「ぜぇ……ぜぇ……無茶だ……」
「おう……祐哉。お前はここで……降りるのか? 俺は、先へ……行くぜ!」
階段登りは叶夢もやるらしい。彼も最近妖夢の弟子になったようで同じメニューで育てるようだ。叶夢は兄弟子ということだ。
「くそ、負けるかよ!」
階段を登り始めてから30分は経っただろう。慣れるまでは歩いて登るよう、妖夢に言われた。最初の15分は会話しながらでも中々のペースで進んでいた。だが、段々互いに口数が減ってきて今では老人のように杖を使わないと登れなくなっている。
──節子、これは階段登りじゃない! 登山や!
「──か、川が見える……向こうでばっちゃんが笑ってらぁ……」
「目を覚ませ祐哉! それは三途の川だ! ここは冥界だ! 死ぬんじゃねえ!」
「どの道死ぬんだよ俺はよォ!」
足は既にプルプルと震えていて、まともに登ることはできない。その代わり、口だけは動く。しかし残念ながら思考停止しているのでさっきから変な事を口走っている。
叶夢との差は5段程だったのに、今では15段は離れてしまった。
「はーい、ここまで頑張ってきてください!」
大分上の方から妖夢が叫んでくる。この階段は段数が相当ある分、踊り場の数も20はあるらしい。下から登って1つ目の踊り場まで行けば休めるという。
「ひぃ、ひぃ……遠い、遠いよぉ……踊り場が、遠い!」
ノロノロと、一段一段確実に亀のように登る。亀は階段を登れないとかいうツッコミには対応できない。それどころではないからだ。
因みに空を飛ぶのは論外。霊力を使ってはいけないし、当然能力の使用も不可。使った場合即破門らしい。怖すぎる。杖は階段登りを始める前に創造した、ただの棒切れである。
棒切れに細工はしない。こんな事で破門になるわけにはいかないのだ。まだ俺は何も教わっていないのだから。
「根性……根性だ! 俺を舐めるなよー!」
「その意気だ! 頑張ろうぜ」
それから俺達はかなりの時間をかけて妖夢の待つ踊り場まで辿り着いた。
「つい……た……」
「どふぁ!」
踊り場に足を着けるのと同時に崩れ落ち、地面に倒れ込む。
「お疲れ様です。ゆっくり休んでください。1時間程ここで休みましょう。少し落ち着いたら水を飲んでください」
息を整えているうちに気が遠くなっていく。
「死ぬなぁああ! 祐哉ぁああ!!」
「んぶっ……!」
しまった。眠っていた。非常に冷たい水が顔にかかって目が覚めた。
「おお良かった。本当に死んだかと思ったぜ」
「俺はどのくらい寝てた?」
「5分くらいじゃないか」
叶夢から竹水筒を受け取り、水を一気飲みする。
「ぷはあ! くぅ〜! キンキンに冷えてやがる!」
眠っていたからか、乱れていた呼吸は整っているが異常な睡魔に襲われる。もう一度川を見そうだ。
「師匠、汗をかいたので着替えたいのですが、能力を使用してもいいですか」
「いいでしょう」
「いいな、俺も着替えたい」
しばらくの間妖夢に後ろを向いてもらい、俺と叶夢はシャツと半ズボンに着替えた。叶夢は見られても構わないと言うのだが、妖夢の為だと言うと納得した。
どうせ汗をかくのだから、いっそ全裸で階段登りをしたいところだが流石に控える。
「お腹は空いてませんか?」
「不思議と空いてないです」
「少々過酷すぎましたかね。食欲が無くなるのは余り望ましくないですが……」
少々ではない。非常に過酷だ。平和ボケした最近の若者には厳しすぎるメニューだ。
「次から杖を使うのはやめましょう。姿勢を崩さないようにしてください。杖を使うことに慣れすぎて腰が曲がっては困りますからね」
「それはそうだけどよ、正直支えがないと登りきれねーよ」
妖夢の指示に叶夢が反論する。妖夢の言うことも正論だが、叶夢の言う通りでもある。
「自分が姿勢を正したまま登れる限界の位置に目印を置いてください。暫くはそこまで登る感じで行きましょう」
