東方霊想録   作:祐霊

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どうも、祐霊です。

今回は、ずっと長い間謎だった紫の行動理由がわかります。


#103「八雲紫の計画」

 鳥の囀りが聞こえる。その呑気な声が、改めて春を感じさせる。

 

 ──あれ、俺はどうして寝ているんだ……? 

 

 瞼を開くと、木造の天井が目に映った。その天井に見覚えはない。

 

 左腕に重心を傾けて身体を起こす。

 

「痛っ!? く〜、めっちゃ痛い。そういえば被弾したんだった」

 

 俺は、腕を痛めていたことを忘れていたため、思い切り体重をかけてしまった。この世の終わりかと思うくらい痛む左腕に目をやると、包帯が巻かれていた。この屋敷の住人が手当をしてくれたのだろうか。ただ包帯を巻いても意味が無いし、もしかしたら薬を塗ってくれたのかもしれない。

 

 ──それで、ここはどこなんだ? 

 

 今わかっていることは、知らない人の家にいるということ。この部屋の造り的に、博麗神社や永遠亭、白玉楼でもなければ、華扇の屋敷でもなさそうだ。

 

「紫はどこに行ったんだろう。意味わからないこと言ってたな」

 

 取り敢えず、部屋を出て人を探すとしよう。

 

 ──そういえば、俺が着ていた和服はボロボロになってたけど、わざわざ新しい服を着せてくれたのか。優しい人だな。

 

 部屋を出る前に刀を探したが、見当たらない。恐らくこの家の持ち主が持っているのだろう。俺は、代わりの刀を創造し、帯に刺してから部屋の障子に手を伸ばす。すると──

 

「おわっ」

「おや」

 

 俺が障子を開けようとしたとき、丁度障子が開かれた。

 

「藍……」

「目が覚めていたのか。もう動けるか?」

「何故貴女がここに? いや、それよりここはどこなんですか?」

 

 障子を開いた主の藍に問いかけると、「ついてくるといい」と言って廊下を歩き出した。俺は、怪訝に思いながらも彼女から少し距離を置いて歩く。

 

 見た感じ、屋敷は白玉楼に負けないくらい大きい。現在地の予想をしながら歩いていると、藍が背を向けたまま話し始めた。

 

「今から、紫様の部屋に案内する」

「──! やっぱりここは紫の……!」

「そう。ここは紫様の屋敷。紫様がこの屋敷に人を招くことは滅多にないのだぞ。喜ぶといい」

 

 確かに、紫の家を見たことがあるものはいないと聞く。もしかしたら霊夢や魔理沙も知らないのかもしれない。それなのに、なぜ態々連れてこられたのだろうか。

 

 ── さっきの戦いで霊力を使い尽くしてしまった。もし戦いになったら今度は勝てない。

 

 念の為、奥の手である「霊力回復」の発動準備をする。

 

「この部屋だ。──紫様、神谷祐哉をお連れしました」

「どうぞ」

 

 障子の向こうから、意外に優しげな返事が聞こえる。

 

 藍が障子を開け、俺に入室を促す。

 

 俺は、心の準備をしてから部屋に入る。

 

 部屋は和室で、茶色の机が置かれており、片側には紫が座っていた。

 

「おはよう、少しは休めたかしら」

「……多少は」

「それはよかった。さあ、座って」

「正気か?」

 

 紫は敵だ。俺を殺そうとしているんだ。そんな奴と呑気に座っておしゃべりできるほど強者ではない。

 

「まあ、当然の反応ね。私は、もう貴方を殺す気はないわ。いえ、本当は初めからそのつもりはなかったのだけど」

「は?」

「さっきの勝負は、貴方の勝ち。故に貴方は合格したの」

「もしかして、日本語と似た独自の言語を話していないか? 俺にも伝わる日本語を話してくれ」

「全て話すから、まずはおかけなさい」

 

