幻想郷の皆が待ちに待った春の大宴会が遂に始まった。
久しぶりの再開に心を躍らせる者、手を使わずに楽器を弾く者、春の到来に喜ぶ者、何故か既に出来上がっている者──忙しく料理を運ぶ者もいれば、のんびりと桜の花を観る者もいる。開始して十数分。既に盛り上がりは絶頂のようだ。
そんな中俺はと言うと、人形遣いのアリス・マーガトロイドと話している。俺を知っている者が見れば意外な組み合わせに思うかもしれない。彼女と会ったのは一度だけなので何も間違ってはいないのだが。
彼女の方から声を掛けてきた。共に呑もうという訳では無いらしく、明確な要件があるらしい。
どうやら、咲夜から俺の使い魔のことを聞いたらしい。二人に接点があったのかと思ったが、初めて紅魔館に案内してもらった時、普通に話していたしそれなりの知り合いなのだろう。
「──それでね、できたら貴方の使い魔を見せて欲しいの」
「構いませんよ。──創造」
突然目の前に彫像が現れたことに驚きの表情を見せるアリス。創造の能力は前に見せたはずだけどな。
「俺の使い魔はですね、実を言うと見た目は問題ではないんです」
この説明はアテナに怒られそうだ。確か「使い魔がニケであることに意味がある」という意味合いのセリフを吐いていた。
『触媒のようなものですよ』
『なるほど』
「大事なのは使い魔に施したプログラム。即ち、機能です」
俺は、創造の能力付与の力の仕組みと各機能について解説する。開発当時のレポートを彼女に渡し、目を通してもらう。
創造の能力だが隠すつもりは殆ど無い。唯一隠したいと思う相手は八雲紫だろうか。あの人にはあまり知られたくない。特に、2つ目の能力の存在は絶対に悟られたくない。あの力を知ってしまったら、俺を危険因子として排除しに来てもおかしくないだろう。
まあ最悪の場合、俺の強みは創造にある、というミスリードを狙うことも兼ねて、求められたら教えるつもりだ。
──創造の力が無いと俺は弾幕を撃てないからな。ある程度の開示は必要だ。
「なるほど。貴方は使い魔の身体を作り出してその中に使い魔として必要な機能を設定しているのね」
「より正確に言うと、予め機能を設定しておいた物体を創造するんです。一度作ったものに後から付け足すことはできません。別個体を作る必要があります」
「なるほど」
アリスは左腕で右腕を支え、右手を顎に付けて頷いた。宴会には余り似合わない真剣な表情。
「説明はこのくらいです。ところで、どうして俺に聞いたんですか」
「私の夢を叶える為に、貴方の知恵を借りたいと思ったの。私は完全自律型の人形を作ることを目標にしているわ。偶に命令すれば問題なく動く程度には完成しているのだけど、もう一歩が進まなくて……」
色々文献を見たり研究はしているのだけど、と呟くアリス。
「ふむ。それで、何か役に立てましたかね? 魔法と創造では勝手が違うというか……。魔法使いの人からすれば俺は憎たらしい存在ですよね……?」
「え、どうして?」
「だって、この力なら魔法を再現する事も恐らく可能ですからね。炎を出したいなら、炎を出せる機能を付与すれば恐らく解決。必要なのは霊力と、
──だから、この力を使うときはやり過ぎないように気をつけている。
例えば、先日試しに作ってみた『時間を止める懐中時計』。アレは霊力消費がとんでもなかったが、前もって用意しておけばマジックアイテムになる。
場合によっては相手の弾幕を完封することだって簡単。
俺はこの、『物体を創造する程度の能力』の研究を進める中で決めた事がある。
“少なくとも、弾幕ごっこでは原作キャラを立てる”こと。
俺だって、原作キャラに勝てるなら勝ってみたい。だが、そのために力を振り回すつもりは無い。飽くまでもやりすぎない域で、常識外れの力を使う。
先日のレミリア戦は別の話である。俺が誓ったこと──霊華を守ること──を達成できないなら別だ。
俺の拘りよりも、霊華の身の安全の方を優先する。それは彼女への罪滅ぼしというよりは、俺の自己満足だ。ただ、身近な女の子を守れたらいいと思うから守る。
彼女に危険が迫るのなら、俺は最大限の力を使って守り抜く。そう誓ったのだ。もしもの時は、2つ目の能力を使うことを躊躇しないだろう。
「そういう見方をしたら、確かにそうなるわね。でも、貴方に言われるまでそんなこと考えなかったわ」
「余計なこと言っちゃいましたね。良いんです。嫌われても仕方ないですよ……」
「別に嫌ったりしないわ。よく考えて。貴方は魔法使いじゃないのよ。魔法使いと魔法使いを比べるなら分かる、けれど、違うでしょ? 異なる者を同じ物差しで比べたって仕方ないじゃない」
アリスは微笑みながら話す。
「──そうですね。すみません、気を使わせちゃって!」
「ふふ、大丈夫。本心よ? それよりも、ねえ
アリスは何故か、上目遣いに俺の顔を見てくる。わざとらしい。これをあざといと言うのかもしれない。
「さっきからどうして敬語使ってるの?」
「へ、俺ってタメで話してましたっけ?」
「私の記憶では。……それなりに親しくなれたと思っていたのだけど……私だけだったのね」
そして、わざとらしく落ち込んだ。演技派なのだろうか。
「い、いやあ、えっと……はは……ごめんなさい?」
「酷い。お願いしようと思ったんだけどな……」
お願いとは何か訊ねると、全く予想していないことを言われた。
「魔法の研究を手伝って欲しいの。貴方の知恵と力を貸してほしい。勿論報酬は払うわ」
アリスに人形を渡された。これが報酬だろうか。可愛らしい人形だ。おや、よく見ると人形が紙を持っている。紙を持ってアリスを見ると頷いた。
人形の手から紙を抜き取り、紙を開く。
──なんだこの金額は!
