遅くなりました。今回は少し長いのでお許しください。
雲一つない夜空の下、2体の吸血鬼が衝突している。始めは互いに様子見をして相手の出方を伺っているようだ。2本のグングニルで攻防を繰り返すが、隙が生まれることはなかった。このまま攻防を繰り返しても埒が明かないと考えた両者は、一旦距離を置いたと思うと、同時に槍を投擲した。蒼空のグングニルと真紅のグングニルが衝突、相殺され、激しい爆風が巻き起こる。
この戦いは、身体能力が非常に優れている吸血鬼同士で行われている。それ故に、常人が戦況を目に捉えることはできない。
そんなハイレベルの戦いを、紅き吸血鬼の従者──十六夜咲夜は固唾を呑んで見守っていた。咲夜は人間だが、常人離れした戦闘力と神にも匹敵する能力を持っている。そんな彼女の目は素早く動いており、その目は常に己が主を捉えていた。
2体の攻防が中断された。
「力は互角。このまま続けても互いに消耗するだけだ。弾幕で決着を付けないか?」
「弾幕?」
「ああ、この地にはスペルカードルールというものがある。これに則ることで、消耗を抑えることができる。それになりより、やってみると奥が深い」
「クハハ、断る。何故我がこの地のルールに縛られなければならないのだ? 我は王だ。王は全ての頂点に立ち、全てを支配する存在! ルールがあるとすればそれは我が作ったもののみ!」
レミーの暴君っぷりをみて、レミリアはやれやれとため息をつく。
「お前は幻想郷で暮らすのは絶望的に向いていないな。そんな調子では制裁されるぞ」
「王たる我に制裁を? クハハ、冗談はよせ」
「いや、冗談ではない。だが敢えて逆らうというのなら止めはしない……」
レミリアはそう言うと、背後に己の数倍の大きさの魔法陣を展開した。
「身内を傷つけたものとはいえ、お前は同胞だ。故に、私の下に付くなら赦してやらんこともない。そう思っていたよ。だが、もうやめだ。ルール無用の戦いとなった時点で、お前の死は『絶対』になった。──行くぞ」
「クハハ……威勢のいい奴だ。流石は我がオリジナルか。それだけに残念だな。貴様と我が組めば退屈しないと思ったが、相容れないのなら仕方ない。──来い」
───────────────
翌朝、いつもより身体が重くて目を覚ました。身体を起こそうとするとやはり重たい。傷は治したはずだと考えつつ胸を見ると、霊華が眠っていた。なるほど、身体が重い原因は物理的なもので、幸せな重みだったようだ。そうだ、俺は一晩霊華と共にしたのだ。こういう言い方をすると、なんだかアダルチックなことをしたように捉えられそうだが、断じてそんなことはない。健全な夜を過ごした。……年頃の男女が添い寝をすることが健全なのかはわからないが。
ふと、部屋の外から足音が聞こえた。その音は徐々に大きくなり、丁度俺がいる部屋の前で止まった。
──まずい
三度ノックの音がした後、部屋の障子が開かれた。部屋にやってきた鈴仙と目が合うと、彼女は動揺してみせた。
「入りますよ──って、ええ!? どういう状況? あれ、祐哉もう目が覚めたの? え? え? え〜っと、もしかして私、お楽しみの邪魔した? でも祐哉は重体患者だからそんなことしちゃまずくてえっと……」
「待て、待ってくれ、落ち着こうか? あ、ちょっ! 行かないで! これは誤解なんだよ! 誤解したままどっか行かないでくれー!!」
朝っぱらから情報量の多い状況を目の当たりにした鈴仙は事情を飲み込めずに走り去ってしまった。
「ん〜 ん? おはよー」
「おはよう……って、起きたところ早速で申し訳ないんだけど、鈴仙に目撃されたよ?」
「うーん、そっかぁ」
「そっかぁ……ん!? 『そっかぁ』!? 大丈夫? 絶対誤解されてると思うんだけど」
「私はそんなに気にしないし、良いですよ」
うそやん。めっちゃ大人な対応しますね。なんか一人で恥ずかしがってると思うと惨めだな……。そうか、ここは動じないのが正解なのか。
俺達は軽く身嗜みを整えると、廊下に出る。その後、霊華の案内で鈴仙の元へ向かう。霊華は、鈴仙の妖力を感知することで、居場所を特定したらしい。凄いな。気配探知って日常生活にも使えるんだな。
「おはよう、鈴仙」
「お、おはよう。……あの、ひとついい?」
鈴仙は神妙な面持ちで口を開く。
「2人は、いつくっついたの?」
──いや、そっちかよ。てっきり「なんで普通に立ってるの? 重体だよね?」と言われると思ったんだけど
「うぇ!? え! な、なに言ってるの鈴仙!!」
おいおい、どうした霊華。こういうときは大人な対応をするのが普通なんじゃないのかい? 夜中俺逹がイチャついたのも嘘。今俺達が付き合っている疑惑もデマ。どちらも嘘に変わりないのだから、ここは動じる必要はないのでは?
