「ふう、こんなもんかな」
私は魔法の研究に使うキノコを採集している。背負っていた籠を下ろし、中を確認すると籠の半分ほど溜まっていた。これらは研究用なだけあって、殆どが毒キノコだ。食べるとお腹を壊すものや、聴覚が麻痺したり、幻覚を見せるようなものである。
魔法の森に暮らし始めて間もない頃はしょっちゅう腹を壊したものだ。素人が毒の有無を判断するのはなかなかに難しい。当時の失敗と図鑑のおかげで今では大分判別できるようになった。
しばらく腰を下ろして休んでいると、瞼が重くなってきた。今日はよく眠れなかった。昨晩の祐哉はどうしたのだろうか。ストレスが溜まっているのなら、近いうちに天体観測に誘ってみようか。あいつは星が好きだから、きっと喜ぶだろう。
「ん、あれは……」
ここらでは見かけない浮遊物が目の前をゆっくりと横切った。あれは今朝の彫像だろうか。サモトラケのニケにそっくりだ。
「アレがここにあるということは、祐哉も来てるのかな。探してみるか」
立ち上がった私は、スカートを叩いて埃を払った後、籠を背負って追いかける。
『瘴気感知。──解析。人体への有害成分検知。問題ありません』
『──魔力増加を確認。適応率78.856%』
話せるようになったのか。次第に成長していくとは聞いていたが、半日も経たずにここまで賢くなるものなんだな。それに、謎の瞬間移動もしなくなった。外の世界の技術──人工知能とやらを使っているという。河童に渡したら目を輝かせることだろう。
「おーい、お前。
『──クライアント不在。現在は自立稼動モードです』
「へー。それで、今何やってんだ?」
『──
「よく判らんが、賢い奴だな」
像が私に光を当てると、分析結果を喋り始めた。
「で、何をしているんだ?」
『──エネルギー量増加を確認。原理不明』
「ああ、化け物茸の胞子だな。普通の人妖には有害だが、魔法使いの魔力を高めるって代物だ」
『──
ふむ、少しはコミュニケーションを取れるようになったか。だがまだ鈍いな。別に、魔力増加するのは魔法使いだけに限った話ではない。飽くまでも一例だ。人間ならそこまで汲み取れるものだが。しかし初めてのコミュニケーションにしては上出来だ。
「判りにくいか? お前には適性があるということだよ」
『理解しました。人間、感謝します』
「魔理沙だ。お前の名前はあるのか?」
『マリサ。私に名前はありません』
名無しか。名付けてやってもいいが、それはアイツがやるべきことだ。
この様子だと祐哉とは別行動している。若しかしたら今頃探し回っているかもな。取り敢えずコイツの面倒を見てやるか。仲良くなることができれば、こいつを祐哉の下に送り返しやすくなるだろう。
流石に、今無理矢理持っていくのは危険だ。敵とみなされて攻撃されてはたまったものではない。
「そうか。ところで、そろそろ答えてくれないか」
『なんでしょう』
「今何してるんだ?」
『マリサと会話しています』
「……うん。そうだな」
そうだ。コイツは話が通じないんだった。私が聞きたいのはそういうことじゃないんだよな。魔法の森で何をしているのかを知りたい。ただ漂っていただけなのか、何か目的があったのか。機械のようなコイツが何を考えているのか興味がある。
私はできるだけ細かく説明した。
『行動目的は動力源の確保です。これ迄に様々な機能を開発し利用しました。現在のエネルギー量は904です。──残り36.16%』
「なるほどな。人間でいう食事みたいなものか。ところで、お前の動力源はなんなんだ?」
『現在は霊力と魔力です。霊力量29.26%、魔力量6.9%』
霊力と魔力、二つの力を持っている。そんな事は有り得ないと思っていたが、成程コイツは生き物ではない。物体に二つの力を込めることは可能だろうから、可笑しい事ではない。
多分霊力は祐哉が創造した時に込めたものだろう。魔力の方はこの森に入ってから得た物。
『霊力消費を抑えるため、省エネモードに切り替えます。──浮遊機能を解除します』
像は浮力を失い、柔らかい土の上に落下した。
「大丈夫か?」
『魔力増加は継続中。問題ありません』
ふむ。ここに置いて家に帰ってもいいが、それは些か酷いように感じる。会話をしたから情が移ったのかもしれない。
「……私の家に来るか?」
『そこは魔力増加が見込める場所ですか』
「増加……正確には魔力を
『──現在地:魔法の森。登録完了。──魔力量7.01。魔法の森での滞在時間は29分46秒。毎秒0.003924972004479の増加を確認しています。更に、高速学習機能を併用する事で環境適応能力が向上し、魔力増加率が上がる見込みです』
「半刻で14。一日で336。十日で3360。一ヶ月13440か。基準が判らないから多いのか少ないのかなんとも言えないが、増えている間もどんどん消費していくんだろ? 増加率が上がったところでたかが知れているんじゃないか」
『──高速学習機能を使用した場合でシミュレートしました。環境適応機能の成長見込みの演算──完了。3日経過すれば環境適応機能は完成。6時間の瘴気補給で40000の魔力を得られます。それらは、より高度な機能の開発・利用を可能とします』
これが人工知能というものか。確かさっき私を見て「魔力量38000」と言っていた。となるとあと三日でコイツの魔力量は私を超えるのだ。この成長スピードは生物では有り得ないだろう。
──あれ、祐哉は使い魔を作ったんだよな?
