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駆け込んできた狐型の妖怪【鎌鼬】のコン。自慢は種族の特性でもある肌を切りつけるほど高速で風を放つことであり、それは自身がかける時にも適用されかなりの速度を出す。
そのため、山の防衛隊の後方に位置し非常時に連絡係として山の麓へかける仕事をしている。
陰陽師が現れた際は逐一報告するようにしていて、今回もそのたぐいだろうと軽く聞いている。
「また来たのか。前回は五日前だったか...まぁ椛が」
「ダメなんです!椛さんがやられそうなんです!!」
「はぁ?あの椛がか?」
実力としては大妖怪に届かないも、遊び感覚で戦った時はそこそこ本気を出した相手だ。
そう易々とやられる椛ではないはずなのだ。
何かの冗談だろと笑いまじりに聞き返すが、次に語られた言葉に冗談ではないのだと思い知らされる。
「清明とほかの陰陽師達が」
「安倍晴明...」
「まじかよ」
唖然しながら零れた言葉にはどこか絶望があった。
妖怪達の天敵の最強の陰陽師が攻めてきた。それを知ったら周りにいる下級の妖怪達はざわめき始める。
ざわめきは次第に恐怖心を増し、死にたくないと泣き叫ぶ者がちらほら現れ始めどんどん拡大していく。
まずい。と悟った巌は立ち上がると。
「しかったねぇな...いっちょ殺してくるか。妖怪の強さを知らしめねぇとな」
「そうだな、いつまでも人間に舐められてなどいれない」
「我も行く」
その言葉は弱き者達の心を落ち着かせる。三人が三人妖怪達の中でも最強格ばかり。負ける通りが無い。
『うぉぉぉぉぉぉぉおおおおお!!』
腕を上空に上げ絶望ではなく、希望の雄叫びを妖怪達は上げる。
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木々が生い茂り森と呼ばれていた場所は妖怪と陰陽師の戦いにより壊滅していた。
無差別に放たれた陰陽術は木々をなぎ倒し更地へと変えている。
他に八人いた防衛隊は数の力に押し負け二人が払われ、六人が瀕死の重傷で地に倒れ伏している。
防衛隊隊長の『犬走椛』ですら怪我を負っている。
服は至る所が裂け肌が大胆に露出していて、白い肌には無数の鮮血が彩っている。
地に伏した仲間を一見し、空から落ちてくる橙色の【呪符】を紙一重でかわしていく。
「くっ」
「妖怪め!死ねぇぇぇぇ!!」
一人の陰陽師が一枚の薄い紙【呪符】を取り出し、霊力を込めると黄金色を放つ。それを投擲し雷の線が妖怪を払うため轟く。
二十人にも及ぶ陰陽師の強襲に盾は壊され攻撃を防ぐ方法がない。それでもここで負ければ援軍が来る余地すらなくなってしまう。
野生の勘。第六感。頭で考えるより早く体が動く。
電撃を刀で受けた直後に一瞬で地面に突き刺し地面へと逃がす。流石に全ては受け流せず手が微かに痺れている。
─強いな彼女は。今まで戦ってきた妖怪とは圧倒的に違うな、僕がやるか。
彼女の今の動きには確実に【武】があり、他の人間が使ってたから、切れるからなどのどうしようもない理由ではなく、極めたいからこそ使いたい。と確固たる理由を感じる。
何かしらの信念がある者は人間でも強く、そこに妖怪だから違うなどという事は無い。
「皆下がって後は僕がやるよ」
優男の笑みを浮かべながら一歩前へ出る。
「ですが」
「今の君たちじゃあ彼女はいくらやっても倒せない。こんな所で時間を使って、逃げられれば正しく愚の骨頂だ。だからね僕がやるよ」
二十人の陰陽師達は年齢層はバラバラで五十代~二十代だ。その誰もが年下の彼に発言に言葉を返すことが出来ず、押し黙ることしか出来ない。
悔しいがその通りだと、前を清明に譲り後ろへ後退する。
─さてどうしようかな、彼女強いしな。
いざ対面してみると余計にその強さを実感する。
刀を杖替わりに地面に刺し、震える足ながらも気合いで立っている。押せば倒れるほど弱っているにも関わらず、鋭い眼光は衰えるどころかより増している。
「君が人間だったら良かったんだけどね。僕達の平穏を揺るがす君たちを野放しにはできないんだ、ごめんね」
「勝ったつもりですか?ずいぶんと余裕ですね」
「そう見えちゃう?僕としては君は警戒に値する妖怪だと思ってるよ、だからこそここで殺らないと将来が心配なんだ」
一枚の【呪符】を取り出し右の人差し指と中指で挟んで前へ突き出す。左手は人差し指と中指以外を全て折り口の前へ添える。
