楽しんでいってください
#31「ゆったりまったりのんびり」
「まさか昼まで寝るとは思わなかった」
「それだけ疲れていたんですよ」
紅魔館でパーティーが行われた翌日。俺は昼過ぎまで爆睡してしまった。目を覚まして時計を見たら二時頃で非常に焦った。起きてからの第一声は「マジかよ……」である。その後は風呂に一時間ほど湯に浸かり、疲れを取った。そのおかげで完全回復だ。
風呂から上がった俺は霊夢達がいる居間に行き、伸びてきた髪をタオルで拭いているところだ。
「早速永遠亭に向かうの?」
「いや、今日は行かない。明日行くよ。博麗さんもよかったらどう?」
「えっ、いいんですか? 行きたいです!」
「今度こそ邪魔は入らないだろうから、安心だね」
今回は頼りになるインストラクターさんがいるから、竹妖怪が出てきてもノープロブレム。
「いつも思うけどその呼び方慣れないわね」
「そう? 私は慣れているけど……」
「まあ、同じ名字だとこうなるよね。林さんとか、森田さんとか福島さんとかがクラスに何人もいると混乱する」
「あるあるですね!」
田中さんとか斉藤さんとか。男女で分かれていれば、君付けやさん付けで呼べるからマシだが今回のようなケースはなかなか面倒である。博麗さんが二人いて、どちらも女性なのだ。
「霊夢は霊夢って呼ぶし気にしないでよ。ていうか、霊夢と霊華って呼ぶほうが紛らわしくない?」
「うーん、まあそうね」
クラスに悠太という人がいたとき困った。俺の名前と一文字違いで音も同じだからである。まあ、俺のことを下の名前で呼んでくれる人はいなかったが……。
霊夢は納得したように頷いてお茶を啜る。俺は炬燵机の上に置かれている蜜柑に手を伸ばし、コロコロと転がして遊ぶ。蜜柑を握ってから食べる人がいるけどあれは何なのかね。おいしくなるのだろうか。それとも、皮をむきやすくなるとか?
そんなどうでもいいことを考えていると霊華が話しかけてくる。
「永遠亭ってどんなところなんですか? いかにも食事処って感じがしますけど」
「わかるわかる。安楽亭的な雰囲気感じるよね。和食料理店と予想。うどん食べたいな」
「明日はお腹を空かせてから行きましょうか」
「いや、あそこはただの屋敷よ。診療所もやっているけれど、ご飯は出ないわ。出たとしてもお餅か筍づくしじゃない?」
知 っ て た。勿論俺は知っていたが話の流れでついうどんを食べる流れになってしまった。霊夢に真実を告げられた霊華は少し残念そうにしている。うどん食べたかったのかな? 里に店があった気がするし誘ってみようかな。
「じゃあ、一体何をしに?」
「聖地巡礼? ウサギJKとかぐや姫に会いに行くのさ」
「かぐや姫。また光っている竹を切るんですか? でもあそこの竹は妖怪の体らしいですし、気が進まないです」
「いや、アレは冗談のつもりで言ったんだけど……」
そういえばそんなことも言ったな。「かぐや姫が出てくるよ」と適当に言ったアレ。あの妖怪は光っている竹を切った瞬間に襲ってきたな。あの竹が彼女の核なのだろうか。でもなあ、あの光る竹はアイツ自身が破壊していた。よくわからないな。
「輝夜なら普通に屋敷にいるわよ。会えるかはわからないけど」
「かぐや姫……。綺麗なんだろうなぁ。私も会いたい」
「なら永琳に気に入られて紹介してもらうことね。手土産に蓬莱の珠の枝でも持っていったら?」
と言う霊夢。蓬莱の珠の枝って、竹取物語に出てきた架空の物だよな。輝夜姫が自分に求婚してきた人を遠回しにフルために与えた難題のひとつに、「蓬莱の珠の枝を持ってくる」という物がある。それを持ってくることができたら結婚してもいいと言うのだ。
──よりによって蓬莱の珠の枝か。妹紅には見せられないな。いや、そもそもだ。
「はは、辞めておくよ。俺はレプリカで騙し墜すようなクズじゃあない」
「あら。
「どうかな? 道徳性を排除して考えたとしても流石にバレるだろ。確かあの人は本物の蓬莱の珠の枝を持っているから。そしてもう一度言うけど俺はそんな事したくない」
本物を知らない俺が空想のデータを元に創造したところで、本物を持つ彼女にはバレてしまう。
「貴方の志は分かったわ。ここから先は暇潰し。
「……なるほど」
蓬莱の珠の枝が偽物だとバレたのには確かな理由がある。諸説あるかもしれないが、俺が聞いた話では藤原不比等が偽物を作らせた者に報酬を払っておらず、そのことをかぐや姫の目の前でバラされたことが原因だった。輝夜が見破ったのではなく、暴露されたのだ。つまり、職人が現場に現れなければ輝夜は見破ることができなかったかもしれない。