『敢えてこの言葉を送りましょう』
──おおアテナ。女神として俺にアドバイスをくれるんですか?
『馬鹿』
──えっ……?
『剣術より乙女心を学ぶことをお勧めします』
わかんないよ。この場で動揺するのはわかるよ。でもそれならさっき鈴仙に誤解されたときも動じるよね?
アテナの言葉の意味を考えて唸っていると、まだ正気に戻っていない霊華は俺の腕をポカポカ叩いてきた。
「どうして神谷くんはそんなに冷静なんですか!?」
「いや……その言葉、数分前の博麗さんに返したいんだけど」
ふと鈴仙の方を見ると、俺達を見ながら苦笑いを浮かべていた。
「朝っぱらからイチャつくとはやってくれるね〜」
「もう! イチャついてないもん!」
「……かー! もうわからん。謎だわ……なにが違うんだよ」
俺が頭を抱えていると、鈴仙が漸く望みのツッコミを入れてきた。
「で、祐哉はどうして立っていられるの?」
「なんやかんやあって治った」
「意味わかんない」
でしょうね。
その後、永琳の診察を受けて退院の許可を得た俺は、身支度をしている。因みに、永琳も大変驚いていた。鈴仙に話したとき同様に「なんやかんやあって治りました」と言うと、何故か納得したように頷いてそれ以上詮索されることはなかった。それはそれで気味が悪かったが、詮索されても困るので黙って部屋を出た。
着替えを済ませた俺達は、博麗神社に帰ろうとした。しかし、部屋に人が入ってきて予定が変更される。やってきたのは紫だった。
「おはよう。霊華、申し訳ないのだけど、少し彼を借りても良いかしら。話したいことがあるの」
「わかりました。私は外で待っていますね」
霊華は、遠回しに部屋を追い出された。その後紫は、部屋に結界を貼った。恐らく、外に声が聞こえないようにするためのものだろう。そうなれば紫の用件はただ一つだ。
俺達は座布団の上に座り、会議を始めた。
「まずは退院おめでとう」
「ご迷惑をおかけしました」
ご心配をおかけしました。と言おうか迷ったが、まず間違いなく心配されていないから別の言葉を返した。
「なにがあったのか、詳細を報告してもらえるかしら」
俺は、レミーとの戦闘の一部始終を話す。
「隠密で動くつもりが、早くも計画倒れね」
「でも、こうなることは少しくらい想定していたんでしょう?」
そう言うと、紫は僅かに笑みを浮かべた。
「どうしますか?」
「貴方の考えは?」
「こうなったら紅魔館と協力したらどうですかね。俺1人じゃとても敵わないし、仲間は必要ですよ」
紫は、首を横に振った。
「藍の報告によれば、紅魔館のお嬢様じゃダメね。昨夜2人が戦っていたのだけど、どうやら、オリジナルとクローンの力は互角らしいの。だから、運命を弄っても互いに干渉できない様子だったわ」
「うわぁ、まじか。互角なら、引き分けたんですか?」
「ええ、2人の力は完全に拮抗していた。故に、一度も殺すことができていないとか。情けないわね」
そう言う紫は過去一の笑顔を見せる。相変わらず嫌な性格だ。
「どんなにヒヨッコだとしても、吸血鬼は幻想郷のパワーバランスの一角を担う程の存在。ルール無用の戦いで私達妖怪が戦うことは非効率ということがわかったわ。アイツを倒すには、貴方のあの剣を使うのが一番効果的ね」
「うーん、レミリアの運命操作でレミーの能力を無効化できない以上、何度も能力を使わせて妖力切れを狙うしかないですもんね。でも、さっきも言った通り俺1人で戦うのは不可能ですよ。悔しいけど、俺が全力で戦っても吸血鬼の戦いにはついていけない。最低でももう一人は近距離戦で戦う仲間が欲しいところ……」
「大丈夫。霊夢にも戦わせるわ。こうなってしまっては隠せないもの。大丈夫。いくらでも修正できるわ」
その後も、俺達は会議を進め、ここで決めたこと以外は俺の判断に任されることになった。
会議が終わった後、紫は部屋を出て霊華に「今日1日祐哉を借りるわ。でも安心して。夜にはちゃんと返してあげるから。存分に夜を楽しんでね」と意味深なことを言った。そのときの霊華の反応は残念ながら見えなかった。
