東方霊想録   作:祐霊

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#102「最終決戦・後編」

 紫は、最後のスペルカードを宣言すると姿を消した。──紫奥義『弾幕結界』。この技は、耐久スペルカードであるため、発動中は紫に直接攻撃することはできない。実際に見たのは初めてだが、一応外の世界にいたときは何度も見たことがある。そして、見る度に『無策で攻略するのは難しい技』だと感じていた。

 

 ──使い魔くん、頼んだ。

 

『──承知致しました。弾幕の分析を開始します』

 

 2つの魔法陣が現れ、俺の周りに円を描くように大きく移動する。その軌道上には御札が現れ、呆気にとられている内に、上下左右、全方位を完全に囲まれてしまった。まさに弾幕による結界。弾幕で相手を閉じ込める人物は中々居ない。それだけに高等な技なのだ。それを紫は軽々とやってみせる。

 

 結界が完成すると、徐々に御札が移動を始めた。この御札の隙間を上手く縫って躱さなければならない。

 

「ここかな……」

 

 半年間の経験もあり、今回は自力で攻略の糸口を見つけることができた。

 

 紫の魔法陣は、無慈悲にも2回目の弾幕結界を構築していく。御札の数は先程よりも増えている。

 

『──攻略ルート発見。捕まってください』

「よし、頼んだよ」

 

 俺が彫像に捕まると、彫像は移動を開始し、弾幕結界の隙間を上手く掻い潜る。

 

 3回目の弾幕結界が構築された。使い魔の数もかなり増え、最早すり抜けられる隙間は無いように見える。

 

「おい使い魔くん、行けるか?」

『問題ありません』

 

 ──使い魔に掴まって弾幕を潜り抜ける。若干狡い気もするけど、使えるものは全て使っていこう。

 

 使い魔の高度な分析力により、3回目の結界も攻略成功。続けて、4回目の弾幕結界が構築され始める。その様子を、「この調子ならやり過ごせるかもしれない」と思いながら眺めていると、使い魔からの悲報が届いた。

 

『──成功率、40%……防御態勢を整えてください』

 

 おいおい、AI搭載の使い魔ですら40%とかどんだけ難しいんだよ。

 

「……オーケー、俺がやったら成功率は0%だからな。全て任せるよ」

 

 360°何処を見ても紫色の御札がある。結界が完成し、御札の壁が徐々に迫ってくる。俺という荷物を背負った使い魔は、猛スピードで移動して迫る壁をすり抜けようとする。

 

「──痛っ! くっそ、こんなのホントに避けられんのかよ!?」

 

 使い魔は、最前のルートを分析してそのルートを辿っているはずだが、隙間が狭くなってきているため、弾幕にチリチリとカスっている。何十、何百という御札にカスっているため、まるで殴られたように全身が痛い。師匠からもらった和服は所々破け、不可避の弾幕を放つ紫に対して殺意が湧いてくる。

 

『──避けきれません。衝撃に備えてください』

「──俺が突破口を作るからそのまま行け! 星符『スターバースト』!!」

 

 俺は瞬時にスターバーストを繰り出し、俺達の行く手を阻む御札を破壊する。使い魔は、俺が強引に作り出した隙間を通って結界の外へ抜けた。

 

 ──心臓がバクバク言ってる。紙一重で弾幕を避けたのは初めてだ。マジ死ぬかと思ったわ。

 

「──次はボムを使いたくない。何とか攻略してくれ」

 

 ──確か、弾幕結界は5回同じ事を繰り返して終了だったと思う。だから、あと1回耐えればこの地獄は終わるのだ。

 

『──エラー。弾幕の密度がキャパシティを超えています』

 

 使い魔の言う通り、最後の弾幕結界にはもう隙間なんてものは無かった。紫が本気で俺を殺そうとしていることが分かる。

 

 ──チクショウ。舐めやがって。

 

「無理でもやるんだよ! お前は俺が作ったスーパーコンピュータだ。弱音吐く暇があったら解析しやがれ!」

 

 そう言いつつも、俺は万が一に備えて自分の身体に霊力を纏う。この弾幕を潜り抜けられる自信は無いし、霊夢や魔理沙ですら攻略できないんじゃないかと思ってしまう。だが、この試練を超えなければ、俺は平和な日常を取り戻せない。

