獣の気配がする。外から見た中の様子は暗く、完全に隔離された別世界のようだ。
「……大丈夫ですかここ」
「……わからん」
ここは迷いの竹林。
噂によるとここはいつも深い霧が立ち込めているらしい。さらに竹の性質上成長が早いため、目印となるものもないとのこと。そんな噂が広がり、やがて“迷いの竹林”と呼ばれるようになったようだ。
当然、迷うだけではない。獣や妖怪もいるはずだ。まあ、いざとなったらスターバーストで竹林を焼き払えばいい。……いや、これは後が怖いな。
「俺は行く。博麗さんはどうする?」
「行きます」
見た目おとなしそうな女の子だけど肝が座ってるな。
俺たちは竹林に足を踏み入れた。
──三十分後
「なあ、ところでさ。永遠亭ってどこにあるの?」
「えっ、知りませんよ?」
あ、オワタ。俺としたことが、頭の中竹林でいっぱいになって肝心なことを忘れていた。
「空飛べば見つかるんじゃね?」
「…………」
そういうと霊華が俺のじっと見る。やだ、照れちゃう。
「どうかした?」
「私、空飛べません」
「あっこれ詰んだわ」
帰ろうにも帰れない。こんなことなら目印を創造しておけばよかった。竹が当てにならないなら自分で作ればいい。だがそれももう遅い。これはスターバーストか? いや待て、落ち着け。早まるんじゃない。竹林焼き払ったら何をされるかわからないぞ。
「それか私、ここで待ってますから様子見てきてもらえますか?」
「危険だけどそれしかないか。また抱っこするのはちょっと、な……うん」
「それは……恥ずかしいです」
昨日のことを思い出したのか目を逸らす霊華。咄嗟だったとはいえ、よくもまあ初対面の女の子をお姫様抱っこしたものだ。
「じゃあ行ってくるよ。すぐ戻る」
「はい」
念の為、霊華の周りに簡易的な地雷を創造する。地雷の知識なんか皆無だが、要は触れた時に爆発すればいい。ならそういった物を創造するだけだ。
俺は設置した場所を霊華に伝え、動かないようにお願いする。そして竹林の探索を開始する。
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ひとまず半径五百メートル圏内は探したがそれらしいものは見当たらなかった。一度戻ろう。そう思った時だった。
竹林が揺れた。この揺れ方、恐らく
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「──!?」
霊華の周りに仕掛けた地雷の上は、大量の獣に埋め尽くされていた。禍々しい見た目の獣は全方向から集まっている。この光景は異様だ。地雷でダメージを負った獣は地に伏せているものの、その狂眼は獲物を捕らえている。霊華は周りの獣に怯え、震えている。
「今助ける!」
俺は創造した刀を獣に刺す。
──やっぱり、何かおかしい
俺と霊華が二人でいたとき、獣は現れなかった。それなのにどうだ。霊華が一人になった途端この状況だ。この獣は多対一を好むのか? では何故俺は襲われなかったのか。
単に運が悪かっただけ? 戦闘力を測ることができる程度の知識を持っている? もしかしたら、長時間同じ場所にいると襲ってくるのかもしれない。そんな機械みたいなことがあるのかは疑問だが。
「怪我はない?」
「怖い……さっき、聞こえたんです。あの動物の声が……」
「え?」
霊華は俺の制服をギュッと握り締めて言う。なんとか安心させたいところだが、そうも行かない。この場においての安心は油断となり、命取りだろう。
「私、何で
「落ち着いて。どんな声なの?」
「『人間だ。一匹だ。腹が減った』って……」
「!?」
本当か? この子は動物の声を聞くことができるのだろうか。
俺はもう一度獣を攻撃する。
「『動けない。クソ、喰ってやる』って言っています」
「そっか。なら、殺さなきゃな。聞けよ
──動かないと攻撃できないお前たちに勝ち目はない。消えろ
そう言って獣をレーザーで打ち抜く。獣は今度こそ絶命しただろう。これで全滅。
「なっ──!? どうして殺しちゃうんですか!」
「……博麗さん、もしこの世界で生きるなら……それか、迷っているんだとしても覚えてほしいことがある」
「……?」
「
「妖怪? 今のが?」
そうだ。判別法は簡単。生命力である。最初に刀を刺した時、俺は殺すつもりだった。
普通の動物ならこれで絶命或いは瀕死まで追い込まれるはずだ。だが、大して苦しんでいる様子もなかった。たったこれだけ。だが妖怪だと
「アレはまだ妖怪になって時間が経っていないんだろうね。だから簡単に殺せた。強い妖怪は理性を持っていて、人間を襲うことはあっても、食べる事はあまり無い」
更に続ける。