完全に自立している時点で使い魔の性能を凌駕している。失敗したのか?
「それ以上成長することはあるのか?」
『可能です。ですがその場合、私の器が崩れます。この器の限界量は40000です』
「もっとデカい器が必要ってことか?」
『その通りです』
ふむ。こいつのことが少しずつ分かってきたぞ。話も段々通じるようになってきた。
「家に案内するぜ。ここで放っておくのもなんか嫌だしな。何より誰かに持ってかれる心配がない」
『感謝します』
私は彫像を拾い、背負っているカゴに入れて家に持ち帰った。
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色とりどりの魔法が炸裂し、爆発音が森に響き渡る。
『魔符『スターダストレヴァリエ』の解析率100%。もう被弾はしません』
「やるなあ。本当に全く当たらないじゃないか」
家に着いてからずっと彫像と話していた。彫像が持つ機能を教えて貰い、その中に弾幕ごっこをする為の機能がある事を知った。彫像を拾ってから四日後。宣言通り十分な魔力を得たようなので、私は弾幕ごっこをしてみないかと提案した。そして今、解析機能とやらの強化に付き合っている。
「次はこれだ。恋符『マスタースパーク』!」
『──予告線確認。数秒後に実光線が放たれることが予想されます』
レーザービームを使う時は大抵予告線が使われる。光速で放たれる光を予測して避けることが困難だから先にイミテーションの光を当てて、予告するという訳だ。
予告されているのなら避けることも容易い。だがマスタースパークはかなり太いのに加え、角度を変える事で広範囲を狙うスペルカードだ。それだけではない。大きめの星型弾幕を使うことで相手を追い詰めるのだ。
彫像は初見でマスタースパークの範囲を予想し、見事に躱している。始めて間もない頃は普通の弾幕すら避けられていなかったが、半刻程経った今では初見の弾も躱せている。
『──弾幕制御機能、起動』
遂に弾幕を避けながら攻撃してくるようになったか。これはもう
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「……気のせいかしら」
彫像は祐哉が破壊した。スターバーストに呑まれるところを確かにこの目で見た。だと言うのに、モヤモヤして落ち着かない。ビームが発射されてから避けることは基本的に不可能だ。
可能な例は、祐哉のように特殊な道具を使う方法か咲夜の時間停止、紫のスキマを使った回避くらいだろう。前者二つは彫像にはできない。ならば後者だろうか。テレポートができたはず。境内で実験していた時見せた謎の高速移動。祐哉はアレをテレポートだと言っていた。つまり、彫像は後者の避け方が可能ということ。
「あの時避けていた可能性は充分あるということね」
そして私のモヤモヤ感は気のせいではないのだろう。私の勘はよく当たる。彫像はまだ壊れていないのだ。彫像がいるであろう方向は何となく予想がつく。まあ彼処なら大丈夫だと思う。小腹も空いてきたし、さっさと里に行こう。
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「いらっしゃいませ! 2名様ですか? 奥の席へどうぞ!」
店に入ると直ぐに若い女性が話しかけてきた。手で人数を伝え、案内された席へ向かい、靴を脱いで藍色の座布団の上に座る。壁に使われているダークオークと天井から吊るされたランプが落ち着いた雰囲気を生み出している。
「霊夢は一体どうしたんでしょうか」
「なんとなく変だったよね」
彫像を倒した後、俺たちは里の甘味処でお茶することになった。面倒事に巻き込んでしまったお詫びになにか好きなものを奢ると言うと、霊夢がここに来たいと言ったのだ。だが、今は霊夢と別行動している。なんでも、店に行く前にやりたい事があるらしく、先に行って欲しいと頼まれた。用事があるなら終わるまで待っていると言ったが、「すぐに行くから」と言い、追い出されてしまった。仕方ないので霊華と二人で先に店に向かうのだった。
先程の女性が新しい客を案内している。接客を楽しんでいそうな表情は、