 

『成功率、0.5%──実行しますか?』

「はは……やるしかねーだろ。頼りにしてるぜ、相棒」

 

 紫の使い魔は、余程念入りに弾幕結界を構築したようだ。その証拠に、何処を見ても御札しかない。まるで、御札の繭に包まれた蚕になった気分だ。御札による繭は、バラバラに動き出していく。これらの動きには規則性があり、俺の使い魔はそれを見切って攻略できる。だが、問題は弾数が多すぎることだ。単純な規則性は、複数絡まって混沌を生み出している。迫り来る御札の壁を、一つ、二つと躱していく。まだ弾幕結界の外は顔を見せない。紫色の御札の壁に黒い隙間が見え始めたら、この技が収束に向かうことを意味する。六つ、七つと弾幕をすり抜けていく。この間も紙一重で被弾を避けているため、俺の和服は最早服として機能していない。

 

 心臓の音が頭に響く。この技の攻略に関しては、俺は何も努力をしていない。だが、使い魔に全てを委ねることも楽ではない。下手したら無数の御札に当たって死ぬのだ。死と隣り合わせの環境にいるため、脈は上がり、気づけば息をすることも忘れている。無呼吸であることに気づいても、呑気に呼吸することはできない。

 

 迫る御札の壁を十回超えたそのとき、漸く闇が姿を表した。この闇は、弾幕結界の外を意味する。

 

 ──行け、行け! もうちょっとだ! 

 

 緊張のあまり、最早声を出すことは叶わない。俺は、見え始めた希望の()の一点を見て、地獄の収束を願う。

 

 あと少し。ほんの十秒で弾幕結界の外に出られただろう。そこまで進んだとき──

 

「──ぐぁっ!?」

 

 使い魔の首を掴んでいた俺の左腕に御札が炸裂した。突然、上から御札が飛んで来たのだ。使い魔も把握しきれない程の高密度。故に、今の被弾は完全に予想外の出来事だ。幸い、霊力を纏っていたから腕は潰れていない。かなり痛むが、動かせないことはない。俺は、無傷な右腕を使って使い魔に掴まり、再び希望の闇へと駆ける。

 

 ──やべぇ、このままじゃ避けきれずにまた食らう! 

 

『ここで待機しても被弾率は高まるのみ。このまま押し切ります』

 

 ──間に合え────っ!! 

 

 使い魔は、加速して猛スピードで弾幕の間をすり抜けていく。俺は使い魔にしがみついて結界を突破することを願い続ける。そして──

 

『ミッションコンプリート。被弾1……申し訳ございません』

 

 俺達は、地獄のような弾幕結界の外に到達した。

 

「気にするな。全身傷だらけで、さっき直撃した左腕も超痛いけど、何とか動かせる。この程度の損傷で済んだんだから、何も問題ない。ありがとう、使い魔くん」

 

 俺は、使い魔に労いの言葉を告げて創造を解除する。役目を終えた使い魔は粒子となり、空気中に溶けていった。

 

「まさか、弾幕結界を攻略するとは……」

 

 スペルカードを解除した紫が話しかけてきた。その声音からは、驚嘆の意思が込められているように感じる。

 

「てめえこの野郎。本当に俺を殺そうとしてきたな。一発もらった腕が超痛い。潰れたらどうしてくれんだよ」

「だから、貴方を殺すと言っているでしょう。弾幕結界は私のスペルカードの中でも究極の美しさを誇る。そんな弾幕に包まれて死ねば良かったのに」

 

 頭に来るぜ。こいつは人間じゃないから、倫理とか通用しないのは分かっている。だが、1回言わせて欲しい。

 

「アンタ、倫理観ってものを持ち合わせてないのか?」

「私と貴方(人間)では常識や価値観が異なる。その程度のことは貴方も分かっているはずでしょう」

 

 ──言われると思ったよ。クソが。

 

「もういい、だったら俺もやり返すだけだ。俺達人間の倫理観によれば、不用意に生き物を殺してはいけないというのが一般的だ。だが、その生き物に『アンタ(妖怪)』は含まれていない! 先に喧嘩を売ってきたのはそっちだ。文句は言うなよ? 俺はアンタを滅する! そして──!」

 

