東方霊想録   作:祐霊

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時が満ちました。




#101「最終決戦・前編」

 卯月の上旬──桜が一斉に花を咲かせ、幻想郷の至る所が桃色に彩られている。日中に吹く風は、温かく心地よい。

 

 そんな春の満月の夜、俺は1人森の中に立っていた。

 

 俺は、懐から一枚の紙を取り出した。それは、半年前に霊華と太陽の畑で撮影した写真だった。

 

 楽しそうな表情をした自分と、何処か幸せそうな霊華。そんな2人は、まるで恋人のように見える。

 

 ──今思うと、あのときの幸せは前借りだったんだな。

 

 当時が幸せ過ぎた分、不幸が一気に押し寄せてきたのかもしれない。まあ何にせよ、俺はこれから幸せを取り戻すから、どうでもいいことだ。

 

 ──今日で、全てが決まる! 

 

「ごきげんよう」

「来たか。いよいよ今日で終わるんだな……」

 

 ふと、何処からか声がした。週に一度は必ず聞いてきた声だ。

 

「ええ、短い半年でしたわ」

「俺にとっては、この半年が何年にも感じられるよ。漸くだ。遂にこの生活が終わる」

「……既に遺書は書き終えましたか?」

「ああ、『明日帰る』と、ついさっき手紙を送ったところさ」

 

 今日は、八雲紫との()()()()()()だ。

 

 藍と戦った翌日、どこからともなく手紙が届いた。そこには、「今日から一週間後、どちらかが敗北、或いは死ぬまで戦う」という内容が書かれていた。

 

 それから今日までの間は、()()()()()()入念な準備に励んだ。

 

 ──対策は済んでいる。あとは落ち着いて戦うだけ……

 

「この期に及んで、まだ希望を抱いているとは。明るい性格なのね」

「真っ暗さ。でも、そんな俺を支えてくれる存在がいる。だから希望を持てるんだよ」

「いいわ。もう始めましょう。使用スペルカードは5枚。先に2回被弾した方が負け。私の勝ちは即ち、今日が貴方の命日となることを意味する。貴方の要求は?」

「俺が勝ったら、以前のように好きに過ごさせてもらう。それと、二度と俺や俺の知り合いを殺そうとしたり、人質にして利用しないことを約束……いや、厳守してもらおうか」

 

 紫は、俺の要求を承諾した。

 

「では……辞世の句を詠む時間くらいは与えるわ」

「そんな時間要らねえよ。俺は死ぬわけにはいかない。必ずお前に勝って、自由を取り戻すんだ!」

 

 戦いの火蓋が切られた。

 

 ────────────

 

「罔両『八雲紫の神隠し』」

 

 紫は、スペルカードの使用を宣言すると直ぐに姿を消した。次の瞬間、彼女がいた場所から細いレーザーが蝶と共に放たれる。紫の蝶弾幕は綺麗なものだが、触れれば呪いにでもかかりそうな禍々しい雰囲気を感じる。

 

「ハーイ」

 

 紫が突然背後に現れた。咄嗟に振り向くが、紫はそれよりも早く姿を消すため、不気味に思える。

 

 俺は、レーザーが放たれる前に縮地で距離を置く。このスペルカードは比較的簡単な部類にある。それに、これまでに何度か見たことがあるので問題なく避けられる。

 

 ──限りあるスペルカードの1枚を簡単な技に費やしてくれたことに感謝だな。この調子でいこう。

 

『──祐哉、上です!』

 

 アテナの警告を受けて見上げると、紫がスキマを大きく開いていた。

 

 ──これは……! 

