「あ、あの、レミリアさんは助かりますか?」
「半日もすれば全回復するわ。……というか、貴方がやっておいて何言ってるのよ?」
咲夜の降参を受けた俺は警戒しつつゆっくりと部屋に入った。
レミリアは寝ていた。漫画のように目がバツになって「きゅ〜」と言って倒れている人を見たのは初めてだ。……若しかしたら、「きゅ〜」ではなく「う〜」だったかもしれない。
「お、俺は悪くないですよ。大切な人を人質に取ったりするからだ! 流石に許せません」
「ええ、それに関しては何も言い返せないわ。今回はお嬢様が悪い」
「立場的にカバーしたほうがいいんじゃないんですか?」
「そうは言ってもねえ……」
咲夜が打ち合わせしていた時の事を話してくれた。
レミリアは俺達が竹林異変を解決する様を見てから、俺と戦いたいと言い出したらしい。興味を持たれたことを喜ぶべきなのかもしれないが、相手が相手なのでとても喜べない。
本来は吸血鬼に勝てるはずがないのだ。今回勝てたのは幾つか理由がある。
『おや、レミリアの敗因は「俺を怒らせた」事じゃないんですか?』
『うっわ、やめてくださいよそれ! 思い出すと結構恥ずかしいなぁおい!』
「俺が勝てたのは、弾幕ごっこじゃなかったことが大きいですね」
「違うわ。手を抜きすぎたのよ。貴方の力を誰よりも見くびっていたの」
「割と従者らしからぬことを言いますね? ──いや、確かにそれも大きいです。俺が館を出て直ぐに追いかけられていたら負けてました」
そう、レミリアは何故か外に出てこなかったのだ。雪が降っているのだから直射日光は降り注いでいない。だから吸血鬼であっても平気なはずなのに。
「そうね。丁度外に出ようとしたその瞬間に太陽の光を浴びていたから……もう少し早く外に出ていれば或いは」
「あー、じゃあ部屋の中に鏡を作る必要なかったですね」
「ああ、あれのおかげで大ダメージだったわ。でもいいんじゃない? 悪ふざけがすぎたものね。貴方の立場を考えれば、怒るのも当然よ」
「……なんか意外です」
咲夜はレミリアの従者だ。レミリアの身に何かあれば、危害を加えた者を抹殺するようなイメージがあった。そう思っていただけに不気味なのだ。
そう言うと咲夜はクスリと笑う。
「お嬢様の我儘っぷりは暴走しがちだから、たまにブレーキをかける必要があるの。それを貴方がやってくれたのだから寧ろ助かっちゃう」
おいおい、大丈夫かよこれ。いや、俺的にはありがたいけど。
「……うー、聞こえているよ咲夜」
「──! お目覚めになられましたか? ご無事で良かったです」
「誤魔化すんじゃないよ。それに無事でもないわ」
棺の中で寝かされていたレミリアが突然声を発した。一瞬不意を突かれたが、流石完全で瀟洒な従者。瞬時に切り替えて主の身を案じて見せた。
俺はそんな咲夜を見て苦笑いを浮かべるのだった。
二人のやり取りを見ていると、レミリアが俺を見てきた。罪悪感から目を逸らしそうになるのを堪えて、一歩前に踏み出す。
「……その、大丈夫ですか」
「ええ。中々効いたわ。意外とえげつない事するね。ふふ、次やる時は手を抜かずに済むかしら?」
「次とか、ないですから」
どうやら俺は今回の件で益々気に入られてしまったようだ。期待の表情でさり気なく次回の話を持ちかける彼女を遠慮無く突き放す。「そんな……即答しなくてもいいじゃないの」とガッカリするレミリア。
──だって、次やったら同じ手通じないじゃん。勝てないじゃん。無理だよ!?