 このままでは話が進まない。仕方ないので、帯に掛けた刀を鞘ごと抜いて畳に置き、俺は腰を下ろす。

 

「お茶を用意させましょう」

「どうせ飲まないからいらない」

「外来人はお茶を好まないのかしら」

 

 わかっているくせに。敵から出された飲食物に薬や毒が盛られていることなんてザラにある。警戒しないわけがないだろう。

 

「まあいいわ。どこから話そうかしらね。何か聞きたいことはある?」

「アンタの目的は? 散々俺を殺そうとしていたくせに、演技だったとでもいうのか? だとしたら何故?」

「その通り。私の目的は、貴方を鍛えることだった。私の期待通り、半年前と比べて心身ともに見違えるように成長したわね」

「……? 何のために鍛えようと? 俺は白玉楼で修行していたじゃないか」

「単刀直入に言えば、貴方には今起きている異変の解決に協力してもらいたいの。規模は小さいけれど、それはまだ芽が生えただけで、これから益々規模が大きくなるわ。最悪、幻想郷が支配されるかもしれない。だから、それを未然に防ぐために貴方の力が必要なの」

 

 随分とスケールの大きい話が始まったな。

 

「半年前、紅魔館の近くに研究所が現れたことは知っているかしら」

「ああ。……そういえば、妖怪の遺伝子情報を集めていたな。もしかして?」

「そう」

 

 紫は、お茶を啜る。机の上には紫の湯呑みしか置かれていない。

 

「詳しく」

「あの研究所は、1ヶ月経った後に元の世界に帰った……はずだったの。けれど、どうやらまだ何処かに潜んでいるようなのよ」

「へぇ」

「彼らが公に帰還した後から、各地で妖怪による不穏な噂が流れ始めたわ」

「よかったじゃないか」

 

 妖怪からすれば、それはいいことなんじゃないのか? 

 

「貴方は知らないと思うけど、人里の人間が数人食われているわ。他にも、嫌がらせのような被害を受ける者が多くなった。後者はともかく、前者は私たちにとっても望ましくない。人間が減りすぎたら私たちの存在も危うくなるからね。故に、人里の人間を不用意に食ってはいけないというルールがあるのよ」

「それにもかかわらず、被害を受けた者がいると。一応聞くが、ルールを破る妖怪はどの程度いるんだ?」

「最近は滅多になくなったわ。だからこそ、異例の事態というわけ。あと、妖怪の数が異常な程に増えてきているのよねぇ。……さて、研究所の話に移るけど、貴方も言っていたように、あそこは妖怪のDNAを集めていたわね。さらに、『幻想とされる存在の再現』を目指していた」

 

 話が見えてきたな。つまり──

 

「なるほど。あの研究所が今でも幻想郷のどこかで暗躍し、彼らにとって『幻想とされる存在』である妖怪を排出している。こんな感じかな」

「私はそう考えているわ」

「しかし、幻想郷が支配される云々はどういうことなんだ? 一応言っておくが、俺は何もするつもりはないからな?」

「それは承知しているわ。私が懸念しているのは、数パターンある。一つは、今後奴らがより多くの妖怪を輩出し続け、人間が食い尽くされること。これは支配ではなく、人類と妖怪サイドの滅亡だけどね。もう一つは、より強大な妖怪を生み出し、オリジナルの妖怪が蹂躙されること。他には、幻想とされる存在を生み出すこと。例えば、強大な力を持った人工の神とかね」

 

 確かにそうなれば、俺達にも影響が出そうだ。食い止めた方が良いのは確かだ。

 

「なるほど。でも、それの解決は霊夢の仕事じゃないのか」

「そうなんだけどねぇ。霊夢を動かしたら、他の人間も多く動き出すじゃない? 現状は後出しで、さらに相手がどこで見ているか分からないのに、目立つようなことはしたくないのよ。だから、霊夢を動かすのはリスキーなの」