『ええと、外の世界の日本円の価値で言うと、100万円程度でしょうか。これは驚きです。幻想郷にある金は多くて数十万程度だと思っていたのですが……』
『しかもこれ、非課税ですよ? 確定申告書に書かなくていいし、保険もないから手取り計算する必要が無い!』
「俺の知恵と力にここまでの価値はないように思えますが……」
「そうかしら。貴方と同じ力を持っている人は幻想郷にはいない。唯一無二の存在よ? それだけの価値はあると思うわ」
「……分かりました。俺も貴方の研究に興味がある。協力します」
アリスはありがとう、と微笑む。
「ただ、期待に添えるかは分かりませんので、過度な期待はしないでくださいね」
「ええ、焦っている訳では無いから大丈夫よ。それじゃあ、空いている時に私の家に来てくれる?」
わかりました、と返事をするとアリスは席を立った。ふと、周りからの視線が消えた気がする。
──ん? つまり見られていたのか?
目の端に映った結構な人数が顔を逸らしていた。気のせいかな。
「ふぅ、お昼食べ損ねたからな。お腹空いた」
俺は居間から持ってきておいた
「やぁ、ちょっといいかな?」
「……ん。何でしょう?」
知らない人に話しかけられ、口にしていた物を慌てて飲み込んで声の主を探すと、水色の作業着を着た河童がいた。おや、この人も宴会にいたのか。
「いや失礼。私は 河城にとり という。さっきの話を聞かせてもらったんだけど。最初の方がよく聞こえなくてね。良かったら私にも君の技術を見せて貰えないか?」
「神谷祐哉です。──使い魔のことですか? それなら──」
俺は隣に座るよう促して、アリスにした説明を繰り返す。一通りの説明を終えると、「私達の技術を遥かに超えている」と零した。
「良ければその技術を教えてくれないか」
「無理ですね。教えたところで身につく力じゃないんです。ただ、良かったらお土産に1つ持っていってください」
「いいのか!?」
「ええ。──リバースエンジニアリングというものですよ。いや、分解したらお終いだな……。解析してもらって構いません」
「助かるよ! いくら出せばいい?」
にとりは親指と人差し指で輪っかを作り、いくら支払えばいいか訊ねてくる。
「要りませんよ」
──どうせ俺の力じゃないし
「そうはいかない。技術に対価を支払うのは当然だろう? 技術を提供する側も、受け取るのが当たり前だ」
「そうですか。俺には相場がわかりませんから、貴方が価値を決めてください」
「なるほど。私の目を試しているんだね」
そう言ってにとりはリュックから算盤を取りだし、パチパチと計算し始めた。
──試すつもりは無いんだけどな
『創造の力をビジネスに利用するって言ってませんでしたか? 気乗りしない様子ですね 』
『いや、この世界において金の価値が低すぎるんですよね。高等学校や大学がないから学費もいらないし、税金も馬鹿みたいに取られない。車も無いから維持費だってかからない。正直人脈の方が欲しいですよ』
『ビジネスは人脈無しでは成り立たないと思いますが……逆に、ビジネスから人脈を広げることもできると思いますよ』
どうしようかなあ。と考えているとにとりが算盤を置いた。
「これでどうかな」
ええと、算盤の使い方は……最後に触れたの小学生の時だぞ!
