東方霊想録   作:祐霊

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#108「怖いよ……」

「入るぜ!」

「ちょっと魔理沙、病室なんだから静かにしなさいよ」

「祐哉は無事なのか?」

 

 私、霧雨魔理沙は、偶々永遠亭に来ていた。永琳の助手の鈴仙に手当をしてもらっているとき、ついさっき祐哉が運ばれて来たという話を聞いた。私は、居てもたってもいられなくなって病室に駆け込んだのだ。部屋には、霊夢と霊華が居た。霊夢は見たところ平然を装っているが、霊華は相変わらずというか、心配でたまらないといった様子だ。当然だ。私でさえ、心配のあまり霊夢に咎められるくらい慌ただしく入室したくらいだ。私は、霊夢の叱責を無視して親友の容態を尋ねる。

 

「……生きてはいるわ。ただ、骨折だけじゃなくて、内臓も幾つか潰れている。永琳の薬が無かったら今頃どうなっていたか分からない状態よ」

「あの宇宙人、腕は確かだからな。それなら完治したのか?」

「……まだ時間がかかるそうよ。確かに、永琳なら瞬時に完治させる薬を作ることはできるみたい。でも、それは身体にとって良くないことみたいで、負担もかかるし下手をすると寿命が縮むそうよ。だから、生死に関わる部分だけ薬で治して、後は通常の薬と自然回復で治すみたい」

 

 とりあえず、祐哉が死ぬことはなさそうだ。

 

「それはそうと、魔理沙はどうしてここに? 後で連絡しようとしてたんだけど」

「ちょっとドジを踏んじまってな。丁度お世話になってたんだ」

「まさかアンタまで変な奴にやられたんじゃないわよね?」

「んー、確かに変な奴だったなー」

 

 私は、自分が怪我を負った経緯を説明した。

 

「チルノが強かった?」

「ああ、彼奴相手に被弾したことなんて一度たりともなかったんだが……弾幕の濃さといい、殺意といい、なんか変だったな」

「冬も終わったし、力のピークは過ぎてるはず……これは」

 

 霊夢は、腕を組んで肩を落とす。

 

「──異変、なのかなぁ」

「祐哉もチルノにやられたクチか?」

「それが、分からないのよね。恐らく戦ったのは、祐哉と紅魔館の門番をやってる美鈴の2人。祐哉はともかく、美鈴は心臓を一突き」

 

 それを聞いた私は、思わず唾を飲み込んだ。今まで多くの異変解決を経験した私だが、その中でもトップクラスにショッキングな事件だ。

 

「──なあ、それって弾幕ごっこじゃないよな」

「多分ね。弾幕ごっこなら、都合よく心臓に当たらないだろうから。美鈴なら尚更ね」

「その美鈴は?」

「アイツもここに運ばれてきて、包帯を巻いてもらったそうよ。少し経つ頃には自分の足で立っていて、私達に挨拶だけして帰っていったわ」

 

 ──流石、妖怪か。

 

「ん? 美鈴と会ったなら、誰にやられたのか分かるんじゃないか」

「聞いたんだけど、教えてくれなかったのよね。『真実を確認したら報告する』とだけ言って帰ったわ」

 

 あー? どういうことだ。

 

「それなら、その報告か、祐哉が目覚めるのを待つしかないな」

 

 私は、布団に寝かされている祐哉の隣に腰を下ろして顔を覗き込む。

 

 悪い夢に魘されているように苦しそうな表情をしている。

 

「──見てられないぜ」

 

 やっと、また4人で暮らせると思っていたんだがな。

 

 祐哉は、皆の前から姿を消してから相当な鍛錬をしたらしい。その鍛錬が尋常ではないものだと悟ったのは、刀を持った姿を見たときだった。

 

 宴会の次の日、私は祐哉にたぬき妖怪を見せた。そのたぬき妖怪は、祐哉と霊華を仲違いさせたヤツだ。

 

 祐哉は、「今となってはもうどうでもいいんだけどね」と言いつつ、腰に帯びた刀をゆっくりと抜いた。抜刀したときの目付きは非常に鋭く、冷たいもので、思わず後ずさりしてしまった程だ。

 

 祐哉は、たぬきが封じられている結界に刀を近づけていく。たぬきは、刀が近づいてくるにつれて震えを増し、箸1本分の距離まで近づいたところで消滅した。

 

