そこは暗闇であった。
一寸先は闇。光はあらず、這いよる闇のみ。
太古の人間が恐れた闇。結果として明かりを灯りを求め火を得た。そんな中ふわりと浮かんでいる一人の男は何故か安心していた。
闇は恐怖の象徴であるはずなのだが、と首を傾げながらただ漂う。
何をする訳でもなくひたすらに動かない。
「やっとここまで来た」
突然聞こえてきたのは聞いたことのない声ではなく、ここ最近ずっと聞いていた声だった。
どこにいるのかと辺りを見渡し始め、一筋の光を見つける。
夜空に光る一番星のように小さく眩しく輝く光が。
手を伸ばす。
理由はない。ただ伸ばさなくちゃと思っただけだ。
「まぶっ!」
どうにか届き握りしめると猛烈な光が目蓋を閉じさせる。
目蓋を閉じても眩しかった光はすぐ収まり、ゆっくりと目を開く。
開いた当初は目がまだ慣れておらず白しか見えていなかったが、次第に視界が安定していき十秒もすれば完全に視認できていた。
「君は...アン?いや、あれはさとりがつけた名前だったか......となるとなんて呼べば?」
視界の先に何もせず佇んでいたのは黒髪の人形のような幼女だ。
スラッと伸びたきめ細かい指や腕、少し衝撃を加えれば折れそうなか細い足。
清楚そうな見た目に反し服装は胸元がモロ出ていて、二つの山の頂上には黒いバッテンがどうにか重要な所を隠している。
破廉恥極まりない服装だが、その声その顔は知っている。
「我の名はオーフィス。無限を司る龍神。またの名をウロボロス・ドラゴン」
左右の足を交差させ、身体を仰け反らさせ手を顔の前で交差させている。その時顔は相も変わらず無愛想な真顔だ。
「えっと......何それ?」
「ジョジョ立ち?イエスがこれをやればいいって言った」
あぁ...若い子達の間で流行ってたな確か。漫画を読む時間なんかなかったからなー。
突然のことにイマイチ状況が理解出来ず、目を白黒させる。なんと返せばいいか分からず二人の間には静寂が訪れ、慌てて話題を振る。
「オーフィスちゃんだっけ?ここが何かしってるかな?」
「ここ?我の中。日に日にシンクロ率が上がって、ここまでの深層にやってこれた」
ポーズを解き淡々と語る。
その言葉は何処か他人事のように聞こえる。
さて、彼女は多分てか確実に今の幼女さんだよな。服は多少違うけど.....
「身体を貸してもらってるって事かな俺は」
「違う。我の身体をお前にやった。イエスとそう言う契約をした」
「契約?」
幼女が使うには分不相応な言葉に思わず聞き返す。すると、小さく頭を縦に振り契約について説明を始める。
「我は静寂を望む。イエスはそんな我に静寂を与える代わりに、身体を欲した。だからやった」
「なるほど」
うん分かった。直訳すればイエスはロリコンで変態の鬼畜野郎って事が。
一柱風評被害を受けたのだが、それはオーフィスや彼の知るところではなく気に止める人はいない。
と、そんなふざけた事を思考している場合でない。オーフィスの言葉には、今の俺の状況も含まれているのだから。
身体を手に入れたイエスは俺をその身体に入れた。そこで一つの疑問が生まれる。
何故俺はオーフィスの身体に入ったのかである。
そこに関しては俺がひたすら考えても答えに辿り着くことはありえない。それこそ算数を教わっていないのに、三平方の定理が解けるぐらい頭がいかれてない限りは。
「じゃあ俺はなんで君の身体に?」
「教えられてない?」
「問答無用で何の説明も受けてないね」
「なら説明する」
よろしく頼むと小さく頷くと、両手を正面でぶつける。
パン。小さな肉と肉のぶつかる音の後に三つの人形が現れる。
それぞれに明確な特徴はなく全員が五頭身の黒い人形で、辛うじてわかるのは胸が無いので男であろう事だけだ。もし、胸のない女性がいた場合は素直に謝罪をする。
人形はくるくると回り始めそれぞれが別々に行進をその場で行う。
「我の世界には
「三人?それって俺含めて?」
「そう、だから残るは二人」
一体の人形はオーフィスに握りつぶされ、それに我関せずと動いている二体のうちもう一体も握りつぶす。
「もう一人は問題は無い。あるのはこっち」
黒かった人形は危険を示す赤へ染まる。
「こいつはイエスの力の半分を奪った。理由は分からない。ただ、こいつは神の力を持った人間って事だけ」
「まじ?」
「まじ」
大体見えてきた。大方俺が代わりに奪い返せ的な感じだろう。
一応そこそこの年齢を生きた彼には、ある程度の予想がこの段階で立つ。
「世界を直接同行出来る訳では無い?よく分からない。我には出来ない仕事?らしい」
「なるほど、それで俺か...」
「分かった?」
「もちろん!」
具体的な理由は本人に聞いた方が良さそうだな。多分オーフィスちゃんもあまり知らされていないみたいだし。
あぁそうなると俺以外の転生者を探さなくちゃいけないのか...腰が折れそうだな。
「けど、今のままじゃ勝てない。だから我の力を全部託す」
「え、」
「無限たる我の力の使い方、制御の仕方、知識。全部」
呆気に取られている合間にもどんどんオーフィスは捲し立て、脳内で整理できないほどの情報を渡してくる。
オーバーヒート寸前の脳からはプスプス煙が立ち込めている事だろう。
「待てよそしたら、君は」
「我?無限の静寂を得る。我が待ち焦がれていた事」
オーフィスはさも当然のように言い放ち、何もおかしな事が無いだろ?っと言いたげな表情だ。
ダメだ!と言っても今の彼女は聞かないだろう。それに、無限とは寿命も含まれているのであれば、その見た目ながら俺より長い時を生きている可能性もあるのだ。不死とは辛いとよく聞くのでおかしくはない。
「それでどうすればいいんだい?」
「簡単少し屈んで」
「こうか?」
両膝を折り視界が一気に縮む。
小さい彼女の顔の位置と丁度同じ高さになり、綺麗な黒い瞳がこちらを見据えている。
ごくり。ただ見つめているだけだが自然とつばがこみ上げる。
「じゃあそのままで」
「うっんっ!」
と、オーフィスは身体を前に倒し薄い桃色の柔らかい唇が、カサカサに枯れた男の唇に重なりすぐ離れる。
彼女の口は何かを告げようと動くが、幼女からのご褒美に鼻から出る愛を抑えるのに必死で聞くことは出来なかった。
「なにがいづだ?」
「別に何も」
「ぞう...ずぅぅん...それじゃあそろそろ行くね」
力を貰った今、あちらの現実世界から呼び覚まそうとする声が聞こえてくる。
周りの闇も消え始め、この場所の崩壊が進んでいる。
「元気でねオーフィスちゃん」
「分かった」
随分と簡素な返事だが彼女にはそれが精一杯なのだろう。なれない表情筋を動かしながら不格好な笑みを作る。
下手だな笑顔。まぁ言わないけど。
内心ギャップに笑いそうになるのを抑えながら、身体は粒子となり消えていく。
一人残された幼女は天へと登る粒子を見ながら、さっき呟いた言葉と同じ言葉を呟く。
「我の
後に知ることになるが、自分が選ばれたのは偶然ではなく必然であった事を。
そして、男は無限を引き継ぐ。