──あわわわわわわわわわ!!
え、神谷君。え? えっ?
さっき私に「可愛い」って言った!?
「〜〜!」
「霊華、ちょっといい?」
「ひっ!? あ、早苗……」
神谷君から
会場から離れ、建物の縁側に腰を掛ける。
「神谷君、どうしたんだろう。いつもあんなこと言わないのに……」
「空気に酔ってるんじゃないかな? 宴会の雰囲気に呑まれているの」
お祭りの空気で気持ちが盛り上がる。それは私もわかるけど、だからといって、からかうのはあんまりだよ……。
「祐哉のアレは本心みたいだよ。口から出任せに言っているわけじゃないみたい」
「えっ、本心なの?」
早苗は頷いて私の手から櫛を取る。縁側の上に膝立ちして私の髪を梳いてくれる。
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「さっき聞いたんだけどね、祐哉はロングストレートが好きらしいよ」
「知ってる。霊夢に一目惚れしたらしいよ」
「……二股?」
「別に、私に気があるわけじゃないでしょ。神谷君は霊夢が好きなんだから」
「そうなの?」
なるほど、そういう事ね! 祐哉が霊夢を異性として意識している訳では無いということはさっき確認した。祐哉は霊華に惚れかけている。
一方霊華は、祐哉に惚れかけているのだが、祐哉が霊夢に惚れていると思っている。つまり、霊華だけは三角関係に陥っている。
祐哉にとって霊夢は全く関係ない。強いて言うなら彼の推しらしい。オタクなのかしら。
「祐哉は本当に霊夢が好きなのかな? 宴会が始まってから一言も話してなさそうだけど」
「それはほら、色んな人が神谷君に話しかけるから暇がないだけじゃない?」
うーむ。そう言われると困るなあ。霊華は諦めているように見えるから、何とか勇気づけたいところ。
「……はい、髪も綺麗になったよ」
「ありがとう」
「それにしても、可愛いって言われて動揺するなんて可愛いね」
「もう! からかわないでよ!」
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私と神谷君の2人で飲めるよう、早苗が手を回してくれた。
「さっきはごめんね。からかうつもりで言ったんじゃなくて、本心だったんだけど、迷惑だったなら二度と言わないから許してほしいです」
「え……」
ドキッとした。「本心だった」という言葉に対してではない。それは既に早苗から聞いている。思わず照れそうになるが必死に話に集中する。
彼の「もう二度と言わない」という言葉を聞いた時、胸が締め付けられるような感覚を覚えた。何故だか消失感が生まれた。
──「可愛い」と言われるのは恥ずかしい。でもやっぱり
それは、嬉しいからだろう。他の誰でもなく、神谷君に言って貰えることが。とても嬉しくて、でも照れくさくて……
「迷惑じゃないです」
──言わなくちゃ
「嬉しいから、その……」
──ちゃんと、言葉にして
「言って欲しい、です」
途切れ途切れになってしまったけど、なんとか自分の気持ちを伝えることができた。
私は神谷君のことが好きなのかもしれない。けれど、今は気付かないふりをしたい。
──意識してしまったら目を見て話すことができなくなってしまいそうだから
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もっと言って欲しい。恥ずかしそうに肌を紅くし、声を震わせながらも思いを伝えてくれた彼女はとても愛おしくて
──若干手遅れ臭いがそれでも気付かないふりをしたいものだ
「……今日だけにしよう」
「え?」
予想もしなかったのだろう。霊華は俺の言葉を聞いて寂しそうな顔を浮かべる。
「その、言う方も結構照れるというか……たまになら……」
「意外です。そういうの慣れてるんだと思ってました」
「人生を通してもあまり言ったことないよ」
だって照れくさいし、俺に言われてもウザイだけだろうとか考えちゃうし……。高校にはそんな可愛い人いなかったしな。
でも、霊華は違った。ウザイと思われてもいいから褒めたいと、開き直させるほどに魅力的なのだ。だって霊華が可愛いのは世辞ではなく事実なのだから。事実を隠してどうする。
「でも私には言ってくれるんですね。えへへ……」
──それは君が、照れくささを何処かへやってしまう程可愛いからだよ
『祐哉、語彙力が低下してませんか?』
『好きな物を前にすると語彙を失う。そんなもんでしょう』
「博麗さんはもうお酒飲んだ?」
「飲んでないですよ。……飲んでみますか?」
「やっちゃいますか」
──やりづらいな
早苗は御丁寧に二人用の席を用意してくれたのだが、却って周りの注目を浴びることになっている。とは言っても、視線を感じるのは主に鈴仙と早苗で、他にはあうんと華扇──向こうでレミリアと咲夜も見ているな。ガン見されているものだから嫌でも気づく。
「──あ〜折角だけどさ。場所を変えないか」
「え? どうしてですか」
「めちゃくちゃ見られてるよ?」
気づいていなかったのか、霊華は俺が指摘して始めて周りを見る。
──あ、皆目を逸らしやがった!