 もちろん、私は目を疑った。後ろで見ていた霊夢や霊華も同様だ。刀の動きが目に映らないくらい素早く斬りつけたのかと思ったが、違う気がした。そして、祐哉はこう言った。

 

「はは、解放前の刀で消滅するのか。その程度の奴に俺達は……」

 

 その言葉の真意は不明だが、その時の祐哉の表情はとても虚しそうだった。

 

 恐らく、祐哉が過ごした半年間は、私の想像を超える程過酷なものだったのだろう。そうでなければ、あんな妖怪を憎むような目付きにはならないだろう。

 

 私は、回想を止めて目の前で寝ている祐哉に問いかける。

 

「死ぬなよ、祐哉」

 

 ────────────

 

 時は、祐哉が永遠亭に運ばれたときまで遡る。

 

 ──誤算だった。

 

 そう考えると、思わず唇を噛む。

 

 祐哉、この私を圧倒してみせた彼がコテンパンに負けるとは。とりあえず──

 

「報酬は払う。だから、彼を助けて欲しい」

「これは驚いたわ。妖怪の賢者が人間の為に頼み事なんてね。……そういえば、前に彼が運ばれてきたときも、高額の医療費が入った巾着を置いていった人物が居たわ。彼は余程他人から必要とされているようね」

 

 月の賢者に直接物を頼むのは癪だが、神谷祐哉という人材をここで失うわけにはいかない。頭を下げて彼が助かるというのなら、致し方ない。

 

「大丈夫。生きているうちに運んでさえくれたら、助けてみせるわ」

 

 永琳は、そう言って彼の手術に向かった。

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━

 

 神谷くんが永遠亭に運ばれてから数時間経ち、いつの間にか陽が沈んでいた。霊夢と魔理沙は帰宅したが、私は神谷くんが心配なので、無理を言って泊まらせてもらえることになった。夕食の際には、鈴仙や永琳さんに慰められたが、私の心は晴れないまま深夜を迎えた。私は今、神谷くんが眠っている隣に布団を敷いて横になっている。しかし、横になって随分と経つのに眠れないでいた。あまりにも静かな環境は、私に良くない想像をさせるのだ。

 

 ──怖い……

 

 私は、紅魔館に到着したときのことを思い出す。

 

 ────

 ──

 

 私は、神谷くんの目の前にいたはずだったが、気づいたときには博麗神社にいた。何が何だか分からず、動揺はしたものの、神谷くんから頼まれたことを思い出し、霊夢にすぐに来て欲しいと叫ぶ。のんびりとお煎餅を齧っていた霊夢は呆気にとられていたが、私が激しく慌てているところを見てすぐに準備を始めた。場所は紅魔館であることを伝えると、霊夢は私に留守番しているように言って駆けつけて行った。霊夢の飛行速度は凄まじく、あっという間に見えなくなってしまった。

 

 私は待っているように言われたが、神谷くんが気になってとても大人しくしていられなかった。神谷くんと美鈴さんの2人を圧倒して見せた生物を相手に、私が太刀打ちできるはずはないが、そんなことを考えるよりも先に身体が動いていたのだ。

 

 いざ、紅魔館に到着すると、そこには悲惨な光景が待っていた。まず目に飛び込んできたのは、咲夜さんに抱き抱えられた美鈴さんだった。彼女の胸は真っ赤に染まっていて、その下には大きな血溜まりが広がっていた。

 

 突然目に飛び込んできた非日常が、私を硬直させた。恐る恐る神谷くんを見ると、外傷は見当たらないものの横たわっていた。霊夢は、彼を抱き抱えると、一目散に飛んでいった。霊夢が向かった先は永遠亭だと、すぐに分かった。改めて美鈴さんの方を見ると、そのときには既に二人の姿はなかった。

 

 その後、私も永遠亭に行くために迷いの竹林へ行った。この竹林は元々迷いやすい性質だが、どういうわけか私はいつも5分以内には到着できている。具体的な方角や位置は知らないが、勘を頼りに進むと到着するのだ。今回も、勘を頼りに竹林を駆けていると、目の前に突然陽気な妖怪が現れた。

 

「あははー! こんなところに人間発見。迷い込んできちゃったのかな〜? 折角だし……いただきま〜す!!」

 

