#57「白玉楼」
今から数ヶ月前の事。
魔理沙が神谷祐哉と博麗霊華の2人を連れて白玉楼に訪ねてきた同日。実はもう1人の来訪者──彷徨い人がいた。
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目が覚めた。俺は……トラックに轢かれたはずだ。道を歩いていたら少女が車道を挟んだ反対側の歩道にいる父親らしき人に手を振っていた。そして、少女は車道に飛び出した。横断歩道では無いところで、父親のところへ行くために走っていった。少女のそばにいた母親は手を繋いでいなかったのか、反応が遅れている。
少女の行く先の車道にはトラックが直ぐそこまで来ている。俺の身体は考えるより先に動いていた。
トラックが来る前に少女を助け、自分も道路を渡りきる。俺にはできるという確信があった。
──確信、してたんだけどな。
俺は
「──それで、ここはどんな世界なんだ?」
俺は灰色の砂利の上で寝ていた。砂利で模様を描いたような庭──枯山水か。横には大きな和風屋敷。上を見れば青い空が広がっている。ここまでは俺の理解が及ぶ。及ばない点は白い塊が空気中を漂っていることだ。まるで水中を泳いでいるように。
「どうしてこんな所に人が? 大丈夫ですか」
途方に暮れていると銀髪で痩せ型の少女に話しかけられた。
「ああ。気づいたらここにいて……悪い。庭を汚しちまったな」
「気づいたらここにいたんですか? えっと……頭ぶつけました?」
「……そうなのかもな。俺には幻覚が見えるんだ。変な白い塊が漂ってやがる。死んだ後遺症か?」
白い塊は少女のすぐ横にもいる。
「貴方は亡霊なのですか?」
「いや、生き返ったし人間だぞ? ……多分。すまん。ここはどこなのか教えてくれないか」
「ここは白玉楼です」
「住所の話だ。この、白玉楼ってのは何県なんだ? そもそも国は日本?」
「わわ、一気に質問しないでください。ええと……」
いやまて、ここは異世界なんだった。ということは国も県名も、俺の知識は通用しないんじゃないか?
少女は目に見えるほど慌てている。小動物のような仕草をする彼女は可愛らしいと思った。
「あの、私達何だか会話が噛み合っていない気がします。なので、一先ず場所を変えませんか? 主人を連れてきます」
主人? 俺より幼く見えて結婚しているのか。合法ロリというものか? いやまて、これだけの豪邸だ。この子は付き人で、主人とはこの屋敷の持ち主の事を指すと考えるのが自然ではないだろうか。
「ああ、頼むよ」
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部屋に案内され、西行寺幽々子という人と魂魄妖梨という青年に会った。先の少女は魂魄妖夢。妖梨と兄弟なのかと聞いたが違うらしい。訳ありだとか。
暫く話すうちに俺は記憶喪失の人間という形で落ち着いたようで、暫くこの屋敷に住ませてもらうことになった。
「あら、お客様が来たみたいです」
妖夢が門へ向かっていくのを見て、何となく俺も様子を見ようと思った。
そして、妖夢が門を開けるときある事を思い出した。
──あの
「妖夢の隣にいる
うぬぬ、と念じると綿あめはとんでもないスピードで客にぶつかって行った。客の物らしき悲鳴が響く。妖夢は慌てて門の向こうへ行った。客を助けに行くのだろう。
──ふーん。イマイチ操った感じはしなかったけど、成功かな。
──まだ実感は湧かないけど、ここは異世界で、自分は能力を手に入れたんだ。面白くなりそうだ!
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今日一日の仕事を終えた私は風呂場に向かう。今日は色々なことがありすぎた。来客が二人──魔理沙を含め三人。そして今日幻想入りした
湯に浸かる。冬の露天風呂は浸かるまでがとても寒いが一度入ってしまえば気にならない。
神谷祐哉。彼の件はどうしようか。剣術を学びたいというのは指南役として、そして剣術を扱う者としては嬉しい事ではある。しかし彼は言った。護身術のためだと。
「教えるのは構わないのだけど……」
一体何を教えられるのだろう。私の剣術は剣道とは異なる。真剣を用いる以上、殺傷する可能性がある。そもそも彼は何から自分を守りたいのだろう。人間? 妖怪? 前者ならば教えることはできない。真剣を扱う以上、半端な教えであってはならないのだ。後者なら……しかし後者だとしても、だ。人間が数年修行したところで妖怪には到底かなわない。ならば下手に力を与えず、己の非力さを自覚して生きるほうが結局護身に繋がる。
「ちょっと長く入りすぎたかな」
逆上せてきたので湯から出る。まあ、このことはゆっくり考えよう。
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「妖夢。どうするのか決まった?」
幽々子様が問うてくる。既に朝食を食べ終えている。私の五倍はある量を、だ。私が小食というわけではないのだけど。これほど食しても何故体系が崩れないのかな。いくらなんでも無理がある。その、質量保存的に。
「どう、とは?」
「昨日の外来人のこと。ああ、叶夢のことではないわ」
それを聞いた叶夢君は興味なさそう、というか聞いてなさそうだ。「なにこれむっちゃ美味い」などと言っている。口に合ったのなら良かった。
「わからないです。考えはしたのですが、どうすればいいのか……」
