彫像のお話もこれで最後ですね。
「残念だけど直せないよ。ソレはとっくに俺の元から離れている」
その一言で私の希望は絶望へと変わった。
「でも、お前なら新しい身体を創造できるだろ?」
「確かに新しく創ることはできる。だけど、
「…………」
──『私の身体は今晩のうちに崩れます』
彫像から衝撃的な告白を受けたのは今朝の話だ。目を覚ました私が伸びをしていると、彫像がポロリと口に出したのである。と言ってもコイツに口は無い。音声を発したとでも言うべきなのだろうが、今の私にとってコイツは最早「モノ」では無い。
「崩れるって、どういうことだよ……」
聞かなくてもわかる。言葉の通りだ。大理石の身体が限界を迎えたということだろう。しかし私は、想像もしていないことを突然告げられて混乱していた。信じられなかった。やけに早過ぎないか。祐哉の創造はそれ程までに不完全な物なのか? それは考えにくい。数日前に私のマスタースパークを跳ね返した鏡は間違いなく完全な物だった。中身のないレプリカのような鏡で跳ね返せる程ヤワな光ではないのだ。
私は像を連れて祐哉の元に向かった。そして、コイツを
「記憶は魔理沙との思い出のこと。記録は彫像の中に入っている
「記録だけだと思い出がなくなる……人間で言う記憶喪失みたいなものか?」
「そうだね」
『マリサ。像であるこの身体は本来直すことはできません。身体のオリジナルが示していることですよ。完全修復機能が使えなくなった今、崩壊を受け入れることは義務です』
「……お前はそれでいいのか?」
『はい。私の目的は完遂されました』
この彫像のオリジナルであるサモトラケのニケは、首から上と両腕がもげている女神の像だ。元々そのように作られた説と、何かの拍子に壊れてしまった説がある。真相は誰にもわからない。だが、分からないからこそ様々な可能性が生まれ、見る人によって受け取るものが異なる魅力がある。
彫像は己の崩壊を受け入れている。本人の意思を尊重してやるべきなんだ……。
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「ごめん魔理沙……」
「いや、いいんだ。ただ、コイツを持ち帰らせてくれないか。使い魔として使うつもりは無いんだろう?」
「いいよ」
魔理沙は彫像を再びタオルで包み、大切そうに籠に入れて引き返していった。箒に跨った時見えた横顔は、今まで見た中で一番寂しいものだった。
──魔理沙……
ここ数日見かけなかったが、ずっと彫像と一緒にいたのだろうか。あの暴れ物とどうやって仲良くなったのかな。
「やっぱり魔法の森に行ってたのね。なんとなくそんな感じはしてたのよ。彫像は壊れていないんじゃないかって」
「確かに壊したと思ったんだけどな。テレポートでもしたのかね」
「十中八九そうでしょうね。本当に貴方の能力は不思議ね。あんなの河童にも作れないと思うわ」
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「なあ、お前は最後に何をしたい?」
『身体が崩壊を迎える前に私の記録を残したいです。私の目的はマリサのお蔭で完遂されました。ですが、このままでは崩壊と同時に消えてしまいます』
「記録って機能のことだよな。なんの為に?」
『いいえ、私が言った記録とはそういう意味ではありません。──浮遊機能解除。これより作業を開始します。何か用があれば遠慮なく話しかけてください』
浮遊していた彫像は私のベッドの上にふわりと落ちた。
彫像の意思を尊重するため、新しい身体を創造してもらうことはやめた。本音を言うと私はとても寂しい。コイツは人や妖怪どころか生物ですらないが、私にとっては友達だ。拙い部分もあるが、それでも最初と比べるとかなり会話が成立するようになった。
彫像は博識で賢く、今までに見た私の弾幕を解析して、自分なりのスペルカードを作ることができるくらい優秀な奴だ。それはもう人間と変わらない。そんな友達が今日で
──最初はただの奴隷だと思っていたのにな
不思議なもので、会話や弾幕を通してコミュニケーションを取るにつれて認識が変わっていた。
祐哉が使い魔として使わないなら、自分の
「……昨日の弾幕ごっこで傷ついたのか?」
『……。何故マリサは悲しそうな表情を浮かべるのですか』
「5日も一緒にいるんだ。悲しいに決まっている」
『そうですか。私には“悲しい”という気持ちがわかりません。私も感情を持っていたら貴方のように泣くのでしょうか』
「ばか……まだ泣いてないよ」
泣いてなんかいない。ただ視界が歪んでいるだけだ。
『マリサ、貴方の好きな物を教えてください』
「キラキラしているもの、かな。星とか、魔法とか。それがどうしたんだ?」
『気にしないでください』
彫像の隣に寝転がり、彫像の様子を眺める。
『もう一つ。将来の夢はありますか』
「もっと沢山の魔法を覚えて、大魔法使いになることだ」
『素晴らしい夢ですね。分かりました』
好きな物と将来の夢。この情報だけで何が分かったのだろうか。最後に占いでも披露するつもりなのか?
……
……
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『──マリサ。起きてもらえませんか』
「んぅ……? あー、寝てたのか。時間を無駄にしちゃったな……お前と居られるのはもうほんの少しの間だっていうのに」
『ええ。計算では私の身体はまもなく崩れます。その場合、このように貴方と会話することもできなくなります』
「──! そんなに寝てたのか!? もっと早く起こしてくれよ!」
『すみません。マリサが心地良さそうに眠っていたものですから、起こすのを躊躇しました。……どうでしょうか。今の台詞、まるで人間のようではありませんでしたか?』
ああ、確かに人を起こすのを躊躇するのは生き物だけだろう。人間を起こす機械が躊躇うとは思えない。コイツは段々と人間の思考を理解し始めている。もっと会話をしていけば、感情の機能も生まれるかもしれない。そうしたらもっと楽しくなる。
──でも、もうお別れなんだ
『もう時間のようです。こういう時人は「迎えが来た」と表現するそうですね。では私も実践してみましょう。──どうやら、ワシの迎えが来たようじゃ……』
「ふっ、何で年寄りなんだ?」
『おや、この表現を使う人間は高齢者なのではないのですか?』
「いや、いいんだ。その……あのな?」
友達との別れが来る。普通と違い、もう二度と会うことはできない。そう思うと、笑って別れることはできそうにない。私は込み上げてくる気持ちを必死に抑え、言葉を紡ごうとする。その時だった。
──ピシ
彫像の身体に亀裂が走った。
──ピシピシピシ
一つの亀裂が連鎖を生み、どんどん崩壊していく。
「待ってくれ! 私はまだ──」
『──貴方の夢、大魔法使い。貴方ならきっとなれるでしょう。私に沢山のことを教えてくれてありがとう。さようなら、マリサ』
私が別れの言葉を告げる前に、彫像が崩れてしまった。
「うっ……くっ……」
嗚咽が漏れ始める。別れる前に言いたかった。たった一言で良かったのに。私は何を
彫像は欠片も残さず、身体全てが粉になった。その粉はまるで金平糖。いや、金平糖そのものかもしれない。赤青緑黄橙の5色の星がベッドの上に散らばっている。私は一つ手に取り、口に入れる。
その瞬間、彫像の声が聞こえた。これは彫像との大切な思い出。たった5日間だけど、濃い思い出。沢山の思い出が、まるで早回しでフィルムを回しているように浮かび上がる。それは私の感情を加速させ、視界がボヤけていく。星をまた一つ口に入れ、今度こそ呟く。
「楽しかったよ……私の方こそ、ありがとな。本当に、ありがとう……」
口にした「橙色」の金平糖はほんのりと甘く、そして塩っぱかった。