 妖怪は私を食べようとしてくる。はっきりと理性を持った者が無闇に人間を喰おうとすることは珍しいが、そのときの私にはどうでも良いことだった。また、それが何の妖怪で、どのくらいの強さを持っているのかも関係のないことだった。

 

「そこを退いて!」

「嫌だよ。退いたら食べられないじゃん」

「──邪魔しないでよ!! 霊符『夢想封印』!!」

 

 時間が惜しかった私は、夢想封印を使った。激昂していたからか、私が放った光の弾強いは普段よりも力強いもので、妖怪を無力化することに成功した。殺してはいないはず。

 

 普段の私なら、攻撃したときに胸が痛むが、このときの私は退治した妖怪に目もくれずに先へ進んだ。

 

 それからも数体の妖怪に襲われ、撃退していった。漸く永遠亭に着いた頃には、私は汗を流し、肩で息をしていた。疲れ切った身体に鞭を打って入り口の扉を開けると、霊夢が廊下に立っていた。霊夢の指示を無視して永遠亭に来たことを叱られるかと思ったが、そんなことはなく、直ぐに事情を話してくれた。

 

 ──

 ────

 

 十数箇所の骨折。折れた骨が内臓に刺さって出血。あと少し搬送が遅ければ間に合わなかったレベル……。

 

 永遠亭に運んでくれたのは、咲夜さんだったようだ。あの人が時間を止めている間に搬送してくれたおかげで、神谷くんは助かった。

 

 今は、永琳さんが薬を駆使した結果、命に別状はない。ただ、命を繋いだだけなので数ヶ月は絶対安静の重症だ。

 

 ──どうして……

 

 折角、神谷くんが帰ってきてまた楽しい時間を過ごせるようになったのに。どうしてこんなことになってしまったのだろう。神谷くんは何も悪いことをしていないのに、どうして彼ばかりが酷い目に遭わなくちゃならないんだ。今回の件は、異変解決を何度も経験している霊夢と魔理沙でさえ絶望していた。ということは、これは異常なのだ。

 

 ──いつか、神谷くんがいなくなっちゃうかもしれない

 

 そう思い怖くなってきた私は、布団の中でうずくまる。

 

「神谷くん……」

 

 私は、心配のあまり身体を起こして神谷くんに近づく。そして、恐る恐る手首に触れる。脈はある。神谷くんはちゃんと生きている。ほっとした私は、もう一度布団に戻る。実は、この行動はこれが初めてではない。もう12回くらいはやっている。気になって仕方ないのだ。

 

 ───────────────

 

 じわじわと強まる痛みで目が覚めた。その痛みは、限度を知らないというように激痛に変わっていく。

 

「ゔっ……ぁ……」

 

 ──痛い痛い痛い痛い痛い痛い!! 

 

 今にも気絶しそうなほどな痛みで呼吸が乱れていく。

 

 ──俺は、死んじゃいないみたいだ。それはよかった。でも、死にそうなくらい身体が痛い。

 

「こんばんは」

「……ゅ……か……」

「喋らなくていいわ。そのまま寝ていて。──申し訳ないけど、貴方の意識の境界を弄らせてもらったわ。その影響で麻酔も切れて全身が痛みだしたのでしょう」

 

 ──こいつの仕業か! 何でそんなことを。殺す気か? 

 

 まさか、紫はまだ俺を殺そうと……

 

「その焦りや怒り、恐怖を忘れないで。その強い想いがトリガーになるのでしょう? 今、あの力を使って全身を治しなさい」

 

 紫は、そう言うと俺に向かってプレッシャーを放ってきた。これは妖気だ。今の弱り切った俺はモロにダメージを喰らう。

 

 ──まずい。ここで傷を癒さなくては殺される! ここで死ぬわけにはいかない! 

 

 そう思ったとき、俺は「いける」と確信した。

 

 ──全てを支配する程度の能力、発動! 俺の身体の状態を支配し、健康で無傷な状態にする! 