「今、どこで何をしているか分からない俺なら、隠密捜査に向いていると?」

「そう。さらに、奴らがどこに身を隠しているのか見つけられていなくてね。その点、貴方の能力があれば効率的に捜査できると思っているわ」

 

 現状は、霊夢よりも俺の方が向いているということか。まあ、その話が本当なら、協力してもいい。けれど、腑に落ちないことがある。

 

「事情はわかった。尤も、俺はアンタのことを信用しちゃいないけどな。それに、俺を殺すなんて嘘をついてまで鍛えさせようとした理由がわからないままだ。半年前にこの話を聞いていたら、普通に協力しただろうに」

「半年前の貴方ではダメなのよ。あまりにも弱すぎた。言ったでしょう。今後、強力な妖怪が輩出されるかもしれないと」

「──だとしても、俺を孤独にさせる必要はあったのか!? あんたら妖怪にとって一瞬だとしてもな、俺にとってあの半年は貴重な時間だったんだぞ! あの期間で確かに強くなったさ。でも、その代わりに他の全てを失った! 今更俺に居場所なんかない。ふざけるなよ? 俺はアンタの式神じゃない。奴隷扱いするな! 滅するぞ」

 

 俺は、こいつのせいで友達と別れることになったんだ。好きな人とも会えなくなった。さらにこいつは、俺の大切な人たちを人質に取った。絶対に許さない。

 

「どうしても、貴方には急成長してもらいたかった。私のためじゃない。全ては幻想郷のため。未来永劫、幻想郷を維持できるというのなら、死んでもいい。けれど今は、私と貴方の力が必要なの」

 

 そうだ。この人は、幻想郷を誰よりも愛している。だから、この言葉に嘘はないとわかる。俺も、自分の力が幻想郷を守るために役立つというなら、協力したい。俺だって幻想郷が好きなんだ。でも……

 

 ──俺はもう、この人を信じられない。

 

「最悪、私を信用しなくてもいい。けれど、どうか幻想郷を守るため、その力を行使していただけないでしょうか。この通り……お願いします」

 

 紫はそう言って、土下座してみせた。

 

「──!? や、やめろ! 八雲紫が人間相手にそんなことをするな! アンタはそんな奴じゃないはずだ」

 

 この部屋には俺と紫しかいない。故に、この醜態は他の誰も見ていない。そうでなければこんなことはしないだろう。

 

 ──これ以上、俺の中の「八雲紫」のイメージを壊さないでくれ……。

 

 でも、幻想郷のためなら自分のプライドを捨てるという点では……

 

 妖怪の賢者が、人間相手に土下座をしてまで頼み込む。これほどまでに屈辱的なことはないだろう。ここまでするのだから、信じてもいいのだろうか。

 

 ──アテナ、そういえば貴女は相手の感情を読めましたよね

 

『ええ。霊力や妖力の揺らぎ、質から様々なことを推測できます。紫は嘘をついていないと思いますよ。貴方がしたいようにすれば良いと思います』

 

 俺には二つの力がある。それも、どうやら俺のものではなく、中にいつの間にか宿った神様のものらしい。なぜ俺にそんな力が宿ったのかはわからなかったけど、幻想郷を守ることに貢献することが、俺の使命なのかもしれない。

 

 幻想郷を守ることは、自分はもちろん、大切な人たちとの生活を守ることに繋がる。断る理由はない。あとは、この人の話を信じるかどうか。

 

「……少し、考えさせてくれませんか」

「一週間以内に返事をもらえると嬉しいわ」

「分かった」

 

 その後、紫は藍を呼び出した。呼ばれた藍は、2本の刀を持って部屋に入ってきた。

 

「お前の刀だ」

「ありがとうございます」

「約束通り、博麗神社まで送るわ」

 

 藍から刀を受け取り、帰宅の準備を整える。

 

「祐哉、さっきの話は他言無用でお願いするわ」

「分かっています。……紫()()