「マジか! むっちゃ楽じゃん!」
「叶夢君。分かってないですね。何セットもやってもらうに決まっているでしょう」
急激にノルマが減ったことを喜んだ叶夢はガッツポーズをしたが、妖夢の返答を聞いて神に慈悲を求める人間のように哀れな表情を浮かべた。
「因みに何セットですか」
「10セットです。限界を偽っても無駄ですよ。さっきの様子は全部見ていましたからね。場所も記憶しています」
「うわぁ……」
叶夢君? まさか君、やる気だったのか? もういい加減諦めろ。俺たちの墓はここなんだよ。冥界だからいつ死んでもいいんだ。
『自棄にならないでください』
「あと、最初の方は楽そうでしたね。効率が悪いので、重りを背負ってもらいます」
「ううっぷ……吐き気が……」
これは自棄にもなるよ。
───────────────
「はい。今日はここまでにしましょう」
「……っス」
「……はい」
夕方になる頃には何とかやり切った。10セット。数千段にはなるだろうが全体の十分の一にも満たないだろう。そう考えると絶望しかないが、それでも今日のノルマはやり切ったという達成感がある。
「それじゃあ空を飛んで一気に上まで行きますよ。空を飛ぶ感覚を忘れられてしまっても困りますからね」
「え、叶夢って空飛べるん?」
「逆に聞くけど、飛べなかったらどうやって博麗神社に行くんだよ?」
「気合?」
「お前俺のことなんだと思ってんだ」
「脳筋野郎」
「おい」
ははは、冗談に決まっているだろう。飛べることは分かっていた。でも脳筋キャラだと思っているのは本当だ。
「ほら、早く行きますよ。そろそろ幽々子様がお風呂から上がる頃でしょうから、すぐに入っちゃってください」
「やった! やっと汗を流せるぞ。ふははは! 元気が出てきた」
───────────────
実にハードな1日だった。今日から白玉楼で修行をする事になり、妖夢と弾幕ごっこをした後階段を登りまくった。階段登りはお昼前から夕方までやっていたから、5.6時間は登っていたのだろう。間に挟んだ休憩を合わせれば2時間ほどだ。登っていた時間を求めると登山としか思えない。
風呂でサッパリした後、俺は使い魔に手紙を持たせて博麗神社へ送った。
『探さないでください。と』
──アテナさん、そこで変なナレーションを挟まないでくれますか?
失踪なんかしない。してたまるか。俺は生きるのだ。そして、強くなったら霊華に会いに行くのだ。
手紙の内容はこうだ。
「ごめん、夕飯までには戻れません。今、白玉楼にいます。──必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意した。……本当は、皆との暮らしが恋しいけれど、でも今はもう少しだけ、知らないふりをします。あの王を除くことで、きっといつか本当の平和が訪れるのだから」
これをウキウキしながら書いていた時、隣で叶夢が見ていたのだが、彼のツッコミはこうだ。
「おいそれパクリだろ」
「これは引用というのだよ。何なら引用元書いておくか? 走れメロスなんて霊華にしか通じねえよ。それにもうとっくに著作権はない」
「そういう本があるんだ。『かの邪智暴虐の王』って一体誰かと思ったよ」
と、妖梨が言う。妖梨とは夕飯の時に初めて会った。俺が来ていたことは知っていたようだが、庭師の仕事で忙しく顔を合わせることがなかった。
『結局、あの手紙に意味はあるのでしょうか』
『何も伝わってないでしょうねぇ』
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次の日。想定よりも早くに起こされた。何だと思うと朝食の時間だと言われた。テーブルの上に置いた腕時計を見れば朝の5時半だということが分かる。
──早くね?
