#51「今年最後の冬」
異変調査から戻った後、守矢神社の二柱から聞いた話を霊夢に報告した。霊夢は「分かった。お疲れ様」と言って
「ずっと炬燵に入ってると風邪引くよ」
「逆よ。炬燵に入ってなきゃ風邪を引くの」
「それに守矢の話が本当なら、直ぐに春になる。来年までこの炬燵とはサヨナラなんだ。今のうちに堪能しないとな」
だーめだこりゃ。別に炬燵の中に入ってなくてもこの部屋は温かいのだが……。ストーブだけで十分ではないか。
と言うのが昨日の話である。
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現在朝の8時。調査の疲れを癒すため、いつもより長く寝るつもりだったのだが、霊夢に叩き起されてしまった。タンッという軽快な音を立てて障子が開けられた。スヤスヤと寝ていた俺は突然の音に目を覚ました。部屋に侵入してきた者が霊夢だということを確認した後、二度寝する事にした。
「ほら、もう朝よ。起きて」
「んー、もう少し寝かせてよ」
「時間は有限よ? 今日1日寝て過ごすのはもったいないわ」
霊夢はそう言って俺の掛け布団と毛布を剥ぎ取った。寒さが瞬間的に肌に伝わる。体を起こした俺は霊夢を軽く睨みつけて口を開く。
「……昨日一日炬燵の中でグダグダやってた人が何言ってんのさ?」
「あれは時間の無駄じゃないもん。冬の伝統を満喫していただけよ」
「はー、分かったよ」
ため息をついて立ち上がる。霊夢は満足気に頷くと、掛け布団と毛布を持ったまま居間へ向かった。
そんな行動を怪訝に思いながら付いていくと、予想外の光景が目に入ったので思わず声を上げてしまう。
「うわ、なにこれ」
「何って、冬が終わっちゃうからね。皆で布団を持ち寄ってぬくぬくしよ?」
「──馬鹿野郎!!」
「失礼ね! 誰が野郎よ!」
「そこは突っ込まなくてもいいだろ! 俺が言いたいのはですよ!? 気持ちよく眠っていたところを叩き起され、仕方なく起きたのに結局場所を変えただけってのが気に食わないんですよ!」
居間には掛け布団が敷き詰められている。床に敷く方ではない。羽毛が入っている方だ。これでは結局グダグダして眠ってしまうのがオチだ。それならちゃんとした布団で寝たい。何故起こしたのか。
「第一、掛け布団を踏むんじゃありません!」
「あー、めんどくさいわね……あの
説教をされて嫌そうな顔をする霊夢。霊夢はまだ寝間着を着ていて、軽い寝癖がついている。いつもなら朝6時には起床する霊夢だが珍しく怠けているようだ。
「仙人? 仙人ってもしかして──」
「──馬鹿者────ー!!」
突然、第三者の声が神社に響き渡った。下手したら幻想郷の端まで届いているのではと思わせる声量。聞いたことのない声。軽い耳鳴りに顔を顰めながら反射的に声の主を探すと、やはり会ったことの無い──しかし知っている
「久しぶりに来てみればなんてこと!」
「い、いやあ、その……たまには皆でぬくぬくと温まりたいなって思っただけで……」
仙人は人差し指を突きつけながら霊夢に説教をしている。霊夢は布団を抱きしめたまま面倒くさそうに目を逸らし、苦笑いを浮かべなから弱々しく反論する。
──でもなあ。霊夢がグダグダやってるなんて普通だしなあ。何で怒るんだろう?
「──掛け布団を踏むんじゃありません!」
「──お前もか」
「──貴方もか」
「──アンタもか」
圧倒的奇跡。部屋の端でゴロゴロしている魔理沙と俺、霊夢の声が重なった。因みに霊華は──あれ、いない?