 緊迫した現場で、ほんの一瞬だけ脳裏に浮かんだのは、青い巫女服を身に纏った誰よりも可愛らしい女の子。彼氏でもない俺が贈った簪を喜んで毎日身に付けてくれるような優しい子……。

 

「──あの子との日常を取り戻すんだ!! これで最後だ。覚悟しろ! ──超神速『妖祓一閃(ようばらいいっせん)』!!」

 

 俺の最後のスペルカード。対する紫は既に使い切っている。そのため、紫は自力で俺の弾幕を避けなければならない。俺は、周囲に魔法陣をありったけ創造し、そこから刀を撒き散らす。四方八方から飛来する無数の刀に規則性はなく、所謂気合い避けをするしかないスペルカードだ。

 

 ──この技に、俺の全霊力を賭ける!! 

 

 この技を見て、紫は少しくらい驚くだろう。だがそれは、弾幕の密度に対してだ。俺は、今このときのために、ある程度実力を隠してきた。本気で戦っていたものの、常に奥の手は使わなかった。絶対に勝てると確信した今、本気を出すことによって、紫は自身の誤算にショックを受けるはずだ! 

 

「これが藍との戦いで使ったという刀の力……。これ程とは。加えてこの密度。さっきの太陽からの熱線攻撃よりも更に濃い。これが正真証銘貴方の本気かしら? 今までは力を隠していて、それを解放することで私の虚を衝くつもりだったのだろうけど、惜しいわね。あのとき、藍に使っていなければ私を倒せたのに」

 

 ──まるで、「初見じゃないから太刀打ちできます」とでも言うかのようだな。

 

 甘いんだよ! 

 

「真の奥の手はここからだ。──祓い()()()……! 妖斬剣!!」

 

 この場にある全ての刀が、霊力を込めた言霊に反応した。それにより、更に1段階解放された妖斬剣は、一層白く発光した。更に、無数の刀から非常に心地よい波動が放たれる。だが、心地よく感じるのは人間だけであり、妖怪にとってこの力は毒だ。例え相手が妖怪の賢者である八雲紫であったとしても、これは覆せない。

 

「おお……流石に驚いたわ。これは代々の巫女の夢想封印にも匹敵する。……ふふ、久しぶりに楽しめそうね!」

 

 今は深夜だが、辺りは昼間よりも強く発光している。遮光性を付与した眼鏡をかけていないとまともに身動きが取れないだろう。

 

 これ程眩しければ、流石に紫も避けられない……なんてことはなく、どういう訳か全ての刀を避けきっている。さっきの『ザ・サン』で眩しさの耐性がついたのか。

 

「さっきは油断したけれど、もう被弾はしないわ」

 

 本当に化け物だ。ここまでやって勝てないなんてな。だが、それも想定済みだ。今まで戦った奴らも、常に俺の予想を上回ってきたんだ。その分作戦は多めに用意してある。

 

「ふぅぅぅぅぅ……」

 

 俺は、大きく深呼吸して気合いを溜める。

 

「俺は──ッ!」

 

 俺は、ここまで殆どの攻撃を使い魔に任せていた。それは、最後の最後で霊力切れを起こさないためだ。

 

 俺は、残りの数秒に全てを込めるように全身から渾身の霊力を荒々しく放出する。殆ど満タンの霊力を全て捻り出すことで、限界を超えて肉体を強化する。

 

 抜刀の構えを取り、叫ぶ。

 

「──ここでお前を倒し、あの子との日々を取り戻す!」

 

 次の瞬間、地を蹴った。全霊力を使っている俺の身体は今、限界を数段超えている。故に、瞬間移動にも思える程の速さで駆けても身体に負担はかかっていない。

 

 ──流石に紫は凄いな。俺の全力の縮地でもちゃんと気配を感じているみたいだ。

 

 勿論、それも予想の範疇だ。だから俺は、バカ正直に真っ直ぐ突っ込むのではなく、紫の周囲を動き回ることで翻弄しているのだ。

 

 自分の足元に、踏むと加速する魔法陣を創造して、更に速度を増していく。ここまで来ればいよいよ『超神速』の完成だ。

 

 ──さて、敢えてもう一度叫ぼうか! 

