「はぁ、はぁ……くそ」
「勝つ気あるのかい?」
「あるに決まっているさ。一度でも勝てば勝ちは勝ちなんだから。回数を重ねる」
「闇雲に戦う前に修行の一つでもしたらどう? まあ、この前よりは良かったよ。また来な」
太陽が沈み、夜になった今俺がいるのは博麗神社ではなく、迷いの竹林だ。パチュリーとともに新スペルカード作成に励んでいるとレミリアに指示された。「これから毎日妹紅と戦いなさい」と言うのだ。勝てるわけがないと反論しかけたが、吸血鬼であるレミリアのことだ。人間には思いつかない高度な考えがあるのかも知れないと思ったので従った。そして今日の勝敗の行方は語るまでも無い。
暫くは勝ちに行くというよりも、戦闘経験を得ることが目的だ。幾ら高等な策を練ったところで、実行することができないのでは話にならない。実行するには苛烈な攻めに対応しつつ自在に創造する技術が必要なのだ。この技術を得るには実戦が最も有効だ。
「明日また来ます。時間は今日と同じ……良かったら相手してください」
妹紅に一礼して竹林を去る。幻想郷の夜は完全な闇だ。里に行けば多少の灯りはあるかも知れないが、それより外は妖怪のテリトリー。いつ襲われるかわからない。
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今日は妖怪に会わずに神社に戻れた。まぁ、襲われても構わないが。スターバーストを打ち込むだけである。……脳筋すぎねーか俺?
「ただいま……」
「おかえ──大丈夫!? 妖怪に襲われたの?」
「いや──」
「だ、大丈夫ですか? ちゃんと腕ついてますか? 足は?」
「あの──」
「服とかボロボロじゃない!」
は、話を聞いてくれ。居間で夕飯を食べていた二人は俺に気づいた瞬間飛ぶようにやってきた。そして俺の体のあちこちを触って四肢があるか確認しているようだ。
──可愛い子にあちこち弄られるのはなかなか良いものだなぁ
いけない。変態か俺は! 否! 否! 俺はただの健全な男子高校生だ!
冗談はさておき、心配してもらえるのは幸せなことだ。そう言う意味で嬉しい。
「二人とも、落ち着いて? 俺は疲れてるけど元気だから。ね?」
「矛盾しているじゃない。なんともないなら先にお風呂入っておいで」
「うん」
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「レミリアったら随分無茶させるのね。どう考えても勝てるわけないじゃないの」
「妹紅さんの霊力は霊夢と同じくらい強かった気がするし、凄い人なんだよね」
「大妖怪並に生きてるんじゃない?」
俺がボロボロな状態で帰ってきた経緯を話すと、霊夢に呆れられてしまう。
「2週間後には勝てると思うよ」
「……へえ? 使い魔を完成させただけで敵う相手じゃないと思うけど。あいつ、普通に強いわよ」
霊夢が認める強さ。これは俄然やる気が湧いてきたぞ。そんなに強い人に勝てたら凄いじゃないか。
「まあ見ててよ。じゃ明日も早いんで寝ます。おやすみ」
手を振って居間を出る。大丈夫だ。俺の計画は完璧。紅魔館の人達の力を借りれば妹紅を完封できるはずだ。
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「そうそう、その調子です。……少し休憩しましょうか」
今日から美鈴に近接戦闘の稽古に付き合ってもらえることになった。レミリアによると、妹紅と戦うには多少の体術を覚えた方がいいらしい。二回戦ってまだ一度も殴り合いになったことは無いのだが、勝負がヒートアップしてくると拳を交じ合わせることもあるとか。
実はさっき咲夜と模擬戦をした。結果が気になりますか? へへっ、聞いて驚くなよ? そりゃもう見事に瞬殺しましたよ。
──
──
咲夜曰く能力は使っていないとのことだが、それでも秒で負ける始末だ。情けない……。嗚呼、なんで俺は外の世界で喧嘩してこなかったんだろうな。やんちゃじゃないからだろうなぁ……。
それに外の世界にとって武力は罪だった。身につけたところで発揮する機会がない。殴り合う事なんて全くなかった。
ところが幻想郷は弱肉強食。大人しく里で暮らしていれば妖怪に食われることもないだろうが、俺の場合自ら妖怪に会いに行こうとしている。もしかしたら余興で戦うことになるかもしれない。そう考えると戦闘力が必要だ。
という訳で俺はレミリアに頼み込み、門番の美鈴を貸してもらった。レミリアは元々そのつもりだったようで快く承諾してくれた。
「すみません、門番のお仕事中なのに無理を言って……」
「いえいえ、大丈夫ですよ。お嬢様の命令ですし、私も退屈していましたからね」
何せお客様が少ないので……と笑う美鈴。
紅美鈴は紅魔館の門番を任されている。妖術は使わないが何かしらの武術に長けており、弱点もなくかなり強い妖怪だ。真偽は不明だが太極拳だという噂を聞いた。まあ俺は太極拳がどんなものか知らないし聞く気もない。
因みに実力だが、格闘で美鈴を倒す事は不可能と言っても過言ではないほどの達人だ。そんな人に協力してもらえるなんて幸せ過ぎる。今度差し入れを持ってこよう。
「紅魔館の皆さんには、本当に感謝しています。最初に来た時は生きて帰れないと思いましたけど」
「あはは、不法侵入なら兎も角お客様が喰われるなんて事はありませんよ」
「不法侵入を許した時の罰ってあるんですか?」
「私が寝ている間に入られて食事抜きを食らったことが………………1534回」
「へぁっ!? 桁おかしくないっすか!?」
予想以上にやらかしてるなこの人。さっきお客様来ないって言ってなかったっけ?