「したいようにすればいいわ。貴方が教えたいかどうか。大事なのはそこじゃない?」
「教えたいかどうか……」
ますますわからない。どちらにせよ、彼にはもう一度会う必要がありそう。
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あの時私は
暫くして、顕界の迷いの竹林で異変が起きた。それを解決したのが神谷祐哉だと聞いた。異変を解決できるほどの実力があることが分かった時、私はより真剣に考えるようになった。
私は直ぐに博麗神社を訪ねた。彼は不在だったが、霊夢から彼について色々聞いた。刀は頻繁に使っているということを聞いて私は決心した。
模造刀とはいえ半端者が振り回しては危険だ。更に、彼は努力を惜しまない人間だと聞くことができたので、根性はあるだろうと判断した。
「幽々子様。先日弟子入りを志願してきた彼についてですが、認めようと思います」
「そう。分かったわ。叶夢もいるし、丁度いいわね」
叶夢君は最近修行を始めた。彼にはある程度修行を積んだら真剣を与えるつもりだ。
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時は現在に戻る。
「おやすみ、妖夢。早く寝るのよ」
「おやすみなさい。幽々子様」
今日最後の見回りは妖梨が担当する。私はその間別の仕事をしつつ幽々子様が床に着くのを待つ。
今日の仕事は終わり。お風呂に入って眠るだけだ。叶夢君ももう寝ただろう。彼は最近剣術の修行を始めたので、相当疲れがたまっているのだろう。いつも夕食を食べた後すぐに眠ってしまう。
私は縁側に腰を下ろしてまだ色づいている桜を眺める。
妖梨と私の間に血縁関係は無い。彼は魂魄妖梨という名だが、元々名前が無かった。
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ある日、幽々子様が赤ん坊を拾ってきた。そして、「今日からこの子を育てるわ」と仰った。当時、白玉楼の庭の手入れと幽々子様の身の回りのお世話を1人で担当していた私は猛反対した。幽々子様に子育ての経験はないのだから、私が担当することになる。これ以上仕事が増えては手に負えなくなってしまうと主張したが、「あら、妖夢のお世話もした事あるのよ?」と言われてしまい、私は何も返すことができなかった。
そもそもどこで拾ってきたのか、この子の親はどうしたのかと訊ねた。だが、幽々子様は返事を下さらなかった。私は誘拐の可能性を考え、幽々子様を説得しようとしたが、数分の会話で少なくとも誘拐の線はないことが分かった。
赤ん坊は紫様が連れてきたらしい。あの方は気まぐれで人攫いをすることがあるから、納得せざるを得なかった。
幽々子様は赤ん坊に「妖梨」と名付けた。幸い、妖梨は素直ないい子で、子育てにはそれほど苦労しなかった。私のことを本当の姉のように思っていて、お姉ちゃん思いの優しい子に育った。妖梨は十年程前から庭師としての仕事を始めた。魂魄家は代々白玉楼の庭師を継いでいる。妖梨は魂魄家ではないので無理に庭師の仕事をする必要はないと言ったのだが、「お姉ちゃんを手伝いたい」と言ってくれた。以来、庭師の仕事は二人で担当している。最初は寧ろ私の仕事が増えていたが、半年ほどたったころには段々と私の負担が減っていった。
「こんばんは」
「うひゃあっ!? な、なんだ。紫様でしたか。失礼しました」
「うふふ。全く慣れてくれないのね。驚かすつもりはないのだけれど」
「昔よりは慣れたと思いますが」
「そうね。小さいころは悲鳴を上げるや否や斬りかかってきたもの」
む。確かに記憶にある。紫様はいつも背後から突然現れる。師匠に剣術を叩き込まれていた幼少期の私は反射的に抜刀した。当然だが紫様を斬ったことはない。私が本気で挑んでもこの方には敵わない。私が斬りかかった時、たまに手合わせ相手になってくださることがあるのだが、彼女の本気を見たことがない。
「幽々子様はもう就寝されましたが」
「大丈夫よ。貴女にお話があるの。すぐに終わるから、お隣失礼するわ」
そう言って紫様は私の隣に腰かけた。妖怪の賢者と名高い方が隣にいるのは中々に緊張するが、こうやってお話しすることは偶にあるので、頭が真っ白になるようなことはない。
「貴女、神谷祐哉の師になるそうね。どんなことを教えるつもりなの?」
「まずは素振りと体づくりでしょうか。特に後者は大事です。しばらくは走り込みですね」
「剣術には型があるでしょう。その伝授が始まるのはいつ頃になりそう?」
「成長具合や、鍛錬の時間にもよりますが、早くて1年後ではないでしょうか」
紫様は祐哉君に注目しているらしい。そもそも彼を連れてきたのは彼女だと聞いた。今回は気まぐれではないのだろうけど、理由を考えても私の理解が及ぶことはないだろう。
「半年でできないかしら」
「ええっ!? どんなに才能があってもそれは……」
「人間、追い込まれたほうが成長しやすいのよ。だから徹底的に追い込んであげて。文字通り、生命の危機までね」
「……宜しいのですか?」
「ええ、これは提案ではないわ。指示よ」
「紫様が仰るのなら……わかりました」
紫様は「お願いね」と言って消えた。その時、1枚の紙が私の元にヒラリと落ちた。それは所謂指導書だった。人間の心理を利用して効率良く育てる手法が書かれている。成程、叶夢君の存在が大きいのね。彼と祐哉君が競い合うだけで飛躍的に効率が上がると。
──忙しくなりそうね。