「……霊華の事だけどね、アレは嘘よ」
「……へえ?」
「疑うかしら」
「嘘か本当かなんて、どうでもいいことです。霊華が人質に取られたことは紛れもない事実だ。でもまあ、嘘で良かった」
「…………」
「などと言うと思いますか? ついていい嘘と、ついてはいけない嘘があります。他人に迷惑をかける余興には金輪際付き合いたくないです」
かなりキツめの言葉。まさか俺がレミリアに対してこんな口を効くとは思わなかった。
レミリアは元々我儘な人物であることは知っていた。だが、俺が出会ったレミリアは特にそんな様子を見せていなかったので完全に油断していた。この人は原作通りのレミリア・スカーレットだった。
「……戦う前にも言った通り、俺は貴方を始めとする紅魔館の皆さんに感謝しています。それだけに、こういった
「……処分なんてしないわ。ただ、また来てくれる?」
「……さあ」
と、わざとレミリアを突き放す。するとレミリアは分かりやすくショックを受けた。
──うはは! おもしろ
『うーん、これはこれで良くない気がしますがまあ、目を瞑りますか』
「
「どうしてよ! 咲夜とか、美鈴とか、パチェとは戦ってるのに!」
「貴方強すぎるんですよ! ルールがある戦いだと逆に勝てないんです!」
「ふふん……これだから強すぎる存在でいるのは辛いのよね」
いかん、調子付けてしまった。さっきまで「いいぞ、もっとやれ」みたいな眼差しを送ってきていた咲夜も頭を抱えたそうな表情になった。
──すまねえ咲夜
「ところで祐哉、さっきから気になっているのだけど。何故ルールがあると勝てないの?」
そう言ったのは咲夜だ。咲夜が疑問に思うのももっともだ。何故なら、幻想郷の決闘システム──スペルカードルール──は人間が妖怪相手に戦えるようにするためのもの。ルールがあるおかげで一方的な殺戮は起きない。
つまり、普通は「ルールがあるから勝てる」なのだ。
「1つは、スペルカードルールを採用した戦いでは相手の弾幕を破壊しにくいことです。破壊したらボム扱いになってしまう。レミリアさんの槍は何度も暴発してましたよね。アレは俺が妨害したからです」
「へえ」と相槌を打つ咲夜。どのようにやったのか気になると言いたげな様子だが、その説明は後回しだ。
弾幕を避けながら内部破裂を使うのは恐らく無理だ。第一そんなことをするなら、スターバーストのようなレーザーでかき消した方が手っ取り早い。
「もう1つは隙が生まれやすいこと。ルール無用なら弾幕を常に張ることは無い。距離を取って身を隠すのもやりやすい。そして何より、相手が慢心しやすいのです。接近戦になっていたら死んでましたね」
「ふむ。確かに私は手を抜きすぎたわ。貴方に対して失礼なことをしたわね。お詫びにもう一戦どう? 今度は真面目に戦うわ」
「嫌だと言っているでしょう」
いやマジで。絶対に勝ち目がないと分かっている相手と戦うなんて御免だ。レミリアが真面目に戦えば、今の俺では勝てない。創造の力と頭を使って攻略しようにも不可能だろう。
まあ、妹紅の時のように何度も負けを繰り返して攻略法を編み出すことはできるかもしれないけど……面倒だ。精神的に疲れる。
───────────────
昼間に寝るのは久しぶりだ、と言ってレミリアは眠りについた。吸血鬼は本来昼間に寝ているものだがレミリアは昼間に起きていることが多い。曰く、そっちの方が退屈しないから。
彼女の寝室から出た後、別室に案内してもらった俺と霊華は休憩中だ。若干狭い部屋だが、休むのには適している。
俺はテーブルにもたれ掛かるようにして顔を伏せる。学生が授業中に寝る時の基本的なスタイルである。
「はあ……」
溜息をつくのはこれで4回目くらいだ。仮眠をとるなりしないと復活できなそうだ。
「あの、神谷君」
「んー」
声音でわかる。何か言いづらそうな事を話そうとしている様子。おおよその見当をつけつつ、伏せたまま返事をする。
「……顔を会わせてもらえませんか」
やはり真面目な話か。俺としてはもう気にしていないので寝かせて欲しいのだが、まあそうもいかないのは分かる。できるだけ疲れを表情に表さないよう意識して顔を上げる。
「その、ごめんなさい」
「何が」
「実は、私とレミリアさんが話していた時、人質になってくれないかとお願いされたんです」
霊華は若干目を伏せて、申し訳なさそうに謝罪してきた。
「知ってる。レミリアから聞いたよ。『私が無理にお願いしたから、責めないでやってくれ』とね」
「あ……そうなんですね。ごめんなさい。私、断りきれませんでした」
「無理もないよ。あんな見た目でも、吸血鬼なんだから。堂々と断るなんてなかなかできないだろうさ。だから、気にすることは無い」
それだけ言って再び顔を伏せる。
「疲れたから、ちょっと寝かせて」
「わかりました」
───────────────
30分程で目が覚めた。俺達は今図書館にいる。幻想郷の地図を見て、霊華の勘が働いた方向に何があるのか調べているのだ。
白玉楼は上空にあるからか地図に載っていないので、道中見かけた場所との位置を計算して見当をつける。白玉楼から紅魔館へ真っ直ぐ進み、更に先にあるのは──
「妖怪の山。名前からして妖怪の住処っぽいですね」
「ああ、そうだよ。トラブルが起こるのは必至だね。面倒だから行きたくなかったな」
