東方霊想録   作:祐霊

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お待たせしました。なんとなく書きたくなった宴会の後日談です。
サブタイトルは誤字ではありません。


#56「文々、新聞(捏造新聞)

「ういっす! 起きろ祐哉!」

「うぐっ」

 

 男の声が聞こえた。突然肌寒くなったかと思うと腹部に鈍い痛みが走った。霊夢にもやられたけど、人が寝ている時に毛布を奪い取らないで欲しい。元々寝起きは良くない方だ。こんな起こされ方をされてはまず間違いなく不機嫌になる訳で。

 

「寒いなぁ! 誰だお前! 星符──」

「まてまてまてまて! なんかヤバそうな魔法陣作るな! 死ぬ! ていうか神社も壊れるぞ!」

 

 男に言うことも正論だと思い、舌打ちしながら魔法陣を消す。そしてそのまま布団に寝転がり、毛布を創造して二度寝をする。

 

「おいコラ。なに二度寝しようとしてやがる」

「まぶたが開かない……」

「起きろってば! 今日は朝から宴会の片付けをやるから手伝えって言ってきたのはそっちだろ!?」

「クソっ、誰だそんなこと言った奴は」

 

 俺だな。確かに昨日、叶夢にお願いした。それなら起きないわけにはいかないと思い、溜息をつきながら体を起こす。

 

「何でよりによってお前に起こされなきゃならねーんだよ?」

「悪かったな! 愛しの霊華ちゃんじゃなくて。文句あるなら自分で起きろ!」

「…………ん、今なんて言った? 『愛しの』だって? 何でそれを」

「はいこれ」

 

 叶夢は畳に置いていた新聞を渡してくる。

 

 これは『文々。新聞(ぶんぶんまるしんぶん)』か。

 

「えー、なになに? 昨日の宴会で1組のカップルが登場……酒に酔った彼女を所謂お姫様抱っこで運び、熱い夜を楽しんでいた。最中の写真は流石に掲載できませんが、興味のある方は射命丸文までご連絡ください」

 

 まだ眠い俺は、脳の7割は覚醒していないだろう。それ故か捏造(ねつぞう)された新聞を見ても特に感情は揺れなかった。

 

 そう、俺の感情は非常に淡白だ。

 

「なあ叶夢。朝ご飯は食べたか?」

「食べたけど。ていうか、もうすぐ昼だぜ?」

「そうか。じゃあ今日のお昼は焼鳥なんでどうよ?」

「……いいな! 俺、焼鳥好きなんだよ!」

 

 非常に淡白で、道徳的精神は眠っている。

 

「「──ひと狩りいこうぜ!」」

 

 寝起きの俺と焼鳥に釣られた叶夢は互いの手を力強く握り交した。

 

「こんにちは! 『文々。新聞』です!」

 

 これは驚いた。こんな神社にお客さんが来たらしい。それも『文々。新聞』だってさ。

 

 俺と叶夢は見つめ合い、不敵な笑みを浮かべる。声を張り上げて「はーい、今行きまーす」と言い、ちょっとした準備を行う。

 

「はいはい。どうも。ご苦労様です」

「いやー、昨日の宴会でいいネタを仕入れたんですよ」

「へえ、そうなんですか。これは楽しみだ──はい捕まえた」

「へ?」

 

 俺は新聞記者の射命丸文(しゃめいまるあや)から新聞を受け取る際、彼女の腕を掴んだ。そして、「見えざる鎖」で腕を拘束。鎖の先は神社の御神木に巻いてある。

 

 だが、この鎖は目に見えないので、文にはただ手首を掴まれたとしか認識できない。

 

「美しい手と顔をした女だ。頬擦り、してもいいですか?」

「ひぃ!」

「ふふ、実に楽しみだ。──アンタを焼鳥にできることがよォ! 俺は楽しみで仕方ないぜ! ──創造『 弾幕ノ時雨・乱(レインバレット)』」

 

 俺は文の腕を掴んだままスペルカードを使った。俺たちの周りを囲うように出現した刀が、文だけを串刺しにしようとする。文は突然の出来事に驚いている。当然だろう。彼女はただ、新聞を届けに来ただけなのだから。

 

 鴉天狗よ。その聡明なおツムは飾りか? 新聞のネタとなった人物にバレたら怒りを買うに決まっている。購読者が減ってしまうぞ? 