 

 俺が術を発動すると、傷がみるみるうちに再生していく。やがて、痛みが完全に消え去った。──しかし

 

「ぐぅぅ……あがっ……」

 

 ──なんで! 傷は完全に治したはずなのに。今度はどこを……

 

 傷を治した影響で疲れ切った俺は、ぐったりと横になっていた。しかし、突如として内臓に強い痛みが走った。原因が全く分からない。紫は何もしていないはずだ。

 

『霊力切れです。元々先の戦闘で、霊力をかなり消費したでしょう。回復しきっていないのに第二の能力を使いましたね。発動に必要な霊力が足りず、それでも無理矢理発動したため身体にダメージが行ったのです』

 

 いつか、同じことをした気がする。俺は、奥の手であるMP回復を使った。MP回復とは、霊力を貯蓄できる魔法陣から霊力を引き出すことだ。俺は、創造した物体に特殊な機能をつけられることに気づいてからずっと、余った霊力を夜寝る前に蓄え続けている。──全ては、霊力切れを起こしても戦えるようにするため……

 

 咳き込み、吐血しているうちに、霊力は回復した。

 

 ──もう一度、全てを支配する程度の能力を発動! 俺の身体を完治させろ! 

 

 俺の身体は、今度こそ完治した。その代償に、折角回復した霊力も底が尽きそうだ。それに伴い、激しい頭痛と目眩、動悸に襲われる。この症状は、急に霊力を失った影響で発生したのだろう。ここで霊力を回復すれば症状も落ち着くだろうが、奥の手である故あまり使いたくない。

 

 ──この能力はあまり乱発したくないのに、今日だけで4回も使った。まあ、その内2回は紫に使わされたんだけど。

 

 だが、短時間で何度も使ってみてわかったことがある。それは、強い痛みがあると、能力を使いやすいということだ。死を連想させる程の痛みが、事態の緊迫さを認識させ、生存本能を働かせるためだろう。

 

「よくやったわね」

 

 これまでの一部始終を見ていた紫は、俺の額に手をかざした。すると、嘘のように頭痛などの症状が治った。

 

「私の力で、痛みを感じなくさせたわ。麻酔のようなものだから、くれぐれも安静にね。細かいことはまた後日。──ああ、そうだ。そこで寝ている彼女にかけた術も解いておくわ」

 

 紫はそう言ってスキマの中に消えていった。

 

 ──そこに眠ている彼女? 

 

 部屋を見渡すと、確かに布団がもう一つ敷かれていた。人と思わしき物体が掛け布団を被っているため、誰かはわからない。その人物はモゾモゾと動きだし、むくりと起き上がった。

 

「──少しだけ寝られた……」

 

 その人物が独り言を呟いたかと思うと、両手足で這うように近づいてくる。

 

「神谷くん……良かった。ちゃんと生きてる」

 

 ──霊華……なんか、いつも心配してくれるな。ありがたい。

 

 出来れば、今すぐにでも起き上がって完治したことを伝えたい。しかし、そうすれば驚きのあまり悲鳴をあげるだろう。そうなってしまっては、他の部屋で眠っている人に申し訳ない。

 

 どうしたものかと考えていると、霊華がポツリと呟いた。

 

「神谷くん、このままいなくならないでね……私、こわいよ……」

 

 霊華は、俺の手を祈るように握っていた。

 




ありがとうございました。良かったら感想ください。

【支配の能力を使った4回とは】
・霊華がレミーに殺されそうになったときに発動した簪の術
・霊華を博麗神社に転送したとき
・1回目の治療
・2回目の治療
支配の能力、便利そうに見えるでしょうか。実は──


さて、実は、だいぶ昔に祐哉が永遠亭に運ばれたときも、紫がこっそり医療費を払っていました。当時の紫は、祐哉を殺そうとしていたので、お金を払った人が紫だと気づいた方は少ないのではないでしょうか。もし良かったら、確認してみてください!

東方霊想録の作品中で最も熱い戦いだと思う話を教えてください。

  • VS妹紅(#27-29)
  • VS鈴仙(#33)
  • VS十千刺々(#38-40)
  • VSレミリア(#46)
  • VS風見幽香(#71)
  • VS EXルーミア(#86-87)
  • VS分裂野郎(通称)(#89)
  • VS叶夢(#90-91)
  • VS魂魄妖梨(#93)
  • VS茨木華扇(#96)
  • VSフランドール&レミリア(#98)
  • VS八雲藍(#100)
  • VS八雲紫(#101-102)
  • VS紅美鈴(#106)
  • VSレミー(#107)

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