東方霊想録   作:祐霊

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#60「鞘取り合戦−1」

 三日目からは木刀の素振りを始めた。朝から始まる階段登りは昼過ぎに終わり、小休憩を挟んだ後、体幹トレーニングをして、その後に素振りをする。

 

 白玉楼で住み始めてから一週間が経った。修行には慣れてきたが辛さは余り変わらない。階段登りの時に使う重りが3倍程度に増えたから、結局疲れるのだ。足腰を鍛える鍛錬で腰を痛めてはいけないので、姿勢を正すことを意識しながら登るようにしている。

 

「お疲れ様です。叶夢君は余裕がありそうですから、明日から重りをプラス1キロです」

「うっす」

 

 流石陽キャなだけあって叶夢は体力がある。俺と叶夢の重りの差は2キロだ。

 

『修行を始める前からの差は埋めにくいですね』

『後で俺だけ走り込みでもしようかな』

 

「祐哉君、自信をなくすことはありません。ほら、太陽だってまだ昇りきっていないんですよ」

「あれ? まだ昼になってないのか」

「叶夢君は元々体力がある人なだけで、祐哉君も成長しています」

 

 ───────────────

 

「さて、二人には今日から真剣を持ってもらいます」

「驚いたな。そんなに早く持てるとは」

「叶夢の言う通り、剣の修行って、ずっと素振りをするものかと思ってました」

「ええ、本来は半年から数年の間素振りをします。それは半端な者が刀を持ってはいけないから……」

 

 修行開始から()()()が経過した頃、真剣を持つようになった。

 

「俺達は半端な者じゃないってことか?」

「いいえ。貴方達はまだまだ素人のレベルです。──念の為に聞きます。貴方達は私の、魂魄家の剣術を習いたいですか? それとも、刀をそこそこ使えるようになればいいのですか?」

 

 俺と叶夢は少し考える。

 

「俺は刀を使えるようになりたいです」

「俺も」

「分かりました。それでは、どの流派にも共通する基本と実践を叩き込みます。奥義の伝授は無いですからね、予め了承してください」

 

 奥義かぁ。気になるなぁ。でも俺は元々剣術を極めようとしている訳では無い。俺にとって日本刀は好きな武器で、頻繁に創造する物だ。刀をブンブン振り回すだけではまともに戦えないから誰かに教わりたかった。

 

「奥義は気になるけど、この歳になってから始めたんじゃ一生かかっても会得できなそうですよ」

「確かに、私は数十年剣の修行をしていますがまだまだですからね」

「は?」

 

 叶夢が妖夢に対して惚けた声を出す。

 

「妖夢って、12歳くらいじゃないの?」

 

 ──いや、確かその5倍くらいだったような

 

「成長具合だと多分二人より年下だと思います。でも、実は2人より長生きしているんですよ」

「んん? どういうこと?」

「実は私は半人半霊なのです」

「半霊……? じゃあいつも妖夢の近くにいる綿あめって……」

「私の身体の一部です。……食べないでくださいね!?」

 

 妖夢の半霊(綿あめ)は叶夢に食べられると思ったのか半人の後ろに隠れた。

 

「その半霊は師匠の意思で動くんですか?」

「そうですよ。ある程度は勝手に動きますけど」

 

 叶夢はさっきからずっと半霊を見つめている。

 

「おかしいな。能力が使えない」

「どうした?」

「いや、前まで俺の能力で妖夢の半霊を動かせたんだよ。今やってみたら動かないんだ」

 

 ──半霊を動かしただって? 

 

「そういや最初に白玉楼へ来た時に、妖夢の半霊が俺に飛んできたけど──」

「ああ、あの時か。俺がやった」

「叶夢君が犯人でしたか。何かおかしいとは思ったんです」

「お陰で俺、死にかけたんだが? なあ、おい叶夢?」

「悪い悪い。あんな勢いよく飛ぶとは思わなくて」

 

 まあ、随分前のことだから今更怒ったりはしないけど。

 

 でも、今まで操れた物が操れなくなるのはどうしてなのだろう。

 

「お前の能力ってさ、同じ物を何回でも操れるのか? 回数制限とかあるんじゃない?」

「それは考えにくいな。この力を制御するために特訓してるけど、動かしている物はいつも同じだよ」

 

 ──? じゃあなぜ動かせないんだ? 

 

「まあその件は後にしましょう。話を戻しますよ。真剣は用意しておいたので、選んでもらいます」

 

 妖夢は半ば強引に話を戻した。そうだ、真剣の話をしていたはずなのに何で叶夢の能力について話していたのか。

 

 俺達は屋敷に戻り、妖夢の後をついて行ってとある部屋の中に入る。

 

「そこに掛けてある剣が二人のものになります」

 

 部屋の刀掛けに二振りの刀が置かれている。妖夢は刀掛けの前に立ち、こちらを見る。

 

「片方はただの刀ですが、一方は妖刀です。好きな方を選んでください」

 

 なぜ片方だけ豪華でもう一方は普通なんだろうか。予算が足りなかったのかな、等と失礼なことを考えている俺に対して叶夢はとても嬉しそうにしている。

 

「妖刀か! 良いな! 祐哉も妖刀が良いだろ?」

「いや、俺はただの刀で良いよ。折れないでくれればそれで良い」

「なんだ? 道具には拘らない主義なのか?」

「いや、妖刀って訳アリものだからな。普通に怖い」

 

