かれこれ三日が経過した。
正直行くあてもないのであのまま家に居候させてもらいながら、軽い手伝いをしてる。
「おっ、すまんねぇ」
「別にいい」
「ふぁっやっぱり日本人はこれだな」
茶飲みからは白い湯気が髭のように長く空へ伸び、渉はゆっくり少しずつ淹れたてのお茶をすする。
まさかの社畜時代の成果がこんなところで発揮されるとは...
「もう少し待ってくれよ、今ちょうどお得意様用のが仕上がったからな。これでアンタのに取り掛かれる」
「楽しみ」
「任せろ!この京一の腕前しかとその目に焼き付けてろ」
服の袖を二の腕まで上げ、額に白い布を巻いて気合を入れ直す。三日三晩の徹夜だったが、それでも心の底から服が作るのが好きなのか笑顔を絶やすことは無い。
そんな彼の腕前は言っていた通り凄まじく、寸法に合わせ調整する作業は高速で仕立て上げられる。
寸分違わず間違えず糸を縫いつけ布を切る。疲れを見せないもはや美術の域まで高められた技は、服に詳しくない者も魅了していく。
集中すると時間は早く進み、あっという間に十分がたった頃だ。店の戸が開く音がなり、
「ごめんください、予約していたさとりです」
少女のような幼い声ながらも、どこか芯があり凛々しい...言うならば声に似合わない大人びた雰囲気がある声が聞こえてくる。
その声を聞いた渉は額の布を外し、首を軽く回し疲労を和らげる。
「来たみたいだな」
「誰?」
「ほら、さっきの服の人だよ。いつも通りの時間だな、そこら辺相変わらず几帳面だねぇ」
俺はよくわかんねえな...けど、声的に幼女だろ?ならば行こう。よし行こう。今すぐ行こう。
顔を乗り出して言葉ではなく身体で表現する。三日も入ればだいたい理解できるようになり、髪を掻きむしり、
「あんま騒ぐなよってアンタ自身そんな感じじゃないか」
ここ三日口数は変わらない。日に多くても百文字喋ればいいほうであり、五十いかないこともあった。
そのことを踏まえればお得意様の前で騒ぐことも無いだろうと考え、一緒に会うことを了承する。
そそくさと作業部屋から完成したばかりの服を抱え店の方へ向かう。
「いらっしゃいませ!」
戸を開けながら大声で挨拶をする。少し暗い部屋にいたので突然の光に目を少し覆うが、指の隙間から幼女を見つけ興奮する。
身長はだいたい同じぐらいで俺より少し高いぐらい。
髪は日本人にはありえない淡い赤色で瞳も同じだ。顔はやはり日本人離れしていて端正な顔つきであり、それこそ美少女と呼ばれアイドルをしていてもおかしくはない。
それに反するように服は赤・黄緑・白の三色が入り交じっている美しい和服。
本来は顔と服が似合わないとなりそうなのだが、予想に反し服がしっかりとアシストし美しさにさらに磨きがかかっている。
──まさに最高の幼女だ。まじグッジョブ!!