俺は接客のどこが楽しいのかわからない。言葉が通じない、文字を読まない、自分勝手でワガママ。あんな奴らを相手にして笑っていられるなんて正気じゃない。『お客様は神様』という言葉が嫌いだ。この言葉を口にする客は皆厄病神だと思う。八百万の神と言うくらいだから、程度の低い神がいてもおかしくはないだろう。だがもし自分を高貴な神だと思っているのなら、自惚れも甚だしい。
……と、流石に店に入って何も頼まないの訳にもいかない。霊夢はまだ来ないが、先に何か注文することにしよう。
「ささ、好きなもの選んで」
「本当にいいんですか?」
「博麗さんには迷惑かけちゃったしね……。俺がミスしなければ彫像に襲われることもなかったし」
「大丈夫です。守ってくれたじゃないですか。すごく嬉しかったですよ」
そう、今回は守ることができたんだ。とは言っても、襲われた原因が俺にあるのだから、感謝されることではない。当たり前のこと。寧ろ巻き込んだ時点でダメだろう。次に創造するときはきちんと対策をしなければならない。
「とにかく、今日は奢るんで遠慮しなくていいよ」
お品書きを彼女に渡す。彼女は会釈をして受け取りしばらく眺めた後、テーブルの真ん中に置いた。俺にも見えるように配慮してくれたようだ。
「なんか珈琲飲みたくなってきたなあ」
「えぇ……ここは日本茶しかないんじゃ……。そういえば、ここに来る途中にカフェを見かけましたよ」
行けば? と言うように苦笑いする霊華。いや、行きませんけども。待ち合わせ中に勝手な動きをするとか協調性皆無じゃないですか。
「あれ? 神谷さん、この『もちもち冷凍大福』ってなんだと思いますか」
「冷凍……? もちもち……『お〜もち も〜ちもち──」
「「──雪見だいふく!?」」
冷凍と聞き、ぱっと思いついたのはそう、みんな大好き雪見だいふくだった。
「マジで? 幻想郷にあるの?」
「気になりますね。私これにしようかな」
「俺も食べる。──すみませーん!」
注文し、二人でワクワクしながら待つこと五分。遂に『もちもち冷凍大福』が姿を現した。
「お待たせしました。もちもち冷凍大福でございます」
「「おおー!」」
「
「はい。このメニューを考えた者がどうしても2つにしたいと言ってまして……。当店の数量限定大人気メニューです。ごゆっくりお召し上がりください」
もちもち冷凍大福はお皿の上に2つ乗っていた。早速
──冷たい!
いや、冷凍なのだから当たり前だがそんな事よりも……
「わあ、これ、雪見だいふくですよ!」
「ちゃんとアイス入ってるね。感激」
もちもち冷凍大福は雪見だいふくだった。幻想郷で食べることができるとは思わなかった。懐かしの雪見はとても美味しく感じられた。
「ん〜美味しい!」
彼女は黒文字で綺麗に4分割して食べている。食べ方に性格が出ているな。俺は面倒だから齧ってしまった。反省しよう。嬉しそうに食べる彼女を見ていると、その後ろに現れた客に目がいった。あの紅白巫女服はとても目立つので嫌でも目がいってしまう。
「お待たせ……あら。美味しそうなもの食べてるわね」
「あ、霊夢。ごめんね、先に食べちゃった。1個あげる。ほら、口開けて」
「ん? あーん」
霊華はやってきたばかりの霊夢に大福を食べさせた。あらあら。仲のよろしいことで。目の前で見ると、まるで姉妹が分けあって食べているように見える。……本当に姉妹だったりしてな。
霊夢はしばらく咀嚼した後フリーズした。驚いた表情をしているところから察するに、雪見だいふくを食べたには初めてのようだ。まさか大福が冷たいとは思わなかったのだろう。それに、中に入ってるのは餡子ではない。初見の人を驚かせる要素がたっぷりである。
「ん……ホントだ。美味しいわ」
「ね〜」
二人は楽しそうに笑っている。んー、なんだろう。遠くから見守りたい、この笑顔。
楽しそうなところを見るとこちらも笑顔になる。
「そういえば霊夢は何してたの? 何かやりたいことがあるって言ってたけど」
「あー、別に、大したことじゃないわよ。そんなことより祐哉、本当に奢ってくれるのよね?」
「うん。好きなものを選んでよ」
「霊華、今度は私のを半分個しようよ」
「わー、ありがとう!」
その日、俺の財布が瀕死まで追い込まれたのだが、それはまた別のお話。
ありがとうございました。
彫像編はおそらく次で終わりです。