「おはようございます。すみません、6時には起きるつもりだったんですが……」
「おはよう〜 うちの朝は早いのよ」
部屋には幽々子と大量の料理が置かれていた。十数人規模の宴会に出す程の量だが、幽々子がよく食べる人だというのは知っていたので大して驚くことは無かった。その代わり、「本物だ! うっほほほーい!」というオタクのような感想を持った。
妖夢と妖梨は朝食を運んでいる。手伝おうとするが、断られた。
──俺は要らない子なんだ……。
「そんなに働きたいもんかね」
という叶夢。お前の態度は図々しい域ではないのか。これではお客様ではないか。
「何もしないってことは、必要のない人材って訳で、そいつに居場所はないってことだぜ?」
「あら、私も居場所無くなっちゃう」
と幽々子に言われ、慌ててフォローする。
「幽々子さんはここの主ですし、彼等は貴方の従者なのだから問題ないのですよ」
「……昨日も言ったけどね。貴方に家事をやる暇はないのよ。休む時は休み、鍛練に励みなさい」
「俺が技術を身につけることが、貴女方に見返りがあるのですか?」
「さあ」
「……肯定、と見ますよ」
全く意味が分からないが頑張るとしよう。
───────────────
「さて、食休みがてら散歩してきてください」
そう言われ、俺達は
今日もしんどかった。昨日の疲労が取りきれてなくて、足のあちこちが痛かったので、余計に辛く感じた。叶夢と互いに励まし合い、何とか達成することができた。
「お疲れ様です。30分程休んだら別の鍛錬をしますよ」
「ええ! 今日は終わりじゃないのか?」
「時間は有限ですからね。無駄にはできないですよ」
妖夢の言葉に叶夢がごねた。元々「家事をやっている暇はない」と言われている俺からすれば、妖夢の発言は簡単に予想できたことだ。気持ちの準備は整っているのでそんなに絶望感はない。飽くまで、気持ちの面での話だが。
身体的には朝から悲鳴を上げている。壊れそうな身体を根性で無理矢理動かしている。
「祐哉ー、疲労回復の薬とか造れないの?」
「物体だからできるかもしれないけど、やめたほうがいいと思う」
疲労回復の薬を能力で創るなら、粒に疲労回復の『ナニカ』を付与する事になる。薬学の知識に明るくない俺は創造する際関与しない。俺からすれば未知の物質を生み出すのだ。そんなものを体内に入れて副作用がないとは言いきれないし、自分の霊力で作ったものを他人の体内に入れるとかサイコパスみたいで嫌だ。
結局、食べ物や薬といった体内に入れる物は安易に創造しないようにしている。やるとしたら、薬学の知識を身につけてからだ。生憎薬には興味が無いので勉強することは無いだろうが。
オススメしない理由もとい創造したくない理由を話すと渋々と納得した。
「便利そうなのに使えねえな」
「ははは! あんまり偉そうな事言うと猛毒飲ませるぞ」
別にいいんだよ? 責任取れないからオススメしないってだけだから。副作用でうっかり不老不死になっても知らないからね。
「お姉ちゃん、お客さんだよ。祐哉もおいで」
屋敷の庭で休んでいると妖梨が話しかけてきた。俺と妖夢が屋敷へ行こうとすると叶夢もついてくる。
3人で応接間に行くと、水色の巫女服を着た女の子が座っていた。
「博麗さん!」
「神谷君! よかった。少し心配しましたよ」
俺達は感動の再会を果たした。会わなかった時間は24時間経ったか経っていないかという程度だが、その間階段登りで地獄を味わった俺にとってこの再会は感動ものである。
「手紙は届いた?」
「はい。霊夢が『かの邪智暴虐の王って誰?』と言ってましたよ」
「ディオだっけ? ディオニスだっけ?」
「ディオニスですね。教えておきました。そしたら首を傾げて『そんな奴いたっけ?』って」
「あはは」
ネタが通じていたようでなによりだ。
「ああ、多分通じてないだろうから伝えるね。俺はしばらくの間白玉楼でお世話になることになった」
「剣の修行ですね。分かりました。霊夢と魔理沙に伝えておきます」
「ありがとう。お願いね」
霊華は席を立つと妖夢に挨拶をした。
「妖夢ちゃん、偶に神谷君に会いに来てもいい?」
「もちろん。いつでも来てね」
「会いに来てくれるの? 嬉しいな」
「私も修行するので毎日とは行きませんが……偶になら。神谷君も偶には戻ってきて欲しいです」
「うん。余裕ができたら行くよ」
そうか、霊華も修行するのか。霊華の成長スピードは早いからな。うっかりすると俺より強くなりかねない。霊華を守れるように、霊華よりも強く在らねば!
「よし、修行の続きをしましょう。師匠」
「気合いが入ったようですね。良いでしょう」