「そのうち殆どが白黒魔法使いですね。彼女の不法侵入を許すと咲夜さんのナイフが飛んでくるんですよ~」
ですよ~って笑って済ませる貴方は何者なんだ。流石妖怪だな。肉体強いもんね! ……そういう問題なのかな?
「流石魔理沙。『盗んでない。借りてるだけだ』とか言って本をパクるんですよね。知ってます」
「知り合いですか?」
「最高の友達です。弾幕の師匠でもありますよ。俺のスペルカードも魔理沙の影響を受けています」
「そうなんですね。いつか手合せをお願いします」
「是非。頑張って強くなりますよ!」
「その意気です!」
この日は一日中美鈴に稽古をつけてもらった。彼女の攻撃を躱し、時には捌いて反撃する。防御から攻めへの切り替えをスムーズに行えるようにするのが目的だ。
妹紅と戦ったことがある咲夜によると、彼女は炎を纏った状態で物理攻撃をしてくるらしい。拳に炎を纏わせてパンチや蹴りをする。マガジンの某漫画を見ていたから簡単にイメージが湧く。
能力を使っていない咲夜に瞬殺された俺が、短時間で妹紅と殴り会えるようになるのは厳しい。であるならば攻撃を流す技術を得た方が早い。
取り敢えず今日一日でイメージは掴めた。明日も頑張ろう。
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「た、ただいま……」
「おかえり。まーたボロボロじゃない。まるで寺子屋に通う学童よ」
「泥まみれになるまで遊んでくる子供……ふむ。なるほど?」
「納得しないでよ博麗さん! 俺泣いちゃう。遊んできたわけじゃないのに……」
今日も妹紅との戦いで服がボロボロになってしまった。弾幕ごっこはなかなかハードなもので、弾に掠ってばかりいるとこうなる。
だがあの弾幕にも慣れてきた。最初は飛んでくる火球が怖くてまともに動けなかったが、気にせず本来の動きができるようになった。
──もう火傷はウンザリだ。
「丁度今からお風呂に入ろうと思っていたんだけど……一緒に入る?」
「えっ? へ? い、いやいやいや、そんな、待ってるから入ってきていいよ」
「ふふ、乙女みたいな反応するのね。まあもし入るって言ってきたら夢想封印したけど」
「じゃあ何で誘ったのさ!?」
っぶねぇ。なんてことするんだ。俺がヘタレで良かった! 自覚してるんだよちくせう。
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「銀符『シルバーバウンド』」
力強く放たれたナイフが壁や地面に反射して飛んでくる。数こそ少ないものの、全てが跳弾なので避けるのは神経を使う。
──このナイフ高そうだなぁ
跳弾を避けながら呑気なことを考えることができるのも修行の成果だろう。
「簡単すぎましたか?」
「慣れてきました」
「では少し
咲夜が投擲したナイフはたったの一丁。避けることは容易く、そのまま彼女に近づいて刀で斬りかかろうとする。
すると──
「ああ、気を受けてください。ricochetは跳ね飛ぶという意味です」
一本のナイフは目にも留まらぬ速さで跳飛する。
ルミネスリコシェの符名は「速」。なるほど、ナイフの時間を加速させているのか。目で捉えて避けることは到底できない。ならば見えるようにするだけのこと。
「──創造」
ルミネスリコシェの攻略に成功した。
「動体視力が優れていますね。妖夢とそっくりな攻略法です。霊夢は感覚、魔理沙はゴリ押しで対応していましたよ」
「最初は反射角を計算しようと思いましたけど、間に合わないと思って目に頼りました」
ゴリ押しって……魔理沙はちゃんと避けられるのか?
