東方霊想録   作:祐霊

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#10「迷いの竹林」

 獣の気配がする。外から見た中の様子は暗く、完全に隔離された別世界のようだ。

 

「……大丈夫ですかここ」

「……わからん」

 

 ここは迷いの竹林。

 

 噂によるとここはいつも深い霧が立ち込めているらしい。さらに竹の性質上成長が早いため、目印となるものもないとのこと。そんな噂が広がり、やがて“迷いの竹林”と呼ばれるようになったようだ。

 

 当然、迷うだけではない。獣や妖怪もいるはずだ。まあ、いざとなったらスターバーストで竹林を焼き払えばいい。……いや、これは後が怖いな。

 

「俺は行く。博麗さんはどうする?」

「行きます」

 

 見た目おとなしそうな女の子だけど肝が座ってるな。

 

 俺たちは竹林に足を踏み入れた。

 

 

 

 ──三十分後

 

「なあ、ところでさ。永遠亭ってどこにあるの?」

「えっ、知りませんよ?」

 

 あ、オワタ。俺としたことが、頭の中竹林でいっぱいになって肝心なことを忘れていた。

 

「空飛べば見つかるんじゃね?」

「…………」

 

 そういうと霊華が俺のじっと見る。やだ、照れちゃう。

 

「どうかした?」

「私、空飛べません」

「あっこれ詰んだわ」

 

 帰ろうにも帰れない。こんなことなら目印を創造しておけばよかった。竹が当てにならないなら自分で作ればいい。だがそれももう遅い。これはスターバーストか? いや待て、落ち着け。早まるんじゃない。竹林焼き払ったら何をされるかわからないぞ。

 

「それか私、ここで待ってますから様子見てきてもらえますか?」

「危険だけどそれしかないか。また抱っこするのはちょっと、な……うん」

「それは……恥ずかしいです」

 

 昨日のことを思い出したのか目を逸らす霊華。咄嗟だったとはいえ、よくもまあ初対面の女の子をお姫様抱っこしたものだ。

 

「じゃあ行ってくるよ。すぐ戻る」

「はい」

 

 念の為、霊華の周りに簡易的な地雷を創造する。地雷の知識なんか皆無だが、要は触れた時に爆発すればいい。ならそういった物を創造するだけだ。

 

 俺は設置した場所を霊華に伝え、動かないようにお願いする。そして竹林の探索を開始する。

 

 

 ───────────────

 

 ひとまず半径五百メートル圏内は探したがそれらしいものは見当たらなかった。一度戻ろう。そう思った時だった。

 

 竹林が揺れた。この揺れ方、恐らく()()()()()()()だ。俺は急いで戻る。

 

 ───────────────

 

「──!?」

 

 霊華の周りに仕掛けた地雷の上は、大量の獣に埋め尽くされていた。禍々しい見た目の獣は全方向から集まっている。この光景は異様だ。地雷でダメージを負った獣は地に伏せているものの、その狂眼は獲物を捕らえている。霊華は周りの獣に怯え、震えている。

  

「今助ける!」

  

 俺は創造した刀を獣に刺す。

  

 ──やっぱり、何かおかしい

  

 俺と霊華が二人でいたとき、獣は現れなかった。それなのにどうだ。霊華が一人になった途端この状況だ。この獣は多対一を好むのか? では何故俺は襲われなかったのか。

  

 単に運が悪かっただけ? 戦闘力を測ることができる程度の知識を持っている? もしかしたら、長時間同じ場所にいると襲ってくるのかもしれない。そんな機械みたいなことがあるのかは疑問だが。

  

「怪我はない?」

「怖い……さっき、聞こえたんです。あの動物の声が……」

「え?」

  

 霊華は俺の制服をギュッと握り締めて言う。なんとか安心させたいところだが、そうも行かない。この場においての安心は油断となり、命取りだろう。

  

「私、何で()()……」

「落ち着いて。どんな声なの?」

「『人間だ。一匹だ。腹が減った』って……」

「!?」

  

 本当か? この子は動物の声を聞くことができるのだろうか。

  

 俺はもう一度獣を攻撃する。()()()()()()()()()()()。刀を刺された獣は苦悶の声をあげる。霊華はそれに反応してこう言った。

  

「『動けない。クソ、喰ってやる』って言っています」

「そっか。なら、殺さなきゃな。聞けよ()()()()()──」

  

 ──動かないと攻撃できないお前たちに勝ち目はない。消えろ

  

 そう言って獣をレーザーで打ち抜く。獣は今度こそ絶命しただろう。これで全滅。

  

「なっ──!? どうして殺しちゃうんですか!」

「……博麗さん、もしこの世界で生きるなら……それか、迷っているんだとしても覚えてほしいことがある」

「……?」

()()()()に情けをかけることは命取りだ」

「妖怪? 今のが?」

  

 そうだ。判別法は簡単。生命力である。最初に刀を刺した時、俺は殺すつもりだった。

 

 普通の動物ならこれで絶命或いは瀕死まで追い込まれるはずだ。だが、大して苦しんでいる様子もなかった。たったこれだけ。だが妖怪だと証明(警戒)するには充分。ここが妖怪のテリトリーだということを忘れてはいけない。

 

「アレはまだ妖怪になって時間が経っていないんだろうね。だから簡単に殺せた。強い妖怪は理性を持っていて、人間を襲うことはあっても、食べる事はあまり無い」

 

 更に続ける。

 

「でも、人型以前の妖怪は理性がない。奴らの本能は──ま、()()()()()()()()。だから、警戒しなきゃならない」

 

 分かってもらえただろうか。外の世界のように安全が保証されているところは人里くらいだ。……ただ彼処は妖怪にとって動物園。それを知っているとおすすめする気にはなれない。

