初撃は皮膚の硬度にはばまれダメージはほとんど見られず、切り裂きは無駄だと判断した。
ならばと一点集中の突きに移る。
準備運動だと言わんばかりに初撃よりも数倍早い速度で動く。
突きにかなりの速度が追加されたそれは本来ならば一溜りもなく、上級妖怪であっても当たりどころが悪ければ死もありえる。
が、肉に当たるも剣先数センチが軽く刺さるだけで、肉を抉る事は出来なかった。
「くっやはりか」
「痛い」
突きが効かないと分かってすぐ距離を離す。その時も脳の動きを止めることは無い。
上級妖怪以上!いや、大妖怪大天狗様達と同等かそれ以上と判断した方が懸命か...
数少ない攻防から瞬時に推定力量を判別する。その予想からより一層気合を込める。
私の目的は死んでも大量の情報を得ること。ならば、さらに速度を上げるだけの事!!
「はぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!」
数メートル離れるとすぐに瞬間最大加速をする。
地面に小さいクレーター作りその加速の速さを意味する。もはや心を読んで動きが分かっているさとりですら、目で追えていない。
押し切る。叩きつける。同じ場所を擦切る。刃を水平にして切る。妖力を纏わせ切断力を上げ切り裂く。力任せにランダムに斬撃を放つ。
ことごとくその全てが失敗に終わる。技術による攻撃を出し尽くした少女はカウンターを恐れ離れる。
「刃が通らない」
「我に攻撃の意思はない。だからいますぐ止めて」
息を上げ驚愕を露にしている少女に向け、両手を開いて戦闘の意思を無いことを示すが手を止めることを選択はしない。
なんでそこまで君が
少女は歯ぎしりし、柄を掴む手にさらに力を込める。
戦闘の意思がないならば好都合だ。全身全霊をぶつけてやると、一度深呼吸して大量の空気を吸収してから再度加速する。
彼女の本来の仕事は山へ来た人間を追い払う事であり、中には払いにくる陰陽師がいるのでそいつらを殺す事が常である。
そのさなか少女は技術よりも速さをより重視していた。
女であるせいで男以上の筋肉がつかない。
大妖怪の烏天狗とは違い種族は白狼天狗。翼すら無い中級の妖怪。
理由はその他にもあるが大雑把に言えばその通りである。それで今の速さを意識した戦闘スタイルへとなっていた。
より早く、より夙く、より疾く、より捷く、より速く
自己暗示をかけながらアンの周りを四角く囲むように駆ける。
自己最高速度を遥かに超え、自分自身ですら今身に起きている事が理解出来ていない。
風になった?
そのような錯覚に陥るも、すぐ自我を取り戻し方向をアンに切り替える。
速度は既に音を捨て光を置いていく。
風で舞う木の葉はすべて空中に止まって見え、さとりやアンの瞬きがゆっくり見える。
放たれるは同じ箇所に同時に襲いゆく八撃。一撃を回避しようとも七撃が襲い回避不能の攻撃にして、必勝の一撃でもある。
すでに視認をすることは不可の移動速度から放たれ、アンの腰から赤い鮮血が舞う。
「なん...だと...」
だと言うのに切り裂いた本人は驚愕の声を上げる。
理由は手に残る異様な感覚だった。
肉を切った感触はなく、あるのはまるで木の棒で大木を全力で叩いたような物だ。
その上左手が切り終わった後に唐突に軽くなっている。
恐る恐る視線を移すと、刀身が砕け散り柄だけが虚しく手元に残っている。
正真正銘の全力全開で放った必勝必殺の一撃は無駄と終わった。
「なんで我に?何かした?」
「くっ、まだだ!この腕がある限り」
「待ってください!!」
柄を投げ捨て今度は拳を握り攻撃に移ろうとした時、足の震えが完治したさとりが両手を広げアンの前に立ちふさがる。
「そこをどいてくださいさとり様!!」
「これ以上はさせません!」
「そこをどけ...そこをどかないと私が死ねないんだァァァ!!」
邪魔をするならそのまま貫くと拳を開き、手刀の形にして前方に穿つ。
「今なんて言った?」
さとりを貫く寸前止めたのは先程まで攻撃の意思はないと宣言していたアンだった。
眼は大きく開き、感情の感じられなかった過去の言葉ではなく、明らかに苛立ちが込められた言葉。
手刀の右手首をがっしり掴んでいる手の力が徐々に上がる。
「いたっ」
「どういう事、死ぬ?なんで?理由を聞かせて」
みるみる握られている部分は赤くなり、慌ててさとりがアンに声をかける。
「私が説明します!なので手を離してください」
「あっ、ごめん」
「はぁ...はぁっ...」
謝るも本人は謝罪を受け取れるほど精神が安定していない。
ぶつけられた本気の殺気は大妖怪以上で、心臓の鼓動が加速し血が異常な速度で駆け巡る。
呼吸も安定しなく胸を抑えその場へ崩れ落ちる。
自分のせいだと分かっているので駆け寄り、背中をさすりながらさとりの話を聞く。
「分かっていると思いますが、私達は妖怪です」
──嘘だろ?なんで知ってる体なんだよ!!てか本当なら俺喰われちゃうんじゃね?