どうやら仙人はそれだけ言いたかったらしく、一言言った後呆れたように手を頭に置いてため息をついた。
「いや、本当に。久しぶりに来たけど何も変わってないのね。元気そうでなによりだわ」
呆れているようだが、何処か微笑ましげな様子。
「あら、お客さん?」
落ち着いた仙人はようやく俺の存在に気づいた。
「いえ、自分は──」
「居候の祐哉よ」
「宜しくお願いします」
「あら、いつの間に? 私は茨木華扇です。よろしく」
頭につけたシニヨンキャップと右腕全体に巻かれた包帯が特徴の女性。左手首には鎖が付いた腕輪をつけていて、胸元には花飾り、中華を思わせる前掛けには茨の模様が描かれている。髪は赤に近いピンク色だ。
「祐哉は結構前からここに住んでるわよ」
「へえ。そういえば、外にも見かけない女の子がいたけれど、あの子も神社に住んでいるの?」
華扇の質問に霊夢は頷いた。
「知らない間にルームシェアを始めたのね」
「るーむしぇあ?」
「いえ、俺達は訳あってここに住まわせてもらっているだけですよ」
生活費として数ヶ月分の前払いをしている。流石に
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吐く息が白い。
雪対策の物体を創造した理由は、雪掻きをする手間を省けるようにと、神谷君が配慮したからだった。おかげで一晩経っても境内だけは雪が積もっていなかった。だが、これに異を唱えた人がいた。意外にも霊夢である。雪掻きは彼女にとって毎年恒例の仕事である。そのため、神社だけ雪が積もらないのが不気味なんだそう。
楽をできるのは嬉しいけど、雪掻きは別に嫌いではないと言う霊夢の言葉を聞いた神谷君は、「余計なことをしちゃったね、ごめん」と言って直ぐに創造物を消したのだ。
良かれと思ってやった事があまり喜ばれていなかったことに少し残念そうにしていた彼だが、霊夢の「ううん。気を使ってくれてありがと」という言葉を聞いて微笑んだ。そこまでは良かった。
──良かったんだけど
「流石に積もりすぎだよ……」
朝目を覚ましたら30cm以上雪が積もっていた。これ程の雪を私ひとりで掻くのは無理だ。私は皆が来るまでの間、1人でもできそうな所を掻くことにした。それはどんな神社にもあるであろう狛犬の象である。物が物なのでスコップを使うわけにはいかず、素手で丁寧に雪を取り除く。雪は冷たいが既に感覚が麻痺していて特に気にならない。
「寒い中わざわざ綺麗にしてくれてありがとう」
「ひゃっ!?」
突然どこからか声が聞こえた。声の主はすぐ隣におり、驚きの余り飛び跳ねてしまった。
一本角に特徴的な耳を持った背の低い女の子が立っていた。この容姿。コスプレではなく妖怪であるのは間違いないだろう。
「驚かせてしまってすみません。私は
「え、どうして私の名前を?」
「私は霊夢さん達4人を見守っていました。会ったことがないのは貴女だけですね」
彼女の見守っていたという発言が理解できず詳しく聞くと、こころよく説明してくれた。
彼女は元々神社やお寺を見守る存在──狛犬──の象だったとか。とある賢者が狛犬象から“高麗野あうん”という妖怪を生み出したらしい。
「生まれたのは結構前なんですよね? 今までどこにいたんですか」
「ずっと神社にいましたよ。ただ、狛犬ですからね。こっそり見ていました。皆さんの輪に入るのもいいですけど、見ている方がいいんです」
十数年生きた中で見たことが無い程に良い笑顔を見せる。おそらく本心なのだろう。人としては変わりものだが彼女は妖怪だし、何より見守る存在である狛犬なのだからおかしな話ではないだろう。
「でも、祐哉くんと霊華さんに挨拶が済んだし、偶には顔を見せようかなと思いますよ」
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「酷いことするよな。布団を消しちまうなんて……」
「魔理沙、あなたは少し怠け者になった?」
「祐哉と霊華がここに住むようになってからは益々楽しくなってな。ついゆっくりしちゃうんだよ」
魔理沙と華扇が話す。俺は隣で不貞腐れている霊夢を見て苦笑いを浮かべ、声をかける。
「霊夢の布団だけは残ってるだろ? 何でそんなにご機嫌ななめなのさ?」
「だって、皆でゴロゴロしたかったんだもん」
「はは、運が悪かったな」
華扇との自己紹介を終えた後、彼女は霊夢に布団を仕舞いなさいと言った。霊夢はそれを渋り、魔理沙は聞こえないと言うように布団を被った。困り果てた華扇を見た俺は布団を消すことにした。
元々神社にある布団は1つで、霊夢のものしかなかった。それを創造の能力で複製して使っているのだ。オリジナルを除いた創造物は全て任意のタイミングで消すことができる。
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「やあ、博麗さん。あれ? あうんちゃんも来てたんだ」
「あ、神谷君! おはようございます」
「やだなぁ祐哉くん。私はずっとここにいますよ?」
温かい服に着替えて外に出ると、霊華とあうんが話していた。俺は二人分のマフラーと手袋を創造して手渡す。
──さて、雪掻きをするんだったな。
どんな物を創造しようかと考えていると、肩を叩かれる。振り向くと温かそうな服に身を包んだ霊夢がいた。
「祐哉は何も造らなくていいわ。雪掻きには慣れているから」
「文明の利器に頼らないのか」
「貴方の創造は文明じゃないでしょ」
「分かった。今から里に行って文明を作ってくるよ」
「え、雪掻き手伝ってくれないの?」
と、上目遣いで見てくる霊夢。そんな目で見られてしまっては断れない。いや、元々断るつもりもなかったけど。