 

「まあ、いまは俺が守るから。最低限の警戒をしてくれればそれでいいよ」

 

 迷いの竹林。ここは思っていたよりも危ない。一人で探索した間、永遠亭らしい建築物を見つけることはできなかったが、この竹林が相当広いことは分かった。魔理沙達から聞いた情報と合わせて考えると、東京ドーム数個分と言ったところか。

 

 先程の獣の群れ──凡そ数十体倒したが、竹林の広さから見てもまだまだ妖怪がいると考えるべきだ。

 

 間違いなく撤退するべきである。だが手段がない。

 

「闇雲に彷徨いても仕方ない。一旦帰ろう。真っ直ぐ歩き続ければいずれ外に着くはずだよ」

「……真っ直ぐ歩けますか?」

「ここの性質は外で言う富士の樹海だけど、知ってる? あそこは目印がつくられたからもう迷わないんだってさ」

「…………?」

「それに倣って目印を作るのさ。真っ直ぐなものをね。障害物は可能な限り処理し、無理矢理真っ直ぐ進む」

 

 刀を創造して、周りで一番背が高そうな竹を叩き折る。運良く他の竹に引っかからずに倒すことができた。

 

「直線とは言いきれないけど、大体真っ直ぐなはずだよ。大丈夫? 歩ける?」

「はい。体力はそこそこありますよ」

「そりゃ心強い。慎重に、急いで行こうか」

 

 俺達は折った竹に沿って歩き始める。

 

 冷たい風が竹を揺らしている。耳に入ってくる音は、竹が葉を揺らす音と落ち葉を踏む音、動物の鳴き声のみである。

 

 上を見ると、竹は白い空間に飲み込まれている。霧の存在が一層不安にさせる。

 

 方向感覚は既に失われているため、この竹だけが頼りだ。理論上は上手くいくはずだが……不安は無くならない。

 

「ここ、案外自殺スポットだったりするのかな」

「えぇっ!?」

「ほら、さっき話した富士の樹海。方位磁針が役に立たなくて、一度入れば戻れなくなるっていう。彼処もそうだよね。雰囲気は似てると思うんだ」

「じゃあ……」

 

 そう、()()()()()()死体が転がっているかもしれない。しかし樹海と違い、ここは竹林だ。木がない分、枝を使って首を吊ることはできないだろう。まあ、自殺の手段など幾らでもある。

 

「俺達がしていることも、見る人が見れば自殺行為なんだよね。さしずめ心中と言ったところか」

「…………」

「なんて、こんな話はやめよう。楽しいことを話そう?」

 

 話しながら歩くこと五分。竹の頂点に辿り着いた。なるべく真っ直ぐになるよう、再び近くの竹を折る。五回目の時、霊華が不安そうに口を開いた。

 

「本当に……この方法で行けるんでしょうか」

「分からない。方位磁針があればそれに頼った方が確実だろうね。でも生憎持ち合わせていない。創造しても、ちゃんと機能する保証がない」

 

 創造の能力のことを把握しきれていない。分からないことだらけなのだ。この状況で頼ることができないほどに。能力は使えない。

 

 ──出口の創造とかできたらチートだよなぁ……

 

 この竹林の大きさを東京ドーム十個分だとしよう。正方形換算で一辺の長さは約2160メートル。

 

 竹一本の平均の長さは20メートル。

 

「「はぁ……」」

 

 俺達は同時にため息をつき、それが可笑しくて笑い合う。溜息をついた理由を聞いてみると──

 

「この竹林がどのくらいの大きさなのか分かりませんけど、かなりの回数繰り返さないといけないなって……」

 

 ああ、正方形だとしてもあと100回くらいやる必要あるよ。運が良ければあと数回。運が悪ければ数百回。正直愚策だ。だが闇雲に回るのは更に愚かだ。

 

「巻き込んじゃってごめん。博麗さんは絶対に守るから。もう別行動はやめよう」

「こんなことになるとは思わなかったし、仕方ないですよ」

 

 霊華は苦笑いを浮かべる。

 

 ──本当はめっちゃキレてるんだろうなって思う俺は性格悪いのかな

 

 本当、なんて詫びればいいのだろう。女子は怖い。言葉でなんと言おうと、裏で何を思われているか……。

 

「あれ、あの竹光ってませんか」

「ホントだ。割ってみて。かぐや姫が出てくるよ」

「ええっ!?」

 

 申し訳ないが多分出てこないと思う。この作品のかぐや姫は永遠亭にいるからだ。確か、アレは薬の材料になるんだったかな?

 

 おや博麗さん、何で俺を見るんですか。

 

「何か切るものください」

「えっ、はい」

 

 マジ? マジで切るの? 取り敢えず()()()()()()()を創造して渡す。これを思い切り振れば、力が無くても切ることができる。

 

 霊華は刃物を構え、()()()振る。竹は豆腐のように切断された。驚きである。

 

「楽しいですねこれ!」

 

 霊華は言葉通り楽しそうに刃物を見る。

 

 ──あれ、俺も同じの使ったけどあんな容易く切れないぞ?

 

 霊華は切れた光竹の中を覗き込む。

 

「──ッ! 危ない!」

 

 霊華の腕を掴んで後ろに大きく跳ぶ。蹌踉ける彼女を支えつつ、光竹を見る。そこに生えていた()()()()()()()()()()。その代わりに、細い竹が数本刺さっている。

 

「チクチクチク……。今のを避けるとはお竹(おまえ)、ただの人間(ちんげん)しゃないタケ?」

「…………」

 

 やせいの たけへんたい があらわれた!


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