普通に衝撃的な告白に内心焦りまくっているが、ポーカーフェイスは崩れること無くさとりに心の内はバレない。
「三日ほど前山にて霧の妖怪を一撃で瀕死寸前まで追い込みましたね」
「...?...」
「その顔は覚えていないと...なるほどあまりにも格下だったから記憶にすらないという事ですか」
一人でに納得し頷きながら化け物感を改めて理解する。ちなみにアンはあの霧が妖怪の仕業だったと気づいてすらいない。
「話は脱線しましたが、結果としてその事から貴方への警戒態勢を上げ、力量を把握する事を目標としました。
心を読むことの出来る私に、死を賭して力を図る彼女犬走椛」
「死を賭して?」
「えぇ、彼女の上司である避難してきた全妖怪を保護している烏天狗達が命令したのです。死ねと」
自分でも気づかない内に身体に秘められた魔力が怒りにより噴出されていた。
目の前のか弱い?少女に対して死ねと命じた奴がいる。それだけで途方もない苛立ちが湧き上がり、握る拳の力が増す。
怒りに顔を歪めそうになるもどうにか気合いで耐え、少し震え声で聞く。
「そいつらはどこ?」
「大天狗ですか?それなら山の頂上に」
「殺す」
怒りに満ちたアンは地を砕く勢いで飛び上がり、一瞬で山頂まで行く。その時の顔は般若のように変貌している。
あっ、やばいと気づくのは姿が消えてから数秒たってからだった。
呑気に大天狗達は作戦の成功報告を待っていた。
その裏に一人の少女の死がある事など忘れたような、いつもすぎる光景。そのせいで空から飛来する物体に気付くことは無かった。
山の山頂に建てられた城。
安全性を考慮し土台は石垣で、その上に木をガッチリとハマるように削り組み上げられている。
下の人間達からは見つからないように風の結界で覆い姿を隠蔽している。これの応用でさとりの眼を隠している。
遥か上空から落下してくるそれはまるで城が視認できているかのように、狙いを定め城へ突貫する。
直撃後すぐに城は倒壊を初め、瓦礫とともに大天狗達や下級妖怪達が空へ投げ出される。
「なにが!!いやそれよりも、全員風の力で保護をしろ!」
「「「「了解!!」」」」
大天狗達は懐から取り出したもみじ型の黒いうちわを取り出し、自然落下していく妖怪達に向け風を仰ぐ。
風は妖怪達を包み込み落下速度を急速に落とし、怪我のないようゆっくりと地面へ下ろす。
大天狗達は背中にある黒い鴉のような一対の翼を羽ばたかせ砂埃立てずに地面に着地する。
「情報は!」
「何も分かりません」
「同じく」
「こちらも」
「おなじー」
五人とも何が起きたのか理解出来ず、辺りを見渡し情報を探すも何も見つからない。
強いて言うならば崩壊の直前膨大な魔力の塊が降ってきたということ程度である。その直接的な理由などは一切不明。
攻撃を受けたにしろ姿の見えない城をなぜ狙えたのかすらも分からない。
「お前が大天狗か?」
崩れて山積みになっていた瓦礫が一気に飛び散り、現れたのは不気味な雰囲気を纏っている幼女だった。
「風の防護壁を張れェェェエエ!!」
アンを見て驚愕のあまり停止していた他の四人も、怒声に途端に意識を取り戻し先程のように風を仰ぐ。
吹き荒れる風はアンの前に何枚も何枚も薄い膜を張っていく。膜が積もりに積もり障壁となる。
妖怪のトップクラス大妖怪と呼ばれる存在である大天狗五人の全力の障壁は、圧倒的硬度を誇り他の大妖怪であっても突破は不可能だろう。だと言うのにアンの表情はピクリとも動いていない。
余裕があると言うのか!!ならばさらに重ねて!!
動かない表情から余裕があるのだと考え、既に十分である障壁をさらに強固にしていく。
「いつまでその表情で」
「邪魔」
少女はゆっくりと右手を上げ虚ろで光が消えた瞳で障壁を見つめ、身体の底から溢れる魔力を撃ち放つ。
突破不可能とされた障壁は物の見事に粉砕され大天狗達はその現象に絶望し崩れ落ちる。
「馬鹿な...」
「弱い。そんなんでよくも命じられた」
「何者なんだお前はァァ!!」
顔を上に見上げ、空中に浮かび上がり始めた幼女に叫ぶ。
それを幼女は見下しながら、
「我はオーフィス、無限を司る龍神なり。お前は我の逆鱗に触れた」
手のひらに野球ボールぐらいの魔力の圧縮体を作り出し、手首だけを捻り投擲する。
「黙ってやられるかぁぁぁぁ!!」
リーダー格の
「ぁっ...か...」
球体が急旋回し腹部を貫いたのだとすぐ理解するも、大量に流れ落ちる血にその場へ倒れ込む。
肩で息をしている俊巍にオーフィスはゆっくりと歩み寄り、右手を前に差し出す。
「遺言は?」
「私...以外の妖かっぁ......いを助けてぇくれ」
「なぜそれを今言う!!!」
椛には死ねと命じておきながら、今は他を助けてくれなどとあまりにも矛盾した事を言い放つ男に、怒りが収まらず声を荒らげる。
周囲に何十何百と魔力の圧縮球が展開され、余命のカウントダウンを始める。
「死ね」
球体をいざ放ち殺そうとした瞬間一陣の風がオーフィス撫でるように吹き、視界の先に男を覆うように椛が立ちふさがる。
「やらせません」
「何故、そいつらは死ねと命じた。そんな奴をなんで助ける?」
「大天狗様達は私達弱い妖怪の味方。陰陽師に払われるしかなかった私達を命懸けで守ってくれた!!だからこそ私は命をかけてでも助けます!!」
広げていた手は弱々しく閉じていき、魔力球も消えていく。
光が消えていて瞳に光が戻っていき、周りの惨状が視界に飛び込む。
妖怪達は瓦礫に襲われ血を流しながら倒れていて、優雅な城はその形を欠片も残していない。
「我は何を」
そこでアンの意識は途切れた。