東方霊想録   作:祐霊

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#52 「宴会準備」

 6人がかりということもあり、雪掻きを始めてから1時間程で境内の石畳が顔を見せた。

 

 しっかりと防寒対策をした甲斐もあり、寒いと感じることは無かった。皆でお茶を飲んで温まっている中、春の宴会が話題に出た。元々春の宴会はそれなりの規模で開催されるようだが、今回は竹林異変と春奇異変の解決祝いを兼ねてより一層盛り上げようという話になった。

 

 まあ、肝心の春奇異変がまだ解決していないのだが、放っておけば解決するとの事なので待つしかない。今は今を楽しむ。それが幽々子から教わった()()()()()()だ。

 

 竹林異変の解決に直接関わったのが外来人である俺と霊華だということを知った華扇はかなり関心した様子で、お酒の準備は任せてと言って張り切っていた。

 

 十千刺々が竹林異変を起こした原因も恐らく俺と霊華であり──特に俺のせいだと思うのだが──そこは黙っておくことにした。

 

 宴会の時ゆっくりと異変解決の武勇伝を聞かせて欲しい、と華扇に言われて苦笑いを浮かべた俺に対し、霊華は喜んで引き受けていた。

 

 ──武勇伝と言われてもなあ、そんな大層なものじゃないと思う。命懸けで戦ったのは間違いないが、刺々を怒らせたのは俺だし、俺は霊華を巻き込みたくないという、向こうからすれば勝手な理由で対抗しただけだ。

 

『知らないのですか? 酒の席で語られる武勇伝など9割9部嘘っぱちや誇張された自慢話なんですよ』

『マジですか? 誇張ねえ。自分の罪から目を背けるみたいで何か嫌ですよ』

『真面目なんですね』

『俺が真面目? はっはっは! 暇さえあれば巫山戯る俺が真面目なわけないですよ』

『無自覚ですか。まあ、それが貴方の魅力ですね』

 

 ───────────────

 

 1週間後──春奇異変が落ち着いた。

 

 それからまた1週間。積もっていた雪は殆ど無くなり、幻想郷に春が訪れた。冬を楽しんでいた妖怪が大人しくなり、代わりに春告精が活発に動き始めた。春を告げると言うのは本当で、博麗神社にもやってきた。霊夢は退治することなく、優しく出迎えていた。毎年恒例の出来事のようだ。

 

 硬い蕾に閉じこもっていた花弁は顔を出し、梅の花と桜で満ちている。博麗神社にも桜の木が生えており、霊夢によれば幻想郷で一番綺麗と評判だとか。

 

 真偽は兎も角、少なくとも17年の人生で見た桜の中で最も美しいのは間違いない。

 

「桜は今がピークね。今日は最高の宴会になりそう」

「初めての宴会、ワクワクするよ」

 

 物置部屋から取ってきた道具を縁側付近に置いて、霊夢と話す。

 

 今回の宴会は壮大にすると言うだけあって、食事と酒は豪華になっている。大抵は主催側が用意するのだが、今回は酒は華扇が、料理は白玉楼の魂魄妖夢、紅魔館の十六夜咲夜、そして博麗神社から霊夢と霊華が担当する。それぞれが料理を持ち寄るタイプのようだ。霊夢曰く参加料だ。料理担当以外の者も何かしら持ってくることになっている。

 

 開催場所は博麗神社で、料理担当ではない俺は会場準備に当たっている。今は霊夢から必要な道具を教わっているのだ。

 

「これで全部だと思う。じゃあ宜しくね」

「……一人でやるの?」

「私と霊華は別の準備があるし……魔理沙とか引っ捕まえてくれば?」

 

 例年の参加人数を訪ねたところ、約50人だと言う。2人でもキツいだろうけどまだマシか。

 

 ──よし、魔理沙に頼もうか

 

 今は朝。宴会開始は15時からで、7時間後だ。宴会開催時刻が中途半端な理由は簡単で、昼の桜と夜の桜の両方を楽しめるようにという意味がある。

 

「へぇ、ここが博麗神社か」

 

 何処か近くで声がした。聞いたことの無い、若い男の声。里の人間が参拝に来たのだろうか。喜べ霊夢。参拝客だぞ! 