 

 鴉天狗の文は非常に速く飛行できる。それは幻想郷最速とも言われる程だ。そんな彼女だ、この程度の不意打ちなら容易く対処してみせるだろう。現に文は俺の掴む手を振りほどいて遠くへ飛んでいってしまった。それなりに強く掴んでいたつもりだけど、妖怪相手だと無力だな。

 

 文を串刺しにするはずだった刀は全て境内の石畳に跳ね返され、地面に転がる。

 

 ──アンタが逃げるのは当然想定しているさ。ここからだよ

 

 地面に転がっている刀はカタカタと動き出した。それはまるで心霊現象──ポルターガイスト現象のようだ。綺麗に整列した十数本の刀の動きは、軍隊の集団行動の様に統制されている。刀は文を目掛けて飛翔する。鴉天狗はそれを避けるが、躱された刀は向きを変えて再び彼女を狙う。

 

 ──物を操作する能力だったか。いいなあ。

 

 何を隠そう。刀を操っているのは叶夢である。叶夢は自分が触れたことのある物、または数秒間見続けた物を操作できる。

 

 俺は叶夢を援護するように刀を投擲する。2人からの攻撃を難なく躱し、調子に乗っているのか、刀を避けながらちょくちょく俺の目の前に現れてはドヤ顔でこちらを見てくる。「人間が攻撃してきたから遊んでやろう」とでも思われているのだろうか。

 

 実際、彼女に弾を当てるのは難しい。

 

「こんなものですか? そんなんじゃ攻撃は足りませんよ!」

「こうなったら奥の手だ。──星符『スターバースト』!!」

 

 眼前に巨大な魔法陣を創造し、水色の極太レーザーを放つ。鴉天狗がどんなに速く空を飛ぼうが光の速さに適うはずがない。だが鴉天狗はこの手のレーザーを見たことがあるのだろう。レーザーが広がる範囲を完全に見切り、敢えてギリギリ掠る程度に避けて見せた。

 

「チィ!」

「完全に煽られてるな!」

 

 俺が舌打ちしていると、轟音が響く中やって来た叶夢が耳を塞ぎながら叫ぶ。

 

 ──そろそろかな

 

「ああもう、煩いわね! なんなの!?」

 

 レーザーが煩すぎて微かにしか聞こえないが、女の子の声が聞こえた。家の方を見ると寝巻き姿の霊夢が耳を塞いでいた。それを見て満足した俺はレーザーを止める。

 

 ──耳栓しなかったから耳鳴りが凄いな

 

 脳に響く不快音に堪えながら霊夢に向かって叫ぶ。

 

「あの人が俺達を丸焼きにするって言ってきたから迎撃しました!」

「言ってないですよ!? 言ってきたのは貴方です!」

「アンタぁ……私の家の前でよくそんなことできるわね? 今日こそ退治してやるわ!」

 

 か弱い人間による被害届けを受けた霊夢は目の色を変えて鴉天狗に向かって行った。

 

 鴉天狗と霊夢はかつての異変で戦ったことがある。その際天狗は妖怪退治の専門家の恐ろしさと強さを知ったはずである。

 

 冤罪で死刑判決を食らった鴉天狗に戦う気は起きないようだ。持ち前の素早さでどこかへ逃げようと、黒い羽に力を込める。そして加速した時、鴉天狗の動きが止まった。

 

「トラップカード発動! 『見えざる鎖』! この鎖に繋がれたものは繋いだ先(御神木)から一定の距離までしか離れられない!」

「上手くいったな! 祐哉!」

 

 鴉天狗は一瞬の動揺を見せた。霊夢はその間に鴉天狗に接近し、脳天にお祓い棒を叩きつけた。

 

「やったあ! 今日のお昼ご飯ゲット!」

「何言ってるのよ? こんな奴食べたらお腹壊すわよ」

「ありがとう、霊夢。俺たちじゃあの天狗は殴れなかったから助かったよ」

 

 霊夢は「食べられなくてよかったね」と言いながら戦利品(文々。新聞)を眺める。

 

「なにこれ」

 

 霊夢は硬直した。俺は何も知らないふりをして霊夢の脇から新聞を覗き込む。そして如何にも初見のように驚いてみせる。

 

「……霊夢」

「なに?」

「やっぱりさ、焼鳥食べたくなって来──」

「──だから、お腹壊すわよ?」

「じゃあ、もう一発殴ってきてくれない?」

「彼処で気失ってるから自分でやってきなよ」

 

 そういうことなら、と俺はポキポキと手の間接を鳴らしながら鴉天狗の元へ歩み寄る。

 

 ──しかし男が女を殴るわけにはいかないな

 

 目が覚めたおかげで道徳的精神が覚醒した。殴らない代わりに彼女が首から提げているカメラを拝借する。随分と古いようだが、俺にも使い方がわかる。カメラの記録を見てデータを全て消去する。写真の総枚数が4桁だったが知ったことではないのだ。データのバックアップを取るのは当然だし、どこかに持っているだろう。カメラは破壊しないでおくから、有難いと思うんだな。