山で暮らす妖怪──例えば天狗は仲間意識が強く、仲間がやられると敵対姿勢をとるという。他には河童もいて、こちらも群れる。
山の中を行動するには天狗に見つかってはいけないだろう。もし見つかれば追い出しに来るのだ。倒したら他の者に攻撃され、倒さないと追い出される。
──あーあ、行きたくないなぁ。
「異変と関係するものが山の中に無いことを祈るしかないな」
「もし、中に入る必要が出てきたら?」
「戦争だね。負けたね。よし帰ろうか」
「ええ……やる気出してくださいよ」
雑魚妖怪は倒せても、天狗を何体も相手にはできないだろうな。レミリアのように舐めプしてくるなら別だが、有り得ない。
───────────────
折角地下にいるので、久しぶりにあの子に会いに行くことにした。
「あ……誰かと思ったら貴方ね。こんばんは。まあ、今が夜なのか昼なのかは分からないけど」
「まだお昼だけど
「そうなの。久しぶりね、
レミリアの妹、フランドール・スカーレット。この子は数百年の間地下室に幽閉されていた。今は閉じ込められていないようだが、積極的に外に出ることは無いらしい。
「前から気になっていたんだけど、フランの方がかなり年上じゃない? なんでお兄さんって呼ぶの?」
「そんなに深い意味は無いよ。貴方の見た目通りそのまま呼んでいるだけ。──もう会うことは無いと思ってね。名前なんか覚えていないわ」
確かに高校生という16〜18歳の人間の呼称としては「お兄さん」が最もしっくりくる。将来40歳くらいになった時、高校生に対して「お兄さん」と呼ぶ気になるかといえば恐らくならないが……
「まあ、呼び方なんてどうでもいいな」
「うん。参考までになんて呼んで欲しいの?」
「そうだなぁ、寿限無でいいよ」
予想外の返しだったのだろうか。フランは訝しげに尋ねてくる。
「それ、貴方の名前じゃないよね」
「だってほら、名乗ったところで覚えないでしょ。謎の人間Xでもいいし、nullでもいい。でも、できれば
「……宴会の芸でやったらウケそう」
「そうか? 現に今、全くウケていないようだけど」
早口言葉を息を切らさずに唱えることが俺の特技だ。
「だから宴会でやるの。みんな酔ってるから適当な事やれば喜ぶよ。
「あー、
宴会といえば今度、竹林異変を解決したという事で宴会を開くようだ。
「見に来てくれる?」
「私は行かないよ。行ってもいいけどね。引きこもり癖がついちゃって出る気にならないんだ」
数百年もこの地下室にいるのだから何とも思わなくなるのは本当だろう。
「外に対する興味とかないの?」
「無くはないけど……たまに貴方のような人間が会いに来てくれるからね。別にいいかなって」
ほら、折角
『貴方のたまに見せる異常な寿限無推しは何なんですか』
アテナのテレパシーを受け取って苦笑いする俺。そんなこと言われたって困るんだわ。理由なんてない。なんとなくだ。
「それより、さっき上で何かあったみたいだけど知らない? 凄い地響きだったけど地震じゃないよね」
「ああ、俺とレミリアさんが戦ったんだよ」
「へえ、どっちが勝ったの?」
フランの問いに俺はピースをして返事をする。意味を理解したのか、フランは訝しげな表情を見せた。
「アイツ、私と同じ吸血鬼よ? 人間の貴方が勝てるとは思えないわ」
「霊夢と魔理沙は勝ったんだろう?」
「うん。でも貴方は弱いじゃない」
「そうだね。次やったら勝てないと思うし、フランには一度も勝てないだろうさ」
本人を前にして中々厳しい評価をくださるフラン様。しかし実力差が圧倒的なため、すっと受け止めることができた。
「どんな手を使ったの」
俺はレミリアとの戦いを話す。思いの外真剣に聞いて貰えたので、細かい解説も交えた。そしていよいよ決着の時、フランはオチが読めたようだ。最初は楽しげに聞いていたのに微妙な表情に変わった。
「アレが私の姉だなんてね。信じられないわ」
と、ため息混じりに呟く。
「わ、割と当たりが強いんだね」
「相手を見下しすぎ。でも、前に弾幕ごっこをした時とは比べ物にならないくらい強くなったのね。暇なら遊びましょ?」
「いや、悪いけど暇じゃないんだ。これから異変を解決しに行かなきゃならない」
危ない危ない。ここでフランと戦ったら絶対に動けなくなる。疲労困憊。満身創痍。彼女と戦うなら万全の状態で望まないと本当に死んでしまう。この子は舐めプするタイプではなく、虐めてくるタイプだと思う。
「そうなの? また気が向いたら会いに来て」
「うん。またね」
丁度話の区切りもついたので、そのまま帰ろうとすると、「待って」と声をかけられる。
「貴方の名前を教えて。さっきの、変な名前じゃなくて、本当の名前」
「……知ってどうするんだい? ノートに名前を書くのか? 40秒後に死ぬって奴」
「何その悪魔みたいなノート。そんなノートいらないわ。……いいから教えてよ」
「神谷祐哉。
「
結局この子は一度も俺を寿限無と呼んでくれなかったな。別にどうだっていいのだが。ボケに乗ってくれてもいいじゃないか。
「
手首から上だけを振るフランに見送られ、部屋をあとにした。
ありがとうございました。
紅魔館で一休みしました。まあ、疲れる原因を作ったのも紅魔館の人ですが……
さて、異変調査はまだ続きます。次はどこに行くのかな?