東方霊想録   作:祐霊

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#63「アリスのお手伝い」

 剣の修行を始めてから半月ほど経った。始めて間もない頃は日課を終えた頃には地面に倒れ込むほどであったが、体力がついてきたようで、終わった後でも少しは動けるようになった。妖夢達に出かける旨を伝え、俺は白玉楼から出る。階段()()と駆け上りによって足が重たいが飛行には問題ない。懸念されることがあるとすれば、気怠さと眠気で集中力が散漫し、空を飛べなくなることだろう。

 

 今から向かうのは魔法の森にあるアリスの家だ。少し前から彼女との合同研究をしている。夕方に修行が終わると直ぐに風呂に入り、アリスの家に向かう。その後深夜0時まで研究をするのが日課である。

 

 これは初日のお話。

 初日は研究テーマを決めるために話し合い、互いに共通のイメージを作ることにした。話に夢中になり、気がつくと日付が変更していた。俺が慌てて帰ろうとすると、アリスは泊まっていいと言ってくれた。女の子の家に泊まるのは少し落ち着かないので丁重に断ろうとしたが、今から白玉楼に戻っても物音で皆を起こしてしまうと思い、お言葉に甘えることにした。翌日は早めに帰宅しようとしたのだが、泊まった方が長く研究できると言われ、最近はアリスの家で寝泊りするようになった。

 

 年頃の高校生と少なくとも見た目は同世代の女の子が一つ屋根の下で夜を明かすとなれば「あんなこと」や「こんなこと」があってもおかしくないのだが、今のところ心配ない。それはアリスに魅力がないわけではなく、単純に疲労が溜まりすぎて一瞬で眠れるからだ。彼女は人形より美しいと言われる程容姿が良い。性格もいいのでぜひともお付き合いしたい方ではあるが、俺には心に決めた子がいるのだ。気持ちが揺れることはない。

 

 ──やっと着いた。

 

 白玉楼からアリスの家まではそこそこの時間がかかるため、俺は全力で飛行するように心がけている。早く飛べるメリットは殆どないが、体力と飛び続けるための精神力を鍛えられるのだ。

 

 ドアを開けると人形が出迎えてくれる。初めてきた時は侵入者と間違えられて攻撃されそうになったっけ。今ではきちんと俺を認識してくれる。侵入者との区別が付く時点で人形の域を超えていると思う。

 

「こんばんは」

「おかえりなさい」

 

 リビングに入ってアリスに挨拶をする。

 この会話も、もはや恒例となっている。まるでアリスの家が自宅のように感じられて俺は苦笑いを浮かべる。

 

 ──俺の家ってどこなんだろう。

 

「お茶を淹れるわね」

 

 制服のブレザーを脱いで椅子の背もたれに掛けながら「ありがとう」と言う。

 

 ──ていうかこれ、同棲じゃね? 

 

「大分お疲れね。少し仮眠をとっても良いわよ」

「いや、時間は有限だからね。早速始めよう」

 

 契約は1ヶ月間。夕方6時から深夜0時までで、夕食の時間を抜けば1日5時間しか研究に充てられない。一月となると、150時間だ。研究するには少なすぎると思うが、今回の目的は完全自立人形の作成ではなく、知恵と技術の交換なので十分だという。

 

 キッチンから人形がやってきた。人形はティーポットとカップを器用に運んでいる。新しい人形を作っていたアリスは手を止めて、持っている物を置いた。

 

「この数日間でお互いの使い魔事情を知ることができたわね。貴方は使い魔として必要な力を物に込めて生み出すことができる」

「アリスは魔法の糸で人形を操ることはもちろん、命令を与えて半自動的に動かすことができる」

「ええ、今日は私が目標としている完全自律人形について話すわね」

 

 アリスは指先を素早く動かして人形を操って壁際の棚から紙とペンを取らせる。

 

 ほとんど手を動かさずに指先だけで操ってみせるので、人形が勝手に動いているように見える。

 

 俺が人形を操る技術に感動していることに気づいたアリスは微笑んだ後、紅茶を一口飲んでペンを持った。

 