 

「はいチーズ」

 

 おお、このカメラは撮った瞬間に現像する物なのか。霊夢に脳天を叩かれ、気絶した鴉天狗の姿が綺麗に写っている。

 

 俺はそれをじっと眺める。別に、彼女の綺麗な肌を眺めている訳では無い。そんなことに集中力を割くことはできない。

 

 ──創造

 

「エッエッエ! バックアップ完了! これでいつでも複製できるぜ!」

 

 次に俺は彼女の荷物から新聞を取り出す。

 

 ──これをああして、こうして……ちょちょいのちょい

 

「うへへ! できた!」

「楽しそうだな。下着でも覗いてるのか?」

「んなことしねーよ。そこまで人道外れてないわ」

 

 じゃあ何をしていたんだ。と問う彼に、俺はありのままを話す。

 

「清く正しい射命丸文に倣って俺も新聞を作った。読んでみな」

「……これはR18制限かかるな。えげつない……。一応聞くけど、この捏造新聞はどうするんだ?」

「決まってるだろ? ──ばら撒くんだよ」

「うん。人道外れてるよお前」

「酷いなぁ。俺はやられたからやり返しただけだぜ? やられっぱなしは性にあわないね!」

 

 そもそも、文々。新聞をまともに読んでいる人は居ないって噂だから特に問題は無いだろう。

 

「『文々。新聞』じゃなくて『文々、新聞』に変えておこうかな?」

「何でだ? 何で微妙に変えるんだ?」

「だって、文がもしも『文々。新聞』の商標権取ってたら使用料を請求されるもん」

「幻想郷に特許庁なんてねーよ! 気にすんな!」

 

 そう言って叶夢は俺の背中をバンバンと叩く。痛てぇ。何すんだ。

 

 ───────────────

 

「なんかすごい音……どうしたんだろう」

 

 昨日の宴会で飲みすぎてしまったのか、気だるさを感じる。よろけつつ自室を出て外を見ると、寝巻き姿の霊夢と神谷君、叶夢君がいた。何で着替えないのかと思いながら彼らの目線の先を見ると新聞記者の文さんがいた。

 

 ますます意味がわからない。どうして戦っているんだろう。

 

 廊下に新聞が置いてあることに気づき、手に取る。支柱に寄りかかって目を通すと──

 

「あ、ええええ!? わ、私と神谷君が!? あ、熱い夜を……え、どうしよう、記憶にない! わ、私……何されちゃったの……?」

 

 ───────────────

 

「やれやれ、片付けを始める前に疲れちゃったよ」

「だな。少し休ませてくれ」

 

 捏造新聞を作成して満足した俺は、部屋に戻って着替えることにした。

 

 因みに文が持っていた残りの『文々。新聞』は『文々、新聞』にすり替えておいた。『文々。新聞』は紅魔館に持っていくよう使い魔に命令した。咲夜ならきっと燃料として使ってくれるはずだ。新聞は良く燃えるからね。

 

「おはよう、博麗さん。そんなところで何やってるの? もしかして二日酔い?」

「ひゃっ!? かかか、神谷君!? わ、私達……えっと!?」

 

 何をそんなに動揺しているのかと思っていると、彼女の手に握られている新聞の存在に気づいた。

 

 ──あちゃー! 廃棄するの忘れた。

 

「あ、あのですね。その新聞に書かれている内容は全て嘘です。偽りです。捏造新聞なんです! 俺達は別々に、健全な夜を過ごしました! な? 霊夢」

「うん。お酒に酔って寝ちゃったから私が部屋まで運んだのよ」

「ほ、本当に?」

 

 疑われていることに対し、そんなに信用が無いのかと悲しむ俺を見て叶夢がアハハハ! と笑う。アハハじゃないんだよ肘で殴るぞ。

 

「因みに犯人は向こうで気絶しているから殴ってきてもいいよ」

「殴らないけど……この新聞って幻想郷中に配られているんですよね」

「……やっぱり焼鳥に──」

「──くどい」

 

 しゅん。そんなに焼き鳥が嫌いなのか? 

 

「大丈夫。俺が作った捏造新聞をばら蒔いておくから! これは報復だ。後悔させてやる」

「因みにこれが祐哉作の捏造新聞ね」

「ちょ、おいそれを渡しちゃ……」

 

 なんという事だ。捏造新聞が叶夢の手によって流出した! 霊華にだけは見られたくなかったのに! 

 

 新聞を見た霊華は顔を赤くして部屋に戻ってしまった。

 

 それから数日間、霊華は目を合わせてくれず、うっかり目線がぶつかっても直ぐに逸らされてしまうという地獄を味わった。

 

 俺は捏造新聞をばら撒くことを決心した。




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