心の中で親指を上げ感謝の意を渉に送る。
▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽
─なるほど彼女が目標の人外ですか、面倒な役を押し付けられましたね...やれやれ。
ため息混じりに命令をしてきた男大天狗の長である者を思い浮かべる。
彼女はその容姿通り日本人ではなく人間ですらない。
数多の妖怪達から恐れられ嫌われている種族覚妖怪である。
その種族は特に戦闘が得意という訳ではなく、ただ相手の心を読んでしまうのである。
それは隠したいトラウマや嫌な事であろうと問答無用に暴き盗み見る。この能力の前には神であろうと悪魔であろうと妖怪であろうと皆平等であり、防ぐことが出来ない。
そのため、本来は地底に篭もりまず出ることはないのだが、緊急事態だと叩き起こされ偵察として駆り出された。
来る予定だったこの店に居てくれて助かりましたね。いちいち探すのに心を読むのは疲れるので
「でだ、こっちの嬢ちゃんに手伝ってもらってな。新しい服を作り上げた」
「新しいですか。是非とも見たいですね」
「そうだろそうだろ。ではさっそく、これが最新作だ!!」
自信満々に広げ突き出したのは和服とはその一線を画した、全くの別物と呼べる代物だ。
上はすらっと裾が伸びていて、服の真ん中にはハート型の何かがついている。その上全体が青で出来ていながら、首元や袖先などは髪色と近しい色のフリフリがついている。
下は髪色と近しい色であり、袴のようにゆとりがあるので一瞬勘違いをしたが、すぐに別だと気づく。
股下部分が裂けておらず、一つの長い布が腰周りを覆う斬新なデザインだ。さらに裾が短く膝下までしかない。
「これが服」
あまりにもキテレツであり異常なそれは嫌悪感を抱くよりも、猛烈な興味をそそられる。
純粋に着てみたい。欲しい。
心の底を突く作品に正しく感動を覚える。
素材感を確かめるため受け取る。すると、またそこで衝撃に襲われる。
和服は布が暑く夏は脱ぎたい衝動に駆られていたが、この新作は布がかなり薄くサラサラしている。
「素晴らしい...あと何着か作ってもらえますか?あっ、色違いも欲しいのですが」
「任せてくだせぇ!この京一の男がいくらでも作ってやりますぜ!!それと感謝ならこっちの嬢ちゃんにお願いします。なにせ、元を持っていたのは嬢ちゃんなんで」
「そうでしたか」
渉に向けていた身体を動かし人形のような少女へと向ける。
改めて見つめると分かりますが人形そのものですね。
じっと見つめるとあまりの美しさについ作り物のように思ってしまう心を隅に置き、今は感謝を述べようと口を開く。
「ありがとうございました。素晴らしい服に出会えました。私の名は古明地さとりです、貴方はなんと呼べば?」
まずは心を読む以外でも引き出せる情報は引き出さねばならないので、どうにか知りたいところですがどうでしょうか。
軽く頭を下げ折っている膝の上に手を置く。正座はあまり慣れていないが一時的ならばそこまで支障はない。
その返事に少女は首を傾げる。
「我の名は何?」
「「え?」」
「思い出せない」
「そう言えば名前知らなかったな、呼ぶ機会なかったから忘れてたな」
今思い出したのか手を叩いてかなり重要な事を口走る。
「そうでしたか。申し訳ありませんでした、辛い事を思い出させてしまいましたね」
「気にしてない。せっかくだから名付けしてほしい」
「私がですか」
「おっいいね!さとり様ならいい名が付けられますぜ」
予想だにしない切り返しに唖然としてしまう。
名付けとは重要な...うーん困りましたね全く思いつかない。
かなり難しいのか頭を抱えながら必死に自分の知識をフル活動させ何かないか探る。十秒程立つと一つの正解へ辿り着けた。
「貴方がご自身の名を思い出すまでの一時的な仮名ですがいいですか?」
「もちろん」
「でしたら、私の故郷の言葉で正体不明と言う意味があるアンノウンはいかがですか?」
「アンノウン...」
「ほほーアンノウンね...長いな。略してアンでいいか?」
「ですね。私もそう呼ばせてもらいましょう」
「おっけー」
アンノウン改めアンと言う名に決まった少女は、感情の薄い抑揚のないまるで人形のような声を出す。
と、寄り道をしたがそろそろ本当の仕事をせねばならないと、三つ目の眼に意識を集中させる。
彼女ら覚妖怪は身体の近くにもう一つの眼があり、そこから相手の心を盗み見ることが出来る。
今は人里と言うこともあり、大天狗の風の力で光を屈折させ眼のみを透明化させている。
その眼を開かせ少女へと照準を合わせ覗く。パチリと開いた眼は少女を見つめ
闇を見た。
常闇より常闇であり、闇より闇な異常な何かという他ない。
こちらが覗いているのだと言うのに逆にこちらが見つめられているような不気味さ。人生を振り返っても心を読めないのは彼女が初。
それこそ適当に名付けた名前通りの【
すぐに眼を閉じる。その間僅か二秒ほど。
なのだがそれだけでも身体は異常を訴え始める。
小刻みに身体が揺れ始め、途方もない目眩に吐き気。臓器に刃が刺さっているかのような痛み。
どうしようもない異常に身体が押しつぶされその場へと倒れ込み、意識を失った。