 

「──廃線『ぶらり廃駅下車の旅』」

 

 非常に大きなスキマから、鉄塊が顔を出した。俺は、縮地を用いることで、下敷きになる運命を回避する。真下に射出された廃線は、地面にぶつかる前にスキマに飲み込まれた。

 

「ほらもう一回」

 

 今度は、真横から猛スピードで電車が走ってきた。この廃線()は、他のスペルカードよりも速い。そのため、俺は急いで廃線の軌道から離れる。

 

「危ないな、何が『ぶらり廃駅下車の旅』だ。呑気そうな名前しやがって! 『危険! 暴走とスリルの旅』に改名しろ!」

「危ないと言いつつも、特に危なげなく避けているじゃない。成長したわね。でも……」

 

 紫が指を鳴らすと、巨大なスキマが幾つも出現した。

 

 ──これは死ぬ。縮地でも間に合うかどうか分からないな。

 

「──これはどうかしら?」

 

 十数個のスキマから廃線が飛び出し、俺を確実に轢殺せんとばかりに走ってくる。

 

「星爆『デュアルバースト』」

 

 2つの巨大な魔法陣を創造して、極太レーザーを放つ。レーザーは、原点()を中心に回転することで全ての廃線を飲み込む。このレーザーは、周りの木をなるべく巻き込まないように、射程距離を調節してある。

 

「──本当、危ない。人間に対して使う技じゃないだろ。死ぬぞ」

「忘れたのかしら? 私は今日、貴方を殺すために戦っているの。加減はしないわ」

 

 ──確かに、今日の紫はいつもと違う。殺気もビンビンだし、使うスペルカードの枚数も多い。

 

「避けられない技を使うのは反則じゃなかったっけ?」

「貴方なら避けられないことはないと思っていましたわ」

「……ああ、そういう手口ね。俺もよく使うわ」

 

 ────────────

 

「これは……」

 

 昼食を食べ終えて自室に戻った()は、見覚えのある彫像が机の上に置かれていることに気づいた。ギリシアの勝利の女神ニケを模した彫像は、神谷くんの使い魔である。

 

 私が彫像の前に立つと、彫像が機械音声で話しかけてきた。

 

『こんにちは。ハクレイレイカさん。私の主、カミヤユウヤから、貴女へのメッセージをお預かりしています。読み上げますか?』

「神谷くんから? ……お願いします」

『承知致しました。──博麗さん、久しぶり。神谷です。明日中に神社に帰れるかもしれないから伝えておくね。突然帰って驚かせることも考えたけど、いよいよこれから最終決戦なんだ。ここで気合を入れるためにも、間接的にだけど博麗さんに話しかけている。必ず勝って、神社に戻るよ。だから……そのときは前みたいに沢山話したいな。博麗さんと話したり、出かけたりすることを楽しみにしているよ。それじゃあ、またね』

 

 暫くの沈黙が訪れた。

 

『メッセージは以上です』

 

 彫像はそう言うと、霊力の粒子となって空気に溶けていった。

 

 神谷くんが、帰ってくる。

 

「霊華、私これから買い物に行くから、留守番お願──どうしたの?」

 

 霊夢が私の部屋に入ってきた。何か話しかけてきたが、全く頭に入ってこなかった。

 

「霊夢、神谷くんが明日帰ってくるみたい」

「は? え? 帰ってくる? えーっと……本当に?」

 

 霊夢も珍しく動揺している。霊夢は、神谷くんがいなくなっても特に悲しんだり心配している様子を見せなかったから、興味が無いのかと思っていた。しかし、今の霊夢はなんだか嬉しそうだ。

 

「そう、それなら明日は宴会ね! 皆に声掛けなきゃ。霊華も手伝って」

「うん!」

 

 明日は神谷くんが帰ってくる。年甲斐もなくスキップしたい気分だ。

 

 ──楽しみだなあ。

 

 ────────────

 

 戦いが始まってから、もう15分は経っているだろう。今回はデスマッチだからか、スペルカード1枚辺りの時間が長い。幸い、これまでに放たれたスペルカードはこの半年間で見たことのあるものだった。そのため、ここまでは危なげなく弾を避けることができている。

 

 ──アテナとの修行の成果が出ている。

 

『そうですね。ここまでは順調です』

 

 俺は、紫から手紙を受け取った日以降、アテナと毎日訓練をした。その訓練は、精神世界で行われた。具体的には、紫との弾幕戦をイメージした戦闘訓練を行った。アテナ曰く、精神世界では割と自由が効くらしく、簡単に紫のスペルカードを再現してみせた。どうやら、俺の記憶を想起させることで、まるで本物のスペルカードを目の前にしているかのような体験ができるようになるらしい。そういうわけで、俺は今まで見たスペルカードを徹底攻略しているのだ。