「見られてないですよ?」
「うーん……まあ博麗さんがそれでいいならいいけど」
貴女が俺の方に目線を戻した瞬間に彼女達の視線が戻っているんだけどね。
因みに、俺と霊華は向かい合って座っている。俺からは
俺は諦めて
「じゃあ、乾杯」
「乾杯!」
一口。これが人生初の飲酒。家に酒が無かったので飲む機会がなかったし、幻想郷に来てからも何となく抵抗があった。同年代の霊夢と魔理沙は普通に飲んでいたが、俺と霊華は基本的にお茶を飲んでいた。
そんな俺達の感想は──
「うげっ! アルコール消毒液か!?」
「うわ……私は苦手です」
「嫌い判定するの早いな!? でも分かる」
口に含み、飲み込む前にどんな味がするのかと味わってみると、アルコール消毒液の匂いがした。狂人ではないのでアレを飲んだことは無いが、恐らく飲んだらこんな感じなのだろうという推測だ。
特筆すべき点は独特な風味──酒に対して風味という言葉を使うべきかは分からないが──と逆上せそうになるような、喉が焼けるような感覚だろう。
「カーッと熱くなる感じだね。苦しっ……」
「どうして皆飲めるの……脳細胞が死にそうです」
霊華も中々独特な感想を零す。
幸い、注いだ酒は一口分にしておいたのでこれ以上無理に飲む必要はない。俺は盃をテーブルの端に追いやり、もう一杯注いでいる霊華を見守る。
「あれ? 神谷君は飲まないの? もう一杯付き合ってくださいよー」
「ええ……」
半ば強引に酒を注がれていまう。自分の盃に入ってしまった以上、処理する責任が発生する。
──まあ、あと少しなら我慢できるか
俺は慎重に液体を口に含む。多分今、幼児が苦手な薬を飲む時にするような表情を浮かべていると思う。
アルコール度数何%なんだろう。そもそも、この酒はなんなのだろうか。それさえも知らずに飲んでいる現状は中々ヤバい。
「ぐはぁ!?」
「うぅ……頑張って飲んでみたけど私ももういいかな……」
さっきの時点でそうするべきだったと言う言葉を飲み込み、再び盃を端にやる。盃の代わりに俺は箸をとり、山菜天ぷらを掴む。用意されている塩を付けて食す。
「あ、美味しい」
「本当ですか!? それ、私と霊夢が作ったんです」
「そうなんだ、冷めてても美味しいよ」
霊華も箸をとり、同じ物を食べる。満足のいく味だったようで、一度大きく頷いた。
「お酒と合いそうですね」
「おいおい、大丈夫か?」
あろうことか霊華は徳利と端に追いやったはずの盃を手に取り、酒を注ぎ始めた。
「ほら、神谷君も!」
「……軽く酔ってない?」
仕方がない。こうなったらヤケだ。霊華が飲むというのなら付き合おうじゃないか。
俺達は3杯目の詳細不明なアルコールを口にする。
「うへぇ、何度飲んでも慣れないな」
「ここですかさず天ぷらを食べるんですよ。あ、ほら、何だか大人になった気分になれますよ!」
そう言って目を輝かせる霊華は女子高生らしい年相応の感想を述べた。
『男子高校生の感想をどうぞ』
『不味い』
アテナからの……返事がない。返答を誤ったか。もっとボケるべきだったか!
「もうやめよう。やめるんだ。ペースが早すぎるぜ? まだ回り切ってないだけで、酔いが回ったらしんどいよ?」
「心配しなくても、もう徳利は空っぽだよーん」
「よーん?」
霊華の話し方が砕けてきた。普段の敬語を使う彼女からは想像できない様子に頬が緩む。
段々と体が火照ってきた。全力ダッシュをした後のように心臓がドクドクと脈打つ鼓動を感じる。腕が赤くなっているので酒がまわり始めたのだろう。
──俺はそんなにアルコールに強くないみたいだな
制服のブレザーを脱いでワイシャツの袖を捲る。こんな時でも制服を着ているのかと言われそうだが、周りに指摘されないしいいかと思っている。殆ど私服みたいな感じだからなあ。
霊夢と霊華がいつも巫女服を着ているように、俺は高校の制服を着ている。制服のキリッとした感じが好きなのだ。
「ふう……およ? 大丈夫?」
「かみやくぅん……わたし、飲みすぎたかも……」
ワイシャツを捲るという1分少々の時間目を外している間に霊華はぐったりとしていた。
「だろうね。大丈夫? 寝かせてあげようか」
「ん……」
「へ?」
俺の提案を受けた霊華は両手を差し出してきた。「立たせて!」と甘えるような仕草に若干戸惑いつつも少し嬉しく思った。
俺は霊華の席の方へ回って彼女の手を取り、立たせる。
「あ……」
バランスを崩したのか、霊華は俺の胸に倒れかかってきた。当然それを受け止め、支えるのだが──
──うっっっわ、めっちゃ見られてますやん
例の
「大丈夫? 歩けなさそうだね。少し落ち着くまで座っていた方がいい。水持ってくるよ」
立ち上がらせたばかりだが、予想以上にヘロヘロなのでゆっくりと座らせた。そして水を取りに行こうとすると──
袖を掴まれた。
「待って。いかないで?」
「でも、酔いを覚ますなら水を飲んだ方が……」
「覚めなくていいから……もっと一緒にいたい」
──っ!
