正直、これでいいのか私には分からない……
霊華の過去。ずっと匂わせていた能力の一部。ご覧あれ。
これは私が幼稚園児の時の話──
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「あー! アリだ! 砂で埋めてやれー」
「あっ、出てきた! 逃がさないぞー」
砂場で遊んでいたクラスの男の子達は、アリを見つけると夢中になって埋めようとした。
アリを生き埋めにする。とても残酷なことだ。けれど幼稚園児の子供はまだ無邪気だ。このくらいの子供は平気で生き物を虐める。動いているものが動かなくなる。これを楽しいと感じるのだ。人の多くは、こういったことを経験していくうちに生命を尊重する事を覚える。
当時の私は既に、生命の尊さに気づいていた。別に、悟りを開いていたわけでも、聖人な訳でもない。だって、私には
「やめてあげてよ! アリさんが泣いてるよ!」
と。
「えー? 霊華ちゃんなにいってるの? アリが泣くわけないじゃん」
「霊華ちゃんの嘘つき〜」
「嘘じゃないもん!」
そう、嘘じゃなかった。私には確かに聞こえた。──正確には、感じたのだ。アリの気持ちを。
またある時……
「せんせー、お花が泣いてるの。病気なの?」
「えー? どのお花?」
「あそこのお花」
幼稚園で育てられていた花。私はその内の一部が萎れていたことに気づき、先生に話した。
「本当だ。お水あげすぎちゃったのかな」
「お水あげちゃだめなの?」
「あげすぎても良くないの。霊華ちゃんもいっぱいご飯食べたらお腹いっぱいになるでしょ?」
「うん」
その花は園児が育てていた。小さい子が水を与えすぎることはよくある。花は腐りつつあったのだ。花の苦しそうな気持ちが
そして翌日
「せんせー、お花の声が聞こえないの。死んじゃったの?」
「枯れちゃったのかな……。先生達で治せないか話してみるね」
「お花、治る?」
「治るといいね」
当然、花は治らなかった。
「あのお花ね、もう枯れちゃったの」
「枯れちゃった? お花、死んじゃったの……?」
「……でもね、あのお花はお水をあげすぎたから枯れちゃったわけじゃないみたい」
「え?」
先生は私に黒い粒を見せた。
「これはあのお花の種。あのお花はね、種を作ったら枯れちゃうんだ」
その花はどちらにせよ、もう長くなかった。
「お花は霊華ちゃんに育ててもらう為に種を残したんだよ」
今思えばそれは私を慰めるための気遣いだ。でも、当時の私を救うには十分だった。
「あのお花にまた会えるかな」
「うん。きっと会えるよ」
私は先生と一緒に種を植えた。それは元気に育ち、私が卒園する頃には綺麗な花を咲かせていた。
──私はこの力のおかげで生命の尊さを学ぶことができた。
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これは小学校4年生の時
「うわ! 蚊に刺された。くそー!」
それは夏のこと。クラスの子が蚊に刺された時。彼は蚊を叩いて殺したのだ。躊躇なく。多くの人にとってそれは至極当然のことなのかもしれない。だけど私には考えられないことだった。
人が蚊を殺すのを目にするのは珍しいことでは無い。けれど私は見慣れることができなかった。
そしてその時、私は言ってしまった。
「ねえ、どうして殺しちゃったの?」
何も考えず、ただ疑問に思った事を問いかけた。
「え? だって蚊のせいで痒くなるじゃん。こんな奴生きてる意味ないよ」
「えっ──」
私は、悲しかった。
人は蚊を害悪な存在だと認識している。確かに蚊に刺されると痒くなる。私も嫌いだ。でも、だからといって殺すのはどうなのか。
声が聞こえる私にとって、虫を殺すことは人間を殺す事と同じだった。
人間が人間を殺さないのは何故か? 相手が気に食わないからと言って、他の人間を殺す事はしないだろう。では虫は? どうして虫を殺してもいいのか。
そこにある違いは法で裁かれるか否かでしかない。所詮「生き物を殺してはいけない」ではなく、「人間を殺してはいけない」なのだ。
私は別に、生き物を殺す事全てが悪い事だと言っている訳では無い。私達人間はその命を繋ぐため、他の動植物を
私が言いたいのは、必要な殺しと不必要な殺しの違いについて。必要な殺し、これは自己矛盾を正当化するための綺麗事。そう言われてしまえばおしまいだ。
不必要な殺し。無闇に虫を殺すことがその例だ。「生命を繋ぐために殺す」と「気に入らないから殺す」。結果は同じでも、意味は全く異なることだと思う。
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別の日
「博麗が生き物の声を聞けるってホント?」
「へへ、試してみようぜ」
私の力を知り、それを面白がった一部のクラスメイトは動物を虐めるようになった。私は自分の力を隠していなかったのだ。そもそも、「聞く力」を「力」として認識していなかった。周りの人が聞こえないのは知っている。だが、私にとって普通なことを隠す必要性を感じなかった。