「でも、人型以前の妖怪は理性がない。奴らの本能は──ま、
分かってもらえただろうか。外の世界のように安全が保証されているところは人里くらいだ。……ただ彼処は妖怪にとって動物園。それを知っているとおすすめする気にはなれない。
「まあ、いまは俺が守るから。最低限の警戒をしてくれればそれでいいよ」
迷いの竹林。ここは思っていたよりも危ない。一人で探索した間、永遠亭らしい建築物を見つけることはできなかったが、この竹林が相当広いことは分かった。魔理沙達から聞いた情報と合わせて考えると、東京ドーム数個分と言ったところか。
先程の獣の群れ──凡そ数十体倒したが、竹林の広さから見てもまだまだ妖怪がいると考えるべきだ。
間違いなく撤退するべきである。だが手段がない。
「闇雲に彷徨いても仕方ない。一旦帰ろう。真っ直ぐ歩き続ければいずれ外に着くはずだよ」
「……真っ直ぐ歩けますか?」
「ここの性質は外で言う富士の樹海だけど、知ってる? あそこは目印がつくられたからもう迷わないんだってさ」
「…………?」
「それに倣って目印を作るのさ。真っ直ぐなものをね。障害物は可能な限り処理し、無理矢理真っ直ぐ進む」
刀を創造して、周りで一番背が高そうな竹を叩き折る。運良く他の竹に引っかからずに倒すことができた。
「直線とは言いきれないけど、大体真っ直ぐなはずだよ。大丈夫? 歩ける?」
「はい。体力はそこそこありますよ」
「そりゃ心強い。慎重に、急いで行こうか」
俺達は折った竹に沿って歩き始める。
冷たい風が竹を揺らしている。耳に入ってくる音は、竹が葉を揺らす音と落ち葉を踏む音、動物の鳴き声のみである。
上を見ると、竹は白い空間に飲み込まれている。霧の存在が一層不安にさせる。
方向感覚は既に失われているため、この竹だけが頼りだ。理論上は上手くいくはずだが……不安は無くならない。
「ここ、案外自殺スポットだったりするのかな」
「えぇっ!?」
「ほら、さっき話した富士の樹海。方位磁針が役に立たなくて、一度入れば戻れなくなるっていう。彼処もそうだよね。雰囲気は似てると思うんだ」
「じゃあ……」
そう、
「俺達がしていることも、見る人が見れば自殺行為なんだよね。さしずめ心中と言ったところか」
「…………」
「なんて、こんな話はやめよう。楽しいことを話そう?」
話しながら歩くこと五分。竹の頂点に辿り着いた。なるべく真っ直ぐになるよう、再び近くの竹を折る。五回目の時、霊華が不安そうに口を開いた。
「本当に……この方法で行けるんでしょうか」
「分からない。方位磁針があればそれに頼った方が確実だろうね。でも生憎持ち合わせていない。創造しても、ちゃんと機能する保証がない」
創造の能力のことを把握しきれていない。分からないことだらけなのだ。この状況で頼ることができないほどに。能力は使えない。
──出口の創造とかできたらチートだよなぁ……
この竹林の大きさを東京ドーム十個分だとしよう。正方形換算で一辺の長さは約2160メートル。
竹一本の平均の長さは20メートル。
「「はぁ……」」
俺達は同時にため息をつき、それが可笑しくて笑い合う。溜息をついた理由を聞いてみると──
「この竹林がどのくらいの大きさなのか分かりませんけど、かなりの回数繰り返さないといけないなって……」
ああ、正方形だとしてもあと100回くらいやる必要あるよ。運が良ければあと数回。運が悪ければ数百回。正直愚策だ。だが闇雲に回るのは更に愚かだ。
「巻き込んじゃってごめん。博麗さんは絶対に守るから。もう別行動はやめよう」
「こんなことになるとは思わなかったし、仕方ないですよ」
霊華は苦笑いを浮かべる。
──本当はめっちゃキレてるんだろうなって思う俺は性格悪いのかな
本当、なんて詫びればいいのだろう。女子は怖い。言葉でなんと言おうと、裏で何を思われているか……。
「あれ、あの竹光ってませんか」
「ホントだ。割ってみて。かぐや姫が出てくるよ」
「ええっ!?」
申し訳ないが多分出てこないと思う。この作品のかぐや姫は永遠亭にいるからだ。確か、アレは薬の材料になるんだったかな?
おや博麗さん、何で俺を見るんですか。
「何か切るものください」
「えっ、はい」
マジ? マジで切るの? 取り敢えず
霊華は刃物を構え、
「楽しいですねこれ!」
霊華は言葉通り楽しそうに刃物を見る。
──あれ、俺も同じの使ったけどあんな容易く切れないぞ?
霊華は切れた光竹の中を覗き込む。
「──ッ! 危ない!」
霊華の腕を掴んで後ろに大きく跳ぶ。蹌踉ける彼女を支えつつ、光竹を見る。そこに生えていた
「チクチクチク……。今のを避けるとは
「…………」
やせいの たけへんたい があらわれた!