 

「こんにちは。参拝ですか?」

「こんちゃー。俺はただ宴会の会場の下見に来ただけさ。お前もそうなのか?」

「いや、俺は──」

「──今日の宴会、待ちきれなくてよ! ()()()()()()()()()()()()()()()()()からここに来てみたんだ」

 

 こいつ、人の話を聞かないタイプか。割と苦手なタイプ。親友になることは無いだろう。良くて知り合い。俺は面倒くさいという気持ちを抑え、相手の話の続きを待つ。

 

「ん、黙りこくってどうした?」

「い、いや、別に」

「そうだ。ここの準備を手伝うとしようかな! 重いものがあれば引き受けるぜ──って、お前に言っても仕方ないか」

 

 うざいなあ。良く喋るし声はデカいし、早々に立ち去ってくれないかなぁ。でも、折角だし準備を手伝ってもらおうかな。

 

「そんじゃ俺、巫女さんに会ってくるわ。じゃあな」

「おう、待ちなよ。その必要は無いぜ」

「あん?」

「お前はさっき、『妖夢』という単語を口にした。そしてそれは文脈から人名だと推測できる。もしかして、魂魄妖夢じゃないか?」

 

 白玉楼の妖夢と知り合いなのかもしれない。

 

「そうだけど……」

「あの人は料理担当と聞いた。そして、追い出されたと言ったな? つまりお前は料理が不得意というわけだ」

「そうだな」

「残念だが、()()()巫女も料理担当だ。そして人手は足りているんだ」

「何だ、そうなのか。じゃあ俺は帰るぜ」

 

 男はそう言って空を飛ぼうとする。俺は地面を蹴って男に接近し、肩を掴む。

 

「待てと言っているだろう。折角現れた労働力。利用させてもらうよ? 会場準備も大事な仕事だぜ? 報酬は美味い酒と食事。そして幻想郷一の桜。更に夜桜も見られる。どうかな?」

「……オーケー。分かった。分かったからその手を離せよ。お前見かけによらず握力強いのな。何キロだ?」

 

 掴む手を離すと男は痛そうに肩を抑える。そんな彼を見て俺はこう返す。

 

「──5トン、単位を合わせるなら5000キロだな」

「肩砕けるわ!! さすがにそこまでダメージ受けてないぜ?」

「ははは! 良かったじゃないか。お前の肩はオリハルコンで作られてるんじゃね? さてはお前、人造人間だな?」

「はは、お前、思ったより面白いやつだな。俺は叶夢(かなむ)。苗字はない。宜しくな」

「お前は見かけ通りチャラい奴だな。俺は神谷祐哉。まあ宜しく」

 

 叶夢と名乗った男は首を傾げて、「俺ってチャラいのか?」と呟いている。年齢は近そうな若い男。茶髪で銀色のイヤリング、健康的に焼けた肌にスポーツ経験がありそうな肉付き。クラスの陽キャ的キャラだな。こいつをチャラいと言わずなんというのだ。

 

「叶夢、か。お前も外の世界から来たの?」

「ああ、異世界転生に成功したんだよ」

「──マジ? 死んだの?」

 

 異世界転生といえば、某小説サイトを初めとする様々な小説投稿サイトで人気を集めたジャンルだ。なんやかんやあって死んだ主人公が、神様に会って異世界──漫画やアニメの世界も含む──へ転生させてくれるというもの。記憶と体を保ったまま、第2の人生を歩めるというある意味では俺や霊華が経験した幻想入り(神隠し)と同じようなものだろう。

 

「転生させてくれた神様ってどんなだった?」

「オッサン」

「あ、オッサンなのね……」

「ああ、凄く残念だったよ」

 

 それなら八雲紫が関与しているわけではなさそうだ。

 

 ───────────────

 

「敷物は終わったね。次は机を並べようか」

「よし任せろ、俺が全部並べてやるよ」

 

 簡易テーブルの数は15個程度。分担すればいいのに何で一人でやるんだ。協調性の高そうな陽キャっぽい見た目してる癖に一人でやるタイプなのか?

 

 叶夢は「待ってろ」と言って一人で縁側に向かった。立て掛けている簡易テーブル全てに一度ずつ触れると、直ぐに戻ってきた。

 

「何だ、諦めたのか?」

「何が? 下準備してきただけだよ」

 

 叶夢がそう言うと、向こうで立てかけてあるテーブルのうち一つが動き始めた。

 

 ──最近ちょっと疲れてるのかな。テーブルが動いているように見える。

 

「なに頭抱えてんだよ? まあ、信じられないのはわかるけどさ。これが俺の能力だよ」

「──触れた物を動かせるのか? 凄いな」

 

 一つの簡易テーブルはゆっくりと会場(こちら)にやって来て、微調整をした後地面に着地した。

 

「おお! 凄いな叶夢! なんかめっちゃ興味出てきたよ」

「へへっもっと褒めろ。まあ、まだ慣れてないから調子に乗るとやらかすんだけどな。あの量のテーブルを同時に動かすとなると結構しんどい」

 

 確かに。1つの物を操作するだけでも結構頭を使いそうだ。

 

「3つくらいならいけるの?」

「んー、壊したら不味いからなぁ。あまりやりたくないな」

「いいよ、壊しても。()()()()()()()()()()

 

 簡易テーブルは俺の所有物ではないのにも拘らず無責任なことを言う。

 