「完全自立人形って言うと難しく聞こえるけど、要は自分で物を考えて動く人形のことなの」

「なるほど。原動力はどうするの? 人形だから食事できないよね」

「魔法の森から得た魔力を想定しているわ」

「人形なのにそんなことできるの?」

「もちろん。自我を持つようになれば身近な物から動力源を得るはずだから」

 

 生き物は皆、自身の命を明日まで繋ぐためにエネルギーを補給する。それが生物の本能なのだ。アリスが言っている事は、非生物であろうと自我を持ち、活動に必要な動力源が無くなれば、森に満ちた魔力を得るようになるということだ。

 

「問題なのはどうやって自我を持たせるかなの」

「使い魔にすれば勝手に動いたりしないの?」

「現状が精一杯ね。貴方の使い魔は厳密に言えば使い魔では無いかもしれない。もっと優れているナニカよ。大体は命令したことしかできないから」

 

 すっかり創造の力に慣れている俺は「そういう物を作ればいい」という頭になっている。さっきから何も思いつかないのだ。

 

 ──どうしたものか

 

「自我を持つ人形……そんな奴がいたような気が……」

「メディスンって子がいるわ」

 

 そう、メディスンである。メディスン・メランコリーという妖怪がいるのだが、元は捨てられた人形で、自我を持つようになって妖怪になったという。

 

「あの子が付喪神なのかは分からないけれど、私が目指している物に1番近いわ」

「でもその場合、人形を捨てなきゃならないのか」

「それだけじゃない。仮に付喪神にするなら、長年愛情を注いでから捨てないといけないの」

「愛情だけを注ぐと?」

「上海や蓬莱のようにある程度は勝手に動けるようになるわ」

 

 つまり、アリスが最も思い入れのある「上海」と「蓬莱」の二つの人形を捨てれば可能性があると。

 

「付喪神には幾つか問題があって、自我を持つにはかなりの時間がかかる事と、人間に恨みを持ちやすいことが挙げられるわ」

「アリスが愛情を注いだ後に捨てた場合、付喪神になった後でアリスを襲いに来る可能性があるね」

 

 人間に使われている「物」には使用者の念が籠ると言う。供養をせずに捨てたりすると、「あんなに大切に使ってくれていたのに、まだ使えるのに、どうして捨てたの?」という悲しい念が長い年月をかけて高まり、自我を持ち出してやがて付喪神となるのだ。

 

「目的は達成しているけど、この手段はとりたくないわ」

 

 アリスって人形を大切にする印象があるけど、弾幕ごっこになると火薬を入れて爆発させたりするんだよね。用途が違うから構わないのかな? 

 

「──分からん。従来のやり方で達成できないという事は、魔法を使うことになるよね。やっぱ俺にできることは無いな」

「そうね。最終的には魔法を作るつもりよ。でも、他の人の考え方に興味があるの」

 

 俺は宴会の時に説明しきれなかった機能を紙にまとめる。

 

「飽くまで俺のやり方だけど、アルゴリズムを教えるね」

「ありがとう」

 

 俺の使い魔の場合、複数の機能を組み合わせることで使い魔としての能力を持たせている。

 

 まず始めに行ったことは、必要な機能を纏めること。「弾幕を放つ」「空を飛べる」といった具合だ。暴走して自分の手を離れることを防ぐために「絶対服従」機能を作り、管理者権限が無ければ弄れないようになっている。簡単に言えば機能にロックをかけて、使い魔が「絶対服従」機能を消せないようにしている。

 

「私の場合は自分で物を考えて動く機能、かしら」

「そうそう、そんな感じ。次はメイン機能を成立させるためのアルゴリズムを作る」

 

「弾幕を放つ」と「空を飛べる」を叶える具体的な手段を考える。

 

「弾幕制御機能」と言っても、何も知らない機械に弾幕を放たせることはできない。弾幕とは何か、弾幕はどうやって生成するのか可能な限り丁寧に考える。

 