どうしたんだ。そんなことを言われてしまっては俺は期待してしまう。もしかして好かれているんじゃないか、そう思ってしまう。
一緒にいたいだなんて、女の子に言われてしまったら俺も離れたくなくなってしまう。
「……わかった」
膝立ちしていた俺は正座をする。そして拳を握って腿の上に置く。
──やっべ、急に緊張してきた
酒を飲んで熱くなっているからか、それとも緊張しているからか、汗が出てきた。
「かみやくん……」
とろんとした瞳で見つめてくる。霊華はそのまま俺の腕にもたれ掛かって、腕を回す。
──こっここ、こ、恋人みたいだ!!
──うわああああああ!! どうしようどうしよう! やべーよ! どうしてこうなった!
「もしかして博麗さん、めちゃくちゃお酒弱いんじゃ……」
「かみやくんって、ゆうやくんだよね?」
「そうだけど、なにいってるんですか?」
霊華から取れた敬語は俺に移ってしまったらしい。
「ゆうや……ゆう、くん。ゆうくん、えへへ、ゆうくんって呼んじゃおう」
「もしもし博麗さん? 貴女の名誉を考えて言うけど少しお口を閉じた方がよろし──」
「──名前で呼んで?」
「はい?」
いや、最後まで聞いて?
後ろでギャラリーが見ているんだよ!? あ! ブンヤまで湧いてきた。そして写真を取られてゆくぅ! 知らないからね? 明日の朝刊で俺達公開処刑よ?
「ゆうくん、わたしにだけ名字で呼ぶしさん付けするよね。さみしいな……」
両手で俺の右腕にしがみつき、上目遣いで話しかけてくる。不思議と小悪魔的なあざとさは感じない。単純に甘えられているらしい。知らなかったけど、霊華は甘えん坊なのかもしれない。
──緊張でそろそろ死にそう。
惚れそうになっている女の子が、恋人にしか見せなさそうな瞳と仕草で擦り寄って来ている。俺の心臓はMAXハート。
『ちょっとなにいってるかわからないですね……』
──ふるえるぞハート! 燃えつきるほどヒート! おおおおっ 刻むぞ血液のビート!
「山吹色の波紋疾──ちげぇよ!?」
他作品の台詞を持ち込む程追い詰められているらしい。
落ち着け、俺。そうだ落ち着け。こういう時はラジオ体操だ。まずは両手を上げて膝を360º回転させながら首を捻る運動〜!
『落ち着きなさい。軟体動物になっていますよ!』
『訳の分からないツッコミありがとうございますっ!!』
『こういう時は深呼吸です』
「コォォォォォ……ヒュー……」
よし、落ち着いた。
「あー、ごめん。なんの話しだっけ?」
「……すぅ…………すぅ……」
──えええええっ!? 寝てるぅぅぅ!?
「もしもーし? おーい? ……霊華?」
「んぅ……」
眠ってしまったのか。人をここまで動揺させておいて自分だけ寝てしまうというのか。
「霊華」
俺は霊華の耳元で囁く。目を覚ます様子はないが、なんだか嬉しそうに微笑んでいる。
「──可愛いな」
半ば無意識に呟いてしまった。その呟きを耳にしたのはこの場にはいないだろう。けれどもしかしたら霊華の耳に届いているのかもしれない。
ありがとうございました
これで終わりかよぉ!? と言いたい祐霊ですがこれで終わりです。
今回回収できなかったイベントはまた今度です。
次は3章ですが、投稿は数ヶ月先になりそうです。
バイトと課題に予習、レポートにバイトにバイトと資格勉強とバイトと資格勉強と資格勉強でてんてこ舞いです。
取り敢えず資格を取れるよう頑張ってきます。
3章お楽しみに!