俺は盆に乗っている急須を手に取り、棚から持ってきた湯呑みにお茶を注ぐ。
前に湯呑みを創造したことがあるのだが、周りの反応が良くなかった。「うわあ、湯呑みくらい持ってくればいいのに……そんなに面倒臭いの?」みたいな視線を
──む。お湯が無くなってしまった。
「お湯沸かしてきますね」
「ああ、ありがとう」
霊華は急須を持って台所へ行った。俺は一口分のお茶を流し込んで喉を潤し、議論の続きをする。
「幻想郷にいる輝夜は他に何の宝を持っているの?」
「んー、うーん? 思い返してみると結構持っていたわね。もしかして難題の物全部持っているのかな?」
「あらら。それじゃあどうやったってバレるぞ」
「それなら、創造すればいいのよ。本当の意味でね。貴方の能力は架空の存在をうみだすことができる。つまりね、貴方は輝夜に求婚すれば確実に成功するのよ。輝夜も可哀想ね」
ふうむ。なるほどね。確かに可哀想だ。あちらは結婚したくないから断る為に存在しない物を要求するのに、その場で生み出されてしまうのだから。
「……どうしても結婚したくないなら断ればいいんじゃない? 普通にさ」
「そう? 自分で「○○を持ってくることができたら結婚します」って言ったのだから、言い逃れはできないと思うわ」
「気になるなら霊夢。行っておいでよ。難題の詳細を教えてくれたら作るからさ」
「嫌よ。私がやったら唯のイタズラじゃない。男である貴方が行くべきよ。大丈夫。美人なのは確かだから損はしないわ」
「俺がやってもイタズラだろ! 何? そんなに俺を結婚させたいの? まるで孫の顔を見たがる親みたいだ」
結局霊夢が何を言いたいのかわからない。暇潰しと言っていたから、ジョークなんだろうがいい加減しつこいというものだ。能力で作成するって結局偽物と同じだろう。藤原不比等の失敗から一歩も進んじゃあいない。
話がヒートアップしてきた。台所から戻ってきた霊華はちょっと気まずそうに座布団の上に正座する。俺と霊夢の様子を観察しているのがわかる。大丈夫。喧嘩しているわけじゃないよ。
「いいじゃない。孫。……いや、子供か。……見せてよ」
「言ってる事が同い年の台詞じゃねぇよ……。もう何か、お母さんだよね」
霊夢と魔理沙は多分俺と同い年、17歳である。「多分」というのは、二人とも正確に年齢を把握していないため正確性に欠けるからである。
これから霊夢のこと「お袋」って呼んでやろうか。あー、でもなあ。霊夢が身内なら母より嫁か妹がいいな。
「じゃあ祐哉。
「ひゃうっ!? わ、私?」
「ちょっと待て!? 待て待て。落ち着け霊夢。何故そこで博麗さんを巻き込む?? 割とセクハラ発言違います?」
「せくはら?」
唐突な流れ弾に当たった霊華は噎せて咳き込んでいる。どうしてこういう時に限ってお茶を飲んでいたのだろう。吹かないように頑張った結果大分苦しそうである。俺は彼女の背中をトントンと軽く叩いて助けようとする。
そしてこの世界にセクハラという単語がないことが分かった。随分と平和ですね。
「全く。これじゃ完全にお袋だよ」
「誰がお袋よ! 私はお義母さんでしょ!?」
「おいおい困るぜ? お
「ふふっ」
「もう、喧嘩しているのかと思ったら急にお飯事に巻き込まれて大変ですよ……」
あ、やっぱ喧嘩していると思ってたんだ。いやぁ何か、こういうくだらない話で盛り上がるのって楽しいな。気づいたら三人とも笑顔になっている。とても幸せなひと時だ。
「二人がくっつくのを楽しみにしているわ」
「れ、霊夢!?」
「おーい、本当に
「ふふふ、この前のお返しなんだからね。楽しいわ」
この前? もしかして──
「ああ、霊夢は神谷君に告白されたと思ったんだっけ」
「──! だから違うって言ってるでしょ!」
そんなことを言う霊夢だが嘘っぽい。だって顔真っ赤だしヤケに必死だし。ニヤニヤしながら霊夢を見ていると霊華に服を引っ張られた。なんだろうと彼女を見ると、目で何かを訴えてきた。ああなるほど。
「……好きだよ、霊夢」
「なっ!? 何言ってんのよ!?」
「んもう霊夢ったら照れちゃってぇ」
「霊華!?」
「ふふ……はははは!!」
「ふふっ楽しいですね神谷君」
無事二人で霊夢に仕返しすることに成功した。友達と騒ぐのは本当に楽しいものだ。
ありがとうございました。
偶にはこういう平和な回もいいですね。