「やってみるわ」

「おう、気張ってこうぜ」

 

 叶夢の目付きが変わった。とても集中しているのが分かる。彼から感じる雰囲気が明らかに変わったのだ。

 

「んーぬぬぬぬ……! 重いなこれ……」

「ほれ、なに弱音吐いてるのさ? 男だろ? 踏ん張れよ」

「お、お前、な。これしんどいんだぞ?」

「そーれ! ワッショイ! ワッショイ!」

「人の集中をそらすんじゃねえ……! あ──」

 

 3つのテーブルは突然浮力を失い、凄い音を立てて落下した。

 

「おいおいおい、何やってんだよ?」

「人の集中を逸らすのがいけねーんだろうが!」

「修行不足ですなあ」

「ぐっ……妖夢みたいなこと言いやがって……」

 

 へえ、妖夢に修行つけてもらっているのか。いいなあ。俺もこの前お願いしたけど返事がない。勇気を振り絞って告白したのに既読無視されている気分だ。宴会の時もう一度お願いしよう。

 

「しかしこのテーブル、本当に壊れちゃったな」

「任せなよ。それを治すことはできないが、作ることはできる。──ほれ」

 

 指を鳴らすのと同時にテーブルを創造する。指を鳴らすことでマジックのように思わせることができる。能力のミスリードを狙うというよりは、楽しませることを目的にしている。実はこの為に指パッチンの練習をした。ずっと前の話だけど。

 

 叶夢は、壊れてしまったテーブルと同じ見た目の物が目の前に現れたことに驚いている。

 

「お前、物を複製できるのか」

「まあ、そんな感じ」

「すげーな、お前!」

「ははは! もっと俺を褒めろ!」

 

 なんて、本当は俺の力じゃないみたいだけどね。

 

「ただ、適当に複製したからこれだとバレるな」

「不味いな。もっと丁寧に作れるか?」

「任せたまえ。私を誰だと思っているのかね? 叶夢君」

「悠之介だっけ?」

「誰だよそれ。陽キャっぽい見た目してる割に人の名前覚えられないのかよ?」

「そんなボロクソ言わなくてもいいだろ!? ちゃんと覚えてる。ええっと……裕太?」

「チッ」

 

 わざとやってんなこいつ。本気だったらただの馬鹿だ。俺は叶夢の「悪かったよ! 思い出したぞ。優香だろ?」という発言を無視して、テーブルに触れる。大体優香って最早女だろ。ふざけるな。

 

 ──テーブルの大きさ、厚さ、丸み、足の角度、色、模様、傷……

 

 ──創造

 

「ふう。完全再現は大変だな」

「ご、ごめんって。返事してくれよ」

「さて、壊れたテーブルをどうしようか? まあ大人しく霊夢に言うべきだろうな」

 

 俺は叶夢の方を向いて、軽く睨みつけ、人差し指で額をグリグリと押しながら言う。

 

「──知らん奴が手伝うとか言ってきたから任せたらぶっ壊されたって言うべきだよなあ? ああ!? お前もそう思うだろう?」

「超キレてんじゃねーか」

「当たり前だろ! 人の名前散々間違えて挙句の果てには女の名前で呼びやがったんだからよお! ええ? 叶人だっけ?」

「まあまあ、その辺にしなさいって」

 

 俺達の喧嘩のような茶番は、第三者の手によって強制終了させられた。

 

「おや、華扇さん。おはようございます」

「おはよう。お酒持ってきたから、霊夢に渡してくるね」

 

 そう言って華扇は向こうへ歩いていった。

 

「凄い美人だな。幽々子さんや紫さんに劣らないぜ」

「ん? ああ、そうだな。もしかして年上が好み?」

「いや、そういう意味で言ったんじゃないんだけどな」

「そう」

 

 数秒の沈黙が境内を包む。

 

「あー、その、悪かったな、祐哉」

「あ?」

「いや、それはおかしいぞ。確かにお前は『神谷祐哉』と名乗ってただろう。記憶力は悪くない方なんだけど」

「どうだかな、()()君?」

「俺は叶夢だ! か・な・む! ──これは幽々子さんに名付けてもらった名前なんだ……覚えてくれよ」

 

 真面目な表情を見せる叶夢に少し驚く。

 

 ──真面目な時とふざけている時の切り替えパターンが掴めないな。

 

「──名前、忘れたのか?」

「ああ、一度死んで、記憶が一部無くなっちまった。よくある展開だろ?」

「そーだな。分かったよ、叶夢。お前が俺の名前を間違えない限りは覚えておくさ」

 

 仲直りのようなものを済ませ、俺達は会場準備を再開した。




ありがとうございました。
突然登場した叶夢はオリキャラです。詳細は段々と分かっていきます。
初の男友達となるのか闇堕ちするのか、扱いはまだわからないです。

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