 これだけの事を人間が計算するのは厳しい。そこで俺は「人工知能」機能を作った。人工知能の仕組みは知っていたことが幸いしたのか、「人工知能を付与したい」と念じたら完成した。恐らくこの能力は自分なりの理屈が頭の中にあれば付与できるのだ。幻想郷というファンタジー世界の補正が掛かって多少の我儘を叶えてくれると見た。

 

 全てが理にかなっている必要があるのなら、人間は空を飛べないはずだ。理屈で空を飛べるなら、外の世界の人間も空を飛べてもいいはず。

 

「次は付与した「人工知能」を成長させるんだけど……」

「思ったより早くに真似できなくなったわ」

「俺がイメージする魔法はもっと簡単な気がするんだけどな」

「魔法は開発するのが大変なのよ」

「これ以上説明しても仕方ないしやめる?」

「一応聞いておくわ」

 

 大切なのは人工知能を利用できるかどうかではなく、人工知能のノウハウがアリスの魔法開発に役立てばいいのだと理解し、説明を再開する。

 

 人工知能は動物の知能の仕組みを参考に造られたものなので、人工知能は学習を繰り返すことで成長する。目標を設定し、それを達成できるまで学習を繰り返すのだ。

 

「弾幕を生成するためにはエネルギーが必要だ。ここで「エネルギー変換機能」を作る。俺は太陽光からは霊力を。月光や星の光から魔力を得られるようにした」

 

 使い魔にエネルギーを補給させ終わったら、人工知能を用いて「弾幕制御機能」を成長させる。最初は弾を1つ生成するところから始まる。これができたらプログラム通りに弾を打てるようにする。これで弾幕制御機能は完成である。

 

「まあ、こんな風に繰り返していけば使い魔として機能するようになるよ」

「なるほどね。勉強になったわ。ありがとう」

「どういたしまして。人工知能を使いたいなら、ニューロンについて勉強するといいかも。紅魔館の図書館に資料があったよ」

 

 動物の脳の仕組みを理解し、魔法特有の方法で再現すれば恐らく人工知能が造れるだろう。

 

「人工知能についての説明は申し訳ないけど俺からはできない。完全に理解している訳では無いからね」

「ええ、ここまでヒントを貰えば十分よ。後は自分の力で何とかしないとね」

 

 アリスとの同棲生活も今日で終わりになりそうだ。

 

「ずっと拘束するのも申し訳ないし、契約は今日までにしましょうか? 報酬は変わらずで良いわ」

「いや、思ったより何も手伝ってないから、報酬は要らないよ」

「そうはいかないわ。……せめて7割は受け取ってもらいたいわ」

 

 報酬を受け取らせようとする人間を俺は見た事がない。河童のにとりといい、幻想郷の住人はしっかりしていると思う。

 

 ──って事は俺も誰かに対価を払わなければならないな。要らないって言ってくれてるけど、白玉楼の人達に何か返そう。

 

「……分かりました。その報酬は、俺の恩人に使わせてもらいますね」

 

 因みに、紅魔館の人達にはそれぞれが望んだ物を創造した。

 

 咲夜には「軽くて良く切れるナイフ」を、美鈴には「身に付けると全身が温まるマフラー」を、パチュリーには「空気清浄機能を付与した置物」を渡した。

 

 レミリアには「飲み物が美味しくなるグラス」をあげた。どれもこれも曖昧な道具だが、それを付与できてしまうのが創造の能力だ。そして、創造の力の研究に協力してくれたのが彼女達紅魔館の住人だ。可能な限りのベストを尽くして創造した。

 

「今晩はパーティーでも開きましょうか」

「いいね、楽しそうだ」

 

 ───────────────

 

「ごちそうさまでした。前から思ってたけどアリスって料理上手だよね! お店を開けそう」

 

 夕食はグリルチキンとバジルトマトのスープ、パスタという、幻想郷では殆ど見かけない食べ物だった。洋食万歳! レシピを教わったので俺も作れるぞ! 

 

「洋食自体珍しいから美味しく感じるのよ」

「でも、外の世界で食べた物より美味しいと思うよ?」

「本当? それは良かった。また今度ご馳走するわ」

 

 それはとても嬉しい。美味しい物を食べれば元気も出てくる。また明日から修行を頑張れそうだ!


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