俺は、紫の指示で紅魔館に直行することになった。霊華は紫と博麗神社に行き、霊夢に事情を話すことになっている。じきに霊夢も紅魔館に来るだろう。また、霊華はこれから紫と修行をする手筈だ。そうでもしなければ、レミーとの戦いに入ってきそうだと判断したのだ。今回の戦いは殺傷を嫌う霊華にとって辛いものだ。だから、来ない方がいい。
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「──と、こんな感じで2人は朝まで戦い、結局決着がつかないまま幕を閉じたわ」
紅魔館に着いた俺は咲夜に頼んで、昨晩の吸血鬼の戦いについて話してもらっていた。咲夜から聞いた話は、先程紫から聞いたものに肉付けしたものだった。
──レミリアの運命操作が通用しないのは本当というわけか
「今、レミリアさんは?」
「お休み中よ。数時間にわたる戦闘をしたから、消耗が激しいみたい」
「そうですか。話したいことがあったんですが、目覚めるのはいつ頃になりますかね」
「少し寝ると仰っていたけど……長くて一日くらいかしら」
──「少し」とは?
「二度手間になるけど時間が惜しいし、霊夢が来たら他の人も集めて会議をしたいです」
「会議?」
「はい。俺と霊夢は、レミー・ブルーレットを封印または抹殺します。しかし、スペルカードルールがない以上、2人では厳しい。そこで、皆さんの力を貸していただきたいと考えています」
「そうね。私も、あの偽物を消したいと思っていたところよ。私も仲間に入れて欲しいわね。野放しにしていては、いつお嬢様が風評被害を受けるかわからないもの」
「……レミーは、里の人間を何人か喰ったそうですね」
「ええ、わざわざ霧を出して日中も活動しているみたい。おかげで今は里中で吸血鬼の話題が広がっているわ」
──吸血鬼を恐れてくれるなら被害はなさそうだが……?
そんなことを考えていると、部屋の外から声がした。
──割とイラついてるな
咲夜がドアを開けると、来客の霊夢が入室した。ピリピリした空気を感じる。
「おはよう、霊夢。心配かけたね」
「聞いたわ! 一晩で完治したって? 紫が無理矢理治したって言ってたけど大丈夫なの?」
ほう、紫が治したことになっているのか。確かに、境界の力の捉え方によっては強引に証明できそうだ。オッケー。
「ああ、今のところはなんともない」
「そう。ならいいんだけど……。今度こそダメかと思ったわ」
霊夢は安心したようで、ホッとため息をついた。
「それで、私と祐哉でその……レミー?を倒すように言われたわ」
「ああ、紅魔館の人達も力を貸してくれるみたいだから、早速会議を始めよう」
「いいえ。その前にやることがあるわ」
霊夢はそう言って俺の真正面まで近づいてきた。霊華と瓜二つの容姿だが、どこか雰囲気は違う。久しぶりに会った霊夢を懐かしく感じつつ、彼女の行動を待つ。俺をじっと見つめていた彼女は、ふわりと笑った。彼女と似ているだけあって、不覚にも胸が高まる。だが、直ぐに気味が悪いと思った。まるで何かを企んでいるみたいに感じられる。
「隙あり!」
「おっと!」
案の定、霊夢は攻撃を仕掛けてきた。どこかに隠し持っていた大幣を振って俺に叩きつけてきたのだ。油断はしていたが、俺はそれを刀で受け止めることに成功した。
「……まさか、霊夢の偽物か?」
一気に警戒心を高め、身体に霊力を纏う。
「……私の思い過ごしか」
霊夢はそう言って大幣を引っ込め、袖の中にしまう。呆気に取られた俺が彼女を見つめていると、「危ないから早くしまってよ」と言われる。仕方ないので納刀した後、霊夢に説明を求めた。
「昨日の一件で、戦うことに恐怖を抱いているんじゃないかと思ったのよ。まあ、杞憂だったみたいだけど」
そうか。確かに、トラウマになってもおかしくない……というより、トラウマになるのが当然か。
「……あの程度で再起不能になるんだったら、俺はとっくに死んでいるよ」
「強くなったのは間違いなさそうね。それは認める。けどね、私はこの一件を解決するのに誰かと協力するつもりはないわ」
「本気で言っているのか? 相手はルールなんて無視してくる奴だぞ」
「私はそんな中でも戦ったことあるし問題ないわ。それに……ルール無用が望みなら私にも考えがある」
──そうか、夢想天生!
