東方霊想録   作:祐霊

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今更ですが、「vs紅美鈴」から5章に入っています。
5章 幻想郷を震わす者 〜Clones threaten the world〜 です。


#109「いじわる」

「神谷くん、このままいなくならないでね……私、こわいよ……」

 

 霊華は、祈るように俺の手を握った。呟いた声は今にも消え入りそうで、心細い感情が現れていた。

 

 俺は、霊華を驚かせてしまうリスクなどどうでもいいと判断して、彼女の手を握り返した。すると霊華はピクっと反応し、俯いていた顔を上げた。

 

「れいか……」

「神谷くん……?」

「心配かけたね」

「もう目が覚めたの? 永琳さんの話だとまだ数日は起きないって……」

「さっき、スパルタな大妖怪が来て無理矢理起こされたんだよ。その後強引に治させられたから、傷の方も完治した。ただ、元気ではないかな。霊力は空っぽだし、麻酔が切れたら頭痛がすると思──おわっと!?」

 

 現状までの経緯を報告していると、霊華が俺の胸に飛び込んできた。

 

「ちゃんと、心臓動いてる。生きてる。良かった……」

「さっきも『ちゃんと生きてる』って言ってたね」

「だって、このまま死んじゃうかと思ったら怖くて堪らなかったんだもん」

 

 そうだね。正直、今回は俺も怖かった。スペルカードルールがない状況で吸血鬼と戦うのは無茶だった。吸血鬼は、高いスピードとパワーを兼ね備えた種族だ。それ故に、格闘戦で勝つのは難しい。殴り合えば力負けし、徒競走をすれば縮地を使っても敵わない。

 

「霊夢を呼んでくれてありがとう。2人は怪我しなかった?」

「うん。私達が着いたときにはもうあの人は居なかったから……。ごめんなさい、急いで駆け付けたけど間に合わなかった」

 

 霊華は、自分を責めるようにそう言ってきた。俺は、彼女の頭を優しく撫でてこう答えた。

 

「しょうがないさ。応援が来るまで持ちこたえられなかった俺の修行不足だ。それに、多分霊夢がいても勝てなかったから、寧ろ間に合わなくて良かったかもしれない」

「霊夢でも勝てないかな?」

「うーん、霊夢の本気を見たことがないから分からないけど、アイツは自分に不都合な運命を書き換えて無かったことにする厄介な能力を持ってるんだよね。頑張って5回くらい殺したけど意味がなかった」

「そんな!」

 

 霊華は、レミーの能力を聞いてアイツのチートぶりを理解した様子だ。

 

「不老不死じゃないですか」

「そう思ったよ。だから、霊夢が封印しても無駄だと思う」

「あの人は何者なんでしょうか。レミリアさんの姉妹とか?」

「……どうかな。名前がレミーであること、吸血鬼であること以外よく分からなかったよ」

 

 レミーはクローンであると言おうとしたが、止めた。この話をするには、根拠として研究所の話が必要になってくる。そうなれば、研究所が今も暗躍している可能性に到達するかもしれない。紫からある程度の口止めをされている以上、余計なことは話すべきではない。

 

「あと、幻想郷を支配することが目的とか言ってたよ。スペルカードルールを知らないことを考えると、余所者なんだと思う」

「だから弾幕を使ってこなかったんですね」

「そう。弾幕戦なら俺にも勝ち目はあったんだけどね。運命を書き換えたところで、被弾は被弾だから」

 

 ここで考え込んでも仕方ない。朝になったら紫も来るだろうし、今は休むべきだろう。

 

「神谷くんは、レミーを退治するんですか?」

「幻想郷の脅威になるなら、そうせざるを得ない。安心して過ごすためにもね」

 

 俺がそう言うと、霊華は少し黙り込んだ。やはり、妖怪を退治することをよく思っていないのだろう。ここでいう「退治」とは、今まで霊夢がやってきた「お仕置き」のような物ではなく、「封印」や「抹殺」だから尚更だ。

 

「神谷くんは、どうして怪我をしてまで妖怪を退治するんですか? 霊夢と違って、それが仕事というわけではないのに」

「俺に力があるからかな。ずっと考えてるんだよ。俺は普通の人間なのに、なんで大きな力を手に入れたんだろうって。本当は理由なんか無いかもしれないけど、俺は人や幻想郷を守るために与えられたんだと思っている。だから、この力は私欲だけでなく、人のためにも使いたいんだ。そういうわけで、幻想郷を支配しようとするやつは見過ごせない」

 

 特に、支配の力は自分のためには使いたくない。私欲で使うようになったら、俺は人の心を失うだろう。「幻想郷を支配する」と言っているレミーと同じような暴君になってしまう。

 

 ───────────────

 

 やっぱり、神谷くんは凄い。自分が持つ大きな力を振りかざすのではなく、それを人のために役立てようとするなんて。外の世界の人にアンケートを取ったら、きっと多くの人が私欲のために使うと答えるだろう。

 

 仮に人のために力を使おうとしても、それは生半可な覚悟では達成できない。神谷くんは、創造と支配の力を「誰かを敵から守るために戦う手段」として使っている。戦闘となれば、当然命の危険に晒されることもある。きっと、怖い思いを何度もしてきただろう。私だったら途中で心が折れてしまうと思う。だからこそ、私は彼が凄いと思っている。

 

 相手がどんなに強かろうと、自分の信念を貫くために戦い続けるのはカッコいいと思う。けれど、その結果毎回ボロボロになって帰ってくるのを見るのは辛い。いつか本当に死んでしまうのではないかと心配になる。本音を言えば、レミー退治に行って欲しくない。でも、そんなことを言って彼の足枷になるのは嫌だ。

 

 ──私はどうするべきなんだろう

 