「……いつの間に
「ついさっき、ルミネスリコシェを躱した時に」
「お洒落する余裕があったのですね。もう少し本気で行きましょう」
「いや、違──」
「──傷魂『ソウルスカルプチュア』!」
咲夜は両手にナイフを持ち、物凄い速さで俺を切り刻みにかかる。
──速すぎる!
咄嗟に地面を蹴り距離を取るも斬撃が飛んでくる。その斬撃を紙一重で躱しつつ、創造した刀を投げつける。だがその反撃も虚しく散った。
「良く避けましたね。大分近接戦闘に慣れてきた様子。美鈴の教え方が上手なのかしら」
「ええ、それもそうなんですけど、秘密はこの眼鏡にあるんですよ。一回その赤い目を元に戻してもらえませんか!?」
ソウルスカルプチュアを使い始めてから咲夜の目が赤色に変化した。理屈は分からない。時間を止めてカラコンを入れたのだろうか。……流石にそうではないだろう。俺の予想では能力で自身の時間を加速させている時に変化する。
実際、先程の彼女の動きは最早人が動ける速さではなかった。自身の時間を加速させているとしたら納得がいく。
目の色が変わる条件が能力の発動だけならば、先のルミネスリコシェ使用時にも赤くなるはずなのだ。だがあの時は赤くなかった。
尤も、これは憶測に過ぎない。本人に尋ねても無意味だろう。昨日の訓練後に能力について質問したらはぐらかされてしまったのだ。
「この眼鏡には、かけた者の動体視力を強化する力を付与しました」
「なるほど。狡いですね」
「いやいや、どう考えても時間操作の方が狡いですって!」
俺の能力も中々にチートだと思うが、咲夜と比べたらなんてこともない。だって、時間を止めている間になんでもできるじゃん。俺にはそんなことできないよ?
「そうでしょうか。やろうと思えば貴方も時間を止められるのではありませんか?」
「どうですかね……やってみます」
創造するのは『時間を止められる懐中時計』にしよう。
目を閉じて懐中時計をイメージする。そして物体に時間停止能力を付与して完成。言葉で表すと簡単だが、実際にやるにはかなりの集中力を使う。色々作ると酷い頭痛に襲われたり、異常な眠気に包まれる。
「よし。──うぁ……」
俺の右手に懐中時計が生まれるのと同時に
「──! 大丈夫ですか?」
「はぁ、はぁ……」
──気持ち悪い
聴覚も乱れてしまったようだ。咲夜の声ががぐちゃぐちゃになって聞こえてくる。目を閉じて息を整えること五分。目眩も治まったのでゆっくりと身体を起こす。
「……すみません……もう、大丈夫です」
肩で息をして呼吸を整えているとある事に気づく。
──霊力がかなり無くなってる
満タン近くあった霊力が
付与する力と霊力消費量について研究する必要があるな。今回の件で大分怖くなったが。
「ふふ……いいね、面白いじゃないか。研究し尽くして必ず使いこなしてみせる」
「……その時計が時間を止める力を持っているのですね」
「はい。早速どんなものか試してみましょう。──ザ・ワールド!! 時よ止まれぇぇぇ!!」
ブゥゥンと言う音と共に世界がモノクロになった。
「できた……? 本当に?」
俺以外のものは動いていない。試しに咲夜の目の前で手を振ってみても全く反応を示さない。本当に止まってしまったようだ。音もなく暗い、寂しい世界だ。
「──てか待って、時計が壊れちゃった! どうやって元に戻すの!? 咲夜さん助けて!! いやだ! このまま俺しかいない世界なんて──」
モノクロの世界は元の色を取り戻した。
「──嫌だァァァー!!」
「急に叫んでどうしました? ああ、時間を止められたのですね」
「はぁ、はぁ……二度とやりません。怖すぎる」
『そして時は動き出す』とかドヤ顔決めて言ってみたかったが、トラウマになってしまった。自分しか居ない世界という物は想像以上に恐ろしいものだった。
アレだけの代償を支払ってほんの数秒しか止められない。なんて割に合わないのだろう。
俺はもう二度と時間を止めないと誓った……。
ありがとうございました。
今回は殴り合いになった時のための訓練回でした。
最後の時止めはオマケです。創造の能力は能力単品で見ると化け物チート能力ですが、使用者が普通の人間だと最大限に使いこなすことができないイメージです。力の9割を消費して2.3秒間時間を止めても仕方ないですよね……。
時間止めまくって無双するなんてことにはならないので安心してください。