『不用意に文明を作るのは控えた方がいいですよ。最悪この世界の管理者に目をつけられます』
『何故?』
『外の世界と比べて文明が遅れているのには何か理由があるはず。それも、科学者や資源の不足といった直接的要因だけでは無いと思います。恐らくはバランスを保つためかと』
昔に存在した妖怪が生きやすい世界にするには、昔を保つ必要があるということだろうか。
『創造物を渡すのもやめた方がいいのかな』
『程度によりますよ。上着を渡す程度、紳士の行いと捉えられるだけですから、何ら問題は無いでしょう』
頭の中でアテナと会話していると霊夢が話しかけてくる。
「でも、そうね。皆の分の道具だけは作ってくれると嬉しいわ」
「ああ、お安い御用さ」
今外にいるのは俺と霊夢、魔理沙に華扇。そして霊華とあうんだ。お客の華扇と守護者のあうんの分はいらないか。
「私もやりますー」
あうんの分も創造するとして、4つでいいか。
霊夢からシャベルを借りて目を凝らす。
──
「ほいさ。これで完成」
「ありがとう。それじゃ始めようか」
皆が創造したシャベルを手に取り、雪を掻き始める。
──こういう時使い魔にも手伝って貰えたら嬉しいけど、俺の使い魔だと無理だな
なんせ、使い魔は彫像なのだから。手がないのにシャベルは持てない。除雪機能を学習させるにはメモリが勿体ない。
竹林異変の時、十千刺々の力で竹に足を取られたことがあった。脱出する時にやったように、物体に自動制御機能を付与すれば可能性はある。
──まあ、何も造らなくて良いって霊夢が言っていたし、今回はいいか。
でも自動制御機能がどこまで融通の利く物なのか知っておく必要はあるな。今後の研究ポイントだ。
「ねえ貴方。さっきのはどうやったの?」
雪掻きをしながら考え事をしていると華扇に話しかけられた。雪掻きを続けながら話した方が効率が良いが、初対面の人に対してそれは失礼だろうと思い、手を止めて顔を上げる。
「さっきって、なんのことですか?」
「私にはシャベルが突然現れたように見えたの。霊夢が貴方に頼んでいたから、アレは貴方の力なのよね」
「ああ、俺には物体を造り出す力があるんですよ」
「へえ。貴方は人間のようだけど、随分と強力な力を持っているのね」
華扇はじっくりと俺の目を見つめてくる。何かを見透かされているような気がした俺は思わず目を逸らしてしまう。
「これは勘ですが、貴方は
「はあ、皆と住んでますからね」
俺が孤独な人間に見えるとでも言うのか。酷いや! 俺は仲間に恵まれている。いい友達にも会えたし、頼もしい神様だっている。
──まさか。いや、それこそまさかだ。有り得ない
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「ところで、私にもシャベルを造ってもらえるかしら。人は多い方がいいでしょう?」
「助かります」
このシャベルを見れば分かる。これは全体が霊力で構成されている。
──只者じゃないわね
霊力というものは、本来
力とはエネルギーのこと。筋肉の収縮によって生み出される物理的な力は物体を動かすためのエネルギー。このエネルギー量が多ければより質量が大きい物を動かすことができる。
霊力とは精神エネルギーのこと。精神力。気持ちの強さ、忍耐力と言うように、物体には普通作用しない力。濃密な霊力で壁を作り、突き出すことで衝撃波を生み出すことは可能だ。これを応用したものが弾幕ごっこでよく見られる霊力の塊、すなわち弾幕だ。
しかし人間が持つ霊力量は乏しい。よって、大抵の人間は武器を持っている。霊夢が御札と退魔針をメインに使うのはこのため。もっとも、霊夢が持つ霊力量は並の人間とそこらの妖怪とは比べ物ならないため、武器だけでなく霊力も普通に使っている。それは彼女が特別だからだ。
確かに霊力の塊を生み出す事は可能。だが、霊力に
霊力とは精神力。シャベル程の大きさのものを作るにはそれなりの霊力が必要なはず。充分な霊力を持っているのなら攻撃力とまで行かなくとも、シャベルから圧迫感を感じてもいいはずなのである。
──でも、このシャベルからは霊力以外何も感じない。触ると痛い訳でもないし、圧迫感も感じない。
──それが彼の能力だと言われればそれまでだけど、彼の霊力量は人間の限界を超えているのでは?
──更に、霊力を物質化させるにはかなりの技術が必要なはず。一体何者なのだろうか。
「このシャベル、最大で何個作れるの?」
「んー、500個くらいですかね? 多分ですけど。霊力が少ないんで大きな物はこの程度が限界です」
「そう? 貴方には沢山の霊力があるように見えるのだけど……。それも恐らく霊夢を遥かに凌駕している──いえ、気のせいね。今のは聞かなかったことにしてもらえる?」
「ええ、確かに気のせいだと思いますよ。さあ、雪掻きを始めましょう」
彼はそう言って作業に戻った。
──気のせいかしら。話している途中、急に霊力が
「……ふーん、面白そうな子ね。中に神様でもいるのかしら」
私は誰にも聞こえない程度に声を抑えて呟く。今は隠れてしまったが、神谷祐哉の中からは複数の力を感じた。彼が人外の力を行使できるのは、もう一つの力のお蔭なのだろう。
──誰だか知らないけど、気づかれたくないのなら誰にも言わないわ。
それに分かったところでどうということも無い。ただ、若しかしたら可哀想な未来を歩むのかもしれない。その時は彼に手を差し伸べるとしよう。
「──仙人として、ね」
ありがとうございました。
茨木華扇が初登場です。時系列的に考えて数年前に霊夢達と知り合っているはずなのでいつか出したかった人です。(あうんちゃんも)