「邪符を焼き払え。急急如律令」
優しく唱えられ放られた【呪符】は小さな淡い火を灯す。
長い長方形の【呪符】の先端からジリジリ燃え広がっていき、全てが燃え尽きた瞬間爆発的に発生した業火は急激に膨張する。
陰陽師の使う陰陽術の初歩中の初歩【火行符】
他包囲拡散型呪術であり、中級以上の妖怪はとてもではないがダメージが入らないほど弱い。
なのだが、清明の放ったそれは普通とは大きくかけ離れた威力を出している。
地面の草木を焦がし、木々を木炭へと還る。その業火の狙いはただ一人犬走椛。上級妖怪と遜色ない彼女は目前へと迫る業火に、死を覚悟した。
僅かな霊力で放たれたそれは、すでに上級妖怪すら祓う威力。何も対処できずに業火へ飲み込まれ
「火は厳禁だな!!」
突如空より水の激流が下り火を一瞬で消化する。
ドン。
火を消した影響で当たりには水蒸気となった白い煙が一時的に充満し、そこへ空から塊が落下し盛大な音を立てて着地する。
水蒸気で湿った青の髪をかき揚げながら巌は吠える。
「おいおい森ん中は火気厳禁って教わってねぇのかよ」
「あはははは。すみません、彼女が逃げる可能性もあったので範囲攻撃をしました。それに、出来た木炭は後で使いますので特に問題はないかと」
「かかかっ...随分と面白い事を言ってくれんな...てめぇに後はねぇぞ」
獲物を定めた視線を清明へ向ける。大妖怪の殺気は後に控えている陰陽師達は腰を抜かしているのに対し、清明は平然として笑みが消えていない。
──彼の力ならあの莫大な力を放ってもおかしくないな。隠しきれていない妖力からしてもね。
けど、あの程度なら勝てる。これならわざわざ武器を貸し出してもらわなくても良かったかな。
背負っている麻布で包まれ【呪符】の三重封印を施された剣に意識を移す。これの取り寄せで突撃まで時間がかかってしまい今日になった日本の重要な剣である。
「それは中々の業物だな...」
言葉を放つだけでとてつもない圧力を放っている、全身を布で包んだ謎の男が後ろの木々の合間を縫って現れる。
引きずるように刀身が二m程ある両刃の剣を運んでいる。雑なような取り扱い方をしているが、その刀身に一切の刃こぼれは無く銀色の輝きを放っている。
「お二人共誠に申し訳ありません。私の力不足のせいで」
「気にすんなや。それに、アイツは安倍晴明らしいからな...一介の妖怪にはちと厳しいだろうよ」
「だろうな。奴を前にするだけで冷や汗が出てくる」
二人は椛の方に視線を移し語りかけているが、清明の方への集中は解いておらず挙動の一つ一つを知覚している。
目測だが二人とも同じ程度の強さだと考え懐から五枚の【呪符】を取り出し戦闘態勢へ移行する。
「で、オーフィスはどうした」
「安心しろ......今ついた」
空間が裂ける。
縦に亀裂が入り真ん中から目のような楕円形に分かれる。
裂けた空間にはひたすらな虚無があり、深淵を除いてるような錯覚に陥る。
そのせいで後にいる陰陽師達は肩を震わせ膝から崩れ落ちている。
─やばいな。アレは本格的にやばい。妖怪?いやそんな類ですらない...神話の生物に近いな
確信している。今まで感じたことのない蘆屋道満とはまた違う嫌悪感。心臓を直接撫でるような気色悪さ。
深呼吸をして心を落ち着かせる。そうしなければとてもではないが立ってすらいられない。
「新手の援軍かな?」
「そうだぜ。妖怪史上最強のな」
その言葉が本当なのであれば三ヶ月ほど前に発生したアレは、目の前の妖怪の物ではなく援軍の起こした可能性が発生する。
自然と左手の握りこぶしに力が上がる。
「ここ?...祭りの会場...」
空間から肌色の手が伸び裂け目を掴んで姿を現す。
人形のように整った不気味な顔。黒く腰まで伸びた黒の髪は風でなびく。
背丈は明らかに六歳や七歳のそれでまんま子供。しかし、放たれるオーラは別格。いままで陽気だっあ視線は敵を射抜くような冷徹な視線へと変わる。
油断ができない。そう悟ったのだ。
「初めまして僕の名前は安倍晴明。皆からはよくあべっちなんて呼ばれてるよ...君は?」
「アン・オーフィス。無限の龍神」
笑みは引き攣り前へ出していた【呪符】を懐にしまい直す。
「全員その場で待機!!少しでも動くなァ!」
他の陰陽師達が始めて聞いた清明の怒鳴り声。
いつも陽気な彼が本気なのだとそのプレッシャーがビシバシ肌から感じる。
そうして、二人の怪物は顔を合わせる。この時から転生者としての歯車が動き始める。