 

 紫は少し驚いた様子を見せた後、僅かに微笑んだ。そして、スキマを生み出した。

 

「いい返事を待っているわ」

 

 俺は黙ってスキマの中へと足を踏み入れる。

 

 ───────────────

 

 桜の匂いがする。足元には石畳が、目の前には鳥居がある。

 

 ──博麗神社、懐かしいな。

 

「なんか、嫌だな。もうここは俺の家じゃない。いつもの拠点に帰りたい……」

 

 ずっと帰りたいと思っていたけれど、今更居場所はあるのか。どんな顔をして皆に会えばいいんだ……。

 

「やっぱいいや。やめよう」

 

 俺は、神社に背を向けて歩き出す。やっぱり、博麗神社にも白玉楼にも帰れない。

 

 そう思うと涙が出てくる。もう、自由になったのに、俺は独りなんだ。

 

「神谷くん?」

 

 全身に緊張が走った。突然前方に現れた少女と優しい声。俺にその呼び方をするのは……

 

「霊華……」

 

 天色の巫女服を見に纏った、大好きな女の子。俺は、この子にもう一度会うために今まで頑張ってきたのだ。

 

「神谷くん!」

 

 霊華が俺に抱きついてきた。戦闘時とは違った意味で心臓の脈が速くなる。

 

「おかえりなさい、神谷くん」

 

 霊華は目に涙を浮かべながらも屈託の無い笑顔を浮かべている。

 

 俺は、彼女の背に腕を回して力一杯抱きしめる。

 

「ただいま……霊華」

「うん、おかえり。待ってたよ」

 

 ──ああ、生きていてよかった。

 

 ──頑張ってよかった。

 

 ──また、霊華と会えてよかった。

 

「ずっと、会いたかった」

「私も……会いたかった」

 

 5分くらい抱き合っていただろうか。久しぶりの霊華分を充電していると、第3者に話しかけられた。

 

「あの〜お取り込み中悪いんだけど、続きは中に入ってからにしてくれない?」

 

 その言葉で意識が現実に戻ってきた俺たちは顔を赤くして離れる。

 

「あ、霊夢……。久しぶり」

「ん、久しぶり……じゃないわよ。要件は済んだんだって? 後で事情を話してもらうわよ。訳わかんないんだから、もう!」

 

 霊夢はそう言って境内を歩いていく。しばらく歩くと、思い出したように振り返ってきた。

 

「おかえり、祐哉」

「霊夢……ありがとう。ただいま」

 

 霊夢は再び歩き出した。

 

「霊夢も、心配してたんだと思いますよ。神谷くんが戻ってくるって言ったら、嬉しそうに宴会の準備を始めたんです」

「……宴会が楽しみなんじゃない?」

「それもあるかもしれないですけど……いや、私にはわかりますよ。あれはちょっとテンションが高いときの歩き方です! さっきまで普通だったから、神谷くんの帰りが嬉しいんだと思いますよ」

 

 霊夢博士か? まあ、そんなにいうなら「霊夢が俺の帰りを喜んでくれている」とポジティブに考えることにしよう。

 

「さ、私達も行きましょう」

 

 霊華はそう言うと、後ろから俺の背中を押して無理矢理歩かせた。俺は、そんな霊華の行動に心の中で感謝を述べ、背中を押してもらいながら建物に入っていく。

 




ありがとうございました。よかったら感想ください。

ついに祐哉が霊華の元に戻れました。今夜は宴です ∩(´^ヮ^`)∩ 

さて、紫の祐哉に対するこれまでの行動は、全ては彼を鍛えるため。そして、彼を鍛えることは幻想郷を守るためだったのです。所々で意味深な発言をしていたので、もしかしたら「紫は敵ではない」可能性に気づいた方もいらっしゃるかもしれませんね。

最後に、今更言っても説得力はないと思いますが……私は別に紫アンチではないです!

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