『大体10万円くらいですね』
『算盤読めるんですか?』
『え、読めないんですか?』
うわあああん!! アテナが虐めてくる! 俺なら2進数で書いてあっても読めるし別にいいじゃないか。
『2進数表記なんてコンピュータじゃないんですから……』
『算盤の時代はとっくに終わっているんだ。今はコンピュータの時代だ。よって、2進数の理解は必須』
『そうは言ってもですね、ここは幻想郷ですよ? ご覧の通り時代は算盤なのです。何か反論はありますか?』
…………ごめんなさい。
「……はい、貴方がそれでいいなら、俺はその額で売ります」
「それじゃ取引は後日、ここ博麗神社で」
にとりはそう言って席を立った。
──ふう。ずっと喋っていると喉が渇くな
お茶を飲んで、さっきとは別の料理を口にする。これは魚だろうか。
「よお、祐哉。さっきから忙しそうだな」
「ああ魔理沙。なんか久しぶり」
魔理沙とは宴会が始まってから会話してないかもしれない。
「私達はいつもお前に道具を作って貰っている訳だが、対価としてお前は何が欲しい?」
にとりとの会話を聞いていたのかな。確かにすぐ近くにいたから聞こえても不思議ではない。
「別に何も要らないよ。俺にとって友達だからな」
「だがなあ、親しき仲にもって言うだろ?」
魔理沙がそんなことを気にするとは意外だ。とても本を盗んでいる人間とは思えない。
「俺がこの力を使えるようになったのは、霊夢と魔理沙が協力してくれたからだよ。2人が色々教えてくれなかったら、今も創造の力を使えていないだろうさ。まあ、恩返しだと思って受け取ってよ」
「そっか、ありがとな」
魔理沙はそう言って笑った。
俺は別の料理を食べながら
「人気ですね」
「参っちゃうよ」
隣いいですか、という彼女に快く承諾する。早苗は明確な要件がある訳では無いらしく、ただ俺と話しに来たようだ。幸せなものだ。
雑談を楽しんでいると話の流れで最近の外の世界の様子を聞かれた。彼女が幻想郷に来たのは随分と前のことだと聞いた俺は、ポケットからスマホを取り出して見せた。
「これ知ってる?」
「リンゴのマークのスマホね? 私が知ってるのは5sまでだなぁ」
「そうなんだ。これは6だよ。俺が幻想郷に来た時には8が出始めた頃だ」
興味津々の早苗にスマホを渡す。残念ながら充電はとっくの昔に切れているので今ではただのスクラップだ。
──あれ? 使い魔よりもスマホを売った方が喜んだのでは?
尤も、スマホを作ることができたとしてインフラ整備をどうするのか、という問題があるし、幻想郷からインターネットに繋げることも難しいだろう。
「画面大きいね」
「これからもっと大きくなるだろうさ。そのうち4K搭載になったりして!」
「あはは! まさか、4Kってテレビの技術でしょ? こんな小さな機械に搭載するわけないよ」
「それなー」
早苗とは同じ外の世界から来たもの同士、通ずる点があるので話が盛り上がりやすい。
「──へえ、外の世界の技術はそこまで進んでいるのね」
「ん? おや、鈴仙じゃん。久しぶりだね」
鈴仙がやってきた。流石大規模な宴会というだけのことはある。多くの知り合いが参加しているので俺も楽しい。俺は鈴仙に、月の技術はどこまで進んでいるのか訊ねた。
「端末が自由に折れ曲がったり、コンソール画面がホログラムとして出てくる機械もあるわ。ナノサイズの通話機器だってある」
「「折れ曲がる!?」」
俺と早苗の声が重なった。いずれグニャグニャと自由に折れ曲げられる端末が出てくるという噂は聞いたことがあるが、流石月の技術だ。既に開発されているのか。めちゃくちゃ気になる!
『造ったら良いじゃないですか』
『違いますよ。これは造ることに意味があるんじゃない。当たり前のように皆が使えるようになることに意味があるんです』
だって、造るだけなら3Dプリンターでもできるではないか。
「あ、祐哉。また一人用があるみたいよ」
鈴仙に言われて彼女の目線の先に顔を向けると、妖夢がいた。彼女と目が合うと、会釈をしながら話しかけてきた。
「お久しぶりです」
「異変の時以来ですね」
「ええ、ですが先日はゆっくりお話できませんでしたから。……その、この前のお話の返事がしたいのですが、二人で話せますか?」
俺は早苗と鈴仙に一言言って席を立つ。
ありがとうございました。今回の宴会は放浪録とだいぶ違う形になりました。大事なイベントがいくつか吹き飛びましたが、見覚えのある展開よりもこちらの方が楽しんでいただけると思います。
次回は宴会編4話目、遂に霊華が出てきますよ! お楽しみに!