夢想天生とは、霊夢の奥義的な技だ。この技を使うと何人たりとも彼女に触れることはできなくなり、御札が一方的に襲ってくるらしい。
「無駄だよ。逃げられたらどうするつもりだ?」
「そしたらその時に考えればいいじゃない。とにかく、私なら無傷で戦えるしうまくいけばそれで終わるかもしれない。皆がこれ以上傷つくこともないのよ」
──これは、霊夢なりの気遣いだろうか。そんな様子は滅多に見せないが、霊夢は仲間が傷ついたら心配する優しい子だ。きっと、俺が何度か死にかけているからいよいよ我慢できなくなったのだろう。
そう考えていると、横でやりとりを見ていた咲夜が口を開いた。
「霊夢。あなた変わったわね。友人を傷つけられて苛立っているんでしょう」
「っ! ……まあ、それなりにね」
「やっぱりそうだったのか、霊夢! ありがとう。なんか凄く嬉しいよ」
「本当に貴方は変な奴ね! 人が心配するとそうやって嬉しそうにするのなんなの?」
だって、外の世界にいたときからの推しが俺を心配してくれてるんだぞ。嬉しいに決まってるじゃないか! しかも、心配するってことはそれなりに友達だと思ってくれているんだろうし。
「へへっ、嬉しいんだから仕方ないでしょ。……心配してくれるのは嬉しいけど、俺は戦うよ。霊夢がなんと言おうとね。やられっぱなしは性に合わないから」
俺は、親友の目を見て自分の想いをぶつける。自分が本気であることを伝えるには、目を見て熱意を身体で表現するのが一番だ。
「……そう。それなら、私と勝負して貴方の力を見せて。どっちみち、お互いの力量がわからなかったら協力なんてできないからね。もし私が勝って、戦力にならないと判断したらこの件から身を引いてもらうわ。それでいい?」
「なるほど。自己PRをして、俺の強さを見せればいいんだね。──わかった。ルールは?」
「実践に近いものがいいから、そうね……打撲以上の怪我を負わせなければなんでもありっていうのはどう?」
「……いやだ。夢想天生を使うのだけは勘弁してほしい。それを破るのは望ましくないからね」
「なーんだ。使おうと思ってたんだけどな〜」
アホ! そんなチート技使われたら何もできないだろうが。さては俺に勝たせる気無いな? 恐らく第二の能力を使えば無効化できるかもしれないけど、そういうことはあまりしたくないんだよ、勘弁してくれ。
「わかった。互いに常に実体化していること。相手を降参させた方が勝ちね」
今まで「常に実体化していること」なんてルールを聞いたことがあるだろうか。いや、無い。
「わかった。それでいこう」
「まあ、夢想天生がなくても貴方に勝ち目はないけどね」
カッチーン。めちゃくちゃ舐められてるじゃん。これは相手が主人公だろうが関係ない。あっと言わせてやるぜ!
俺は敢えて言い返したい気持ちを抑える。この気持ちを戦うモチベーションに変えるためだ。
──さて、主人公補正がありませんように……。あったら勝てん。
ありがとうございました。よかったら感想ください。
【2人が添い寝しているところを目撃され、妙な誤解をされていることを告げられた霊華の心境】
「昨日はあまり寝られなかったから眠いなぁ……。え? まあ鈴仙は私が神谷くんのことを好きだって知っているし、別にいいかな」
そう、彼女の脳は半分以上眠っていたのだ。
東方霊想録の作品中で最も熱い戦いだと思う話を教えてください。
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VS妹紅(#27-29)
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VS鈴仙(#33)
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VS十千刺々(#38-40)
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VSレミリア(#46)
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VS風見幽香(#71)
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VS EXルーミア(#86-87)
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VS分裂野郎(通称)(#89)
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VS叶夢(#90-91)
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VS魂魄妖梨(#93)
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VS茨木華扇(#96)
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VSフランドール&レミリア(#98)
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VS八雲藍(#100)
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VS八雲紫(#101-102)
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VS紅美鈴(#106)
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VSレミー(#107)