 刀に取り憑いた変な妖怪にひどい目に遭わされるくらいなら創造した刀に力を付与する。

 

『取り憑かれたら霊夢に祓ってもらえますよ。まあ、私にもできると思いますが』

『巫女じゃないのにですか?』

『先に貴方に憑いているのは私たちですからね。普段は守護霊のように見守っているだけですが、いざとなれば守れます。霊的なことなら特に』

 

 すごいな。流石神様。国を跨いで伝わってきた神話に登場する神が妖怪に負けるはずがないのだ。

 

「妖刀に何かいるなら退治してやれば良いだけじゃないか」

「アホか。そんなことしたらただの刀に成り下がるだろうが」

「あっ! じゃあ俺の能力で操ってやるぜ」

「ああ、頑張ってな。俺は普通の刀を貰う」

 

 叶夢が手にした妖刀は鞘が包帯でぐるぐる巻にされているが、俺の刀はなんの変哲もない黒色の鞘だ。

 

 ──シンプルでいいな。

 

「この刀の名前はなんなんだ?」

「恐らく、刀の方から教えてくれる時が来ますよ。それまで貴方が生きていればですが」

「え!? 俺死ぬの?」

「分かりません。その刀の正体は私も知らないですから」

 

 そんな得体の知れぬ刀を弟子に渡すとは中々ヤバいな。選ばなくてよかった。

 

「さて、祐哉君。何やら安心しているようですが、ちょっと刀を貸して貰えますか?」

 

 なに? もしかしてこっちが妖刀だったの? もしそうなら今すぐ霊夢に封印してもらうわ。

 

 若干の不安を感じながら妖夢に手渡す。妖夢はゆっくりと抜刀すると、刀身だけを返してきた。

 

「さて、今から鞘取り合戦をしましょう。ルールは簡単。私から鞘を奪うだけ。但し、抵抗はさせてもらうので相応の覚悟をしてくださいね」

「……取れなかったら?」

「今日のご飯は抜きです。あ、外に出るのもダメですよ。博麗神社や人里には行かせません」

 

 まずいぞ。飯抜きは辛い。痩せ気味の俺は脂肪の蓄えがないから直ぐに倒れてしまうだろう。水さえあれば1週間は生きられるって言うけど、あれは本当なのかね? 半日抜いただけで動けなくなるんだが。

 

 とにかく、俺は飯抜きなんて嫌だ。

 

「この勝負は叶夢君と協力してください。叶夢君も夕飯を抜きますから」

「ええ!? 俺関係なくね?」

「ふーん、そんなこと言っていいのか? お前が妖刀に乗っ取られたら霊夢を呼んできてやろうと思ったが……1人で何とかするんだな」

「ちきしょー! なんでこんなことに!」

 

 叶夢は頭を抱えてしゃがみこんでしまった。まあ、俺も鬼ではない。間に合うようなら霊夢に助けを求めるさ。間に合うならね。なにかの手違いで間に合わなかったらごめんね? 

 

『叶夢相手になると性格悪くなりますよね。恨みがあるのですか?』

『基本的に陽キャは好きじゃない』

『なんて自分勝手なんでしょう』

『好き嫌いはあってもいいじゃない。人間だもの』

 

 ───────────────

 

 ──全く歯が立たないんだが? 

 

「妖夢……お前……はぁ、少しは加減しろよ……!」

 

 叶夢は乱れた呼吸を整えながら叫ぶ。

 

「加減はしていますよ。本気を出したら気配を消しますからね」

「くそ……俺の夕飯が!!」

「お前のせいだぞ祐哉!」

「んだよ!? 喧嘩売ってんのか?」

 

『落ち着きなさい。イライラしても仕方ないでしょう』

 

 1時間は経っただろうか。俺たちは妖夢から鞘を奪うどころか、まともに近づくことさえできていない。彼女のリーチが長すぎるのだ。妖夢が持っている楼観剣と俺たちが持つ刀は長さが違う。楼観剣の方が明らかに長いのだ。1mはあるだろう。よって、近づいて斬りかかろうものなら間合いに入り込む前に斬り返される。

 

 創造した刀を飛ばす中距離攻撃も意味をなさなかった。

 

「喧嘩しても構いませんが、2人で協力しない限り私には勝てませんよ」

 

 妖夢はそう言い残して飛んでいった。

 

 ──協力って言ってもな、作戦が思いつかない。

 

「叶夢、何かいい作戦は思いつくか?」

「思いつかない」

「だよな。でも、1人で挑んで勝てる相手じゃないから協力しないと……」

「上手く連携を取れば隙を生むくらいはできるかもな」

 

 叶夢は枯山水の上に寝転がった。枯山水は日本の伝統的な庭。砂利を敷いて、風景を描く。水を使わずに、砂利の模様だけで全てを再現するのが枯山水の美しさである。

 

 叶夢が寝転がったせいで、枯山水の一部は乱れてしまった。

 

「──なあ叶夢。お前の能力でこの庭を動かせるか?」

「砂利のことか? ──ちょっと待ってな」

 

 叶夢はいくつかの砂利を手に取り、暫く眺める。そして、自在に動かせることを確認した。

 

「一度に動かせるのはどのくらい?」

「重さで言うと5キロ程度じゃないかな」

「充分だ。ひとつ作戦を思いついた。できそうか考えながら聞いてくれ」

 




ありがとうございました。


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