 

「これで終わらせる。──超神速『妖祓一閃』!!」

 

 十分な加速を得た俺は、宙に創造した魔法陣を力強く踏みつけ、いよいよ紫目掛けて肉薄する。

 

 刹那、紫が間合いに入るのと同時に抜刀して振り抜く。

 

 

 

 

 

 

 ──これで……! 

 

 

 

 

 

 

 ──俺の……! 

 

 

 

 

 

 ──勝ちだ……!! 

 

 

 

 

 

「くっ……!」

 

 苦悶の声をあげたのは紫の方だ。俺は、遂に紫をここまで追い詰めることができるようになった。そのことにかつてない喜びを感じつつも、徐々に焦燥感が込み上げてくる。

 

 紫は、俺の刀に対抗すべく結界を張ったのだ。しかし、妖力で作り上げた結界など、解放した妖斬剣の前では無に等しい。等しいのだが、紫は信じられないスピードで無数の結界を張り続けている。その生成速度は1秒間に数千枚単位だろう。故に、妖しきものを祓う剣でさえも、祓いきれていない。

 

 ──これは! 

 

 俺の剣閃が徐々に逸らされている。紫め、結界を作る角度を計算して剣を滑らせ、斬撃を凌ぐつもりか。

 

「はぁぁあぁあああああ!!」

 

 ──ここを逃せば俺に勝機はない。勢いがあるうちに次の一手を繰り出す! 

 

 ──創造、魔法陣。『軌道修正』、『加速』付与!! 

 

 俺は紫の結界の手前に魔法陣を創造して、自ら刀を滑らせる。その結果、渾身の抜刀術は空振りに終わった。

 

 だが、これで終わりじゃない。俺は勢いを殺さずに右に一回転する。その遠心力で更なるパワーを得た俺は、再び紫に斬り掛かる。

 

 ──そして! 

 

「くっ……間に合わ──」

 

 紫は声を出す暇も惜しいというように歯を食いしばった。そして、俺の剣先が首に触れる寸前で膨大な妖力を放った。

 

「──ぐぁっ!?」

 

 高密度で放たれた妖力からは、衝撃波を生まれた。その衝撃波に直撃した俺は、遥か遠くまで吹き飛ばされる。戦いの序盤にいた森の木々にぶち当たり、十数本の木を破壊しても失速しない。

 

 ──くそ、くそっ! 終わりじゃないのか! これは弾幕ごっこだぞ! あんなの反則だろ! 紫め、絶対に斬ってやる! 

 

 だが、そんな気持ちとは裏腹に、身体の方が限界を迎え始めた。否、限界は既に超えていたのだ。膨大な霊力を纏うことで身体強化をしていたが、徐々に出力が弱まっている。そのため、全力の動作に耐えられなくなってきたのだ。さっきまでは、木にぶつかっても痛くなかったのに、段々痛みを感じるようになってきた。そして、一度それを認識すると、一気に身体が動かなくなる。

 

 ──あ……死んだ。吹き飛ばされた勢いが無くならない。この勢いが落ち着くより先に俺が力尽きる。

 

「くそ……ここまで来て、勝てないのかよ……!」

 

 身体も動かず、能力も発動できない。何もできないことが悔しくて視界が潤む。ここに来て悔し泣きしそうになる自分に腹を立てていると、突然誰かに受け止められた。さっきまでのスピードが嘘のように急停止した。それなのに、特に衝撃もなく停止したことに驚きつつ、受け止めてくれた人物を確認する。

 

「──!? なんで……?」

「助けない方が良かったかしら」

「アンタに俺を助けるメリットがあるのかよ? 殺そうとしてたくせに!」

 

 俺を受け止めた人物は、紫だった。

 

「メリットしかないわ。逆に言えば、貴方に死なれては困るの」

「は……?」

 

 今の紫からは、殺気を感じない。何がどうなっているんだ。

 

「おめでとう。この勝負、貴方の勝ちよ。ちょっと試験をするつもりが、危うく退治されるところだったわ」

 

 紫は相変わらず意味不明なことを話しているが、理解する暇もなく意識が遠のいた。




ありがとうございました。良かったら感想ください。

祐哉はきっと、「絶対に霊華との日常を取り戻す」という強い意志があったから成し遂げられたのだと思います。

紫の最強感は出せたかなぁ。

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