 気づくと私は彼の服をぎゅっと握りしめていた。彼はそれに気づいたのか、私の頭を撫でてくれる。ポンポンと優しく撫でられると安心する。その影響か視野が広くなって、彼の胸板が前よりも隆起し、硬くなっていることに気づいた。彼の左腕も、以前よりもひと回りは大きくなっている。逞しくなったのは、表情だけではないようだ。

 

 ──この半年間、命懸けで頑張ったもんね……

 

「くすぐったいんだけど」

「ひゃっ!? ご、ごめんなさい。その、前より筋肉がついてるなって思って……」

「一応毎日筋トレしてるからね」

 

 神谷くんは、そう言って再び頭を撫でてくれる。大好きな人に頭を撫でられると嬉しくて幸せな気持ちになる。もっとして欲しいと思ってしまう。

 

「神谷くん、そんなことしていいの?」

「え? 何が?」

「神谷くんは好きな人がいるのに、私とこんなことしてていいの?」

「あ、ごめんね。嫌だったよね……申し訳ない」

 

 ちょっと意地悪をしてみたらものすごい勢いで謝られてしまった。私の頭に置かれていた手は無くなり、彼の胸の上で寝ていた私は布団に降ろされてしまう。なんだか全てを拒否されたように感じて一気に胸が締め付けられる。

 

 ──自爆しちゃった……。何してるんだろ

 

「私は全然嫌じゃなかったんだけどな……」

「え、でも霊華も好きな人がいるって言ってなかったっけ? もうその人はいいの?」

 

 ──もしかして、神谷くんは鈍いのかな。それとも、私のアピールが足りないのかな? 

 

 ともかく、宴会のときの告白は聞こえていなかったようだ。それはそれで良いけど、少し残念な気持ちもある。

 

「私は、今でも好きだよ。この半年間、ずっと……

「え? 今なんて──」

「──な、なんでもない! ごめんね。もう寝よっか?」

「え、めっちゃ気になる。最後の方よく聞こえなかったんだけど」

「……もういいもん。おやすみ〜」

「へっ!? ここで寝るの?」

 

 うっかり「この半年間ずっと」と言ってしまった。普通に考えて、神谷くんのことが好きってわかるよね? 絶対バレたと思ったのに、声が小さくて聞こえなかったらしい。そんな意地悪な人には仕返しをすることにした。私は思い切って彼の布団に侵入して抱きつく。思った通り神谷くんは慌てている。私は、早鐘を打っている心臓の鼓動を聞いて満足した。

 

 ──今のうちに独り占めしちゃおう。

 

 ───────────────

 

 祐哉と霊華が真夜中にイチャついている頃、紅魔館では会議が行われていた。その会議は始まってから数時間経過しているというのに、緊迫感は最高潮のままだった。当主のレミリアは、美鈴から事の経緯を聞いてから腕を組んで目を瞑り、黙り込んでしまったのだ。徐々に漏れ出す妖気には殺意が込められており、その場にいる誰もが冷や汗をかいている。因みに、この場にフランはいない。

 

「──咲夜」

「──! はい」

 

 数時間黙り込んでいたレミリアは、目を瞑ったまま咲夜の名を口にした。

 

「行くよ。誰だか知らないが、私の身内に手を出したんだ。挨拶は早い方がいいだろう」

「かしこまりました。支度をして参ります」

 

 咲夜がそう言うと、瞬く間にその場から消えた。

 

「恐れながらお嬢様」

「どうした、美鈴」

「敵は、運命を書き換える能力を持っています。私達は彼女を数回殺しました。しかし、毎度運命を書き換えられ、無傷の状態で襲ってきます。どうかお気を付けて」

「運命を書き換える? フフ、面白い」

「お嬢様、準備が整いました」

 

 美鈴とレミリアが話しているうちに、咲夜の準備が完了した。

 

「吸血鬼の居場所は突き止めた。行くよ」

 

 レミリアがそう言うと、咲夜と共に部屋から消えた。

 

 ───────────────

 

「お前が美鈴と祐哉をやった吸血鬼か?」

「そうだ。待っていたぞ。我が同胞よ」

「ああ、来てやったぞ。紅魔館から遠く離れた場所ではあったが、それでも十分に妖力を感じられた」

 

 レミリアの言う通り、レミーは妖力を放ってレミリアを誘っていたのだ。

 

「本当はこちらから出向こうと思ったんだが、思わぬ砂利に躓いてな。体力を回復させるために引き返させてもらった」

「砂利か。フッ、そんなことを言っているから躓いたんだよ。それに、二人は私の身内だ。余所者にそんなことを言われるのは我慢ならないな」

「そうか。気を悪くしたなら謝ろう。さて、我は同胞に話したいことがある。どうだろう。我と共にこの地を支配しないか?」

 

 レミーの提案を受けたレミリアは、静かに笑った。

 

「素晴らしい提案だ。だがお前と組むつもりはない。お前は私の身内を傷つけた報いを受け、この地から往ね!」

「早くも交渉決裂か? いいだろう。少し遊んでやる。そうすれば我の話を聞く気にもなるだろう!」

 

 蒼と紅の吸血鬼は、共に己の何倍もの大きさのグングニルを創成し、衝突した。

 




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  • VS妹紅(#27-29)
  • VS鈴仙(#33)
  • VS十千刺々(#38-40)
  • VSレミリア(#46)
  • VS風見幽香(#71)
  • VS EXルーミア(#86-87)
  • VS分裂野郎(通称)(#89)
  • VS叶夢(#90-91)
  • VS魂魄妖梨(#93)
  • VS茨木華扇(#96)
  • VSフランドール&レミリア(#98)
  • VS八雲藍(#100)
  • VS八雲紫(#101-102)
  • VS紅美鈴(#106)
  • VSレミー(#107)

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