クラスメイトは虫などの小さい生き物から犬や猫といった、大きめの動物、植物までも虐めるようになった。
そして、私がこの力を失うきっかけが起きる。
そのクラスでは金魚を育てていた。クラスメイトは水槽の中の金魚を網ですくい、私の前にチラつかせた。
私には聞こえた。金魚の「悲鳴」が。勿論これは比喩。動物の鳴き声とは違う。イメージとしては、感じる周波数の違いで読み取るようなもの。
「酷い。なんでこんなことするの」
「お前の反応が面白いから!」
クラスメイトはそう言って、金魚を床に叩きつけた。
金魚のその後は最早語るまでもない。
私は泣いてしまった。クラスの皆で名前を決め、皆で育て、友達の一人といってもいい、大切な存在が失われたのだ。
とにかく悲しかった。小学四年生の私にはショックが大きかった。私は過呼吸を起こし、保健室に運ばれた。保健室の先生にありのままを全てうちあけた。先生は私を抱きしめ、撫でてくれた。
その日から私は、動物の声が聞こえなくなってしまった──
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「この力のせいで……私は……」
この力を隠さなかったからあの金魚は殺されたのだ。私が隠していれば、クラスメイトは金魚を殺さなかったはずだ。
「私が……殺したんだ……」
そんな力がまた戻ってしまった。聞こえるようになってしまった。今度は隠せば問題ない。それはそうだろう。けれど……私は辛い。人は動物の生命を大切にしない。そんな世界で暮らす事は余りにも辛すぎる。
──この世界なら、どうなのかな
見たところ人は外の世界程多くない。それも里に密集している。里から離れた博麗神社なら……。
──妖怪相手に情けをかけることは命取り
神谷さんは迷いの竹林で動物を沢山殺した。あの時私はとても許せなかった。
あれは、妖怪。神谷さんがあの
──分かるし、助けてくれたのは本当に感謝している
妖怪だって生き物。人間と同じ、大切な生命。それは違うのかな……。
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「霊夢、ちょっといいかな」
「ん、いいわよ。場所を変えましょうか?」
「うん」
居間で神谷さんと霊夢が話していた。神谷さんには悪いけど、今からする話は聞いて欲しくない。霊夢に私の部屋に来てもらった。
「妖怪について教えて欲しいの。妖怪も生き物なのかなって」
「生き物といえば生き物よ。人間とは根本が違うけどね。退治するって事は妖怪を消滅させる、つまり殺すことになる」
「……霊夢は、妖怪退治の専門家なんだよね?」
「そうよ。博麗の巫女だからね」
「妖怪を殺すの、怖くないの?」
「……私の場合は仕事だからね。小さい頃からそう教わってきたから何とも」
「そう……」
幻想郷では人間と妖怪は敵。敵を殺す事は普通なのだろうか。人間で言う戦争みたいな。
「あれ?」
「ん?」
「霊夢は幽々子さんと戦ったことがあるんだよね」
「ええ、よく知ってるわね」
白玉楼で直接聞いたのだ。神谷さんが寝ている間に色々教わった。この世界では度々異変が起き、それは妖怪が起こすものだと。異変を解決するため、人間は妖怪と戦う。そして、白玉楼の人達が起こした異変は霊夢達が解決したと。ならば幽々子さんは退治されていないとおかしい。
「幽々子さんを退治してないの?」
「あー、うーん。それね、面倒なのよねそういうの」
「え?」
「私は異変の主犯を懲らしめて止めたいだけ。退治となると面倒だしはっきり言ってどうでもいいの」
ええー!? そんな適当なの?
「じゃあ、霊夢は退治してないんだ」
「理性があればね。人間を襲って喰おうとするなら別。私はそれらから守らないといけない」
理性が無いものは退治するしかない。懲らしめても意味がないから。人間と妖怪、どちらかしか生きられないのならどちらを守るべきか。流石に私でも人間をとる。私が人間だから。
「神谷さんが言ってたこと、分かった気がする」
あの時の動物……妖怪は己の為に
「ねえ霊夢。私にも、霊夢みたいな力あるかな」
「…………。可能性はあるかもね。でも妖怪退治はオススメしないわよ」
「うん。しないよ。私は──」
答えは漸く見つかった。
「私は護身の為に力を付けたい。そして、霊夢みたいに使う」
「……そう、貴方は生命の尊さって奴を知っている、優しい子なのね。その答えが最善かどうかは私には分からないわよ?」
「うん。……覚悟はしてる」
私はこの世界で生きる。そして、戦う力は退治するためではなく、護身のため。可能なら退治はしない。甘い考えかもしれない。だけどこれが私にとっての均衡だ。
「わかったわ。教えるだけ教えてあげる」
「ありがとう。これから宜しくね、霊夢」
ありがとうございました。
これを書いた後、過激派動物愛護団体を思い出しました。でも彼らと霊華は違う。
霊華の生命を想う優しさが伝わったでしょうか。
さて、ここで彼女の振る舞いに矛盾を感じた人は読解力が優れているか、霊想録をよく読んでくれている方なのでしょう。
それではまた。