 

 ──死ぬような思いを繰り返した甲斐があったな

 

 現在、紫は4枚のスペルカードを使い切っている。俺は3枚で、数の面では有利だ。万が一、5枚目のスペルカードが初見で、尚且つ難しいものだったら、弾幕を掻き消すボムとして使うこともできる。被弾数は、互いにゼロ。次のスペルカードで被弾させたいところだ。

 

 ──紫にも通用しそうな技はアレだな。あの技を使うなら、森で戦うのは避けた方がいいな。

 

 俺は、紫の針弾幕を避けながら少しずつ移動し、紫を森の外へ誘導する。

 

「── 太陽『ザ・サン』」

 

 俺は、数体の使い魔を創造する。その使い魔は、優に直径100mを超える太陽を生成した。その影響で、俺達の周りは昼間のように明るくなる。

 

 この技は、以前紅魔館の姉妹と戦ったときに使った。今回もあのとき同様、霊力を充填した使い魔を多く使用している。

 

「まあ、眩しいわ。何も見えないわね」

 

 紫が、真偽不明の感想を述べた。遥か上空に現れた擬似太陽は、灼熱と共に本物に劣らぬ光を発している。そのため、何も見えないくらい眩しいのは正しいのだ。その証拠に、俺はサングラスをかけている。だが、紫が本当に何も見えないかどうかは怪しいところだ。これまでの経験上、大妖怪は常に俺の予想を上回る行動、能力を見せてくる。故に、紫も何だかんだ見えている可能性は高い。

 

「まあいい。本当に見えないと言うのなら、灼熱の紅炎による熱線で焼かれてしまえ」

 

 俺が指を鳴らすと、擬似太陽の動きが活発になった。少しすると、太陽の(ふち)から紅い熱線が漏れ始める。更に時間が経つと、太陽から巨大なへにょりレーザーが無数に放たれた。それだけでなく、目が痛くなる程真っ赤な大小の弾幕も飛び始めた。

 

「──相当な規模ね。これ程のスペルカードを使えるのは、大妖怪の中でも限られてくるわ」

「そりゃあな。俺はアンタを倒すためなら出し惜しみをしないぜ」

 

 ──伊達に使い魔を12体も使ってないんだよ。

 

 因みに、この技には最低3体の使い魔が必要だ。逆にいうと、3体で十分なのだ。必要数の4倍のコストを払っているため、大妖怪が使うくらいの大規模の技になっているのだ。

 

 意外なことに、紫は熱線を避けることに苦戦しているようだ。不規則に飛び交うへにょりレーザーを紙一重で躱しているが、その熱線の性質上動きが読みづらい。そして──

 

 ──やった! 

 

 紫は、時間が経過するにつれて激化する熱線を躱していた。しかし、熱線を避けた先に飛んでいた大弾幕に被弾した。

 

 タイミング良くエネルギーを使い果たした擬似太陽は崩れ始める。それに伴い、あたりは思い出したかのように闇を取り戻していく。

 

「……まさか、私が一度でも被弾するとは。ふふ、いいわ。そのくらいでないと楽しくないもの」

「へっ、あまり強がるなよ。今まで戦ってきた大妖怪は皆、そうやって余裕ぶった後に一泡吹かされてきたんだ。まあ、アンタもそうなりたいのならそうしな。俺は一向に構わないぜ」

「ふっ……」

 

 紫の嘲笑が僅かに耳に届いた。

 

「何が面白い?」

「あら、聞こえた? ごめんなさいね。たった1回被弾させたくらいで嬉しくて舞い上がっている人間は滑稽だったもので……。そんな可愛い坊やを見れば、誰でも面白いと思うわ」

 

 紫は、自身の背後に大きなスキマを作り出した。そして、開いた扇子をこちらに差し向けて威圧してくる。

 

 ──今更その程度の威圧に臆するかよ。舐めるなよ? 妖怪が……! 

 

「そろそろ教えてあげましょう。貴方の未来(さき)に希望など無いことを! ──紫奥義『弾幕結界』」

 

 紫が、最後のスペルカードを宣言した。

 




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