
シエル。それが日本人ではない彼女の名である。
生まれは西欧の方であり両親と兄がいた。それは仲睦まじく暮らしていたのだが、平和とは唐突に一瞬で崩壊する。
一体の恐怖の象徴。首なしの鎧騎士にして死神【デュラハン】が両親と兄の命を奪っていた。
目の前で自分を庇うように覆いかぶさる二人の両親。どうにか標的をずらそうと威嚇しながら遠くへ走っていく兄。家族が命をかけて護りどうにかその場は生還できた。
だが、その当時は眠るだけで死んでいく家族の映像を見続け、【デュラハン】を殺すためにと退魔の力を身につけ復讐を誓う。
結果三年越しに復讐を果たしやっと終わった。そう思った矢先戦闘の疲れから海へ墜落。
波に流されたどり着いたのが日本であり、そこで拾われたのが晴明だった。
そんな過去のことを思い出し頬が赤くなるのが分かると顔を俯かせる。
「ですね貴方はそんな人だ.........だから私は貴方の事が」
「ん、何か言った?」
「いえ何も。それより早く寝なければ」
夜更かしは美容に大敵。そんな事を思いながら、どこか残念そうに清明の部屋から出て自分の寝室へと向かう。
彼女の背中を見送った清明は、机に置かれている本を棚に片付け灯火の日を消す。
辺りは一瞬で暗闇になり、何処に何があるかなど見ることは叶わない。
はぁ、僕はいつになったらこの思いを伝えられるのかな......僕の意気地無し。
胸に秘めたこの思いを彼女に伝えられるのはいつになるのだろうかと、考えながら寝床へ入っていく。
そして、深い深い眠りへとつく。
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三日が経過し、いつものように彼ら妖怪は起床する。
この日が妖怪達全土の命運をかけた節目になるとは知らずに。
「よう、オーフィス!珍しいなこんな暑い中外にいるなんてよ」
「さとりに追い出された」
「かっかかか!あの温厚なさとりを怒らすなんて流石だぜ!」
豪快な笑い声を木々に響かせて巌はオーフィスの肩を何回も叩く。
「しっかし本当に暑いな」
ヌルッと現れ、言葉に反し全身を布で包み姿を隠しているエクエスは声をかける。
どこがだよとエクエスの肩を軽く小突き、また豪快な笑い声を上げてから机の上にあるお茶をすする。
彼に続き二人もキンキンに冷えたお茶を飲む。
キンキンに冷えてやがる...あ、ありがてぇ...ありがてぇ。
日本に生まれてよかったと感謝しながら出された朝食を食べる。
見た目はグロいが美味いヤツメウナギの丼を巌が食べ、二人はヤツメウナギのひつまぶしを食べる。
朝からかなりガッツリいくなと思うが、この後の予定の事を考えたら仕方がないと思う。
ここ最近、妖怪達の中だ力をつけたいと言うものが増え、そのため強いやつが鍛えなければいけない事になり、エクエスや巌が駆り出されている。
「ふぅ...食った食った」
二人がひつまぶしを食べ終わる前に、二皿目も平らげた巌は膨れ上がった腹をポンポンと叩く。
「早い」
「いいんだよ。これでも味わってるからな...あっ、それとオーフィスまた今度も再戦しろよな」
「えーめんどい」
「なんでそこだけ感情でんだよ」
会議が発足してから数日後。巌はオーフィスの力を確かめると決闘を挑んだ。
結果は見事ぼろ負け。同じ龍であってもやはり実力が違うと改めて思い知らされ、一から特訓を始めている。
「あまり他の妖怪に迷惑をかけるなよ」
「へいへい分かってますよ。たく、相変わらず頭が硬ぇんだからな」
「聞こえているぞ巌」
「聞こえるように言ってんだよ」
二人は顔を向かい合わせメンチを切る。
正直二人の仲はあまり宜しくない。自分が楽しければいい自由派の巌と、自分を助けてくれた妖怪達に恩を返す頑固派のエクエス。
まさに水と油で顔を合わせるたびに一触即発だ。
またやってるよ二人とも...もっと仲良く出来ないもんかな。
もう何度も見た光景に周りの妖怪達も素知らぬ顔で過ごしている。逆にこれがあるから平和なのだと思ってすらいる。
至って平穏だった日常は突然駆けてきた一人の妖怪の言葉によって崩壊する。
「陰陽師が、陰陽師が攻めてきたぞ!!」
小鬼の叫び声はさらなる叫び声を巻き起こす。